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魔王の隣で勇者を想う  作者: 遠山京
第二部 第一章 令嬢と精霊

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014忘れられた神話

私の問いかけに、マイルイは少し困ったように微笑んだ。



「楔ちゃん。悪いけどその質問には答えられないのよ」


「なんで……」


「過干渉は禁じられてるの。でもあんたはドロシーの友達だから、ちょっとサービスしてあげただけ」


「禁じられてるって…誰に?」


「ずーっと昔からの、友達よ」



そう言いながら見せたマイルイの笑顔は寂しげで、それだけでその友達とはすでに会えない状態なのだと分かった。



「それにあたしも全て分かってるわけじゃ無いわ。あんたみたいに世界の記憶を読み取る力なんてあたしには無いから、教えてもらったことと見たことしか知らないのよ」


「やっぱり私のあの悪夢は、世界の記憶に関係があるんだ……」


「大精霊、悪夢を見ないようにすることはできねーのか?」



マリーを運び終えたのか、こちらに視線を戻したファリオンがマイルイに問いかける。



「そこまではあたしにどうにかできることじゃないわよ。とにかく世界の記憶がつながるようになっちゃってるから、スムーズに受け入れられるようパスを綺麗につないであげただけ。これだけでも精神はだいぶ楽になるはずだわ」


「なんで世界の記憶なんて大層なもんと繋がることになってんだよ」


「あたしがそうしたんじゃないもの。あたしに聞かないで。あたしは物知りだけどなんでも知ってるわけじゃないの。とりわけあんた達のことに関しては、あたしだってまだどう受け止めていいか……」



そこまで口にして、マイルイは視線を彷徨わせた。



「とにかく、これ以上のことはあたしもドロシーも話せないわ。何か知りたいなら自分で調べて」


「待て、まだ聞きたいことが……」


「もう無理よ。言ったでしょ。あんた達の側に居るのきついのよ。ドロシーがいじめられてたから頑張って出てきただけ。でもそうね。パラディアにあるあたしの祭壇まできてくれたら、もう少しくらい力を貸してあげてもいいわ。もちろん、ドロシーのこといじめたら力なんて貸してあげないから」



マイルイは言うだけ言って、舌を出しながら姿を消した。

後に残されたのは不機嫌そうなファリオンと、頭を抱えるドロテーア、そして私。

とりあえず。



「私もドロテーアのあだ名考えようかな」



ドロシー呼び羨ましい。

しかし私のそんな純粋な思いを無視して、ファリオンは私の頬を軽く引っ張った。




=====




「マイルイとは、私が小さい頃に偶然出会ったんです」



ドロテーアが語った二人の出会いはこんなものだった。

父親の仕事の都合でパラディアについていったドロテーア。

パラディアにある大精霊の教会を見学していると、祭壇の向こうにふと誰かの気配を感じたらしい。

目をこらして見てみるも、そこには誰もいない。

しかしその気配は確かにそこに居て、さらに移動していくのまではっきり分かったそうだ。


当時八歳だったドロテーアは好奇心のままそれを追いかけ、止める父親達を振り切って教会の奥にある森の中に入り込んでしまった。

迷子になったと気付き泣いていると、その気配が姿を現したのだという。

この世の者とは思えない美女に目を瞬かせるドロテーア。

そんな幼子に、その美女はのたまった。


「うわー、こんなところまでついてきてるー!姿見せてないのにわかるなんて、親和性たっかいのねー!」


と。


泣いている女児に対する一言目がそれでいいのかと思うが、精霊にそのあたりの配慮を求めても仕方あるまい。

ともあれそれをきっかけに二人は交流を始め、今ではすっかり仲良しのお友達になった。

騎士萌えのドロテーアの為に騎士の情報を集めては提供してくれるマイルイ。

マイルイにとっても、下心なく話し相手になってくれるドロテーアは貴重な存在だったようだ。

パラディアでは精霊は信仰の対象だからね。

対等な関係を築くのは難しいんだろう。



「俺達のこともずっと知ってたんだな?」


「学園に入ってお二人と親しくなってから、マイルイには忠告を受けていました。でも私はお二人のことを怖いとは思えなかったし、マイルイ自身も今代の魔王は人の人格を保っているから、親しくしている限り害は為されないだろうって」



