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魔王の隣で勇者を想う  作者: 遠山京
第二部 第一章 令嬢と精霊

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028やめて私の為に争わないで!

私がパラディア王国に来てかれこれ二か月半。

秋風が冬の便りを連れてきそうなこの頃になると、私の生活もすっかりパターンができていた。

まぁ、結構困ったパターンもあるんだけど。

今まさに、それだ。



「アカネ嬢、今日もお美しいですね」


「恐れ入ります」



ジェラルド殿下が、まだ声変わりしきっていないアルトボイスで誉めそやしてくれる。

私なんかよりよっぽど美しい顔で言われても喜びづらい。

笑みが引きつりそうなのをこらえて言葉少なに礼を言うところまでが、いつもの流れだ。



「こんな美しい貴女の傍にいられる幸運に感謝を」


「ちょ、待ってください!こんなところで跪かないでぇ!」



これはいつもと違う!

思わず声がひっくり返った。

跪いてそのまま私の手を取ろうとするその仕草が意味するところはハンドキス。

王族がすべきことじゃない。

むしろしていいことじゃない。

しかも生徒の往来激しい渡り廊下でそれって何の嫌がらせなのか。



「王子殿下、このようなところで人の婚約者に触れようとなさるのはいかがなものかと」



どこからともなく現れた魔物学臨時講師……私の婚約者ファリオンがそう言いながら私とジェラルド殿下を引き離した。

ジェラルド殿下は何かをこらえる様に唇を噛み、しばし間を置いてから立ち上がる。



「……滞在中は大目に見ていただけるのでは?」


「彼女が嫌がらない範囲でと申しました」



そう言って私を見やるファリオンに頭を抱えたくなる。

やめて、私に選択権を投げないで!

