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魔王の隣で勇者を想う  作者: 遠山京
第二部 第一章 令嬢と精霊

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017アーべライン侯爵と聖剣

「じ、地味だなぁ」



王都にある中で最も古いと言われている教会。

ドロテーアに紹介されたそこを見た私の感想はそれだった。

建物は改修されているのかそこそこ綺麗なんだけど、さっぱりとしていて装飾らしい装飾が無い。

形もなんか真四角だし。

シルバーウルフの首領、ハイルさんの拠点近くにあった教会は、古いながら私のイメージする教会らしい雰囲気だったのに。



「信仰が薄まって簡素化されてったんだろ。パラディアの精霊教会はもっと荘厳だった」


「そういうもんかぁ」



ファリオンの言葉に納得する。

確かにああいうのは、権威とか信仰心とかを示す為に豪華にしていくものなのかもしれない。

お姉さまの結婚式の時に見た教会は綺麗だったもんなぁ。



「これはこれは、ヴォルシュ侯爵様とそのご婚約者様ですね」



教会の中に入るなり、入口近くに居た中年男性がすぐさま私たちに気付く。

中はなんというか……教会というより事務所という印象だった。

事務机に椅子、あらゆる棚が並び、建物の狭さに加えて雑多なものが多すぎて圧迫感すらある。

奥の方に押し込められている四角い台座はまさか祭壇なのだろうか。

埃をかぶっていそうだが。

眉をひそめそうになるのをぐっとこらえ、笑顔を浮かべる。



「私たちの顔をご存じで?」


「ええ、それはもう。先のパレードは私も拝見しましたから」


「……ああ」



あれか……



「そして昨日は無事、叙爵されたと聞き及んでおります。おめでとうございます」


「ああ」



仮にも正式な貴族となったファリオンは、小さく頷くだけでお礼は口にしない。

親しい相手ならいざ知らず、下手にお礼を言ったりすると見返りを期待されることもあるからだ。

とくに教会相手は、『礼を言うなら資金くれ』みたいなところがあるそうで、下手なことを言えないという。

まぁ、今日は本を見せてもらいに来たから、そのお礼に最後に寄付くらいはしていくつもりでいるんだけど。


男性の言う通り、今日はパーティーの翌日だった。

にも関わらず、疲れた体を鞭打ってこの場に来ている。

本当はもう少しゆっくり休みたかったけれど、いかんせんファリオンが忙しくて今日しか空いている日が無いのだ。

来月になったら私は新学期が始まっちゃうしね。

そして立ち尽くしている私たちに気付いたか、男性は慌てたように礼をとった。



「ああ、申し遅れました。わたくし、本教会の所長を務めております、エッボと申します」



所長て。

聖職者感ゼロの肩書が出てきたな。

本当にもはや神様の信仰なんてほとんどされていないようだ。



「それで、本日はどうなさいましたか?」


「こちらにあるという神話の本を見せていただきたいんです」


「ほう。あれですか。ご令嬢は勤勉でいらっしゃいますな」



口ではそういうものの、一瞬ポカンとした表情には『そんなものに興味を持つなんて貴族の道楽だなぁ』という本音が透けていた。

仕方ないね。

牧師でも神父でもなんでもない、所長さんなんだから……



「ええと、確かここに……」



奥の本棚から無造作に引っ張り出されてきた古ぼけた本。

本来ならこういうのって、学術的にも価値があるものなんじゃないのか。



「ずいぶん、なんというか……他の本と同じような管理なんですね?」


「そうですねぇ。古いだけで大した情報も無いですし。一度王立図書館への寄贈を申し出ましたが断られたくらいですから」


「えっ……あの、こういうのを専門に研究されている方っていらっしゃらないんでしょうか?」


「神話をですか?聖遺物研究をされている方はいらっしゃいますが、神話はあくまで神話ですからねぇ。聖遺物は神が残したものなんて言われていますが、結局は大昔の人間の叡智の結晶でしょうから」



