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魔王の隣で勇者を想う  作者: 遠山京
第二部 第一章 令嬢と精霊

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037雪乙女の祭

その後、ナディア様の手によって瞬く間に事態は収拾された。

ナディア様の下僕……もとい、騎士達とは別の部隊もこの場に駆け付け、私達を保護。

私の首輪もちゃんと外してもらえた。

ローザはもちろん大罪人として扱われそうになったんだけど、その身柄を自分のものだと言ってきかないナディア様が兄や父王を説得。

ではナディア様の要望がかなえば処刑、となりかけたところで待ったをかけたのがファリオン。

アカネへの償いがまだなのでその後の身柄はヴォルシュ家にもらいたい、と。



「不本意だけど、アカネがお前を気に入っちまったからな。せいぜい一生をかけてアカネの役に立て。俺への償いはそれでいい」



そういうファリオンに、ローザは涙を流しながら頷いた。



「もちろんだ!アカネ様は私の初めての友達だから!」


「……重い」


「アカネ様!?」



ロッテといいローザといい、友情が重めの人物が友達になりやすいのは何故なのか。

ナディア姫やってた時みたいなサバサバ感を取り戻してほしい。

まあ、今はまさかの恩赦に興奮しているだけなんだろうと思うけど。

……そう信じてる。


そんなローザには見えない場所に宣誓魔術具がつけられた。

誓った内容を破れば罰が下るものだ。

ローザの姿をしている時も、ナディア姫の姿をしている時も外すことは許されない。

カデュケート王国に戻った後もつけ続けることを条件に、彼女は命を拾った。

魔術具制作のプロフェッショナルである彼女なら外すこともできてしまいそうだけど、すっかり反省している様子を見る限り大丈夫だろう。


王都には魔物の襲撃があったものの、お祭り中の警戒のため各地に配備されていた騎士団がしっかり機能していたため、目立った被害は無し。

むしろ珍しい魔物の素材が多く手に入ったとかで、祭の賑わいに一役買ってくれそうだとのこと。

たくましいなぁ。

私の大好物である大羊も居たらしいので、食事に出してもらえないかソワソワしている。


ジェラルド王子は無事元の姿に戻り、塔の上からすぐに出されて医師たちの診察をうけている。

ナディア様同様、王子に相応しい食生活を送っていた体が戻されたので、元気だそうだ。

とはいえ、今はさすがに会わせてもらえなかった。


牢に捕らえられていたエルヴィンの姿をしたハル・シュマンも元に戻ったけれど、エルヴィンと魔王をたたえる言葉しか口にしないらしい。

根っからの解放教信者だったようだ。

彼はもともとこの王城に勤めていた人間でもあるので、その処罰は国王直々に判断することになるだろう。


これでひとまずのところ、事件は決着したと言っていいはずだ。



「朝日が眩しい……今夜くらい舞踏会中止にならないかな」



事が落ち着くまで事情聴取やらローザのサポートやら付き添っていたら夜が明けてしまった。

日ごろから健康的な睡眠をとっている身には辛い。



「王族がすり替わってたなんてどこにも漏らせねーんだし、何事も無かったかのように開催されるに決まってんだろ……まあ、どっちにしろお前は不参加だな」


「え、いやファリオンが出席するなら私も出席するよ!」


「何言ってんだよ、現時点で歩けてねーのに」



そう、ことが済んで迎賓館に戻ろうとした途端、私は力尽きた。

頭痛と吐き気、倦怠感がどっと押し寄せ、立っているのもままならない。

毒を盛られたらしいことは聞いていたし、ずっと似たような症状はあった。

けれど気が抜けた瞬間に、症状を強く感じてしまったようだ。



「つーか、毒盛られてたこと忘れる奴があるかよ」


「だってそれどころじゃなかったし」



私がそうなってから初めて、私もローザも毒のことを思い出した。

聞いていなかった周囲は大騒ぎ。

すぐに言えよ、とファリオンに怒鳴られた。

ローザはいそいで解毒薬を渡してくれたけれど、効くのに二時間以上かかるらしい。



「舞踏会の頃にはたぶん治ってるでしょ」


「解毒されるのと体のダメージが回復するのは違う。無理すんな」


「でもドレスが……せっかく少しずつ雪積もるようにデザインしたのに」


「そこかよ」



大事なことだ。

一日でも飛ばしたらその過程が飛んでしまう。

親しくなったご令嬢達も楽しみにしてくれてるし。

とりあえず急いでもらっているクリーニングが間に合うかどうか……

帰ってすぐ別の服に着替えて洗濯をお願いしたけれど、白いレース部分にかなり土汚れがこびりついちゃってたからなぁ。



「まあ、どうしてもっていうなら踊らないことを条件に連れてってもいいけど……あの人が許さねーと思うぞ」


「あの人?」


「アカネちゃーん!」



綺麗な女性の声が遠くからこちらに近付いてくる。

艶やかな黒髪を振り乱して爆走する様を見て目を剥いた。



「お、お姉様」



お姉様が走っているところなんて初めて見た。

私の元へ駆け付けたコゼットお姉様はファリオンに抱かれたままの私の体をぺたぺた触る。



「アカネちゃん!大丈夫なの!?怪我は!?毒は!?」



大きな翡翠の瞳から涙がこぼれ落ちそうになっている。

いや、そうこうしている間に零れ落ちた。

もはや滝だ。

怪我は人差し指の切り傷一つで大したことないし毒はすでに解毒剤を服用済み。

しかしそう伝えたところでこの人の心配性は収まらない。



「宮廷医師団を呼んでいるから少し待っていてね!」


「え!?大袈裟です。解毒剤を飲んだら後は安静にして毒が抜けるのを待つしかないってすでに治癒術師と医師から言われて……」


「他の医師の意見を聞くことも大事だわ!大丈夫、五十人もいるのだから一人くらいはより良い治療法を知っているはずよ!」


「五十人全員呼んだんですか!?」



セカンドオピニオンとかいうレベルじゃない。

かえって意見がまとまらなそうだし、私の精神ダメージがでかい。



「すまない、アカネ」



そう言ってスチュアート様がお姉様の後を追ってやってきた。



「大人しく受けてやってくれ。そうしないと私やコゼットの気が済まない」


「スチュアート様も賛同してるんですか……」


「考えてもみてくれ。危険があることを承知で囮として呼んだとはいえ、私たちはアカネを守るつもりでいたんだよ。それがまんまと出し抜かれて攫われ、服毒させられていたなんて……」



