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魔王の隣で勇者を想う  作者: 遠山京
第二部 第二章 令嬢と勇者

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054旅の隙間

四頭立ての中古の馬車に、手早く商品を積み込んでいく。誰かに見つかる前に、東の方から旅してきた商人一行らしく整えなければなければならない。ジェッラの東側には門が無いので、特に見咎められることなく街に出入りできるそうだ。ただし、切り立った山と柵があって、西の街道へは門を通らないと出られないらしい。

御者席にはダニエルが乗り込んだ。船も操れれば馬車も操れるなんてダニエルってば万能。この団体の主人にあたるリードは荷台に悠然と座り、ヴェルナーとドロテーアも下働きとしてそれに追従。私も傍に控える護衛として乗せてもらったけれど、ファリオンとベオトラは馬車の外で警戒するための護衛として、騎馬でついてくるらしい。

馬が合計六頭に荷馬車もとなると結構なお値段がしそうだけど、海の上で確保した魚の中にかなり希少なのがいたおかげで何とかなったそうだ。リードさまさま。

南大陸の馬は、特に北大陸の馬と変わらないように見えた。駆け落ち騒動の時の魔物化された馬を思い出す。野生に放たれたあの子たち、元気でやってるかなぁ。


そんなことを考えている間に周囲に建物がちらほらと見え始め、ついに本格的な潜入が始まった。獣耳を有した人が街にたくさんいるのを見て、感嘆の息を思わず漏らす。私たちと同じように肌の黒い人もたくさんいるけれど、エルフやドワーフらしき人の姿は見えなかった。この街には人間と獣人ばかりのようだ。

朝の市場は賑わっていて、大勢の人が買い物に来ている。飲食店の店先ではカードゲームに興じているお年寄りの姿があった。広場では子供たちが走り回り、井戸の近くでは話し込んでいる女性たちが目立つ。


「……人種や服装、植生は全く違うけど……それ以外はカデュケート王国と変わらないね?」


あまりキョロキョロすると浮くので、目線だけ周囲に動かしながらそう呟いた。人類は滅亡すべきなんていう、黒魔術とかやりだしそうな破滅的な教義が広まっている国なのだ。人々に笑顔がないとか、町が静かだとか、なんだか暗いイメージをしていた。しかし南国の植物や空気も相まって、リゾート地に来たかのように明るい空気を感じる。


「さっき僕も買い物しとって驚きました。ええ街ですよね」


御者台からそう答えたダニエルも似たようなイメージだったらしい。しかし実際は、人々の表情は明るいし、服飾文化や娯楽文化もそれなりに発展しているように見える。


「ほんまに、破滅主義なんでしょうか?」

「ケージの口ぶりやとそうやったけどな……」


ドロテーアの問いに、リードが難しい顔で答える。あまりに平和で普通の光景に、なんだか肩透かしを食らってしまった。そのまま馬車はまっすぐ通りを突っ切って、特に誰に見咎められることもなく通行門にたどり着いた。門番は獣人が二人。三角の耳を見て、兎ではなさそうだとホッと安堵する。


「どうも」


ダニエルが馬車の速度を緩めながらそう声をかけた。門番は眉を上げ、目を細めて制止の指示を出す。


「商人か?」

「ええ。神都まで」


まったく緊張を見せない笑顔で、ダニエルは淀みなく答える。大した度胸だと感心する。


「商品、確認させてもらうで」

「はあ、構いませんよ」


そう言ってこちらに回ってきた兵士。思わず固くなる私の背に、リードがそっと触れる。そうだよね、必要以上に警戒したら怪しまれる。深呼吸をしてできるだけ体の力を抜いた。

リードの顔を見た兵士達は、驚いたように目を丸くする。


「えらい若いな。お前が商売主なんか?」

「せやけど?」

「その若さでこんだけ引き連れとるんか」

「護衛も馬も安ないやろ」

「優秀やってよう言われるわ」


あたかもよくあるやり取りであるかのように、リードはうんざりした態度でそう答えた。その様子が堂々としているせいか、兵士はそれ以上突っ込んでこない。私たちが座るわずかなスペースを除き、荷台には木箱が詰まっている。その一つを開けて、彼らは『おお』と声をあげた。