ハハハ、なんて笑う所長を見て脱力する。

こうも堂々と神を信じていないことを公言してしまうとは。

そしてきっと、この国ではそれが当然なんだ。



「神様の存在を追い求めても、生活が楽になるわけでも魔物を倒してくれるわけでもないですからね」



きっとそれが多数の人の本音だ。

隣国では精霊信仰が盛んだというのもそれを象徴している。

魔物による混乱が長く続いていたこの世界では、生活を守ることが何より大事で、明確な見返りの無い信仰をする余裕はなかったんだろう。

魔の五十年のせいで、神様の信仰はすたれていったんだろうか。



「まぁ、それでも一応貴重な物らしいので、捨てずに置いてあります」


「そうですか……拝見します」



この本に意思があったら泣いてしまいそうな事ばかり言うので、私は話を切り上げた。

今にも崩れ落ちそうな本のページをそっとめくる。


"神は世界を創り、命を作った。

 愛する命が紡いだ歴史を忘れないよう、石板に全ての出来事を書き留め続けた。

 次第に石板は神を助け、自ら出来事を刻み始めた。

 神は己以外の存在に頼ることを学び、時間を回すのを手伝ってくれる時の神を作った。

 両手の空いた神は命を次々と生み出したが、命が生まれる時に発生するエネルギーは神にとって毒だということがわかった。

 しかし神は命を消すことが忍びなかったので、そのエネルギーを打ち消せる浄化の女神を作り出した。"


ここまでは、ドロテーアから聞いていた通りだ。

その後、まだ言葉が続いているようだった。


女神は神の為、日々浄化を続けた。

しかし



「あれ?」



しかし、の後のページが破れてる。



「この後何が続くのか知っていますか?」


「ああ、長年の間にその本もずいぶん破れてしまいまして。私の先代、先々代の頃にはもうその状態だったそうで、誰も続きを知らないんですよ」


「そうですか……この本、他の教会にはないんでしょうか?」


「残念ながら、同じものが他にもあるとは聞いたことがありませんで」


「そうですか……」



ドロテーアも希少な本だって言ってたな。

マイルイなら続きを知ってるんだろうか。

お礼を言って寄付金を渡してから教会を後にする。



「どうする?王立図書館にも行く予定だっただろ」


「うーん」



あの本の寄贈を断るくらいだ。

王立図書館に神話や世界の記憶に関する情報があるかは怪しい。



「まぁでも、せっかくだから行ってみるよ」



もしかしたら何か紛れ込んでいる可能性も無くはない。

しかし、数時間後、私は唸る羽目になった。




「うーん、やっぱりあんまり無いなぁ」



いつだったか借りたのと同じ個室。

かろうじて関係があるかもとの希望を見出した数冊の本には、神のかの字も見当たらなかった。



「あー、イライラしてきた」



私の隣で、そんなことを言うのはファリオンだ。

調査が進まずイラついているわけではない。

昨日のパーティーの参加者への礼状を書かないといけないらしく、ここでその作業を進めているのだ。



「どこまで進んだの?」


「半分」


「半分かぁ。本探しついでにエレーナにお茶頼んでくるよ」



本を汚さないこと前提で、自分の連れてきた使用人に頼めばこの部屋ではお茶を飲める。

さすがのお貴族様仕様だ。

また退屈だなんだと文句を言うエレーナを宥めすかし、今日は別室に待機してもらっていた。

よほど暇だったのか、お茶を頼むとエレーナは目を輝かせて準備しに行ってくれる。

……後で甘いものでもご馳走しよう。



「さて、また探し物の旅に出るか」



相変わらず人気のない図書館。

高く居並ぶ本棚の山を漁りづけて二十分。

めぼしいものは見当たらない。

さっきの本だって、一時間くらい探して三冊だったしなぁ。



「何でこんなに無いんだろう」


「何を探しておいでですか?」


「いや、神話とか世界の記憶とかの……」



あれ?

今誰に聞かれた?

