012悪夢の正体
ファリオンの浮気疑惑から五日経ったある日、セルイラの屋敷にドロテーアがやって来た。
遊びに来てという私のお誘いに応えてくれた形だ。
お友達が遊びに来るなんてこの世界では滅多にある事ではない。
非常にテンションが上がっている。
木陰だと涼しい風が入る日だったので、東屋でアンナも交えてお茶をすることになった。
極秘の護衛であるマリーは離れたところから私を見守ってくれている。
後でこっそりおやつを差し入れしよう。
「参りましたよ、出発する日の朝に屋敷の前にロッテが立ってたんですから」
そう言って溜息をついたのはドロテーアだ。
アンナが目を丸くする。
「まぁ、王女殿下が?」
「ああ……来れないのすごく残念がってたもんね」
アンナとドロテーアはすぐに打ち解けた。
二人とも優しい良い子だしね。
しかし、ロッテとほとんど会ったことがないらしいアンナは、ロッテの問題行動を聞いてもピンと来ないらしい。
「ファリオン様とアカネ様とのご婚約披露パレードを王女殿下が主催なさったと聞いた時にも驚きましたけれど、アカネ様は本当に王女殿下と親しくなさっているのね」
「親しいとかいうレベルかなぁあれ……」
「私が見ている限りでは、依存に近いものがありますね」
ああ、そうね。
ドロテーアの言葉にうなずく私を見て、アンナが眉尻を下げる。
「依存……というと少し問題があるのではないかしら?」
「ああ、大丈夫。そんな大げさな話ではないから」
仮にも王族であるロッテが依存しているなんてなれば政治的に面倒な話につながりかねない。
けど、ロッテの依存はそういうベクトルとは別物だ。
むしろ私が振り回されている。
「まぁ、そこは気にしなくていいよ。とにかくロッテもすごく来たがってたんだけど、公務が立て込んでて都合がつかなかったんだよね」
「学園入りを許してもらう代わりに公務を頑張ると陛下に約束したようですから、仕方ありませんよね」
「そこまでしてアカネ様と同じ学園に通われたかったのね」
懐いている女の子くらいの様子を想像しているのか、アンナは微笑ましそうにしている。
実態はストーカーに近いんだけど……いや、お姉様に比べたらマシか。
あれ、私ストーカー多くない?
「まさか無視して出ていくわけにもいきませんし、ダニエルが迎えに来て説得してくれるまで相手をしていたので出発が遅れてしまって……」
「ああ、それで到着が予定より一日遅れたのね」
ファリオンが主催するパーティーの件もあるし、ニ週間後には王都に行く予定だ。
そろそろスターチス家の別邸が完成する頃だしね。
その時には改めてお茶会を開いてロッテを呼んであげよう。
そうでもしないと拗ねに拗ねて面倒くさいことになりそうだ。
「そういえば、アドルフ様とはどうなの?ドロテーア」
「あら、そういえば卒業パーティーでお二人は踊っていらっしゃいましたわね。親しくなられましたの?」
私が振ったコイバナに、アンナも興味があるのか食いついてくる。
私たち二人の圧に押されて、ドロテーアは真っ赤になりながらも口を開いた。
「あ、あの後……お手紙をいただきました。それから私もお返事をして、またお返事をいただけて……」
「まぁ!アドルフ様がパーティー以外で女性のお相手をするだなんて……ドロテーア様、すごいわ。多くの女性がそのような関係まで進められることなく涙を飲んでいますのに」
珍しくアンナのテンションが上がっている。
少し社交界から離れていたとはいえ、私やドロテーアより先輩なのは確かだ。
それなりに耳がいいらしい。
確かにアドルフ様は成人するまで多くの女性と交流を重ね、浮名を流してきたけれど(本人曰くプラトニックな関係だったらしいけど)、成人して以降は身の振り方を改めた。
もちろん多くの女性に囲まれるのは変わらないし、その対応も手慣れたものだけど、真に自分のパートナーとなる人物を見極めるかのように深入りする相手を選んでいるようだ……とのこと。
誰かが話しているのを聞いただけなので本当のところはよく知らないけど。
特に私と別れてからは本腰を入れて結婚相手を探して居るのではと噂されている。
