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魔王の隣で勇者を想う  作者: 遠山京
第二部 第一章 令嬢と精霊

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022ガチョウと魔王

『本当に、もう大丈夫?』


『ああ、驚かせて悪かった』



夜、すっかり寝静まったティナとエレーナを確認してから、私はずっと大切に持っていたネックレスを握りしめた。

それはファリオンが魔物化させたアクセサリーの一つで、強く念じた言葉をファリオンと届けあえる能力を持つ。

いつぞやアドルフ様主催の舞踏会に出席したとき、ファリオンが勝手に魔物化したもの。

その時のネックレスは夜会用でかなり大ぶりなものだったので、もう少しシンプルなネックレスを同じような魔物に変えてもらった。

どうしても声を発せない状態で意思疎通する必要がある場合の為に、極力持ち歩くようにしている。

ちなみに、一見ただのネックレスだけど魔物なので、私以外の人間が無理やり奪おうとしたら首に巻き付き絞め上げるなどの抵抗をするらしい。怖い。



『この前、魔術使った時はこんなこと起きなかったよね?』



私が知る限り、ファリオンが魔術を使ったのは数日前。

じゃれ合いにまたも風魔術を使って私を浮かせていたのが最後だ。

もはや反射のようにすぐ魔力を流し込んでいたけれど、あの時はこんな異常を感じなかった。



『……実のこと言うと、少し前から衝動が強くなってる気はしてた』



思いがけない言葉に、シーツをぎゅっと握りしめる。



『前なら十分くらい耐えられそうだったのが、たぶん数十秒も持たねーだろうなとか。そんな感覚はあった。でも、さすがにこの程度の魔術でもここまで来たのは初めてだ』


『……ファリオン、魔術はもう』


『分かってる。仕込む魔物の数を増やして、魔術は使わないようにする。今の立場だと面倒だけどな』



主要な施設には魔物除けの結界が必ずある。

これから通うことになるパラディア王立学園にもあることだろう。

魔術も魔物も思うように扱えなくなるというのは、敵の多いファリオンにとって不安なはず。

だから。



『私が、ファリオンを守るから』



何かあっても、私は強力な魔術を使える。

私がそばに居る。

だから一人で抱え込まないでほしい。



『……生意気な。いざとなったら制御するのは俺だろ』


『そうだけど……』



声を伝え合うものでなくてよかった。

きっと今、声を出したら震えてしまう。

不安を抱いているのが私の方だと、気付かれてしまう。



『アカネ』


『ん?』


『大丈夫だから』


『……うん』



声を出していないのに。

背中を向け合っているのに。

これだから、鋭い人は嫌だ。



『お前、顔に出てるんだよ』


『顔見えてないでしょ』


『見えてなくても分かる。アカネのことだからな』



ネックレス越し。

頭に直接響くその言葉だけでもわかる。

口にしたなら、とても優しい声でそう言ってくれてるんだろうって。

きっと一番不安なのは、ファリオン自身のはずなのに。



『だからもう寝ろ。おやすみ』


『うん、おやすみ』



絶対こんな気持ちで眠れるわけない。

そう思っていたのに、私はいつの間にか意識を手放していた。

きっとファリオンが魔物を使って何かしたに違いない。

本人はしらばっくれるんだろうけど。




=====




その後は天気に恵まれ、私たちは予定より一日遅れの九月二日にパラディア王都へとたどり着いた。

パラディア王立学園は王城のすぐ横に建っている。

今回の件の発端でもあるスチュアート様がそこで待ってくれているというので、私たちは学園へと向かった。



「やあ、二人とも。よく来たね」


「スチュアート様!」



相変わらずの美貌と美しいブロンド。

だけどこの強行スケジュールをもたらした人間だと思うと、今日ばかりは憎らしく見える。



「そう睨まないでおくれ。コゼットは二人が来るのを楽しみにしていたんだよ」


「あ、お姉さまは……」



パラディア王立学園の職員らしき人々を後ろに控えさせ、立っているのはスチュアート様ただ一人。

キョロキョロと辺りを見渡すも、お姉さまの姿はどこにも見当たらなかった。



「コゼットがこんな場に来られるわけないだろう?応接室にいるよ」


「相変わらずですね……」


「そうでもないさ。以前なら学園まで足を運ぶことは無かっただろう。私たちが来訪すれば、大勢の出迎えが来るからな」



確かに、王子夫妻が来るとなれば学園側もそれなりの歓待をしようとするだろう。

人の視線が苦手なお姉さまにとっては、それだけで針のむしろ。

