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魔王の隣で勇者を想う  作者: 遠山京
第二部 第一章 令嬢と精霊

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030ついに魔の手がこの国にも

予想外の姿に目を丸くすると、ナディア様は少し困ったような笑みを浮かべた。



「お怪我はありませんか?」


「大丈夫です。さきほど医師にも見ていただきました」


「そう、良かった」



そう言って息をつく様子を見るに、本当に私のことを心配してくれていたようだ。



「ナディア様……()()()()ご配慮いただき、有難うございました」



結界のことも含めて、窺うようにそう言ってみたけれど、ナディア様は微笑むだけ。



「私はただ会場準備を整えただけですわ」



その会場準備が問題なんだけど。

一歩近づき、護衛に聞こえないように声を落とす。



「ナディア様、貴女は私たちについてどこまでご存知なんです?」



しかしその問いかけも、笑顔で交わされる。



「さあ、なんのことをおっしゃっているのか」



……ファリオンが"食えない女"と称するのがよく分かった。





=====





月明かりが差し込む回廊。

王宮の片隅にあるそこは、催事の時のみ使用される場所であり、使用人たちの人影すらない。

ナディアは今日も、そこに足を運ぶ。

供の姿は無い。

奔放な王女殿下が一人王宮内を歩き回ることなど、もはや日常茶飯事だ。


そしていつものように、向こうから見知った人影が姿を現す。

その端正な顔立ちに幼さを残す、ナディアの弟。



「ジェラルド。上手く抜け出せたようね」



小声でかけられたナディアの言葉に、ジェラルドは眉間にしわを寄せたまま頷いた。



「ただでさえお前と違って抜け出しにくい身の上だというのに、謹慎だとかで軟禁状態だ。魔術具が無ければ今日は来られなかったかもしれん。それより……」



そう言葉を切りながら、ジェラルドは少し目線が上にある姉を睨め上げた。



「お前、こそこそと何をしている?」


「……言葉を慎みなさいな、ジェラルド」



ナディアは周囲に視線を巡らせながらそう囁いた。

それは弟の暴言を咎めるというよりは、他人の耳を気にしての言葉だ。

平時は人が寄り付かない場所とはいえ、全く耳が無いとは限らない。

窘められたジェラルドは、吐き捨てるように笑って首を振った。



「ああ、そうか。それなら姉上。私は貴女を今も信じていいのだろうか?」


「もちろんよ。私は……貴方のことを、一番に考えてるわ」


「ならば、なぜ奴がああも戦えたのかな?」


「……結界を解除してしまったからよ」


「それが私の為だと?」


「もちろんよ。結界を解除しなければ魔術具を持ち込めなかった」



ナディアの視線はジェラルドの指にはまったリングをとらえていた。

数か月前から彼がつけるようになったそのリングは魔術具だ。

これがなければ彼は()()()()()()()()()()()()

本来、学園内には登録されたものを除き、魔術具を持ち込めないことになっている。

側近たちですら、このリングはただの装飾品だと思っているだろう。

そう思わせられるよう、ジェラルドが行動する範囲の結界を解除しているのは他ならぬナディアだ。

点検の目をかいくぐれるような細工には苦労した。

特殊な魔術具を仕込むことでうまくごまかしているが、見つかるのは時間の問題だ。

しかし、ジェラルドの目的を達成するまでは、なんとか持ってくれるだろう。

それは紛れもなく、ジェラルドの意に沿うものだった。

ジェラルドはしばしナディアの目を見つめた後、首を振る。



「……そうだった。姉上が私を裏切るはずがない。そして姉上にもミスはあるだろう。本来ならば魔術具のみ通せるようにすべきだった結界を、すべて解除してしまうような」


「……気を付けるわ」



小さな声で謝罪するナディアの言葉を聞くこともなく、ジェラルドはその場を歩き去る。



「どんなに可愛くても、中身があれではね……」



ナディアは一人残された廊下で拳を握り、誰に聞こえることもない呟きを零した。






=====





決闘騒動の翌日。

私は頭を抱えていた。



「アルベルティーヌ様、もう一度言ってくださいますか?」


「二度も説明させるなんて全く無礼なご令嬢ですわ。 ……しかし、その気持ちが分からないわけではありません。もう一度だけ教えて差し上げましょう。貴女を見守る団体が設立されました」



