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魔王の隣で勇者を想う  作者: 遠山京
第二部 最終章 令嬢と魔王

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063勇者の資格

「やっぱり何の説明もなくアカネ様達を呼び出したのが良くなかったのだと思います。アカネ様は混乱していたのですもの。こうなっても無理のないことでした。黙っていた私たちの責任です」


遠くで声がする。


「ドロテーア、自責のつもりだろうがそれ位にしておけ。ダニエルが今にも窓から飛び降りかねん。アカネは目立つことを苦手とする性格なのだろう?事前に知らせていれば潜入時の動きに支障が出たというアドルフ様の見解には俺も賛成だ」

「そうだな。アカネのことだから知ってたら頭の中それだけでいっぱいになるだろ。納得して受け入れさせるには時間がかかるだろうから待ってられないし。事態が飲み込めないうちに済ませちまった方がいいって判断は間違ってないと思うぜ」


ベオトラとリードが困ったような声を出している。私の話をしているようだけど、どうしたんだろう?


「ベオトラ、リード様、ありがとうございます。でも……僕の責任には変わりありません」

「ダニエルだけの責任ではありません。知りながら黙っていたのは私も同じです」

「二人の責任だとは思わねぇけどさ。でもまさか……アネキが勇者になるなんて」


ヴェルの言葉が耳に入った途端、突如こみ上げた吐き気に思わず体をよじり、口元を押さえた。


「アカネ!?」


背に手のひらが触れる感覚。よく知ったその感触が誰のものか察すると同時に、私は勢いよくそれを振り払っていた。


「っ……」


目を丸くしたファリオン。私は広い部屋のベッドの上で寝かされていたようだった。ベオトラやリード達もこちらに気付いて駆け寄ってくる。けれど視界が揺れてうまく見えない。息の吸い方が、吐き出し方が分からなくなって、目の前が暗くなっていく。


「落ち着け、アカネ……!勇者だからと言って魔王に触れただけで影響を及ぼすわけではない。俺もそうだっただろう」

「あ……」


ベオトラがベッドの傍に屈み、私の目をじっと見てゆっくりそう言い聞かせる。そう、そうだ……勇者だからって……ファリオンをただちに害するわけじゃない。

ふぅふぅと荒い息を必死に抑え込む私に、またファリオンの手が触れた。優しく頭をなでる感触が、私の視界をぼやけさせる。


「アカネ様、申し訳ございません」


ベオトラの隣に人影が滑り込んできて、跪いてうなだれた。


「ダニエル……?」


見下ろした先でダニエルは小さくなっている。どうして謝罪されているのか分からなくて目を瞬かせると、ポロリと涙が零れ落ちた。おそるおそるこちらを見上げた彼の瞳がそれを捉えて、悲痛な表情にゆがんでいく。


「アカネ様が戸惑うことが分かっていながらこのような形をとったせいで……」

「違う……私が」


私が考え無しだっただけだ。迂闊だった。聖剣は魔王であるファリオンを害するもので、その取り扱いには細心の注意を払わないといけなかった。いや、払っていたつもりだった。ベオトラから受け取った時にはヒヤヒヤしながら触れていたはずなのに。演説の時、私のすぐそばにファリオンは居たんだ。至近距離で鞘から抜くだけでも影響があったかもしれないのに、頭を真っ白にして扱っていいものじゃなかった。

小刻みに動きたがる胸をぐっと抑え込み、細く長く呼吸を繰り返す。動揺している場合じゃない。なぜだかダニエルが責任を感じている今、私が落ち込めば彼はますます気にしてしまう。


「……考えようによっては、ファリオンに敵対するような人が次の勇者にならなくて良かった」


そう口にしただけで、部屋の空気が弛緩するのを感じた。ベオトラが安堵したように相好を崩す。


「その意気だ。いや、実際その通りなんだがな。実のところを言えば、この一年ほどの間に俺に魔王討伐の話を持ち掛けてきた人間は片手じゃ足りない」


ベオトラの言葉に肝が冷える。ベオトラは魔王の存在を知っていたのか。ファリオンのことを良く思っていないらしい過激派の人々がベオトラに接触するのは当然のことだ。ひょっとしたら、ファリオンが魔王であることもベオトラはとっくに知っていたのかもしれない。それでも今までずっと何も言わずにいてくれたのだとしたら……


