018神様と錬金術
ヴォルシュ邸に戻ってから、ファリオンは礼状準備の続きをするため執務室へ。
私は借りている部屋に戻り、ローザが残した本を読んでみることにした。
「神様の話?」
パラパラとめくって文字に目を滑らせてみると、神という言葉が多く出てきていた。
こんなに神様のことが書かれている本は初めてだ。
神話だろうか。
教会での扱いはぞんざいで、王立図書館にすら全くなかった本がここにある。
さすが、問題あるとはいえ優秀らしい聖遺物研究家。
やっぱりちゃんと神話とかも調べてたんだ。
彼女もきっとあらゆる伝手を使ってかき集めたんだろう。
これは予想以上に貴重なものを譲ってもらったんじゃないだろうか。
「大昔に存在した神様か……」
一冊は神様がどう過ごしていたかをメインに描かれている、神話というよりは昔の人が残した記録のようだ。
写本されたものなのか本自体は思ったより古くないけれど、内容は千年ちかく前らしかった。
"神"としか表現されていないその存在がどんな容貌をしているのかは分かりづらい。
けれど人が喜ぶことが大好きな人間好きの神様だったようだ。
人と共に暮らし、その生活と平穏を守るとても身近な存在だったことがうかがえる。
女神が荒れる土地を鎮めてくれたという記述もあった。
これはきっとマイルイのことなんだろう。
荒れるという表現はざっくりしているけれど、悪しきものが湧いたり植物が枯れたりしたそうだ。
……ひょっとして魔力泉のことだろうか?
だとすると悪しきものって魔物?
魔物は全て迷宮から生まれて世界中に散っていったとされ、魔力泉の周辺で多く姿が見られるようになるのは魔力泉に引き寄せられているからだと言われていた。
けれどもしかして……魔力泉自体も魔物を生み出すの?
迷宮はおそらく初代魔王のヴァールが生み出したものだ。
だけど迷宮以外からも魔物が生み出されるなら、魔王の魂が消えても魔物はいなくならないか、魔力泉も魔王に関係するかのどちらかになってしまう。
ファリオンから魔力泉と魔王の関わりなんて聞いたことないけど、彼も知らないだけなのか……
「あああ、わけわかんない」
いや、よく考えたらこれはあくまで神話。
悪しきものというのが魔物とは限らないんだし、創作の可能性もある。
とはいえ一概に嘘っぱちとも思えないのは、以前ロイエル領で神殿を見学した後に意味深な夢を見たせいだろうか。
それにしても、こんな神話まで残っているのに、どうしてこんなに神様への信仰が薄いんだろう。
直接的な恩恵が少ないっていうけど、この神話の通りなら恩恵はありそうなものだ。
二冊目は、同じ時代に別の人物が記した記録を抜粋したもののようだった。
とある人物に関わる内容に絞ったものらしい。
それが、大錬金術師ヴァイレ。
人々の生活を豊かにする発明を次々としていく、とても優れた錬金術師だったらしい。
「……ん?」
よく見てみると、一冊目と二冊目の本には類似点がある。
神がしたことと、錬金術師ヴァイレがなしたことがあまりに似ているんだ。
「もしかして、この錬金術師ヴァイレっていうのが神様?え、人間?」
一冊目をよく読み返してみると、その神様がもたらした恩恵のほとんどは、錬金術の類だった。
錬金術。
この世界にあふれる魔力と物質を使い、科学的な理を超えてあらゆる物質や道具、薬を作り出す技術が総じてそう呼ばれる。
魔術具の作成もこの一種だ。
もともとある素材の形を加工したのちに条件発動型の魔術を付与する鍛冶や彫金とは異なり、素材の加工段階から魔力で物質の性質を変化させる特徴がある。
魔術の範囲を超えた能力を有する道具まで作れる可能性を秘めているのが錬金術だといえる。
そんな錬金術師に求められるのは魔力、知識と発想力。
難易度の差こそあれど技術と知識、必要な材料と少しの才能さえあれば、人間の手で再現できるとされる。
それは神による奇跡の御業ではなく、発明だ。
聖遺物が再現不可能なのは、その制作方法が残されていないから。
聖遺物研究は制作方法を探る研究でもあるわけで、聖遺物が神様の残したものなら神様が錬金術師というのも頷ける話だった。
かといってただの人間である錬金術師が、神と呼ばれていたとは考えにくい。
なぜなら、文献に神の名前が出てくる年数は三百年以上にわたっている。
とても人が生きられる年数ではない。
例外はマリーだけど、彼女のその体質は謎の結晶に囚われたことに由来する。
けれどその結晶は迷宮の中にあったもので、迷宮が現れたのは大戦後のこと。
大昔から結晶があったとか、もっと他の理由で長生きしている人間の可能性もあるけれど……それは考えても仕方ない。
「それなら本当に、神様が居たのかな」
マイルイみたいな存在が居るくらいだ。
神様は神様であり、錬金術師ヴァイレと呼ばれることもあったと考えるのが一番しっくりくる。
もしかしたらあえて自分でそう名乗っていたのかもしれない。
「あれ、でも……魔力って神様にとっては毒なんじゃなかったっけ?」
錬金術は魔力を用いて道具や薬を作り出すものだ。
その害になる力を使ってわざわざ道具を作っていたんだろうか。
苦手なものを苦手なままにせず、うまく付き合っていく方法を模索していた?