その候補になんとか名前を上げたいと押し寄せるご令嬢は多いけれど、お眼鏡にかなう人が今のところいないらしいという話だった。
実際、アドルフ様はとっくに成人しているのでいい加減結婚相手を決めないといけないし、ベルブルク公爵夫人となる人物は厳選しないといけないのも事実。
そんな中で手紙のやり取りをするのだから、アドルフ様はドロテーアに対して相応の評価をしているのだろう。
「といっても他愛無いやり取りしかしていないんです。お天気のこととか、騎士団のこととか」
「あら、そのような内容で手紙が続いていることこそ何よりの親密の証ですわ」
ドロテーアの言葉にアンナはニコニコして返す。
おそらく騎士団の話を振っているのはアドルフ様の方だと受け止めているのだろう。
でも実態はきっと違う。
「……アンナ、変な情報アドルフ様に伝えてないよね?変な目のつけられ方しちゃだめだよ?」
「嫌ですね、アカネ様。他愛無いって言ったじゃありませんか。第五騎士団の師団長が実は甘党だとかその程度の情報しか教えていませんよ」
「そうなのですか。ドロテーア様は色んな方のお話をご存じですわね」
ほらほら、アンナがちょっと不思議な顔してるじゃん。
確かに不穏な情報ではないけど、しっかり自分の情報網アピールしてるじゃん。
いやまぁ……アドルフ様ならドロテーアの手綱を握れるだろう。
むしろ下手な男性に任せちゃいけない。
なんとかアドルフ様にドロテーアをもらっていただきたい。
「それで、実は一週間後にベルブルク公爵閣下が主催する舞踏会で、踊ってくださると……」
「えっ、そうなの!?」
「あ、といっても入場のエスコートまでしていただけるわけではないのですが」
ドロテーアは真っ赤な顔のままそう言って首を振るけれど、あのアドルフ様が事前にダンスの約束をしたのだ。
未婚の令嬢相手に。
これで全くその気はありませんなんて言うほど彼は朴念仁ではない。
……これは、私が心配する必要ないかも?
しっかり者のドロテーアは、しっかり距離を縮めているらしかった。
その舞踏会はヴェルも参加予定だ。
令嬢はエスコート無しで夜の舞踏会参加はできないので、何だったらヴェルにエスコートしてもらってはどうだろうか。
彼も今はこの屋敷で過ごしていて、あと数日したらロイエル領へ向かうことになっている。
道中も一緒に行けば護衛達も楽できるのでは。
そう思ってエレーナにヴェルを呼び出してもらい、その到着を待っていると……
「あ……」
突然、ドロテーアが目を丸くして宙を見つめだした。
動く何かを追っているように視線を彷徨わせ、最後に私のすぐ傍で止まる。
虫でも止まったかと周囲を見るものの、それらしき何かは見つからない。
「何?何かいる?」
「あ、いえその……え?ま、待って。それは前にアカネ様が痛いって……!」
「え?」
ドロテーアの手が、何かを制止するように私の方へ伸ばされる。
何事かと問うより先に、頭を貫くような痛みが走った。
とっさにギュッと瞳を閉じる。
「う……」
数秒程度だっただろうその痛みはそれでもあまりに激しく、一瞬完全に意識が途切れた。
収まった今も、余韻で頭がくらくらする。
額を押さえながらゆっくり目を開き、私は凍り付いた。
そこに見えたのが、さきほどまでいた東屋じゃなかったからだ。
いや、それどころか何も見えない。
ただただ、真っ白な色が目の前に広がっている。
その白はどこまでも続いているのか、実はすぐ目の前に白い壁があるだけなのか。
遠近感すら狂わせるその光景は前後左右上下の感覚を奪い、眩暈がしそうだ。
気付けば周りから音も失われていた。
「これは……」
覚えがある。
いや、それどころか六日ほど前にも一度見ているはず。
けれどいつからか起きた時には忘れるようになっていたから、ひどく久しいものに感じた。
できるなら、ずっと忘れたままでいたかった。
だってこの後起きることは、決して気持ちのいいものじゃない。
意識が一瞬途切れたと思ったけれど、まさか完全に気を失ってしまったなんて。
「早く、早く起きないと……」
私の焦りも空しく意識が現実に引き戻される気配はない。
そしてどこからともなく、染み出すように現れた黒い何かに気付き、無駄だと知っていても身構えてしまう。
「きた……!」
