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魔王の隣で勇者を想う  作者: 遠山京
第二部 第二章 令嬢と勇者

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049残念な英雄

そして当日。

ごねるエレーナをなんとか宥めすかして、私とファリオンは屋敷を出た。

出発したといっても、まずは海沿いの街まで移動しないといけない。

出港地は港町クルーベ。

シェドお兄様の実家でもあるマーレイ伯爵が治めるエルドラ領内の地だ。

そこまでは馬車で一週間くらいかかるけれど、荷物を空間収納に入れられるので乗馬での移動を採用した。

意外にもドロテーアは乗馬経験があるらしく、それなりに様になっている。



「私の故郷は田舎ですから、家畜も居ますし」



私の誉め言葉にそう照れていたけれど、流石に馬に乗って何日も旅するのは初めての経験だそうで少し不安そうだ。

私はというと、もちろんファリオンと相乗りである。

一応ラカティ行きが決まってから乗馬練習はしていたのだけれど、流石に一人で長時間乗れるほどの腕はない。

私に何かあった時のファリオンの行動に不安が残ること、ファリオンが暴走した時すぐ対処できる距離にいた方がいいこと、そもそも治癒魔術を使える唯一の人間と言っても過言ではない私が落馬したりするのはまずいことなどから、満場一致でファリオンに押し付けられた。

まあ、私もその方が安心感はあるからいいんだけど……せっかく練習したのになと思わなくもない。


魔王様のご加護の甲斐もあって、道中に魔物と出くわすこともなく、驚くほど順調に旅程は進んでいく。

王都から離れると円柱が見えることもなく、噂話程度にしか話題に上がっていないので、他の街はほとんど危機感を感じておらず平穏そのもの。

マイルイの話を聞く限りだと遠く離れた街まで滅ぼしかねない凶悪な魔術具みたいなんだけど……

恐慌を起こす方がまずいので、今はこれでいいんだろう。

対処方法も避難先も指示できないのだから。


天気にも恵まれて毎日目的の街まで余裕をもって到達できている。

毎晩きちんとした宿で睡眠がとれるので、いつぞやの駆け落ち騒動に比べるととても快適だ。

お風呂にもしっかり入れるのが嬉しい。

ドロテーアと同室になることが多いので、ベッドに横になりながら夜遅くまでおしゃべりするのもなんだか楽しかった。

大変な旅になるからこそ、気を抜ける時には抜いておくのも大事だろう。


他領を経由する際の関門は、アドルフ様が用意してくれた仮の冒険者身分証のおかげでスムーズに通れる。

どこからラカティに情報が洩れるか分からない以上、王命で動いている人間がいることは極秘。

商人であるリードが仕事のために港町まで移動、その護衛として雇われた冒険者が私達……という筋書きだ。

マーレイ伯爵は私やファリオンの顔を知っている可能性があるので、間違っても遭遇しないよう、目立たず行動しないといけない。

道中、門番や宿の人と話をするときには、リードが前に立ってやり取りしてくれたのでとても助かっている。

貴族社会に身を置いて長い他のメンバーは、うっかり顔を知られていたり、立ち振る舞いで貴族だとばれかねないのだ。

商人であるリードはともかく、今をときめくヴォルシュ侯爵が来たとなればすぐ話題になってしまう。



「昼前にはクルーベに入れるはずだ。そこでベオトラ様と合流する」



遠くの景色に水平線が見え出した頃に、リードはそう言った。

彼は仕事の関係でクルーベに行ったことがあるらしく、ここまでの道も迷わず案内してくれた。



「船はもう用意されてるんだよね?」


「ああ。出港は明け方だ」


「あんまり目立たない方がいいんでしょ?夜中とかの方がよくない?」



ファリオンの魔物の力を借りれば、暗闇の中でも船を動かせると思う。

しかし私の言葉にリードは首を振った。



「港の夜は案外人が多いんだよ。交易の船が荷物の積み下ろしをしてたりするからな。ランプも惜しげなく使われてる。そんな中で真夜中に沖合に出ていく船があったら目立って仕方ない」


