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魔王の隣で勇者を想う  作者: 遠山京
第二部 第一章 令嬢と精霊

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011花言葉なんて知らないし

「……殺す」



同じくファリオンの姿を認めたらしいマリーから、低い声が聞こえてきて思わず私がビクリと震えた。



「安心していい。できるだけ苦しめる」


「お、落ち着いて、マリー」



マリーが一緒で良かった。

静かな、しかし激しい怒りを隠そうともしないマリーのおかげで、かえって冷静になった。

冷静にはなったけど、平静に戻れたわけではない。

心臓が嫌な鳴り方をしていて気持ち悪かった。



「あの女に見覚えは?」


「ない……」



娼館らしき建物の裏口から出てきて、ファリオンを見るなり抱き着いたその女性は、おそらく娼婦なのだろう。

大きくスリットの入った衣装がそれを物語っている。

その頭には灰色の三角の耳、お尻の上にはふさふさとした同色のしっぽがついているのが見えた。

……獣人だ。

そういえばファリオンは以前、この国にいる獣人の数は少なくないようなことを語っていた。

彼女のことを言っていたのだろうか。

つまり、ずっと前から知っている相手ということ……


……ん?ずっと前?


何か思い至りそうになった瞬間、その声は聞こえた。



『で、いつまで見つめてんだよ』



その声が発されたのは私の胸元から。

胸に抱いたヒナ吉の口はいつの間にかほとんど閉じていて、おそらくその声は私にしか聞こえなかったことだろう。

隣のマリーは相変わらず眼下を厳しい表情で睨みつけている。

私も恐る恐る足元に視線を戻すと、それを察したかのように金髪の青年が顔を上げた。

まぎれもなく、ファリオンだ。



『アカネだけ来い。紹介する。隣で人殺しそうな目してる奴はそのまま帰ってもらえ。俺だけじゃなくてフェドーラのことまで取って食いそうだ』



フェドーラと呼ばれた女性はファリオンが何か囁いているのに気付いたようで顔を上げ、つられたようにこちらを見上げた。

しかし姿を隠す闇魔術を使っている私たちの姿は見えないようで首を傾げている。

今の私たちの姿が見えるのは、同レベルの魔力を持つファリオンくらいだろう。



「マリー、私だけ下ろして。ファリオンこっちに気付いてるみたい。あとは大丈夫だから、マリーも自由にしてて」


「……今の状態でアカネを一人置いていくなんてできない」


「大丈夫、ファリオンは私を裏切ったわけじゃないよ。事情を聞いたらマリーにもまた話すから」



マリーは唇を尖らせていたけれど、数秒悩んだ後いからせていた肩を下ろして溜息をついた。



「わかった」



しかし彼女は去り際……



「ファリオン公子が何者なのかも教えてね」



なんて言い残したので、私はファリオンの下に降りるまでの数秒の間に頭を切り替えるのが大変だった。

……そうね、マリーや私の闇魔術見破れるなんて何者だってなるよね。



=====



裏口から建物の中に戻り、私とファリオンは小さな応接室に招き入れられた。

フェドーラさんは犬の獣人で、少しそばかすのある愛嬌たっぷりの女性だ。

おそらく二十代後半くらいだろうけれど、ニコニコした笑顔がいたずらっぽくて実年齢より若い印象を受ける。



「それで、婚約して早々浮気現場を目撃した私はどうしたらいいかな?」


「馬鹿。分かっててからかうな」



およよよ、と泣く仕草をしてみたけれど、頭を軽く小突かれて終わった。



「夕暮れの花束に居た時世話になったんだよ」


「んふふ、デイジーの部屋にいるこの子見つけたときにねー、ナイショにしてあげてたまにゴハン運んであげたりもしてねー。あの子がまさかこんなおエライさんになって、イイトコのおヨメさんまでもらうなんて、もーびっくりびっくりー」



