073出番ですよ
聖剣を掠めた瞬間を起点に、アカネの存在が消えていく。世界の記憶から、アカネの情報が消えていく。神から引き継いだ能力のせいで、その様子がまざまざと感じ取れた。
トエロワは……居た!南からこちらへ向かっている気配がわかる。ものすごいスピードだ。途中で落ち合えるように、呼びかけを続けながら俺もアカネを抱きかかえたまま飛んだ。本気を出せばもっと速く飛べそうなのだが、そうするとトエロワを追い越してしまいかねない。力が大きすぎると制御も大変だ。
飛び始めて十秒も経っていないだろう。向こう側に猛スピードで飛んでくる影が見えたかと思ったら、すぐに目の前まで接近してきた。
「ヴァイレぇぇぇぇ!?」
巨大な竜が絶叫しながら飛んでくる。魔王化した俺より人間たちをパニックに落としいれてるんじゃないだろうか。正気を取り戻した今思い返しても、俺はアカネに盲目過ぎただけでだいぶおとなしい魔王だったぞ。アカネの説得次第じゃ世界征服だってやめてた可能性もある。
「えええええ!ヴァイレじゃなぁぁぁぁい!」
「うるせー!トエロワ!今すぐアカネの時間を止めろ!」
俺が抱きかかえているアカネは、すでに全身が透き通り始めている。今にも手からすり抜けてしまうのではないかと気が気ではない。
「な、なんだ何があったのだ!?」
流石長年生きているだけはある。声はめちゃくちゃ狼狽えているが、すぐさま俺の言葉通りに力を使ってくれた。アカネが時間から隔絶され、消えていく現象が止まる。ホッと息を吐いた。
「アカネが聖剣に触れた。そのせいで世界の記憶から消されそうになってる」
「何だそれは!なぜ聖剣がアカネを消すのだ!?あと、なぜお前からヴァイレの気配がする!?まさかお前っ……」
トエロワが口をパカッと開けた。
「ヴァイレを食ったのかぁ!」
「何のためにどうやってだよ!」
「我が知るわけないではないか!」
「俺も知らねーよ!聖剣を抜いたら神の力を押し付けられたんだ!」
「なんだと!やっぱり……やっぱりその力はヴァイレのものなのか……」
夜空に浮かぶ月のような瞳から、泉がごとく涙が湧き出し、ボロボロと落ちた。思わず眼下を確認する。下は荒野だ。生き物の影は無い。ホッと息をつく。万が一冒険者とかがいたら何事かと驚くだろう。まあ、頭上に巨大な竜の影がある時点でパニックかもしれないが。
「ヴァイレ、ヴァイレすまなかったぁ!ヴァイレが大変な中、我はずっと眠っていて……助けてやることもできずに!」
泣いているドラゴンをぼんやり見ている俺に、抱き着こうとしてくる巨体。慌ててバリアでガードした。
「ヴァイレぇぇぇ」
「トエロワ、落ち着け!ヴァイレはもういない」
俺の言葉に、トエロワがピタリと動きを止める。
「……しかし、ヴァイレは今」
「俺が引き継いだのはヴァイレの力と……身勝手な願いだけだ。力を引き継いだからこそわかる。ヴァイレは俺と人間をはじめとした、この世界のあらゆるものに溶け込んでいて、もうヴァイレ自身として存在する何かはいないんだ」
また大泣きするかと身構えたが、潤んだ月はそれ以上雫を零すことは無かった。
「………そうか。やはり、そうなのか」
「辛いとは思うが」
「ヴァイレは、この世界すべてに存在しているのか……我は、ようやくこの世界を愛せる気がしてきたぞ」
「……………お前、本当にヴァイレ愛が強すぎるな」
ちょっと気持ち悪い。
ヴァイレという存在はトエロワにとって劇薬だ。下手に名前を出さないようにしよう。
「それで、ファリオン。アカネはどうした?聖剣が触れてなぜそうなる?」
「……アカネは本来、この世界には存在しない人間だった。世界の記憶に書き込まれることで作り上げられた……」
「……ふむ?虚構の存在であったのか?」
「この世界においては、な。アカネは別の世界の人間だったんだ」
そう伝えても今一つ腑に落ちていなさそうなヴァイレに懇切丁寧に説明してやる。こことは別の理がある世界というのは、この世界においても物語や伝説として存在している。だから俺もアカネの話を比較的早く理解できた。しかし数百年単位で人間との交流を最低限にしていたヴァイレには異世界という概念が無かったようだ。
