022同盟
「…ヴィンリード…失礼よ」
ひと睨みして、そう返してみた。
「すみません。
有り得ない魔力量だったので、つい」
悪びれた様子も無く微笑むリードは、それでも私を観察するように眺めている。
「大体、私が魔王ならその魔力を心地いいと
感じるあんたは何なのって話で…」
そこまで口にして気付く。
…あれ、それって私のことじゃね?と。
魔王と共鳴する魔力…?
ふと思い至った。
…十分有り得ることだ、と。
迷宮に閉じ込められ、膨大な魔力を手に入れたマリー。
それと同じ力を持つ私。
この魔力が迷宮由来のもので。
魔王の力も迷宮に関わりがあるのだとしたら…
彼に惹かれる感覚も、彼が私の魔力に落ち着きを覚えるのも…
二人とも迷宮に縁があるせいなんじゃないのか。
だけど、本来迷宮に行ったことすらない私…
言葉を失ってしまった私は、明らかに何かあると言っている様なものだ。
けれど何て返せば良いかが分からない。
自分でも真実はわからないのだから。
目を泳がせる私に対してリードは責める風でもなく、どこか楽しそうな表情。
「…とにかく、私の魔力が高いのは事実だけど、
私は魔王じゃないから!」
「分かってます。冗談ですよ」
言葉通り微塵も疑っていなさそうだ。
…当然か、魔王は自分なのだから。
「ほら、病人なんだからもう横になってなよ」
「いえ…大丈夫です。おかげさまで随分よくなりました。
おそらく今夜あたりには魔力暴走も落ち着くでしょう」
確信めいた言い方にギクリとする。
「…具体的だね」
「自分の体ですから…なんとなく、分かるんですよ」
にっこり微笑むリードの表情からはなんの悪意も読み取れない。
だけどそれって…魔王の魂の受け入れが完了するということになるんじゃ…
いくら態度を保留にしても、魔王らしくないと感じても、できれば平和的にと願っても…彼が魔王だという事実は覆らない。
小説の中の魔王ヴィンリードは残忍で、狡猾で…
いくつかの奇跡が重ならなければ、ファリオンも辿り着くことさえできなかったのではないかと思うほど強大な魔王だった。
背筋にひやりとしたものを感じて、私は口を閉ざす。
そんな私を観察するように眺めるリードから視線を逸らした。
「…昨夜から思っていたのですが…
アカネ様はずいぶん不思議な目で僕を見ていますよね」
「え?」
「僕を心配してくださっているのは事実だと思うのですが…
同時に他の誰かを心配しているような気がするんです。
僕が復調するほど、安堵すると共に不安げで」
「……」
図星だ。
だってリードはファリオンの敵。
物語の中ではファリオンが勝利したものの、今のこの世界ではどうだか分からない。
私と言うイレギュラーが一つ…それだけで結末が変わる可能性だってある。
私一人の影響力はたいした事がなくても、私に関わる人たちの行動は、既に実際の物語とは異なっているはず。
そうなれば更にその人たちと関わりのある人達も…
波紋が次の波紋を呼ぶように、大きな事件を引き起こしたり、起こるはずだった事件が起きなくなったりするだろう。
そうしたら…勇者は魔王に勝てなくなるかもしれない。
目の前の少年は、もしかしたら私の好きな人を殺してしまうかもしれない。
私の恩人を…
「アカネ様?」
呼びかけられて、いつの間にかうつむいていた視線を上げると、驚いたようなリードの表情が滲んで映る。
「う、うわっ…」
具体的に想像しすぎた。
いつの間にか潤んでいた瞳をぬぐう。
「あ、こらっ…擦らないでください!」
慌てたような声とともにリードの手が私の手をぐっとつかみ、強い力で押さえつけられた。
顔を覗き込もうとしてくるのを拒むように顔を逸らせば、大きくため息を落とされる。