「ベオトラ……ありがとう」

「礼を言われるようなことではないさ」

「まあ、あんま深刻に考えるなよ。ベオトラがそうだったように、アカネが勇者になったからってファリオンを倒せなんて命令がただちに下るわけじゃない」

「リード……そう……だよね」

「アカネ様の元に聖剣がある以上、過激派はファリオン様へ手出ししにくくなったとも言えます。ベオトラを説得するより、アカネ様を説得する方が難しいのはすぐ分かることですもの」


ドロテーアの言葉に頷いた。確かに、ベオトラはもしかしたら説得次第でファリオンの敵に回ったかもしれない。けれど私はそうじゃない。ファリオンの敵になんて、絶対にならない。


「アカネ!目が覚めたのね!」


そんな言葉と共に窓から飛び込んできた美女を受け止めた。


「マイルイ、心配かけてごめんね」

「本当よ、全く。トエロワも慌ててたのよ。あの巨体でソワソワされると鬱陶しいったら」

「なんだと!?」


部屋が暗くなったのに気づいて窓に目を向けると、窓からの光を巨体が遮っていた。トエロワだ。どうやら室内に入れないので外で待機してくれているようだ。


「トエロワも心配してくれたんだね」

「ふ、ふんっ。我は心配などしておらぬ!もしやこのまま目覚めぬのではと考えていただけだ!」


それを心配というのでは。


「私、どれくらい気を失ってたの?」

「半日ほどです。昨夜は夜を徹してことに当たりましたから、お疲れだったのもあるのでしょう」


ダニエルは言葉を選んでくれているけど、それってただの睡眠不足じゃん……普通に寝てただけっていう。一応ファリオンと仮眠はとったのにな。窓の外はまだ明るいので、夕方前だと思う。何日も眠っていたわけではないらしいと知って、少し安心した。


「有難う。おかげでもうスッキリしてるよ。みんなも体調に問題はない?」


私のせいで休めなかったのではと気になってみんなを見回すと、何故だか全員の視線がベオトラに集中した。


「……何かあったの?」

「いえ、あるはずだったのに無かったというか……」

「エルフの王が不憫だったというか……」

「ん?」


どういうこと?

疑問符を飛ばす私に、ヴェルが肩をすくめた。


「俺達の体調にはなんともねぇよ。ただ、ベオトラがな……」

「ベオトラがどうしたの?」


ピンピンして見えるけれど。


「どうやらエルフの王は破滅派だったらしい。しきりにベッドに誘ってたのは、快楽をむさぼる不届き者をその隙に闇魔術で体力をじわじわ奪い取って殺す……っつー事をするためだったらしくて。今までも色狂いの国民たちをそうやってこらしめてたんだとさ」

「何それ怖い」


エルフじゃなくてサキュバスじゃん。


「ただほら、コイツ腐っても勇者だったから」

「腐ってもとは何だ」


ベオトラは憤慨したように眉を上げたけれど、確かに全く憔悴した気配はない。なんなら気を失う前に見たベオトラの姿だって、むしろ血色が良さそうだった気がする。


「まあ、最終的に気を失ったのはあっちだったってだけの話だな」

「……」


闇魔術というのはたいてい、自分より魔力が高い相手には通用しない。ベオトラは高い魔力の持ち主だったはずなので、そりゃあ効かないだろう。相手の作戦を覆して結局ただただお楽しみになっただけだったらしい。破滅派だという彼女の心のダメージが色んな意味で心配だ。


