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魔王の隣で勇者を想う  作者: 遠山京
第二章 令嬢と奴隷

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024兄弟喧嘩

ベッドにどさりと倒れこむ。

時計が示す時間は日付が変わったことを示していた。

この世界に来てからというもの、22時頃には眠る生活をしていたから眠気がすごい…


あの後、私たちはしばらく話をした。

情報交換をするように。

リードの目的は分からないままだったけれど、彼は聞けば答えられることは教えてくれたし、私も自分の持つ情報を話さなければリードからの信頼は得られまい。


魔王に関することや、リード自身の事。

いろいろ話したけれど…

一番気になったのは、あれだ。




==========




「それで、アカネ様」


「ん?」


「僕に害意が無いことは理解していただけましたか?」


「そうね…」



知っていることは全て話してくれているように思うし…

どうして魔王の魂を受け入れるに至ったのかは結局詳しいことが分からないままだけど。

彼に闇があるとしたらその部分だと思うんだけど、これ以上半端に足を突っ込むにはフォロースキルが足りなさすぎる。

でもそこを除けば、彼に怪しいところは感じない。

信用してもいいかな、と思う私はチョロイのだろうか。



「では、ファリオン・ヴォルシュが

 どういう登場人物だったのか伺っても?」



そう問われてはたと気づく。

そうだ、ファリオンのことを聞かれてたんだった。


じっと私を見つめるリードは妙に真剣で。

けれどその瞳に少しほの暗いものを感じてゴクリと唾を飲む。

でもここまで言われて隠してしまえば…邪推されてかえって悪いことになるかもしれない。


目を閉じて、腹をくくる。

祈るような気持ちで口を開いた。



「…勇者だよ。

 聖剣を手に、魔王を倒す…」



思わずと言ったような小さな笑いが聞こえて、おそるおそる目を開き、リードの顔を伺うと…

嘲笑うような笑みを浮かべて虚空を見つめていた。



「…勇者…あいつが?」



小さな呟きは私への問いというより、無意識にこぼれた本音のようだった。

…リードの中では、ファリオンと勇者は結びつかないようだ。

二人が出会った時、いったいどんなやり取りをしたんだろう。




==========




その後、リードはファリオンのことをそれ以上聞こうとはしなかった。

気まずい心地で黙り込んでいると、リードが思い出したように『こんな時間に長時間ベッドを抜け出すのは良くない』と言ったのでそのまま解散。


ファリオンについて語る時のリードの表情が引っ掛かる。

あんなやつが勇者だと?と言わんばかりの反応だった。


ぎゅっと目を閉じる。

思い当ったことがないわけじゃない。

でも、考えないようにしていた。


私が大好きだった本の中のファリオンと、この世界のファリオンは違うのかもしれない。

この世界におけるリードが本の中の魔王と違うように…

それは十分あり得ることだ。


首を振ってベッドにもぐりこむ。

やっぱり今は考えちゃダメだ。

本の世界なんて訳の分からないところに閉じ込められて、不安や焦燥が無いわけじゃない。

それでも、大好きなファリオンに会えるかもしれない…それだけを思ってこうして日々をこなしているのに。


その希望が潰えたら、きっと心が折れてしまう。





==========


<Side:シェディオン>




「アカネ、眠そうだな?」



朝食時、目の前に座るアカネの目がとろんとしているのを見てそう問う。

彼女はぎくりと身を強張らせてからぎこちなく微笑んだ。



「昨夜、眠れなくて…」



『しまった』というような反応が無ければその言葉を信じてもよかったんだが…

まさかあの男の部屋に行っていたわけではないだろうな。

いや、流石にそんな時間に護衛やメイドも無しに行くほど不用心ではないと思いたい。

そして護衛やメイドが側に居れば、深夜の訪問は止めるだろう。


だがアカネは妙に奴のことを気にかけているからな。

問い詰めたいところではあるが…


チラリと両親に視線を向けると、すぐさま気付いた母がうっすら微笑む。

母はアカネがあの少年に近づいていることを知っているはずだが、どうも止める気配が無い。

また何か企んでいるのか、それともどんと構えているだけなのか。


…父はこちらの視線に気付かぬまま旨そうにスープを啜っている。


この場で何かを言うのは憚られるな。


アカネより先に、あちらの意思を確かめておくか。

そう考えて、朝食を済ませた後に執務室とは反対へ足を向けた。

目的の部屋の近くに来ると、食べ終わった皿を運び出すメイドとすれ違う。

どうやら朝食を終えたらしい。

綺麗になった皿を見るに、食欲も回復しているようだ。


ノックをしかけて…ふと手が止まる。

なんだ?