キャラキャラと明るい笑い声を立ててフェドーラさんが笑う。

私達二人を見る目は微笑まし気で、含むところは無いように見える。

見えるけど……



「あつーい抱擁を交わしてたみたいだけど。ごめんね、邪魔しちゃって」


「あのなぁ……」


「え、もしかしてヤキモチー?やーだぁカワイー、キュンとしちゃう」


「すんな、減る」


「うわぁスゴーイ!ファリオンがバカんなってるー!ベタボレじゃーん」



……逆にこっちが恥ずかしくなってくるな。

いじるのやめよう。

ファリオンは店を利用したわけでもなくフェドーラさんを裏口から呼び出しただけだし、あの抱擁はファリオンの姿を見た瞬間感極まったフェドーラさんの方からしたことだ。

この流れで抱擁を無理やりといたりすれば、その方が人間性を疑う。

だから別にこれを本気で浮気だと思っているわけではない。

まぁ、最近私から触ろうとすると避けるくせに、なんてモヤっとしたのも事実だけど。

それはフェドーラさんに関係の無い話なのでいったん置いておこう。



「えっと。夕暮れの花束の人たちは、伯爵に保護されたって聞いてたんですけど」



てっきり娼婦をしていた人たちも、他の仕事をあてがってもらえたものだと思っていた。

しかしどう見てもフェドーラさんは今も娼婦をしている。

そう尋ねる私に、フェドーラさんは懐かしそうに声を上げた。



「あー、ハクシャク様ね。なんかそれっぽいシシャ?の人が来ていろいろ言われたよー。ドコドコ家のメイドがどーとか酒場がどーとか何か紹介してくれるって話だったんだけど、アタシは断ったんだよね。この仕事スキだしー」