「エルフの王には我からも話をしておいた。すぐに受け入れられはせんだろうが、貴様らに害をなすことは無いはずだ」

「受け入れは難しいか……俺としてはもう一晩、いやあわよくば真剣なお付き合いを考えてほしいんだが」


わたし達を安心させようとしてくれたトエロワの言葉に、ベオトラが私欲たっぷりな言葉を返す。竜の瞳がちょっと嫌そうに細められた。


「貴様の顔は二度と見たくないと言っておったぞ」

「な、なんでだ!最後の方は向こうから」

「やめて、ベオトラ。聞きたくないしドロテーアに聞かせたくない」


すぐにベオトラの発言を遮った。私のドロテーアの耳をこれ以上汚さないで。すでに耳まで真っ赤なんだよ。ていうかドロテーアってマイルイのせいで耳年増のはずなんだけど、反応がピュアすぎでは。


「つーか、だからこそ会いたくないんじゃねーか?」

「ちょっとファリオン、蒸し返さないでよ」

「それだ!照れているだけだな!よし、もう一押しだ!会いに行ってくる!」

「本当に嫌がってそうなら引き下がるんだよー……」


『エルフの嫁さんゲットだぜ!』と飛び跳ねて出ていく元勇者様を止められる人はいない。いや、実力行使に出れば止められそうなんだけどもう面倒くさい。だから一声だけかけて見送ることにした。

おそらく色々傷心状態であろうエルフの王が気の毒だけれど、いっそあれくらいのテンションのベオトラが混ぜっ返してくれた方が今後開き直って生きやすくなるかもしれない。鬱陶しいくらい口説かれてほだされてくれたら万々歳だ。


「他の破滅派の人たちも、きっと混乱してるよね?マイルイ、どんな様子か分かる?」

「城内の人間の多くは広場の演説を聞いていたけれど、アカネが寝ている間に改めてトエロワから話をさせたわ。反論する人間こそいなかったけれど……絶句してるって感じだったわね」

「そうだよね」


きっと何も言えなかったに違いない。


「もともと教義を窮屈に思っていたらしい人達は好意的に受け止めてるけれど、敬虔なトエロワ信者だった人間ほど戸惑いが大きいわ。未だにトエロワの言葉を信じきれていなさそうだもの」

「やっぱり……私たちがたぶらかしたとか思われてないかな」

「ゼロではないわね。まあ、あたしも居るし、まさか神二人をそそのかせる人間がいるわけないって窘める意見の方が大きいけど。とはいえ長年信じてきたコクリューオーサマがずっと勘違いして暴走してただけでしたなんて、簡単に認められないのも当然よね」

「まあ、俺達が無下に扱われることは早々ねーと思うぞ。こうしてアカネが休む場所もすぐに用意してくれたしな」


ファリオンの言葉に改めて周囲を見回す。おそらくここは王宮内の客間なのだろう。慎ましいながらも清潔で広い室内だ。これまでの教義的に清貧を重んじていそうだから、殺風景なのはそのためだろうだし……丁重に扱われているのは事実だと思う。


「トエロワ、北大陸の魔術具は全部解除したんだよね?」

「うむ。すべて取り除き、機構を破壊した上で深海に沈めておいた」


遠い未来に発見されてオーパーツ扱いされそうだな……


「それに、ドラゴン達にも人間を襲わぬよう通達を出した」

「え、そんなことできるの?」


ドラゴンは魔物じゃない。魔物が現れるより前から存在する生き物で、知能も高い。昔はそんなに人間を襲う存在じゃなかったのに、魔物が現れだしたのと同じくらいの時期から攻撃的になったと聞く。てっきり迷宮や魔王の魂の影響が何かあるのかと思っていたんだけど。

驚く私に、トエロワは当然のように頷いた。


「奴らは我の眷属だからな。我が人間を嫌いと言ったら襲うようになったのだ。それを止めるなど容易いことよ」


………トエロワは、ちょっと本気で反省して欲しい。ラカティのことといい、エルヴィン・フランドルのことといい、さらにドラゴンまで……


「トエロワ様、ご自身の影響力をもっとお考えくださいませ」


絶句する私に変わってピシャリと代弁してくれたのはドロテーアだ。トエロワのせいでどれほどの混乱が起き、どれほどの犠牲が出たのかを滔々と言い聞かせている。マイルイで神様相手が慣れているせいなのだろうか。この巨体を前にしても全く物怖じしないのはすごい。トエロワはトエロワで、窓の外で頭を抱えながら『我だって反省しているのに……なんだかマイルイが増えたようだ……』といじけている。ドロテーア、マジで大物だわ。