「魔鉱石やないか。しかも良質や」

「まさかこれ全部そうなんか?」

「まさか。魔物の素材もあります。やけどまあ、目玉はこいつですわ。今なら高く売れるやろうと思いまして」

「喜ばれるやろな。はよ雨が降るようになるとええんやけど」


『俺の実家があのあたりで農家しとるんや』と兵士の一人が語り、それを聞くもう一人の兵士も心配そうな表情だ。人情味を感じるその言動は、私たちとなんら変わりない。挨拶を交わして何事もなく門を通り、街道に入れば全員が息をついたのが分かった。


「……ひとまず、門は抜けれましたね」


ドロテーアがへにゃりと気の抜けた笑顔を浮かべた。相当緊張していたのだろう。


「この国……なんや引っ掛かりますね」


ダニエルがそうつぶやいた。


「思ったより明るい雰囲気だって話?」

「ええ。ケージさんから聞いた話の印象とだいぶちゃいます。もし今回時の神……刻竜王様を説得できたとして、破滅主義の教義が浸透しとるこの国の人々をどうするべきかって、アドルフ様とも話しとったんですよ。刻竜王様と一緒にすぐ考えを変えてくれいうんは難しいかもしれんって」

「ああ……そっか、そうだよね」


もし刻竜王がこちらの話を耳を傾けてくれても、小さいころから教えを守ってきた人々にとってはそんな簡単な話じゃない。刻竜王一人の説得よりも、国民全体への説得の方が何倍も難しいだろうことはわかる。


「下手したら刻竜王様を唆したとかいう話になって僕らを敵視して暴動がおきたり、カデュケートを敵国として海を越えて攻め込んでくる可能性も考えんとあかん。僕はできるだけそれを抑えられるよう、神都での情報操作も役目の一つやったんですが」


かなりの大役を背負っていたようだ。


「……それは応援するけど、また変な噂を撒いて派閥作る作戦はやめてね」

「それは約束できませんけど……まぁ、こっちでアカネ様たちが有名人にならん限りは有効策になりませんから。潜入やってことを肝に銘じて慎重に行動してくれはったら大丈夫ですよ」


釘を刺そうとしたら刺し返された。反論できない。


「……気を付けます」

「そうしてください。まあ、実際どう動くかはもう少し情報を集めんと判断できませんね。ひょっとしたら……思っとったよりは、破滅主義者は少ないんかもしれません」

「そうだね。とても死を心待ちにしてる人達って感じしないし」


人類は滅ぶべきだという考えを持ちつつも、国として続いている事実。自分たちがいなくなればこの意志が潰えるからだというのはわかるけれど、本当にそんな使命感をこれだけ大勢の国民に徹底できるものだろうか。改めて服を見てみても、染めの入ったそれなりにおしゃれを気にした仕立てだと思う。ただ使命のためだけに生きている人々が、こんなおしゃれに気を使ったりするのも違和感がある。


「せやけど、ケージさんはフェドーラさんのことを除けば、かなり刻竜王様への信仰心が強そうでしたよね?服も質素やったし」

「ドロテーアの言う通りあの男は信仰心が強い方なんだろうな。フェドーラという女性のことがあってずいぶん考えが揺らいではいそうだが……とはいえ国教を定めていても、国民の意思を完全に統一するのが難しいのは当然のことだ」

「ベオトラ、詳しいの?」


不思議でも何でもないと言いたげな口ぶりに感心していると、ベオトラは苦笑した。


「アカネ達よりは他国を知っているというだけだ。カデュケート王国には主だった宗教が無いからな。お前たちには馴染みが無いだろうが、パラディア王国をはじめ、他国では精霊信仰が篤い国が多い。しかしそう一言にいっても、毎日教会へと通う者もいれば、人生で一度も教会へ行かないものもいる。教会関係者にしたってそうだ。精霊に日々感謝しながら生きている人間ばかりではなく、信仰より組織の運営を重視していたり、私欲のために動いている者もいる。そう考えれば、この国の人間だって全員が全く同じ思いで刻竜王様とやらの言葉を聞いているわけではないんだろうよ」


