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魔王の隣で勇者を想う  作者: 遠山京
第二章 令嬢と奴隷

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021家族会議と魔王とラミア

翌日。

朝食をとるべくダイニングへ向かっている私。

そして前方からこちらへ向かってくる人影。

まるでこの世界に来た初日を再現したよう。

…シェドだ。

こちらに気付いているようで、表情が緩んでいる。

昨日の光景がフラッシュバックする。

ただでさえあの後うまく眠れなくて寝不足だというのに…

これまたあの日と同様、眩暈がしそうだ。


意識した途端にロボットのような歩みになった私を、背後に付き従うティナが『初々しいですこと』とからかう。

ギロリと睨んで何か反論しようとした瞬間。


「アカネ」


低く優しい声が耳を撫でてピタリと動きを止めてしまった。


「おはよう」


「…オハヨウゴザイマス」


「お嬢様、私に言われましても」


ティナから視線を逸らせないまま返事をしたものだから、本日二度目のおはようを贈られたティナが微妙な顔をした。

シェドが苦笑している気配がする。


ダメだ、これあかんやつ。


いつしか視界に広がるのは私とティナの足元だけ。

耳まで赤くなっている気配がする。

今すぐ逃げ出したい。


「シェディオン様、大丈夫です。

 アカネ様はばっちり意識しまくってます。

 この調子です」


ティナがサムズアップしているのに気付いて、その手をすかさず叩き落とす。

本当にこのメイドは…!


「だがこうも顔を見てもらえないのは流石にな…」


大きな手が頬に伸びてきたのに気付いて思わず後ずさった。

あ、やっちゃった、と気付いてから顔を上げると、案の定そこには寂しげに私を見ているシェドがいるわけで。


「す、すみませんシェド様…」

「…いや」


俺の方が悪いと言わんばかりの笑みを浮かべられて、これじゃダメだと自分を奮い立たせる。

しっかりシェドの目を見て…

大丈夫、私に落ち度なんて無いんだから堂々としてたらいいの!

令嬢スキルよ今こそ発動せよ!


「少し緊張してしまっただけです。失礼しました。

 おはようございます、シェド様。

 後ほど改めて…お返ししに…あの、

 昨晩うっかり…お、お借りしたままだったっ…

 …ジャケット…」


ダメだ。

終盤めっちゃしどろもどろった。

視線もシェドの首、胸、足元へと急激に下がっていく。

そんな私の様子についに耐え切れなくなったとばかりに、シェドが小さく笑う。


「わ、笑わないでください…」

「悪い」


そして私の頭を大きな手が優しく撫でた。


「ジャケットのことは気にするな。

 お前さえ嫌じゃなければそのまま持っていてくれ」


その言葉には首をかしげる。


「何故です?」

「そうだな…お守りみたいなものだ」


でかいお守りだな…持ち歩けもしなければ着て歩くわけにもいかないのに。

訳が分からないという私をスルーして、『先にダイニングへ行っていろ。俺も着替えたらすぐに行く』と言ってシェドは立ち去ってしまう。


「…ティナ、どういうことだと思う?」


「お嬢様はお分かりにならなくても良いので、

 ひとまずジャケットはしかるべき場所に安置しておきますわね」


しかるべき場所ってシェドの部屋じゃないの?

疑問符を飛ばす私をこれまたティナもスルーして、『さぁお嬢様、お早く』と歩き出してしまった。

単に自分の物を持っていて欲しいという事だろうか。

ティナに聞いてもシェドに聞いても教えてくれなさそうだ。




==========




家族そろって朝食をとる平和な食卓。

父が不意に口を開いた。


「そうだ、ヴィンリード君と少し話をしたよ」

「…?」


父は明らかに私の方を見て言っているが、何の話だか分からなくて呆ける。

う゛ぃんりーど?

