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魔王の隣で勇者を想う  作者: 遠山京
第二部 最終章 令嬢と魔王

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064あの時、貴方は

「ベオトラ、話してくれてありがとう。私、部屋に戻るね」

「お、おう。おやすみ」


ファリオンのお父さんが魔王になった瞬間のことは、夢で見たことがある。確か、魔王の魂が願いを聞き届けて間もなく爆発が起きたような気がする。ファリオンはその爆発を自分のせいだと言っていた。様子のおかしい父を見て咄嗟に魔術を使ってしまい、それが暴走して屋敷を吹き飛ばしたのだと。

本当にそうだろうか。私が夢で見たとき、爆発が起きるより前にファリオンとお母さんはもう姿を消していたような気がする。おそらくコンマ数秒の差だと思うし、記憶も朧気だ。だけど……そこのあたりをもう少し詳しく追いかけることはできないだろうか。


足早に部屋へと戻り、ベッドへともぐりこんだ。お風呂に入ったり着替えたりなんて余裕はない。一刻も早く確かめたくて、そのまま目を閉じた。意識をゆっくり水の底に沈めていくことをイメージしながら、水の底から伸びている一本の糸を手繰り寄せる。最近私の中での世界の記憶のイメージがこれだった。見たい内容を考えながらその糸の方へと潜っていけば、いつの間にか……



=====



「私の愛しい家族を…アマーリエとファリオンをここから逃してほしい。そうだ、アマーリエの実家であるジーメンス家ならば二人を匿ってくれるやもしれん」


ファリオンのお父さん……トルグスト様はそう願った。


『その願い、しかと聞き届けた』


魔王の魂がそう答えて……そう、ここからが大事だ。そんな私の思いに答えるように、そこからの光景はゆっくり動いて見えた。世界の記憶を読み取っているおかげか、魔力の動きまで何となく認識できる。

膨大な魔力が急速にトルグスト様へとと凝縮していく。声に向かって手を差し出したままだったトルグスト様。そんな彼を不安げに見つめていた少年……ファリオンがかすかな悲鳴と共に手を伸ばした。魔王の魂ではなく、自分の手を取ってほしいというように。その想いに反して、その瞬間、魔王の魂がトルグスト様の願いを叶えてしまう。ファリオンと、お母さんであるアマーリエさんの姿が掻き消える……けれどその直前、ファリオンの伸ばした手の先から光が伸びた。金色に輝く魔力はトルグスト様を包み込み……その体を守るように淡く光る。

……ファリオンの魔術は成功していた。バリアだ。彼はきっと父親の様子がおかしいこと、そして何か異質なものが父に近づいていることを察して、とっさに守ろうと魔術を使ったんだ。


その直後、トルグスト様の中に凝縮された魔力が弾かれるようにその場にほとばしった。ギラギラと光の粒が周囲に飛び回る。魔術としての形を成していない、けれどこれは光魔術だ。


「ぐ、あああああ!」


苦悶の声に呼応するように揺らぎながら湧き出る魔力は酷く不安定だった。ファリオンはバリア……防御の魔術を張ろうとしていたと言っていたけれど、どうもそれは事実とは違う。不完全な魔術として噴き出してはトルグスト様の中へ入り込んでいく魔力。治癒魔術を使おうとしているのだと何となくわかる。あまりの苦痛に耐えかねて、トルグスト様は無意識に自分を治癒しようと……


そして、彼の体からあふれ出す光は臨界点を超えたようにその場を真っ白に包み込み、轟音と共にはじけ飛んだ。光魔術の暴走。その結果が爆発へと至ったようだ。煙と埃がその場を覆いつくし、その中に浮かぶ人影は一人分だけ。


「……行かなければ。守らなければ」


うわごとのようにそう呟くトルグスト様の目はうつろで、爆発の余波を受けたのかその体にはいたるところに傷があった。おそらくファリオンのバリアのおかげで、この程度の傷で済んだのだろう。膨大な魔力を力任せに暴走させた魔王の力で壊れてしまったようだけれど、確かに彼の願い通り、そのバリアは父親を守った。


もしかしたら、魔王の魂を受け入れた人の中には、こうして暴走した人が他にもいたのかもしれない。日ごろ魔術を使うことに慣れている人だったら、自分の体に異変が起きたとき、わけもわからず魔術を発動してしまうこともあるだろう。その時に魔術を暴走させ、魔王として覚醒することもなく消えていった人が、もしかしたら。