しかしそう言うわけにもいかず、王族たるジェラルド様の権威を傷つけない程度に断りを入れる。



「……ジェラルド様、恥ずかしいのでやめていただけると」


「アカネ嬢は奥ゆかしくていらっしゃる。分かりました。嫌ではないが恥ずかしいということですね。二人きりの時にいたしましょう」


「ポジティブー……」



私のこっそりした呟きはジェラルド様に聞こえなかったのか、穏やかな微笑みが崩れることは無かった。



「ジェラルド様、二人きりになるのもお止めくださいと初めに申し上げたはずですが……」


「承知しております。この事実が外部に漏れればアカネ嬢の名誉に傷がつきますので」


「外部に漏れなければいいとお考えなのではありませんよね?」



ファリオンがなおもジェラルド様に注意を促すも、この王子様は意外と打たれ強く、にこにこ笑顔で躱し続ける。

一時のファリオンとリードを見るようだ。

これも最近よく見る姿。



「男性二人をはべらせて、恥ずかしくはないのかしら」



そして近くにわざわざ寄ってきて、陰口を囁いていくご令嬢の姿なんて、もはや恒例だった。

いつだったか聞いたことがあるような言葉に、なんだか懐かしくなってしまう。

あの時は震えるばかりだったけれど、今はずいぶん度胸がついた。

だって事実とは違うし、たぶん多くの人はそれが分かっている。

もし分かってもらえていなかったとしても、本当に大切な人達は私を信じてくれるし、これで私を見限ったりしない。

そう思うことができるようになったから。

だから今は、震えることなく唇を開く。



「恥ずかしいって、ついさっき私自分で言ったばっかりなんですけど」



あえて大きな声でそう返しても、言った本人は既に足早に離れていて返答はない。

野次馬していた男子の数人がこれを聞いて失笑しただけだ。

失笑すれども私に近付いてきたりはしない。

ほとんどの人間は遠巻きに私たちを見ているだけ。

しかし、そんな中わざわざ人を押しのけてまで近づいて来てくれる人がいる。



「まぁ、何の騒ぎかと思ったら、また貴女ですのね。スターチス伯爵令嬢」


「ごきげんよう、アルベルティーヌ様」



縦ロールをなびかせ肩で風を切るように歩いてくる姿。

まさに貴族のご令嬢といった風体だ。



「アルベルティーヌ様は今日も姿勢が美しくていらっしゃいますね」


「何が言いたいんですの?」


「そのままを。綺麗な姿勢を保つのは練習が必要ですし、努力なくしてはできないことです。尊敬しています」


「……貴女がおっしゃることっていつもよく分からないわ」



最近、私は積極的に彼女を褒めている。

できるだけ相手のいいところを見つけて好きになろう作戦である。

相手を言いくるめるだけではいい関係は築けない。

仲良くなるにはまず相手のことを好きにならなくては。


当たり前の話に思えても、これって意外と難しい。

素で万人を愛せる天真爛漫な人間なら良かったんだけど、私はあいにくそうじゃない。

人間関係構築がうまいわけでもない凡人な私は意識的にこうするしかなかった。

もちろんこちらがけなされれば言い返すが、それはそれとして誉め言葉も口にする。

しかしアルベルティーヌ様は私が純粋に褒めているとは受け取れないようで、言葉の裏を読み取ろうとしては失敗し、そのたびに変な顔をしていた。



「まぁ、公衆の面前で破廉恥な騒ぎを起こして平然としているのですもの。そんな方の考えていることなど分からなくて当然ですわね」


「ぜひともそのお言葉はあそこでヒートアップしているお二人に聞かせて差し上げてくださいませ」



舌戦が盛り上がっているファリオンとジェラルド様を見やってそう言うも、アルベルティーヌ様は頑なにそちらに目を向けない。

最近私が言い返したり受け流しているせいか、アルベルティーヌ様の嫌味はずいぶん装飾を取り払ってただのナイフになっている。

そちらの方が返事しやすいので私としては助かるんだけど。



「元凶は貴女でしょう?」


「私の美しさが罪だとおっしゃりたいんでしょうか」


「厚顔無恥も甚だしいわ。ご令嬢のお部屋には鏡が無いのではなくて?」


「全くですよね。アルベルティーヌ様の方が美しくていらっしゃるのに」



私の返しに、またもアルベルティーヌ様は言葉に詰まった。

ちなみにこれは本心だ。

アルベルティーヌ様は髪型と言動こそいかにも悪役令嬢っぽい古臭さがあるけれど、その顔立ちは整っている。

目は大きいし鼻筋は通っているし。

唇がぷっくりしているのも色気があっていいと思う。

私と彼女の写真を並べて街頭インタビューでもしたら、九割以上の人が彼女の方を美人だと言うだろう。



「……お話にならないわね。失礼しますわ」



最近はこうして言い返す言葉が見当たらなくなると、彼女はお話にならなくなってどこかへ行ってしまう。

これがパターン化してきてからは、学園生活もそんなに辛くはなくなった。

傍観組の生徒達も、もはやここまでの流れを見世物として楽しんでいる節がある。

そんな人物たちからは、時折好意的な感想も聞けたりするのだ。

あくまで遠巻きな感想であって、友人として励ましてくれるとかではないんだけど……



