表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王の隣で勇者を想う  作者: 遠山京
第二章 令嬢と奴隷

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/224

026ドナドナグリフォン

呆然とする私の前に、リードが立ちふさがる。



「初めてなのでうまく行くか分かりませんが、

 鎮めてみます」



その言葉でハッと我に返り、慌てて止めた。



「ダメ!多分すぐに衛兵がくる!

 魔物になつかれてるところなんて

 見られたら誤魔化せないって!」



幸い、グリフォンはこちらを値踏みするように見下ろしたまま動かない。

ひょっとして未来の魔王が居ることで攻めあぐねているのだろうか。



「リード、どいてて。私がやってみる」


「…わかりました。

 でもアカネ様に危険が及ぶと判断すれば

 手出ししますのでご容赦を」



リードに頷き、早鐘を打つ胸を押さえて深呼吸する。


大丈夫、こういうときの為にカルバン先生から魔術を教わったんだ。

襲ってこようともしていない魔物を傷つけるのは胸が痛むけれど、衛兵が来て刺激すれば暴れるのは必至。


手のひらに意識を集中。

魔力を放出しながら使う魔術を鮮明にイメージする。


たいていの魔術師は呪文を詠唱する。

呪文によって魔力に指向性を持たせ、より効率的に魔術を発動させるためだ。

本来なら魔力の扱いに長けた熟練の魔術師以外はピンチの時しか無詠唱なんてしないらしい。

しかしながら私の魔力は無尽蔵。

カルバン先生には、『君の場合は節約する必要性もないし、呪文は間違えるとかえって危ないから覚えなくていい』と言われている。


イメージが固まった。

背後から衛兵達が何か叫びながら駆けつけている気配がして、それに気付いたグリフォンが警戒態勢に入る。

周囲の空気が逆巻く気配。

グリフォンは風裂(ウインドリッパー)と呼ばれる魔術を使うと聞いたことがある。

発動しようとしているのかもしれない。


でも、もう遅い。



氷槍(アイススピア)!」



叫んだ瞬間にぶわっと鳥肌が立つ。

うわー言っちゃった!

本当は何も言わなくていいのに思わず言っちゃったようわー漫画みたい恥ずかしい!


