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魔王の隣で勇者を想う  作者: 遠山京
第二部 第一章 令嬢と精霊

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020負けず嫌い

「待って。ということで、の前の説明がすごい省かれてる気がする」



慌てて待ったをかけると、リードが肩を竦めた。



「言っただろ。囮やってくれって」


「いや、それは聞いたけど」


「言っちまえば一石三鳥の策だ。アカネも知っての通り、アカネの婚約者は嫉妬深い。一人学園に置いていくのを嫌がってたのは知ってるだろ?」


「う、うん」



知ってるけど、第三者に改めて言われると恥ずかしい。



「で、こっちも囮として行ってもらうにあたり隠れ蓑になる大義名分が欲しい。そこで、昨年から始まった交換留学を利用する」



ここ数年で両国の仲は一気に進展し、多くの試みもなされている。

カデュケート王立学園とパラディア王立学園の間で行われる交換留学もその一つ。

半年だけ生徒を交換して交流を深めるそうで、留学生は留学中に受講した単位に色をつけてもらえる。

さらに、今年は同じく半年だけ講師の交換も実施するのだとか。



「何で俺が講師なんだよ……」


「そいつが三羽目だ。元とはいえうちの貴族が隣国でやらかした。償いにお前の知識が役立つ」


「俺が償うのかよ」


「国に恩を売れるなら売っとけ。魔王なんてマイナスな肩書持ってんだ。プラスにできるチャンスは掴んどいた方がいいだろ」


「それで恩を感じてくれんのはもともと俺に好意的な人間だけだぞ」


「そうでもない。エルヴィンを敵視している人間は囮として役に立てばお前への評価を少しくらい上方修正する。さらに償い以上の働きをして存在価値を示せば、パラディアに対するカデュケートの立場も良くなる。文句しか言わない耄碌大臣どもよかよっぽど国益になるって言ってやれるだろ」