慌てて振り返ると、その人物の顔は予想以上に近くにあった。



「ひゃわっぷ」


「アカネ様、図書館ではお静かに」



叫びかけた私の口を、細い手が押さえ込む。

光の加減で真紅にも見える見事な赤毛。

これまで会った時はいつも綺麗なお団子にしていたのに、今日はその髪は無造作に下ろされ、少し乱れた様といい目の下のクマといい、ずいぶんくたびれて見えた。



「ろ、ローザ……さん」


「良かったよ、名前を覚えてくださっていて。前は魔王やら変態やらと呼ばれましたからね」


「あ、あはは……すみません」



ローザ・ベネディクト。

ファリオンの天敵であり、私にとっても妙に不気味な相手。

あと、ギリアウトなショタコン。



「神話に興味を持つなんて、アカネ様は変わっていらっしゃる」


「そ、そうでしょうか?」



この人も調べ物でここに来たのだろうか。

何で私に構うのか。

そっとしておいてほしい。



「どうして神話を?」


「え、ええっと。なんとなく」


「なんとなく、ねぇ。本当に?」



至近距離で私を見つめ、口角を上げるローザ。

その瞳は焦点があっていないように見えて、背中が粟立つ。



「なに……」


「ねぇアカネ様。私に借りがあるのを覚えておいでですか?」



それは、初めてファリオン……ファリオンの姿をしたリードに出会った時のことだ。

シルバーウルフの中でも無法者だったらしい男ともめていると、ローザが声をかけてきた。

一応、危険な目にあっている私を見かねて割って入ってきてくれたとのことだった。

だけど正直なところ、あの場を何とかできたのはマリー達のおかげであって、ローザはその場を引っ掻き回す以外の役に立っていない。

いないのに、勝手に貸しだと言い放ったんだ。



「なんのことか……」


「しらばっくれるなんて酷いなぁ。少しお話をしたいだけなんです。私の研究室に来ていただけませんか?」



恐怖しかない。

後ずさる私に、同じだけ距離を詰めてくるローザ。

叫びたいのに喉が絞られて声がうまく出ない。

ローザの手が私に伸びた、その瞬間。



「うっ!?」



私を抱き込みながら、私とローザの間に割って入った影。

その手の剣がローザの首元につきつけられていた。



「ファリオン」



力を取り戻した喉がその名前を紡ぐ。



「こ、これはこれはヴォルシュ侯爵」


「ローザ・ベネディクト。俺の婚約者に何用だ」



声が低い。

もともとファリオンはローザのことを嫌っているのに、こんな状況に居合わせたら無理もない。



「いえ、その……アカネ様が神話などの古代の本をお探しだというので、お貸ししようかと。私の研究室にいくつかありますので」



え、そんな話だっけ?



「それは有難いが、本のみこちらに持ってきてもらおうか」


「……侯爵は、私がお嫌いだと見える」


「心当たりが無いというのか?本当に?」


「おや、記憶を取り戻されたというのは本当なのですね」



そうだった、ローザが最後に会ったのは、記憶喪失でファリオンの姿をしたヴィンリードというややこしい状態の相手だった。



「ご安心ください。侯爵が以前何をなさっていたのか、私はすっかり忘れていますので、他言もしておりません」



あ、そうだ。

ローザが会ったファリオンって、シルバーウルフしてたんじゃん!

チラリとファリオンが私を見るので、小さく頷く。

そういえば、あの時、路地裏にローザが居合わせたことをファリオンは知らない。

入れ違いになってたもんね。

面倒くさそうに眉根を寄せて、ファリオンは小さく息を吐く。



「脅しているつもりか?」


「まさか。私は侯爵と友好を築きたいと思っているだけですよ」


「友好?笑わせる」


「幼少のころ、侯爵の愛らしさにまけてご迷惑をおかけしたことは謝罪いたします」



もう興味なんてないから安心しろとでも言いたげな言い草だ。

しかしファリオンの表情は険しくなるばかり。



「謝罪などほしくも無いが、お前の最大の罪はそんな物じゃない」



その言葉に、ローザが目を見開く。



「……ヴォルシュ侯爵」


「その名をお前には呼ばれたくない」


「なるほど……すべてご存知のようだ。思ったよりその話は広まっているのか。前にヴィンリード君の反応が妙だと思ったけれど、知っていたのかな」



後半は呟きのようだったけれど、かすかに聞こえた。

そのヴィンリード君って、ファリオンのことじゃないだろうか。

これはセルイラ祭りで私が初めてローザに会った時のことだろう。



「いいや。お前の才能とヴォルシュ家の名誉を守るため、国は厳しい緘口令を敷いた。知っているのは一部の貴族と、閨で夜話を聞いた女くらいだろう」


「……そのお年でもう遊び歩いておられる?よりによって貴方がその話を耳にしてしまうとは」



ええっと。

つまり?

