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魔王の隣で勇者を想う  作者: 遠山京
第二部 第二章 令嬢と勇者

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200/224

050船旅

大変お待たせいたしました。

更新再開します。

翌日。

まだ日も登らないうちに私たちは宿を出て、港へ向かった。

小型の船が係留されているエリアで、先導していたベオトラが足を止める。



「俺たちの船はこいつだ」



先に到着していたベオトラは事前に船を確認してくれていたらしい。

管理してくれていた人にお金を渡して、船に乗り込んでいく。

アドルフ様が用意してくれた船は小型の帆船だった。

どうやらフェドーラさんの話を受けて、いったん島までこの船で移動した後、小舟に乗り換えるという作戦になったみたい。

その島に見張りがいる可能性もあるけれど、大きな船のまま本国に乗り付けて見つかるよりはマシだという判断だ。


船の中には操舵室と食堂、トイレ以外には個室が三つ。

それぞれ二段ベッドが一つずつしかないけれど、必ず一人は見張りの為に起きている必要があるから男性陣はローテーションで休憩をとるとのこと。

私とドロテーアは同室で、女性は夜番は免除してくれるそうだ。

有難いけど申し訳ない。

任せろと言ってくれた男性たちを立てて受け入れたけれど、何日かして男性陣に疲れが見えるようならローテーションの見直しを申し出るつもりだ。

長丁場なんだから、そこで無理をしてほしくはない。


ドロテーアと共に部屋を検分する。

新しい船だからか、木と塗料の匂いが充満していた。

換気しようにも窓が無いんだよね……水が入るといけないから仕方ないんだけど。

カビが生えないように、時々風魔術で弱い風を起こして人工的に換気しないといけないかもしれないな、これは。



「やっぱりあまり広くは無いですね。収納の魔術具があって助かりました」


「そうね」



二段ベッド以外には、壁に固定された机があるだけ。

それだけでほとんど空きスペースの無い部屋だ。

確かにこれで長旅の荷物を持ち込もうと思ったら大変だっただろう。

魔術具を作ってくれたローザに感謝しないと。

食料を始めとした荷物はほとんど魔術具にしまわれている。

万が一分断されてもいいようにある程度の個人用の食料も個々人で持っているし、万が一船を放棄することになっても飢える心配がないのは大きい。

身支度に必要なものや服なんかも、この魔術具が無ければかなり減らさないといけなかっただろう。

お風呂が無いのが辛いところだけれど、これについては天気のいい日に男女別に甲板に出て、水魔術でなんとかする予定だ。

この世界の船旅でのんびりお風呂に浸かれないのは仕方ない。



「結構揺れるね……」


「そうですね。あまり大きな船ではありませんし……」



あまり乗り物に強い方ではないので、ちょっぴり船酔いが心配だ。

船酔いに治癒魔術って効くかな?