よくここまで来れたものだ。



「コゼットもね、成長しているんだよ」



そう優しく微笑むスチュアート様に流されそうになるが……



「ではお姉さまのいないうちに今回の件に関して苦情を」


「さぁ、こんなところで立ち話もなんだ。まずは喉を潤すと良い」



そんな王子様の一言に抗える者などいるはずもなく、挨拶もそこそこに私たちは学園の貴賓室へ押し込まれた。

部屋に入るなり、私を出迎えてくれたのは熱い抱擁。



「アカネちゃん!」



相変わらず眩いほどの美貌の持ち主、私の姉のコゼットお姉様。

子どもを産んだためか、さらに豊満になった胸部に顔が埋まる。

これで喜ぶのは少年漫画の登場キャラだけだと思うんだ。

普通に苦しいし、痛い。

もがく私を見て、お姉様は慌てて体を離してくれた。



「お姉様、お久しぶりです。お元気でしたか?」


「ええ。アカネちゃんも元気だった?」


「やだなぁ、全部調べてるんでしょ?」



にっこり笑ってそう言ってみるものの、聖母のような笑みが返されるだけだった。

……ほんのちょっぴり否定を期待してたんだけど、無駄だったようだ。

もういい、諦めている。

ファリオンからも『アカネのお姉様から使者がくるようになったぞ。思ったよりは穏便だ』なんて言葉を半年ほど前に聞かされていたし。

夏の一件以降何度か交流を重ねて、私が姉の行為を知っていることは本人にも伝わっている。

それでもやめてくれる気配が無いのだからもう何を言っても無駄だ。

なお、お姉様がどうして私をこんなに溺愛しているのかはまだ教えてもらえていない。



「お姉様、ファリオンは私のこと大切にしてくれてますから、心配しないでください」


「ええ、そうね。そういう人間だってことは、あの時見定めたからあまり心配していないわ」



そう微笑むお姉様に、『そうですか』と頷きかけるも動きが止まる。



「……あの時?」



ファリオンとお姉様は面識なんて無いはずだ。

そう、リードの姿をしていた時を除けば。

さりげなくファリオンに視線をやり、念話のネックレスをさりげなく撫でた。



『お姉様に会ったことあるの?』


『ねーよ。でも、あらかたの情報は得てるんじゃねーか?どこまで知ってるかは知らねーけど』



そうだね……お姉様のあの情熱に、大国パラディアの精鋭を合わせればいろんな情報を引っこ抜いてきそうだ。

せめての気休めは、お姉様が私にとって悪いようには動かないだろうと信じられることだろうか。



「信じてますよ、お姉様」


「そんな怖い顔しないで、アカネちゃん。私はアカネちゃんを悲しませるようなことしたことないでしょう?」



いえ、たまに愛情が暴走して身近な人に迷惑かけてるっぽいんですけど。

シェドお兄様への季節の便りやら、ファリオンへの季節の便りやら。



「私、アカネちゃんに会えるのを楽しみにしていたのよ……?」



そんな言葉と共に、口元を手で押さえて宝石のような新緑の瞳を涙で潤ませて見せる。

一枚の絵画のように美しいその光景に、私は思わず呻いた。



「わ、私も会えてうれしいです。お姉様」



ダメだ、勝てない。

私って実は面食いなのかもしれない。

敗北宣言を交えた言葉に、お姉様は瞳に涙を浮かべたままその表情を笑みに変える。



「良かった。しかも半年だけとはいえ、アカネちゃんと一緒に暮らせるなんて……嬉しいわ」


「へ?」



一緒に暮らす?

呆ける私に、お姉様は首を傾げた。



「聞いていないの?」



ゆっくり振り返ると、私の視線を受けたスチュアート様が爽やかな笑みを浮かべて口を開いた。



「二人は王家の貴賓として王城に滞在してほしい」


「は、え!?聞いてないんですが!」


「聞いてほしいな。もう一度言おうか?二人は王家の貴賓扱いになるよ」



そういう意味じゃない。

スチュアート様はさらりと言ったが、ただの留学生や交換講師っていうのと王家の貴賓では立場が大違いだ。

学園でも扱いが変わってしまうし、城の中では王家から護衛やら使用人やらをつけられることになると思う。

休むべき自室で休めないことになるに違いない。



「アカネがそういう扱いを望まないことは知っているんだけど、何せ今回は事が事だからね。許してほしい」



お姉様の鋭い眼光を受けて、スチュアート様がそう言い訳する。

そうだった。

今回はエルヴィンのことがあって私達はここに来た。

通常通りの扱いができない理由があっても仕方がない。



「ああ、監視の意味合いで二人ほど護衛は派遣されるけど、部屋に居る時には外でドアを見張るくらいだ。侍女は私の権限でつけないことにしておいたから、そこまで気詰まりな思いはしないだろう。外出時だけ我慢しておくれ」


