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魔王の隣で勇者を想う  作者: 遠山京
第二章 令嬢と奴隷

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018メアステラ家

「すみませんでした、お母様」


サロンにつくなり、先手を打って頭を下げると、母はにっこり微笑む。


「あらぁ、何を悪いと思ったのかしらぁ?」


「ぐっ…

 お、往来で伯爵令嬢が奴隷を買おうとするという…行為について」


「そうねぇ、人身売買っていうだけで良くない噂がたつけれど、

 アカネちゃんにはもう一個大きな問題があるのよぉ」


大きなため息とともに呟かれたのは…


「アカネちゃんは知らなかったでしょうけど、

 実はアカネちゃんにはたくさん縁談がきていてねぇ」


…知ってた。


「でもねぇ、シェドってばあんなでしょぉ?

 だからぜぇんぶ断っちゃったの」


それも知ってた。


「陛下のお話まで食い気味に断ったのは笑っちゃったけどねぇ」


それは笑いごとなのか。

お母様にとってはお兄さんだから、なのか?

いやそれにしてもね。


私の反応をにこにこしながら見ていることからして…

おそらく、私が知っていると分かった上で話している。

この様子だと、私とシェドの間に何があったか全て察していそう…

わが母ながら恐ろしい。


それにしても、それとこれと何の関係が…


「わかんないって顔してるわねぇ。

 考えてもみてちょうだいアカネちゃん。

 縁談をことごとく断っている中、

 あんな年の近い綺麗な少年奴隷を買ったなんてなったら、

 世間はどう思うかしらぁ」


「あ…」


ようやく気付く。

確かにまずいね。


「噂なんていい加減なんだから、時系列なんてめちゃくちゃになって広まるのよぉ。

 購入した奴隷に入れ込んで縁談をみんな断った、なんて話になったらぁ、

 まだアカネちゃんがそういうお話恥ずかしがっちゃうんですー

 とか言ってお断りした皆さんに申し訳ないじゃない?」


そんな断り方してたのか。

そしてその言い訳はまかり通るのか。

まずそこにびっくりするわ。


でも確かに、年頃の令嬢が、年頃の少年奴隷を買うって…

いろいろまずいわな。

あの時の私はそんなところまで頭が回っていなかった。


「すみませんでした。気を付けます」


「そうしてちょうだぁい。

 それにアカネちゃん彼に握手を求めたでしょぉ?

 対等を示す挨拶だから奴隷っていう評価を打ち消すには

 効果的だと思ったのかもしれないけど、

 対等に引き上げるほど入れ込んでるとも受け取られかねないのよぉ」


ごめんなさい、そんなこと何も考えてなかった。


「しかも彼はハンドキスで返しちゃったでしょぉ?

 どうしてあんな返しをしたのか分からないけれど、

 とんでもなく絵になってたわぁ。

 急いでメアステラ家子息保護に摩り替えたけど、

 あんなシーンを見せられちゃったら、

 しばらく市井の噂になるでしょうねぇ」


そ、それは私のせいじゃない…

ドギマギするわたしに、母はカラッと笑った。


「まぁ、アカネちゃんがお嫁にいかなくっても私は別にいいんだけど、

 一応建前は必要よねぇ」


「いいんですか、いかなくて」


思わず苦笑する。

娘を政略の道具に使う親でないことは知っていたけれど、貴族としてはいかがなものかな発言だ。

ティナの言ってた通りだな。

あ、ていうか…まさか。


「お母様…

 私、シェドお兄様と結婚する気はありませんからね」


一応そう断っておくと、母はきょとんと目を丸くした後、おかしそうに笑った。


「やぁねぇアカネちゃん。

 わざわざ牽制しなくっても、無理にくっつけようなんて考えてないわよぉ。

 でもそっかぁ、シェドの恋は望み薄だと思ってたんだけど、

 思ったより脈アリなのねぇ」


「な、なんで脈アリになるんですか!」


さっきの言葉を聞いていたのか。


「あらぁ、だって『する気はない』って、

 今の気持ちを言ってるだけでしょう?

 気持ちは変わるものよぉ。

 私ならたとえお兄様たちと義理兄妹だったとしても

 『有り得ない、無理』って表現するわぁ。

 不変の事実としてね」


そう言われて凍り付く。

え、そうなの?

そういうもの?

私ちょっと可能性考えてるの?

いやいや、シェドには悪いけどその気は無い。

私の気持ちはファリオンにある。


「まぁシェドのことは今はいいのよぉ。

 あの男の子のことなんだけどねぇ」


母の言葉に姿勢を正す。

そうそう、今はシェドのことじゃなくて…魔王(仮)のことだ。


「さきほど、お世話になった人の息子さんって言ってましたよね?」


もしかして、お家取り潰しになった貴族とか?

