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魔王の隣で勇者を想う  作者: 遠山京
第二部 第一章 令嬢と精霊

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031舞踏会=我慢大会?

すみません、投稿忘れてました…

「有難う、貴女のおかげよ」



真っ白なローブを被った女性がそう言った。

年は四十代くらいだろうか。

優しい目をした、上品そうな女性だった。



「陛下からの難題はいつものことだけれど、今回ばかりは首をくくることも覚悟していたわ」


「友達がそんなことになるの、あたしは嫌よ。そんなに追い詰められるくらいならもっと早く相談してくれたらいいのに」



そう答えたのは、ふわふわ浮かぶ緑色の髪を持つ美女だった。

深い海を思わせる青い瞳は柔らかく細められている。

その表情には相手の女性への慈愛が見て取れた。



「有難う。でも貴女はこの世界の理を知る存在。私は貴女の友達であって、その大いなる力を頼る人間でありたくは無かったのよ」


「ほんっとーに真面目なんだから」


「貴女だって困るでしょう?人には踏み込んではいけない領域というものがあると思うのよ」



そう言いながら、ローブの女性は瞳を伏せた。



「……後悔しているの?」


「分からないわ。けれど"世界の記憶"に干渉するなんて、本当はしてはいけないことなのではないかしら」


「リディは命じられた通りの道具を作っただけよ。道具を使った結果への責任は、使った人間がとるべきことだわ」


「そうね……けれどもしすべてを知れば……エリク殿下は私を恨むだろうし、私はそれを咎められない」


「エリク王子が記憶を取り戻すことは無いわ。あの紙が破られない限りは」


「宝物庫に厳重に封じられているそうだから、破られることは無いでしょうね。クロード様が……新たなエリク殿下が、自らそれを破棄されない限りは。けれどあり得ないわね。あの方は誰より国を思い、奔放な王子にこの国を任せることを誰より憂いていたのだから」



そう言って溜息をつく女性の頬を、精霊の手が撫でる。



「……後悔しているのね、リディ」


「私が悔いているとしたら、貴女から強引に知識をもらってしまったことよ」


「あたしが好きで教えたの。リディは強引な手なんて使っていないわ」


「いいえ。私が塞ぎこんでいればマイルイは放っておけないと、私知っていたもの」


「リディ……」


「大丈夫よ、マイルイ。貴女に申し訳ないと思ってはいるけれど、自分を責めたりはしないわ。私には責任がある。自らの作り出した道具で変わりゆくこの国を、命ある限りは見届けなくては」



そう言いながら女性はローブを脱いだ。



「けれどもう、私は道具を作らない。製法も残さない。それがせめてものけじめだわ」


「どうするの?」


「隣国に親戚がいるの。昔嫁入り道具に魔術具を送ったことがあって、困ったことがあれば頼ってほしいと言ってくれているわ」


「リディはこれまで国に仕え、国王の無理難題にも応えてきた栄誉ある宮廷魔術師なのに……亡命みたいなことをしないといけないの?」


「国内に居れば国王陛下は私を探し出すわ。栄誉ある宮廷魔術師だから。そして製法を知る唯一の人間だから」



そう言って困った顔で笑うリディに、マイルイは泣きそうに顔を歪める。



「あたしが知識を授けたせいで、リディは逃げないとならないの?」


「違うわマイルイ。言ったでしょう?貴女の知識が無ければ私は首を括らないとならなかったのよ」


「いくらあの国王が横暴だからって、リディにそんなことまでさせるとは思えないわよ」


「陛下がそうしなくても、私が耐えられなかった。あの王子様が国王になれば、きっと多くの人々の首が飛ばされたでしょうしね。……けれど私はその王子様が更生する機会を永遠に奪ってしまったのよ」