内心でもだえる中、魔力は真っ直ぐグリフォンに向かって放出される。

次の瞬間、グリフォンの体に数十センチの無数の氷柱が…



「…アカネ様…」



つきささる、はずだったんだけど。

リードの呆れたような呟きがその場に響いた。

ついに私達のところまで駆け寄ってきた衛兵達は、さきほどまで何か叫んでいたはずなのに、水を打ったように静まり返っている。


目の前には太さだけで数m、長さにして数十mもある巨大な氷柱に閉じ込められたグリフォンが居た。

焦りながら『グリフォンに氷柱』、のイメージをしたせいで、グリフォンごと氷柱を作ってしまったらしい。


かき氷にしたらおいしいんじゃないかと思うほど氷の透明度は高く、警戒をあらわにしたグリフォンが臨戦態勢のまま時を止めたように閉じ込められている。


直前に風の刃を生み出そうとしていた影響なのか、彼の頭上でいくつか放射状の傷が内側からつけられており、花がちりばめられているように見えてどことなくファンシー。

警戒するグリフォンの周りに氷のお花という、何のアンチテーゼなのかテーマのさっぱりわからない氷像が、伯爵邸の一角に出来上がってしまった。


おそらく屋敷外…なんなら市街地からも見えてしまっているだろう…


何事かと集まってきた両親と兄。

そしておそらく後始末をすることになるであろう使用人達に、全力で頭を下げた。




==========




「アカネちゃんの魔力が常識はずれなのは

 あの大雨の時にも実感したけれど、

 今回のはまた凄かったわねぇ。

 あんな大きな氷初めて見たわぁ」



母の呑気な感想に私を責める意図は感じられない。

しかし居た堪れなくて、私は無言で何度下げたかわからない頭をまた下げた。


あの後夕食もそっちのけで後始末に追われた両親とシェド。

後始末といってもあの大きさの氷柱をすぐにどうにかすることはできず、主に周辺の安全確保や各所への連絡をしていたようだけれど、なんせ前代未聞の出来事だ。

骨を折らせたに違いない。

時刻はすっかり深夜だ。

いつもなら私は寝ている時間。


しかし改めて説明をするために、私を含め一家揃ってサロンに集まっていた。

食事を取れなかった両親とシェドは、もう夜も遅いからと使用人に用意してもらった軽食をつまんでいる。



申し訳なさで縮こまる私を見て、シェドが優しく声をかけてくれる。



「アカネ、大丈夫だ。

 むしろ研究所の使いからは感謝されたぞ。

 ここまで綺麗な検体は初めてだと」


「シェド様、お気遣いは嬉しいですが、

 問題はそこじゃないと思います…」



グリフォンの氷漬けは王立魔物研究所に送られることになった。

父が『そういえば研究所の本部長に綺麗な状態の魔物が欲しいって言われてたなぁ』と言い出したことから、すぐに研究所のセルイラ支部へ連絡が取られた。


魔物研究所はその名の通り、あらゆる魔物の生態を研究している王立機関だ。

分布や食性、毒の有無、攻撃パターンなどを研究し、全国に情報を展開。

魔物による死亡率の低下に一役買っている。


どうやらその機関の中枢、王都にある研究所本部の本部長にまで父は借りを作っていたらしく、カッセードでは魔物の発生が多いことから魔物の提供を求められていたらしい。

このグリフォンはカッセードの魔物では無いけれど、上級魔物の一種。

通常は冒険者が何人も斬りかかり、魔術を浴びせながら倒すものなので、こんな綺麗な状態で保存されることはまず無い。


これなら十分借りを返せるだろうととりあえずセルイラ支部の支部長さんに連絡したところ、大喜びだったようだ。

様子を見に来た支部長の使いである研究所メンバーは、ずっと感嘆の息を漏らしながらこれを成した魔術師の正体を知りたがっていたらしい。


…やめて、私は普通の令嬢でいい。

そんな名の知れ方したくない。

王宮とかに戦闘要員として召抱えられるのはごめんだ。

基本どんくさい私に務まるわけない。


ひとまず研究所は今夜中に準備を整え、明日引き取りにくるらしい。

氷柱は2,3日は溶けなさそうだから問題ないだろうと。

…というわけで、氷のオブジェはいまだに庭先にそそり立っている。

明日、無駄な氷を削った後、グリフォンはドナドナされるのだ。



「何はともあれ二人が無事でよかったよ。

 これもカルバン先生が魔術を指導して

 くださっていたおかげです」


「いえ…そんなことは…

 それより僕は何故ここに居るんでしょうか…」



父の言葉を受けて珍しく戸惑った様子を見せているのは、カルバン先生その人。

そう、この場には私達家族だけでなく、カルバン先生も居た。

どうやら後始末の最中に呼び出されて駆けつけたらしい先生は、特に氷柱の始末を頼まれるでもなくサロンに招き入れられ、ワインやつまみでもてなされて困惑しているようだ。



「先生には少しお願いがありますのよぉ」



にっこりと微笑み、そんなことを言う母に、カルバン先生は青い顔ですぐさま頭を下げた。



「申し訳ございませんがお受け致しかねます!」


「いやだわぁ先生。

 まだ何も申しておりませんのに」



コロコロと笑う母が怖い。

聞く前に断るのはどうかと思うけど、おそらく判断は間違っていないだろう。

頭を下げたまま、先生は口を開いた。



「…聞かなくても想像がつきますよ。

 僕はA級です。

 出来るはずもない事をやったとは言えません」



おや、先生は何を言われるかちゃんと分かっていたらしい。

出来もしない事をやった事にするよう要求されるだろう、と。

つまり…



「でもねぇ先生。

 このままじゃアカネちゃんがやったって

 知れ渡ってしまうかもしれませんわぁ」



つまり、あの氷柱を作ったのは冒険者のカルバンってことにしてよ、という話だ。

おそるおそるといった様子で頭を上げた先生に、母はなおも畳み掛ける。



「アカネちゃんは魔力こそすごいけど

 それ以外はごく普通の女の子ですから…

 何かあったらと思うと…」



ごく普通の女の子、のところでカルバン先生とリードが若干小首を傾げるのが見えた。

先生はともかく、リード、後で覚えてろ。



「お気持ちは分かりますが、

 僕ができる範疇を超えています」


「先生はあの時宿屋で休んでいらっしゃった

 という事ですから、実はうちにいらしたという

 ことにしても差し支えありませんでょう?」


「アリバイだけの話ではありません。

 僕の実力を知る人々はすぐに嘘を見抜きます」



うぅん…カルバン先生は十分凄い魔術師だと思うけど、私の規格外の魔術と比較はできないようだ。

確かにこういう理由ならどうしようもないのでは…


と、母がカルバン先生に歩み寄り、警戒心を露わにした彼にそっと耳打ちした。

先生の目が大きく見開かれる。



「…どうして…」


「あら、気づいて欲しそうにしていらしたくせに。

 私たちの気持ちは同じですわぁ」



一体何を言ったんだろう。

先生は母を狙っているのではとちょっと考えたことがあるけど、まさかね?