「ならばこうしましょう、決闘です!」



一息ついてた私の耳に入ったのはそんな言葉だった。

何事かと振り返ると、ジェラルド様がファリオンに指を突き付けている。

まさか……



「ヴォルシュ侯爵は魔術の腕も素晴らしいと聞き及んでいます。アカネ嬢をかけて、私と魔術決闘をしてください!」


「ええ!?」



何を言い出すんだこの人は。

ファリオンは目を細め、呆れた顔をしている。

すでに婚約している二人の間に割って入っている時点で本来は無作法なのに、あげく決闘だなんてあり得ない。

ここは『私の為に争わないで!』なんて間に入ってうやむやにしてしまうべきだろうかなんて考えるも、それより先に周囲の野次馬が歓声を上げてしまった。


パラディア王国では古来から決闘文化がある。

意見の相いれないもの同士が分かりやすく拳で決着をつけるわけだ。

もちろんそれは肉弾戦だけではなく、魔術のあるこの世界では魔術のみを扱う魔術決闘というものもあった。

多くは政治的な対立の決着をつけるためというものだったりするんだけど、稀にこうした恋愛関係のもつれから決闘のなだれこむこともあるらしい。

しかし王侯貴族でそれをするのは正直みっともないので滅多にあるものではない。

ないのに、王族であるジェラルド様がそれを申し込んだのだ。

そりゃあ野次馬は大喜びする。



「受ける理由がありません。アカネは私の婚約者であり、彼女の心も私の元にあります」


「ならばどうして私の横恋慕を一度はお許しくださったんです?チャンスをくださるつもりだったのでは?」



ジェラルド様の指摘にファリオンが言葉を詰まらせる。

まさか『ナディア王女に、阻むと余計面倒なことになるから泳がせろと言われたので』なんてぶっちゃけるわけにもいかないだろう。



「王族自ら申し込む決闘を蹴るなんてあり得ませんよ、ヴォルシュ先生!」



男子生徒の一人がそんなことを言ってから、すっかり周りに火がついてしまった。

野次が飛び交う中で、ファリオンが表情を険しくする。

当然だ。

今のファリオンは魔術を使えない。

魔術を使わなければいけない時には、こっそり仕込んだ魔物を使ってなんとかごまかしている状況だ。

決闘場には通常魔物除けの結界が張られているのでこれが使えない。


だけど今の空気感の中、決闘を断ることも難しい。

決闘を申し込んだのがジェラルド様である以上、王族相手に魔術を使えないなんてことは言い訳にできない。

決闘の申し込みは自らの死について相手に責を問わないと宣言するのと同義になる。

ましてや本当に優れた使い手なら大怪我させること無く相手を戦闘不能にできるのだから。

それなのにファリオンが固辞すれば、ヴォルシュ侯爵としての沽券に関わってしまうのだ。



「あら、何の騒ぎですの?」



大勢のざわめきの中、それでも凛と通る声が響いた。



「ナディア様……!」



私はおそらくすがりつくような目をしていただろう。

ハル・シュマンとの一件以降、私とナディア様はすっかり打ち解けていて、正直言ってジェラルド様より親しいと感じている。

ナディア様が私の異変を見て取り、眉を顰めた。



「ジェラルド?」


「ヴォルシュ侯爵に、アカネ嬢をかけて魔術決闘を申し込んだところです」



それを聞いたナディア様は疲れたように溜息をついた。



「……仕方ありませんわね。決闘場を用意させますわ」


「な、ナディア様ぁ……」


「アカネ様、この状況でこれを覆すことなどできません。決闘成立の条件は、申し込んだ相手に対して申し込まれた相手の実力が大きく劣らないこと。そして利害の伴わない第三者の見届け人が複数いること。ヴォルシュ侯爵が優れた魔術の使い手であることは周知の事実。さらにこうして周囲が盛り上がってしまっている以上、もはや決闘で決着をつけない限り収拾がつきませんわ」


「でも……」



渋る私とファリオンの肩に、ナディア様がそっと手を置く。



「……魔物除け結界は私が何とかする。ただしこのことは内密に」



そんなことを囁き、ナディア様は去っていった。

おそらくその言葉は私達二人にしか聞こえなかったことだろう。

思わずファリオンを見上げると、彼も目を丸くしていた。



「今のって……」


「……やっぱあの女苦手だ。何を知ってやがる」


「ファリオンってば……」



周りに聞こえたらどうするんだ。

興奮状態の生徒たちを見る限り、聞こえた人は居なさそうだけど。

ナディア様が何を知っていて何をするつもりなのかは分からない。

しかし今の私達には、ナディア様の言葉を信じるしか道は無い。

首を振り、ファリオンはジェラルド様に向き直った。



「分かりました。決闘をお受けいたしましょう。ただし!」



ファリオンの承諾に周りがさらに盛り上がる。

それを叩き割るようにファリオンは声を荒げた。



「勝利した際に双方が得られるものについて提言させてください。まず、ジェラルド殿下が勝利した場合はアカネ・スターチスへアプローチする機会をその見返りとさせていただきます。具体的には一日彼女と過ごす権利を。ただし二人きりになるのは彼女が承諾した場合のみです」