私が落ち着いたのを確認して、皆は部屋を出て行った。なんだかんだで皆も疲れているだろうから、ゆっくり休んでもらいたい。ダニエルもまだ申し訳なさそうな顔はしていたけれど、土気色だった顔色は戻っていたので良かった。後は私が問題ないことを態度で見せるしかない。一人だけ部屋に残ったファリオンは、あくびをしながらベッドに腰かける。


「それにしても、双子が言ってたのはこのことだったんだな」

「双子?」


ファリオンがポツリとつぶやいた言葉に一瞬首をかしげたものの、すぐに思い至った。アドルフ様の妹である、コリンナちゃんとコローナちゃんのことだ。


「運命を変えたければ勇者にお会いなさい……か」


二人は初めて私に会った時からこの予言を口にしていた。ファリオンとリードの入れ替わりを解くことを指していたのかと思いきや、今回もまた同じ予言。その結果がこれだ。ベオトラに予言したという後継者に出会うのは、旅の果てで私が聖剣を抜くことを意味していたらしい。

迂闊だった。おそらく一番驚いたのはファリオンだ。思わず謝罪が口をつきそうになるけれど、必死にこらえる。ファリオンはそんなことを望まない。私が今後しっかりして、彼を守っていかないと。いつの間にかグッとシーツを握りしめていた私の拳に、ファリオンが優しく触れる。


「悪かった」

「え?」

「今回の作戦、知ってて黙ってたのは俺も同じだ」


よくよく話を聞いてみれば、トエロワの説得がうまくいった後にはファリオンと私を神に準じる扱いで知らしめることは決まっていたのだという。ただ、私の性格的に事前に知らせていると嫌がることが予想できたので内緒にしていたのだそうだ。


「北大陸ならともかく、ラカティでまで私を目立たせる必要あったの?」

「ラカティだからこそする必要があるんだよ。魔王である俺が人類を襲わない理由が、人間であるアカネを愛しているせいだと思われたら、破滅派の怒りの矛先がアカネに向かう。魔王や神と同列の存在だと認識させておいた方がいいんだ。場合によってはアカネが勇者になったこと自体も世論の操作には役立つかもしれない。ラカティの魔王支持者にとっては、勇者でありながら魔王を討たないことは好印象になるだろうし、北大陸の人間たちにとっては、アカネを通じて無害な魔王キャンペーンが打ち出せる」

「うう、責任重大」


今まで以上に言動に気を付けないといけなさそうだ。


「ま、要するに俺らがいちゃついてるだけで世界が平和になるってことだ」

「そんな話だった……?」


ファリオンの手が私の背中に回る。ゆっくり抱き寄せられて息をついた。さっき振り払ってしまった手が私に触れている。けれどそれで私にもファリオンにも、特に変化はなさそうだ。わずかに強張っていた体から力が抜けていった。


「それにしても勇者と魔王の夫婦って斬新だよな」

「いや、某イラスト投稿サイトとかでそういう漫画描いてる人いっぱいいると思う」

「まんが?」

「ごめん、何でもない」


うっかりファリオンに分からない話を口走ってしまった。


「……ファリオンが覚醒しない方法、早く見つけないと」

「……そうだよな。アカネはそこが一番不安だよな」

「当たり前だよ。私が勇者になったっていうことは……」


もしファリオンが万が一魔王として完全覚醒した場合、私が討伐しないといけないということだ。


「そうだよな、でも俺にとっては願っても無い」

「なんで!」


思わぬ言葉を淡々と言われて、突き飛ばすように手をついて顔を上げた。けれど離れようとする私を阻むようにファリオンは腕に力を込めて、私を強く抱きしめたままこちらを見下ろした。