「…泣かれるとは思いませんでした。
僕が快方に向かうことが嫌なんですか?」
「ち、がう…そんなわけ…」
「そうでしょうね、僕を心配してくれる気持ちに偽りは無さそうだ。
でもそれとは別に不都合が起きるかもと不安がっているらしい」
淡々と言い当てられて唇を噛む。
最低だ。
結末がどうなるか分からないとか、既に本編とは違うことが起きているなんてこと、誰より私が知っているのに。
まだ何の罪も犯していない…はずの少年の回復を心から喜べないなんて。
「…アカネ様は優しいんですね」
「どこが…」
苦笑気味の声が聞こえてきて、思わず反論してしまう。
「不安はあるにせよ、
それでも僕に良くなってほしいとは思ってくれているし、
今も僕に申し訳ないと思っているでしょう?」
「……」
これは商人の息子の観察眼なのか。
私が顔に出やすいのか…
「アカネ様、僕は貴女が悲しむことはしませんよ」
その言葉に思わず視線をリードへ戻す。
さすがに思いがけない言葉だったから。
私の視線を受け止めたリードは、想像以上に真剣な顔で私を見返していた。
「僕が貴女の奴隷を望むのは、貴女を側で守りたいからだ。
元気になった僕が貴女や貴女の大切な人に
危害を及ぼすことはありません」
自分の身元がはっきりしないが故に怯えられていると判断したのか。
けれどその発言は見事に私の不安に対しての答えだった。
…これが本当に魔王となる男の言葉なのか。
私を騙そうとしているだけ?
彼が本当に魔王なら、それは十分にあり得るだろう。
魔王ヴィンリードはそういう男だった。
甘言で魔物も人も惑わし、ファリオンを罠に陥れる。
…でも、目の前の彼は、本の中のヴィンリードと本当に同じなんだろうか。
私を見据える赤い瞳は、力強く、あの時と同じように私を惹き付けてやまない。
信じたい。
そんな私を後押しするように、彼は優しく微笑んだ。
「誓います、アカネ様。
僕は貴女を守ります」
そう言ってまた私の手に口付けた彼に、ふっと表情が緩む。
全く…この二日間でこんなにハンドキスを受けることになるとは。
「リードは騎士みたいだね」
「…それも悪くありませんが、
貴女の騎士になることは叶わないでしょう。
僕は貴女の奴隷で十分ですよ」
まだ奴隷にこだわるのか、と苦笑する。
「どうしてそこまで私を守ろうとしてくれるの?」
奴隷商の扱いは酷かった。
そこから救ったという話なら、私だけでなく母の力が大きいのだけれど…
「そうですね…」
私の問いにリードは少し考える素振りを見せた後、口元に人差し指を当てて妖艶な笑みを浮かべる。
「秘密、ということにしておきましょう」
…似合うのが悔しい。
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部屋を出ると、エレーナが顔を赤くして潤んだ瞳で私を見つめてきた。
「…ごめんエレーナ、私そっちの趣味は無いわ」
「何をおっしゃってるのです?」
とりあえずお決まりの返しをしておいたが、エレーナは本気で嫌そうな顔をした。
しかしすぐ気を取り直したように破顔する。
「アカネ様、ヴィンリード様と随分仲がよろしいですね」
「私のせいでこの屋敷に来たようなものだもの。
そりゃ気にかけてはいるわよ」
これだけ部屋に通っておいて、『別に気にしてないし』なんて言ったらとんだツンデレだ。
そこは認めておく。
「またまたぁ。
またハンドキスされてたじゃないですか!」
「エレーナ…」
覗いていたのか。
行儀の悪さに頭痛がしてきた。
私の咎めるような視線に気付き、エレーナは否定するように手を振る。
「あっ、見たのは途中からですよ?