ファリオンが娼館に居た頃に知った話ってことなんだろうか。

ローザは一体何をしでかしたんだろう。

話が見えないということを訴えるべく、ファリオンの服の裾を引っ張る。

ファリオンはこちらに視線をよこさないまま、目を細めて呟いた。



「アーべライン侯爵の蛮行。その裏に居たのはこの女だ」


「え!?」



思わず大きな声が出て、慌てて口を押さえた。



「人聞きが悪いですね。私はあんな凶行を目論んだりはしていない」


「目論んではいなくとも、アーべライン卿がおかしくなったのはお前の作った魔剣のせいだろう!」



魔剣。

なんともファンタジーなワードが出てきた。

しかし、ローザは嫌そうな顔をする。



「失敗作なのは認めますが、あれは聖剣のつもりだったんですよ」


「聖剣って……勇者の?」



私の問いに、ローザは微笑む。



「ええ、そうですとも、アカネ様。神がもたらした聖遺物。その一つとされる聖剣。しかしあれは抜く人間を選ぶ欠陥品だ。誰もが使用でき、使用者の士気を高め、その力を大きく引き出す新たな聖剣を私は作りたかった」


「約七年前、バルイトで行われた魔術具披露会。そこでお前がその聖剣とやらを披露し、アーべライン卿が興味を持った。まさかそれが、使用者を狂わせる魔剣だとも知らずに」



バルイトで不定期に開かれるという魔術具披露会。

確か、クラウス様とクラウディア様が誘拐されるきっかけになったのもその披露会だったはずだ。

そこに、ローザも出品したことがあったのか。



「使用者の士気の高ぶりが想像以上だったんです。アーべライン侯爵はヴォルシュ侯爵に強い敵対心を抱いていた。元あった感情の増幅、もともと彼が憎しみを抱いていたのは私のせいではありません。そもそもあれは試作品で、使用しないことを条件にお譲りしていたんです」


「人の感情を揺さぶるなんてそれだけで危険物だ。依存性まであったっていうその剣をなぜ譲り渡した?そのせいで彼は脱獄してまで剣を追って、俺の父の屋敷を襲撃したんだぞ!」


「それはアーべライン侯爵が勝手にヴォルシュ伯爵邸に聖剣があると思い込んだせいですよ」


「剣の力の余波が彼の部下にまで及んでいることに気付かなかったのはお前の落ち度だ。脱走した彼に協力した部下達もその聖剣とやらの被害者だろうが!」


「ああもう、そんなことまで知ってるんですか……長期使用した場合の余波を知らなかったのは確かに落ち度ですが!使うなと言ったのにあの男が勝手に日々素振りなんかにまで使ったのが悪いんです!彼が取り押さえられた後、私は研究室で彼の依存性を抜くべく徹夜で勤めていたんですよ。聖剣だってしっかり処分されてしまった。……何もあそこまで粉微塵にしなくても良かったと思いますがね!」



恨みがましげなローザの言葉を聞きながら、ようやく話が見えてきた。

つまり、ローザの作った聖剣もどきのせいで、アーべライン侯爵はらしくない蛮行におよび、その部下達も同様に影響を受けていたので止める者もいないどころか一緒に大暴走。

その結果、ヴォルシュ家に大きな被害をもたらしたと……

以前、ファリオンが口にした言葉を思い出す。


『お前の探究心が他人を傷つけることもある』


確かに彼は、ローザにこう言った。

ああ、そういうことだったのか……



「お前の注意を聞かなかったアーべライン卿には確かに非があるだろう。でも加害者の責を彼だけに負わせるのは納得がいかない」


「……貴方も多くの貴族連中と同じことを言うんですね。まぁ、無理もないか。貴方は間違いなく被害者ですから。私を加害者だとそしる声が聞こえる中、味方をしてくれたのは()()()だけ……」



