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魔王の隣で勇者を想う  作者: 遠山京
第二部 第二章 令嬢と勇者

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047恋は人を動かすのね?

「ラカティの情報?いいよー、何でも聞いてー」



フェドーラさんはキャラキャラ笑いながらあっさりそう言った。



「……いいんですか?」



思わず私がそう聞いてしまうほど軽かった。



「うん。だってさー、ダイジなことなんでしょ?」



瞳を柔らかく細めて、フェドーラさんがファリオンを見る。



「ファリオンがこんなこと聞いてくるの初めてだもん。ずっと気ィつかってくれてたっしょー?それを聞いてくるんだからさー」


「……フェドーラはやっぱり亡命者なんだよな?」


「そだねー。それもあってさ、ずっとこの仕事してたんだー。ほら、表に出るような仕事つくとさー、足着くじゃん?ま、アタシには向いてたみたいだから良かったんだけどねー」


「差し支えなければ亡命の理由を聞いても?」



聞きにくいことをローザがずばっと尋ねる。

しかし気を悪くした風でもなく、フェドーラさんは口元に手を当てて天井を仰いだ。



「んーとねぇ。あの国ってね。ハメツシュギっていうの?なんか人間滅びればいいじゃーんみたいな考えなのね」



フェドーラさんが言うと軽い。



「でもアタシはさぁ。人間が死ぬのとかやだなーって思っててー。でもそれ言うと親とかに超怒られんのね。もうスゴイ勢いで。人間滅亡しなくてもアタシの人生は終わりそうみたいな」



……重いことを軽く言うなぁ本当に。



「でさ、そんな時に北の大陸はこういう考えじゃないって教えてくれた人が居て……その人が一緒に逃げよって言ったのね」



そこまで話して初めて、フェドーラさんの表情が曇った。

それに気付いたのだろう。

ファリオンが話を変える。



「つまり、警備が薄い場所や安全な航路を知ってるんだな」


「っていっても、ファリオンも知っての通りアタシ馬鹿だから、ムズカシー話は期待しないでね?」


「安心しろ、期待してない」


「あははっ、安心したわ。それで、何から話したらいいの?」



ファリオンの酷い返答にも気を悪くした風でもなく、フェドーラさんは笑って頷いた。



「そうだな、まず……どうやってラカティを出た?港から堂々と出航は出来ないんだろ?」


「うん。無理だねー。積み荷一個一個確認されるし。だから東の方にある入江からボートに乗って、まず一番近い島に向かったよ。二人がかりで漕いで二時間近くかかったかなー。見つからないように夜だったし、魔物が出る可能性もあったからこの時点で相当命がけだわ。他にも同じことしようとしてるっぽいボートが二艘くらいあったんだけど、島に着いた時はあたし達しか残ってなかったし」



明るく笑っているけれど、それってかなり怖かったのでは。



「そんでその島にね、こういう手引きしてくれる人がいて、もっと大きい船に乗せてくれんの。それで使節団が出ていくタイミングで他の船に紛れてこっちに来たってカンジ」


「紛れられるんですね?」



思わずそう聞いてしまう。

あの船はなんだ!とかなるのかと。



「お金でなんとかしてるらしーよ」


「……お金かぁ」



やっぱりどこの世界でもお金が物を言うのね。



「っていってもね、使節団の中にもそういうのキビシー人がいて、そう言う人に見つかるとアウトなんだってー。一応事前に今回の使節団は誰が行くのか調べて、ルーズそうな人の時にやってるみたいだけど、たまに間違った情報とか、事前に変更があったりとか。そーゆー危険もあるみたい」


