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魔王の隣で勇者を想う  作者: 遠山京
第二部 第一章 令嬢と精霊

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026周りにある悪意

魔物学はジェラルド様とナディア様も受講しているため、講堂で二人と合流した。

やはり王子王女と一緒にいる時にまで突っかかってくるほど愚かな人間はいない。

それでもやはり嫌な視線は相変わらずだった。



「アカネ様、気にすることはありませんよ」



ナディア様が小声でそう言ってくれる。

やっぱりこの視線には気付いていたらしい。

小声でお礼を告げて間もなく、講堂のドアが開き、講師がやってきた。

初老の男性と共に現れたのは、金髪の美男子。

遠目からでも私の婚約者はやっぱり格好いい。


あちらも私の姿を認めて、その相好を柔らかく崩す。

色めき立っていた講堂の中が、それで一気に爆発した。

さっきまで陰口を囁いていたはずの少女たちの唇から甲高い声が響いている。

あっという間にその場のご令嬢たちの心を持って行ってしまったらしいファリオンは、眉を顰めた。


いや、今のはファリオンが悪いよ……

あの微笑みを見せられてキャーキャー言うなって方が無理だ。

私だって当事者でなければ一緒になって騒いでいたことだろう。



「ふふ、侯爵は罪な男ですわね」



そう言って涼し気に笑うナディア様には全く響いていないらしい。

昨日はファリオンに対してずいぶん距離が近いと思ったけれど、あまり気はないのだろうか?