目の前にじわじわと広がっていく黒は、次第に高速で渦を巻き、私を取り囲んでいく。
足掻いても無駄だと知っているのに、腕は無意識にそれらを振り払おうとする。
そんなこともお構いなしに体にまとわりついていく黒は……
「黒?」
いや、黒じゃない。
そう気づいた途端、意識が吸い寄せられるようにそのうちの一つを目で追いだした。
それは、人だった。
小さな赤ん坊が、大人の女性になり、誰かと出会い、子をなして死ぬまで…
本来であればとても目で追えないような速度で動く渦の中の一粒。
それなのにその一粒を私は意識で追いかけ、追体験するかのように同じ感情を味わった。
決して高速再生されているとは感じない濃密さなのに、その一生は一瞬で終わる。
目まぐるしく感情を揺り動かされたせいでとてつもない疲労感を覚えるけれど、夢はそこで終わってくれない。
また意識を引き寄せられた別の一粒には小鹿が母鹿とはぐれ、魔物に襲われて苦しみもだえる様子が映り、その隣には種から芽吹いた草が花を咲かせることなく枯れていくまでが描かれる。
その度に情報と感情が私の中を駆け抜けていった。
「まさか……これ、全部?」
思わずこぼれた声は震えていた。
きっとこの渦はすべて………生き物だ。
生まれ落ち、その命が尽きるまでの様子を各々が繰り広げている。
あまりに小さなそれが無数に集まり、周囲をびっしりと埋め尽くしながら渦巻いているんだ。
それぞれの声と音がまた同じ数だけ集まって、鼓膜を乱暴に叩いている。
自分以外の誰かの記憶が頭に流れ込んでいく。
これはなんだ。
一体どれだけの生き物の一生を見せようとしているのか。
こんなの人間の頭に収まる情報量じゃない。
「もうやめて!」
けれど誰に向けていいのかすら分からないそんな制止は、もちろん誰にも届く事無く。
頭に無理やり押し入る映像と音で思考が浸食されていく。
同時に広がっていく夥しい数の喜怒哀楽が頭いっぱいに満たされて、わけもわからず泣き叫んだ。
「アカネ!」
そんな声と共に、意識が真上に引っ張り上げられる。
そこにあるのは見慣れた自分の部屋だ。
ベッドの上。
私を抱きしめてくれるファリオンがいる。
大丈夫、もう夢は覚めている。
そのはずなのに、目はチカチカして誰かが見たような映像がちらつくし、耳の奥で大勢の叫び声のようなものが聞こえる。
乗っ取られた五感がなかなか戻ってこない。
瞳から零れ落ちる涙が自分のものだと気づいたときには、ファリオンのシャツがびっしょり濡れていた。
ガタガタ震える体を抑え込むように、ファリオンが抱きしめる力を強める。
すがりつこうにも上手く力が入らない。
ファリオンが支えてくれなければ崩れ落ちているだろう。
「今回は酷いな……何を見た?いつもと違ったのか?」
「人が……狼が…虫も……」
「……アカネ、落ち着け」
「嬉しいのに、悲しい……怖い……もう死にたくない」
「アカネ」
ファリオンは少しだけ体を離し、私の顔を覗き込んだ。
銀色の瞳が間近に映り、少しだけ体に熱が戻る。
「……お前は本当に…こんな時でも俺見ると、とろんとするんだな」
ちゅ、と優しく口づけられれば、一気に指先まで血が通った。
頭の中を占めていた、誰のものとも分からない感情の波が引いていく。
「落ち着いたか?」
「お、落ち着いた……」
もしかしてキスとかされると悪夢の余韻って一気に収まるものなのでは。
そんなことを思ったけれど、口にすれば取り返しがつかないことになりそうなのでぐっとこらえた。
我が意を得たりとばかりに、悪夢のたびに濃密なキスを送られそうだからだ。
キスなんて何度もしている。
流石に普通のキスをすることには少し慣れた。
だけどそれ以上のことは未だに恥ずかしくて仕方がない。
普通のキス一つでも冷静になってからふと思い返しては悶えているというのに、これまでされたキスの回数や濃密さを考えたら、私はもう一生悶えるネタに困らない。
だからそろそろ手加減してほしい。
「おーい。その気になってるとこ悪いけど、先に夢の内容教えてくれよ」
ひっそり色々思い返して自爆する私の頬をファリオンがつついた。
「ち、ちがっ!」
「はいはい、後でな。で、何を見たんだ?」