ヴィンリード様の大きな声が聞こえたので
何かあったのかと思ったのです…
しかも見てみたらアカネ様が泣かされてるし、
これ以上何かあるようなら失礼を承知で乗り込むつもりでした」
あぁ、私が目をこすってリードが制止した時か。
一応心配してくれてのことらしいので叱らないことにする。
「でもでもぉ、僕が守りますなんて誓いのキスまでっ…
お邪魔しなくてよかったぁ!」
手足をバタつかせながらきゃあきゃあ騒ぐエレーナ。
「エレーナって…いつも楽しそうよね」
「アカネ様のおかげですぅ」
皮肉も通じず、くふっと笑みを浮かべられた。
「シェド様とティナには悪いですけど、
私はヴィンリード様推しです!
アカネ様とお年も近いですし、
あの美しい容姿と柔らかい物腰ってもう
乙女が夢見る理想の王子様じゃないですかぁ!
なんか一物抱えてそうなのも堪らないです」
一介のメイドにまで一物抱えてると思われてる少年って…
そして一物抱えた少年を推される私って…
なんにせよ推されようが熱く語られようが、私に彼とどうこうなる気はないわけで。
しかしエレーナはあの綺麗な容姿に加え、世話係の一人として接しているうちに情がわいてしまったようだ。
まぁ確かに綺麗な顔してるとは思うし、私もあの目にはなんか弱いけど…
「あ、お嬢様。ここにいらっしゃったんですね」
「あぁ、ティナ…」
また面倒そうなところに。
ティナに気付いたエレーナは、いかにも深刻そうな顔で向き直った。
「ティナ…すみませんが、私はシェドアカ同盟に反旗を翻します!」
「待って、何その同盟」
しかし私の突っ込みは華麗にスルーされ、ティナはスッと目を細めて仁王立ちになった。
「聞きましょう」
「強面兄×老成妹…確かに魅力的です!
しかし私は新たな可能性に気付いてしまったのです!
そう、それはリドアカ!
秘密多き王子様キャラに翻弄されるアカネ様を見てみたい!」
「残念だわ…禁断の愛、もどかしくもピュアな兄に
ほだされていくお嬢様の良さがわからないなんて。
普段の老成した態度もどこへやら…
お嬢様を年頃の乙女へ戻し恥じらわせる力を持っているのは
他ならぬシェディオン様なのよ!」
訳わからん。
とりあえず二人とも私のこと老成してるって言ったか。
表へ出ろ、コカトリスの本気を見せてやる。
と、言いたいのに口を挟む隙が無い。
「ティナには分からないのです!
まるで絵画のように絵になる二人の姿!
運命的な出会いを果たした二人の物語の結末を
見たいと思うのは自然な感情!」
絵になるのはリード単品であって私は平凡な容姿なので、エレーナの色眼鏡の補正力が高いだけです。
「長い年月を家族として共に過ごしてきたからこその
葛藤と深い愛を理解できないなんて!」
葛藤なにそれおいしいの、とばかりに手っ取り早く夜這いさせようとしまくるのは誰だっけ。
「理解できないわけではないのです!