そう言ってスチュアート様は珍しく頭を抱えた。



「そうよ!王族であるジェラルド様やナディア様相手だからと言って遠慮せず、怪しいところがあるなら監視の目を強めるべきだったのに!」


「わかる、わかるがコゼット。声を抑えてくれ。その考えに賛同する人間ばかりではないんだ」



息まくお姉様をとりなしてスチュアート様は苦笑した。



「ヴォルシュ侯爵が間に合わなかったらと思うとぞっとするよ」


「……俺も、まんまと出し抜かれた側なので、あまり偉そうには言えませんが」



そう答えるファリオンは少し落ち込んでいるようだ。

結果的に無事だったものの、私に危害が加えられたことは事実なのでショックを受けているらしい。



「服毒に加担した使用人は全員捕らえたよ。ローザ・ベネディクトが協力的だから早く特定できた。王族の命令とはいえ国賓に毒を盛る手助けをしたんだ。厳罰がくだるはずさ」


「……できれば情状酌量してあげてください。ローザも気にするでしょうし」


「被害者である君の意見は伝えておくよ」



スチュアート様はそう言ってくれたけれど、おそらくあまり意味は無いだろう。

あくまでさばくのは国に仇為す行為についてだ。

今後も別の国賓に同じことをされてはたまらないだろうから、甘い前例を作るわけにもいかない。

まさか本当にナディア様が命じたことだなんて話が広まっては困るので、口封じも必要になるはずだ。

主犯のローザに恩赦が下っているのに、とは思うけれど。

元の身分や能力が物を言うのは否めない。



「アカネちゃん、しばらくはゆっくり休んでちょうだい。舞踏会のことも気にしなくていいから」


「でも……でも、ドレスが……」



ちゃんと順番に全部、お披露目したかったなぁ。

そう思うけれど、私の声はそこで途切れた。

お姉様やファリオンが何か叫んでいるのもよく聞こえない。

体が重くて……眠い。


そうして意識を途絶えさせた私は、なんと丸二日眠り続けたらしい。

目を開けて事態を把握してすぐにローザとファリオン、お姉様を呼びつけたのは英断だった。

私が思いのほか弱っていたことを知ったファリオンやお姉様が、ローザの処罰を相談し始めたころだったらしい。

絶対だめだからと庇う私を見て歯噛みするお姉様とファリオン。

そして滂沱の涙と鼻水とともに私を抱きしめ愛を叫ぶローザ。

やっぱこの友達うざいな、とか思ったのは秘密だ。




=====




「本当に大丈夫か?」


「大丈夫大丈夫!最後くらいでないとね!ドレスもみんな楽しみにしてくれてたんだし」



雪乙女の祭、最終日。

私は舞踏会に臨んでいた。

寝込んでいた間に体力は落ちてしまったけれど、起きてからは体力を取り戻すべくつとめた。

中休みをとっていた人たちもこの日ばかりは這ってでも出てくるようだし、これで私が出てこなかったら周囲に心配をかけてしまう。

病弱な婚約者のイメージがつくのも避けたい。

それに。



「お姉様が頑張って中継ぎしてくれたんだもん。最後くらいは私がね」



そう、なんとお姉様は舞踏会に出席したのだ。

しかも私のドレスを着て。

ちょっとサイズが違うので(主に胸回り)、城内でも腕利きのお針子達が急いでサイズ直しをしたらしい。

私と同じドレス、しかも普段公の場に顔を出さない王子妃とあって、会場中の視線を独り占め。

私なら間違いなく気後れする空気感の中、私よりずっと人の目が苦手なお姉様は頑張ってくれた。


最初こそ顔は真っ青で足も震えていたらしいけれど、スチュアート様のサポートもあって無事最初のワルツを踊り終えてからは笑顔も見せるようになった。

他の人とダンスこそ踊れなかったが、避けていた貴族達との挨拶をしっかりこなす様は立派で、美しく麗しく健気であったらしい。