「そこらのよく知りもしない勇者より、お前に殺された方がいいよ」

「……………私はやだよ」


その表情があまりに穏やかで優しく微笑むものだから、かえってこちらは泣きそうになった。俯く私の頭を、大きな手がポンポンと撫でる。


「分かってる。魔術は使わないように気を付けるって」

「うん……」


本当にそれだけで大丈夫なのだろうか。そんな不安が胸をよぎるけれど、口にしたって仕方ない。ギュッと抱きしめたファリオンの背中から魔力を流し込んでみれば、お返しとばかりにファリオンからも魔力を流し込まれた。二人分の魔力がゆっくり体の中を巡っていく感覚。触れ合うのとはまた違うこの感覚が、眠りそうなほど心地よく、それでいて背筋をなでるような不思議な刺激も伴う。互いの体にしがみつくように抱き合いながら、私たちはしばらくそうしていた。



=====



その日の夕食は人間の王に招かれてみんなで食事をとった。人間の王はドロテーアと壮絶な外交戦を繰り広げたらしく、寝不足も相まってなんだか疲れた顔をしていたけれど、トエロワを説得したことに関しては感謝された。人間の王としては国の発展のためにも今の教義は不都合だったようだ。

獣人の王は混乱収まらぬ国民たちの統制をとるために大忙しらしいし、ドワーフの王は二日酔いでダウン中。ベオトラとエルフの王も来なかった。いくら恋に飢えてるベオトラとはいえ、本気で嫌がる女性にしつこくするような人ではないはずなので、きっと冷静にお話し中なんだろう。……たぶん。

まだ飲み足りないというメンバーを残し、私は一足先に部屋へ戻ることにした。その途中に出くわしたのは、廊下の窓から外を眺めているベオトラだ。


「あれ、ベオトラ」

「おう。アカネか」


隣に並んで私も窓の外を眺めてみた。広場とは逆方向なので噴水なんかは見えないけれど、城の近くとあって多くの建物が立ち並び、酒場もあるのか多くの明かりがついていた。城下町は今日も賑わっているようだ。


「水不足の割に活気はあるよね」

「水不足の地ほど水代わりに酒を飲むこともあるが。まあ、水の供給は飲み水を優先的に回しているらしいから、それほど困ってはおらんのだろう。農地の方が大量の水を必要としていて大変だそうだ」

「それもそっか。このあたりの解決のお手伝いができないかも相談しないとね」


幸か不幸かこの城のある場所は魔力泉のど真ん中。湧き出す魔力は大気に拡散してしまい、農地の方に不足している水魔力を補うには足りないようだけれど、ガールウートを放ったおかげで早速魔鉱石が算出されているという。その状態で農地に持ち込めば多少は効率的に魔力を補充できるし、ガリウトの実が成れば水魔術を使える魔術師の魔力回復に使える。しばらくそうして凌いでいるうちに、研究の影響も薄れていくだろう。


「そういえば、エルフの王様はどうだった?」

「……まあ、そう簡単にはな。最後には少し話は聞いてくれたが、これまで人類の滅亡を命題としてきた相手にすぐさま考えを変えろといっても無理な話だろう」

「そうだよねぇ……」


やっぱりベオトラも分かっているようだ。この感じなら強引なアプローチはしていないだろう。会いに来られること自体エルフの王にとってはストレスかもしれないけれど、そこらへんはベオトラの方で加減をしながら交流してくれていると信じたい。


「エルフの王様の心のケアはもちろん必要だとして、ベオトラは彼女以外のいろんな人とも改めて交流を持った方がいいよ。勇者だっていうことで、お嫁さんなかなか見つけられなかったんだもんね」


勇者という肩書が外れた今、彼は自由だ。ベオトラの表情がわずかに曇ったことに気付いて、肩を軽くたたいた。


「言っておくけど、返せって言われてももう返さないからね。勇者と魔王はワンセットなの。ファリオンの隣は譲らないんだから」


そうおどけて見せれば、ベオトラは苦笑した。


「すまん、気を遣わせた。俺も分かっちゃいるんだ。万が一ファリオンが魔王として覚醒した時、俺よりはアカネの方が都合がいいこともある。俺ではファリオンを制御するすべがないからな。これまで魔王を討伐してきた勇者として討伐依頼を断れんが、アカネなら討伐せずとも鎮めることができるかもしれん。ただ……アカネが勇者になることは誰にとっても完全に予想外だったろうが、俺にとっちゃそうでもない。それなのに警告してやらなかったことが引っ掛かっていてな」