「存在価値ったってな……」



リードの畳み掛けるような説得を聞いても、ファリオンは気が進まないようだ。



「お前の卒業論文は隣国でも大評判だそうだぜ。早くも臨時じゃなくて正式に講師として招きたいなんて声まで出てるとか」


「俺が魔王だって知らねーからだろ」


「んなもん当たり前だ。魔王を寄こしたなんて大々的に知られたら、エルヴィンの王城侵入なんて可愛いもんだって話になんだろうが」



確かに。



「逆に言や、こんな提案される程度には国から信頼されてんだよ。応えてやれば?」


「言いたいことは分かるが無理だ。こっちはまだ基盤固めに右往左往してんだ。臨時だろうと家空けてる余裕ねーよ」


「そこはそれ、手伝いを借りるしかないわな」


「これ以上ベルブルク家に頼るのはまずい」


「分かってる。後見関係が切れた後もアドルフ様が手を出す公爵家の影響力が強まりすぎるからな。そんなわけで別の家から援助の申し出だ」



そう言ってファリオンは一通の手紙を取り出してファリオンに放った。

その封蝋を見るなり、ファリオンは思い切り眉間にしわを寄せる。

ええっと、この家紋は確か……

思い至って息をのむ。



「ジーメンス家……」



それは、ファリオンのお母さんの実家だ。

逃げ延びてきた二人を、とても良いとは言えない環境で匿い、弱るお母さんを医者に見せることもなく、お母さんが亡くなった後はファリオンをまでも放り出したという……



「ファリオン……」



そうだった。

ファリオンにとって伯父にあたるその人は、今もジーメンス子爵として貴族社会に身を置いている。

スターチス家はジーメンス家とあまり交流が無かった。

交流がないとほとんど名前を聞かず、正直なところ存在を忘れていた。

それくらい影の薄い家だ。

手紙に目を通したファリオンは、机の上にそれを放り出した。



「これを、受けろと?」



ファリオンの声は低い。

それを聞いて、リードは肩を竦めた。



「ファリオン・ヴォルシュ侯爵。大人になったんなら大人の振る舞いを思い出せよ」


「……」



机の上の手紙の文字を目で追ってみる。

どうやらファリオンが不在の間、領地や屋敷の管理を手伝いたいと申し出ているようだ。



「お前、昨日のパーティーで子爵のことガン無視してただろ」


「呼んだだけ義理は果たしただろ」


「馬鹿か。呼んどいて声かけさせてもらえなかったなんてなりゃ余計目立つ。世間じゃお前はヴォルシュ伯爵邸襲撃時に行方不明になったってなってんだ。ジーメンス家の関わりなんて知られてない。むしろ数少ないお前の血縁だろ。それなのにあんな態度とったら、何があったんだって勘繰られんだろが」



昨日のパーティーに子爵が来ていたこと自体、私は知らなかった。

昨日はファリオンのパートナーとしてずっと隣に居たけれど、そんな人物からの挨拶は無かったはず。



「あっちが声かけてこなかったんだろ」


「声かけようとする度にあからさまに目そらしてたんだろが。見てたぞ。ガキかよ」



リードが呆れたように言う。



「許せとは言わねーけど、線引きくらいちゃんとしとけ。相手に謝罪の意思があるのを見て見ぬ振りして判断を先送りすんのは止めろ。どうしても受け入れないなら自分の中でくらいその意思を明確にして、なおかつそれがどんな影響をもたらすかはちゃんと考えろ。ま、このへんはアドルフ様からの伝言だ」


「……謝罪を受け入れるのはいい。でも子爵に領地を預ける気はない」


「分かってるって。どっちにしろあの家もぶっちゃけ余裕無いらしい。実際に支援するのはスターチス家だ」


「え、うち?」



今度は私が目を瞬かせた。



「一応名義上、支援を申し出るのはジーメンス家。実務はスターチス家。スターチス家はジーメンス家に恩を売って、子爵の領地と取引することがあれば有利に進められる。ジーメンス家は表向きヴォルシュ家との友好関係をアピールできて、本音としてはファリオン個人への償いを一応は果たせるってことだよ」



確かに、スターチス家は大分安定してきた。

クラウス様とクラウディア様を探す必要が無くなったからだろう。

変なことさえしなければ、ディアナやロゼリオが切り盛りしてくれるスターチス家はそれなりに裕福なようだ。

人を回す余裕まで出てきたのであればいいことだろう。

ファリオンは眉根を寄せていたけど、観念したように溜息をついて頷いた。



「子爵に手紙を出す」


「よく言った。そうと決まれば急いで準備してくれよ」


「え?」



思わず首を傾げる私に、リードは呆れたような顔をする。



「留学期間は九月から三月の間。来月には授業スタートだぞ」


「へ……ええ!?」



そうだった!すでに八月下旬だというのに、今から準備してパラディアに行くの!?

ちなみに半年の留学期間なのに一か月長いのは時期の問題だ。

パラディア王都はこのあたりより冬の降雪量が多く、移動に向かないことがあるため、雪解けを待って帰ることが多い。

学園に通う義務があるのは二月までだけど、帰る目途がつく三月いっぱいまでは在籍が許されるという感じ。

それも踏まえたうえで準備をしないといけない。



「アカネはまだいいだろ。俺なんか講師だぞ。授業のことなんざなんも考えてねーのに」


「あっちの魔物学の授業に臨時で入ることになってっから、もともとある資料を補足する形でいいだろ。そもそも魔物に関しちゃお前が言うことが事実みたいなもんだし。適当に行っても後でその通りに変えりゃいいんだから」