「なんとも奇怪な話だ。ヴァイレ以外の神が作り出した世界があるというのか……」
「まぁ、俺もアカネの世界に行ったことがあるわけじゃねーけど、どうやら実在するらしい」
「ふーむ……それで、この世界におけるアカネの存在が消えようとしていると。何か手立てはあるのか?」
「……あるっちゃ、ある」
世界の記憶へアカネの情報を再度書き込めばいい。まだ扱いきれない神の力を使うには時間がかかりそうだが、トエロワにこうしてアカネの時間を止めてもらっていればじっくり取り組めるだろう。ただ……
「……アカネの記憶が、消えるかもしれない」
いや、かもしれないじゃない。アカネの情報を再度書いたとして、きっとそこに誕生するのはこの世界に来たばかりのアカネだ。この世界で過ごした幼少時代の記憶も持たない、俺と出会ったことも知らない、勇者ファリオンに恋い焦がれている異世界の少女……
共に過ごした記憶を持たないアカネの存在に意味がないとは言わない。だがそれでも、今のアカネが消えるということにはどうしても強い抵抗があった。
「アカネの記憶が消えるというのは……個が持つ記憶は世界の記憶に依らぬからか」
「そうだ……」
「ならば、個の持つ記憶をアカネに書き込んでやることはできぬのか?」
トエロワの言葉に顔を上げた。個の持つ記憶を、アカネに……
しばし考える。魔王が消えても魔王の存在を人々が覚えているように、アカネが消えても俺達がアカネを忘れることは無い。俺達が持っているアカネの記憶はそれぞれの中にあるものだからだ。
「……物にも、記憶は宿るのか」
神の力がそう告げている。人や動物だけではない。建物や家具、小物。万物が記憶を持っているという。本人の感情が混じった人間の記憶よりは、感情のない、ただ事実だけを覚えている物の記憶の方が、今回は適しているかもしれない。それをアカネに見せるというのは神の力と魔術具を使えばできると思う。ローザが作った石板を改造すればいい。
「……いけるか?時間はかかるが……」
個が持っている記憶はその場で起きた出来事を記録しているだけだ。アカネがその時何を考えたかまではわからない。記憶を見せて、追体験させるしかない。ただし、見せる記憶がほんのわずかでも欠けてしまえば今のアカネにはならないかもしれない。ほんの些細な一瞬の出来事でさえもその人物の言動や考え方に影響を及ぼす。アカネがこれまで通ってきた場所をすべて巡るしかない。アカネがどこで過ごしたかは記憶をたどっていくことでわかるはずだ。
「助かった、トエロワ。お前の助言のおかげで目途はついた。少し時間がかかるだろうが、アカネの記憶は戻してやれると思う」
「……感謝の言葉を受けておいて言いづらいのだが」
巨体を小さくしながら、トエロワは低い声をボソボソさせた。
「アカネのその状態を保ってやれるのは二日が限界だと思う」
「なに!?」
思わぬ言葉に目を剥いた。
「す、すまぬ。おそらく世界の記憶に関わる事象のせいだろう。通常の生物の時間を止めるよりも反発が強い。我は本来、時を進めるために生み出された存在だ。止めるのは本分ではないのだ。あまりこちらに集中しすぎれば、この世界すべての時が乱れてしまう」
トエロワの言葉はもっともだ。時の神とは時を進めるための存在。もちろんその役割を一時的に辞めれば時を止めることもできるが、本来時の流れとはすべての物に等しく流れる。一部に例外を作るというのは副産物的な技能であり、本分を差し置いてまで行うべきことではない。分かる。分かるが……
「二日……くそ!迷宮に戻るぞ!」
急いで踵を返し、アカネを抱えたまま迷宮へと戻った。その気になれば、十キロ程度なら瞬きする間に移動できる。神の力とやらは強大だ。しかし、トエロワと離れればアカネの時間が進んでしまう。重力を操り、トエロワを強引に引っ張って移動した。おそらく常人では視認もできないだろう。トエロワは、かつてこうしてヴァイレに連れられて移動したことがあったのだろうか。特に驚いてはいなかった。
迷宮の上空へ戻ると、地面にぽっかり空いた穴が見えた。さきほど俺が空けたものだ。その向こうには俺用に作られた魔王の間がある。トエロワが通れるくらいに穴を広げてやりながら飛び降りた。