そんな話を父の目の前ではしないよね。

カルバン先生の気持ちを受け入れるとかいう話じゃないよね!?


ハラハラする私をよそに、父は何も言わずにニコニコ様子を見ている。

カルバン先生は視線を彷徨わせて逡巡した後、頷いた。



「ではこうしましょう。

 僕が旅先で見つけたアイテムを

 スターチス家に預けていて、それが発動した。

 実はそれは聖遺物(アーティファクト)だったようだ、と」



聖遺物(アーティファクト)は大昔に神と呼ばれる存在が残した魔術具達だ。

とても現在の人々には再現できないものばかりで、たいへん貴重。

歴代の勇者が魔王を倒す為に装備してきた聖剣も聖遺物の一つだ。


そんなものを所持していたという話自体信じてもらいにくいと思うけど…

実際にあの氷柱を目にした人たちなら信じるのかな。



「有難うございます。

 先生からもそう証言して頂ければ

 信憑性は増しますわ」



先生は特定のパーティを持っていない。

目的に応じていろんなパーティを渡り歩き、ソロで活動していることも少なくないという。

その時に入手したアイテムがたまたま聖遺物だったということなら、比較的周りも信じるのでは、ということだ。


すんなり受け入れた母の様子を見るに、初めからそうするつもりだったのかもしれない。



「しかしその話を流すことで

 かえってアカネ嬢を初め、スターチス家の皆さまの身が

 危なくなる可能性はありますよ」


「え、どうしてですか?」



カルバン先生の言葉に驚いて口をはさむと、真剣な顔で説き伏せるように解説された。



「聖遺物は市場では価格が付かないほどの価値がある。

 ましてや攻撃性としてこれほどの能力が保証された物となれば、

 力づくでも入手しようとする者はいるはずだ。

 君を人質に交換を持ちかける輩が現れないとも限らない」



なるほど…それほどの価値があるのか。



「そうですわねぇ。

 ですから、今回の件で聖遺物は壊れ、

 さらに念の為、王家へお納めしたと

 いうことにしようかと思います」


「それがよろしいかと。

 ちょうどセルイラ祭がありますしね」


「ええ、お会いできる皆さまにきちんと"事実"を

 知っていただくようにいたしますわぁ」



何だか腹黒さの香る会話が飛び交っていてちょっと怖い。

駆け引きや陰謀とは縁のない生活を送りたいんだけどなぁ…

無理かなぁ…


話が落ち着いたところで、カルバン先生が私に向き直った。



「アカネ嬢…」


「すみません、カルバン先生。

 教わったとおりの魔術ができなかったせいで、

 お手を煩わせることになって」


「自分の身を守る為にとった行動を責めるつもりは無い。

 問題は、上空1000mを飛行するはずのグリフォンが

 こんなところに現れたという事実だ」



その言葉に、きゅっと胃が縮む。



「…すみません、私が魔力制御を誤ったせいです」


「魔術を使おうとしたわけではないね?」


「違います。チョーカーも魔力制御も無しの状態で

 少し羽を伸ばそうとしてしまって…」



そこまで話したところで、リードが手を上げて会話に入った。



「そうするよう頼んだのは私です。

 魔力を制御しない状態がどのようなものか

 見せていただきたいと。

 その状態で話をしていたところ、

 少しアカネ様を取り乱させてしまったようで」



その説明に、カルバン先生は『なるほど』と頷いた。



「君の魔力の影響を甘く見ていた僕にも責任はある。

 以前冗談で、マリエルのことを歩く魔力泉と言ったけれど、

 君も彼女同様魔物を寄せ付けてしまうようだ」



頷く。

身をもって思い知った。

まさかたまたまグリフォンが降りてきてみました、なんてことはないだろう。

カルバン先生の言うように、グリフォンは本来高山に住み、山と山の間を渡る際も上空高くを飛んでいる。

縄張りを侵した冒険者に襲い掛かり、その後を追って人里に下りることはあっても、自らこんな街中へ急に現れることは無い。



「毎度今回のようにうまく対処できるとは

 思わないほうがいい」


「承知しています」



今回のがうまい対処だったとも思えないけど…

