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魔王の隣で勇者を想う  作者: 遠山京
第二部 第二章 令嬢と勇者

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209/224

059楔

記憶を見終わったのだろうか。ゆっくり目を開いたマイルイの瞳から、ぽたりと雫がこぼれた。刻竜王は震える爪をゆっくり離し、首を地面につけんばかりに下げて項垂れる。


「……ヴァイレは、人の未来の為に魔王を残したのか」

「だから……言ったじゃない。ヴァイレが人間たちのこと、嫌いになんてなれるはずないのよ」


自分が消えてでも守りたいくらい好きだったんだから、とマイルイは嗚咽と共につぶやいた。その言葉に、刻竜王も頷く。


「それなのに勝手に人間を憎んで、妙な魔術具開発しちゃったり、ばっかみたい」

「なっ我は馬鹿ではない!」

「馬鹿じゃなかったらなんなのよ!知ってるのよ、我の名前は神と共にあの日弔ったのだとか何とか言って、刻竜王ってみんなに呼ばせて!ヴァイレからもらった大事な名前を捨てるなんてばーかばーか!」

「捨ててなどおらぬ!我はトエロワだ!」


ぐりんっと竜の首がこちらを向いた。


「我はトエロワだ!」

「と、トエロワ」

「うむ!」


……都合のいいドラゴン様である。その後もぎゃーぎゃー言い合い続ける二人にため息をついた。


「……やっぱり、人間を思って魔王の魂を作ったんだな」

「ファリオン」

「でも、少し引っ掛かる。いずれ人間を導くっていうのは何を意味してるんだ?アドルフの言っていた通り人間を育てるってことなのか、マイルイの言ったように魔力を消費するシステムってことなのか」


導くという言葉だけで考えるなら、どちらかというとアドルフ様の説の方が適した表現にも思える。私たちの会話が聞こえたらしいマイルイがこちらを振り返った。


「……あたしも、初めは人間たちが魔物に対抗できるよう、成長させるためのものだと思ったのよ」

「マイルイ?」

「それも目的の一つではあるのかもしれない。でも、迷宮にある楔を目にしてから、それだけじゃないって分かったの」


楔。その単語は以前にもマイルイから聞いたことがある。私とマリーのことを指して、彼女は楔と呼んだのだ。


「マイルイ、楔って何?」

「……迷宮の地下に存在する、巨大な結晶よ。人がすっぽり入れるくらいの大きな水晶みたいなもの」

「人が……入れる結晶?」


聞き覚えのある話。それも他人事ではない。だってそれは、マリーが閉じ込められていたもののことじゃないのか。迷宮で魔物に襲われ、意識を失ったマリーは気が付けば何かの結晶のようなものに閉じ込められていて、ベオトラの斬撃が結晶を壊してくれるまでの間、そこで六十年以上も時を過ごす羽目になったのだ。彼女の強大な魔力、そして老いることのない容姿は、その不思議な現象に由来すると考えられる。


「それが、魔王と関係あるの?」

「楔はヴァイレが作った魔術具の一つよ。ヴァイレが楔って呼んでいただけで、具体的な仕組みなんかは教えてもらえなかったけど」


そういえば、神様の傍には三つの魔術具があった。英雄ヴァール、聖剣、そして虹色に輝く結晶。この三つめが、楔?


「楔と聖剣は、ずっとヴァールの中に溶け込んで隠されていたみたいなの。ヴァールが魔王となって迷宮を生み出す時に、聖剣と楔は迷宮の中に組み込まれたみたいだった」


聖剣は迷宮の中から見つかったものだったらしい。魔王を倒すのに使えという分かりやすいアピールだ。RPGみたいな親切さ。神様に人間を滅ぼすつもりがなかったことがよくわかる。


「迷宮が生み出された時に凄い量の魔力が噴き出したから、何が起きたのかあたしは詳しく分かってない。その後も迷宮は濃い魔力が噴き出す場所になっちゃってあまり近付けなくって……だけど、魔王が倒された直後みたいに魔力が大量消費された時には、迷宮の様子を見に行っているのよ」


マイルイは私の様子を窺うように、気遣わしげな表情をしながら続けた。


「ヴァイレが作った時には両手で持てるくらいのサイズだったはずのその結晶が、まるで小屋みたいなサイズになって、地下に埋まっているのをみたわ。どうも魔力をため込む性質があるみたいで、地中から漏れ出す魔力の量を緩やかにしてくれていたの。あたしにとっては助かる道具ね」

