表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王の隣で勇者を想う  作者: 遠山京
第二章 令嬢と奴隷

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/224

023 魔王の○○願望

思わず『魔王』と口にしてしまった私に、リードはわずかに瞠目した。

しかしどこか納得したように目を伏せると、私を落ち着かせるようにゆっくりした口調で声をかけてくる。


「…アカネ様。ドアを閉めてもらえますか」


言われて、ドアを中途半端に開けたまま凍りついていたことに気付く。

慌てて中に入りドアを閉めた。

けれど何を言えるでもなく、リードの方も何か思案げに視線を落としたまま口を開かない。

おそらくほんの十秒程度のことなのに、酷く長く感じた沈黙を破ったのはリードの方だった。


「どうして僕を魔王だと?」


そうだよね。

聞くよね。


もともと名前や経歴から予想はできていた。

けれど今確信を持てたのは…うまく理由を説明できる気がしない。


「…なんとなく分かった、としか言えない」


「こんな時間に部屋に来たのも何となくですか?」


そこは誤魔化しても仕方ないか。


「部屋に居たら空気が脈打つような変な感じがして…

 リードの部屋の方だったから、きっとそうだろうって」


『なるほど』と呟いたリードは、私に椅子を勧めながら微笑んだ。


「アカネ様には隠さずにおきましょう。

 おっしゃる通り、僕は魔王です。

 正確に言えば未来の…ですが」


息を呑む。

こうもあっさり認められるとは。

てっきりはぐらかされると思っていたのに。


いざこうして認められてしまうとどうしていいのか分からない。

私は口封じに殺されるのだろうか。

指先がさぁっと冷えていく感覚がする。


私はよほど絶望した表情をしていたのだろう。

リードが苦笑しながら首を振る。


「アカネ様。昼間の約束は本心です。

 違えることはありませんからご安心ください」


「約束って…」


私を守る。

そして私の周囲を害さない。


…魔王が?


「…アカネ様は本当に顔に出やすいですね」


「何て書いてあった?」


「"胡散臭い"って」


「正直な顔なのね、私」


開き直って認める。

怪しむのは当然だろう。

私が知っている魔王ヴィンリードはこんなことを言う人じゃなかった。

誰かを守るなんてこと、絶対に無い。

人生に絶望した男らしい冷徹な魔王だったんだから。


私の内心を言い当てたリードは、興味深そうに微笑んだ。


「でもその割には僕のようなただの少年が

 魔王であることに疑問は持っていないようだ」


…痛いところをつく。

この世界の人間は魔王のシステムを知らない。

全ての魔王が元人間だなんて、知るはずもない。

魔物同様、どこからか湧いてくるものだと思っている。

知っているのは歴代の魔王だけだ。


どうしよう?

本当の事を話した方が話が早いだろうか…

でも…本で読んだから知ってました、なんて言って、誰が信じてくれるだろう。

まして、彼は魔王だ。

万が一信じてくれたとして、悪用される可能性も…


ていうかこれって話していいのかな?

ユーリさんも特に禁止事項なんか言ってこなかったけど…

もしこれを話したことでこの世界からはじき出されたりしたら、ファリオンに会えなくなっちゃう…


そこまで考えたところで…思考を放棄した。

ダメだ。

私は難しい事を考えるのに向いていない。


それによく漫画なんかで似たようなシチュエーションに出くわしては、やきもきした経験がある。

やたらと秘密を一人で抱えこむ登場人物。

早く周囲に打ち明けていればこじれずに済んだのに…ってやつだ。

その結果事態が悪化するのはテンプレ。

はよ言えよ!って突っ込んだことは数知れず。


それにいつ殺されるとも分からないんだから、出し惜しみしたって仕方ない。


「ヴィンリード」


「なんですか」


腹をくくった私の様子に気付いたか、リードも真剣な顔で向き合う。


「異世界って信じる?」


…変な宗教勧誘みたいな切り出し方をしてしまった。

リードも珍しく疑問符を頭に浮かべたような微妙な表情だ。

たどたどしい口ぶりになったが、私はこの世界で起きる出来事を本で知っていて、その本の世界に入り込んだ人間だと説明する。


「元はこの世界の人間ではなかったと?