「……仕方ありませんね。彼女の名誉を傷つけたいわけではありませんので、それで受け入れましょう」


「そして私が勝利した暁には彼女のことをすっぱり諦め、なおかつこれまでの行為に対する賠償を」


「賠償とは穏やかではありませんが、何を求めるおつもりです?」


「貸し一つといたしましょう」



ジェラルド様が笑みを消し、目を細めた。

王族に対して貸し一つなんてとんでもない発言だ。

その貸しを作らないために、謝罪の言葉一つ気を遣うのが王族だというのに。

しかし逡巡ののちにジェラルド様はまた笑みを浮かべて頷いた。



「よろしいでしょう。私が応えられる範囲であればその借りを受け入れます。もちろん負けるつもりはありませんが」



そう二人が交し合ったことで、決闘の開催は決定事項となってしまった。



「キャー!殿下頑張ってください!」


「ヴォルシュ先生、応援してるぞー!」



すっかり盛り上がっている空気に眩暈がする。

思わず近くの見知らぬ女子生徒の肩を掴んだ。



「きゃっ。なんですの?」


「ごめんなさい、一つ教えてくださいな。ジェラルド殿下って魔術がお得意でいらっしゃるのでしょうか。ずいぶん自信がおありのようですけれど」


「え、ええ。そうですわね……我が国の王子は皆さま剣術か魔術どちらかに才を見出される方が多いのですが、ジェラルド殿下は魔術の方に才能がおありのようです。魔力も多く、あのお年で大規模な魔術も扱えるようですわ。魔術の授業では先生にも褒められていました」



見知らぬ女生徒は戸惑いつつもそう教えてくれた。

私は魔術の授業はカデュケートに居た時に単位をとっているのでこちらでは受講していない。

そのこともあって知らなかったけれど、ジェラルド様はなかなかの使い手らしい。



「有難うございます!」



いきなり肩を掴んだりしてしまったのにしっかり教えてくれた彼女の手をとりお礼を言う。

彼女が目を丸くしながら頷いたのを確認して離れた。

その場から離れようとしているファリオンを追いかける。



「ファリオン、どうするの?」


「決闘は今夜、日没と同時だそうだ」



私が女生徒と話している間に時間が決まっていたらしい。



「今夜!?急すぎない!?」


「全くだ。準備の時間が足りない。この後も講義があるのに……」



ファリオンは歯噛みする。

魔物が連れて行けるようになったとはいえ、現在ファリオンが用意している魔物は日常生活に使えるレベルの子ばかり。

決闘に連れていく魔物は新たに作り出すことになる。

準備時間を与えまいとしているかのような性急さだ。



「ナディア様、本当に結界をなんとかしてくれるのかな?」


「さあな……もしこれで本当に何とかなったら、疑問は一つ明らかになるけどな」



迎賓館や学園の魔物除け結界。

それが解除されていることが明らかになってから、スチュアート様が一度調査した。

しかし点検の際には結界が起動しているというのがことの真相だった。

点検は毎日決まった時間に行われているので、どうやらその時だけ作動するようになっているらしいとのこと。

ただし、それがどうやって実現されているのかはスチュアート様にもわからなかったとか。

このことについても、おそらくナディア様は何か知っているんだろう。



「アカネ。万が一のことがあるといけないから、お前はできれば俺の近くで待機していてほしい」


「分かった。ナディア様に頼んでみる」



できるだけ魔物で対応するにしても、何があるか分からない。

万が一ファリオンが魔王化しそうになったら、すぐに魔力を流し込めるところにいないと。

ファリオンと別れ、決闘場を準備しに行くと言っていたナディア様の後を急いで追いかけた。

いつもご覧いただきありがとうございます。

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