そう言われてみればそうだ。教義があまりにぶっ飛んでいて、漫画とかで見るようなカルトの狂信者をイメージしてしまっていたけれど、規模が国単位にもなれば統制を取るのは難しいし、いろんな考えの人が出てくる。


「問題はどっちが多数派なんかですね。少なくともあの街は規制が緩い方なんやと思います」

「こそこそしてる感じがないもんね。だけどそもそも、国全体としての規制はそんなにしてないんじゃないかな?規制をするなら、北大陸からこうして侵入されやすい港町は厳しく管理されそうだし」

「ケージの出自についてもう少し聞いておけばよかったな」


そんなことを話しながら馬車は進んでいく。街道は背丈の低い草をすっぱりとわけた茶色の道がまっすぐ続いていて、それほど起伏もないので少し単調だ。


「今夜って野営?」

「いえ。買い物中にケージさんに教えてもろたんですけど、神都までは宿場町がいくつかあって、普通に進めれば街で休めるらしいです」


ダニエルの回答に、両手をあげて喜んだ。野営の道具も持ってはいるけれど、やっぱりしっかりとした建物の中で眠れる安心感は違う。見張りの負担も減るしね。

ダニエルの言葉通り、三回くらい休憩をはさんでも夕方にはその街についた。魔物には一度遭遇したけれど、ケージさんの言葉通り強くなかった。ファリオンが細工をしなくても、ベオトラが剣を一振りすれば倒せてしまう。この調子なら、神都までもさほど苦労することはないだろう。


「完全に旅人向けの街やな」

「街道沿いですからね。ヴェルナーさん、あんま体乗り出さんといてくださいよ」


街の中には宿屋や食べ物屋をはじめとした店がとても多く、大勢の旅人でにぎわう宿場町だった。この街の手前でほかの街道と合流する地点がいくつかあったし、馬車の数も次第に増えていったので予想はできていたけれど。


「宿が空いとるとええんですけど」

「女連れやし、高い宿でも構わんぞ」

「さすが旦那様」

「かっこええですね」


リードのボンボンらしい発言に、ヴェルとダニエルが笑ってヨイショする。私も同調したいけれど、これだけ人が賑わっている中では口をはさめない。ヒナ吉の能力を使えば声は漏れないけれど姿は見える。御者のダニエルだけはどうしても姿を隠せないので、口パクをしている不審な人物に見えてしまうからだ。ヒナ吉に頼るのは本当に必要な時だけということにしている。仕方なく、ドロテーアと共に笑顔で拍手するにとどめた。

最終的にダニエルが探してきたのは、この街ではギリギリ上の下ってくらいのお宿らしい。仮にも潜入している身なので、目立ちすぎないよう、メンバー構成的に無難なのがこのクラスとのこと。これより上だと背伸びしすぎ、これより下だと金持ちのボンボンらしくないのだとか。一時間ほど一人で街を回って偵察してきてくれた結果の判断とのことだ。ダニエル、本当に優秀じゃない?一つ気になるとしたら、この密偵能力が王女の婚約者に必要なのかってとこだけどね……フェリクス王子の側近とかなら重用されそうなんだけど。


「部屋割りはどうします?」


二人部屋を三つ、一人部屋を一つ手配してきたダニエルが鍵を手に尋ねると、ベオトラが無言で鍵を受け取り、仕分けを始めた。ヴェルとダニエルに鍵を一つ。自分とリードで一つ。ドロテーアに一つ。私とファリオンに一つ。


「……え?」


思わず声が出た。私は当然ドロテーアと同室だと思っていた。鍵とベオトラを交互に見比べる私を睥睨し、ベオトラは顎をしゃくった。とっとと部屋にいけと言わんばかりに。


「あー……まあ、この宿なら、そないに壁薄くあらへんやろうし?」


うんざりした顔のヴェルが代弁してくれちゃったおかげで意図がわかり、一気に顔が熱くなる。朝のこと、引きずられてる……!

たちまち上機嫌になったファリオンは、すかさず私の腰を抱き、みんなに目礼をしたらさっさと部屋へ続く階段へとエスコートしてくれてしまう。ドロテーアは赤くなった頬を手で覆っているし、ダニエルは微笑まし気に見送ってくれちゃうし、ベオトラとヴェルとリードはこちらに視線をやることなく、壁にかかっている絵画をわざとらしいくらい凝視していた。

ちょ、まっ……心の準備が!