 ではアカネ様は養女なのですか?」


「あ、ううん。実子なんだけど…

 そこは私をこの世界に送り込んだ本の魔女が

 なんかうまいことしてくれたみたいで」


我ながら胡散臭い。


リードはふむ、と口元に手を当てた後、頷いた。


「俄かには信じがたい話ですが…

 アカネ様の魔力が高すぎることを説明するには

 何か特異な事象が影響していると考えた方が

 自然かもしれませんね」


「そうなの。それも登場人物であるヒロインの能力を

 そのまま引き継ぐっていう決まりのせいなの」


「そこまで高い能力を持つ女性と言うと…

 マリエル・アルガントですか?」


知っているのか。

驚く私に、『迷宮の魔女の話は有名ですからね』とリードは微笑む。


「彼女と同じ力を持っている、か…

 迷宮で得た力と同じものなら、この感覚も納得できます」


「やっぱり魔王も迷宮に関係があるの?」


「僕も詳しくは分かりません。

 ただ、魔王の魂を受け入れてから、

 迷宮に惹かれる気持ちはあります。

 歴代の魔王の記憶を読んでも、

 誰もが迷わず迷宮へ向かったようです」


詳しくは分からないとか言いながら、さらりとすごい事を暴露した。


「歴代の魔王の記憶があるの!?」


確かに本の中のヴィンリードは、魔王の魂がどうやって人を取り込むのかを詳しく知っているようだった。

過去の事例と自分の経験、両方合わせての事だったのか。


「同じ魂を使い回しているせいでしょうね。

 …興味がありますか?」


ヴィンリードは5人目の魔王だ。

つまり、彼はこれまでの4人の魔王の記憶を引き継いでいて、どんな人がどんな理由で魔王になったのかも知っているということ。

元は人間だったわけだし、その人の身内なら真相を知りたがるかもしれないが…


「やめておくわ…ヘビーそうだし」


首を振った。

魔王になろうと思うほど絶望に打ちひしがれた人々の話だ。

聞いても愉快な気持ちにはならないだろうし、情報を有効活用できるとも思えない。

そんな私に、リードは穏やかに微笑んだ。


「賢明です。

 知らないほうがいいこともありますから」


妙に含みがある。

な、なに、まさか私と関わりのある人が歴代魔王にいるわけじゃないでしょうね?

特に心当たりは無いんだけど。

しかし詳しく突っ込む前に、リードは聞き手に回ってしまう。


「それで、その本に出てくる登場人物というのは誰だったんです?

 ヴィンリード・メアステラもいたわけでしょう?」


まぁ、そりゃそちらの方が気になるか。

自分が出てくる本の話があるなんて言われたら。


「私が知ってるのは魔王として世界を蹂躙しまくる

 冷酷無慈悲なヴィンリードだけどね。

 主な登場人物は5人かな。

 リード以外には、さっき言ったマリエルと、

 ファリオン・ヴォルシュ

 シャルロッテ・カデュケート、

 エルマン…」


この本の主要登場人物は5名。

魔王ヴィンリード、勇者ファリオン、ファリオンの仲間のマリエル。

そしてファリオンに片想いをするちょっと思い込みの激しい…はっきり言ってしまえばヤンデレ気味なこの国の王女様シャルロッテ。


そんな彼女に雇われ、ファリオンとマリエルの仲の邪魔をする元盗賊のエルマン。

ちなみに彼とファリオンは元シルバーウルフに所属していた時の友人同士だ。

シャルロッテの命令に渋々従いつつ、後でこっそりフォローもするエルマンは好感のもてるキャラだった。

この5人の中では彼が一番常識人だと思う。


しかし詳しい説明をする前に、一瞬リードの眉がピクリとはねた。


「ファリオン…?」


動揺したような表情は初めて見た。


「ファリオンを知ってるの?」


「…ヴォルシュ伯爵の嫡男でしょう?