……美辞麗句が過剰なのは詳細報告してくれたのがスチュアート様だからだ。

涙を潤ませ声を詰まらせる様に、なんだかもらい泣きしてしまったほど。

いや、でも本当にあのお姉様が舞踏会に出られるなんて。

しかも六日目から九日目までの四日間すべて出席したという。

どれも一時間ほどで中座したらしいけれどそれでも立派だ。

私の為にそこまでしてくれるとは、と感激した。


そして最終日の今日、再びお針子さんたちに頑張ってサイズを戻してもらい、私が参加することにしたのだ。

すっかり雪が積もりきり、胸元に雪の結晶をモチーフにしたブローチをあしらったドレス。

初日のネイビーが前面に出た暗めの印象からすっかり変わっている。

隣に立つファリオンも私に合わせて、雪の結晶モチーフのカフスを身に着けてくれていた。



「アカネ様!もうお加減はよろしいの?」


「急に倒れたと聞いて驚きましたわ。鍛え方が足りなかったようですわね」


「アルベルティーヌ様はお厳しいわ。アカネ様は初めての雪乙女の祭なのですから無理もありませんわよ」



会場に入ると、アルベルティーヌ様を始めとした多くのご令嬢達が迎えてくれた。

乾杯の直後に退席して、そのまま何日も姿を現さなかったのだから心配をかけただろう。



「大丈夫です。カデュケートは暖かかったので体がこの寒さにまだ慣れていなかったようで」



今回の一件は表ざたにできない。

私は風邪をひいたことになっている。

実際、いつ風邪をひくか分からないレベルで寒い。

私、カデュケート生まれで良かった。



「カデュケートからいらした方はこの国の寒さに驚かれるといいますものね」


「確かに、この時期はこの国で生まれ育ったわたくしでも体調管理には特に気を遣います。最後のドレスを着られて良かったですわね」


「そう!ドレスを全て見ることができて嬉しいですわ。アカネ様が療養されている間、まさか王子妃殿下が代わりに出席されるなんて」


「お綺麗な方でしたわね。どうしてこれまで社交を避けていらしたのかしら。ダンスもとてもお上手でしたのに」


「本当に!すぐに帰ってしまわれて残念でしたわね。わたくしもお話してみたかったわ……」



それを聞いて私の顔には思わず笑みが浮かんでいた。

ご令嬢たちの表情は、私に気を遣っている様子はない。

おそらく本当に姉のことを褒めてくれている。

特に、アルベルティーヌ様の『ダンスが上手』という言葉が、ことさら嬉しかった。

ああ、この場にお姉様がいてくれたら。

それだけで一気に自信を取り戻してくれるだろうに。


私が出席することになって気が抜けたのか、お姉様は入れ替わるように熱を出してダウンしてしまった。

心労からきているのだろうとのことで、大変申し訳ない。

スチュアート様が『知恵熱ってやつだね』と言ってお姉様から怒られていた。



「お姉様にもご事情がおありのようです。ですが、また社交の場に姿を現すことがあれば、是非さきほどのお言葉を直接お伝えしてください」


「ええ、もちろんですわ!」



こうして嬉しい言葉も聞きつつ、ファリオンと共に多くの人と挨拶をして、健在ぶりをアピールするべく数度ダンスを踊った。

やっぱり体力の落ちている体はすぐに疲れてしまって、壁際に用意されたソファで少し休んでいると……

会場がにわかにざわめき、雰囲気が変わったことに気付く。

何事かと思って様子を伺うと、どうやら誰か会場に入って来たらしい。

歓迎というより困惑といったざわめきが気になって入口の方を見やる。

人の波を割って、一人の少年がこちらへ向かってきた。



「……ジェラルド様」



金色の髪、青い瞳。

ずっと見ていたはずの容姿だけれど、目元の印象が全く違う。

思わず"ハル"と呼びそうになった。

