041誰かの記憶6
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「ヴァイレ、なんて格好してるのよ……」
マイルイが呆れた顔でそう呟く。
彼女の視線の先には、頭に色とりどりの簪を刺し、鮮やかな衣装で着飾った美女が居た。
「ほら、ベルナルア族の前では女性としてふるまってるだろう?今日はぜひ新しく仕立てた衣装を着てほしいって言ってくれてね。この民族の衣装好きなんだ。女性の衣装って華やかで良いよね」
「……いやまぁ、あんたに性別なんか無いのは知ってるけどさぁ」
「ややっ、これは浄化の女神様!」
マイルイに気付き、ベルナルア族の人々が駆け寄ってくる。
先頭に立つ男は、一人だけ凝った装飾の帽子をかぶっていた。
その帽子と周囲の態度から、男が一族の主だと分かる。
そんな族長までもが平伏する姿を見て、マイルイは肩を竦めた。
「あたしにまで畏まらなくていいわよ」
「そうは参りません。創造主様ならびに浄化の女神様、時の竜神様のおかげで我らは存在しているのですから」
「……ここではまだ、あたし達のことがちゃんと伝わっているのね」
マイルイは目を細めて辺りを見渡した。
族長はそれを見て、大きく頷く。
「勿論です。しかし……他の地では創造主様のことを知らぬ者も居るとか」
「そうよ。ヴァイレが人間として振舞うせいでね!」
「はは、この村のように私たちのことを正確に知ってくれている地の方がもう少ないくらいだから」
「笑い事じゃないわよ!」
「まぁまぁ浄化の女神様、それくらいで」
肩を怒らせるマイルイを宥めるように族長が声をかける。
「あんた達はヴァイレの肩を持つのね!?」
「創造主様にはお世話になっておりますので……」
「あんたはまた道具配ってんの!?そんなことだから錬金術師扱いされるんだって何度言ったら分かるのよ!」
「いや違うよ」
ヴァイレは慌てたように手を振った。
「ベルナルア族は魔力の扱いがうまいからね。体に上手く循環させることで力が強くなる者が出始めたから、もう少し応用できないか一緒に考えてるんだよ。ほら、たまに魔力が地面から噴き出して不思議な動物になってしまうだろう?気付き次第私が対処しているけれど、そのうち人間にも被害が出てしまう。人間は牙の代わりに道具を使えるけれど、肉体がもう少し強くないと心もとない。自衛手段にならないか実験中なんだ」
「そういうわけです。浄化の女神様、どうぞお鎮まりください」
住民たちが次々と食べ物やら簪やら貢物を運んでくるのを見て、マイルイはますます肩をいからせた。
「何であたしが荒ぶる神みたいな扱いされてるのよ!」
「みたいじゃなくてその通りだからじゃないかなぁ」
「ヴァイレ?」
地響きのような声を聞いたヴァイレは咳ばらいをする。
「それにしても他の村や国から距離のあるこの土地は、独自の発展を遂げているよね。予言能力のある双子の巫女なんて存在が現れるのもこの地だけだ」
強引な話の逸らし方に、マイルイは首を振って仕方なさそうに乗ってやる。
「……人間達の力はあたし達神の影響を強く受けるみたいだから。あたしたちが女神の姿をしているせいで、女性信仰が長く続いているものね」
「そう、特に二対……双子の子供がね」
視線の先には二人の少女が居た。
巫女装束を着たその双子は、内緒話をするように顔を近づけあいながらクスクス笑っている。
「でも巫女の力は本当に神に通じるものがあるわ。たぶん彼女たちは世界の記憶を見て未来を推測し、予言をしている」
「おそらく私がこの村にいる時間が長いせいだろうね。人間達にはみな私の力が宿っているけれど、私がそばに居るせいでここの一族は特に力が強く浸透したんだろう。そして双子の巫女という形で現れた」
「世界の記憶を覗ける者がいるからこそ、ヴァイレが神だと言う事実が忘れられずに済んでいる土地だものね。こうしてあたしもたまに顔を出してるし」
「そうだね。でもトエロワはずっと眠りについているから、ベルナルアですらたまに存在を忘れられそうだけど」
「あいつはいいわよねぇ。心臓が脈打つだけで時間を進められるから寝てたって役目を果たせるんだもの」
「マイルイには苦労をかけるね」
「ま、あたしはどっちにしたってじっとしてるの苦手だし。眠るよりヴァイレと話してる方が楽しいわ」
「有難う。でもトエロワも以前そう言っていたんだよ。ただあの子は少しうっかりさんだから。たぶん今でも少し昼寝をしているだけのつもりなんじゃないかな」
「長い昼寝よねぇ。もう五十年くらい経ったわよ」
「そうだね、うっかり寝過ごしているようだ」
ヴァイレは楽しそうに笑い声をあげた。
