043時の神と英雄
「やっぱり、時の神は……」
あの日見たエルヴィンの過去。
その映像を見る限りでも、時の神は人間を恨んで見えた。
「時の神がそこまで怒ってる理由って何?」
私の問いかけに、マイルイは目を細めた。
「トエロワは、人間のせいで神が消えた。そして神が最後に残した温情すらも人間は放棄したと考えているのよ」
「温情って……」
「英雄ヴァール。神が残した、人類を守護する魔術具のことよ」
マイルイの言葉に、部屋に重い沈黙が落ちる。
「……やはり、英雄ヴァールが神の残した存在だと言うのは事実なのですね」
その場の空気を代表するように、アドルフ様はそう呟いた。
英雄ヴァールが神の残した魔術具で、初代魔王かも知れないと言う予想は当たっていたようだ。
パラディア王国から戻った後、アドルフ様にはある程度の情報共有をしている。
エルヴィンに関する話をする上では避けられない話だったから。
魔王の魂が神の作った魔術具だと言う部分だけはマイルイによって裏付けがあったけれど、アドルフ様に説明する時には触れていない。
マイルイ本人が極力自分の存在を人々から隠しているようなので、その意思を尊重した為だ。
そのせいでアドルフ様には私たちの仮説としてしか受け止められていなかった。
まあ、女神様に会ったと口で言ったところで信じてもらえなかった気もするし。
「……英雄ヴァールが真に神からもたらされた温情だと言うのなら……時の神がお怒りになるのも当然だ」
「どういうことだよ?」
一人理解できていないリードが戸惑っている。
「……これは葬り去られた歴史だ。決して口外するなよ……英雄ヴァールは大戦後、暗殺されている」
「は……嘘だろ?」
「嘘ではない。王家とベルブルク家にのみ語り継がれている話だ。英雄の強大な力を恐れ、各国のトップがその存在の排除に合意したという」
「……用済みってことかよ。最悪だな」
「理解はできる……しかし賛同し難い結論なのは間違いない。人道的にも許されることではないだろうが、神に背く行いでもあったということなのだろう」
この史実は、もちろん私は夢で見て知っていた。
まさか王家とベルブルク家にも語り継がれているとは思わなかったけれど。
「とはいえその死の確認はできなかったそうだ。暗殺の実行班が誰一人報告に戻らなかったと。故におそらく死んだのだろうと言うような伝わり方しかしていない」
世界の記憶で読み取った光景からしても、そりゃそうだろう。
暗殺の為に派遣された騎士や魔術師は、おそらく全滅している。
それ以降ヴァールの姿を見ていないという事実から、成功を推測するしかなかったはずだ。
「そしてその後、英雄ヴァールが殺された場所に迷宮ができたという」
「……そして英雄ヴァールが初代魔王になった」
アドルフ様の言葉をマイルイが継ぐ。
それにリードはますます驚いたようだったけれど、アドルフ様は眉間に皺を寄せただけだ。
ヴァールの暗殺を知っていた彼は、もしかしたら私が情報共有する前からその可能性を考えていたのかもしれない。
もちろん私もそうだろうと思っていたから驚かない。
「……魔王の魂は魔術具の可能性があるって、前にアドルフ様言ってたよな」
「ああ」
リードもその辺の話は聞いていたらしい。
「つまり、ヴァールは魔術具?」
「そういうことだろう」
「神が残した英雄っていう魔術具を粗末に扱って、その結果が魔王かよ……そりゃ、時の神は怒るよな……でも何で今動き出したんだ?」
リードの疑問に、私も首を傾げた。
確かに、それならヴァールが殺された時点で何らかのアクションがあってもよさそうだ。
「……俺が、動かねーからだ」
そう呟いたのはファリオンだった。
その場の視線を集めて、大きなため息をつく。
「時の神は、魔王自身が人間を滅ぼすならそれを見守るようなスタンスだった。そうだろ、アカネ?」
その問いかけに、頷く。
エルヴィンの記憶では確かにそんなようなことを言っていた。