グリフォンはほとんど動かなかった。

だから集中して魔術を発動する時間があった。

毎回こうだと思うほど楽観的ではない。



「君の魔力量は常人とは違う。

 とても大変だろうけど、いつかは無意識でも

 制御ができるようになるはずだ。

 それまではできるだけチョーカーを着けて。

 やむなく外す場合には平静を保つように心がけて欲しい」


「はい」



しっかりお説教を受け止めた後、詳しい対応方法を話し合うべく大人組だけがサロンに残った。

私とリードは『もう寝なさい』と父に頭を撫でられて退室する。


自室までの廊下をとぼとぼと歩いていると、後ろを歩くリードが声をかけてきた。



「アカネ様、すみませんでした」


「…リードが悪いわけじゃないよ。

 私が少しくらいなら大丈夫だろうって

 油断してたのがいけなかったんだから」


「いえ、油断していたのは僕も同じです。

 上空から来るとは考えていませんでした」



どっちが悪いかを問答しても仕方ない。

起きた事は覆らないし、再発防止に努めるしかないんだ。



「アカネ様、僕は仮にではありますが、

 それなりの力を持っています。

 いざとなったらお守りしますし、

 魔力制御にも力を貸すことは可能です」



その言葉に足を止めた。

守れるというのはわかる。

力が十分では無いとはいえ、強大な力を持つ魔王様だ。

そこらの騎士より頼りになる。

ましてや相手が魔物なら、使役する事だってできるはず。


しかし、魔力制御に力を貸せるというのは初耳だ。



「私の魔力制御、手伝えるってこと?」


「ええ。

 他人の魔力を外から制御することは可能です。

 魔力を握られるのは魔術師にとって命に関わるので

 普通はそんなこと許さないでしょう。

 対象に抵抗されればまずうまく行かないので

 あまり前例を聞いたことがないでしょうが…」


「もし私が許したら…」


「制御を肩代わりしてあげられます。

 接触している必要があるので、

 人目を忍んでの息抜き程度になりますが」



私の目はキラキラ輝いていることだろう。

魔力制御はずっと慣れない姿勢を保っているような感覚だ。

たまに楽な姿勢になりたくなる。

だからこそ適度に羽を伸ばさないと…

今日暴走させてしまった理由の一つには、ずっと緊張状態のままだったこともあるんじゃないかと思う。


まあ、一番はリードにからかわれたのが理由だろうけど…

メリハリがあれば、ここまで暴走させずに済んだかもしれない。



「それじゃあ時々お願いしようかなぁ」


「接触が必要というところには何も思わないんですね」



リードが苦笑しながらそう言ったけれど、うきうきしていた私は聞き逃していた。

そして私の部屋の前まで来たところで、リードが再び口を開く。



「ところでアカネ様。

 カルバン先生のことなんですが…

 彼はスターチス家の関係者ですか?」



そう問われて、質問の意図がわからず首を傾げた。

込み入った話になりそうだったので、ひとまず部屋の中へ招き入れる。

ティナは部屋にいなかった。

湯浴みの準備をしに行ってくれているのかも知れない。

リードにソファを勧めて、私も腰掛ける。



「それで、さっきの質問はどういう意味?」


「今回の件でカルバン先生がスターチス家に聖遺物をもたらした

 という話にするようですが、これはとんでもない話ですよ。

 彼も語っていたように、聖遺物とは大変貴重な物です。

 そのほとんどが各国の王家もしくは相当する筋によって保管されており、

 新たな聖遺物というのは過去50年見つかっていないと聞きます。

 新たな聖遺物が見つかったなんて世界的なニュースです。

 誤魔化す為につく嘘としては壮大すぎる話なんですよ」



そういわれて、物凄い事態だということが私にもじわじわと伝わってくる。

私がやらかしたことのせいで、とんでもないフェイクニュースが流れるというのだ。

元の世界で言えば、新種の恐竜の化石を見つけましたくらいの話になるんじゃないだろうか。

専門家が放っておかない話題だ。



「アカネ様の存在の重さを考えれば、

 聖遺物とした方がまだマシだというのは理解できますが…」


「そ、そうなのかな?