「……ねぇヴァイレ。もっと他の地にも行くべきよ。最近ここに入り浸りじゃない。双子巫女のような存在が他の地にも現れれば、あんたの力ももう少し戻るはずだわ」
「わたくしも何度もそう申し上げているのですがね……我らとしては創造主様に居ていただくのは心強いですが、このままでは御身に障りがあるやもしれませぬ」
先ほどまで味方してくれていたはずの族長にまでそう言われて、ヴァイレは苦笑した。
「……まぁ、いずれね」
「全く。全然私の話聞かないんだから!」
呆れたように腕を組むマイルイの姿が、穏やかな笑みを崩さないヴァイレが、二人をとりなす族長の姿が薄れていく。
次に見えてきたのは別の村だ。
ただし、そこは炎に包まれていた。
「ヴァイレ!どうして戦場なんかにいるの!」
叫ぶマイルイに、ヴァイレは痛まし気に表情を歪ませた。
「彼らを止めなければ……」
「無理よ……土地の奪い合いだもの。人間達は増え続けてる。住処を、食料を求めての争いはいつまでも避けては通れないのよ!」
「……すまない。私の力が残っていれば神の力で争いを鎮め、双方が生きる場所を作ってやることもできたのに」
「ヴァイレ、力はどれだけ残っているの?大雨で炎を消して、彼らの頭を冷やすくらいならできる?」
マイルイの言葉にヴァイレは首を振る。
「すまない。それすら今の私には不可能なんだ。魔術具を使えば可能だが、雨を起こす道具は他の部族の下にある」
「それすら出来なくなってたの……!?いえ、今はそれどころじゃないわね。ひとまずその道具を取りに行きましょう!」
「そうだね、マイルイ。頼めるかな?」
弱々しい笑みに、マイルイが首を傾げる。
「どうしたの?私が風に乗るよりヴァイレが瞬間移動したほうが早いでしょう?」
「それも、できない」
「……まさか」
「ベルナルアの地でしか、私はまともに力を使えなくなっているんだ。ベルナルアから離れたこの場所では私の力は弱まり、もはや人と変わらない」
マイルイが目を剥く。
「そん……そこまでっ、どうして言わなかったのよ!?」
「……マイルイ。道具を取りに行ってほしい」
「ヴァイレ!」
その言葉には答えずに、ヴァイレは微笑み、対峙する人々の間に立った。
「ヴァイレ様!」
「そこをどいてくれ!」
「それは聞けない。君たちは争っていてはいけないんだよ。これからきっと苦境の時代がくる。人間同士は手を取り合っていなければ」
「苦境の時代なら既に来てる!ヴァイレ様には世話になってるが今は無関係だ、すっこんでろ!」
「無関係なんかじゃない!」
ずっと諭すように穏やかだったヴァイレが、弾かれたように叫んだ。
その瞳には、うっすら涙が浮かんでいる。
「君たちはみんな……私の愛しい子供だ」
「何言ってんだ……」
「そういや、俺の爺さんがヴァイレ様は神様だとか言ってたことがあるな」
「俺もばあちゃんから聞いたことがある。親父は真に受けるなって言ってたけどな」
誰かが言い出した言葉に、次々かぶせられる言葉。
しかしそれはどれも昔聞いたお伽話と同列で、人々がヴァイレを見る目は変わらない。
「もし本当にヴァイレ様が神様だってんなら、何とかしてくれよ!」
「そうだそうだ!土地も食い物も、神様なら何とかできんじゃねーのか!」
そして誰かが言い出した言葉が、また波紋のように広がっていく。
「俺らの味方ならあいつらを追い返せるように武器でも出してくれよ!」
「ふざけんな!ヴァイレ様は俺らの味方だよなぁ!?」
ごうごうと嵐のような声がヴァイレを取り囲む。
しかしヴァイレは唇を震わせ、首を振った。
「今の私には……そんな力は無いんだ」
ヴァイレの声は小さく飲み込まれていく。
怒声が怒声を呼び、人々は次第にヴァイレの姿など視界にも入れず、ただ敵を相手に罵り、農具を武器として手に取った。
そして……
炎と砂埃が舞う中、ヴァイレは崩れ落ちる。
そのままどれだけの時間が経ったのか、気付けば雨が降っていた。
争っていた人々の姿は遠くへ去っている。
ゆっくり立ち上がったヴァイレの視線の先には、倒れた人々の姿があった。
地面に広がる赤黒い染みを、雨が濡らしている。
「……貴方が本当に神様なら、どうして夫を救ってくれなかったんですか」
一人の男の傍でうずくまっていた女は、生き残った一人らしかった。
嗚咽交じりの声が、ヴァイレをなじる。
「神なんていない!この光景が何よりの証拠じゃないの!」
喉が避けるような叫び声を聞いて、ヴァイレはゆっくり頭をふった。
「違う。違うんだ……私は、君たちに……」
「ヴァイレ。もう行きましょう」
泣き出しそうなヴァイレの目を、白い手がそっと覆った。
いつの間にかそばに立っていたマイルイの腕に、ヴァイレが力なく寄りかかる。
その体を抱きしめるように抱えたマイルイは、そのままそっと空へ浮かんだ。