ファリオンも苦手らしいし、私も気をもまなくて済むからありがたいけど。



「みなさん、静粛に!」



その一声で場を鎮めたのは厳格そうな初老の男性。

この人が本来の魔物学の先生らしい。

二国間交流の一環として半年の間ファリオンが講師を務めることを説明すると、またも講堂内がざわめく。



「素敵。王家にも引けをとらない美しいブロンドをお持ちだわ」


「お若く見えるけれど講師をなさるなんてとても優秀な御方なのね」


「カデュケート王国の侯爵でもあるそうよ」


「ああ、子爵家の私では釣り合いがとれないかしら?」



その声を聞く私の心境は複雑だ。

誉め言葉には大いに同意するけれど、すっかり心を奪われたらしいご令嬢の多いこと。

ナディア様がファリオンを気に入っても困るけれど、ここにきてライバルが大量発生するのも困る。



「あら、でも確かヴォルシュ侯爵は、そちらのスターチス家のご令嬢とご婚約なさっているのではなくて?」



その声は聞き覚えがある。

ついさっき私に絡んできてくださった、アルベルティーヌ様だ。

さすが四候のお嬢様。

私とファリオンの関係もばっちり押さえているらしい。



「まぁ……そうでしたの……」



一気にテンションが下がるご令嬢たちに、アルベルティーヌ様が軽やかな笑い声をあげる。



「気落ちすることはありませんわ。侯爵は釣り合いなど気にされない寛大な御方であることがよく分かるではありませんか」



なんとまぁ……

この人の嫌味って綺麗なペーパーナイフみたいだわ。

これで言い返したところで、『そんなつもりじゃなかった。こういう意味なんですよ?』と言える逃げ道を用意している。

なんとも手口がいやらしい。

しかし、周りの令嬢達がそれに同意するより先に、鋭い打音がその場に響き渡った。

静まり返った講堂内の視線が教壇に集中する。

その視線を受けて、手を打った姿勢のままファリオンは微笑んだ。



「どうやらおしゃべりがお好きなご令嬢が多いご様子ですね。しかし私は何分講師というものは初めてなのです。つつがなく講義を行えるよう、ご協力いただけると助かります」



笑顔だけれど声が冷ややかだ。

講堂の温度がちょっと下がった気がする。

おそらくアルベルティーヌ様の言葉は、ヒナ吉越しにファリオンにも聞こえている。

しかし彼がそれを指摘して私を庇うことは無い。

それでいい。

ここでファリオンがあからさまに私を庇ったりしたら逆効果だ。

いじめっていうのはそれを妨げる人間がいれば、その人に気付かれないよう巧妙に、陰湿になっていくことが多いから。



「では、授業を始めます」



そのファリオンの言葉を最後に、その講義の間、私語が起きることはなかったけれど……

彼が退室した後にはまた、アルベルティーヌ様からペーパーナイフが繰り出された。

ナディア様とジェラルド様の視線を受けてすぐにそのナイフは仕舞われたものの、おそらくこれで終わりではあるまい。

明日以降も彼女は私に絡み続けてくださることだろう……


そんな今日一日を思い返して憂鬱になるも、首を振ってティナとエレーナに微笑みかける。



「ま、やっぱりどこにでも余所者に厳しい人っていうのはいるけど、大丈夫。これくらいなんとかできなくちゃね。ファリオンやジェラルド様達もいるんだし、うまくやるよ」



その言葉を受けて、エレーナが表情を強張らせた。



「エレーナ?」


「アカネ様……ジェラルド殿下からもらったお花のことですけど……」


「あ、そうだった」



サロンのテーブルの上には、棘がきれいに取り払われた薔薇が飾られている。



「処理しておいてくれたんだ。ありがとう」



そうお礼を伝えるも、エレーナは浮かない表情をしている。

何か聞いているのか、ティナも神妙な面持ちだ。



「どうしたの?」


「……めったなことを言うものではないと分かってるんですが……念のため、王子殿下には気を付けてください」


「王子……って、ジェラルド様ってこと?」


「はい。ご自分でお花を摘まれたということですけど、普通なら供の者が棘について注意するはずです。殿下自身が怪我をするかもしれないですし」


「そりゃそうだけど……こっそり摘みに行ったみたいだし」



あの後彼から聞いた話だとそういうことだった。

どうしても自分の手で用意したかったけど、許してもらえないだろうからこっそり自分で摘みに行ったと。

この部屋までついてきたお供の人も、誰かに命じて用意させたものだと考えてわざわざ棘の確認をしなかったらしい。



「でもね、アカネ様。あの花束、少し持っただけで手に棘が刺さったんです。私は警戒しながら触ったのでいいですけど、アカネ様が無防備に触ってたらたぶん怪我してたはずです。そんなこと、持ってきた殿下なら分かるはずですよ」