人間を滅ぼすシステムである魔王を見守ると。
そして……手間取るなら、自分が手を下すとも。
「あの時、ドラゴンが……時の神の使いが来たのはきっとそういうことだ。俺が魔王として人間を滅ぼす気があるのか無いのか。その話がしたいって……くそ、この状況は俺のせいか」
きつく拳を握りしめ、ファリオンが自分を責める。
「でも、ファリオンが魔王として人間を滅ぼしたりしたら、それこそ困るんだから」
ファリオンが悪いわけじゃない。
「……時の神が対話の機会を設けようとしたのを蹴り飛ばしのはこいつだぞ」
リードが容赦ない追い打ちをかけた。
「俺はちゃんと一週間後に来いっつった!」
「それで言うことを聞く素直な奴ならこんな風にこじれたりしないのよ、魔王」
マイルイからも厳しいツッコミが入る。
「でもま、どう考えても暴走してるのはあの馬鹿よ。人間を滅ぼすことこそヴァイレの意思だなんて、バッカみたい」
マイルイはそう切って捨てる。
「マイルイは……人間を恨んでないの?」
「恨んでたらこんな風に助言しに来ないわよ。確かに人間のせいでヴァイレは消えちゃったけれど、それだってヴァイレの自業自得みたいなところあるし。それにあたしは……」
マイルイがちらりとドロテーアを見た。
その眼差しは柔らかい。
「ま、いいのよあたしのことは。それよりあの馬鹿を何とかしないとね。タイムリミットは六ヶ月よ」
「六ヶ月?」
急に寄こされた明確な期限に面食らう。
「あの柱には時の神の力で時限が定められてる。それが大体六ヶ月……まあもう残りは五ヶ月半ってところね。それまでに殴り込みに行って、こんなバカなことやめさせなくちゃ」
五ヶ月半。
その間になんとかできなければ、大勢の人々が死んでしまう。
女神からもたらされたその宣告は想像以上に重くって、部屋の空気がずんと沈んだ。
「……女神、時の神の居場所をご存知なのか?」
「ローザだったわね。貴女は知らないの?あの男は知っている口ぶりだったけれど」
エルヴィンのことだろう。
そういえばそんなこと言ってたかな?
しかしマイルイの問いかけにローザは苦笑した。
「彼は全てを私に共有してくれていたわけでは無いからね」
「他人のこと信用できなさそうな感じだったものねぇ。……あいつがいるのはラカティ連合国よ」
それは、海を越えた南にある国の名前だ。
肌の黒い南方民族や、エルフ、獣人、ドワーフと言った、この国ではあまり見ない種族が集まってできている国。
とても閉鎖的で、交流のある国は少ない。
その数少ない国の一つが我がカデュケート王国なんだけど、たまに小規模な使節団が送られてきて、その時に商船が何隻か一緒に来る程度の交流だとか。
こちらからの使節は断られ続け、他国からの移民は受け入れるもののそれっきり音信不通になる人だらけという、なんだか怪しい雰囲気の国だった。
「えっと、もしかしてあの国がなんかきな臭いのって、時の神が関わってたりする?」
「あの国が崇め奉っている神がトエロワね」
……やっぱり。
マイルイは腕を組んだ。
「トエロワと直接話をすることを許された四人の王がいるんだけど」
「四天王だ!」
「天?別に天を司ってるわけでは無いわよ?」
そういうことじゃないんだけど、とにかくそういう呼び名ではないらしい。
ちょっと残念。
「人間、エルフ、ドワーフ、獣人から一人ずつ選びだされた各種族のトップよ。彼らはトエロワの影響をもろに受けてるから破滅信仰が強いのよね。それを自分たちの種族にも伝えているから、あの国は時の神と魔王の信者が多いの。他国から人が入ってくれば、その理念をしっかり理解するまで外に出さないようにしてるのよね」
「うわぁ」
思った以上にダメっぽい。
洗脳じゃん。
来るもの拒まず去るもの許さずって言われている訳が分かった。
自分たちの宗教に改宗するなら大歓迎だけど、出ていくのは許さないってことだ。