それは彼の名前じゃないけれど、私にとってその穏やかな瞳はずっとその名前の人物のものだったから。

きっと今、獄中のハル・シュマンを目にすれば、別人のように感じることだろう。

私の前に立ったジェラルド様はファリオンと視線を交わした後に腰をかがめ、私にスッと手を差し出した。



「アカネ嬢、私と踊っていただけますか?」



会場中の視線がこの場に集中していた。

ジェラルド様が私に言い寄り、決闘騒ぎで暴走したという話は、もちろん貴族たちの間にも広まっている。

謹慎していたこともだ。

それが解かれたのかという驚きの声もあれば、まさかまだ諦めていないのかなんて眉を顰める人もいる。

けれど学園での彼の様子を知っている人がいれば、今のジェラルド様の様子が明らかに違うことは分かるだろう。

彼は私をダンスに誘う前、きちんとファリオンに許可を取った。

ジェラルド様の視線を受けて、ファリオンは確かに頷いたんだ。

これまでこのやり取りを見たことが無い一部の人々……アルベルティーヌ様を始めとした学園の生徒が驚いていた。


正式な手順を踏んだうえで、私とダンスをする。

これはきっとジェラルド様の信用回復にとても大事なことだろう。

責任重大だ。

私は周囲の人々にしっかり見えるよう、微笑んでその手を取った。



「ええ、喜んで。殿下」



囁き声が聞こえる中、私はジェラルド様に引かれて会場の真ん中に行く。

休憩していてよかった。

あと一曲踊るくらいの体力はありそうだ。

緩やかな音楽が流れ始め、私とそう変わらない身長の少年が、そっと私を促しながらステップを踏む。

ワンフレーズほど無言で踊った後、逡巡しながらジェラルド様が口を開く。



「アカネ嬢……何から話せばいいのか。いえ、まずは謝罪を」


「謝罪は必要ありません。ジェラルド様は被害者ではありませんか。こんな視線を向けられて良い方ではありませんのに。むしろ謝罪すべきはこちらです。知らなかったとはいえ、塔の上では気安い口を利いてしまいました」


「謝らないでください」



ジェラルド様は困ったように眉を下げて首を振った。



「あの時間のことを……謝罪されたくはありません。少なくとも私にとっては……」



言葉を探すように口を閉ざしたジェラルド様を見て、私も相好を崩す。



「……私も、楽しかったです」



深夜のお茶会。

ローザを含めた三人でくだらない話をしていた時間。

その光景を思い浮かべていとおしむように、ジェラルド様は微笑んだ後目を閉じた。



「一つお伝えしなければいけないことがあります」


「はい?」


「魔術決闘のことがカデュケート王国に伝わったようです。しかも一部生徒の噂話から、アカネ嬢が強大な魔術で生徒を守ったということまで」



息をのむ。

それは事実だ。

だけど事実にしてはならないことだった。



「それは……」


「国賓であるヴォルシュ侯爵とアカネ嬢を巻き込んだ話です。我が国からも連絡はいれていたようですが、やはりことがことだけに、カデュケート側からも調査が入ったようで」


「そう、ですか……」



これは本国に戻った時のことを覚悟しないといけないかもしれない。

唇を噛んでいると、ジェラルド様が小さく笑った。



「ご安心ください。我が国から更なる調書を送る予定です」


「調書?」


「ええ、その噂をもとに、アカネ嬢の魔力を調査。しかしアカネ嬢に噂ほどの魔力は無い。あの光魔術はローザによるものだったと」


「ローザ?」


「カデュケートに戻るまでにそれを可能にする魔術具の開発を試みるそうです。できなければその魔術具は壊れたとでも言い張ってもらうしかありませんが、もし可能になればカデュケートに戻った後、彼女自身を守る役にも立つことでしょう」