あっけらかんと言われて、思わず言葉を失った。

クラウディア様の例を知っているから、つい嫌々働いている女性のイメージを持ってしまっていたらしい。



「夕暮れの花束は高級娼館だ。それなりに接客能力がある娼婦でないとやってけない。プライド持って好きで働いてる奴らもそれなりに居たんだよ」



ファリオンの補足を聞いて納得する。

確かに無理やり働かされている人では、お客さんを満足させるような接客はできなさそうだ。



「っていっても、アタシは学とか無いからさぁ、むっかしー話されても大変だねーとかがんばってんねーとか言うしかなかったんだけどね!」



クラウディア様が働いていても国に見つからなかったのだから、高級娼館とはいえ貴族が通うようなところではなかったんだろう。

それでもそれなりに裕福な人が通うとなれば、相手をするには知識が要る。

フェドーラさんは学が無いというけれど、それでやっていけたのならばおそらくそれ以外の魅力があったからだ。



「あ、たしかにねー、コレはちょっとジマンかなー!」



思わず私の視線がぶしつけな場所に集中していたらしい。

フェドーラさんは気にした様子もなく、あふれんばかりにたわわなそれをギュッと手で寄せ上げた。



「……アカネ、別に見ねーし見たくねーから手ぇ離せ」



間髪入れずにファリオンの目を塞ぎにかかった私を見て、フェドーラさんが大きな声で笑った。



「カーワイイ!でもアカネちゃんはめっちゃ見んのねー」


「いや、そりゃこれだけ見事なのは見ないと損かなって」


「お前な」



おっと、うっかり本音が。



「ま、元気そうでよかったよ。マーレイ伯爵から一人だけ娼婦を続けてるって聞いたとき、たぶんフェドーラなんだろうなと思ってた」



夕暮れの花束があったエルドラ領。

そこの領主はシェドの実父でもあるマーレイ伯爵だ。

シェドそっくりの強面らしいけど、優しい人だという。

ベルブルク家の計らいで、娼館が襲撃を受けた後、従業員はみんなマーレイ伯爵から援助を受けていた。

新たな職の斡旋もその一つだったらしい。

ファリオンが先日の夜会でマーレイ伯爵にそれとなく当時の話を聞いてみたところ、一人だけ娼婦を続けると言い張り、今も王都で働いていることを知ったのだそうだ。



「アタシはこれしかできないからねー。男たちがアタシのこと抱いたあと幸せそうに寝てるの見るのがスキなんだー」



そう語るフェドーラさんは楽しげで、本当にこの仕事が好きらしい。



「まーでもさ。アタシもオバサンになってきたし、そのうちこの仕事するのもむっかしくなってくると思うんだよねー。そしたら愛人にしてくれる?」


「だ、だめですっ!」


「アカネちゃんの愛人でもいいよー」


「え、私でもいいの?……悩むな」


「悩むんじゃねーよ」



そんな私たちのやり取りを見て、フェドーラさんはまた大きな声で笑った。

そして別れ際、『ホントーに良かった』と少し涙声で呟き、私とファリオンをまとめて抱きしめた。

娼館襲撃事件の時、ファリオンは一人クラウディア様を追いかけていったという。

おそらく彼と親しくしていた人たちはみんな、心配していたんだろう。



「そっか、フェドーラさんの様子を知りたかっただけじゃなくて、顔を見せてあげたかったんだね」



近くに繋がれていたファリオンの馬に乗せてもらいながら、私はそう呟く。



「そ。フェドーラはデイジーの次に俺の世話焼いてくれてたし、たぶん心配かけてただろうからな」



私のフードを引っ張り深くかぶりなおさせて、ファリオンはそう言った。

婚姻前の伯爵令嬢と、今話題のヴォルシュ家当主。

さすがに私たちが歓楽街から出てきたのを見つかるとスキャンダルもいいところなので、二人して顔を隠している。



「で?」


「ん?」



馬を走らせ、貴族街に入って間もなく、突然よこされた問いかけに戸惑う。

ざっくりしすぎていて何を聞かれているのかわからない。



「何でアカネが王都に居るんだよ、しかもマリエル・アルガントと」


「や、えっと……マリーが送ってくれるって言うから」


「それは大体わかる。ここに来た目的は?」



いざ聞かれて頭が真っ白になった。

正直なところ勢いで決行してしまったので何も言い訳を考えていない。

私を抱きしめるファリオンの腕に力がこもる。



「ま、どうせ俺に会いたくて耐えかねたってとこだろうけど」


「な、ちがっ……」



違わないのだけれど、とっさに否定してしまうのが私だ。

ファリオンだっておそらくそんなことは百も承知だろう。

楽し気な声で笑われた。



「じゃあ何だよ」


「う、う……浮気調査!」



とっさにそう口走ってしまった。

嘘ではない。

マリーに倦怠期を匂わされて、王都の綺麗なご令嬢たちが頭をよぎったのは事実だ。

ファリオンに限ってとも思ったけれど、不安が少しあったからこそ、フェドーラさんとの抱擁を見てあれだけ気が動転した。



「……それ本気で言ってんのか?」



背後から冷気が伝わってくる。

やばい、怒らせた。



「だ、だってファリオン最近そっけなかったし!」


「そっけない?」


「わ、私が触ろうとすると避けたりとか」


「アカネに気が無くなったからだと思ったのか?本当に?」



いつの間にか馬の脚はヴォルシュ家の屋敷の前で止まっていた。

最低限の使用人しかいない屋敷に人の影はなく、ファリオンは自ら門を開けて中へ入っていく。

馬上に乗せられたままの私は身動きが取れず、なすがまま敷地へ連れられて行った。

馬房にも人の姿はない。

数少ない使用人は休んでいる時間だからだろう。

今現在伝手を使って必死に人手をかき集めているそうだけど、果たして来月のお披露目会までに間に合うのだろうか……


そんなことに意識をそらしていると、急に体が傾いた。



「ひゃっ!」



掬いあげるように馬から降ろされ、無意識に暴れそうになるもののガッチリつかんだ腕が身動きを許さない。

抱き上げられたまま、問答無用で屋敷の中へ運ばれた。