「道理で一般国民は入国を許されて、国の代表が許されないわけですね」
アドルフ様が溜息をつく。
「正式な使節団を受け入れて、そのまま帰さないというわけにはいきませんものね……けれど、ごくまれに我が国にも南方の人間が流入しているはずでは?」
そう続けたのはドロテーアだ。
そういえばそうだった。
この国で稀に見る獣人はラカティ連合国からの移民。
いつだったか冒険者ギルドで見た受付の人や、娼婦のフェドラーさんなんかがそうだろう。
「正式な移民はたぶんこの国の監視目的に送り込まれてるんだろ。なんとか目を盗んで逃げこんでる難民もたまにいるが、俺が知ってる限りじゃ目を付けられるのが怖いのか母国のことは話さない奴ばっかだ」
リードの見解に、アドルフ様も頷いた。
「確かに移民たちに連合国のことを聞いても、押しなべて同じことしか話さないからな。女神、情報提供ありがとうございます。よく分かりました」
額を押さえて首を振るアドルフ様は、すっかり苦労人キャラが染みついている。
次期公爵も大変なんだろう。
「でも破滅信仰って具体的にどういう考えなんでしょう。テロとか仕掛けられたことは無いんですよね?」
「今回の件を除けば過去にそういった話は聞いていないな」
私の疑問に、アドルフ様が応えてくれる。
確かに今の状況は、間違いなくテロだ。
「あたしが前に調べた感じだと……基本的には、魔王が人間を滅ぼそうとするのを手助けするって感じかしらね。人間は滅びを受け入れるべしって考えよ。人々が栄えることは罪、しかし魔王を手助けするべくこの意思は残さねばとかなんとかで、別にラカティの人間が自殺やら虐殺やらされるわけじゃないの。その代わり出生率が厳しく調節されててね。常に人口を一定に保ってる感じかしら。あたしに言わせれば不自然な国だわ」
……確かにそれは……管理されすぎててちょっと住みづらそう。
「たぶんこの辺の具体的なシステムはトエロワの指示じゃなくて、四人の王達が取り決めてるんじゃないかしら。そんな回りくどい事するタイプじゃないのよ、あいつ」
大きな溜息をつくマイルイは、旧友の暴走を憂いているようだ。
私だってロッテやドロテーアがこんなことしだしたら同じような溜息をつくだろう。
「魔王、責任を感じるならあいつを止めて。本当ならあたしが直接ぶん殴りに行ってやりたいところだけど、でっかい魔力泉の真ん中に住んでるから近付けないのよ」
そういえばそういう話だったっけ。
マイルイからの懇願を受けて、ファリオンは頷いた。
「分かった。そもそも俺にも非はある。今代の魔王として、話をしてくる」
「もちろん、私も行くよ」
変な国には行きたくないけれど、ファリオン一人で行かせるなんて選択肢は無い。
気持ち的にも、魔王の暴走のことを考えても、だ。
「そうだね。魔王の覚醒を止める魔術具はまだ目途がたっていないし、アカネ様はヴォルシュ侯爵の傍にいた方がいい」
ローザが溜息をつきながらそう言う。
その魔術具の開発が思うように言っていないのが不満なんだろう。
ちなみにローザはパラディアで私達と別れた後本気を出して単位取得に勤しみ、その年の四月の試験で卒業資格を取得して見せた。
カデュケートに戻ってからの地位向上のため、夜は結界魔術具の研究もしていたみたいなので相当ハードな生活を送っていたと思われる。
そうして無事ナディア様から解放されたローザは卒業式を待たずしてこの国に戻り、国王陛下との交渉を経てマイスターとして返り咲いている。
もう本当に私から見ても天才だし、本人にもその自負があるのだろう。
それだけに私の悩みを解決する魔術具が作れていないことが悔しくて仕方ないらしかった。
「もし出発するまでの間に便利な魔術具開発出来たら教えてね」
「ああ、任せてほしい!」
張り切ってるなぁ。
無理しないといいけど。
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