二つ並んだ玉座の片方にアカネを座らせ、遠隔で迷宮内の魔物達へと指示を出す。魔術具を作るのに必要な素材を集めさせるのだ。おそらく迷宮内のもので足りるだろう。魔物達が材料を集めるまでの間に俺は急いで世界の記憶へ情報を書き加える。
どうすれば世界の記憶へ繋がるのかは何となくわかる。魔物の性質を変えていた時と同じ感覚だ。ただし、アカネの場合は現在の情報を書き換えるのではなく、時間をさかのぼって書き足さないといけない。アカネの情報が書き加えられていたのは、スターチス夫妻がアカネを授かった頃と、おそらくアカネがこの世界にやってきたのであろう十三歳の終わり頃。このあたりにポッカリと空白があるように感じる。この二つの情報で、アカネという存在が定義されていたはずだ。
ここを復元しないといけないが……どう書けば元に戻るんだ?もともと書いてあった内容と齟齬が生まれれば、全く別人のアカネ・スターチスという人間ができあがるだけなんじゃないのか?
そんなことに気付いて焦る。
何か痕跡はないのかと探ってみれば、どうもその部分には塗りつぶしたような違和感がある。塗りつぶす前の記述が分かれば……
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「………ファリオン、大丈夫か?」
気付けば穴の向こうから日が差し込んでいた。夜が明けたらしい。顎に伝っていた汗をぬぐう。
「ああ……でも、これでアカネが消えることは無くなった」
思った以上に時間がかかってしまった。なにせアカネの情報には、異世界というものが関わってくる。どうやって異世界の記憶を引き継がせているのか、さっぱり分からなかったのだ。塗りつぶされた個所を探ってみても、どうにも異国の言葉で書かれているかのようで、詳細な記述が読み取れない。
しばらく苦戦していると、不意に世界の記憶へ何か文字が勝手に書き込まれた。おそらくだが、例の本の魔女とかいう存在が介入したのではないだろうか。神を引き継いだ俺の力をも上回る存在から干渉があるという事実には少し薄ら寒いものを感じるが、今はただ感謝しておこう。相変わらず読めないが、塗りつぶされる前と同じ内容が刻まれたことはなんとなくわかる。
休憩もそこそこに、魔物が続々と運び込んできている素材の山へと向かい、魔術具制作に手を付けた。ローザが作っている魔術具の理論は理解できる。世界の記憶につながるおかげで彼女の研究成果はすべて知ることができるし、彼女よりその本質を理解できる立場とあって改良方法もいくらでも思いついた。
ただ、どうしても手先の器用さに関しては劣る部分があるだろう。可能ならローザの手を借りたいが、今は迎えに行く時間が惜しい。
「…………これが限界か」
穴の向こうから届く日差しはもう夕日の色を帯びている。半日費やして作り上げた魔術具。動くことを最優先にしたために小型化などは一切考慮していないせいで、一メートルはある巨大な塊が出来上がった。外見も取り繕っていないので、一見するとガラクタを積み上げたようにしか見えないだろう。そのガラクタからピョコンと飛び出している二本の蔓。右の蔓を物に触れさせれば、その物の記憶を読み取ることができる。そして左の蔓をアカネに触れさせれば、その記憶をアカネに見せることができるはずだ。記憶の再生時にはアカネ視点の光景となるようにしてあるので、本当にその時アカネが見えていたものが映るはず。これならばすべての記憶を追体験できるだろう。
「どうした?できたのではないのか?」
「できたはできたが……」
トエロワの問いかけに言葉を濁す。
「何が問題だ?この迷宮でのアカネの記憶を集めることはできたのだろう?」
「ああ……」
試運転としてまずはこの迷宮での記憶を魔術具に読み取らせた。問題なく成功している。しかし……
「いや、とりあえずはアカネの記憶を集めないことには始まらない。ちょっと行ってくる」
「我はどうすればいい?」
「アカネとトエロワを連れて行くと目立って騒ぎになる。トエロワは、ここでアカネを守っていてくれないか?」
「分かった。できるだけ頑張るが、早めに戻ってきてほしい。アカネのこの状態の維持は、本当に難しいのだ……」
