023三度目のプロポーズ
(1/28修正)王子と王女の描写にちょっと手を入れました。
「うう……眠い」
「アカネ様、隈ができちゃってますよ」
「あまり眠れなかったようですわね。寝具が合いませんでした?」
エレーナとティナが心配そうな顔をしている。
私は寝具が合わないくらいで眠れなくなるタイプではない。
「ううん、違うの。新しい学園に行くってことでちょっと緊張してるのかも」
「授業開始は明日からなんですから、今からそんな緊張してたら持たないですよぅ」
「そうね……」
実際は留学先での緊張、なんていうのとはスケールの違う悩みを抱えていたんだけど、それを二人に話しても仕方がない。
隈を化粧で隠してもらって身支度を整える。
サロンに出ると、ファリオンがそこに待っていた。
「おはよう、ファリオン」
「おはよう。スチュアート殿下から朝食会の招待を受けてるから行くぞ」
「え、それ私も?」
「当然だろ」
朝一で使者が来たらしい。
ファリオンは面倒くさそうにしているけれど、受けてしまったようだ。
「そんな顔すんなよ。謁見の間みたいに家臣がずらっと並んでる場でもねーし、国王陛下もいない。スチュアート殿下とその弟の第四王子、妹の第二王女が同席するだけらしい」
「第四王子と第二王女?」
その二人はまだ会ったことが無い。
昨日謁見した王族は国王夫妻だけだ。
確か第四王子は十二歳。
第二王女は私の二つ下で十四歳だったはず。
「二人も今年から学園に行くって聞いたからな。紹介したいんだろ」
「なるほど」
私にとって身近な王族というとスチュアート様やロッテだけど、あの二人は特別親しみやすいだけ。
本来の王族っていったら威厳や気品たっぷりで気軽に声を掛けられる空気じゃない。
国王様とか王妃様とか……下まつげ王子は別の意味で近寄りがたいけど。
今から紹介してもらえるという二人も気さくだといいんだけど、難しいんだろうなぁ。
案内された部屋に入ると、王族の食事スペースにしてはこぢんまりとしたテーブルがあった。
既にスチュアート様と第四王子、第二王女がそろっている。
私たちの入室に気付いたスチュアート様が腰を上げ、微笑みかけてくれた。
「おはよう、二人とも。紹介するよ。弟のジェラルドと妹のナディアだ」
第二王女のナディア様は、明るい金色の髪を持つスチュアート殿下と違い、暗いダークブロンドの髪を持つ美少女だった。
十四歳という話だけれどプロポーションもいいし、その雰囲気は気だるげで妖艶。
たれ目の青い瞳に口元のほくろがなんとも色っぽい。
黒と赤のドレスを身にまとっていることも相まって、朝なのに夜の雰囲気がある。
首元に大ぶりの真っ赤なルビーの首飾りをつけているけれど、全く宝石に負けていない。
私ならきっと負けてしまう……
第四王子のジェラルド様もダークブロンドの髪を持ち、とても可愛らしい顔をしていた。
まだ十二歳だから私より背も低くて子供らしいけれど、きっと五年もすればスチュアート様同様に王子様らしいイケメンに成長することだろう。
なんでこう、この世界の王族ってこんなに顔が整っているんだろうか。
この場における顔面偏差値は明らかに私が格下だ。
思わず舌打ちをしたくなってしまうのをこらえ、ファリオンが挨拶して私を紹介してくれるのを待つ。
「こちらがアカネ・スターチス嬢。スターチス伯爵のご令嬢で、私の婚約者です」
そんなファリオンの余所行きの紹介に合わせて礼をとった。
形式ばったやり取りをそこそこに、ジェラルド様が一歩前に出て、私の方を向く。
「……何か?」
「美しい……」
「へ?」
思わず呆けた声が出た。
ジェラルド様の瞳が輝き、頬が赤く染まっている。
今のは私に向けられた言葉だろうか?
いやいやまさか。
この場で私の容姿は明らかに劣っているとさっき考えたばかりなのに。
しかし、小さな体がその場に跪き、私の手を取った。
私より一回り小さな手。
つけられた大きな指輪が不釣り合いに見えるほど指も細い。
だというのに堂に入った仕草で私の手をうやうやしく自分の額にかかげる。
「アカネ嬢!一目惚れしました!どうか私と結婚してください!」
「えええ!?」
大声でとんでもないことを言われた。
思わず令嬢の皮が逃げ出して変な声を上げてしまう。
いやいや、私さっきファリオンの婚約者として紹介されたばかりのはずだ。
何でそうなる!?