 なんか私が名乗り出たほうが

 まだいいような気がしてきたけど…」



私の言葉に、リードは『何言ってんだ』と言わんばかりの半眼で吐息した。



「いいですか、アカネ様。

 言い換えれば貴女の魔術は聖遺物と言われて

 疑問をもたれないレベルの威力ということです。

 国に知れれば兵器扱いになりかねないんですよ。

 せっかく大戦が終わって平和になったこの時代を

 ひっくり返しかねません」



強大な力は各国の軍事バランスを崩す、ということらしい。

だから今回の件でも王家に預けるだけでなく、壊れたということにするんだろう。

まぁ、それを他国が信じるかはさておき…



「あ、だけどそれならマリエルは?」


「彼女はいわば神話の存在です。

 魔王と勇者の戦い…

 そして勇者に助け出された奇跡の少女。

 現実に居ても現実味の無い人です」


「マリエルも普通の女の子なのに…」


「世間がどう思っているかが重要なんです。

 彼女が孤高の冒険者として振舞っているのも

 案外そのあたりを理解してのことかもしれませんよ。

 特定の人物…ましてや社会に影響力のある

 名家とつるめば、何をたくらんでいるのかと

 邪推されかねませんから」



そんなことまで考えたことは無かった。

ただちょっと数奇な運命に巻き込まれ、特殊な能力を得た少女。

そして同じ力を持つ私。

チート感こそあれど、大戦の引き金になりかねないとまでは…



「ましてやスターチス夫人は元王女。

 つまり貴女は王家の血を継いでるんです。

 それにスターチス伯爵の由来は初代魔王を

 打ち倒した勇者一行の一人という話でしょう?

 王家の血と、初代魔王を打ち倒した英雄の血。

 その二つを併せ持った強大な魔力の持ち主。

 …企みごとの旗頭にするには持って来いです。

 貴女を欲しがる人間は世界中に居ますよ」


「…嬉しくない」


「そうでしょうね。カルバン先生が赤の他人にも関わらず、

 本当に貴女の事を周囲に黙ってくれているのだとしたら、

 最初に魔力暴走を見つけてくれたのが彼で運がよかったですよ。

 そうでなければ今頃この家はあらゆる勢力に襲われていますし、

 それを防いでも王家に召抱えられているでしょう。

 夫人とカルバン先生があの話で合意したのは英断です。

 若干のきな臭さは残してしまいますが、

 少なくとも貴女自身と表面上の平穏は守られますからね」



あまりの話に呆然とする私をよそに、リードは思案げに話を続けた。



「つまり、それくらい壮大な嘘を共有するっていうんです。

 世間からはスターチス家とカルバン先生の関係性を

 怪しむ目が向けられることになるでしょう。

 それに耐えるだけの信頼関係が両者にあるということになります。

 そもそも最初に魔術暴走を見られた時点で、

 それなりの話が両者で行われていたはずです」



なんだか話が難しくてついていけなくなってきた。

そんな私の状況を読み取ったか、リードは苦笑して話をやめる。



「アカネ様が何もご存知ないならそれでいいんです。

 てっきり、彼が実はスターチス家にもともと縁のある

 人間なのでは、と思っただけなんですよ」


「そんな話は聞いたことないけど…」



『そうですか』とリードは微笑み、立ち上がった。



「夜分に失礼しました。戻ります」


「う、うん。おやすみ…」


「今日の件は僕の落ち度です。

 アカネ様はあまりお気になさらぬよう。

 おやすみなさい」



予想以上に大きな話になってしまっているらしい事に怯える私。

それに気付いたように、リードは私の頭を優しく撫でてから退室した。

…ちょっとお兄ちゃんっぽいじゃない。


湯浴みの用意を持って入れ替わるように部屋に入ってきたティナが、『間男の侵入を許すとは不覚』とか何とか言っていたけど無視。

一応補足しておくと、ティナとリードの仲は悪くない。

廊下からリードが『メイドの目をかいくぐるくらい僕には容易いことです』なんて軽口を返していることから、おそらく二人の間では既に何度も交わされているネタなんだろう。

…実際問題たやすいんだろうな、魔王だもん。


浴室でティナが準備してくれたぬるめのお湯につかりながら、そっと目を閉じる。


聖遺物、それに匹敵するほどの魔力…

能天気にこの世界を楽しみたかったけど、あまり無知のままでいるのは危険かもしれない。

いろいろ落ち着いたら一度調べてみよう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