数瞬考えて、思い当たる。


「あっ、あぁ!目が覚めたのですか!よかったです!」


やばい、私今まで完全にリードのこと忘れてた。

全ては昨日の夜あんなことがあったせい…

チラリと視線を向けた先で、シェドは満足げに微笑した。

お父様、お母様、最近の兄は悪い男です。


なんにしてもリードは昨夜に引き続き、今朝も目を覚ましたということだ。

その時両親やシェドとも顔を合わせて、お互いの紹介や今後の事を話したという。


「彼は年の割りにずいぶん落ち着いているね。

 大変な思いをしただろうにとても素直そうな子だ」


にこにこしながら語る父に頭が痛くなる。

あの明らかに自分の笑顔の価値を知って浮かべている笑みを素直そうと評価するあたりが、父の社交能力の低スペックぶりを物語っている。

彼がほんの少し同情を引けば、ほいほい言う事を聞きそうだ。


「父上、すんなり信用なさらないでください。

 俺は得体の知れないものを感じます。

 善悪は分かりませんが、

 年の割りに妙なプレッシャーがあるというか…」


父をけん制するシェドの意見は正しいだろう。

得体は知れないしプレッシャーも感じて当たり前だ。

…まさか魔王だとは思わないだろうけど。


「いろいろ話をきいていると、グラーフ・メアステラ…

 お父様のことをよく知っていたわぁ。

 メアステラ家の子息なのはまず間違いなさそうよぉ。

 それでも行方不明だった間のできごとは

 なかなか聞きにくいところもあるし…

 何か隠していることくらいあるかもしれないわねぇ」


母がそう補足する。

なるほど、これでメアステラ家子息にあったことのある人が太鼓判を押せば、彼の身元はまず確定する。


「メアステラ家の子息であることが

 はっきりした後はどうなさるんですか?」


よく考えれば、もっと縁の深い家へ引き取られる可能性もある。

やたら私の側にいること…それも奴隷…にこだわっていた彼のことや、約束を思うと居た堪れないが。


私の問いに、母は少し困ったように笑った。


「それがねぇ、あの子ったら

 『可能ならアカネ様の奴隷としてこの家においてください』

 なんて言うのよぉ」


人の親に何言ってくれてんだ。


紅茶を噴き出しかけた私を見て、母は『あぁやっぱりアカネちゃん本人も聞いたのねぇ』と笑っている。

父は何ともいえない表情で料理に視線を落とし、シェドは剣呑な雰囲気を漂わせた。

無理も無いだろう。

溺愛する娘や妹の奴隷になりたいという年頃の男…字面が既におだやかじゃない。


「まぁ話を聞いていたらアカネちゃんの近くに居られれば

 それで良さそうだから、うちの養子に迎えるつもりよぉ。

 うち以外のところへ行くことになるなら自害するなんて言い出してるし。

 モテるわねぇ、アカネちゃん」


普通なら必死すぎて引くか怪しむかするはずのところを、母はモテるねで片付けてしまったらしい。


「お母様、それでいいんですか…」


「自分を助けてくれたアカネちゃんを

 側に居て守りたいって言ってるんだものぉ。

 並々ならぬ意気込みは感じたけど

 悪巧みしてるような気配はなかったわよぉ」


「はぁ」


「お兄ちゃんが増えて良かったな、アカネ」


脳内で引き取ることが確定しているらしい父が笑顔でそう言った。

奴隷発言については考えないことにしたようだ。


確かに私には二人目の兄ができることになるが、一人は私と結婚したがり、一人は奴隷になりたがっているという特殊すぎる状況なものだから、結局兄として振舞ってくれる人は一人もいないわけでして。


「俺は反対ですが…」


「あらぁシェドってば

 ヤキモチでライバルを遠ざけるのは男らしくないわよぉ。

 正々堂々と戦いなさいなぁ」


「大丈夫だよ、シェド。

 お前にも弟ができるわけだからな!」


父の『だから何だ』なフォローが宙を掻き、母は笑顔で黙殺、シェドは不満げなため息をつき、私は乾いた笑いを漏らした。

家族の団欒をこれだけかき乱しているのだから、やっぱり奴は魔王に違いない…




==========




昼過ぎ。

ティナはカメリアに呼ばれ、シェドも仕事で不在。

レッスンの合間を縫い、隙を狙って訪れたのはリードの部屋だ。

もはや未来の魔王と対峙する恐怖よりも、監視の目をかいくぐって奴隷志望の変態と対峙するという、変な緊張が勝っている。


今朝はうっかり忘れちゃってたけど、彼が魔王だと知っているのは私だけ!