スチュアート様が慌てたように間に入った。
「すまない、二人とも。ジェラルド、何を言っているんだ!アカネはヴォルシュ侯爵のご婚約者だよ」
「承知しています!」
「承知していてなんで……」
スチュアート様が額を押さえている。
まさかの弟の暴走に困っているようだ。
良かった、弟の味方をするような人じゃなくて。
流石に子供相手にあからさまな態度をとる気は無いのか、ファリオンは渋い顔をしつつも強引に引きはがしたりはしない。
「男には引けない時というものがあります!アカネ嬢は私の運命の相手です!」
「侯爵に失礼だろう!どうしたんだ、お前はそんな短慮な人間ではないはずなのに……」
スチュアート様が珍しく戸惑いを見せている。
普段のジェラルド様はもっと分別のある人物らしい。
兄のとりなしにもめげず、ジェラルド様はファリオンへ向き直る。
「侯爵殿!どうか私にチャンスを!」
「承諾いたしかねます」
ですよねー。
これでOK出されたら私はショックで寝込む自信がある。
しかしファリオンは言葉こそ丁寧だったけれど、ジェラルド様を見下ろす視線は冷たく、取りつく島が無いほど言葉少なだ。
やばい、こんな状況なのにちょっと喜んでる自分がいる。
子ども相手でも独占欲出ちゃうファリオン尊い。
「ああら、よろしいではありませんか」
混沌と化した場に、涼やかな声が落とされた。
一歩離れた場でことを見守っていたナディア様だ。
「多くの男性に言い寄られるのは女性として魅力的な証。アカネ様が真に思うのがご自分であるという自信がおありなのであれば、大きく構えていらっしゃるのが男の甲斐性というものでは?」
にっこり微笑んでそんなことを言うナディア様に、ファリオンの視線がきつくなる。
「弟君の無作法を諫めるでもなくよもや擁護なさるとは」
「そんな怖いお顔をなさらないで。もちろんジェラルドに非はありますわ。ファリオン様ご自身もいらっしゃる、婚約者としてのご紹介を受けたその場で求婚など、スマートとは言えませんもの」
でも、と言葉を続けながらナディア様は流れるような動作でファリオンの傍に近付いた。
警戒する間を与えない動きに、ファリオンが思わず身構える。
しかし、すぐさま隣に立たれて肩を掴まれては、振り払うこともできない。
仮にも相手は王女なのだから。
手にしていた真っ赤な羽扇を開き、ナディア様はファリオンの耳に顔を寄せた。
その距離の近さにムッとするけれど、眉根を寄せたファリオンが大人しくしているので私もぐっと堪える。
二人がそうしていた時間は妙に長く、ずいぶん長い話をファリオンは聞かされているようだった。
私が痺れを切らして声をかけようとすると同時に、ようやく話が終わったらしい。
用が済んだファリオンはすぐにナディア様から体を離し、長い長い溜息をついた後……
「わかりました。留学期間の半年の間だけということであればその横恋慕に目を瞑りましょう。ただし、二人きりになること、私の婚約者が嫌がるようなことは決してなさらぬように。そして彼女が明確な拒絶を示したら深追いなさらぬこと」
「えっ!?」
「ありがとうございます!」
思いがけないファリオンの賛同。
ナディア様は手を打って微笑み、ジェラルド様はもろ手を挙げて子どもらしく笑顔で喜んでみせた。
「ふぁ、ファリオン!?」
「ナディア、侯爵に何を言ったんだ」
「嫌ですわ、スチュアートお兄様。私はただジェラルドのためにお目こぼしを願っただけです」
スチュアート様が咎めるようにナディア様を睨むも、居に介した様子も無く躱される。
「ま、待ってよ、どういうこと?」
ファリオンの袖を引いてそう問うと、顔を寄せて小声でささやかれた。
「揉めるとかえって面倒らしい。一応条件はつけた。条件を破って来ることがあれば容赦なく振っちまえ」
「そ、そんな……」
いくら十二歳の子供とはいえ、王子様相手だ。
私が強く出るのは難しい。
断ってくれるものだと思ったのに……ナディア様に一体何を言われたんだろうか。
モヤモヤした心地のまま、朝食会に突入してしまった。
=====
「アカネ嬢」
「は、はい」
「今日は学園へ行かれると聞きました。私がエスコートいたします」
「えっと……」
朝食後、ジェラルド様は笑顔でそんなことを言ってきた。
後ずさりそうになりながら答えを探す。
「それがよろしいわ、アカネ様。わたくしもご一緒致します。そうすれば二人きりではありませんでしょう?」