「……それに、なぜかマリーが閉じ込められた?」


魔力をため込む道具の中にずっと入っていたから、マリーは強大な力を持つに至ったのだろうか。一体どうして入ることになったのだろう、と考え込む私から視線をそらして、マイルイは首を振る。


「マリエル・アルガントだけじゃないわ」

「え?」

「その結晶は地下で次第に数を増やしていって、あたしが確認した限り、その数は二百以上。そしてそれらすべてに……人間が、閉じ込められてるのよ」

「なんだと!?やはりヴァイレは人間に清算を求めているのではないか!」

「人間が繁栄する為に、人間にも代償を支払わせるってだけでしょ!破滅までは望んでないわよ!ばかね!」


またもや勢いづくトエロワと、それをしかりつけるマイルイ。

ぎゃんぎゃんわめく二人の声は、もはやほとんど耳に入ってこなかった。


「二百……?それ全部に人が?」


背筋が寒くなった。


「マイルイ、楔に閉じ込められた人ってどうなるの!?」


なおも何か怒鳴りあっている二人の間に割って入ると、マイルイは困ったように眉尻を下げた。


「意識はあるけど身動きはとれないまま、老いることもなくその結晶の中で過ごすのよ。適性があるみたいで、耐えられる期間は個人差があるようだけど」

「……耐えられなかった人は?」

「次第に体が溶けて、結晶に吸収されようとしている人間は見たことがあるわ」

「……」


マリーはたまたま耐えられたのだろう。だからこそ何十年も閉じ込められ続け、そしてたまたまその楔が壊されたから助かった。


「つまり、二百人も犠牲になってるってこと……?」

「二百人どころじゃないぞ、アカネ。前、迷宮について調べてた時に、行方不明者が毎年一定数いるって言ってたよな」


ファリオンの指摘を聞いて、さらに鳥肌が立った。


「まさか……」

「耐えきれない器や新しく増える結晶のために、毎年百人くらい補充されるんじゃないのか」

「……あたしが迷宮の中を見れる機会は多くないからわからないけれど、そうかもしれないわね」

「人間がいなくなった楔は、次の人間を取り込むってこと?」

「ええ。そうなっているみたい」

「それ……人間を取り込まないといけないの?」

「詳しい仕組みはあたしも分からないけど、ヴァイレが意味もなく人間に犠牲を強いるとは思えないわ。人間を取り込み、魔力をとどめ、世界にあふれる魔力量を調節する。それが楔なのよ」


確かにそうだ。人間が中にいることで魔力をため込みやすくなるとか、何かしらの理由があるんだろう。いくら人間が魔物に対抗する力を身に着けていったとしても、世界にあふれる魔力量が増え続け、魔物の数が無尽蔵に増えるのではいつか破綻する。魔力を減らす仕組みが必要だ。


「楔で魔力の均衡は保たれるの?」

「今の人間の魔力消費量と楔の吸収量だと、消費量より放出量が少し上回っているわ。次第に増えている人口のことを思えば、今のままじゃまだ足りない。魔物はこのまま増え続けるでしょうし、濃すぎる魔力が他にも悪影響をもたらすおそれがあるわ」


あたしだって、いつまで体がもつか。そうつぶやくマイルイの表情は険しい。


「その結晶に閉じ込められている人たちを助けるわけにはいかないの……?」

「結晶を壊せば、そこに閉じ込められていた魔力が噴出するはずよ。それを消費できる目途がないのなら、やめておいた方がいいでしょうね」

「ガールウートを使えば」

「魔力だけの問題じゃないのよ。楔と魔王の魂に何か関係がないとも限らない。楔っていう言葉が気になるわ。魔王の魂は強力な魔術具だもの。その制御に関わっている可能性もあるじゃない。すべての楔を壊した途端、魔王が暴走するなんてこともあり得るわ。あたしは反対よ」

「それは……」


魔王の魂を持つファリオンと、楔だったマリー、そしてマリーと同じ能力を持つ私。魔王と楔は、まったく同じ魔力の構成をしていて、そのせいか惹かれあう。それがたまたまなのか、意図的なのかは判断がつかない。もしかしたら楔が魔王の制御をしていて、だからこそ楔に由来する私の魔力がファリオンの魔王化を押さえられるのかもしれない。