ドアの向こうの妙な気配に目を細めた。

この感覚には覚えがある。

そう…まるで、アカネが初めて魔力を暴走させた時のような。


思い至った途端、ノックも忘れてドアを思い切り開け放っていた。

しかし…



「…おはようございます、

 シェディオン男爵。

 どうなさったんですか?」



びっくりしました、なんて苦笑してみせる少年。

ヴィンリード・メアステラは、言葉に反して全く驚いていなさそうな平然とした様子でベッドに腰かけていた。

部屋に異常は無い。

先ほどの妙な気配も、全く感じなかった。


…気のせい、か?



「…すまない。

 強い魔力の気配を感じて、何かあったのかと…」



その言葉に少年はきょとんとした表情の後、首を傾げた。

何の話でしょう、というポーズだ。

妙にわざとらしく感じるのは、俺が先入観を持ってしまっているからなのか。

後ろ手にドアを閉め、歩み寄る。



「話したいことがある。

 時間をもらえるか」


「もちろんです。

 ちょうど体調が良くなってきて退屈していたんですよ。

 相手をしていただけるのなら喜んで」



愛想よく微笑むヴィンリード。

父ならころりと騙されるだろう。

椅子を勧めるような仕草を見せられたが、首を振る。

腰を据えて話したいわけではない。



「単刀直入に聞く。

 なぜアカネに執着する?」



あえての厳しい声音。

そして未だに騎士団の仲間にすら『目が殺人予告』などと言われる目つきの悪さを生かして、鋭い視線を向ける。

しかしアカネとそう年の変わらないはずの少年は、困ったような笑みを浮かべて見せた。



「執着と言われてしまうと答えづらいところですが…

 アカネ様には感謝しています。

 スターチス夫人がいらっしゃってこそ

 助け出していただいたことは承知していますが、

 最初に僕を見つけてくれたのはアカネ様ですから」



そう言って非の打ち所のない微笑ですらすらと答える様に苛立つ。

本当に14歳なのか。



「それが何故アカネの奴隷になることにつながるんだ」


「おそばにいて守りたいからです」


「アカネがそれを望んだのか」


「いいえ、僕の我儘です」



悪びれる様子もなく言い切られて思わず眉をひそめる。



「それは恩返しではなくただの自己満足だ」


「恩返しとは得てしてそういうものでしょう」


「それがアカネの迷惑になるとしてもか」


「アカネ様は奴隷と言う響きにこそ

 戸惑っていらっしゃいましたが、

 僕が側にいることは拒みませんでしたよ。

 僕を買うと決めた時にも約束してくれました」



僕の側にいる、と。

そう続く言葉に、思わず声を荒げそうになった。

それを願っているのは貴様ではなく、俺だ。

いかん、これは八つ当たりだな。



「アカネが家を出るまでという話なのだろう。

 奴隷とは家を出てからも

 アカネの所有物になるという意味だぞ」


「そうですね。

 だから奴隷を望みました。

 アカネ様も僕を奴隷として受け入れてくださいましたよ」


「そんなはずは無い!」



口をついた大声に、はっと口を閉ざす。

こらえようと思った矢先に感情をあらわにしてしまった。

それにも動揺する様子の無いヴィンリードの笑みは、したり顔にも見える。

ぐっと唇を噛み、絞り出した声は唸るようなものだった。



「…もしそうだとして、

 アカネはそれが何を意味するか理解していない。

 少年奴隷を持つ令嬢など、嫁にも行けないはずだ」


「そうかもしれませんね」


「何も知らないアカネを騙して

 将来をつぶす気か!」



飄々とした態度に嫌気がさし、意図して声を荒げる。

裂帛の糾弾は、大人の罪人ですら震えて自白したことがあるもの。

しかしそれさえも少年はため息で返した。

まるで『仕方の無い人だ』とでも言いたげな様。

馬鹿にしているのかと更に言葉を重ねようとすると、それを遮るように睨みつけられた。



「貴方が言うんですか?」



その一言に、表情が、喉が、凍り付く。



「使用人たちが話しているのを聞きましたよ。

 男爵はアカネ様に恋慕していらっしゃるとか。

 血縁関係は無いとお聞きしていますし

 それ自体になんら責める意図はありませんが」