つまり、学園に入ってすぐくらいには、ドロテーアは魔王のことを知っていたという事か。



「アカネ様が誘拐されたなんて騒ぎになった時も、ファリオン様……当時ヴィンリード様だったファリオン様が旅立った後、真相をマイルイが教えてくれました。だけどフランドル侯爵に命を狙われているって言うし、シルバーウルフの暗殺者にまで殺されかけたって話を聞いて私がどれだけ心配したか」



一連の事件から戻ってきた時、リードとファリオンが入れ替わっていることも、私が行方不明になった経緯の話がすっかりすり替わっていることも、ドロテーアは一切突っ込んでこなかった。

危険を嗅ぎつけて触れないようにしているんだと思っていたけど、なんてことはない、全部知っていたわけだ。



「アカネの性癖は俺だけが知ってればいいんだけど」


「性癖なんか無いわよばかっ!」



いくらマイルイがやたら性癖性癖言うからって私の性癖なんかまで伝えてはいないだろう。

いないはずだ。

というか私に性癖なんて特に無いはず。



「え?アカネは男性の正装とか騎士の制服とか好きよねー?魔王が正装解くときの仕草にもドキドキしてるみたいだし、お仕置きとして彼のネクタイで腕をしばられた時なんか……おっとこれ以上はドロシーには刺激が強いわ」


「マイルイ!」



わざわざそれを言う時だけ姿を現して、私の怒声にすぐさま再び空気に溶けてしまった大精霊。

姿が見えないので怒ろうにも怒れない。

やり場のない怒りを手足をバタバタさせて発散する私に、顔を真っ赤にしたドロテーアが声をかけてくる。



「あ、あの。マイルイは大きな事件があれば教えてくれますが、さすがにお二人の細かいやり取りなんかは聞いてませんので安心してください。えっと、さっきのを除けばですけど……」


「忘れて、ドロテーア。いい?」


「は、はい」



私に肩を掴まれたドロテーアは、ぜんまい仕掛けのおもちゃのように首を縦に振った。



「アカネ様の悪夢というのは世界の記憶に連なるものというお話でしたよね」



流石しっかり者のドロテーアは、顔の赤みが引かないながらもすぐに話をそらしてくれた。

私も全力でそれに乗っかることにする。



「そうみたいだね。信じにくい話だと思うけど」



ファンタジーの世界に入り込んでおいて今更だけど、魔法とかより現実味がない話だ。

とはいっても、それらしき夢を見てしまった後では信じざるを得ない。

だけど当事者である私やマリー以外の人間からしたら、冗談のようにしか思えないだろう。

そう思ったのに、ドロテーアは首を振った。



「確かに昨今は聞きませんが、大昔は当たり前の概念だったそうですよ。古い本で見たことがあります」


「古い本か……」



大戦の時代に多くの文献が失われ、戦前の人々がどんな思想を持ちどんな生活をしているのか、伺う術は多くない。



「今では神話としておとぎ話のようにしか聞かない話も、私たちにとっての魔術や魔物みたいに身近にある当たり前の知識だったそうです。それこそマイルイ自身も、神話で語られていた存在なんですよ」


「そうなの!?」



私、神話に出会ってたの!?

あの神話めっちゃ下世話なんだけど!?