「え、予想できてたの!?」


思わず声をひっくり返す私に、ベオトラはガシガシと頭を掻いて息をついた。


「そもそもな、さっきも言ったようにファリオンが魔王かもしれんという情報は事前に得ていたんだ。船に乗り込むとき、ファリオンに聖剣をけしかけたのはそのカマかけもあった。アカネの反応のおかげで確信にいたったが」

「……私のせいでバレたのね。これまでベオトラに討伐依頼をしてきたっていう人たちはファリオンのことを言わなかったの?」

「王命で口外法度とされていたのだろう?足がつくような真似をする輩はそうそうおらんさ。それとなく匂わされてはいたが、明言はされていない。とはいえ、単なる政敵を屠るために俺を騙そうとしている可能性もあったからな。半信半疑だったんだよ」


なるほど、ベオトラからしたら証拠がなかったわけだ。


「ま、だから確証がほしくて念のためカマをかけさせてもらった。本当に魔王ならファリオンは間違っても抜こうとせんだろうし、そのことを知っているリード達も同様だと思ってはいた。まあ、ヴェルやリードはどうもそこまで魔力が高くないようだからどちらにせよ抜けなかっただろう。アカネは魔力が高いようだったからあるいはと思ってたが、ファリオンの婚約者だし聖剣の扱いにもずいぶん気を遣っていたから、抜くことは無いだろうと預けることにしたんだが」

「……んん?ちょっとまって」


さっきからベオトラの口ぶりがなんか……


「まるで、聖剣が抜ける条件が分かってるみたいなんだけど」


私の問いに、ベオトラはゆっくり頷いた。


「誰にも口外したことはない。この情報は次の勇者が現れた時にはその者へ、あるいは墓場まで持っていくつもりだった」

「え、なんで……」


すごく重要な情報だ。後継者を求めていたベオトラからしたら、大々的に触れ込んででも候補者を集めたかったはずなのに。けれどベオトラは険しい表情で声を潜めた。


「国や民衆は勇者を求めるからだ」

「……一個人の意思を無視してでもってこと?」

「そういうこった」


条件が分かっていれば、その条件に合致する人間を探し出し、無理やりにでも聖剣を抜かせて勇者としてまつりあげるだろう。場合によっては勇者になれるよう幼いころから教育するケースもあるかもしれない。世界平和のためと考えれば無理もない気もするけれど……


「望まん人間や、子供の未来を潰したくはないだろう」

「……優しいね」

「臆病なだけだ」


自嘲気味に笑うベオトラは窓の外に視線を張り付けたまま、大きくため息をついた。


「実のところ、この臆病だってのは条件の一つかもしれん」

「臆病が?」

「正確には、人を殺したことがない。これが条件の一つだと思っている」

「……人を、殺したことがない……」


思わず意外そうな声を上げてしまった。だってベオトラは元騎士団長だ。騎士は治安維持のための仕事もあるし、紛争の鎮圧だってするはず。その時に人間を手にかけることだってありそうなものなのに。そんな私の視線に気づいたのか、ベオトラは軽く首を傾けて苦笑した。


「実際、俺は人を殺せない臆病な騎士団長だったのさ。魔力が高いおかげで魔物討伐では結構な戦果を挙げた。さらに部下にも恵まれた。そうこうしてる間に、いつのまにか上に上り詰めちまって……でも人を殺したことがないなんざ、今更とても言えん。国王陛下ですらご存じないだろう」


戦争がない今、騎士団長クラスになれば確かに自ら罪人を手にかける機会はあまり無いのかもしれない。たまたま、その機会がないまま評価されていったのがベオトラだということか。