「……見つかった人は連れ戻されるんですよね」


「どーだろ。戻してもらえてたらいいけどねー。そんな話聞いたこと無いし」



フェドーラさんは声調子は軽いまま、また表情を曇らせた。

……失言だった。

そんなおかしな制限をかけている国だ。

亡命者に対して身の安全を確保してくれるとは限らない。



「とにかく、その入江は警備が緩いってことだよな?」


「アタシが居た時はそうだったみたいだけど。今もそうかは知らないよ」


「それでいい。もう少し詳しい位置関係を教えてくれ」



その後、地図が書けないらしいフェドーラさんから何とかおおまかな位置関係や目印を聞き出し、航海上で注意すべき点が無いかも教えてもらった。



「んーとね……アタシは乗ってただけだからわかんないけど、船にのって一週間経った頃くらいに、急に海の魔物がいっぱい出るところがあったみたいなんだよね。護衛船がほとんどなんとかしてくれてたけど、小さい魔物が一匹だけうちの船の甲板に上がってきた時には大騒ぎだったなー。なんかキバがいっぱいある魚みたいなやつ。そういう海域っていうの?三日くらい続いた気がする。しかもそのあたりってあんまり風が無いみたいでねー。船に魔術具つけてなんか無理やり動かしてたみたい。運が悪いとその魔術具を魔物に壊されることもあって、その時はその船を放棄したりもするんだって」


「結構過酷ですね……」



基本的にこの世界の船は帆船だ。

魔術具で船を動かすこともできるけど相当燃費が悪いとかで、そういう凪の酷い時にしか使わないらしい。

凪ぎやすい地域では大抵風の魔力が薄いらしく、風魔術を使うにもかなり魔力消費が激しくなるんだとか。

おそらくフェドーラさんたちの船もその時だけスクリューのような魔術具を使っていたんじゃないだろうか。



「その海域を迂回することはなかったんだな」


「そこを避けるともっと魔物がひどくなるとか聞いた気がする。そこもさらに避けるには遠回り過ぎてムズカシーんだって」


「なるほど……」



その後もいくつか現地の情報を教えてもらった後、ファリオンは大きく頷いた。



「まあ、これくらい情報が集まれば十分だろ。フェドーラ、助かった」


「ほんとー?役に立ったなら良かったー」



そう言ってにっこり笑ったフェドーラさんは、少し視線を彷徨わせた後再び口を開いた。



「……こんなこと聞くんだから、きっとラカティに行くんだよね?その時にね、もし寄れたら……メディゴーラっていう薬屋を訪ねてほしいんだ」


「薬屋?」


「うん、まだあるか分かんないんだけど……猫の獣人がやってるお店なの。手紙を届けてもらうことはできるかなー……?」



珍しくずっと視線を落としたままのフェドーラさん。

何か事情があることは想像に難くない。



「分かった。その代わりってわけでもねーけど、今回俺たちが話を聞きに来たことや、ラカティ行きのことは内密にしてくれ」


「うん、わかってるよー。ナイショの話聞くのは得意」



おそらくこれまでもお仕事上で色んな話を聞いて来たんだろうなぁ……



「手紙はいつ準備できそうですか?」


「三日以内に書くよ。それで間に合うかなー?」


「十分です!」


「それなら私が三日後に貴女の店を訪ねよう」



それまで大人しく話を聞いていたローザがそう言った。

フェドーラさんはお礼を言いながらローザを見て微笑む。



「ありがとー。そういえば、すごく懐かしいなって思ってたんだよね。この国ではその肌の色珍しいよねー。移住者や亡命者って大抵獣人だし」


「ああ……そうだ、そのことも聞きたかった。フェドーラ、現地の人間の肌の色って言うのはこれくらいの色で間違いないか?」


「そだね。人によってもっと黒かったり茶色っぽかったりするけど。貴女はラカティの人間じゃないの?」


「これは南国マンドラゴラを使ったんだ」


「あーなるほどね。懐かしいなー。マンドラゴラの鳴き声とかずいぶん聞いてない。こっちのマンドラゴラはなんか物騒だもんねー」



そっか、ラカティの人にとってはあれが一般的なマンドラゴラで、こっちのマンドラゴラは北国マンドラゴラって感じなのかな。



「南国マンドラゴラはラカティでは一般的なものなのか?」


「そだね。代々家に伝わるマンドラゴラとかいるしねー。家を出る時に株分けして持って行ったり。あれ根っこ可愛いでしょ?ペットみたいなもんかなー」



想像以上に生活に根付いた存在らしい。



「ではあの根粒を摂取した場合の効果についてもご存知だろうか!?」



ローザがぐいっと身を乗り出すのを、首根っこを捕まえて抑え込んだ。

突然の圧力にフェドーラさんが驚いている。



「う、うん……普通の人間はもともと肌が黒いからあんま知らないけど、獣人やエルフが長時間外で作業する時とか日焼け対策に飲むことあるし……そう言う話でいいならできるよ」



