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魔王の隣で勇者を想う  作者: 遠山京
第一章 令嬢と兄
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002台風や竜巻と同じらしい

ゆっくり周囲を見回すと、そこは落ち着いた調度品に囲まれた、"THE お金持ち"って感じの部屋だった。

上等なのは分かるけれど、金ぴかしてたりフリフリしてたりするわけではない、品のいい部屋。

そして私が寝ている天蓋つきのベッドの脇には、ロングスカートのメイド服を着た30代くらいの女性が立っていた。



「お嬢様、どうかなさいましたか?」


「ええと…」



どうかなさってるのはこの状況の方でして。

こめかみを押さえてうつむく私に、メイドさんは心配げに首をかしげる。



「頭痛ですか?もう少し休まれては…」


「そ、そうだね。

 そうさせてもらってもいい?

 一人でゆっくり休みたいかな」



今この場で状況を理解しながらやり取りをするなんて私には無理だ。

ひとまず一人にしてもらいたい。

一人にするのは心配だと言い張る真面目なメイドさんをなだめすかし、なんとか出て行ってもらった。


改めて部屋の中を観察する。

もちろん見覚えなんてない。

心当たりがあるとしたら、ここに来る直前にユーリさんが言っていたこと…

『中流貴族の次女』とやらに…私はなっているのではなかろうか?


ベッドをそっと降りる。

いつの間に着ていたのやら、肌触りのいいシルクでできたワンピースを物珍しくつまんでみる。

そして向かったのはドレッサーだ。

鏡を覗き込む。



「…あれ?」



私の顔…私の顔だ。

特にご令嬢感のある奇跡のような美少女になっているわけではなかった。

かといってそう悪くは無い顔立ちだ。

多分中の上くらいにはなるはず。


濃茶の瞳に、少し毛先が跳ねやすいくせのある黒髪。

純日本人らしい肌の色。

紛れも無く私の容姿。

けれど…違和感がある。

なんていうか…



「ユーリさん、若返りの魔法でもかけた?」


『それは流石に無理だなー』



思いがけない返事が聞こえて驚いた。

気づけば鏡に映っているのは私ではなく…



「ユーリさん!」


『はーい。ごめんねー。

 説明が少なすぎたから混乱してるんじゃないかと思って。

 本当はあまり干渉しちゃダメなんだけど、

 ちょっとフォローくらいしておこうかなってさー』



ちょっとどころではなくしっかりフォローしてもらわないと困る。

訳の分からないことだらけだ。



「ここっ!どこなんですか!?」


『さっきアカネちゃんの足元に落ちてた本の世界だよ。

 カデュケート王国っていう名前に聞き覚えはあるでしょ?』



ある…めちゃくちゃある。

だとしても、そんな馬鹿な。

カデュケート王国は、ホワイト・クロニクルの主人公ファリオンが生まれ育った国だ。



「ここが…ホワイト・クロニクルの世界?」


『そう。最初の質問にちゃんと答えてなかったね。

 私たちが最初に会っていた場所がどこで、私たちが何なのか。

 私にも説明はしきれないんだけど…呼び名としては、”本の魔女”って呼ばれてるね』

 

「ユーリさんのこと…ですか?」


『うぅん…なんて言ったらいいかな。

 この()()の名前っていうのが正しいかもしれないねー』



いわく。

これは竜巻や台風なんかと同じ現象としてとらえた方がいいものらしい。

現象の内容としては、気づけばあの本棚だらけの空間にいて、その後、本の世界に閉じ込められるというもの。

ユーリさんはあくまで現象の一部であり、

閉じ込められる対象者が、少しでも本の中で安全に過ごせるように"設定"をつける役割をしているんだとか。



「…この現象に何か意味があるんですか?」



夢としか思えないけれどこれは現実だ。

現実だとして、現実にこれが起きる意味が分からない。

巻き込まれて喜ぶ人間はオタク層に少なからずいるだろうけれど、この現象を起こす側にメリットはあるのか。

私のその問いに、ユーリさんは目を丸くした後おかしそうに笑う。



『やだなぁアカネちゃん。

 竜巻や台風に意味なんて考えたことある?』



…いや、そうだけど。

竜巻や台風なんかよりよっぽど非現実的で原理がわからない。



「それに、どうして私が…」



霊感とか特殊な能力は持っていないし、怪しげな儀式もしていない。



『んー、私が選んでいるわけじゃないからなんとも言えないんだけどねぇ。

 私が知っている限りでは発生条件は3つあるよ。

 一つ、雨が降っていること。

 二つ、対象者が誰にも見られていないこと。

 三つ、対象者に…一言一句覚えている…とまではいかないけど、

 それに近いレベルで内容を暗記してしまっているほど好きな本があること』


そう言われてハッとした。


「ホワイト・クロニクル…」


『そう、アカネちゃんの場合はこの本がそうだったはずだよ』


「それじゃ私は…もう戻れないんですか?」



その私の問いに、ユーリさんは迷ったように口を開く。



『…本の世界にとらわれなければ、あるいは…』


「とらわれなければ…?」


『私が前任者に聞いたのはそれだけ。

 でもねー…知っている限りでは誰もが戻りたがらなくなるんだよね』



その言葉には少し納得する。

だって、内容を暗記してしまっているくらい好きな本の中なんだ。



「あの、私…中学生くらいの頃に戻っているように見えるんですけど…」


『それは私が何かしたわけじゃなくて、現象の一部だねー。

 その本に出会った頃の年齢に戻されるみたいなの』



なるほど、どうりで…

私がこの本に出会ったのは中学二年になって間もない頃だった。

読んですぐ虜になり…自分で言うのも何だけど、そのはまり方は異常だった。

主にファリオンが好きすぎて。

言うなれば夢女子…アイドル風に言うならガチ恋勢だ。

…ちなみにちょっとマイナーな小説がゆえに夢小説は見つけられなかった、残念。



「ファリオン…」



本当に好きだった。

本の中からファリオンが飛び出してくる妄想を、一日二回はしていたと思う。

いやうん、二回で足りるかなー?