ローザは何かを思い返すように目を伏せた。



「お前の所業、国はその功績と才能に免じて目をつぶりその肩書を取り消したりはしなかった。俺もお前の才能は認めよう。失敗作とはいえあんな魔術具を作れるような天才、そうはいないからな」


「誉め言葉として受け取りますよ」


「だからこそ、危うい。さっきまでの発言を聞いていれば、お前がアーべライン卿の件から学んでいるとは思い難い」


「……学んでいますよ。しっかりと」



そう答えるローザは恨みがましい目をしていて、私の体を強張らせる。

そんな私に気付いたローザは、表情を崩して微笑んだ。



「アカネ様、侯爵様なんとかしてくれませんか?貸しはそれでチャラでいいですよ。こんなにも私ばかり悪者にしなくったっていいじゃないですか、ねぇ?」


「え、ええっと」


「アカネを巻き込むな。貸しってなんだ、アカネ」


「いや、あの」



小声でボソボソと当時のことを伝えると、ファリオンは大きく溜息をつく。



「そんなもん貸しでもなんでもねーよ。アカネはもうじきヴォルシュ家の人間になる。お前がヴォルシュ家に負っている責を思えば割に合わないくらいだ。お前に悪意が無かったにせよ、お前が作った魔術具が一人の男の人生を狂わせ、多くの人間を死に至らしめた。これは事実だろう」


「ああ、わかった。申し訳なかった」



ローザは嫌気が差したように首を振り、おざなりな謝罪を口にしてから何かを放った。

足元に落ちたものに視線をやると、それは三冊の本だった。

さっきまで何も持っていなかったのに、一体どこから取り出したのやら。



「それをお詫びにさしあげますよ。アカネ様のお探しのものに近いでしょう」


「えっ」


「それと、昔の話を知りたければパラディア王国に行くことをお勧めしますよ。この国よりは古い本が残っています。私はこれで失礼しても?侯爵様」



冷え切った声。

ファリオンが顎をしゃくったのを見て、ローザは踵を返した。

……な、何だったの。



「大丈夫か?アカネ」


「う、うん。ファリオンこそ……」


「俺は……いや、悪かった。熱くなりすぎた」


「ううん。無理も無いよ」



伯父さんが殺されたこと、お父さんが魔王になったこと、ファリオンが多くの人を殺めてしまったこと。

ローザはどれも直接的には関わりが無い。

だけど、ファリオンからしてみれば、あんな剣さえなければと何度も思ったことだろう。

自分の罪の重さに苦しんだ彼だからこそ、今も当時と変わらぬ立場で研究者をしているローザが気に障るのかもしれない。



「アーべライン侯爵の話……クラウディア様から、聞いたの?」


「……ああ。あそこに居た時、何が起きたのかはほとんど教えてもらった。もう、整理はついたつもりだった」


「ファリオン」



辛そうな表情で前髪を引っ張るファリオンの手を、そっと押える。



「その癖やめなよ……禿げるよ」


「……お前、それ今言うことか?」


「肩の力抜けたでしょ」


「うるせーよ」



バツが悪そうにそっぽを向くファリオンに笑いながら、ローザが落としていった三冊の本を拾う。

ファリオンには言えない。

言えないけれど……ほんの少し、ローザの苦しみが見えた気がして、私は彼女ばかりを責める気にはなれなかった。

もし彼女が本当に、人々の為に研究をしていて、けれど他者への配慮を忘れた結果、犠牲を生み、非難されるに至ったのなら。

……それは、ファリオン。

貴方が敬意を払いたいと言っていた、二代目魔王に、とてもよく似ていると思わない?


けれどこれを口にしたところで、何もならないと知っているから言わない。

今のファリオンに必要なのは理屈じゃなくて、感情の落としどころだ。

人からどうこう言われて収まるものでもない。


……なお、個室に戻るとすっかり冷めたお茶を前に涙目のエレーナが居て、私とファリオンは帰りにお菓子のお店で彼女の機嫌を取りまくった。

いつもご覧いただきありがとうございます。

ようやく序盤の発言について伏線回収できました。

忘れられている可能性が高そうですが…

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