「俺は弱い奴を守りたくて剣を取ったんだ。どんな悪人だって、自分より弱いやつに追い打ちかけるなんざ夢見が悪くて仕方ねぇ。その一方でそれをしてる部下は褒めてんだから、全く偽善もいいとこだがな」


聞けば、勇者になってから盗賊団の討伐なんかの依頼があっても、全て捕えてその地の憲兵に引き渡していたらしい。全員連れてこられても、と嫌な顔をされることもあったそうだけど、彼はそこを曲げなかった。


「俺の前任の勇者もな、人殺しなんてまっぴらごめんだっていう気の優しい王子殿下だったらしい。ほら、子供のころは漠然とした正義の味方ってものにあこがれるだろう?勇者の現実も知らん幼いころに聖剣を抜いちまったらしくてな。結局彼は若いうちに病死して魔王を倒すことはなかったが、死の間際にそれを心底喜んでたらしいよ。魔王であっても殺したくねぇってさ」

「……ベオトラが聖剣を持って各地を回ってたのは……」

「冒険者やってるようないい年した大人なら、抜けたところで自己責任だろ?変なとこに眠らせておいて、また王子殿下のような子供が現れたらことだ。それに冒険者は魔力が高い人間も多いからな」

「でも、抜ける人はいなかったんだね」


私の言葉にベオトラは神妙な顔で頷いた。


「そうだ。だから俺は勇者の条件はこんなものじゃないかと考えている。誰かを守りたいという意思があり、それでいて人を殺したことがなくて、なおかつ聖剣に耐えられるだけの魔力を持つ……そんなもんなんじゃないかと思う。大抵の人間は、強い魔力がありゃ荒っぽい仕事に手をだす。冒険者やってりゃ盗賊退治することもあるし、宮廷魔術師なら紛争の鎮圧に駆り出される。それでなかなか抜ける奴が出てこないのかもしれん」


高い魔力があって正義感のある子供なら抜けるのかもしれないけれど、それじゃ例の王子様と同じだ。勇者の現実を知った時、その重責に押しつぶされてしまうかもしれない。


「三代目魔王を倒した時、これでお役御免かと思ったら、まだ抜けるんだもんな。魔王を倒すのは人を殺すってカウントされねぇらしい。俺にとっちゃ、魔王だって人だったんだけどな……でもそれならせめて、人として死なせてやろうと思って、四代目魔王にも挑んだのさ」


確かに、歴代の魔王は初代のヴァールを除いて人間だ。それなのに聖剣を抜けなくなる条件には合致しないらしい。まあ、ベオトラの考察だってあくまで予想の範囲にすぎないだろうけど。


「……ん?」

「どうした、アカネ」

「人を殺したことがない……?」


不意に疑問が頭をもたげた。もしその条件が合っていたとしたら、私は一つ大きな勘違いをしていたことになる。

それはファリオンの過去に関することだ。ファリオンはヴォルシュ家の嫡男として育ち、お父さんが魔王になって、その一件を経て家を失うことになった。お父さんが魔王だというのはこの世界に来てから知った事実だけれど、"ホワイト・クロニクル"の舞台裏としても同じ展開だったんじゃないかと思う。実際、本の中でもファリオンは家を無くして盗賊に身を落としていたわけで、つまり本の中とこの世界で違うのは、お母さんの実家であるジーメンス家から追い出された後の展開だけなんじゃないかと。

シルバーウルフの首領に拾われるか、デイジーさんに拾われるか。私が本を破いてしまったせいで、リードとファリオンの運命が入れ替わってしまっただけ。それ以前の過去は変わっていない。

もし、そうだとしたら……


「まさかアカネ、人を殺したことがあるのか?」

「え?あ、違う違う」


私が不穏な言葉を呟いたっきり黙り込んだので、思わぬ誤解を生じそうになっていた。

私のことじゃない。ファリオンの話だ。もしジーメンス家を追い出されるまでの展開は全く同じなのに、本の中のファリオンが聖剣を抜けたのだとしたら……彼はヴォルシュ家の屋敷を吹き飛ばしてなんかいない。誰も殺していないということになるんじゃないだろうか。

いつもご覧いただきありがとうございます。

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