…痛い子の自覚はあった。

だけどそれでも、日常のことあるごとにもしファリオンがいたらのシミュレーションをしていた気がする。


一年前、母に『ホワイト・クロニクル』を捨てられるまでは。


夢女子となってから急速にオタク化していった私。

勉強そっちのけでゲームやらネットやらと勤しむ姿に、もうじき受験生なのにと危機感を募らせた母が強硬手段に出たのだ。


過去最悪の親子喧嘩となったことは言うまでもない。

私は泣きながら暴れまくり、翌日は学校に行けなかったほどだ。

ファリオンが本を取り返して差し出してくれる妄想も十回位した。


父は幼児をあやすようになだめすかしてくれたし、父に何か言われたらしい母も気まずそうな謝罪をくれた。

そして、無事志望校に合格したら買い直していいと言われていたけれど…


なんだかんだでヤケになってどうでもよくなっちゃって…熱は落ち着いたと思っていた。

確かに心にしこりのようなものは残っていた。

でもまさかその本の中に閉じ込められるレベルで未だに好きだったとは。



『アカネちゃん。元の世界に戻れるかはわからない。

 だけど一つだけ伝えておかないといけないことがあるの』



ユーリさんの妙に改まった口ぶりに思考を引き戻した。

何事か。



『この現象のスタートは物語の始まりと同じ時期から。

 そして物語がクライマックスに差し掛かる時期に、アカネちゃんは選択を迫られる』


「選択…?」



何その中二心をくすぐる言い回し。



『その内容は人によって違うからこれ以上は何も言えない。でもね…』



そしてユーリさんは穏やかに微笑んだ。



『あまり難しく考えないで、ここでの生活を楽しんで。

 そしたらきっと、選択の時に迷うことはないよ。

 あなたの過ごし方次第できっと物語は変わっていく。

 忘れないでね。あなたは誰よりもこの物語を愛してるんだから』



なんだか恥ずかしい口ぶりに、それテンプレですか、と茶化したくなる。

けれどユーリさんはふざけた様子も無く穏やかに微笑んでいる。

なので私も何か返そうと口を開いた瞬間、ノックの音が響いて体が跳ねた。

し、心臓飛び出るかと思った…

慌てて鏡を見ると、すでにユーリさんの姿はなく、そこにあるのは私の姿を映すただの鏡。



「アカネちゃぁん?入るわよぉ?」



間延びした女性の声が聞こえてあわてて返事をする。



「は、はい…!」



ドアが開かれて入ってきたのは…40代前半くらいだろうか、身なりのいい夫婦だ。

女性はおっとりとした黒髪美人。

男性は白髪交じりの優しそうな紳士だった。

あぁ、もしかしてこれは…



「おや、起きてたのか。

 ティナから具合が悪いと聞いていたんだが」


「すみません、お父様。

 少し夢見が悪かっただけなんです」



ティナというのはさっきのメイドさんのことだろう。

そしてこの二人は、きっと私の両親…そうアタリをつけて呼んでみる。

そして令嬢ならきっと親に対しては敬語だ。

物語の登場人物になりきるつもりで返事をした。


けれど男性は目を丸くして口を閉ざす。

おっと、外したか。

慌ててフォローを入れようとするけれど、その前に男性が笑い出した。



「アカネももうすぐ14歳になるしね、

 そろそろパパって呼ぶのは恥ずかしいのか」



そっちかぁ。

ほっと胸をなでおろす。

私、パパ呼びしてたのか。

貴族の令嬢だからと思って生まれて初めての『お父様』呼びをしてみたんだけど、ちょっと恥ずかしいからパパの方がまだ良かったなぁ。



「あらぁ、じゃあ私のことは…!?」



今度は女性がわくわくしたように私を見つめる。



「お、お母様…?」


「きゃあん!アカネちゃん可愛いぃ!」



アラフォー女性が黄色い声をあげて抱きついてきた。

ここまでで大体の関係性が読めた。

末娘を溺愛する両親ってやつだ、これ。

この美人でキャピキャピな母親だから受け止められるけど、現実の方のお母さんにこれやられたらちょっと気持ち悪いな。



「アカネ、セルイラ祭までもう間もない。

 体調に問題がないなら今日もダンスのレッスンはしておくんだよ」


「セルイラ祭…」



何じゃそりゃ。

けれど聞いていい雰囲気ではない。



「このセルイラ領一番のお祭りだものねぇ。

 アカネちゃんの晴れ姿を皆さまに

 お見せしなくっちゃぁ!

 広場には各地の商品を持って商人が集まるし

 合間を見て一緒にお出かけしましょうねぇ!

 最終日の舞踏会ではアカネの旦那様になる人と

 出会えるかもしれないし、

 ダンスはしっかり練習しておきましょう」



まるでフォローのようにお母様がペラペラしゃべってくれた。

OK、なんとなくわかった。

だけど…


ダンスなんて…高校の体育で創作ダンスくらいしかしたことありませんけど?

しかもチームメイトに『使えねぇ』と舌打ちされるほどの実力だよ。


まずもって一般の女子高生にいきなり令嬢として振る舞えって無理があるんじゃないの。

私は早くも途方に暮れた。

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