「いきなりガラッと変えるわけにはいかねーよ。そもそもどういう性質もってるかは、目の前にした魔物じゃなきゃちゃんと把握できねーってのに」



確かに、ただ授業を受けるだけの私より、授業準備のあるファリオンの方が大変だ。



「え、まって。滞在先とかは?寮あるの?ていうか手続きとかは?」


「学園へや国への手続きはアドルフ様とスチュアート殿下が全部やってくれてる。滞在先も準備されてるから、自分の身の回りだけ整理しといてくれりゃいい」



こっちの返答を聞く前から準備は進んでいるらしい。

いやまぁ、そうでなきゃ間に合わないんだろうけど。



「エルヴィンは本当にそれで食いつくのかな?」


「そりゃやってみないと何とも。でもおそらくパラディア王都に潜伏しているだろうっていうのがパラディア王家の見解らしい」


「ふぅん?」



何か心当たりでもあるんだろうか。

リードもこれ以上は聞いていないようなので突っ込んでも仕方ない。



「まぁ、とにかく拒否権はなさそうだし。パラディアに行くしかないね、ファリオン」


「くそ、急いでスターチス家に連絡とらねーと」


「そう言うと思って呼んである。明日には王都に到着予定だ。ちょうど王都に仕事の予定があるらしい。スターチス家の屋敷が完成するまでまだ二週間くらいかかるって話だし、なんなら泊めてやれば?」


「分かった。ひとまず屋敷の人間と話をしてくる。話は以上だな?」


「ああ、俺からは以上だ」



その返事を聞くなり、ファリオンは部屋を飛び出していった。

慌ただしく閉まったドアを見て溜息。

私も焦る気持ちはあるけれど、ファリオンに比べれば身軽なものだ。

荷造りはエレーナとティナに任せれば三日で終わるだろうし、移動に関しても例年通りなら学園が主導して馬車や護衛を用意してくれるらしい。

ああ、でも新学期に私が居ないってなったらロッテが大騒ぎしそうだなぁ……言い訳を考えておかないと……

あと、他国では『家につけておいて』、なんて買い物の仕方できないから、現金や換金できる物を用意して……

考え込んでいる私に、リードが口を開いた。



「で、お茶の一杯くらい出してくれてもいいんじゃないか?」


「あ、ごめんごめん」



お茶の用意は私がするからと言って使用人を下げたんだった。

入室してすぐ話が始まってしまったのでタイミングを失っていた。

ティーセット自体はワゴンで用意してくれてある。

お湯は保温ポットに入っているので冷めてはいなさそうだ。

と、そこで再び手のひらに握ったままだった紙片の存在を思い出した。

ローザは、一体何を考えてこんな走り書きを……



「……ねぇ、ローザはエルヴィンのところに行ったのかな?」


「ん?ま、おそらくそうだろうってのが上の認識みたいだな」


「せめてローザがどこに向かったのかわかれば、エルヴィンの足取りも追えるかもしれないのにね。ローザは家族とか友達とかに何か言い残してないのかな?」



私の問いに、リードは眉根を寄せた。



「……そもそもローザは元孤児だ。教会の孤児院で育ったが、頭がよく、それを知ったルーカス・ベネディクト氏が引き取った。ベネディクト家は学者の家系で、ルーカス氏は聖遺物の研究をしていたらしいが、十年くらい前に亡くなった」


「じゃあローザは養父の研究を引き継いでるの?」


「そういうことになるな。ルーカス氏は人柄は良かったらしいが研究内容自体はあまり評価されてなかった。奴ががむしゃらに研究に打ち込んでるのは、養父への恩返しもあるのかもな」


「そうだったんだ……」



養父の研究は無駄なものではないと周りに認めてほしくて頑張っているんだろうか。



「ベネディクト家の他の家族には何も言伝とか無かったのかな?」


「ああ、話の途中だったな。引き取った本人であるルーカス氏以外のベネディクト家の人間はローザのことをよく思っていなかった。王立研究所の研究員になった後は、家には全く帰っていなかったらしい。ほぼ絶縁状態って感じだな」


「なるほど。そんな環境なら研究にのめりこむ気持ちも分かる気がするわ……友達は?」


「友達?アカネ、奴の性格を知らないのか?」


「……うん、まぁ、ちょっと……結構かなり癖が強いっていうか……うん、ごめん」



ローザもなかなか複雑な人生を送っているようだ。



「それじゃ手掛かり無しかぁ」



リードの前にカップを置きながら溜息をつく。



「エルヴィンがカデュケートに戻ってくることはまずできない。こんだけ警戒されてんだから当然だよな。かといって自分の研究を諦めたわけでもないと思う。でなきゃパラディア王城侵入なんて大それたことはしでかさない」