 一度父の商いの関係でジーメンス子爵家へ行ったことがあります。

 その時にお会いしました。

 少し言葉を交わした程度ですが」


その言葉に今度は私が驚いた。

まさか二人が小さい頃に会っていたなんて。

原作にも無かったけれど…二人が対峙する頃にはお互い忘れているのかもしれない。

もしくはリード側は覚えていたけれど、少し言葉を交わした程度だから意に介さなかったのか。


リードが語ったとおり、ファリオンは元貴族。

そしてジーメンス家は、ファリオンのお母さんの実家だ。

ファリオンは一時、お母さんと一緒にジーメンス家の領地に居た。

それは彼が盗賊になってしまうに至る途中の出来事だから…


「いつくらいか覚えてる?」


「五年ほど前だったかと思いますが」


時系列としてはそれくらいのはずだ。

…リードがファリオンに出逢ったのは事実なんだろう。


考え込む私に、リードは答えを知っているかのような暗い笑みを浮かべながら問う。


「僕が魔王で。

 そのファリオンはどういう人間なんです?」


しまった。

ファリオンの名前は伏せたほうがよかった。

勇者が誰かということが知れたら、彼が力をつける前に殺されてしまうのでは…


「ま、待って。

 答える前に私も聞きたいことがあるの」


リードは無言で手の平を上向けて、続きを促す。


「どうして魔王になろうと思ったの?」


「…本には書かれていなかったんですか?」


「本の内容とこの世界はかなり違いが出てる。

 リードの言動だって私が知ってる

 魔王ヴィンリードのものとは全く違う。

 ストーリーを鵜呑みにして

 貴方の話を聞かないのはおかしいでしょ?」


リードへの警戒心は消えない。

それでも、彼が私の知っている冷酷な魔王とは別の人間だということは理解できている。

本の知識で推測はできても、断定はしちゃいけない。

私の言葉に、リードは少しだけ目を見開いた後溜息をついた。


「…力が欲しかったからです」


「力?」


「理不尽を跳ね除ける為には力が必要だ」


魔王の魂が寄ってくるくらいだ。

よほど誰かを憎み、思い悩むことがあったに違いない。

そう簡単に根掘り葉掘り聞ける話ではない。

ひとまず、誰かを殺したいなんて回答ではなくて安心した。


「力は自分でコントロールできてこそだと思わない?」


「おっしゃる通りです」


言質は取れた。

それなら…


「魔王の力に飲まれたくないなら、人を殺しちゃダメ」


視線で詳細を促され、説明することにする。

でまかせを言っているわけではない。

本の中で魔王ヴィンリード本人が語っていたことだ。


彼は当初、まず弟が死ぬに至った原因である奴隷商と貴族を殺した。

本来ならその後、ある女性を助けに行きたかったそうだ。

その女性とは、ヴィンリードと弟が魔物から逃れ、満身創痍で町を彷徨っていたところを拾ってくれた娼婦。

彼女は自室に二人を匿い、世話を焼いてくれたのだ。

しかし、彼女の住まう娼館を盗賊団が襲い、兄弟は奴隷商に売られ、女性も盗賊団の手に落ちてどうなったか分からない。


魔王ヴィンリードが闇落ちした理由の一端には、お世話になった娼婦との別れもあるんじゃないかな。

今目の前にいるリードも同じ軌跡をたどったかは不明だ。


しかし、本の中のヴィンリードは女性を助けずに迷宮へ向かってしまう。

奴隷商達を殺した後、彼は娼館があったあたりで情報を集めようとするが、荒くれ者たちに絡まれ、手にかけてしまう。

そこから思考が塗りつぶされるように覆われ始め、人間という種族への憎悪に染まっていったのだと言う。

人間を殺すために力を蓄えるべく、迷宮へ行かねば、と考えるようになったと。

奴隷商や貴族を殺したときにはなぜ何ともなかったのかは分からないが…


私の話に、リードは頷いた。


「…確かに過去の魔王にも、力を手に入れて誰かを殺めた後、

 魔王の魂に飲まれて迷宮へ向かった者がいたようです。

 しかし本の中の魔王はそれだけ冷静に自己分析しておきながら、

 抗えなかったのでしょうか」