なんと。

日焼け対策にもなるのか。

それは嬉しい。

その後、南国マンドラゴラの話も色々と教えてもらってからその日は解散となった。



「ファリオン、どうかした?」



帰り道、ファリオンの表情が少しくらい気がして声をかける。



「いや……フェドーラには悪い事したな、と」


「……言いたくないこと話させたこと?」


「っていうより、たぶん思い出したくないことを思い出させた」



ファリオンはきっと、もう少し過去の話を聞いたことがあるんだろう。

そう察して口をつぐむと、ローザが足を組んで溜息をついた。



「らしくないな、侯爵。そんなことで感傷にひたっても仕方が無いだろう」


「ローザ……」


「彼女が感傷に浸るのは分かるけれどね、侯爵までそれに引きずられるのは時間の無駄だよ。悪いと思うならこの情報を生かして、彼女の平穏な生活を守るべく動かないと」



冷たいようだけれど、ローザの言い分は尤もなのかもしれない。



「それに、彼女は手紙を渡してほしいと言っていただろう。おそらく整理をつけたい何かがあるんだ。むしろいいきっかけになったんじゃないかな?」


「……お前は前向きだな」


「どん底から引っ張り上げてもらったんでね。後ろなんてもう振り返りたくもないのさ。私がみているのはアカネ様が笑顔でいられる未来だけだよ」



やだ、私ってばめっちゃ愛されてる。

相手がローザじゃなければときめいてたわ。



「アカネ様、心の中で私のことバカにしていないか?」


「……何だかんだいって、私ローザのこと結構好きよ」


「答えになってないけど、嬉しいことを言ってくれたから誤魔化されておくよ」



いつの間にか和やかになった馬車の中、心の中でひっそりローザにお礼を言った。




=====




「アニキぃぃ!」



翌日、私はそんな声で目が覚めた。

時計を見ればまだ朝の六時。

声の主には心当たりがある。



「……ヴェル……」



私の義弟、ヴェルナーだ。

しかもあの呼び方は猫かぶりを完全に忘れている。

眠気の残る頭を振り、ベッドを降りた。

声の出元を探して窓の外を見やると、門の前で土下座している青年の姿が見える。

何事か分からないけれどこれはファリオンが怒りそうだと察して、間に立つべく身支度を整えることにした。



「おはようございます。お嬢様」


「ティナ、おはよう」


「やはり起きていらっしゃいましたか」


「そりゃあねぇ……」



あれを聞いて起きないほど図太くないわ。



「たぶん私も行った方がいいだろうから準備急ごうかなって」


「畏まりました。お手伝いいたします」



そして急いで身支度を整え、他の使用人に案内されてサロンへ向かうと。



「ごめん、悪かったって……」



正座させられているヴェルとその前に仁王立ちしているファリオンがいた。

……まあ、そりゃそうだよ……

立て直し途中のヴォルシュ家にとって醜聞一つ立つだけでも影響は大きいのに、屋敷の前に土下座でアニキ呼ばわりされたらさ……人の目が痛すぎるって。



「……兄ちゃんからラカティ行きの話聞いて……頭真っ白になって来ちまったんだよ」



リードからラカティの話を聞いたと。

ヴェルは魔王のことも知っている関係者の一人だからそれは問題ない。

だけどそれで何でこうなった?

疑問符を浮かべる私に反して、ファリオンは分かっていると言わんばかりに鼻を鳴らした。



「潜入だぞ、潜入。人数が増えた分だけ目立つしバレる危険性が高くなる」


「え、ヴェル一緒に来たいの?」



ファリオンの言葉から意図を察して思わず声を上げると、扉の傍に立っている私の姿にようやく気付いたらしいヴェルが顔を上げた。



「……俺だって旅慣れしてるし、平民の暮らしは知ってる。小間使いみたいな仕事なら兄ちゃんより慣れてるし、用心棒のフリくらいできる」


「何でそこまで……」



必死の訴えに戸惑う私に、ファリオンは溜息をついた。



「今回の密命は国家存亡にかかわることだ。それなりの功を立てれば国王からそれなりの褒美が与えられるだろ」


「それはまぁ……」



ダニエルだってそのために参加を決意してたくらいで……

そこまで考えてからようやく合点がいった。



「……ここにも身分違いの恋に悩んでる男がいたんだったわ……」



あれ、もしかしてドロテーアがついて来てくれるって言うのも、アドルフ様の隣に立つのに箔をつけるため?