ローザの身柄についてはパラディア王家とファリオンとの間で合意されているものの、カデュケートに戻った後はまだ一悶着あるだろうことが予想されていた。

でも確かに、そんな魔術具を製作できるとなれば、ローザの立場は多少良くなる。

国益を示し、ヴォルシュ侯爵家とスターチス伯爵家が後ろ盾となれば……



「そして、その調書には我が国の四候の署名もつけてあります」



驚きのあまり足を止めそうになった。

ぐっと堪えてステップを踏む。



「まさか、調書一つにですか?」



国同士でのやり取りだ。

通常は外交官、重い文書でも国王の署名のみがつけられる。

そこに四候の署名までつけるというのは、パラディア王国にとってはかなり重い意味を持つという。

この調書を受け取ってなおカデュケート王国が私やローザを疑うことがあれば、パラディアの面子をつぶすと言っていいほどに。



「これにはアルベルティーヌ嬢が協力してくれました。あの決闘の後、御父上と共に残りの三侯爵を説得してくださったのは彼女ですよ」


「アルベルティーヌ様……」



今すぐ駆け寄って彼女を抱きしめたい。

真っ赤な顔で『何をしますの!』と怒ってくれるだろう。



「ひとまずこれで時間稼ぎはできるでしょう。お二人が戻ってからすぐに調査をしたりすれば、我が国の調査結果を無下にすることになりますから。ヴォルシュ侯爵は多少追及の手をかわす必要があるかもしれませんが、すでに侯爵には地位がある。誰も手は出せません」


「そうですね……」


「そしてアカネ嬢も正式にヴォルシュ侯爵と婚姻関係となれば、その魔力が表に出ても侯爵が守れることでしょう」



流石に侯爵夫人を宮廷魔術師として強引に召し上げることはできない。

国難の時には呼び出しがかかるかもしれないけれど、緊急事態の時にまで力を出し惜しみする気はない。

悪くない着地点だと思う。



「有難うございます。ジェラルド様」



そうお礼を告げると、青い瞳が真っすぐ私を見据えた。



「礼を言うのは、こちらです。アカネ嬢。貴女に会えてよかった」



その瞳は青く澄み、けれどその色に反して眦はほんのり赤い。



「ジェラルド様……」



塔の上でのやり取りが頭をよぎる。

そうだった。

私は彼が……私にどんな思いを抱いているのか知っていた。

知らず身構えていたんだろう。

青い瞳が優しく細められる。



「……大丈夫」


「え?」


「私はお二人を祝福しています」



その言葉に、息をのむ。

私はこれまで、何人かの男性から想いを告げてもらったことがある。

応えることはできなかったけれど、真っすぐな言葉の数々は、とても嬉しかった。

けれどジェラルド様は何も言わない。

ただ触れた手の熱が、今この瞬間を焼きつけようとしているかのようにまっすぐ向けられた瞳が、私の胸を打つ。

ジェラルド様は王子だ。

そして本来の彼は善良で真面目で、きっと王族という立場をよく分かっている人なんだろう。

彼の言葉は重い。

たった二文字の言葉ですら口にできないほどに。


私は……あの日以来、"ハル"の気持ちに気付いて以来、ファリオンの勧めもあって彼と二人になるのを避けていた。

お茶のお代わりは私が取りに行くようにしていたし、ローザが退席するときは私も同じタイミングで帰った。

ファリオンに心配かけたくなかったのもあったけれど、私も気恥ずかしかったから。

でもそれを今、後悔した。

きっと彼がその二文字を言えたのは、あの塔の上だけだったのに。



「ジェラルド様……」


「ああそうだ、まだ言っていませんでしたね」



思わず謝罪の言葉が滑り出そうな私の声を封じるように、ジェラルド様は私の手をぎゅっと握った。

まさか、と体を強張らせる私をおかしそうに見て、少年の声が優しく耳に落ちる。



「そのドレス、よくお似合いですよ。とても綺麗です」



私より年下のはずの少年は、私より大人びた笑みでそう言った。

いつもご覧いただきありがとうございます。

アルベルティーヌはこれ以外にもツンツンデレデレしながらアカネをたくさんフォローしているのですが、あまり書けなくて残念です。

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