=====



私たちが割り当てられたのは二階の角部屋だった。やたら速足のファリオンに、もつれそうな足を必死で動かしてついていく。部屋は思ったより広かった。床にはカーペットが敷かれているし、ゆったり眠れそうな大きさのベッドが二つ。装飾はシンプルながらドレッサーや文机もあるし、商人としては確かに十分贅沢なお部屋なのだろう。ましてや旦那様だけでなく見習いや護衛まで同じ宿なのだから、かなり羽振りの良い一行だと思われそう。けれど部屋をゆっくり観察する間もなく、扉が閉まると同時に抱きすくめられた。


「ふぁ、ファリオ……」


名前すら最後まで言えずに飲み込まれてしまった。久々に唇に感じる熱が、一気に私の力を奪う。おろす途中だったリュックを奪われ、床に置かれると同時に、ヒナ吉とアメプーが飛び出すのが視界の端に映った。やっと動けると言わんばかりに楽し気に二匹は飛び回るけれど、そののほほんとした光景と私の心理状態とのギャップがすごい。


「ま、待って」

「一か月待った」


ようやく交わせた言葉はそれだけで、またすぐにキスの音だけが部屋に響く。時々耐えかねて鼻にかかったような声が漏れだしてしまうことに気づいて、こんな扉の近くはちょっと!と再度制止をしようとしたんだけれど、それに気づいたかのようにファリオンは少しだけ私を離して私の隣を指さした。そこにはパタパタ羽ばたきながら、口を半分閉じたヒナ吉がいる。おそらくこの部屋の中の音は、部屋の外には漏れないだろう。こころなしか得意げにサムズアップっぽい動きをしていた。


「心配しなくていいから」

「心配しなくてって……!」


じわじわと後退させられ、膝の裏にベッドの淵が当たってバランスを崩せば、すかさず背中を支えられてゆっくりと横たえられる。起き上がる隙も無く覆いかぶさられて、また唇を塞がれた。久々だというのにこれほど激しいキスをしたら、明日唇が腫れているんじゃないかと本気で心配になる。唇が離れてもさんざん手のひらや指先が体のあちこちを悩ましく撫でるものだから、息が乱れてまともに言葉を発せない。いつの間にかスカートまでたくし上げられ、内ももに吐息を感じて慌てて我に返った。


「ま、待って……!」


けれどそんな私の声など全く届いていないようだ。肌に舌を這わせて荒く息を吐くファリオンの目には一切の余裕がない。その銀色の瞳を見るだけで、私の頭まで熱に飲み込まれそうになるけれど……


「待ってってば!」


これは言葉の制止では聞いてもらえそうにないと、とっさに魔術を打ち出した。私とファリオンの間に風の塊が生まれ、ファリオンの体をぶわっと浮かす。


「っ…!」


攻撃性を持たせたつもりはない。ファリオンが時々やっていたように、体を浮かせて移動させるだけのつもりだった。けれど焦って繰り出したものだから、思ったより勢いが強かったようで、天井近くまで浮き上がった後、ファリオンは床のギリギリで体をひねって着地した。


「……ご、ごめん。大丈夫?」

「……大丈夫。いや、よくやった」

「え?」


やらかしたと思って青ざめたというのに、ファリオンは細長い息を吐きだしながらその場に胡坐をかいてうなだれた。


「やばかった。マジで飛んでた。さすがにここで妊娠させたらアカネの負担がでかすぎるし、シェディオン様とコゼット様にぶっ殺される」

「……」


風魔術を打っていなければ、私はここで純潔を散らすところだったらしい。流されやすい私にしてはよく踏みとどまったと自分でも自分をほめたくなった。私から少し距離をとったまま、ファリオンは前髪を引っ張って唸る。