「まぁ、そうだね」



隠れていたい人間のすることじゃない。

何か目的があって侵入したんだろうから。



「奴の研究が魔王に関することなら、必ずアカネとファリオンのことは狙ってくる」


「……そ、それはそれで怖いんだけど」


「なんだよ。ファリオンのこと信じてないのか」


「そうじゃないけど。なんか不気味なんだもん。エルヴィンって」


「俺に乗り換えるっていうなら……」



そう言いながらリードは傾けていたカップを置き、身を乗り出して私の頬に触れた。



「俺が守ってやってもいいけど?」



楽し気に歪んだ真紅の瞳に私の影が映る。

私は身じろぎ一つせずその手をやんわり払いながら溜息をついた。



「乗り換えさせる気なんてもう無いくせに」


「……挑発してんのか?」



ムッとしたように細められる瞳。

全く、負けず嫌いのひねくれ者め。



「私にちょっかい出してないで、いい加減別の女の子のこと真剣に考えてあげてもいいと思うけど」



含みを持たせてそう言うと、面白いくらいリードは動揺した。



「な……アカ、なに、どこまで知ってんだよ」


「良かった、心当たりがあるみたいで。何のことか分かんないなんてしらばっくれようもんなら、グーパンするとこだったわ」



私は個人名を出していない。

それでもこれだけ動揺するんだ。

自覚はあるらしい。

リードはがしがしと後頭部をかきむしった。



「……アカネからも言ってやれよ。元とはいえ侯爵令嬢と新米商会長じゃ流石に釣り合わないって」


「ああ、気にしてるのって身分なんだ?籍だけでもスターチス家に残しておけばよかったのに。でもそっか、そこで一番に出てくるのがそれってことは、アンナ本人をそういう目で見れないとかいうわけじゃないのね」



そう、アンナはやっぱりリードへのあこがれを捨てきれていないらしかった。

記憶を失い(という体なだけだけど)、完全に別人となったリードに最初こそ戸惑っていたけれど、リードは何だかんだで優しくて面倒見がいい。

卒業パーティーの時にあれこれ気を遣ってくれる彼の姿を見て惚れ直してしまったそうだ。

以来、手紙のやり取りをしているのを知っている。

にっこり笑ってそう言ってやると、リードは私の肩にがしっと手を置いた。



「面白がってないで何とかしろ」


「面白がってなんかないし、人の色恋沙汰を私がナントカなんてできないよ。自分で決着つけて。どう転んでもリードが真剣に考えたなら私も全力でフォローするからさ」


「あのなぁ!」



なおも私に何か文句を言おうとさらに身を乗り出してきたリード。

そこで全くタイミングの悪いことに、部屋のドアが開いてしまった。



「……何してんだコラ」



そこに居たのは、ファリオンとエレーナ。

ファリオンは青筋を浮かべて、エレーナはこの世の春のような笑みを浮かべている。

ヒナ吉をちらりと見ると、口は全開。

でもさっきまでは閉じていたはずだから、私とリードの声はたぶん外に漏れていない。

となると、エレーナからしたら静まり切った部屋の中で私たちが急接近していたように見えていることだろう。

ファリオンは何の話をしてたか分かっているだろうけど、かといってこの距離を許してくれるわけでもあるまい。

自棄になったように私を抱きしめようとするリードの手をすり抜けながら、この後のお説教を思って頭を抱えた。

いつもご覧いただきありがとうございます。

次回からパラディア編に突入します。

さくさく進めていきたいところですが、だだーっと書きためていたのを保存し忘れてデータを飛ばし、キャッシュからの復元も失敗して若干心が折れているのでスピードアップは難しそうです……すみません。

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