「なるほど…」



そうして夜間に準備を終えた船は明け方に出航することが多く、それに紛れて船を出すのが一番目立たないそうだ。



「港近くの宿をとって仮眠をとる。朝日が昇る前には宿を出て船に乗り込むぞ」



港町では船の乗組員が夜明けの出港にそなえて動き出すので、私たちも同じような時間に行動することになった。



「そういえば……馬はどうするの?」


「クルーベで売ることになるな。帰りがいつになるかもわからないし、必要になればまた買えばいい」



訓練を積まれた軍馬とかならともかく、旅に使うような馬はそうして売り買いしながら換えていくのが普通らしい。

いちいち愛着がわいて別れが寂しくなる私は旅に向いていないのかもしれない……

クルーベに入って馬を売った後、ベオトラ様と落ち合う予定になっている宿屋へ足を向けた。



「……出かけてるらしいぞ」



受付で話を聞いてきたリードは眉を顰めてそう言った。



「まあ確かにまだお昼だしね。でも宿をとってはいるんでしょ?」


「とってはいるようなんだが……昨夜は泊まってないらしい」


「え?」



この宿が安宿で、居心地が悪くて一時的に他の宿に避難しているとかならわかるけれど……それはない。

ここは港町の中でも結構高級な方で、貴族である私達でも英雄であるベオトラ様でも満足できるようなグレードだ。

一体他にどこへ泊まったと言うのか。

目を瞬かせているドロテーアの視線を気まずげに受けながら、リードは小声でつぶやいた。



「英雄色を好むって言うからな……」


「……ああ」



分かってしまった。

娼館か……

本来ベオトラは女好きだ。

それなのに勇者になってしまってからは、それらしい振る舞いを求められて女遊びが出来なくなった。

月に一度娼館に通う程度なら男性としてそうおかしなことでもないので、それくらいに抑えているのだ。

だからってその月一を今行かなくても、と思うけれど。



「この後長旅になりそうだからギリギリに発散したかったんだろ……変に溜め込まれてアカネやドロテーアに色目使われる方が困る。悪くない判断だ」


「それは心配ないと思うけど……」



ファリオンの深読みに苦笑した。

ベオトラの好みは分かりやすくお色気たっぷりのお姉さんだったはずだ。

私やドロテーアに食指は動くまい。



「船の上なんて密室みたいなもんなんだからな。長期間になるしどう転ぶかわかんねーだろ。警戒しとけよ。特にどっかの商人とか」


「ここに来ての逆転劇を期待されてんなら応えてやろうか、この野郎」



ファリオンが口酸っぱく注意するのを受けて、リードが半眼でツッコミを入れる。

相変わらず仲がいい。



「おや」



宿のロビーでどうしようかと話していると、そんな声が聞こえた。

声の主を探して振り返れば、入り口からこちらに入ってくる大柄な男性が目に入った。

茶色い髪には若干白髪が混じり始めているようにも見える。

おそらく四十半ばにさしかかろうという年のはずだから無理もない。

少しいかついけれど顔立ちは整っているし、襟元を開いて少し崩した服装も良く似合う。

サングラスとかかけたらしっくりきそうだ。

いつぞや酒場で会って以来の再開となる、英雄ベオトラ様だった。

私のことを覚えているのか、ベオトラ様は私を見た後にこりと笑い、上の階へと促す。



「場所を変えても?」



小声でそう囁かれた。