トエロワが力無い声でつぶやいた。その言葉に頷き返し、巨大な魔術具を抱えてその場を飛び出した。真っすぐ向かった先はカッセードだ。アカネが生まれた地。最悪、この数か月の記憶は無くてもかまわない。できれば女神という立場を受け入れるところまで。最低でも、俺とヴィンリードの入れ替わりを打ち明けたあの時くらいまでは記憶を取り戻してもらいたい。
移動時間は、ほんの数秒。しかしその間に考える。
……果たして間に合うだろうか。
世界の記憶にアカネの情報はすでに書き込んであるので、止めているアカネの時間を再び動き出させればすぐにアカネという存在が再構成されるだろう。その時にこれまでのアカネの記憶をすべて読み取らせて追体験をさせることで、俺の知っているアカネになるはずだ。もし再構成のタイミングに記憶が間に合わなければ……おそらく俺の知るアカネにはならない。
一部の体験が欠ければ、それがささいなことであっても人格形成に影響が出る。そうなれば、必ず記憶に齟齬が生まれる。自分だったらこの時こんな行動をとるはずがないと少しでもアカネが感じれば、その瞬間自分の記憶だと認識できなくなる。アカネは他人の妙な記憶を植え付けられたような感覚で、戸惑ったまま生きることになるだろう。確実に周囲との関係も変わる。
……その時は、いっそすべて記憶を消してやって、改めて人間関係を築き直した方がまだ生きやすいかもしれない。
全ての記憶を明日までに集めきれないならば、それも覚悟する必要があるだろう。
カッセードの領主邸が眼下に見えた。真下に飛び降りれば、近くで庭仕事をしていた使用人が驚いたように声を上げた。
「……っ魔王様!?」
このカッセードの地でも魔物対策は行った。その間この屋敷に滞在していたので、俺の顔は知れている。
「すまないが詳しく話している時間がない!屋敷の中へ入らせてもらう!ディアナにはアカネの安全に関わる事態だと伝えてほしい」
今、この屋敷に主はいないはずだ。スターチス夫妻はセルイラ、シェドはまだ騎士の任期が空けていないので王都。そうなると今現在、この屋敷の責任者は侍女のディアナになる。
使用人の返事を聞かぬまま、手近な窓から屋敷の中へ入り込んだ。
アカネの部屋は……こっちだったな。
使う者がいない無人の部屋は、それでも綺麗に整えられていた。おそらくアカネが使っていた家具もそのままなのだろう。しかしアカネが子供のころに買い揃えられたものであるならば、それ以前の記憶はもっていまい。古くから残っていたものと考えると、家具ではない方がいい。
部屋の壁やカーペットは数年前に張り替えたようだ。窓枠ならば記憶が残っていそうだったので、そこから記憶を読み取ることにした。魔術具を窓枠につないで一分もしないうちに、部屋へとディアナが飛び込んできた。
「魔王陛下!一体何事ですか?」
「騒がせてすまない。アカネの記憶を取り戻すために必要なことだ。協力してほしい」
「……浄化の女神様に、なにがあったのですか?」
窓枠が記憶しているアカネの記憶は膨大だ。あと数分はかかるだろうと踏んで、その間にディアナに概要を説明する。物に記憶があるだとか、それを集めてアカネに読み取らせるだとかいう話は、彼女の理解の外にあったようで飲み込みにくそうにしていたが、溜息をついて頷いた。
「つまり、一秒たりとも漏れが無いよう、これまでアカネ様の傍にあった物を何かしら揃えなければならないということですわね?」
「そうだ」
ひとまずそれだけは理解してもらえたようだ。
「それは服でも構わないのでしょうか」
「ん……?ああ、それはもちろん……」
そう答えて、俺は息を呑んだ。服。そうだ。アカネが身に着けていたものならば、アカネが部屋の中に居ようが外に出ていようが関係ない。長く残っている物でなければならないと視野を狭めすぎた。
いや、普通ならば幼いころの服などとっくに手放しているはずだから当然だ。しかし、アカネの場合はそうじゃない。
「コゼット妃……」
「はい。コゼット様でしたら、浄化の女神様の産着から何から、あらゆる服を残しておいでです。服以外の思い出の品も持っていらっしゃるでしょう。あとは服を着ていない時間……入浴に使った部屋などから情報を読み取れば、全て網羅できるのではないでしょうか」