……全部憶測だ。まだ、情報が足りない。

二百人以上もの人が、いまも迷宮の地下で苦しんでいる。その事実を知っているのに、何もできないなんて。ぐっと手の平に爪が食い込んだ。


「……トエロワの言葉も、間違ってはいないのよ。人間が生み出した魔力だから、その清算を人間に求める。残酷なシステムだと、あたしも思うわ」


風に掻き消えそうなその小さな声。マイルイの深い海のような青い瞳が、ファリオンをじっと見つめていた。もう少し詳細を聞こうと口を開きかけた瞬間、周囲がにぎやかになってきたことに気付いた。ふと周囲を見回してみると、ガールウートの隙間から見える空の色が明るくなり始めている。


「そろそろ夜明けね」

「あ、ダニエルに合図しなくちゃ。マイルイ、魔術を使うから少し離れてて」

「合図?」


首をかしげながら距離をとるマイルイ。私は頷いて、魔力を手元に集約させ、打ち上げる。


「もしトエロワと和解出来たら合図してって言われてるの」


パッと頭上に花火が開いた。音こそないものの、初めて見るこの国の人たちは驚くかもしれない。トエロワも花開く炎魔術を見上げて、感嘆の息を漏らしていた。神話の存在でも花火を見たことはないようだ。


「さて、トエロワ。もういいでしょう?北大陸に埋め込んだ魔術具を解除してやりなさいよ」

「うむ……そうだな」

「そうと決まれば急ぐわよ。今も北大陸の人間たちは不安におびえてるんだから」


すぐに動いてくれるのは助かる。けれど未だに顔色が悪いファリオンが気にかかって、トエロワを呼び止めた。


「待って、トエロワ。ファリオンはこのままで大丈夫なの?さっき時間を進めて強制的に覚醒させようとしてたでしょ?」

「進めた時間はすでに戻っている。時を止めることはできても、他の時の流れから一部を隔絶させて時を進めるのは我でもあまり長くはできないのだ。気が逸れるとすぐに戻ってしまうからな」


確かに髪の長さも戻っているし……


「悪かった。体力を消耗しているのであれば休んで回復するしかないだろう」


トエロワは素直に謝った。そう言われてしまうとこれ以上責められない。


「大丈夫だ、アカネ。トエロワの言うように休めばよくなる」


自分に言い聞かせるようなファリオンの言葉に、私は眉を下げた。


「二人はここで休んでなさい。あたし達は北大陸に行くわ」

「マイルイも行くの?」

「トエロワだけだと敵襲だと誤解されちゃいそうだし、ベルナルアの子孫に状況を説明してきてあげる」

「助かる。俺達が無事だってことも伝えてくれ」

「もちろんよ。その間、あなた達は少し休んでいなさいな」


そう言って、マイルイはトエロワを促し、飛び立っていった。竜の巨体が上部のガールウートの枝を薙ぎ飛ばし、こちらにバラバラと降ってくる。


「わわっ」


慌ててバリアを張ったけれど、あやうく大きな枝に直撃するところだった。


「大丈夫か?」

「う、うん……」


トエロワ、おおざっぱ。周りの迷惑をあまり気にしないあたりはすごく神様っぽい。バクバクする心臓を押さえて、その場に座り込んだ。


「……解決、したんだよね?」

「まぁ、一応はそうだな」

「もう、北大陸が吹き飛ばされたりしないんだよね?」

「ああ」

「よかったぁ……」


安堵の息を吐きだすと、その頭をファリオンが優しく撫でてくれた。微笑みを浮かべてはいてもその顔色は白く、無理をしていることが分かる。


「ファリオン、本当に少し休もう?魔王の魂を抑え込むのって体力使うんでしょ?」


トエロワを相手するにあたり、そういう攻撃をされることはマイルイからも指摘を受けていた。けれどいざされてみると、本当に焦った。まったく私の魔力を受け付けてくれないんだから。


「ああ……でも、今からが本番だからな」

「本番って……」

「この国の国民たちの理解を得られねーと、本当の解決じゃない」

「それはそうだけど……」


おそらく今ダニエルが奮闘しているのも、そのための動きだ。たぶん、聖剣の話を交えて人類の滅亡は神様の本意ではないという噂を広めてくれているんだろう。クレアさん達のようにすぐ受け止めてくれる人もいれば、反発する人もいると思う。


「俺は魔王だ。もう今更隠し続けることもできない。カデュケートでもかなり多くの人間がそれを知ってるし、ラカティだってそうだ。それなら公表した上で、俺の考えを訴えるしかない。それが、魔王の魂を受け入れた俺の責任だ」

「ファリオン……」

「それに、少なくとも今の勇者は俺をすぐに討伐するなんて言い出さないって確信が持てたしな」

「……そうだね」


ベオトラは、ファリオンが魔王だと知った上で受け入れてくれた。このままファリオンが魔王の魂の破壊衝動を抑え込みながら生活を続けられるなら、勇者とも、それ以外の人々ともいい関係を続けられるかもしれない。