確かに、ロビーには少数とはいえ人目があった。

一部の人はベオトラ様の顔を知っているし、私達も若い人間ばかりの集団とあって少し悪目立ちしている。

これでベオトラ様が丁重な態度をとれば、私たちが貴族であることも周囲に気付かれてしまうだろう。


通されたのはベオトラ様の部屋で、さすが高級宿だけあって広く綺麗な客室だった。

寝室とリビングスペースが分かれているようで、ソファやテーブルも置かれている。

全員座る場所は無かったけれど、こういう時はどうしても身分の順に座ることになる。

結果的にあぶれるのはリードとダニエルだ。

二人が平民である以上こういう形になることは当然のことだとみんな納得しているようで、一切揉めることはない。

平等の世界で生まれ育った私としてはちょっと落ち着かないんだけど……



「さて、まずは自己紹介を致しましょう。ベオトラ・クルーグハルトと申します」



誰の身分が一番上か分かっているらしいベオトラ様は、ファリオンの方に向かって騎士の礼を取った。



「ファリオン・ヴォルシュだ。こちらは婚約者のアカネ・スターチス嬢」



ファリオンがそう名乗り、私のことも紹介してくれる。

私に視線を移したベオトラ様は、にこりと微笑んだ。



「よろしくお願いいたします」


「こちらこそ。ベオトラ様は覚えていらっしゃらないかもしれませんが、一度お会いしているんです」



私の言葉に、ベオトラ様は目を丸くした後苦笑した。



「もちろん覚えておりますよ。王都のギルド本部でお会いしましたね。あの場に貴族の若いご令嬢がいらっしゃることはほとんどないのでよく覚えております。てっきりそのことは口にしない方が良いものかと思っておりまして」



覚えていながらも知らないふりをしてくれていたらしい。

確かに、一般的には貴族の令嬢が冒険者ギルドに出入りするのはあまり外聞が良くない。

この場に今更取り繕うべき相手がいないので忘れていたけれど、他の人がいる時には気を付けた方がいいかもしれないな……

その後も各自挨拶が続き、全員の名前を聞いた後ベオトラ様は頷いた。



「今回の旅は我が国のみならず、世界各国の命運を左右するものになると聞き及んでおります」


「その通りだ。とある情報筋により、あの円柱はラカティ連合国で神として祀られているドラゴンの仕業であると判明している。起動すれば国土が消し飛ぶ非常に危険な魔術具であるらしい。そこで我々が秘密裏にラカティ連合国へ潜入し、ドラゴンに接触をはかり、説得を試みる」


「ベルブルク次期公爵からお聞きしていた通りですね。なかなか難易度の高い任務ですが……」



ベオトラ様は眉根を寄せて呟いた。

流石に時の神のことや魔王のことは省いて話している。

神様の話をされても混乱するだろうし、聖剣の持ち主が魔王の存在に気づいた時、どんな行動にでるか分からない。

ベオトラ様にその気がなくても、魔術具によって意識が操られ、敵愾心が煽られるおそれもあるのだから。



「しかも、国の存亡をかけた任務に向かうメンバーがこれほど若い方ばかりだとは……」


「武力においてはヴォルシュ侯爵とそこのヴィンリード、ヴェルナーの腕は確かです。潜入する上では商人であるヴィンリードの振る舞いや、現地の言葉を話せるダニエルの助力は必要不可欠。ドロテーアはどのような状況でも冷静に振舞い情報を得ることができる優秀な人材ですし、私も魔術には自信があります」