ベルブルク家は結婚相手の身分を気にしない家柄だけど、社交界での風当たりは強い。

レミエナ様は騎士とあって一般的なご令嬢とは少し交流関係が違ったこともあり、むしろ憧れているご婦人も多いとか。

でもドロテーアはごく普通の男爵令嬢。

厳しい視線をもろに受けていることだろう。

ひょっとして今回の件でドロテーアも自分の身分向上を狙ってる?

だからアドルフ様も止めなかったのかな。

……みんな結構いろいろ考えてるんだなあ。

思わず他人事のように感心してしまう。



「頼むよ」


「気持ちはわかるけど……本当に危ないし、その理由だけで連れてはいけないよ。ファリオンの言う通り、人数が増えるほど目を付けられやすくなるんだし」



ヴェルの為も思ってそう反対すると、当の義弟は少し迷ったように視線を泳がせた後、意を決したように私を見上げて口を開いた。



「お姉ちゃん。頼む」


「ファリオン!もう一人くらい良いんじゃないかしら!?」


「オイ」



どれだけ頼んでも言ってくれなかった"お姉ちゃん"呼びに私はあっさり陥落した。

くう、いつの間にそんな駆け引きを覚えたのヴェルってば!

お姉ちゃん嬉しい!

あ、喜んじゃった。

すっかり手のひらを返した私を見て、ファリオンは大きなため息をつく。



「……俺は面倒見ねーぞ、ヴェルナー」


「分かってる。必ず役に立って見せるから」


「つっても、本当に行けるかは知らねーかんな。今日アドルフのところに行く予定だからその時に話はしてやるけど、国の存亡がかかってんだ。マジで反対されたら庇いきれねーし」


「それでダメなら俺から頼みに行くよ!」



ヴェルは嬉しそうに笑ってそう言った。

こうして、ヴェルナーのこともお願いしに行かないといけなくなったんだけど……



「ああ、そうなるだろうなと思ってたから、船は初めから定員八名のものを用意している。アカネ嬢の風魔法もあるし、大型の魔物も用意できれば簡単に牽引できるだろう?」



事情を聞くなり、アドルフ様はあっさりそう言った。

王都内のベルブルク邸。

私とファリオンが招かれたのは当主の執務室にあたる場所だそうで、最近はアドルフ様が使用しているらしい。

世代交代は近いのだろうか。

実際今回の件も公爵じゃなくてアドルフ様が主に動いてくれてるみたいだしね。

国王陛下からも直々に責任者を任されているという。

だからメンバーの選定権限もアドルフ様にあるんだけど、それにしてもすぐ許可が出たなぁ。



「……いいんですか?」


「ダメだと言ったところで直前で強引に乗船してこないとも限らん。そうなると船の安全性に関わる。それくらいならあらかじめそれを想定して準備しておいた方がマシだ」



眉間に皺を寄せつつ、無茶ぶりには慣れっこだと言わんばかりの溜息をつく。

……なんか、苦労してるんだろうなぁ。

たぶん私やファリオンのことでも煩わせているんだろうと思うと申し訳ない。



「まだ未定だが、さらにもう一人増える可能性がある。大型帆船というわけでもないのだから、それくらいの船を引く魔物は確保できるだろう?」


「沖合まで出れば大型の魔物もいるとは思いますが……」



アドルフ様の言葉にファリオンが戸惑ったように返す。



「もう一人というのは?」


「ベオトラだ」



思わぬ名前に息が止まるかと思った。

それは……現在聖剣をもつ、今代勇者の名前だった。

余談ですがリードもアンナと身分違いではあるのですが、まだあまり仲は進展していません。

エルヴィン死亡の一報が入ったことでアンナの周辺はまた騒がしくなり、落ち着くまでセルイラの屋敷にこもっているのであまり表に出ておらず、リードともほぼ連絡を取っていない状態です。

あまりメインストーリーに関係ないので省いています。

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