「チャンスは何度も与えられていたのに、それを無下にしてきたのは馬鹿王子だわ」


「そうね、その通り。王子が悪いわ。だから私のこの決断は、私のためのものなの」



大きなカバン一つに荷物を詰め込みながら、リディは笑う。



「私ね、十七でこの城に雇われてから、二十年以上国王陛下のお願いを聞いてきたわ。富も名誉も得たけれど、一つだけ得られていないことがあるの」


「得られていないこと?」


「まだ恋をすること、私は諦めていないのよ」



そう言っていたずらっぽく笑う彼女に、マイルイは泣きそうな顔を崩して笑った。



「きっとリディなら素敵な恋ができるわ」


「有難う。応援していてね、マイルイ。隣国は魔力の多い土地だから、貴女はあまり来られないだろうけど、時々は姿を見せてくれると嬉しいわ」


「もちろんよ、リディ」



そう言いあいながら額をそっと合わせる二人の姿が暗闇に消えていく。

目が覚めかけているのだろう。

しかし瞼を開く前に、か細いささやきが聞こえた。



「ごめん。ごめんね、リディ。まさかあの魔術具の噂がこの国にまで伝わっているなんて。あたしのせいだ。ごめんなさい。もう二度と……人にあたしの知識は授けない。世界の理なんて、あたしが教えちゃいけなかった」



マイルイ、だから貴女は……



「アカネ」



目を開くと、金色の髪が月明かりをはじいて煌めいている姿が見えた。

……本当に、嘘みたいに綺麗だ。

この人が私の恋人で婚約者だなんて、なおさら嘘みたいだと今でも思う。



「大丈夫か?」


「うん、平気……」



いつもの夢だ。

世界の記憶から、過去の出来事に触れる夢。

けれどいつも望む通りの光景を見られるわけではない。

エルヴィンのこと、魔王の魂のこと。

知りたい情報はいくつもあるのに、私の興味がそれだけじゃないせいか、見える映像は大きくぶれる。


今日はまさか、マイルイのことが見れるとは。

相変わらず応答のないマイルイを心配していたのが出てしまったのかもしれない。

おそらくリディという人物は、影移しの魔術書を作ったと言われる人物だろう。

マイルイが極力人とのかかわりを絶っていた理由が垣間見えた気がする。


リディという人物がどうなったのか、しっかりした情報は得られなかった。

マイルイの呟きを最後に目を覚ましてしまったから。

けれどきっと……マイルイが悲痛な声で謝るような何かが起きたんだろう。



「どんな夢を見たんだ?」


「……マイルイが、友達と話している夢を見ただけだよ」



なんとなく口外するのは気がとがめて、私はそう言葉を濁した。

きっとこれは、マイルイにとって知られたくない過去だ。

ファリオンは『そうか』とだけ言ってそれ以上追及せず、私の頭を撫でた。

冷え切った髪に手のひらの熱がうつる。

十二月。

季節は冬を迎えていた。




=====




「すっかりお祭りムードですね」


「当然ですわ。一年で最も大きな催事ですもの」



学園内は雪をモチーフにした煌びやかな装飾が施されている。

十二月末には、十日間にわたってお祭りが開かれるそうだ。

その名も"雪乙女の祭"。

昔、大雪に沈みそうになった街を救うため精霊に祈った少女がいたという。

精霊は少女の清らかな祈りに心打たれて街を救い、しかしその心の美しさ故にそのまま精霊として召されてしまった……そんな伝説が由来だとか。

心が美しかったばっかりに精霊にされちゃうとか何なんだそれ。

マイルイが戻ってきたら事の真相を聞いてみたいものだ。


祭の実態としては、雪で家にこもりがちになる冬を明るく過ごそうというのが主旨のようで、街では見世物や露店が立ち並び、広場では雪像の品評会も開かれるとか。

元の世界の雪国にも似たようなお祭りがあったなぁ。

そして貴族達にとっては十日の間毎晩開かれる王宮の舞踏会がメインイベントらしい。

まだ十二月の頭なんだけど、三週間も前からこうして国中が飾り付けられて明るい雰囲気になる。

クリスマスみたいでちょっと楽しい。



「アカネ様、しっかり体力をおつけなさいませ」



浮かれる私にそう助言してくれるのはアルベルティーヌ様だ。

あれ以来、彼女は何かと世話を焼いてくれている。

ファリオンと私が人目をはばからずいちゃついていれば叱り、私が何かやらかしかければ叱り、やらかす前に叱り……あれ、叱られてばっかだな。

前からか。



「体力というと?」


「お分かりでないのね。十日間王宮で開かれる舞踏会には、すべて参加するのが貴族の義務ですわ」


「すべて!?」



思わず目をむく。

ただ参加するだけでも気力がすり減り、踊れば踵もすり減るあの舞踏会を十日間も全部!?