そう告げるエレーナの顔は真剣だ。

確かに、少し触れただけで刺さるほどの棘があったのなら、ジェラルド様だって持っていて痛かったはずだ。

そんなものを私に……

そう考えてぞくりとした。

無邪気な笑顔の裏で、彼は一体なにを考えているんだろう。



「……嫌われてるのかな?」


「それは分からないです。単に気を引きたかっただけかも。そもそも私の考えすぎっていう可能性もあるんですけど……」


「わかった、ありがとう。気を付ける」



有力貴族のご令嬢から敵視されているだけでなく、味方だと思っていた人も信用できないなんて……



「あ、アカネ様っ!私はアカネ様の味方ですよ!」


「もちろん、私もですわ。お嬢様」


「有難う、二人とも」



そうだ。

取り乱しちゃいけない。

私には信頼できる人達がたくさんいる。

めげたりしたら相手の思うつぼなんだから、踏ん張らないと。

ティナとエレーナの心配げな表情を振り切るように握りこぶしを作った。




=====




パラディアでの学園生活が始まり、かれこれ二週間が経った。

心配していたジェラルド王子は、相変わらずさりげないアプローチはあるもののおかしなところは無い。


ただし、一部のご令嬢達からの風当たりは強くなる一方だ。

どうやら"ヴォルシュ侯爵をお守りする会"とかいう、親衛隊のようなものができているらしい。

『群れないと何もできないなんて自分の器の小ささをひけらかしているようなものですわ』とか言ってナディア様は笑っていたけれど、私にとっては笑い事じゃない。

どうやらその活動方針は、『束縛の強い厄介な婚約者からヴォルシュ侯爵を守ろう』というものらしいのだから。

私の束縛が強いなんて一体何情報なんだろうか。

むしろ逆だと思うんだ……


なお、ジェラルド様が私にアプローチしていることにもすぐに気付かれ、"ジェラルド殿下をお守りする会"も発足しつつあるという。

庇護欲の強い女性が多いようだ。

ていうかカデュケートといいパラディアといい、組織化するのが流行っているんだろうか。


アルベルティーヌ様は直接その会に参加してはいないものの、その取り巻きの一部が参加していて後援者のような立場にあるらしい。

正直、会員名簿に名を連ねていないだけでアルベルティーヌ様もやってることは全く同じなんだけど。

ちなみにその主な活動内容は私の陰口を言う、人目のないところで私の足を引っかける、とかそんなものだ。

果たして会員のご令嬢たちはこれで本当にファリオンが守られると思っているんだろうか……

そんなもので守られる男も嫌だと思うんだけどなぁ。

頭の冷静な部分でそう呆れることができている分、ずいぶんたくましくなったと思う。


まぁ、鞄の中からヒナ吉が覗いているのを見られたときに『子供みたい』と言われたのは、まったくもって否定できなかった。

学校にぬいぐるみ連れてきてるってなったらそりゃそうだ。

ヒナ吉には悪いけれど鞄の奥へ行ってもらった。


ファリオンは心配して毎晩私のベッドまでやってきては気遣ってくれる。

その気遣いが居た堪れないからこそ、私は何とか奮い立っていた。

これで私が泣き出しでもしようものなら、ファリオンは激昂して後先考えず自分の親衛隊を潰しにかかるだろう。

そんなことしたら二国間交流が台無しだ。

私自身もそんなことになったら自分が許せない。

ファリオンの足を引っ張るしかできないなんて、パートナー失格だろう。

この状況は私が自分で何とかしないといけないんだ。


泣き寝入りなんかしない。

言い返すべき時には言い返すようにしている。

だけど敵対してはそれこそ意味がないのだから、友好関係を築かないといけない。

おそらくその肝はアルベルティーヌ様攻略にあるだろう。

気分は少年漫画もしくはギャルゲーの主人公だ。

なんとか彼女の心を奪わなくては。

大丈夫、さえない主人公がツンデレヒロインと良い感じになる展開はいろいろ知っている。

既に決まってしまった印象を覆すには、それこそギャップ萌えを狙いに行くしかない。


……とは思うものの、その機会なんてそうそうあるわけもなく。

彼女がチンピラにからまれているところに、私が颯爽と現れて魔術で撃退!とかできたらいいんだけど。

両家のお嬢様がチンピラに絡まれるわけがないんだよなぁ……

学園にもそれなりに品のある人間しかいないし。

早くも詰んでいる。

なんとか打開策を考えたいところ。



「とはいえ、気分転換は必要だよね」



そんなわけで私は休日に城下町へ繰り出していた。

お供はいつものようにエレーナとエドガー、パラディア側から護衛が二人。

正直私一人の為にお供が多すぎると思うんだけど、これ以上は減らしてもらえなかったんだから仕方ない。


ファリオンもついていきたがったけれど、彼には彼で付き合いがある。

どうしても都合がつかなかった。

そのかわり、街中には何匹か私の護衛用の魔物が放されているそうで、きっと今も遠くから私を見守ってくれていることだろう。

ヒナ吉はお部屋でお留守番だ。

王城の敷地から出るときには魔物除け結界に引っかかってしまうので、ファリオンがいないと連れ出せない。

学園に行く時は同じ敷地内だから平気なんだけどね。



「アカネ様、どこに行くんです?」


「城下町にある大聖堂に行きたいの」


「ああ、コゼット様が結婚式を挙げられたっていうところですね」



エレーナの言葉に思い出す。

そういえばそうだった。

パラディア王国で一番大きな大聖堂で、精霊が祀られているそこはおおよそ私が思い浮かべる元の世界の大聖堂と遜色ない立派なもの。

カデュケートの教会とは大違い……いや、あれはもう孤児院事務局だもん……



「私、行くの初めてです。王族の結婚式にも使われる格式高い聖堂なのに、一般開放もしてるなんてすごいですよね!」



エレーナはわざとらしいくらいにテンションが高い。

私が人間関係にてこずっているのを知っているから、元気づけようとしてくれているんだろう。

しかしながら、私はこのお出かけにも若干不安の影がある。

マイルイの件があるからだ。

先日届いたドロテーアからの手紙には、相変わらずマイルイの訪問がないことが綴られていた。

それもあって、ようやく時間が空いた今日、約束通りマイルイの祭壇を訪ねてみることにしたんだ。


大聖堂の中にはいくつか祭壇がある。

火の精霊や水の精霊といった、属性ごとの精霊の祭壇。

よくお世話になっている精霊の祭壇で祈りをささげる人が多いらしい。

そして入って正面にある一番立派な祭壇が大精霊のものだ。

精霊のトップなので見た目こそ立派だけれど、祈りを捧げている人はあまり多くない。

目当ての精霊の前にあいさつ程度のことをしていく人がたまに居るくらい。

まぁ、マイルイはそのへん気にしなさそうだけど。


大精霊の祭壇で作法通りに祈りを捧げてみるも、特に声が聞こえてきたりはしない。

さりげなく周囲を見渡してもマイルイの姿は無かった。

本当に、どこに行っちゃったんだろう……

しかしその時、祭壇の下から転がってくる丸いものに気付いた。

特に坂になっているわけでもないのに、真っすぐ私の足元へ進み、止まる。

コインくらいのサイズのその珠は、ゆらめくような淡い緑でとても美しい宝玉だった。

意図的としか思えないそれをさっと拾い上げて、ポケットに滑り込ませる。



「アカネ様?」


「何でもない」



祭壇の一番近くに居たのが私だったせいか、誰も気づかなかったらしい。

他の人が見ていたら、大聖堂の宝玉を盗んだと言われかねないところだった。

だけどこれはどう考えてもマイルイの仕業だろう。

この宝玉の色はマイルイの髪と同じだ。

自然の宝石に作り出せる色ではない。



「マイルイ?」



小声でそう呼び掛けてみるけれど返事は無い。

この宝玉を渡す以外、接触する気は無いということなのか。

どういうことなんだろうか。

考えれば考えるほど、頭痛がしてくる。



「ドロテーアが、心配してるよ」



そう呼び掛けても声が返ってくることは無かったけれど、ポケットの中の宝玉がほんのり温かくなった気がした。

いつもご覧いただきありがとうございます。

なんだか暗い展開になってしまってすみません。

この状態で長く引っ張りたくないので、なんとか明日中に続きをアップしたいと思います。

あんまり鬱々としたのが長引くのは作者自身苦手ですので……

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