「え、いやあの……」
ファリオンに助けを求めて視線をやるものの、『俺は先に学園へ行ってるから、何かあれば連絡しろ』とブレスレット越しに言われるだけ。
何でなの……
一度身支度を整える為に自室に戻ったものの、一時間後に迎えに来るというジェラルド様、ナディア様のことを思うと憂鬱だ。
ジェラルドさまは可愛いけどさりげなく押しが強いし、ナディア様は面白がっているのかジェラルド様を応援している様子。
ファリオンも止めてくれないし……
「アカネ様、何むくれてるんです?」
「べっつにぃ」
エレーナが髪を結い直してくれながら、首を傾げる。
「ファリオン様と喧嘩したんですか?」
「……」
「え、本当に?この後一緒に学園行くんですよね?」
「行かない」
「へ?」
「……ファリオンは先に行っちゃった」
「ああ、それで拗ねてるんですか」
納得したように頷くエレーナ。
先に行かれたからって拗ねるほど私は子供じゃないんだけど、否定する気力もわかない。
ドレッサーの前で無気力に座って黙りこくっていると、サロンに行っていたティナが戸惑った顔で戻ってきた。
「お嬢様、ジェラルド王子殿下から使者がいらっしゃいましたが……この後王子殿下と行動を共にされるというのは本当ですか?」
「ふえっ、王子様!?」
私の返事より先にエレーナが驚愕の声を上げる。
二人の視線を受けて、私は渋々頷いた。
「……なんか、そういうことになっちゃったのよ」
「え、え?この後行くのは学園ですよね。それをわざわざ王子殿下がエスコートしてくれちゃうんですか?」
「なんか!そういうことに!なっちゃったのよ!」
語気をあらげる私を見て、エレーナは『ははあ』と呟いた。
「さては、言い寄られたんですね?」
「……」
「アカネ様ってば結構凄い人たちに気に入られやすいですよねー。で、その王子殿下のお申し出をファリオン様が止めてくれなかったから拗ねてるんですね?」
「……」
見事に言い当てられて言葉を失う私に、ティナが首を振った。
「お嬢様、ジェラルド殿下はまだ十二歳になられたばかり。この国の王族でありその御年の殿下相手に、さすがのファリオン様も目くじら立てることなどできませんわ」
「……最初はそうでもなかったんだもん」
そう、正確に言えば、止めてくれなかったから嫌だったんじゃない。
ナディア様から耳打ちされて、それで意見を翻したのが嫌だったんだ。
あんな至近距離で……私の目の前で見せつけるようにあんなことしなくたって。
「それに、この後はナディア王女殿下もご一緒されるのでしょう?きちんと配慮してくださっているではありませんか」
まさに考えていた人物のことに言及されて、肩が揺れる。
そんな私の様子を見て、エレーナは腰に手を当ててため息をついた。
「なんなんですか。ファリオン様がナディア王女に鼻の下でも伸ばしてたんですか?」
「伸ばしてない!」
「はいはい、そうでしょうね。ナディア王女はすごい美少女だって聞いたことありますけど、そんなことで気移りする人じゃないですもん、ファリオン様って」
反射的に言い返した私のほっぺを突きながらエレーナがそんなことを言う。
「エレーナ、お嬢様に失礼でしょう」
「私が居なかったらティナが似たようなこと言ってるはずです。そんな隙だらけなら、とっくに私かティナがリード様やシェド様を推してますよ」
「いや、二人とも今でも推して……」
……そうでもない、か。
今となってはネタのように使っているだけで、本気でファリオン以外の誰かとくっつけようとしている気配はない。
言葉を途中で切った私に、エレーナは大きく頷く。
「私達にこうして諦めさせたのは誰だと思ってるんです?アカネ様の意思がどんなに固くったって、肝心のファリオン様がフラフラしてるなら、私いくらでも付け入る気だったんですよ」
その言葉がすべてを物語っていた。
暴走メイドが諦めを覚えるほど、ファリオンは私を愛してくれている。
「……分かってるけどぉ」
それでもモヤモヤしちゃうし、いちいち不安になってしまう。
理屈より先に、感情が来てしまうんだ。
そんな弱音を吐く私に、エレーナとティナが一歩詰めよる。
「お嬢様、ファリオン様の奥方となり侯爵夫人となられるおつもりなのでしょう?」
「もうちょっとドンと構えていられるようにならないとダメですよ」