「お、お義兄様……」



スチュアート様にも立場っていうものがある。

その範囲内ながら気を回してくれていたのかと少し感動した。



「でも、この後の謁見と晩餐だけは付き合ってほしい」


「へ?」


「王家の貴賓だからね。ましてや隣国の侯爵様だろう?アカネだって伯爵令嬢であり、侯爵の婚約者であり、私の義妹にあたる。相応のもてなしをしないわけにも」



ニコニコしたままそんなことを言われて、私の心中は『騙された』の言葉でいっぱいになった。




=====




「つらい……」


「大丈夫だって。前、カデュケート国王に謁見した時よりずっと良かったぞ。今日のガチョウは潰れてなかった」



潰れてないだけでガチョウだったんじゃないか。

お姉様は無理しなくていい、と私を庇ってくれたけれど、今後ファリオンの婚約者として振舞うなら逃げてばかりもいられない。

そう思って頑張った。

頑張った結果が二度目のガチョウだ。



「ごめんねガチョウを連れ歩かせて」


「俺のガチョウは可愛いから問題ない」


「……」



恥ずかしさがダブルパンチで来た。

嬉しいのか空しいのかよく分からない。


晩餐後、私たちがこうして話をしているのはお互いの部屋をつなぐ小さなサロンだった。

それぞれの部屋は別に用意されているけれど、このサロンを通じて繋がるコネクティングルームになっている。

本来家族や夫婦に提供される部屋らしく、スチュアート様は『手違いがあったみたいだ。使用人の手が空き次第他の部屋を用意させるよ』とニコニコしながらのたまった。

ファリオン曰く、これは強く言わない限り使用人の手が空くことは無いパターンだとのこと。

正直私としてはファリオンと話をしやすいので、変更を求めるつもりはない。


なんだけど……いかんせん、ティナがいい顔をしないんだよね。

『婚約は婚約であってまだ未婚である事をお忘れなく!』と既に三回くらい言われている。

当初このサロンでティナが寝泊まりすると言い出したけれど、使用人の部屋は別に用意されているし、私もファリオンも気を遣うからやめてほしいと説得した。

流石に私の意思を無視して別室への移動をスチュアート様に願い出たりはしないようだけど、大変不満そうだ。


この部屋での滞在を認めるかわりに私とファリオンが二人で会うのは、メイドが居る時にこのサロンだけでと約束させられている。

でもごめん、多分それは守られない。

悪夢の件もあるし。

寝るときの戸締りをきつく言いつけられても、ファリオンは鍵開け得意だから意味が無いんだよ……

そんな本音に気付いているのだろうか。

ティナは今も私とファリオンのやり取りを見ながらジト目だ。



「お嬢様、ソファに寝そべるなんてはしたないですわ。お疲れなのであればお休みの準備を致しましょう」


「そうね……」



長旅で疲れているし、明日は明日で留学生として学園から説明を受けたり先生と挨拶をしたりと忙しい。

今日は早く休んだ方がいいだろう。



「ファリオンも早く休んだ方が良いよ」


「そうもいかねーんだよ。講義の資料がまだ作れてねーから」


「ああ……」



頭を抱えるファリオンが気の毒だ。

結局出立までは旅立ち準備が忙しくてほとんど講師としての準備に手を付けられなかったんだろう。



「何か手伝えることある?」


「気持ちは嬉しいけどねーな。早く寝ろ」



わしわしと頭を撫でて、ファリオンは自室に戻ってしまった。



「大丈夫かなぁ」


「ヴォルシュ家の使用人の方たちもいらっしゃいますし、ほどほどのところでお止めするでしょう」


「だといいんだけど」



ヴォルシュ家の使用人はまだファリオンに遠慮してるみたいだからなぁ。

エレーナやティナみたいにガツンと言ってくれるといいんだけど。

ファリオンと反対の部屋に向かう。

ソファや文机があるだけの小さな部屋だ。

その奥に寝室がつながっていて、反対にはドレッサーや化粧品が完備された大きな衣裳部屋がある。

寝室の隣にバスルームやトイレもあるので、自分の部屋だけである程度の生活が可能だ。

飲食物の用意は王城側にお願いしないといけないみたいだけど。

すでにティナたちが荷解きをしてくれたおかげで、私の私物がちらほら見える。



「そうだアカネ様、荷物にこんな本が混じってたんですが」