確かにベオトラ様からすれば、一見頼りなく思えるメンバーかもしれない。

けれどその能力は高いのだと訴えると、ベオトラ様は慌てたように首を振った。



「これは失礼を。皆様を侮っているわけではないのです。ただ、まだ若い皆様にこれほどの重責を背負わせることに……年長者として不甲斐なさを感じているだけですよ」



そう苦笑するベオトラ様の表情に偽りは無いようで、少しだけ肩の力を抜いた。

……女好きではあるけど、責任感のある大人なのは事実なのよね……

だからこそ聖剣を放り出して放蕩にふけることもできないんだろうし。

物語の中でも、新たな勇者になったファリオンのことを心配している描写があったし、面倒見のいい人なんだと思う。



「では差し当たって二つルールを決めておきませんか?」


「ルールですか?」



首を傾げる私に、ベオトラ様は微笑んだ。



「まず一つ。船旅の間に、互いの口調を改めておいた方が良いかと」


「……こちらから提案しようと思っていたことだ」



ファリオンがすぐに同意し、他の面々も頷いた。

今回の旅ではリードが商人で、ダニエルとヴェルナー、ドロテーアは弟子兼下働き、ファリオン、ベオトラ様、私は護衛という設定になる。

リードは雇用主なので敬語を使う必要はないし、私たちもリード以外に対しては敬語を使わない方が自然だ。

誰に対しても敬語を使うというドロテーアみたいなタイプならまだいいけれど、本来の身分差を引きずると周囲から不審がられかねない。

特にベオトラ様が私やファリオンに対して敬語を使えば、ただの護衛仲間に見えないのは確実だ。

同じ護衛内でベオトラ様は年長だから、私が敬語を使い続けるのは有りなんだけど……実際の身分を考えるとそれはベオトラ様が落ち着かないだろう。

私もベオトラって呼んで敬語は無くしたほうがいいだろうなぁ。リードに対しては敬語か……


ちなみに船の中では口調もラカティの言葉を練習する予定だ。

フェドーラさんいわくエルフやドワーフは関西弁みたいな喋り方じゃないそうなので、その二種族に育てられた人間なら普通に話していてもおかしくないとのこと。

ただ、この集団が全員それなのは目立つだろうから呑み込みの良い人だけでも訛りを採用することになっている。


全員が同意したのを確認して、ベオトラも頷いた。



「それなら早速そのつもりで話をさせてもらおう。二つ目だが……」



ベオトラはそこで言葉を切り、深刻な表情で目を細める。



「……えっと、ベオトラ?」



どうしたのかと声をかけると、彼の視線が私とファリオンをゆっくり撫でていった。

……まさか。



「旅の間は色恋禁止で頼む」


「……え?」



ベオトラ様は真剣な眼差しでそう言った。

ふざけているわけではなさそうだ。

ファリオンが魔王だと気付いたのではと思ったんだけど全然違った。



「それはどういう……」


「分からないか?」


「わ、分からない……」



私だけなのか。

おそるおそるみんなの顔を伺ってみると、全員呆れたような表情をベオトラに向けていた。

分かっていないのは私だけらしい。



「男女混合のこのメンバーで長期間の旅をすることになる。何かの間違いがあっては大変だ。線引きは大切だ」


「大丈夫だと思いますけど……」



ヴェルナーとダニエルはそれぞれ好きな人がいるし、気移りするとは思えない。

リードだって冗談ならさておき本気でもう私に手を出したりすることはないはずだし、アドルフ様の恋人候補であるドロテーアに変な気を起こしたりもしないだろう。

ベオトラが来る前に似たようなことは話していたけれど、誰も本気にはしていないはずだ。

しかし。



「俺が!大丈夫じゃない!」



ベオトラに力いっぱい断言されてしまった。



「君たちは若い!そして青い!遠い異国の地で奮闘する中男女の恋が芽生えることもある!ましてやアカネとファリオンは既に婚約者!そんな若者たちのあれやこれやを目の前で見せつけられてみろ!どうにもできん俺が可哀想だとは思わんか!」


「……マジで残念な英雄だよな……」


「聞こえているぞファリオン!」



砕けるの早すぎやしませんか。

いくら旅の間取り繕うのが難しいからって……



「この際だから断言しておこう。俺は女性が大好きだ!」


「……知ってる」



ドロテーアですら表情を動かさない。

リードは気を遣っていたけれど、多分ドロテーアの騎士ネットワークに元騎士団長のベオトラも引っかかっているので、彼が女好きだと言うことはとっくに知っていただろう。



「しかし一般に勇者だ英雄だと騒いでいる人々は俺に清廉潔白であることを求める!故に今は断腸の思いで清く正しい生活をしている!」


「娼館帰りでよく言えたな……」


「ファリオン、なぜ知っている……いやしかし、月に一度のお楽しみだ。男として当然だろう。むしろ少ない!男なら分かるはずだ!」



男性陣がこっちに話を振ってくれるなと言う表情をしている。

せめて私やドロテーアがいないところで話してあげてほしい。



「ぶっちゃけかなり鬱憤は溜まっている!アカネやドロテーアは俺の守備範囲にないが、ラカティに居るというエルフには大変な興味がある!俺が羽目を外さなくて済むよう、皆にも気を付けてもらいたい!」



なぜベオトラが羽目を外さない為に私たちが気を付けないといけないのか。

なぜそれを胸を張りながら宣言できるのか。

ていうか大事な旅の前に何の話を聞かされているんだろうか。

言葉を失う私達。

理解を示したように頷いたのはファリオンだけだった。



「独身男の目の毒だっていうんだ。配慮してやろうぜ」


「言い方に気をつけろファリオン!」



とりあえず早くもファリオンとベオトラが仲良くなったようで一安心……でいいのかな?

場をなごますためのジョークか本音かはご想像にお任せします。

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