けれど私が力強く肯定できないのは、それが言うほど簡単じゃないと知っているからだ。どんなに口で訴えても信じられない人はいるし、魔物の被害にあったことがある人ならば、魔物を操れるという魔王に決して好印象は持てないだろう。


何より、ファリオンが本当にこのまま、自我を保っていられるのか。さっき、全く私の魔力が効いていなかったのは、時間が進み続けることで私の魔力をどれだけ流しても足りなくなっていただけなのかもしれない。だけどファリオンは魔術を使ったわけではなく、ただ時間を進められただけだった。それなのに覚醒しかけたということは……時間がたてば何もしなくても覚醒するということに他ならない。そうなると、何か具体的な対策が必要だ。私の魔力を補充しておけば、その魔力を装着者に常に流し込んでくれるものだとか……


うーんと考え込んでいるうちに、ファリオンがガールウートに近づいて何かしていた。上部の枝から蔓が伸び、みるみるうちに編まれて何かの形をなしていく。


「あ、ハンモックだ」

「この大陸に入ってからたまに見かけただろ。気になってたんだよな。少し仮眠とろうぜ」


蔓がゆらゆらと揺れる網の上にファリオンが横になる。来い来いと促されて、私も聖剣をしまい、なんとか乗り込んだ。二人分も体重をかけて大丈夫なのかとヒヤヒヤしたけれど、そこはさすが魔王様謹製というか、わずかにきしむ感覚はあっても切れそうな気配はなかった。


「これくっつきやすくていいな」

「うう……寝てる間に人が来たらどうするの……」


ハンモックに二人並ぶと、ぎゅっと中央に折りたたまれて否応なしにファリオンと密着する。それをいいことにファリオンは私を抱きしめて寝ようとするものだから、誰かに見られればいちゃついているとしか思われないだろう。


「大丈夫だって……どうせリード達も、王達の相手でしばらく……」


そう言いながら、ファリオンの声がまどろみに落ちていく。これほど無防備に眠りにつくのは珍しい。ファリオンはいつも私が眠りにつくまで起きていることが多いので、私より先に眠る姿なんて初めて見るんじゃないだろうか。起こさないようにそっと顔を上げれば、青白い顔が見えた。

……よほど限界だったんだろう。

唇をかみ、ゆっくり胸に頬を摺り寄せた。どうか、この人が離れていくことがありませんように。優しいファリオンが、人々を殺戮する魔王にのまれてしまうことがありませんように。



=====



「おい起きろ!こんなとこでいちゃついてんじゃねぇよ!」


ぐらぐらと体が揺れる。驚いてその場に手を突こうとしたら、腕がすり抜けて落下するような感覚に見舞われた。


「ひゃあっ」

「おい馬鹿!アカネが驚いてるだろ揺らすな!」


ぐっと私を抱きしめて支えてくれる手のひらを感じて、ほっと息を吐く。……そうだった、ハンモックで寝てたんだった。ファリオンのことが心配だったはずなのに、いつの間にか眠っていたらしい。昨夜はほとんど眠れていないし、私も思ったより眠気が来ていたようだ。体勢を整えて起き上がると、こちらを半眼で睨むリードとヴェルがいた。


「……リード、二日酔いとか大丈夫?」

「あの程度じゃ酔わねぇよ」


後ろで今にも嘔吐しそうに四つん這いになってるドワーフが見えるんだけど、本気で言っているのだろうか。アルコール分解能力においては、リードって素で魔王なのかも。どんな肝臓してるんだろう。


「おいおっさん。ここ刻竜王のねぐらなんだろ。そんなとこで吐いていいのか?」

「いいわけなかろうっ……うぷ」


ヴェルから呆れた声を出されて一度立ち上がりかけたドワーフの王だったけれど、すぐにまたうずくまる。ファリオンの手を借りてハンモックから降りた私は、とりあえず水魔法で水の球を差し出した。


「どうぞ」

「かたじけなっ……オロロロ」

「えええええ」


水を飲ませたかっただけなのに、水の球の中に吐き出されてしまった。


「アカネ!水球そのまま維持!こっちのバケツに入れろ」

「う、うん」


あまりのことに頭が真っ白になってしまった。即座に指示を出してくれたリードに感謝する。慌ててバケツの中に水球を流し込んでいるうちに、のっそりとファリオンがハンモックから降りてきた。