エレーナが取り出したのは薄い冊子。



「あ、有難う」



すっかり忘れていた。

ローザからもらった本の三冊目。

結局これは挟まれていたメモを見ただけで、中身を全く見ていない。

留学準備でバタバタしてたからなぁ。

見なければと思ってはいたから、旅準備の荷物に入れておいたんだった。



「お嬢様、読書の前に寝るお支度を。お疲れでしょうから早く体を休ませてください。お湯の準備はできていますから」


「うん、そうだね」



先に私の寝支度を済ませないと二人が休めない。

本はひとまず横に置いて、バスルームへ向かった。




=====




「ふあ……ねむ」



苦しいコルセットから解放され、お風呂でさっぱりした体は疲労感を訴えている。

二人も下がった後の部屋は静かで、一気に眠気が押し寄せた。

とはいえ、本のことは忘れていない。

ベッドにダイブしたい気持ちを押さえて本を手に取る。

おそらく今を逃せば授業が始まってまたこれの存在を忘れてしまうだろう。

本というには薄すぎる冊子だ。

読むのに時間はかかるまい。

その中身は、神話のようだった。



「あ、これ……」



教会にあった本と同じものだ。

命が生み出すエネルギーが神にとって毒になるとかいう内容のあれ。

外装は違うし、挿絵もついているけれど、内容は一致している。

しかも、最後のところが破れていない。

"しかし"の続きがそこにはあった。


"女神は神の為、日々浄化を続けた。

 しかし命の繁栄は女神の力を上回り、溢れたエネルギーは悪しきものへと姿を変えた。

 悪しきものは命と一つに戻ることを求めて命を食らい始めた。

 食らわれる命を哀れに思った神は、エネルギーを地中の奥底へと閉じ込めた。"



「これって……」



悪しきものというのは魔物のことだろうか。

つまり、魔力は魔物を生む。

そして地中の奥底に、膨大な魔力が封じられているってことになるんじゃ。



「もしかして、それがあふれ出したのが魔力泉……?」



そう考えればつじつまが合う。

合ってしまう。

もし命……たとえば人間が生まれて増え続けるほど魔力が生み出され、その魔力が地下の容量を超えてあふれ出した結果、魔物を生むのだとしたら……



「この世界の人口って、どれくらいだっけ……?」



もしこの世界がまだまだ発展途上で、元の世界のように人口が増え続けていくなら。

それに伴って魔物も増えていく。

魔力泉も、増えていくのかもしれない。

ガールウートで対処したり、人の手で討伐したり、処理できているうちはいい。

だけどもし、人間が増える数より魔物の増える数が上回って、処理が追い付かなくなったなら。



「え、え?これってまずいんじゃないの?」



あくまで神話。

そう片づけてしまうこともできる。

だけど、魔力泉の周囲で見つかる魔物には、本来その周辺にいないはずのものも少なくないという。

そもそも魔力が魔物を生み出すなら、魔力泉の周囲で珍しい魔物が見つかるのも当然だ。


カッセードで魔力泉を監視していた時、ちらほら現れる魔物はどこかから引き寄せられているのだと思い込んでいた。

だけどもしかしたら中には、魔力泉の魔力から生み出された魔物も居たのかもしれない。

迷宮も魔力泉も魔力が濃いという点では同じ。

でも、もしこれらが事実だとしたら。



「……どうして、この神話が今は伝わってないんだろう」



消えていい知識じゃない。

人々が総力を挙げて解決に取り組まないと取り返しのつかない災害になる恐れもあるのに。

これが事実だとしてただ一つ救いなのは、魔物は魔王が生み出したものではなさそうだということだ。

魔物による被害があったとして、魔王であるファリオンの責任と考える必要はない。

ファリオンが以前言っていたように、魔王は単に魔物を操るスキルがあるだけなのだろうか。



「……魔王、か」



魔王は魔術具。

そんな一説を以前教えてもらったけれど。

その魔術具を作った人物はひょっとして、増え続ける魔物に対処する術を生み出したかったのだろうか。

そんなことを悶々と考えてしまって、ベッドに入ってもなかなか眠りにつけなかった。

いつもご覧いただき有難うございます。

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