「ところでドロテーア、言葉遣い」


「あ。そうやった」



照れたように笑うドロテーア。

そして関西弁。

個人的にとても破壊力が強い。

ここにスマホがあれば動画を撮って後でアドルフ様に共有しているところだ。

きっとハート連打してくれる。


昨夜各自の関西弁習得度をダニエルに確認してもらった結果、選抜入りしたはドロテーアとリード、ヴェルの三人だった。

私とファリオンはちょっぴりぎこちない発音になり、ダニエルから『センスがない』との手厳しい評価をいただいた。

ベオトラに至っては、発音としては問題ないのだけれど胡散臭い印象がぬぐえないという気の毒な結果に。ちょっとへこんでた。ダニエル先生厳しい。

こうして護衛陣は潜入中無口キャラでいるよう要求され、関西弁の練習免除を言い渡された。

そもそも護衛はそんなに人前で話す必要はないので、後の四人が話せれば問題ない。

適材適所っていうやつだ、たぶん。



「そういえば、聖剣の回収せんでええんですか?」


「あ、そうだった」



ドロテーアの指摘を受けて、すぐに部屋を出た。

何かの間違いが起きる前に引き取ったほうがいい。

私の空間収納に入れるつもりだ。

入国後どういう動きになるかわからないけれど、時の神のもとまで到達できるのは私とファリオンの可能性が高い。

ファリオンは触れるだけでダメージとなるおそれがあるので消去法的に私が残る。

男性陣に割り当てられた部屋のうち手前を覗くと、ベオトラとリード、ヴェルが荷物を整理していた。

基本的にこの三人で部屋を使うらしい。

見張りのローテーション上、別の部屋のベッドを使う可能性もあるみたいなんだけど。



「ベオトラ、聖剣を預かっておきたいんだけどいい?時の神のもとへ行くのは私の可能性が高いから」


「ふむ……アカネの魔力を思えば、確かに到達できるのはアカネの可能性が高いな」


「もちろんできればベオトラにもついてきてほしいけど、場合によっては妨害してくる相手の足止めを頼むかもしれないから」


「承知した。もとより普段使いの剣は別にあるから問題ない」



ベオトラは常に二本の剣を下げているけれど、別に二刀流というわけではない。

仮にも聖遺物である聖剣を普段使いするのがいたたまれないとかで、基本的にはもう一本の剣を使っているのだそうだ。

そちらが壊れた時には聖剣を使うこともあるようなんだけど。



「予備の武器は他にある?ショートソードとナイフならアドルフ様から何本が預かってるけど」


「いや、それくらいなら俺の方でも用意がある」



さすが、ぬかりない。

こちらに差し出してくれた聖剣を受け取ろうとしたとき、ベオトラは思いついたように手を止めた。



「そうだ、誰か聖剣を抜いてみないか?」



その視線はリードとヴェルに向けられている。

二人は嫌そうな顔をしてはっきりと首を振った。

もともと二人は勇者なんて望みそうなタイプでもないし、ファリオンのことを知っていれば気乗りしないのも当然だろう。

しかしはっきりと拒絶されたベオトラは残念そうに眉を下げる。



「そうか……しかしダニエルはあまり魔力が高くないという話だしな……ああ、ファリオンなら抜けるかもしれん」



ポンと手を打つベオトラに焦った。



「ま、待って!やめて!」



不自然なほど激しく制止してしまった。

万が一ファリオンに聖剣が触れたらということを想像したら、冷静ではいられない。

とはいえここまで過剰反応すると怪しまれてしまうのではと気付いた時にはもう遅い。

数秒部屋に沈黙が落ちる。

……やばい、なんとか誤魔化さないと。

しかし私が口を開くより先に、ベオトラは丸くしていた瞳をすぐに緩めて苦笑した。



「……やはりそういう反応になるか」


「あ、いやあの……」



分かっていたと言いたげな反応に背筋が凍る。

ひょっとして、勘付かれた?

固まる私の肩に手を置いて、ベオトラは俯きながら溜息をついた。



「勇者ってのは命がけだからな……魔王が現れないまま次代に引き継ぐことになるならいいが……俺みたいに二度も遭遇することもある。ましてや何故か代を追うごとに現れるまでの時間が短くなってるからな……勇者ってのは酒場ではモテるんだが、結婚までこぎつけないんだ」