『でも…』と一度言葉を切り、冷ややかな視線と共に向けられた言葉は。



「伯爵令嬢にはもったいないほどの縁談の数々が

 破談になっているのは…

 アカネ様が望んだことですか?」



おそらく俺の表情はみっともなく動揺をあらわにしているのだろう。

数秒、何も言えずにいる俺を眺めた後、少年はコロッと笑顔を見せた。



「申し訳ございません。

 奴隷風情がさしでがましいことを申しました。

 ですが、僕はアカネ様をお守りすると誓いましたので」


「…だから、それはアカネが…」


「少なくとも受け入れていただいていますよ。

 人を殺めるような守り方はやめろとは言われましたが」



具体的なやり取りを匂わせて、受け入れたのが事実であると念押しされる。

暗に『お前はどうなんだ』と問われているようだ。

少年が奴隷として側にいることは受け入れられている。

反して俺は…俺の想いに、アカネは…


迷惑、将来を潰す…さきほど自分が口にしたことが全て返ってくる。



「シェディオン男爵。

 貴方の不安を一つ晴らしておきましょう。

 僕は貴方のライバルにはなりません。

 アカネ様への好意は貴方のそれと違います。

 そしてもちろん、アカネ様を傷つける気もない。

 貴方にアカネ様を大切にする気があり、

 そしてアカネ様が貴方を受け入れるというのであれば

 僕はその邪魔をしたりはしませんよ」



うまく言い包められようとしている。

そう自覚しつつも…



「…アカネを…」



絞り出した声は、思いの外小さかった。

しかしヴィンリードは続きを促すように、黙って聞いている。



「傷つける気が無いというのは本当だな?」



追及を止め、念押しだけして引くのは、この少年の立ち位置を認めることに他ならない。

事実上の敗北宣言に、奴は満足げな笑みで頷いた。



「もちろんです」




==========


<Side:アカネ>


リードが魔王であると確定してから数日が経った。

リードはある程度屋敷を歩き回れるようになり、使用人たちとの仲も良好だ。

一番心配していたのはシェドとの関係だけど…

シェドに一度『油断はするな』とだけ言われたものの、目立った対立はしていない。

シェドがトゲトゲしていても、リードが柳に風と受け流しているからかもしれないが。


そして今日、スターチス家の一室で…



「ヴィンリード君…

 生きていてくれて本当によかった」


「グレメンスさんもご無事で何よりです。

 キラーアントから僕と弟が逃げられたのは

 貴方のおかげです。有難うございました」



頭を下げるリードと、涙ぐむ中年男性。

グレメンスと呼ばれたその人はがっしりした体つきの剣士で、A級冒険者であるらしい。

屋敷に入る前に門兵に預けたようで今は持っていないけれど、身の丈ほどもある大剣を扱うとか。

父と年はそう変わらないようなのにすごいなぁ。


彼はメアステラ家と専属契約をしていた護衛で、キャラバンが襲われた時にも勿論そこに居た。

ヴィンリードとその弟のヴェルナーをメインで守るよう指示されていたという。


両親は当時の数少ない生き残りの中から、特にリードと親しかった彼を見つけて呼び寄せた。

そして彼は確かに、リードを本人と認めたようだ。


ちなみにキラーアントは1m以上の大きさもある蟻だ。

一匹なら大したことないんだけど、一匹見たら百匹いると思えという…

人を捕食対象とする分、Gのつくあれよりよっぽど性質の悪い魔物だ。

街道で出くわすことはまず無いはずの魔物なのに…悲運としか言いようがない。


いくらA級冒険者といえど、百匹ものキラーアントを相手にキャラバンすべてを守りきることはできなかった。

役割として割り当てられていた兄弟二人を守りきっただけでも賞賛に値するだろう。

二人をなんとか安全圏へ逃がし、他のメンバーを助けようと現場に戻った時には隊はほぼ壊滅状態。

結果としてグレメンスさんを含めて護衛二名とキャラバンに参加していた何名かの商人が生き残っただけだった。


生き残りのメンバーも命からがら逃げていた為、気付けば兄弟を逃がした場所からずいぶん離れてしまっていたという。