安定するまで魔術を使わなかった人や、理性を保てた人だけが魔王の器として生き残る、そんなシステムになっているのかも……


「アカネ」



=====



呼び声に応えてゆっくり意識を引き上げた。ぼやける視界に、金髪の青年が映る。


「……大きくなったねぇ」

「何言ってんだ?」


思わず親戚のおばさんみたいなことを呟いてしまった。寝起きのだるい体をそのまま放り出していると、私の手をファリオンがギュッと握ってくる。どこか焦りをはらんだその動きに、反射的に魔力を流し込んだ。


「ファリオン?どうしたの?」

「いや……それより、何見てたんだ?」


ファリオンは世界の記憶とつながっていることが分かる。さっきまで私が記憶を覗いていたことも分かっているんだろう。以前と違い、今の私が世界の記憶とつながるのは自分で意図してのことだ。トエロワとの件が落ち着いた今、わざわざ何を見たがったのかとファリオンが訝るのも当然だった。

私は目を閉じて先ほど見た光景を反芻する。大丈夫、覚えている。

世界の記憶で見た映像は夢の中の出来事のようで、薄れてしまいがちだ。けれどつなぐ回数を重ねるごとに、より鮮明に覚えていられるようになった気がする。


ふぅ、と息を吐いて上体を起こし、ファリオンの顔をじっと見つめた。私の真剣なまなざしが伝わったのだろう。ファリオンも息を呑んで真顔になる。


「ねぇファリオン。嫌なことを思い出させることになるけど、大事な話だから聞いてほしいの」

「何だよ……改まって」


銀色の瞳がわずかに揺らいだ。不安がらせたいわけじゃない。その逆だ。けれどその過程では、彼に苦痛を伴わせることは間違いない。


「……ファリオンのお父さんが、魔王に覚醒したときのことなんだけどね」


案の定、ファリオンはわずかに瞳を細める。不快感をぐっとこらえるようなその表情に胸が痛むけれど、銀色の瞳は続きを促すように見つめ返してきた。


「ファリオンは、自分の光魔術が暴走して屋敷を吹き飛ばしたって言ってた。どうしてそう思ったの?」

「どうして、って……」


思わぬ問いかけだったようで、珍しくうろたえるファリオンが見れた。けれどすぐに思案気に俯き、淡々と口を開く。


「転移する直前、魔術が発動したのは見えた。結果までは目にしてねーけど、ヴォルシュ家の屋敷があった一帯が吹き飛んだのは確かだ。アーべライン侯爵の炎魔術じゃ、ああはならない。光魔術の暴走としか思えねーんだよ」

「お父さんの記憶では?」


ファリオンは歴代魔王の記憶を持っている。お父さんの記憶も持っているっていう話だった。以前話してくれた時には、ファリオンの魔術に気付いてバリアを張ったと言っていたけれど……そこがどうも、さっき見た映像とは食い違っている。

私の問いかけの意図に気付いたようで、ファリオンはさきほどよりじっくり考えるように口元に手を当てて黙り込んだ。


「……魔王の魂を受け入れた直後は結構意識が混濁してることが多いからな……俺が魔術を放ったことはかすかに認識してたような気がする。それとほぼ同時に魔術を使おうとしたような記憶もあるし、確かにバリアが体を覆って、だから爆発からも身を守れて……」

「やっぱり。その三つだけで、お父さんがバリアを張ったって思ったんだね」


ぼんやりした記憶を、ファリオンは想像で補って理解している。確かに一見つじつまが合ってしまうから無理もない。


「でもファリオン。魔王になった直後の魔力の不安定さは、貴方が一番知ってるはずだよね」

「……待てよ、まさか」


私の言いたいことは正しく伝わったらしい。瞠目するファリオンに頷き、続けた。


「ファリオンはあの時、お父さんを守ろうとした。お父さんの周囲に張られたバリアはファリオンが張ったものだよ」


告げたのはその事実だけだ。それなら屋敷を吹き飛ばしたのは誰なのか、ということは、わざわざ言わなくてもきっとファリオンなら理解する。

おそらく、石板の魔術具を使って記憶を共有すればより正確に、確実に事実を伝えられる。けれどこの記憶をまざまざと見せてしまうのは、彼には酷だろう。

ファリオンは言葉の意味を咀嚼するようにしばらく黙り込んだ後、大きく息を吐きだした。


「……そうか。そう……だったんだな」


いつの間にか冷たくなっているファリオンの手を、温めるようにギュッと握りしめる。ファリオンは誰も殺していない。けれどお父さんが魔王になったことも、そしてお父さんが魔術を暴走させて屋敷を吹き飛ばし、大勢を殺したことも事実だ。そしてファリオンのバリアで守られたお父さんが四代目魔王となり、その後の魔物被害をもたらしたことも。