決闘騒動。

その結果がそれだった。

戦いに熱くなった結果暴走しかけたジェラルド様とファリオン。

その二人の間に入り、窘めたのが私。

そして私がそばに居ることで力を得たファリオンは闘技場全てを守るように大規模な光魔術を展開。

決闘の景品のような扱いに怒っていた私は、この決闘が無意味であると見せつけるためにその場でファリオンとキス。

私がそばに居てこそ十全な力を発揮できるファリオンを見て会場の誰もが思い知った。

二人の間には何人も立ち入れないのだと。

ジェラルド様は決闘にも恋にも破れたのだ。

……というのが観客たちの中で描かれたシナリオらしい。

最後の落ちって、王族に対して不敬ではないのだろうか。


しかし話はそこで収まらない。

観客たちは見ていた。

ジェラルド様の魔術が飛んできた際に、とっさにアルベルティーヌ様を守るべく抱き寄せた私の姿を。

ファリオンの襟首をひっつかんで強引に口づけた私の姿を。

貞淑が美徳とされる貴族女性にとって、この行動はとても褒められたものではない。

そしてあまりに刺激的すぎた。

年頃のご令嬢、ご令息たちはこう感じてしまったらしい。

『アカネ様って、かっこよくない?』と。

……多感すぎる。

悪い人に惹かれるお年頃なのか。


もちろん賛否あるらしいけれど、日ごろ抑圧されている貴族っていうのは何かに熱中すると深みにはまる。

つい昨日まで名前を聞いた、〇〇様をお守りする会だってそうだ。

その矛先がついに、私に向いた。

その名も。



「アカネ様はみんなのもの同盟、だそうですわ」


「……なんで、何でそうなったんですか……」


「わたくしに聞かれても困りますけれど……すっかり貴女に心酔した一部の人間が、特定の誰かに独占されるのを良しとしていないようです」


「すでに私は婚約済みなんですが……」


「妨害がないといいですわね」


「そんな!」



ついに〇〇同盟の魔の手がこの国にも……

なんだってこれまでの〇〇会じゃなくて同盟に変わったんだ。

誰かの差し金か。

しかもカップリング的なものじゃなくて、私の独り身を推奨するようなやつ……!

妙齢の女性に対して縁起でもないとは思わないのか。

私が知る限り、カデュケートでもパラディアでも、一定年齢になれば結婚するのが当然で、いつまで経っても結婚できなければ何か問題があると思われるという、現代では大バッシング受けそうな古めかしい思想が主流だ。

こんな同盟が発足するなんてとてもあり得ないことなのに。

これって新手の嫌がらせでは?

もしくはお姉様が暗躍してる?

あり得そうで怖い。



「まあ、人気があってよろしいことではありませんか」


「本当にそう思ってますか?」


「ええ、よろしいことだと思っておりますわ」



アルベルティーヌ様はそう言って微笑む。

心にもなさそうだ。

多分、どうでもよろしいことだと思っておられるのだろう。


頭を抱える私を遠巻きに見て、キャーキャーしている女子の気配がする。

……確かに、ファリオンにキャーキャーしてる女子を見て、嫉妬することはあった。

私への嫌がらせもやめてほしいと思った。

だけどこんな一緒くたに解決するような落としどころを求めていたわけじゃない。

両極端すぎないか。

結局、私の学園生活はまともな形には落ち着いてくれないらしい。




=====




「と、いうわけなのよ」


「なんだか楽しそうだね」


「ここまで聞いておいて感想がそれなの?ハル」



その日の晩、私はハルのもとを訪れていた。

もちろんナディア様に誘われてだ。

最初に連れていかれて以来、すでに両手であまる回数は通っている。

ハルは温厚で聞き上手な青年だった。

私の素っ頓狂な日常話をいつも楽し気に聞いてくれる。

時に子供っぽく天然な発言もあるけれど、それが可愛く見えるくらいには人当たりがいいし、所作も上流階級の人間に相応しく……いや、飛び抜けて上品。

本当に、なんでこんな人が容疑者として捕まってしまったのだろうか。

初めて会った時には自分の身の上を嘆いて泣いていたけれど、最近は表情も明るく、物憂げな様子は無かった。

きっと今の彼が本来の姿なのだろう。



「アカネ様が本気で嫌がっていれば私もこんなことは言わないよ」


「……嬉しいわけでもないんだけど」


「何事も思う通りになるとは限らないのが人生ってものさ」



投獄された人間が言うと実に含蓄ある言葉だ。

差し入れのクルミパンを一緒につまみながら、ふと扉の方を見やる。

お茶が無くなったからとナディア様がお代わりを取りに行ってくれたんだけど、まだだろうか。

ちょっと口の中がぱさぱさになってきた。



「私も、学園の生徒になってみたかったな」



不意にそんな声が聞こえて、視線を戻す。

目の前の青年が、久々に見る物憂げな表情をしていた。



「……いつか疑いが晴れたら、学園に入ってみたらいいよ。ハルは頭がよさそうだし、友達もできそうだし……うまくやれると思うな」



パラディアの学園もカデュケートのものと同様、年齢制限や身分の壁なく入学できるようだ。

お金は必要になるだろうけど、無実だったとなればきっと国側が融通してくれるはず。

学園で勉強して人生をやり直すのも悪くないんじゃないだろうか。

しかし私の励ましにも、ハルの表情は晴れない。



「でもその時……アカネ様はいないのだろうね」



その言葉と共に、鳶色の瞳が私をじっと見る。



「え……」



私?