「王都の教会に残されている本を見たことがあるんです。なんとか戦火を免れた希少な本らしいですが、あまり存在は知られていないみたいですね」



今や世界のほとんどは精霊を信仰している。

この国にはマイルイが言ったように魔力が満ちていて精霊が少ないからなのか、一応大昔から続く神様を祀った教会が細々と残っているけれど、その実態はほぼ慈善事業の母体といったところだ。

孤児院運営とか、簡単な読み書きの教育をしてくれるとか、道徳を教えるとか。

神様にお祈りしたり、神の教えを説くなんて活動は一切聞かない。

偶像崇拝を禁じているとかではないのに、神様の像も無い。

信徒が居ないからお布施もなく、貴族の援助で成り立っている。

神話だって私たちのように本に触れる機会のある貴族階級の人間でもなければ、知る機会すら無いだろう。

数少ない神話の本がそんな扱いなのも無理もない。



「何が書いてあったの?」


「えっと、確か……」



神は世界を創り、命を作った。

愛する命が紡いだ歴史を忘れないよう、石板に全ての出来事を書き留め続けた。

次第に石板は神を助け、自ら出来事を刻み始めた。

神は己以外の存在に頼ることを学び、時間を回すのを手伝ってくれる時の神を作った。

両手の空いた神は命を次々と生み出したが、命が生まれる時に発生するエネルギーは神にとって毒だということがわかった。

しかし神は命を消すことが忍びなかったので、そのエネルギーを打ち消せる浄化の女神を作り出した。



「と、こんな感じだったと思います」


「……初めて聞いた」



私が知っているのは時の神のくだりまでだ。

おそらくそれが貴族の中での一般的な知識レベルだと思う。



「その本の希少なところはそこらしいです。この記述がある本はこの一冊だけらしくて」


「その神話にあてはめるなら、石板ってのが世界の記憶で、女神があの大精霊ってことか?」



ファリオンの問いかけに、ドロテーアは頷く。



「はい。マイルイは魔力を打ち消す力を持っていますが、その能力はとても彼女の力を消耗するそうです。だから魔力濃度の濃いところには近付けないとか」



つまり、命が生まれるときに発生するエネルギーが魔力で、魔力は神様にとって毒だったってこと?

濃度に差こそあれ、今や世界中に漂っているはずの魔力が毒だなんて……



「神様がその対策に生み出したのがマイルイだけど、そのマイルイでも魔力を完全に制するのは無理だったってことか」


「女神って割には頼りねーな」


「……ファリオン様やめてください。マイルイまだ聞いてるんですから。お二人には聞こえないでしょうけど、怒ってますよ」



ドロテーアは迷惑そうに耳を押さえながら苦情を言う。

私たちの傍にいるのはきついと言いながらも、未だに居座っているらしい。

私たちがドロテーアをいじめないか見張っているのかもしれない。



「よくわかりませんが、マイルイは私たちの知らないところでいろいろ頑張ってくれてるみたいなんです。何もしてないわけじゃないんですよ、たぶん」



さらに精一杯のフォローが付け加えられたものの、ふんわりした解説のせいでファリオンは半信半疑といった表情だ。

私も正直信じきれない。

人の情事を覗き見るのが趣味みたいな女神様は嫌だ。

いや、元の世界の神話でも神様って割とアレなのが多かった気もするけど。



「でもマイルイっていう女神が実在するなら、神様…創造主とかにあたるのかな?創造主様と時の神様も本当にいたってことなのかな?」


「おそらくですけど……そのあたりの話は私もマイルイにあまりきちんと聞いたことがないんですよ。言いたくなさそうでしたし……今はファリオン様のおかげでマイルイがすっかり拗ねちゃってるので余計に聞けませんが」