あのハンドキス、もしそうなら納得だし何より…

彼が魔王である確率が下がる。


魔王ヴィンリードは大商人の息子だ。

しかし幼い頃一家そろって国中を巡っていたところ、キャラバンが魔物に襲われてしまう。

両親が身を挺してかばい、ヴィンリードと弟はなんとか逃げ延びる。

その後、とある娼婦が自室に二人をかくまってくれるが、ならず者が彼らの住む娼館を襲い、娼婦とは離れ離れに。

兄弟二人は奴隷として売り飛ばされ、行く先々でむごい仕打ちを受け続けてついに弟が息絶えてしまう。

大切な人を失い続ける日々の末に、彼は魔王の魂と手を結んでしまうのだ。


というわけで、貴族ならきっと違うはず。

そんな期待を込めてお母様に話を促したんだけど…


「えぇ、王宮にも出入りしていた有名な商人だったのよぉ」


はい怪しい(ダウト)


「まぁ、王宮御用達にまでなったのは私が嫁入りした後の話だけど。

 それがねぇ…ある日旅の途中にキャラバンが魔物に襲われて…」


…そして確定(アウト)


「生き延びたキャラバン隊員の報告から、

 ご夫妻が亡くなったことはわかっていたんだけど、

 二人いたご子息は魔物の手からは逃れたと言われていて…」


辛そうに語った後、母は思い出すように目を細めた。


「私もねぇ、アカネちゃんが生まれた時

 色々揃えたりするのにお世話になったのよぉ。

 とても気さくな人でねぇ。いやらしいところの無い、

 親切丁寧、誠実な商売の仕方で

 成り上がってきたような人達だったわぁ。」


「良い商人だったんですね」


「そうねぇ、少なくとも気持ちの良い商人ではあったわぁ」


そして母は視線を落とした。


「だからねぇ、その件を知った時、

 せめてお子さんたちだけでも保護できないかしらって

 情報を集めていたのよぉ。

 でも、どうやらシルバーウルフが噛んでいるみたいで

 なかなか足取りを追えなくてぇ」


出てきた名前に凍り付く。

シルバーウルフ盗賊団…ファリオンが所属してる盗賊団だ。

いや、大きい盗賊団の上、ありとあらゆる悪事に手を染めているからあり得ない話では無かったけど…

原作でも明かされていなかった事実だ。

こんなところでファリオンとヴィンリードに繋がりがあったかもしれないなんて。

ひょっとして娼館をおそったのがシルバーウルフ?


「もしかしたらようやく見つかったのかもしれないわぁ。

 二人兄弟でヴィンリードはお兄さんの方なんだけど、

 年の頃は一致しているのよぉ」


「彼が本人でない可能性はあるんでしょうか?」


「まだ何とも言えないわねぇ。

 メアステラ家は一代の成り上がりとはいえ

 人望のある豪商だったから、

 その行方不明の子供を騙るメリットが無いわけじゃないのよぉ。

 子供たちの顔を知っている人は少ないし。

 あと、誰かが"そういう事"にして

 本人をそそのかした可能性もあるわねぇ」


「本人は知らずにってことですか」


「そうねぇ。

 もしそうならそのうちその人物から

 コンタクトがあるでしょうけど」


そうならいいな。

魔王じゃなくて、なおかつ本人に非が無いパターン。

子供を騙してなりすましをさせるという穏やかじゃない話なのに実は一番穏やかなやつ。

私としては一番嬉しい。


「まぁただ、メアステラ家の兄弟は

 銀髪紅眼の美少年って話だから、

 これだけそろっている子はそう居ない気がするわぁ」


…そうすると魔王の条件に当てはまる子も他にそうはいないってことになりますね、お母様。


「魔法で姿を変えている可能性は…」


「もしそんな魔法を使っていれば、

 ディレット先生なら気付くはずよぉ。

 医者って言うのは体内の気の流れに敏感な職種だものぉ。

 変化魔法くらい暴けるって聞くわぁ。

 何も言わなかったってことは

 そういう隠蔽はされていないんでしょうねぇ」


どんどん疑う余地が無くなっていく…


「今ねぇ、メアステラ家を良く知る人達と

 連絡がとれないか動いているの。

 その人達に直接会ってもらえれば

 はっきりすると思うわぁ」


お母様はお茶を口にしながら微笑む。

私もぎこちない笑みを返しながら…確信した。


おそらくその人物が現れるまでも無く、彼はメアステラの子息で…未来の魔王だ。

髪の色や目の色、年の頃、さらには生い立ち、不思議な気配…

これだけ揃う人間がどれだけいるというのだろう。


小説の中に、ヴィンリードが伯爵令嬢に引き取られたという記述など無い。

…当たり前か、私は本来小説の登場人物じゃないんだから。


だとすると…やっぱり、お話を変えちゃったことになる、よね?

シェドの件でユーリさんに言われた言葉を思い出す。


『すでにアカネちゃんの影響で周囲の人の未来は変わっていってるんだよ』


シェドは物語の中心人物では無かった。

でもヴィンリードは…メインキャラクターだ。

私のせいで魔王の未来が変わってしまうかもしれない。

果たしてそれは良い方向に変わっているのか。

それとも単に魔王が現れる場所をここに変えてしまっただけ…?


これ以上悩みの種を増やしたくないのに。

悩むならファリオンのことがいいのに。

ファリオンに接触はおろか悩む余裕すら出来ないまま問題ばっかり増えていく…


頭を抱える私を見ながら、母は不思議そうに首をかしげるのだった。

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