リード達が逃げ込んだのは迷いの森という二つ名があり、シルバーウルフ団のアジトがあるという噂まである大森林だ。

ただでさえ重傷を負っていたメンバーが満足に捜索できなかったのも致し方ないこと。



「ヴィンリード君、弟のヴェルナー君は…」



弟の行方を控えめに尋ねるグレメンスさんに、ヴィンリードは眉尻を下げた。



「…すみません。

 あの後、森の中ではぐれてしまって…

 生きてはいると思うんですが」



原作におけるヴェルナーはヴィンリードの目の前で死んだ。

しかし、この世界ではヴェルナーは生きているらしい。

このことは、先日話をしたときに聞いていた。

『生きていると思う』という言葉は、周囲の人間にはただのリードの痛ましい願望に聞こえるだろう。


私はそうでないことを知っている。

その話を聞いた時のことを思い出す。




==========




「はぐれた時、ヴェルナー…君は何歳なんだっけ?」


「二年ほど前なので…10歳くらいですか」



私の問いに、リードは淡々と返事をする。

ヴェルナーは私より一つ年下か…

今は12歳くらいだけど、当時は10歳…

10歳の少年が、森の中で一人はぐれ、生き残れる確率はどれくらいなんだろう…

暗い表情をしてしまっていたのか、リードは苦笑した。



「ご安心ください。

 生存していることは確かです」


「え、そうなの?」


「えぇ、詳しくは言えませんが…

 わかるんですよ」



魔王の力の一環なのだろうか。

詳しくは…今は聞くまい。

言いたくなさそうだ。



「あんまり心配そうじゃないってことは、

 奴隷とかになったりしてないのね?」



安否だけでなく、大体の状態も分かっているのだろう。

死んでいないだけではここまで平然としていられまい。



「ええ…まぁ、少し厄介なところにいるんですがね」



そう言いながら渋い顔をする。

首をかしげる私に、リードは苦笑した。



「急を要する事態ではありませんが、

 いずれ会いに行きたいとは思っています。

 その時は我侭を言うかもしれません」


「任せて!お母様も心配してたし、

 ヴェルナー君も生きてるならきっと喜ぶよ。

 手を貸してくれると思う」



おっとりしながらも喜ぶ母の姿を思い浮かべてそう言うけれど、リードは首を振る。



「いえ、夫人を含め、他の人には黙っていてほしいんです」


「え?」



何でまた。

詳細を求める視線を向けると、リードは言いにくそうに呟いた。



「…知れれば面倒なことになるような場所にいるんですよ」



一体どこに居るんだ。

まさか敵対貴族のところとか?

…あれ、うちって敵対してる家とかあるんだっけ。

借りのある家ならいっぱいあるけどね!

どっかの伯爵様のおかげでね!


気になるが、リードが今は迎えに行く時じゃないと思っているようなので掘り下げても仕方あるまい。

そう思ってそれ以上突っ込むのはやめた。




==========




おそらくグレメンスさんにも本当のことは言えないのだろう。

心配そうな表情を見ると居た堪れないけれど…

秘密にすると約束した以上口をはさむわけにもいかない。



「グレメンスさん、

 それでは彼はヴィンリード・メアステラで間違いありませんね?」



父の問いに、彼は頷く。



「間違いありません。

 …ずいぶん、大人っぽくなりましたが」



寂しげな表情で、そう呟く。

その言葉には誰も返事をしない。

彼が行方不明だった間何を経験したのか、まだ聞いてはいないが…

楽しい旅をしていたわけではないだろう。

それは彼が魔王であると知らない人でもわかることだ。

その経験を経て、以前と変わらない様子であれという方が無理な話。


そういえば、素の口調は一般的な少年みたいな感じみたいだったな。

この貼り付けたような笑みも、物腰の柔らかい口調も、きっと生き延びるために身に着けたものなのだろう。


こうして身元の確認がとれたヴィンリードは、正式な手続きを経てヴィンリード・スターチスに名を変え…

私に兄が増えた。

私生活がばたついているため、次回更新は未定です。

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