「わ、私はこの国の貴族では……」


「隣国の伯爵令嬢が国賓として招かれているのです。招待状が来ていないはずありませんわ」


「……来てます」


「日程に指定はございまして?」


「ありませんでした……」


「では、そういうことですわ」


「そ、そんな……」



最近そこかしこでダンスの練習をしている光景が見れるのはそのせいか。



「それ、本当に全員すべてに参加してるんですか?」



ちらりと視線をやってそう問いかける相手はナディア様だ。

最近、この三人で行動していることが多い。



「そうですわね。もちろん体が強くない方や折悪しく臥せっておられる方はその限りではありませんし、途中で体調を崩されたり急用で欠席される方もいらっしゃいますわ」



ですよねぇ!

私もできる気がしないんですけど!

耐久レースじゃないんだからさぁ!

誰が得すんのその我慢大会!

そう言おうとする私に気付いたように、ナディア様は微笑んで『けれど』と声を上げる。



「すべてに参加できるだけの健康な肉体と毎夜顔を合わせる相手を飽きさせない話術、そして見飽きさせないドレスの着こなし……貴族としての力量をアピールする場でもありますから、この舞踏会をうまく切り抜けられれば未来のヴォルシュ侯爵夫人として箔がつくことは間違いありませんわね」



ナディア様は、私の逃げ道の断ち方をよく分かっている。

ファリオンの婚約者、ヴォルシュ侯爵夫人という言葉は私の急所だ。

それを持ち出されたら逃げるわけにはいかない。

ファリオンの隣に立つに相応しい人間になると決めたのだから。



「うぅ……ジョギングしようかな……」


「ダンスの補習講義が今日から毎日夕方に開催されますから、参加をお勧めしますわ」


「そうします……」



あと、ドレスも手配しなきゃな……

十日間見飽きさせないドレスってなんなの。

まさかドレス十着用意するわけにもいかないし。



「毎晩異なるドレスを着てくるのはマナー違反です。二、三着のドレスを用意して、アクセサリーを変えながら着まわすのが一般的ですわね」


「あ、なるほど」



装飾を変えたらいいのか。

リボンやコサージュは付け替えできるし、なんならドレスに重ねるように布をつけたりすれば、それを一つ付け替えるだけで印象は変わる。

あんまりお金かけたくないし、一着作っておいて、あとは小物でなんとかしよう。

洗濯している暇もあんまりなさそうだから、下に着る服もいくつか用意して重ね着すればいいよね。

インナー部分だけ取り換えればなんとかなるだろう。

寒い時期だからできることだけど。



「……アカネ様、ドレスを作るあてはありまして?」


「え?……あ、そっか。この国でドレスを作ったことはありません」



いつもオネエ様にお願いしてたからなぁ。

この国から依頼して、ドレスを持ち込んでもらうとなると……納期的にも厳しいだろうか。

イメージ伝えるのも難しいし。

そういう私に、アルベルティーヌ様から小さく咳払いする。



「よろしければ、わたくしが贔屓にしているデザイナーを……」


「まあ、そういうことでしたら、アカネ様。わたくしがデザイナーを紹介しますわ。王家専属のデザイナーですもの、不足はありませんでしょう?」



アルベルティーヌ様の言葉にかぶせるように、ナディア様がそんなことを言う。

……ええっと、アルベルティーヌ様が顔を赤くしてプルプルしてるんだけど。

さすがに王家専属デザイナーを押しやってまで勧めにくいよね。

ナディア様は素敵な笑顔を浮かべてこちらを見つめているだけだ。

意地悪だなぁもう。



「有難うございます。ではドレスはそちらに。アルベルティーヌ様、この国でのマナーについて改めて学びたいのですが、お手伝いいただけませんか?」


「よ、よろしくてよ!」



……アルベルティーヌ様を立てるために予定を詰め込む羽目になった。

いや、実際カデュケート王国とパラディア王国では微妙にマナーが違うところがあるし、確認は必要だ。

マナー講習は受講しているけれど、抜けや未履修のところがあるかもしれないし。

まぁ、ダンスレッスンは隔日参加にして、合間にマナー教えてもらえば何とかなるかな。


なんてのんきに考えていられたのはここまで。

この後、いつも通りの学園生活に加えて、アルベルティーヌ様が毎日ダンスレッスンに連れて行ってくださり、その後はマナー講習、もしくはドレスの打ち合わせ、なんて日々が続き、目まぐるしく三週間が過ぎていった。