物凄く心外な誤解をされてる気がするのに、否定するチャンスを与えてくれない。
でも確かに、夢の内容が薄れる前に情報共有はした方がいいだろう。
渋々口を開いて、自分が見たものをなんとか言葉にした。
「……というわけで、もしかしたらこれまでの魔王の夢も、黒い渦の一つをピックアップして見てただけなのかも」
「なるほど……」
ファリオンはしばらく思案気な顔で黙った後、口を開いた。
「アカネ、"世界の記憶"って知ってるか?」
「世界の記憶?」
聞けば、それは神様の存在と同じくらい、ずいぶん昔に囁かれていた考え方だという。
世界そのものにも記憶というものがあり、世の中で起きた事象は全てその記憶に刻まれる。
それが無ければ全ての事象は世界に認識されない。
世界が記憶してくれているからこそ、芽吹いた種は大樹に育つし、壊れた物は元に戻らないのだとか。
アカシックレコードってやつだろうか。
未来のことまでわかるものではなく、過去に起きた事だけみたいだけど。
「初めて聞いたかも」
「まぁ、そうだろうな。神が居た頃に言われてた話らしいし、俺も二代目魔王が興味持って調べたことがあるから知ってただけだ」
「また二代目魔王……」
あの人のイメージ、雑学おじさんになってきてるんだけど。
「つまり、私は世界の記憶にアクセスできるってこと?」
「世界の記憶がお前に干渉してきてるのかもしれねーけどな」
「え、世界の記憶に意思とかあるの?」
「さぁ。なんせ伝説みたいなもんで、確かな情報なんてほとんどない。むしろ今一番真実に近いのはアカネかもな」
もしこの悪夢が世界の記憶を読みとる能力なのだとして……
「こんな強制的に見せられても困るよ……」
「それより、何で今読み取れるようになったのかが問題だな」
「え?」
ファリオンは険しい表情をしていた。
「これまで悪夢としか認識できなかったのは頭が追い付かなかったから。でも今は世界の記憶かもしれないってレベルまで内容が理解できてる。でも、じゃあ何で分かるようになった?回数を重ねて体になじんだって話なら、マリエル・アルガントはとっくに使いこなせててもおかしくねーだろ」
「あ。確かに」
"ホワイト・クロニクル"でもマリーは悪夢を見ていたけれど、その描写は真っ黒な夢というだけ。
生き物の一生を見るだとかそんなことは書かれていなかったし、仲良くなった今も情報交換の中でそんなことは一言も言っていなかった。
こんな決定的な情報があるなら、おそらくマリーなら教えてくれている。
なのに一度も言われていないのは、マリーにとってこの夢はまだただの悪夢だからだ。
「アカネ、意識失う前のこと覚えてるか?」
「へ?」
言われて思い出す。
そういえば私、お茶会してたんじゃなかったっけ?
慌てて視線を周囲に走らせる。
室内は薄暗く、屋敷の中は静かだった。
それだけで、おそらく夜なのだろうということがうかがえた。
ベッドの脇にある椅子にはエレーナが腰かけていて、眠っているのか目を閉じている。
「アカネはアンナ嬢とドロテーア嬢の三人でお茶してたんだろ。その途中で急に頭を押さえて意識を失った」
「……そう、そうだった」
あれはまだ日の高い時間帯だった。
そこから私はずっと眠り続けていたのか。
「ファリオンは、それでここに?」
「ああ、ヒナ吉から連絡が来たからな。命には別条なさそうだったが、夜になってまたいつもと同じように何かと繋がってる気配があったから急いで起こしたんだよ。ヘアバンドもつけてなかったから、ヒナ吉に自分でベッドまで移動してもらって」
ふとベッド脇を見ると、ヒナ吉が私の視線に気付いて手を挙げた。
ヒナ吉はお茶会にも連れて行っていたので、私の異変にはすぐ気づいたんだろう。
「ごめんね、忙しいのに」
「アカネ以上に大事なことなんかねーよ」
だから何でそういうことをさらっと言うかな。
思わず顔を赤くして戸惑う私に反して、ファリオンは真剣だ。
「急に意識失って倒れたんだぞ。屋敷中が心配してる」
「……それもそうか」
急に意識を失ったということでお医者様が来たり、エレーナとティナが付きっ切りで様子を見てくれていたり、ドロテーアが取り乱したりとてんやわんやだったらしい。