今は悪いことをしそうな気配はないけれど、しっかり見張らないと…

できることなら更生させて平和に暮らしてもらいたいもんだ。


控えめにノックをすると、エレーナの声で返事が返ってきた。

音を立てないようそっとドアを開ければ、ベッド脇に腰掛けたエレーナが静かに立ち上がって礼をする。


「リードの様子はどう?」


「昨夜アカネ様と会って以降は、

 ずいぶん呼吸が安定していたのですよ。

 夜間の担当者も、とても穏やかだったと言ってました。

 朝、旦那様たちとお話されて少し果物を召し上がった後は、

 またこうして眠り続けていらっしゃるのですが」


小声で話をしていると、リードの瞳がわずかに開く。


「あ、起こしちゃった?」


慌てて口を押さえる私を視界に捉えたリードは、ゆっくり体を起こして首を振る。


「いえ…おはようございますアカネ様」


窓から入る柔らかな日差しに目を細めつつ、髪をかき上げて微笑む姿は、まるで絵画のようだ。

エレーナからほぅっとため息が漏れる。

私は『もう昼だけどね』というツッコミをなんとかこらえた。


「アカネ様、少し二人でお話したいのですが…よろしいでしょうか?」


リードはエレーナをちらりと見てそんなことを言う。


「エレーナがいると何かまずいの?」


「…二人きりで昨日の続きをしたいのですが」


昨日の話の続き、ね。

含みのある笑みで含みのある物言いをしてくるのはきっとわざとなのだろう。


「あのね、やめてくれない?そういうのはエレーナの…」


「きゃぁぁぁ!アカネ様っ、私廊下に出ているのです!」


私の言葉を聞く前にエレーナは赤らんだ頬を押さえて興奮気味に部屋を後にする。

シェド様のライバル登場ですぅ!なんて口を滑らしながら。

…ティナとエレーナはカメリアにさっさと怒られればいい。


「エレーナの?」


「…エレーナの大好物なんだって…そういう言い回しは…」


頭を押さえながらベッド脇の椅子に腰かける。


「まぁ、いいや…

 顔色よくなってきたね」


「おかげさまで」


昨日と変わらず、リードの近くに来るとぞわぞわした落ち着かない感覚が走る。

初めはなぜかわからなかったけれど…今日の魔術訓練で気付いた。

これは自分の中の魔力がざわめいている感覚だ。

カルバン先生から負荷練習と言って直接魔力を流し込まれた時、少しだけ同じような感覚がした。

自分の中の魔力が、他人の魔力で波打つ感じ。


けれどリードはただ近くにいるだけで段違いの影響力がある。

触れてもいないのに、体の奥底の魔力まで撫で上げられているかのようだ。

それでも決して嫌な気はしなくて…むしろ心地良いなんて思ってしまう。

だからこそ妙に近づきたくなるんだ。


まるでそんな私の思考を読んだかのように、リードは微笑んだ。


「やっぱり気持ちいいですね」


「え?」


「アカネ様の側がです。

 アカネ様、高い魔力をお持ちですよね?」


「…わかるの?」


今もチョーカー+魔力制御はしているのだけれど…


「おそらく普通の人には分からないと思いますよ。

 僕は特に感じるだけでしょう。

 魔力が共鳴しているような感覚があります」


共鳴という言葉になんだか納得する。

確かにリードに近づいた時のざわめきはそんな感じだ。

魔力の揺らぎは決して嫌な揺れではなく、どこか嬉しそうな波打ち方をする。


「アカネ様も同じことを思っていらっしゃるようですね」


リードはどこか楽しげに笑いながら、すっと手を伸ばしてきた。

避ける間もなく、長い指先が私の首元を撫でる。


「もっとしっかり感じたいな…」


「え?」


「アカネ様、このチョーカー取ってくれませんか?」


あぁ、チョーカーの話か。

いちいち悩ましい言動とるのはやめてくれないかな。


「ダメ。私はご指摘の通り魔力が強すぎるの。

 リードはただでさえ体内の魔力が暴走気味だっていう話なんだから、

 制御なしの私の魔力を浴びたらたぶん悪影響だよ」


「アカネ様の魔力なら大丈夫ですよ」


何の根拠があっての発言なのかしらないが、妙に自信たっぷりに即答された。


「…大丈夫じゃなかったらどうするの」


「本人が言うんだから間違いありません。

 言ってるでしょう?