がっくりと肩を落とす姿を見て、安堵と同時に罪悪感に襲われた。

そうか……お嫁さんもらえてないのは女遊びしたいからっていう自発的なものじゃなくて、結婚相手としてはリスキーって判断されてるからか……

私の反応はもろに傷口をえぐってしまったようだ。



「えっと……ごめん」



ベオトラは無言で首を振り、そっと聖剣をこちらに差し出した。

……ごめん。



=====



この世界において、船が出港する時の動力は魔術具を使うのが一般的だ。

もちろん風向き次第なんだけど、今は残念ながら逆風。

航路に応じて都合の良い風が吹いてくるまでは帆の出番はない。

とはいえこの船の動力は魔物を当てにしており、帆は完全なるお飾りだ。

他の船が近くにいるときだけはカモフラージュとして張る予定だけれど。



「どう?そろそろ魔物いそう?」


「いるにはいるんだが……小さいものばかりだな」



出港して二時間。

周囲の船もまばらになり始め、だいぶ沖合まで出てきた。

ここからは魔物を使い、高速で移動したいところ。

甲板でファリオンとこそこそ話していると、ベオトラがこちらを覗き込んでくる。



「どうした?」


「あ、いやえっと……動力にできそうな魔物がいないなって」


「なんだ、無策だったのか」



ベオトラには、私が闇魔術で魔物を従えて動力にすると説明してある。

実際魔物を操るのはファリオンで、手ごろな魔物が見つからなければ近場にいる大きな魚を魔物化することも検討範囲だった。

……ベオトラがこんなに近くにいちゃそれもできないんだけど……

呆れた顔でこちらを見ていたベオトラは、空間収納から大きな瓶を取り出した。



「魔物がうようよしてる海域があるって話だったから、その時に使おうと思ってたんだが……」



瓶の中に入っていたのは、薄いピンク色をした、ソーセージみたいな物体。

薄く黄色みがかった液体に、五本くらい浸かっている。

一本一本がフランクフルトみたいな大きさだけれど、非常食と考えると少し物足りない量だ。



「これは?」


「海の魔物が好む匂いを染み込ませた餌みたいなもんだな。船が魔物に囲まれた時、遠くに投げて気をそらすのに使う。使い方を間違えばむしろおびき寄せちまうんだが」



そんなものがあるとは初耳だ。



「海の護衛に出ることがある冒険者なら誰でも知ってるもんだぞ」



この中で冒険者経験のある人物はいない。

似たような経験があるとしたらリードかヴェルだけれど、そんな話は聞いていないので恐らく知らないのではないだろうか。

リードもまだ商売の範囲はカデュケート王国とパラディア王国の一部だけみたいだし、船旅経験は無いはずだ。

ベオトラは聖剣の後継者を求めて国外に足を延ばしていたこともあるようで、航行に関してそれなりに心得があるようだ。



「あ、餌使うんですか?」



通りがかったダニエルがそう声をかけてきた。

今回船旅で、船のメンテナンスや魔物がいない間の基本的な操舵を引き受けてくれているのはダニエルだ。

短い準備期間中に頑張って勉強してきてくれたらしい。

そんな彼は当然のようにこの餌のことを知っているようだ。



「ああ、ダニエルは知ってたか」


「ええ。魔物の海域用に、いくつか持たせてもろてますよ。そんな大きいものやないですけど」


「こいつは俺の特別製だ。大型の魔物の食いつきがいい。こいつを海に放てば、おそらく大物も寄ってくるだろうが……」



チラリとベオトラが私を見る。



「……どこまでの奴なら扱えるんだ?下手したらこの船とサイズの変わらんのが来るかもしれん」


「大丈夫です!もしダメなら一緒に追い払ってください!」


「自信あるのかねぇのかどっちなんだ……?」


「自信はあるけど、万が一ってことはあるじゃない?」


「ま、油断してねぇってんならそれでいい」



ベオトラは苦笑しつつ、ダニエルに指示して船を止めさせた。

魔術具を止め、帆も畳むと、船はゆっくり波の上を漂うだけになった。



「準備はいいか?」



私とファリオンが揃ってうなずく。

それを確認してベオトラは瓶を開けた。

腐った卵のような、燻製のような……芳醇な臭さが鼻をつく。

ベオトラが甲板から身を乗り出し、船体に液が垂れないよう注意しながら餌を一本取りだして船から十メートルほど離れた場所へ放り投げた。



「……来た」



待つこと数分、ファリオンとベオトラが、ほぼ同時にそう呟いた。

まもなく大きな水しぶきを上げて水上に姿を現したのは、体長十メートルはありそうな魔物だった。

額に角を持ったジュゴンのような魔物の口には、凶悪な牙がずらりと並んでいる。

イッカクとサメを混ぜたような外見だ。

思わず後ずさりしかける私の肩をファリオンが抱く。

その感触に我に返った。

そうだった。怯んでいる場合じゃない。

ファリオンが野生の魔物を従えるには触れられるほどの距離に行かないといけないんだ。

そのためには私の魔術が頼りになる。


呼吸を落ち着かせて魔力を練りながら風魔術へと昇華させる。

私とファリオンの体を浮かび上がらせた風は、そのままイッカクもどきの方へと体を運んで行った。

こちらへと向けられる角を避けながら、滑らかな体めがけて飛び込む。

私より先にファリオンの足がその肌に触れた瞬間、ファリオンが囁いた。



「もう大丈夫だ」



そのままふわりと着地しても、イッカクもどきは暴れることなく受け止めてくれた。



「なんだ、もう従えたのか!?」



ベオトラが驚愕の声をあげる。

その手には投擲用のナイフが握られていて、いざとなれば気を引いてくれるつもりだったことが窺える。

想像以上にあっさり終わったもので拍子抜けしているようだ。



「ええ、もう大丈夫そうなので、ロープを投げてください」


「わかった」



係留にも使われる丈夫なロープをイッカクもどきの角に結んでいく。

角を痛めないか心配する私の言葉を聞いて、ファリオンが全体的に強化してくれたようなのでたぶん問題無いだろう。

たっぷり魔力を補給してあげた私とファリオンが船に戻ると、間もなくイッカクもどきが泳ぎだした。

強化されただけあってなかなかのパワーだ。

自分より大きな帆船を、いとも簡単に引っ張っていく。

クルーザーのようなスピードが出るわけではないけれど、風を全く気にせずに進めるのは大きい。

どちらにせよこれ以上速度を上げると船が悪くなるそうで、これが限界速度なのだとか。

ベオトラが感嘆の息を漏らしているので、この世界ではかなり速いようだ。


ちなみにイッカクもどきは一般的にそのままイッカクと呼ばれているらしい。

この世界のイッカクはでかいし歯が怖い……



「こいつの角にやられて沈んだ船がいくつあることか……」



そう語るベオトラの話を聞く限り、船にとっては最も恐ろしい魔物を呼び寄せてしまっていたようだ。

何にせよ、味方になれば心強い。

イッカクに仲間を呼び寄せてもらって、さらに二頭追加した。

昼夜問わず引いてもらおうと思えば交代要員も必要だ。



「どれくらいで着けるかな?」


「ラカティからの使者は一か月くらいで来れるって話ですし、このスピードなら一か月かからんと着くんちゃいますか?」



私の問いにそう答えたのはドロテーアだ。

なるほど、確かにラカティの使者よりは早いだろう。



「まあ、嵐に遭遇するなんて運の悪いことにならんかったらですけど」



ふふ、とドロテーアが笑って言う。

冗談のつもりなのだろう、珍しい。

しかし私はふふ、と笑い返しながら背筋に冷たいものを感じていた。

……これって、フラグって言うのでは。

いつもご覧いただきありがとうございます。


ちなみに実際のイッカクの角は、本当は角じゃなくて牙が発達したものだそうです。

しかもそれ以外に歯は無いとか。イチキバと改名したほうが良いのでは。

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