一番近くで私を見てきた二人から、ガチの駄目出しを頂いた。
……そうね、確かにそう。
こんなことでいちいち拗ねている暇があったら、ファリオンの意図を考えて、より良い形になるように行動しなくちゃ。
ただでさえ私は令嬢失格。
気品は無いし、貴族としての知識も経験も無い。
そんな私がファリオンの隣に立ち続けるには、並大抵の努力では足りない。
小さな嫉妬で足踏みしている暇など無いほどに。
今の私は形式上とはいえ交換留学生で、パラディア王家の貴賓。
それに恥じない振る舞いと成果を持ち帰らないといけない。
「……二人と仲良くなるのは、国益になるかな?」
背筋を伸ばしてそう言うと、エレーナだけでなくティナまでも、珍しく笑みを浮かべた。
「もちろんです!」
二人のそんな言葉に後押しされて、私は身支度を整え意気込んで部屋を出る。
そこには既にジェラルド様とナディア様が待っていた。
さらに、アルノーとエドガー、さらにパラディア側につけられた護衛騎士二人、王子と王女の護衛総勢十名まで待機している。
ただ学園に説明を聞きに行くだけなのになんと物々しい人数か。
王族同伴だから仕方ないんだけど。
「参りましょうか、アカネ嬢」
私より幾分低い位置にある腕を取ると、ジェラルド様が私のもう片方の手にあるものに気付いて首を傾げる。
そこにいるのはヒナ吉だ。
「そちらは?」
「私のお気に入りのぬいぐるみです!」
なんと私達が滞在する迎賓館と学園には魔物避けの結界が無かった。
到着してすぐファリオンがチェックしたんだけど、反応が全くないらしい。
カデュケートに比べると魔物の出現率が低いからもともと設置していないのか、もしくは壊れているのに気付いていないのか。
さすがに謁見の間はばっちり対策されていたらしいけど。
どちらにしろ好都合だということで、ファリオンは部屋や学園にバンバン魔物を持ち込んでいる。
何かのきっかけで魔物探知が作動したら大騒ぎになるところだけど、『その時はその時だ』と開きなおっていた。
まあ、簡単な魔術すら使えなくなった今のファリオンにとっては死活問題だし分かるけど。
そして私の行動範囲は主に迎賓館と学園の往復なので、ヒナ吉の随伴は必須として言い渡されている。
もちろん念話のブレスレットもつけているけれど、念話は意識を集中しないと使えない。
有事の際には自分で判断してファリオンに連絡を取ってくれるヒナ吉がとても頼りになる。
音をそのまま届けられるのでファリオンも状況を把握しやすいし。
「持ち歩くほどとは……よほどお気に入りなのですね」
ジェラルド様が引きつった笑みを浮かべた。
十二歳の男の子に引かれている。
友好を深めるという意味ではマイナスだけど、これで恋愛対象から外れてくれるなら儲けものだ。
悪い人間じゃないけど恋人としてはアウトな痛い子を目指していくべきか。
いや、ファリオンのパートナーとしてもそれはアウトか。
「可愛らしいと思いますわ。それだけ大切にされていればぬいぐるみも幸せでしょう」
ナディア様はそう言って、さりげなくヒナ吉をひと撫でする。
ヒナ吉がピクリと震えた気配がした。
ナディア様の笑みは相変わらず綺麗で感情が読めない。
……魔物だって、ばれてないよね?
しかしナディア様は何も言わない。
ドキドキしながら歩いていると、城を出たところで不意に"その人"と目が合った。
視線を泳がせていたが故のこと。
だって、彼は通路のはずれにある高い塔の上に居た。
鉄格子のはまった窓の向こうで、こちらを見下ろしている人物。
青白い肌、色の薄いブラウンの髪。
この距離だとはっきり分からないけれど、おそらく若い男性だ。
不安げなその表情が気にかかって、足を止めてしまう。
「お嬢様?」
真っ先にそう声をかけてきたのはエドガーだ。
私の視線を追うように護衛達が塔を見上げるけれど、彼は既に姿を消していた。
「アカネ嬢、どうなさいました?」
ジェラルド様に軽く腕を引かれて我に返る。
「あ、ええと」
「参りましょう」
幼い顔に浮かべられた笑みに有無を言わせないものを感じて、私は再び足を動かす。
背後でナディア様が小さな笑い声を、羽扇子の奥に隠した気配がした。
いつもご覧いただきありがとうございます。
一度目:クライブ(アドルフの側近)
二度目:ファリオン
三度目:ジェラルド
アカネは癖の強い人物に好かれる傾向があるようです。