「……笑っていてほしかったんだ」
「ヴァイレ」
「獲物の取り方を教えてやれば喜び、農作の仕方を教えてやれば笑顔で礼を言ってくれた。彼らが愛おしかった。何か困ったことがあれば私が助けてやると、嬉しそうに、ありがとうございますって……」
「……あんたは与えすぎたのよ。人間は求めることを覚えてしまったわ」
「………そうだね。本当は気付いていた。気付かないふりをしていたんだ」
ヴァイレはそっと自分の手を目の前にかざす。
その手にはうっすらと皺が刻まれていた。
「力はずいぶん前から弱くなっていた。老いるはずのない体に老いを感じるようになった。まるで人間になったかのように。それでも、錬金術師ヴァイレに挨拶してくれる人々を見るたびに、まだ大丈夫だと言い聞かせていた。神でなくともヴァイレとして見てくれているのだから、と。神ではなくただの錬金術師として認識されてしまえば、神でなくなるというのに」
森の片隅に、二人はそっと降り立った。
「ベルナルアの近くの森よ。ここなら力も少しは使えるんでしょう?」
「有難う、マイルイ。でも……」
「分かってる……怪我人を癒してくるわ。あんたは少しそこで休んでいなさい」
そう言い残して去ったマイルイを見上げ、ヴァイレは目を細めた。
「マイルイ、ごめん。君の言う通りだった」
老いの表れた手でぐっと目を押さえ、絞り出すように謝罪の声が漏れる。
「私は近いうちに消えてしまう」
きっとそれはもう覆らない。
人間から力を取り戻さない限りは。
しかしそれをすれば瞬く間に、人々は絶滅するだろう。
「どうして彼らは忘れてしまうのだろう」
隣にあろうとしたのがいけなかったのか。
たとえ僕をただの錬金術師だと勘違いしたとしても、心のどこかで神を信じてくれてさえいればよかった。
感謝を忘れず、神というものを否定しないでいてくれたならきっと、安寧の時をこれからも与えてあげられたのに。
「その考えこそ、間違いだったのだろうね。きっと君たちはいずれ、自分の足で立たねばならなかったんだろう」
その呟きはとてもか細く。
「愚かで愛しい子供たち。君たちは血を流す未来を選ぶしかない」
ヴァイレは己の手のひらを見つめる。
そこにはぼんやりと、頼りない光が浮かんでいた。
「錬金術師ヴァイレの、最後の大仕事だ」
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「……どうだった?」
耳に優しい声が落ちる。
「ごめん、刻竜王のことは見れなかった。神様が消えることになった時のことだけ」
「そうか、それでも大分目的に近い情報を見れるようになったんだな」
『凄いことだ』と、ファリオンは優しく私の頭を撫でてくれた。
その手のひらに甘えながら、垣間見た過去の出来事を、忘れないうちにぽつぽつと伝えていく。
「……そうか、やっぱり人間は神を忘れていったんだな」
「うん。話に聞いてはいたけど、いざ目の当たりにすると……すごく優しい神様だったのに」
「アカネが悪いわけじゃないんだから、あんまり気に病むな」
「うん……でも刻竜王の情報を得られなかったのが残念。最近はあんまり日を置かずに夢を見れるようになってるし、明日も試してみるよ」
「明後日には出発なんだ、無理するなよ」
「うん」
私は世界の記憶と繋がる力がある。
しかしマイルイいわく、そのつながり方が少しおかしかった。
前まで定期的に悪夢を見ていたのはその弊害だ。
世界の記憶との繋がりが歪んでいて、その歪みが限界を迎えた時に悪夢という形で現れていたらしい。
マイルイがそれを直してくれてからは、夢の内容をある程度は操作できるようになったし、間を開けずに夢を見られることもあった。
ファリオンに肩を抱かれたまま、暗い部屋をぼんやり見つめる。
広い寝室に大きなベッド。
ここはヴォルシュ邸にある私の部屋だ。
私達の、ではない。
夫婦の寝室は用意されていたけれど、私はまだそこに足を踏み入れていなかった。
何故なら私たちはまだ正式には夫婦じゃない。
結婚式を挙げようとして失敗するなんて酷い醜聞だ。
呪われた花嫁なんて揶揄されそうだけれど、世の中がそれどころじゃなかった為にその心配は杞憂に終わっている。
何にせよ、今は結婚のことで一喜一憂している場合じゃない。
明後日にはこの国を出て、他国へ乗り込もうとしているのだから。
事は、一か月半ほど前。
六月の末に私たちが挙げようとした結婚式の日にまでさかのぼる。
いつもご覧いただきありがとうございます。
別連載のおかげか、見てくださる方が少し増えているようで嬉しいです。
この章と次の章で終わりの予定となりますので、もうしばしお付き合いくださいませ。