そりゃ、私は短期の留学生だからこの春にはいなくなるけれど。



「私は、アカネ様と共に学園生活を送ってみたかった」


「ハル……」



その言葉は嬉しい。

嬉しいけれど、なぜナディア様の名前がそこに上がらないんだ。

いや、たまたまかもしれない。

単に今話をしているのが私だから。

だけどこうも真っ直ぐ見つめながら言われると……

なんだか、私だけが特別みたいに聞こえる。

真剣な眼差しを向けられて戸惑っている間に、ナディア様が戻ってきた。



「お茶を持ってきたよ!」


「あ、ナディア様……って、デカ!」



一般的なティーポットをイメージしていたのに、体育会系の部活で使うようなデカイやかんみたいなものを持ってきた。

王女様が抱えてくるようなもんじゃないでしょ、それ。



「じっくりお話しするにはこれくらいなくてはね!」


「オールするつもりですか?ナディア様……」



さすがにそこまでは付き合えないぞ、とのけぞりながら、私は少しほっとしていた。

それが、ハルの熱っぽい瞳から逃れられたせいだとは気付かないふりをしながら。




=====




「ぜってー惚れられてるだろ」


「……」



気付かないふりをしていた傍からそんなことを言う男がいる。

麗しの婚約者様は、ハルのところに出入りしている時、ヒナ吉を通じて会話をすべて聞いておいでだ。

もちろん、あのハルの発言も例外ではない。



「いや、でもハルってたぶん、もういい大人だよ?私なんかに惚れる理由ある?」


「アカネ、その言葉、俺やアドルフやシェディオン男爵やリードが一堂に会した場で言ってみろ」


「……ごめんなさい」



怒られるにしろ諭されるにしろ、居た堪れないことになるに違いない。



「ぜってー二人きりになるな。お茶のお代わり取りに行くならお前もついていくようにしろ」


「ハルなら、二人きりになったからって強引なことしてこないと思うけど」


「その信頼が心配なんだって気付けよ!」


「……はい」



私が逆の立場ならたぶん心配だろうから、文句は言えない。



「ところでファリオン」


「何だよ」


「この体勢で話す必要あるかな?」



午後の陽気に照らされる学園の庭園。

その一角にあるベンチの上に腰かけたファリオンは、私を膝に抱きかかえていた。

人通りが多いとは言わないけれどまったく無いわけでもない場所だ。

昼休み中なので憩いの場所である庭園にはそれなりに生徒たちがいる。

そんな場所だというのに、ファリオンはこれ見よがしに私をぎゅうぎゅう抱きしめていた。



「馬鹿みてーな同盟ができやがったらしいからな。牽制してんだよ」


「その結果、後ろに何か積みあがってない?」



私たちがいるベンチの後ろには、小物が積みあがった山が出来ていた。

どこからともなく飛来したそれをすべて受け止め、そこに積んでいっているのは他ならぬファリオンだ。

花やら手紙やらの贈り物と思しきものから、ペンや本という手近なものを投げつけたとしか思えないものまで。



「アカネにぶつかりそうなものもいくつかあった。コゼット妃の部下とは比べ物にならねーコントロールだ」


「比べるのもおかしいし比べるような状況になってるのもおかしいよね……」



なんでみんなこう、物を投げたがるんだろうか。



「まあ、一部コゼット妃の部下が混じってるみてーだけどな」


「え、そうなの?」


「素人っぽくない投げ筋のがある」



お姉様の部下は一体何の玄人なのだろうか……



「なんか、ごめんね?」



結局また、私と一緒に居るせいでファリオンが困っている。

うまくいかないなぁと溜息をつくけれど、ファリオンは笑って見せた。



「何言ってんだよ。この山の数だけ、アカネの味方が増えたってことだろ。アカネが辛くなきゃそれでいいんだよ、俺は」


「でも、ファリオンは……」


「俺との仲を認めさせるには俺が頑張ればいい。俺だけじゃなんともできなかった少し前の状況よりずっとマシだ。お前がここまで状況良くしてくれたんだ。胸張れよ」


「ファリオン……」



そうだ。

形は少しいびつだけれど、私はこの国で人との繋がりを得た。

アルベルティーヌ様とは少し親しくなったし、他の生徒もだいぶ好意的に声をかけてくれるようになっている。

留学生として、ファリオンのパートナーとして……いくらかの成果をあげたと言っていいはずだ。

そう自覚するとじわじわと喜びがわいてくる。



「ま、それにこんな同盟は春になったら解体されるはずだしな」



……春。

春になったら、私は十七歳。

カデュケート王国における成人を迎える。

そうしたら私は……

銀色の瞳の中に映り込む私は、きっと赤くなっているだろう。



「絶対逃がしてやんねーからな。……愛想付かされないようにするから、ずっと傍にいてくれ」


「うん……」



小物の雨が降り止まない中、私は雰囲気に呑まれて唇を重ねてしまった。

いや、雰囲気なんてあったもんじゃなかったんだけど、恋は盲目っていうしね。

生徒たちの絶叫が聞こえてますます飛来するものが増えたのは言うまでもなかった。

そして……盲目が故に、私はジェラルド様へ抱いていた不安のことをすっかり忘れていた。

何事もなく春を迎えられるような気になって、すっかり浮かれていたんだと思う。

いつもご覧いただき有難うございます。

この章もそろそろクライマックスです。

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