そして。



「うわあ」



満を持して迎えた当日。

王宮のダンスホールを見て、私は思わず声を漏らした。

既に学園や街中で散々見慣れたお祭りの飾りも、さすがに王宮のメイン会場となると桁違い。

細緻な彫り物をされたガラスが煌めくランプに銀や金が惜しみなく使われた食器、カーテンやテーブルクロス、ナプキンに至るまで、雪乙女の祭りのための飾りが施されている。

綺麗な刺繍されたナプキンなんて汚すのが躊躇われて使えないじゃない……



「アカネ、足止まってんぞ」


「あ、ごめん」



ファリオンに促されて歩き出す。

後ろがつかえてしまう前で良かった。

もちろんこの国でも、夜会はパートナーと共に出席するのがマナーだ。

決闘事件からこっち、すっかり注目を集めている私とファリオンに、会場中から視線が注がれる。



「……やっぱり、浮いてるかな?」


「アカネのドレスが前衛的なのは今に始まったことじゃねーだろ」



前衛的……そうか、これも前衛的なのか……

ナディア様に紹介してもらったデザイナーと相談しながら作ったんだけどな……

この国での流行はふわっとしたプリンセスラインのドレスではなく、Aラインのゆったりしたものだという。

今回は舞踏会なので踊りやすいよう、ドレスはそこそこ広がるものの、異なる素材の布で切り返しをもたせて縦のラインを強調している。

後ろが少し寂しかったのでレースのリボンを短めのトレーンのように下におろした。

このリボンは簡単につけ外しできるので、踊るときは外すつもりだ。

踏まれたら危ないしね。


色は濃い色が流行っていると聞いたのでネイビーを選んだんだけど、周りの様子を見るに濃い赤とかオレンジとか、鮮やかな青なんかが多い。

濃いっていうかビビッドカラーって感じだ。

色味の暗いネイビーだと浮いている。

その分アクセントに入れている白のレースや刺繍が際立っていいデザインだと思うんだけど、ぱっと見目立つのは否めない。



「おかしいな……今回はデザイナーの意見をベースにしたから溶け込めると思ったのに……」


「デザイナーと相談したって言っても、アカネの意見が優先だったんだろ?この国にもアカネのドレスの噂は届いてるらしいから、デザイナーも譲ったんじゃねーの?」


「え、そうなの!?」



それは初耳だ。

道理でデザイナーが興味津々に私のアイデアを引き出そうとしてきたわけだ。

だから私がネイビーを提案したときにも指摘してくれなかったのか。

私が何を言っても「いいですね!」としか言ってくれなかった。

まさか王族御用達のデザイナーがイエスマンなんてことないだろうと信じてたのに。



「安心しろよ。悪目立ちってわけでもなさそうだ」


「ん?」



周囲の様子を伺うと、興味深そうにこちらを見ている人ばかり。

眉を顰めている人はあまり見えないし、ファリオンの言うように悪印象を持たれているわけではないらしい。

ある程度視線にも慣れてきた今は、心臓が痛むことも無くなった。

大進歩だ。



「それよりアカネ、舞踏会の間は俺から離れるなよ」


「うん、分かってるよ」



舞踏会の会場は王宮の内部。

流石にそこは結界が張り巡らされていて、魔物は持ち込めなかった。

どういうわけか魔術具を探知する結界は張られていないようで、魔王の魂に影響はないようだけど。

だけどそれよりも、魔術が使えない状態で魔物も持ち込めないのが痛い。

ファリオンの場合は剣術もあるから無力ってわけじゃないけれど、やっぱり戦力が落ちている状態は落ち着かないようだ。



「何より、魔術具無効化の結界が切られているのが気になる。学園や迎賓館の結界のことといい、誰かが意図的にやってるとしか思えねーからな。何企んでるんだか」



誰か、と言いながら、ファリオンは会場の中央に居る少女に目を向けた。

人に囲まれて微笑んでいるのはナディア様だ。

こちらの視線に気付いたナディア様がにっこり笑ってこちらへ歩み寄ってくる。



「こんばんは、ヴォルシュ侯爵、アカネ様」

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