 アカネ様が近くにいると心地いいって。

 おそらくむしろ体調が良くなります。

 少しの間でいいですから」


やたらと食い下がられる。

単に私の高すぎる魔力に興味があるというより、やはり妙に同調する魔力が気になるようだ。

『何かあったらすぐつけるからね』と前置きして、しぶしぶチョーカーを外す。

私の手からチョーカーが離れた途端、窓辺の木に止まっていた小鳥が一斉に飛び立っていく。

けれどそれを悲しむ間もなく、逆にリードは身を乗り出して私に顔を寄せてきた。


「ちょ、近…」


「やっぱり。すごく落ち着く」


そう言って浮かべる笑みはなんだか無邪気で、毒気を抜かれる。

さっきまでの艶かしさはどこへやら。

まるで子供のようなはしゃぎ方だ。


「そう、良かったわね…」


「でも…まだ抑えてますよね?」


当然だ。

今でもコカトリスレベルなのに、抑えなかったらドラゴン級になるのだから。


「抑えなかったら小鳥の逃げ方がすごいことになるわよ…

 さっきみたいにただ一斉に飛び去るだけじゃなくて

 泣き喚くように逃げるのよ」


「僕は逃げませんよ。

 我慢しなくていいから、全部さらけだしてください。

 僕が受け止めます」


…だから表現がいかがわしいんだって。


けれどここまで魔力の解放を求められたのは初めてだ。

私の側にいる人はみな、魔力の制御を求めてきた。

魔力に疎い使用人たちだって『そわそわする』と言っていたし、敏感なシェドは大好きな私だからと我慢こそ出来ても気持ちのいいものではなさそうだった。

やっぱりリードは魔王の器だから大丈夫なのだろうか。


…万が一のことがあった時、私の魔力はどれほどこの魔王に通用するのだろう。

そんな興味もあって、試しに魔力制御の全てを手放してみる。

ここまでして初めてリードは目を見開いた。


「…すげ…普通の人間の魔力貯蔵量じゃないだろ…」


うっかり敬語を忘れたように呆然と呟くリード。

思ったより素の言葉遣いは荒いようだ。

魔王ヴィンリードはもっと落ち着いた威厳のある話し方だったけど…

まぁこれくらいの年の子なら普通か。

その後の環境次第で言葉遣いなんて変わって行くものだ。


顔色が悪くなっていないかとリードの顔を覗き込む。


「大丈夫?体に障らない?」


「いえ、逆に体内の魔力が少し落ち着いて楽になります」


そう答えるリードは確かに調子が良さそうだ。

魔力量に驚かれたところを見ると、それなりの脅威にはなるのかもしれないが…

魔王の調子を上げちゃうんなら、勇者からするとひょっとして私も討伐対象になってしまうのでは。

い、いやまさかね?悪いことはしてないしね?

内心ビクビクしつつ、再度チョーカーを手に取る。


「このままだと気付いた護衛兵が来ちゃいそうだからチョーカーはつけるよ」


有効範囲が狭いとはいえ、日常では本来でくわさない異常な魔力量なんだ。

近くを通りがかった人々を悪戯に怖がらせたくない。


自分で抑制し続けるのは疲れるのでチョーカーを選択する。

まぁ、私は未だに自分で抑制+チョーカーでようやく通常レベルになるのであって、チョーカーだけだと完全に防ぎきれない。

チョーカーだけの私は、カルバン先生いわく中級モンスターのラミアレベル、だそうだ。

魔力的にコカトリスと何が違うのかと言えば、ラミアの方がちょっと弱い、とのこと。


ラミアは上半身は人間、下半身は蛇の女性型モンスターだ。

人間要素のある数少ないモンスターだが、性質は残忍残虐。

美しい女性の容姿で男性や子供を魅了し、油断したところを蛇らしく丸呑みする。

女性の口でどうやって丸呑みするのか、ちょっと知的好奇心がうずくところだ。

人が飲まれるところなんて見たくはないけれど。


私はラミア、目の前には少年。

リード逃げて超逃げてなシチュエーションである。

いや、リードは未来の魔王なんだからむしろ私は使役される側か。


そんなくだらない事を考えている私をじっと見つめ、リードはくすりと笑った。


「な、何?」


思考がばれたかとおののくけれど、彼から投げかけられた言葉は予想外。


「…アカネ様って、魔王みたいですね?」


…魔王はお前だろ。

執筆時間が取れないため、今週金曜日の更新はお休みします。

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