でもっ…私はっ…」
エレーナ、何で泣きそうなの。
どういう感情?それ。
「…エレーナ…貴女には12名の盟友たちをまとめるべく、
幹部として一翼を担って欲しいと思っていたのに…」
「待って、そのわけわからん同盟の参加者そんなにいるの!?」
流石に聞き捨てならず、声を上げる。
しかし相変わらず二人はスルーだ。
「いずれ後悔しても知らないわよ」
「…ティナ。それはこちらのセリフなのです。
リドアカ同盟は今この瞬間に産声をあげました」
あげんな、さげろ。
「いずれリドアカ同盟は100名もの規模となることでしょう!」
させてたまるか。
その後、こっそり場を離れた私から告げ口を受けたカメリアが絶対零度の笑みでにじり寄るまで舌戦が続いた。
『アカネお嬢様がお幸せになることが一番大切でしょう!』というカメリアのお叱りに、ティナとエレーナは『そんなもん絶対条件に決まってる!その上で誰に幸せにしてもらうかだ!』とかなんとかのたまい、『その前提の上でメイド長はどちらがいいんです!』なんて馬鹿な質問が飛び出したところで大きな溜息と共に『強いて言うならベルブルク公爵家嫡男のアドルフ様です』と小さな呟きとともに更なる火種が投下されてその場は大炎上。
ていうかこれリードにも聞こえてるんじゃないの。
ちらっと部屋を覗いたところ、肩を震わせて笑いを堪えている少年の姿があった。
こちらに気付いたリードは涙をぬぐいながら小声で『愉快な使用人たちですね』とか言っている。
ち、違う。
普段はもうちょっと真面目なんだうちのメイド。
…多分。
==========
その日の晩。
時計は22時を示し、そろそろ寝ようとベッドにもぐりこんだものの、そわそわして眠れず、やっぱり様子を見に行こうかななんて思った瞬間にそれは起きた。
ドクンと空気が脈打つような感覚を、体内の魔力と鼓膜が捉える。
…きた。
瞬時にそう思う。
肌がぶわっと総毛立ち、私はその出元の方角を確かに認識した。
「リード…」
その方向には他にもたくさんの部屋がある。
けれどそうとしか思えなかった。
ヴィンリードの部屋だ。
既にティナは本日の業務終了ということで自室に帰している。
他の人が気付いたかどうかは分からない。
だけどこれは…きっと…
本人の予想通り、魔力の暴走が落ち着いたんだろう。
そしてその意味することは一つ。
居ても立っても居られずベッドから飛び降りた。
そろっと廊下に出てみれば、しんとしたいつもの静かな屋敷。
…誰も気付かなかったのだろうか。
早鐘を打つ胸元をぎゅっと押さえ、リードの部屋へ向かう。
近づくほど何ともいえないプレッシャーを感じるのは…気にしすぎなのか。
リードが回復してきたことから、すでに24時間体制での看病は解かれている。
この異変に誰も気付かない状況なのはいいのか悪いのか…
念の為、宣誓魔術具は付けたままだという。
宣誓魔術具は誓った内容を違えた時に罰を与える道具だ。
使用人をはじめ、屋敷内に入って日の浅い人間は大体つけさせられる。
使用人にとってはそれを外されることこそ、雇用主からの最大の信頼を示すものであり名誉であるとされる。
リードの場合は家に危害を加えない事を誓い、破ればしびれる程度の電流が走るらしい。
カルバン先生が身に着けているのと同様、腕輪型の物だ。
でも、魔王相手にも効果あるのかな、それって…
扉の前で大きく深呼吸をして控えめにノックをしてみれば、思いの外平然とした『どうぞ』なんて返事が返ってくる。
ドアを開けて…息を呑んだ。
ランプが消えた夜の室内。
ベッドに腰掛け、まるで玉座にそうするかのように足を組む少年が居た。
窓から突き刺さる月光をまとうように輝く銀。
肩口まであるウルフカットのそれがさらりと耳から滑り落ち、血を撒き散らしたかのような鮮烈な赤が私を見据える。
青白い肌に浮かぶ唇の口角が上がり、場違いなほど優しく彼は微笑んだ。
「アカネ様、こんな時間にどうされました?」
その声は水がゆっくり沁みていくようにじわりと鼓膜を撫で、指先をしびれさせる。
一見、何も変わりない。
悪魔のような翼や角が生えているわけでもないし、体が成長したり髪が異様に伸びたりもしていない。
昼間と同じ、ただ綺麗な少年がそこに居るだけだ。
けれど違う。
彼の身に宿る全ての色彩が、空気を震わせる音の響きが、超常を私の視覚と聴覚に訴える。
上手く表現できない。
他の誰にも分からないのかもしれない。
だけどそれらは確かに、私に事実を突きつけた。
「…魔王…」
彼は、やっぱり魔王だった。
ベルアイル公爵家をベルブルク公爵家に改名しました。
語感で適当につけていたのですが、調べてみたらゲームの固有名のようだったので…
次回は土曜更新予定です