「俺らに王の相手させといてお前ら……せめて刻竜王との話がどうなったのかくらい報告に……」


リードが苦言を続けようとしたけれど、ファリオンの顔を見て言葉を止めた。


「顔色最悪だな。そこのおっさんより酷いぞ。何があった?」

「……いや、何でもねーよ」


ファリオンは視線をそらして首を振る。どう考えても何でもない顔色ではない。ガールウートの隙間から差し込む日は高く、おそらくすでに昼頃だ。ある程度まとまった睡眠はとれたはずだけれど、ファリオンの疲労は取れていないらしい。


「アカネ、疲れた」

「寝起きに言うセリフじゃなくね?」


ファリオンの言葉にヴェルが呆れているけれど、私は黙って近づき、その手を取る。魔力を流し込めば、ファリオンは少しだけ落ち着いたようにため息をついた。魔術を使ったわけでもないのに、魔力を求めるなんて……


「……大丈夫?」

「ああ」

「おい、マジで何があったんだよ。魔王に関することなら、周囲にも無関係じゃねぇんだ」

「そうだぞ、アニキ。ちゃんと話せよ」


私たちの様子を見てただごとではないと判断したらしいリードとヴェルが、そう促してくる。弱みを見せたくないらしいファリオンは嫌そうだけど、情報共有は大事だ。代わりに私が口を開いた。


「トエロワに一度時間を進められたの。そのせいで魔王覚醒しかけて……なんとか落ち着いたけど……ファリオン、まだ影響が残ってるんでしょ?」

「……ずっと魔王が出てこようとしてる感じだ。アカネが少しでも離れると酷くなる」

「おい、そんなまずいこと隠そうとすんな。馬鹿か」


観念したように白状するファリオンに、リードが容赦のない言葉をかける。けれど反論することもなく、銀色の瞳が伏せられて『悪かったよ』とつぶやいた。

……これは思った以上に深刻かもしれない。


「今のところアカネが傍にいれば大丈夫なんだな?」

「ああ」

「ならいちゃつきながらでいいから情報共有しろ。ドワーフのおっさんはあの通り。獣人の王はヴェルと和解した後仮眠中。ドロテーアはさっき部屋を覗いたらまだ商談中だった。ベオトラのおっさんはしらねぇ」

「様子を見に行きたくもねぇしな……済んだらエルフの王がこっちに連れてくるだろ」


ベオトラ……


「こっちも刻竜王……トエロワとの話はついた。大精霊と一緒に北大陸に魔術具を回収しに行ってる」

「そうか。魔術具の話は少なくとも片付いたんだな」

「ダニエルは大丈夫かな?」

「あいつならうまく立ち回ってると思うけどな」


そう言いながら、リードはハンモックに腰かけた。


「……お、いいなこれ」

「あ、アニキ……俺の分も作れないか?辛いか?」


そのままゴロンと寝ころんだリードを羨ましそうに見て、ヴェルがそわそわとおねだりをする。何それ可愛い。私も弟におねだりされたい。


「それくらいなら大丈夫だ」


ファリオンは苦笑して、ガールウートからもう一つハンモックを垂らしてあげた。確かに魔物を操るのに魔王の覚醒が促されることはないと以前から言っていたけれど……


「ファリオン、もう少し休んだら?」

「いや、そういうわけにもいかねーだろ。薬屋の夫婦がどうしてるかも確かめねーと。手荒に扱われてないとは聞いてたが……」

「あ、夫婦はここに来るまでに解放してきた。あの門番たちが言ってた通り、協力を頼まれて穏便に城に連れてこられただけみたいだ。個室でのんびりすごしてたらしくて、いつもよりいいベッドで寝れたって笑ってたぞ」

「ああ……それならよかったけど……」


二人がさらわれたと知って焦った時のあの感覚を思うと素直に喜びづらい。まあ、こちらが気を遣わないようにそう言ってくれただけかもしれないけどね。


「アカネ!大変よ!」


何とも言えない気分で肩を落とす私に、そんな声が降ってかかった。頭上を見上げると、戻ってきたらしいマイルイがこちらへ慌てた様子で飛びついてくる。ほとんど重さを感じないのでなんなく受け止められたけれど……


「ど、どうしたの?」


マイルイが慌てるだなんてただごとではないとつられて慌てる私に、マイルイは真剣な表情を向ける。


「アカネの力が必要よ!ダニエルの元にすぐ駆けつけて!」

いつもご覧いただきありがとうございます。

次回でこの章は完結ですが、その後に二話ほど裏話を入れる予定です。

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