この事実はファリオンにとって、純粋に『よかった』と受け止められる内容ではないと思う。けれど、自分が不用意に放った魔術が直接大勢の人を殺してしまったという誤解は、長年彼を苦しめていた。他の悩みの種が新たにできたとしても、この誤解だけは絶対に解いてあげたかった。


「……ありがとう」


そんな私の想いは伝わったようで、ファリオンは私の肩に頭を預けてそうつぶやいた。未来に待ち受けている課題への解決には何もなっていない。けれど彼の中にずっと圧し掛かっていた罪の意識をほんの少しでも軽くできたのなら、私は嬉しい。



=====



「アカネ様ー--!」

「うわぁ」

「聞こえているよ!?なんだい『うわぁ』って!」


翌日。ラカティの役人さんに連れられてきた来客が走り寄ってくるのを見て、私は思わずうんざりした声を出してしまった。実に一か月ぶりのはずなんだけど、出会って一秒で食傷気味だ。隣のファリオンも渋い顔をしている。


「元気そうね、ローザ」


飛びつかんばかりのローザを何とか押しとどめた。私より背の高い成人女性が飛び込んできても受け止められないから。

どうやら昨晩、マイルイが再びカデュケート王国に戻ったらしい。私が勇者になってしまったことを知らせに行ってくれたそうだ。そして帰りしなローザに『私も連れて行ってほしい』と懇願され、仕方なく連れてきたのだという。


「途中でドラゴン見つけて、乗せてもらったのよ。さすがにあたしも人間一人海を渡らせるのはちょっとしんどいからね」

「鞍も命綱も無しのドラゴン飛行はなかなかスリリングだったよ!」


素手でしがみついて飛んでいたらしい。変なところでガッツがある。私をハグから解放したローザは、ファリオンをじっと見つめた。そういえばかけている眼鏡が変わっている。新調したのだろうか。彼女は目を細めた後、どこか肩を落としたように見えた。未だに成長したファリオンを嘆いているのだとしたらしつこいショタコンだ。そしてファリオンから視線をそらし、今度は私を見つめてくる。


「……ん?なに?」


首をかしげると、ローザはニカッと笑った。


「よかった。アカネ様が泣いているんじゃないかと思ったんだ」

「え?」

「勇者なんて、アカネ様が一番なりたくないものだろう?」

「ローザ……」


私を心配して、こんなところまで飛んできてくれたらしい。


「……ありがと。大丈夫だよ。最初はびっくりしたけど、私が勇者になることでファリオンを守れることもあると思うし」

「俺も守られるばっかじゃねーよ。結局のところアカネにどれだけ負担がかかるかは、俺次第だしな」

「そうだね。話の持っていき方、振舞い方ひとつで、お二人の立場は大きく変わると思う。そのあたりは、この方と詳しく相談するといい」

「この方?」


部屋に入ってきたのはローザ一人のはずだ。疑問符を飛ばす私にローザはウインクして、背負っていた荷物の中から丸い輪っかのようなものを取り出した。それを床に置き、手招きしてくる。


「な、なに?」

「この魔術具は魔力食いなんだ。アカネ様、魔力を注いでくれないか」

「こう……?」


正直嫌な予感がしているので協力したくないんだけど、たぶん問題を後回しにしても良いことは無い。しぶしぶ魔力を注いだ。数秒魔力を流し込むと輪についている小さな青いランプが一瞬点滅する。


「有難う、もういいよ。あとはこのボタンを押すだけだ」


輪が淡く発光する。その光はゆっくり膨れ上がり、人の形をなしていった。


「……流石に大陸間をつなぐ長距離転移装置は魔力や装置の大きさ的に実用化が難しいって言ってなかったか?」

「お二人がいない間に改良したよ。一昨日出来たばかりさ。こちらの魔力や磁場の関係でうまく動かない可能性もあったけど、この様子なら大丈夫そうだ」

「実験で呼び出していい相手じゃねーよ……」


もうファリオンも誰が来るのか分かっているのだろう。光が落ち着き、そこには見覚えのある……ありすぎる美丈夫が立っていた。


「アドルフ様……」


既に腕を組んで仁王立ちだ。なのに表情は笑顔。怖すぎる。


「久しぶりだな、ファリオン、アカネ嬢」

「お久しぶりです……」


抑揚のない声がかえって怒りを表しているかのようだ。

おそらくラカティの役人がいるから、感情を抑えているのだろう。そしてアドルフ様に話しかけられた役人は、『撤去後確認に来ます』という言葉を残して部屋を出ていく。それを見届けた後、アドルフ様はこちらに向き直った。その視線は私にロックオンされている。あー!やっぱり私かー!お説教対象こっちかー!だよねー!