「あー……」

「ファリオン?」

「……北大陸が危機に陥ってるのは俺のせい。こんなことしてる場合じゃねー……」

「いや、そこまで自分を追い詰めなくても」


言い聞かせるように早口で唱えるファリオンが痛々しい。けれど私のフォローにファリオンは首を振る。


「……こうでもしないと頭冷えねーんだよ……でもたぶん、そのうちまた箍外れると思うから、やばいと思ったらまた吹っ飛ばせ」


据わった目でそんなことを言われた。何が悲しくて好きな人を魔術で吹っ飛ばし続ける夜を過ごさないといけないのだろうか。


「……くそ、時の神が邪魔してなければ……」


正式に結婚していればここまで悩まなかったのにと恨みがましいファリオンの声を聴きながら、私はシーツの上で足をこすり合わせた。ちょっとだけ、心の中でファリオンに同意したのは秘密だ。



=====



翌朝。メンバーの生暖かい視線を受け流しつつ街を出て、また旅路に戻る。さすがに良い宿に泊まり続けるとなると路銀が心もとないという結論になり、魔物の素材は神都につく前に売り払うことになった。二日目以降も近づいてくる魔物は積極的に狩って、さらに素材を調達する。相変わらず私やファリオンの出る幕はなく、一瞬でベオトラが倒してしまう。さすが勇者様。あまり戦闘に慣れていないドロテーアでも馬車でうたたねできてしまうほどの安心感だ。

街中でも特に問題はなかった。ダニエルが頼もしく先導してくれるし、成果を上げるべく奮起しているヴェルも同様に、情報収集して回ってくれている。その日の情報の成果を、ファリオンとダニエルの部屋で報告してもらうのが日課になっていた。


「どうも、雨が降らんくなっとるんは刻竜王様のせいやって話が出とるみたいやな」

「刻竜王のせい?」


ヴェルが仕入れてきた情報に、私たちは目を丸くした。


「一年くらい前から、魔術具の研究が神都の王宮で行われとったらしい。長らく刻竜王様が研究しとった魔術具の最終調整として魔術師や学者が各地から集められたとか」

「……その魔術具って」

「おそらく、北大陸に打ち込まれたもんやと思う。その実験が半年前に、例の農業地帯の近くで行われたらしい。居住区域や農業区域を避けた場所やったらしいけど、直接的な被害は無かったものの、それ以降雨が降ってへんから……」

「なるほど、それは刻竜王のせいだって言いたくなるのもわかるな」


ファリオンがため息をついた。人類を滅ぼせるレベルの魔術具だという話だから、その実験が行われたなら周囲に影響が出るのは当然だ。


「つまり、民は刻竜王に不満を持ってるの?」

「刻竜王様はどうしたんやろ、って心配しとる奴の方が多い感じやな。いよいよ人類が滅びる時がきたってあきらめ気味の奴もおるし、ちょっと不満げな奴もおれば、刻竜王様のすることに口出しするなって言う奴もおる」

「うーん……」


その反応の内訳が、刻竜王への信仰がどうなっているかをそのまま表している気もする。刻竜王にすべて従うっていう狂信的な人は少数派。だけど心配されるくらいには、刻竜王は慕われているらしい。


「ま、神都に近づくほど情報は増えるやろうから、引き続き情報収集してくわ」

「ああ、頼んだ」


ファリオンに頼まれて、ヴェルは力強くうなずき、ダニエルと打ち合わせを始める。頼もしいことだ。


「よし、そろそろ俺らは部屋に戻るぞ。明日も早いからな」

「そうだね、それじゃおやすみー」

「おやすみなさい」

「……おやすみ」


ベオトラに促されて、私たちは立ち上がった。消音係を務めてくれていたヒナ吉を回収し、みんなにおやすみを言い交わす。けれどファリオンはテンションが低い。理由はわかっている。あの日以降は、私と同室になっていないせいだ。『さすがに毎晩二人きりってのはな……まだ結婚してないんだろ?』というベオトラのごもっともな一言に、ファリオンは歯噛みしていた。

私も残念な気持ちはあるけれど、ちょっとホッとしている。ファリオンは一線を越えられないフラストレーションを私にぶつけてくるものの、それでなおさらストレスを溜めるという不毛な行為を繰り返してくるからだ。熱量をぶつけるように、耳を塞ぎたくなるくらい甘い言葉を耳元に叩き込み続けられるのも、なんというか脳に悪い。ちょっとずつ溶けてると思う。間違いない。