珍しくヴェルも動揺していて、ベッドまで大急ぎで運んでくれたのは彼だそうだ。
そういえば呼び出してる途中だったんだっけ。
呼び出しに応じたら呼びつけた本人が倒れてるんだから驚かせてしまっただろう。
申し訳ないけど、いつも塩対応な弟が心配してくれていたと聞けて少し嬉しい。
護衛であるマリーに至っては周囲に怪しい人間がいないか疑い、魔力にあかせて乱暴なパトロールをしようとしていたのをファリオンが慌てて止め、少し様子を見るように説得してくれたそうだ。
しかしファリオンが瞬間移動できることを知っているのはマリーだけなので、ファリオンはずっと隠れて見守っていてくれたんだろう。
私の悪夢に関する話はお母様達にも教えていないので、屋敷の人間たちからすれば私の体に何が起きたかわからず不安でしかなかったはずだ。
「なぁ、アカネ。ドロテーア嬢に何かされたか?」
「え?」
「ヒナ吉がドロテーア嬢が怪しいって訴えてくるんだよ。確かアカネ、前にも酷い頭痛があって、その日の晩に初代魔王の夢を見たよな?」
確かに……学園にいたころ、そんなこともあったっけ。
そういえばその時もドロテーアは何か様子がおかしかった。
「たぶん、ドロテーア嬢は何かを知ってる。アカネが倒れた後も、『どうしよう。なんてことを』とか繰り返して、何か自分を責めてる様子だった」
「ドロテーアが……」
まさかドロテーアが私に危害を加えるとは思えないし、世界の記憶なんてとんでもないスケールのものを操れるとも思えないんだけど……
「ドロテーア嬢が直接何かをしたかはわかんねーよ。アカネの話を聞いてる限りだと、ドロテーア嬢にしか見えない"何か"が悪さしてる可能性もある。なんにせよ普段の悪夢より間隔があいてないことといい、意識を失うほどの頭痛があってそのまま悪夢に繋がることといい、いつもと違いすぎる」
「確かに……いつもと違う夢になったのは、何か理由がありそう……だよね」
「とにかく、ドロテーア嬢に話を聞くぞ。今は客室で寝てるはずだ。アカネも行くか?辛いなら俺だけで話を聞いてくる」
そう問うファリオンの表情には私を気遣う色しかない。
「ま、待ってよ今から?」
「ドロテーア嬢が何考えてるかわかんねーんだから、早いうちに捕まえといた方がいいだろ」
そんな犯人みたいに……
「ファリオンが何でここに居るのか聞かれたら答えられないじゃない」
「いや、俺の予想が確かなら問題ない」
「え?」
「ドロテーア嬢はすでに全部知ってる可能性がある」
「全部って……」
「ま、俺のことはいくらでも誤魔化しはきく。とにかく今から行くぞ」
「いやいや、さすがに見回りの夜警とかもいるんだからまずいって」
「いや、今は屋敷中が……」
「え、屋敷中?」
なんか聞き捨てならない言葉が聞こえた気がする。
しかしファリオンは言葉を途中で止めて、眉根を寄せた。
「まずい」
「え?」
「ちょっとマリエル・アルガントを止めてくる」
「マリー?え、どういうこと?」
「催眠花粉撒けるように魔物化させた桜の木で屋敷の人間全員眠らせたつもりだったが、やっぱり彼女には効きが悪いらしい。原因突き止められて燃やされそうになってんだよ」
人んちの庭木に何てことしてくれてんだ。
ていうか今桜が咲く時期じゃないのにどうやって花粉撒いてんの。
……魔物にそのへん突っ込んでも今更か。
かくしてマリーを巻き込まないようになんて考えていた私の配慮は、こんな流れで打ち砕かれ、マリーは魔王の存在を知るに至ったのだった。
ずいぶん前に魔物化した桜の木は未だに健在です。(第一部50話参照)
花が咲いていないのに花粉なんてどうやって撒いてんだって感じですが、正確には花粉じゃなくて"ねむりごな"なのかもしれません。
ほら、ポケ〇ンとかもどっから粉出してるのか分からないやつらがいるじゃないですか、それと同じです!
……そういうことにしておいてください……
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いつもご覧いただきありがとうございます。
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