ごもっともな指摘が入る。


「自分の意識が変わった自覚はあっても、

 自分の力を誇示して人々を蹂躙したい感情が

 わきあがるのは止められなかったって。

 そのうち、自分が見てきた理不尽を思い返して

 こんな種族は滅びればいいって

 本心から思うようになったみたいよ」


魔王の魂による一種の洗脳だろう。

人を殺める度に暴力的な欲求が高まっていく。

なんとも魔王らしいシステムだ。

たとえ一時の復讐心で魂を受け入れてしまった人間でも、立派な魔王に仕立てあげる仕組みになっている。


「貴方の本当の目的が理不尽に抗うことなら、

 操られるみたいなのは不本意でしょ?」


「…そうですね。

 今のところ殺したい人間もいませんし」


ほんの少し迷うように瞳が揺れたのは見なかったことにしよう。


「僕は魔王の力を手に入れた。

 けれどそれを報復や私欲の為に

 使うつもりはありません。

 アカネ様、貴女を守る為に使いましょう」


「…守る過程で誰かを殺したりしないでね」


それで正真正銘の魔王になられたら、私を手にかけることになるのはリードだろう。


「そうですね、もし加減を間違えて誰かを殺め、

 僕が殺戮の魔王に変わる事があれば…

 アカネ様が殺してください」


その一言は、世間話でもするかのように軽いトーンで言われた。

けれど冗談でないことは、彼の静か過ぎる瞳が物語っている。

気負うでもなく恐れるでもなく…


だから、悟ってしまう。

リードは自分の命を重いと思っていない。

なんなら自殺願望くらい持っているかもしれない。


彼は殺したい人間はいないと言った。

その時少し迷うような目をしていたのはきっと…

憎しみの対象があるとしたら、それが自分だからだ。


ぞっとした。

今朝、母から聞いた話を思い出す。


『うち以外のところへ行くことになるなら自害するなんて言い出してるし』


自分の要求を通すための詭弁だと思っていた。

だけど、そうじゃなかったのかもしれない。

彼が私に執着している理由は教えてもらえていないままだ。

それでも、私でも何でもいい…繋ぎとめる何かが無ければ、彼は…


それは、ある意味平和なことかもしれない。

魔王が正式に発見される前に自害する。

次の魔王が現れるまでの期間が延びるだけの話ではあるが。


じゃあそれを推奨する?

冗談じゃない。


この少年は本の中の魔王ヴィンリードとは違う。

危ういところがある、けれど何故か私を守りたいなんて言う…ちょっと…いや、かなり…魔力の強い…でもそれだけの少年だ。


「リード」


「はい?」


「貴方が私の奴隷のつもりなら、

 一つだけ命令する。

 絶対に自殺なんてしないで」


その一言に、彼は驚いたように息を呑んだけれど、その後苦笑気味に『僕の命はアカネ様の為に使いましょう』なんて微妙な返事を返してきた。


自殺願望のある魔王なんて聞いたことない。

いや、自分の力が強大すぎて死ねないから殺してくれる人を探してる、みたいな話はたまに聞くけど…

リードの場合はそれとも違う。

他者を巻き込むような何か大きなことを成す気もなく、ただひっそり自分を殺したがっているような気がする。

理不尽に抗いたいというわりに、抗わなければならないほどの私欲が見えないのだ。


…本当になんのために魔王になったんだろうか。

力がほしいってかなりぼんやりした理由だし…はぐらかされたんだろうなぁ。


テンプレ通りの魔王のような振る舞いをして欲しいわけでは無い。

無いけど、ちょっと予想外すぎる。


流れ上、私自身も彼が自分の奴隷であることを認めてしまったが、結局扱いを変えるつもりは無いのだからいいだろう。

あくまで形だけ。

形だけだけれど、思った以上に儚い魔王が自殺しないよう、私は彼の主人になると心に誓ったのだった。


…やっぱり情報過多で訳わかんないな。

次回は木曜更新予定です

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