真面目な神様だな。
「……なんか謎が深まった気がする」
聖遺物は神が残したもの。
それはもしかしたら元の世界での神器やいわくつきの物品よりも根拠のある事実なのかもしれない。
だけど、それならばどうして神様は多くの道具を作ったのか。
どこに行ってしまったのか。
その答えを求めて三冊目を手に取ったところで、部屋にノックの音が響いた。
「はい?」
「アカネ様、リード様がいらっしゃったみたいですよぅ」
「え、リード?」
エレーナの言葉に驚きつつも本を戻す。
その拍子に、本に挟まれていたらしい小さな紙片がひらりと落ちた。
「ん?」
「アカネ様、お急ぎみたいなのでお早くです」
「はいはいっ」
とっさにその紙片を拾い上げ、そのまま部屋を出た。
===
ファリオンと落ち合い、リードが居るというサロンへ急ぐ。
なんだかただならぬ気配を感じたので、お茶の用意は私が請け合って使用人たちを人払いした。
そうまでしてやって来たというのに、聞こえてきた第一声は軽い挨拶だった。
「よぉ、ヴォルシュ侯爵」
からかい交じりの声に、思わず肩の力が抜ける。
「……これはこれは、メアステラ商会長。よもや貴方がアポイントメントも無く来訪される非常識な方だったとは」
礼状をようやく書き上げて休憩しようとしていたところだったらしいファリオンは、目論見が外れて大層機嫌が悪い。
どれくらい悪いかというと、これ見よがしに後ろから私を抱きしめてサロンに登場するという、どっちが非常識なんだか分からない行動に出るほどだ。
「これは失礼いたしました。火急の用でしたので。まさかその程度のことも読み取っていただけないとは、私が浅はかでございました。チッ」
「おいこら、舌打ち聞こえてんだよ」
「あのさ、二人ともさ。今は人払いしてあるからまだいいけど、使用人たちが見てる前でそれはやめてよね?」
まだ勤めて浅い使用人たちがこれを見たら、主人の器も訪問客との関係性も訳が分からなくなって混乱するだろう。
サロンのソファにどっかりと座り直したリードは、大きくため息をついた。
「俺だって忙しいんだよ。昨日のアカネのドレス見た貴族連中から、昼夜お構いなしに問い合わせ殺到してっからな」
「あ、そうそう。ありがとうね、リード。ミス・グレイと一緒に新糸の研究頑張ってくれたみたいで」
「ああ、マジで疲れた……研究内容よりも、研究仲間に手を焼いた」
そう言って遠い目をする彼の視線の先にはミス・グレイが映っていることだろう。
うん、リードってオネエ様みたいなタイプの相手、苦手そうだよね。
よく頑張った。
おかげでドレス、とっても素敵だったし評判も最高だったよ。
だから昨日のパーティーで私たちのことをめちゃくちゃいじってきたのは水に流そう。
根に持ってなんか無いよ、全然。
「で、そんな忙しい商会長が何の用だ?」
「……周囲は?」
声のトーンを落としたリードを見て、ファリオンも面倒くさそうな表情を消した。
「……大丈夫だ。防音壁を張ってる」
リードと私たちの間にある机の上に、ちょこんとヒナ吉が座る。
その口は半分閉じていて、おそらく部屋の外に私たちの声は漏れない。
「アドルフ様とスチュアート殿下から指示があった」
「アドルフ…はともかく、スチュアート殿下?」
ファリオンが呆けた声を出すのも無理もない。
まさかここにきて、隣国パラディア王国の王子様であり、お姉さまの旦那様の名前が出てくるとは思わなかった。
「端的に言う。二人に命じられたのは囮だ」
「囮?」
「エルヴィン・フランドルを誘き寄せるために、パラディア王国へ渡ってほしい」
「待て待て、どういうことだよ」
「エルヴィンがパラディア王城に侵入した形跡がある」
「は……」
エルヴィンが、隣国の王城に?
いつもご覧いただきありがとうございます。
先週更新できなくてすみませんでした。
ちょっと短くなってしまったこともありますので、今日中にもう一話更新予定です。