「……まぁ、大精霊はどっちにしろ過干渉は禁じられてるから言えないってスタンスなんだろ。その力を借りるのはいざって時にしとこうぜ」



ドロテーアのジト目を受けてファリオンが咳ばらいをした。



「王都の教会に資料があるなら、王都の図書館にも何かしら文献が残ってるかもしれねーな」


「そうだね。私ももう少ししたら王都に行くし、一度調べてみようかな」


「それならぜひ教会の本も直接ご覧になってください。お願いすればわりと気軽に見せてくださいますよ」



元の世界ならそんな希少な本は博物館とかで厳重に取り扱われそうだけど、本当にこの世界の神様の扱いかっるいな。



「私も何かわかればすぐに報告しますから」



そうドロテーアが請け合ってくれたことで、ファリオンはひとまずドロテーアに対する態度を軟化させた。

これ以上ドロテーアを拘束しても仕方あるまい。

今夜は解散することになった。

夜遅くの来訪を詫びてからドロテーアの部屋を出ると、すぐにファリオンに腕を引かれる。



「なに?」


「……気配殺して立つな。攻撃しそうになる」


「そりゃ失礼」



唸るようなファリオンの言葉に応えて暗闇から姿を現したのは、細い釣り目の青年。



「エルマン」


「よう、アカネ。元気か?」



街中でばったり会ったくらいの軽い調子で手を挙げてくる様に肩の力が抜ける。

エルマンがここに居るということはマリーは既に悪夢を見ていたんだろう。



「そこそこ。マリーは大丈夫そう?」


「あー。とりあえず寝かした。つっても何かいつもと様子が違ってよ。何か知らねぇかなーって思ってあんたらに話聞こうと思ってたんだ。こんな時間にこんなとこうろついてるってことは、何かあったんだな?」



切れ長の瞳をますます細めたエルマンは、静かながらこちらを警戒しているようだ。

その様子を見て、ファリオンは首を振る。



「んな殺気立たなくても状況は説明するつもりだったんだ。落ち着けよ」


「あ、そう?助かるわ」



ケロリと笑みを浮かべて見せる青年は、やっぱり本の中で見たエルマンらしい。

人懐っこい言動のせいで分かりづらいけれど、彼は決して心優しい人間ではない。

気に入った相手には甘いが、それ以外の人間には必要とあらば非情な仕打ちもできる人だ。

本の中ではロッテを、そして今目の前に居るエルマンはマリーを大切にしている。

マリーにとって害になるなら私たちを敵と認定することも厭わないだろう。



「世界の記憶ねぇ。神様が刻んだ石板なんて言われても全くピンとこねぇな。この世で起きたこと全部書いてくなんてどんなでかい石が必要なんだよ」


「俺に聞くな」



話を聞いたエルマンが首を傾げるも、神話の内容を現実に当てはめてツッコミ出したらキリが無い。

石板は比喩とかかもしれないし。



「そのへんはお伽話くらいに考えた方がいいと思うよ」


「あんたはお伽話だと思ってるのか?」


「石板に書くっていうくだりはね。世界の記憶っていうものはあると思うな。実際に見たわけだし」


「ふーん」



マリーはあまりエルマンに夢の内容を話さないらしい。

心配かけたくないんだろう。

それが余計に彼を心配性にさせるとも知らずに。



「王都でいろいろ調べるつもりだから、何か分かったらエルマンに報告するよ」


「そうしてくれ」



マリーに、ではなくエルマンに、としておく。

マリーだけに伝えても、エルマンに伝えてくれない可能性が高いからね……

そうすると結局私たちを問い詰めに来るのは分かり切ってるんだ。



「あんたらが情報をくれる分には、俺もあんたらに協力するさ」


「リードのことよろしくね」


「ま、あいつは俺が居なくてもそれなりにこなす奴だけどな」



それはどうだろう。

リードは人に頼るのがうまくないから、エルマンみたいに親しい人間にはガンガン世話を焼くタイプの人がいてくれると大分違うと思う。

慣れない商売の世界で奮闘する中、信頼できる存在のサポートは大きいはずだ。

まぁ、リードは自分じゃそんなこと言わないだろうけど。



「とりあえず、マリーの悪夢に関しては状況が悪くなってるわけではねぇんだよな?」


「マイルイの言い分だとそうだね。むしろ悪くなってるのをちょっと良くしてくれたみたい」


「ふぅん」



鼻を鳴らして腕を組んだエルマンは、マリーの部屋がある方向に目を向けながらぽつりとつぶやいた。



「世界の記憶だか楔だかしらねーけど、何がしてぇんだろうな」



その問いには、私も答えられなかった。

ようやく神話とかの話を出せました。

結構日本の神様も外国の神様も、めちゃくちゃな方々多いですよね。

日本の神様の誕生の由来なんて、ちょっと『神々しさとは?』って考えちゃうようなものとか。

調べてみるとツッコミどころ満載で結構面白いですよ。


===


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