「そう……そうだな!この屋敷の浴室に案内してほしい」
「はい」
アカネは貴族の令嬢だ。入浴以外で服をすべて脱ぐことはほぼあるまい。日々の着替えの時にも、必ずなんらかの衣類は身に着けている。これならいける。
ディアナのおかげで希望が見えてきた。
カッセード邸の浴室から記憶を取り終えると、すぐさまパラディア王国へと向かう。セルイラの屋敷や王都の侯爵邸、駆け落ち騒動でリードに連れまわされていた時に泊まった建物等にも寄る必要はあるのだが、まずは大部分の記憶を埋めた方が良いと判断した。それで埋まらなかった分を、残り時間で埋めに行くつもりだ。
日が暮れる前にパラディアの王城へとたどり着いた。さて、どうやってコゼットのコレクション部屋に向かうかだが……もちろん正面から訪ねようものならコゼットに会うまで時間がかかるだろうし、強引に押し入ってもバレたら面倒だ。それならば……
城を覆うように魔力を巡らせる。コゼットの気配を探れば、数秒も待たずに見つかった。風の魔術で声を届ける。
「……コゼット王子妃。ファリオンです。アカネの安全に関わる重大な問題が起きています。貴女の持っているアカネコレクションの出番です。コレクションの部屋に入れるよう、手引きをお願いできませんか」
『えっ!?アカネちゃんが!?ど、どういうこと……魔王陛下、あなたどちらにいらっしゃいますの?』
そんな声を聴きながら、コゼットがいる場所へと向かう。すぐにコゼットの私室と思われる場所の窓へとたどり着いた。窓をノックすると、すぐにメイドがカーテンを開ける。
「……こ、こんなところから……それに、その塊は一体……?」
無作法な訪問にも関わらず、コゼットは動揺しつつも窓を開けるよう指示してくれた。俺のことを信用してくれているようだ。
「すみませんが、一刻を争います。これまでアカネが身に着けてきた物などから、アカネに関する記憶をこの魔術具に移さないといけません。作業の間に説明しますので、まずはコレクションを用意していただけませんか?」
「……よろしいでしょう。アカネちゃんの身に関わることとあらば是非もありません。こちらへ」
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そして案内された部屋は、圧巻だった。壁前面にところ狭しと服やらハンカチやら絵やら貨幣やらゴミのように見えるものまでビッシリと飾られ、部屋には鍵付きの棚がズラリと何列も並んでいた。おそらく全てにアカネ関連のものがしまわれているのだろう。なんとこの部屋が五部屋もあるという。何かでプレゼントをもらえるという時には部屋を追加でおねだりしているそうだ。さらには自分用の衣裳部屋すらつぶしてアカネコレクションに使っているという。知ってたけど、この人の情熱怖いな。だが、今は頼もしい。
とりあえず手近なところにあった服に魔術具をセットし、その間に状況を説明する。一つ一つは数秒で終わる。次々とセットする服を交換する、手を動かしながらの説明だ。
「そういうことでしたらお任せください。入浴中に使用していた香油のボトルやタオルもありますわ!」
アカネが生まれたときの取り上げに使ったタオルまであるらしい。誕生の瞬間から一秒も漏らすことなく記憶を集められそうだ。身に着けていたものは膨大だ。そのかわり、一つ一つが持っている記憶はさほど多くない。身に着けていた時間分だけなので、特に幼い頃は服の入れ替わりが激しかった。もちろん記憶がかぶっているものもあるが、重複はきちんと処理できるようになっているので問題ない。
吸い取る時間は短くて済むが、その代わり魔術具に繋ぎ変える手間が面倒だった。俺の手元までせっせと物を運んできてもらい、読み取りを終えたものは片付けてもらう。
途中でスチュアートがやってきて、何事かと驚いていた。その説明はコゼットに任せ、俺は黙々と地味な作業を続けた。
必ず、アカネの記憶を取り戻して見せる。アカネが俺を引き戻してくれたように、今度は俺が。
次回、最終話予定です。アフターストーリーを書くかは未定。