「ヴェルナーも早いとこ自分の部屋に戻れよ」

「ああ、わかってる」


打ち合わせ中のダニエルとヴェルナー、そしてちょっと不満げなファリオンを残して部屋を出て、私はドロテーアと隣の部屋へ戻る。


「はよ全部片付いて、結婚式やり直せるとええですね」


ドロテーアにクスクス笑われた。いたたまれない。


そんな短いような長いような旅路を経て、いよいよ神都入りする日がやってきた。二つ前くらいの街からは馬車が一気に増え、私たちは極力、会話を控えるようになった。

今のところ兎の獣人は見ていない。街中でも見かけなかったので、本当に数が少ない種族なのかもしれない。代わりに、エルフやドワーフの姿は見かけた。まぁイメージそのままというか、ファリオンやリード、王族クラスの美形がいたかと思えば耳がとがっていて、『あっエルフだ!』ってすぐに気づく。

そして私と同じかそれ以下の身長で、樽のような胴体をしたいかにもドワーフらしい種族もちらほら。男性は毛むくじゃらで、女性はひげこそ無いものの髪の毛のボリュームがすごい。毛が豊かな種族のようだ。ちなみに禿げているドワーフは今のところお目にかかっていない。カデュケート王国には目立った信仰がないけど、やり方次第では一部の人にドワーフ信仰なら広められそうな気がする。別に広めたいわけじゃないけど……

南国訛りがあるのは獣人と人間だけのようで、ドワーフとエルフは北大陸と同じしゃべり方をしていた。そもそもこの訛りは南大陸の西側特有のもので、東側に祖国を持つドワーフとエルフは本来文化圏が違うそうだ。カデュケートに使者としてやってくるのは人間がほとんどだったらしいので、このあたりはアドルフ様達もあまり知らない情報かもしれない。


「……流石に人が多いですね。一度馬車停めますわ」


南に巨大な岩壁がそびえる街。それが神都だった。神都を真四角に囲む防壁の一辺を担うその岩壁は、どこかの山をそのまま持ってきたかのように巨大だった。その岩壁は人の手で削られ装飾が入り、窓やバルコニーらしきものも見て取れる。ちらほら草のような緑に覆われている場所もあった。あれこそが刻竜王と四人の王が住まう王宮らしい。

刻竜王が魔力泉に住処を作ったという前情報通り、城の方角から強い魔力の気配を感じる。その影響か、神都全体に濃い魔力が漂っているようだ。

特に門で不審がられることもなく、スムーズに神都入りすることができた。ただしそこから先が問題だった。大きな通りには人や馬車がごった返していて思うように進めない。交通量の割には道幅が狭いのだと思う。

町並みは港町とさほど変わらず、白塗りの壁でできた建物と、木造の建物が入り混じっている。一部カデュケート王国を思わせる様式があるのは、やはり長年の交流があった為だろう。服装はそれほどジェッラの街と変わらないけれど、まったく染めていなさそうな生成りの服を着ている人がちらほら見られた。

少し大通りから外れたところに、馬車の駐車スペースがいくつも用意されている。コインパーキングのようなものらしい。そこの一つに停めたダニエルは、近づいてきた男に何枚か硬貨を払って御者台から降りた。ファリオンとベオトラもそれに追従して馬車の近くで馬を止める。


「旦那様。ファリオンとアカネとヴェルナーをお借りしてもええですか?宿探してきます」

「ああ」


パタパタと手を振るリードに見送られ、私も馬車を降りた。宿探しというのは周囲に聞かせるための建前だ。もちろん宿も探すけれど、馬車から少し離れ、人がわずかに減ったタイミングでダニエルがこちらを少しだけ振り返る。


「神都についたら最初に向かってほしいって言われとるんでしたよね?」


ファリオンが無言でうなずいた。それは手紙を受け取ったローザが受けた言伝。私とファリオンが一緒に来た目的は、フェドーラさんの手紙を届けるためだった。

ラカティに入ってからうまく筆が乗らずにスランプ状態だったのですが、久々にイチャイチャシーンをはさむことにしたら一気に筆が進みだしました。

必要なシーンだけのシリアス展開を続けようとしていたのが悪かったのか…

…ファリオンの呪いだったのかもしれません。生殺しになるだけのくせに…

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