「さて……俺はこんなに早くこの国に足を踏み入れるつもりは無かった。わかるな?これは非公式の訪問だ。一時間もせずに帰る。こんな突発的な訪問をどうしてすることになったかわかるか?」

「えええっと……」

「ドロテーア嬢にはな、ラカティ連合国との話がまとまるようなら、戻ってくるときにラカティからも使者を出してもらうよう頼んであった。おそらくそれまでにはひと月はかかると踏んでいた。時の神が浄化の女神と共にこちらへ来てくださった時、俺は素直に全員の無事を喜んだし、帰還までに様々な準備をせねばと張り切っていた。そう、ひと月の間はこれといった続報もなく、予定通りの準備を進めればいいと思っていたんだ」


にっこり微笑んだままジリジリと近づいてくるアドルフ様が怖い。人間の王に迫ったドロテーアそっくりだ。ドロテーアのあの圧力は貴方の影響か。


「なのに昨晩、浄化の女神が単身戻って来られた。それで何を聞かされたと思う?」

「えーー--っと…………せ、聖剣のことかな、なぁんて」


ずずいっと見下ろしてくるアドルフ様に、私は小さくなるしかない。こちらを睥睨したまま、アドルフ様はため息をついた。


「アカネ嬢は俺の計算を狂わせるのが趣味なんじゃなかろうな?」

「滅相もございません……」

「出会った当初から意外性のある女性だとは思っていたが、こうも毎度毎度予想の斜め上に飛び立ってもらわなくてもいいんだがな。手綱は誰なら握れるんだ?魔王でも神でも無理で、勇者は本人がなってしまったようだから、もうお手上げだな」

「返す言葉もゴザイマセン……」


半泣きの私を見て、アドルフ様はようやくいつものようにフッと笑った。


「すまんな。スッキリした。こうしていびることができる程度には元気なようで安心したぞ。開口一番に嫌味を言うか慰めるか、顔を見るまで悩んでいたんだ」

「……俺達が作戦黙ってなけりゃ、こうならなかったんだけどな」


ファリオンがかばってくれるけれど、アドルフ様は眉を跳ね上げた。


「ああ、気が動転していたからだという話か?お前たちは過保護すぎるな。ダニエルあたりは責任を感じそうだが、俺にそれを求められても困るぞ。アカネ嬢が目立つことを異常なほど嫌うのも、そして立場的に危ういのも事実だ。ならば時の神に会うという作戦を遂行するまで黙っているのは仕方のないことだし、ファリオンと共にありたいのなら神格化されることも受け入れてもらわなければならん。多少の混乱があったとして、聖剣をうっかり抜いてしまうなんてアクシデントまで想定して面倒見てられるか。聖剣を抜いて何が起きるか知らなかったのならまだしも、アカネ嬢は十分に知っていたはずだ。ファリオンに次いで扱いに慎重になるだろうと俺は考えていたんだからな」

「……おっしゃる通りです」


一ミリも反論できなかった。確かに事前にあのお披露目会を知っていれば、ただでさえ緊張する作戦の中でますますプレッシャーが増しただろうし、その結果聖剣を抜いちゃうなんて誰も分かるはずがない。

ファリオンもそう思っているのだろう。アドルフ様の反論を黙って受け入れた。


「ま、雑談はここまでだ。ローザ、俺達の訪問のことは?」

「女神様に仲介を頼んで、人間の王様にはご挨拶してきました。私はアカネ様達が帰るまで滞在の許可をいただきました。私は貴族でも何でもない一般市民ですから、そのことをお話したら思いのほかすんなりと。アドルフ様がアカネ様達とお話をするために一時間だけ滞在することも、内密にお許しをいただきました。ただ、こちらの魔術具は必ず撤去すること、城内での転移魔術具の使用は特例に今回限りであること、そして転移魔術具の技術提供を条件に挙げられましたが」

「……想定内ではあるが、技術提供は少々痛いな。おそらくドロテーア嬢がそのあたりは高く売りつけているはずなのだが」

「すべての情報を開示する必要はないかと思います。原理を教えてすぐに理解できるとも思えませんし。まだ交渉の余地はあるかと」

「ふむ、まぁいいか。そういうわけだ、二人とも。時間がない。今後の動きについて話を詰めるぞ」


しっかり仕事モードに切り替えたアドルフ様に、私とファリオンも頷いた。私達の立場が大きく変わる。どう動けばいいかまだ分かっていない私は特に話をしっかり聞いておかないといけない。

ご覧いただきありがとうございます。

年内に最終話まであげるのはさすがにちょっと無理な気がしてきました…

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