「え、えっとファリオン?」



ずっと無言が続いていて怖い。

強く抱きすくめられているせいで顔を窺うこともできない。

ファリオンの脚は迷いなく長い廊下を歩き、最上階の最奥にある部屋へ向かった。

寝室が見えたと同時に心臓が大きく鳴ったのは気のせいだ。

気のせいだと思いたい。

けれど私の体は予想通り、柔らかなベッドの上へ投げ出された。



「わっ」



抱きしめていたヒナ吉からうっかり手を離し、ウサギのぬいぐるみはワンバウンドしてその勢いのまま、逃げ出すようにどこかへ飛び立った。

ヒナ吉が魔物じゃなくて本当の小動物なら大けがをしかねない状況だ。

荒っぽい扱いに抗議の声をあげようと口を開く。

が、怒気を孕んだ吐息は、音を為せぬまま閉じ込められた。


あ、ちゃんとキスするの久しぶりだ。


乱暴なくらい性急な口づけに対して、私が最初に思ったのはそんなことだった。

シルバーウルフ首領の屋敷に居たときは、毎日のように交わしていた。

学園に居た時も、二人きりの隙を見つけてはこうして触れ合った。


最近は夜中に顔を合わせてもすぐに帰ってしまう。

キスされるのは頬や額だけ。

寂しさを宥めるようなものばかりで寂しさを埋めるには至らなかった。


そうか、私、だから物足りなかったのか。

ずっと、こうしてキスしてほしかったのか。

……いやいや、冗談じゃない。

そんなこと知られてなるものか。

どれだけいじられるか分かったもんじゃない。

そう思うのに、私の腕はいつの間にかファリオンの首に回ってしまっていた。


ああ、これはどんな言い訳しても無駄だろうな。


唇に触れる柔らかな感触と裏腹に、一分の隙間も許さないと言わんばかりに抱きしめてくる体躯は厚く硬い。

彼の性別や年齢を主張するようなその圧力が、呼吸を、思考を奪う。

あ、やばい……意識とぶ。



「っ、悪い。体重かけすぎた」



私の上にのしかかっていたファリオンが上体を起こした瞬間、肺に大きく空気が入り込んだ。

思わずむせる私を抱き起こし、ファリオンが背を撫でてくれる。

……比喩でも何でもなく圧力のせいで呼吸ができていなかったらしい。

こんなので窒息死はちょっと笑えない……



「手加減してよ」


「アカネが煽るから」


「煽ってない!」


「あんなねだるように腕回されて煽られてると思わない男はいねーぞ」



そんなわざわざ口にしなくてもいいのに。

しかしそんな反論をすれば認めたのと同じ。

言葉を探して唇を開いては閉じる私の姿は、ひどく滑稽だっただろう。

それなのに、ファリオンはとても微笑ましい何かを見るように目じりを緩ませて、その端正な顔立ちに笑みを浮かべる。

こうすれば私が見惚れて、一瞬動きを止めることを知っているかのように。



「ん、ん!」



その隙をついてまた唇をふさがれた。

今度は押しつぶすまいとしてくれているようだけれど、背中に回された腕の力は強くて相変わらず息苦しい。

その手がまさぐるように服の隙間を探しているのに気づき、慌てて胸に手をついた。



「ま、待って!四時にはマリーが迎えに来る!」


「なんで?」



なんでって。



「四時にはここを出ないと間に合わないでしょ!」


「マリエル・アルガントはエルマンに会いに行ったんじゃないのか?」


「え、たぶんそうだけど」


「帰りは俺とエルマンがそれぞれ魔術具使って二人とも送ればいいんじゃねーの?」


「あ」



ファリオンとエルマンが持っている瞬間移動の魔術具は効果範囲が狭いものの、使用者と一緒なら人一人くらい連れていける。

緊急脱出用の役割も考えてのことだそうだ。

一度動かすと魔力の充填に時間がかかるらしく、一往復するたびに半日以上待たないといけない。

だからファリオンに私とマリーを二人そろって送ってもらうのは難しい。

でも、マリーはエルマンに、私はファリオンに送ってもらえば二人とも一瞬で帰れてしまう。

知っているはずなのに、すっかり頭から抜けていた。

たぶんマリーも忘れている。

なんだかんだでマリーも冷静ではなかったんだろう。



「なら、六時くらいまで時間はあるよな」


「え、いやあの……ファリオンはちゃんと休まないと」



私は昼寝もできるけれど、ファリオンにそんな暇はないはずだ。

しかし歓楽街で見つけた当初は顔に浮かんでいた疲れの色をどこに隠してしまったのか、彼は満面の笑みを浮かべた。



「人が必死に我慢してんのに飛び込んできたんだ。責任はとってもらわねーと」


「え、いやあの」


「分かってたよな?本当は俺が我慢してんの知ってたのに、来たんだよな?」



反論できない。

確かにそうだろうと思っていたからだ。

いやでも、マリーの言葉で不安になったのも本当で。



「ま、どっちでもいい。二度と疑えないくらいぐちゃぐちゃに教えてやるよ」



擬音と動詞の組み合わせがおかしい。



「花が好きな割に、ブーゲンビリア置いてきただけじゃ分かんなかったみてーだからな」


「ぶ、ブーゲンビリア?いやあのとにかく、私達まだ結婚してな……」


「チッ、分かってる!また俺が我慢すりゃいいんだろーが!」



最後に大きな舌打ちをして、自分から仕掛けているくせにまるでやり込められたかのように吐き捨てながらファリオンはまた私に覆いかぶさった。

我慢しているファリオンのところに飛び込んできた私に責任を取らせるため、ファリオンはまた我慢しようとしているらしい。

何を言っているかわからないと思うけど、私にもさっぱりわからない。

とりあえず苦行に身を投じていますと言わんばかりの苦悶の表情でキスされるこちらの身にもなってほしいものだ。

そんな訴えを口にする隙は与えてもらえなかったけど。



=====



本来は六時でいいとは言え、マリーにそれを伝える術はなく。

というか伝える努力すらしていなかったわけで。

ベッドに組みふされて一時間もしないうちにマリーの接近に気付いたファリオンは私を解放した。


私が身繕いを終えてヒナ吉を抱きしめるのとマリーがバルコニーに降り立ったのはほぼ同時で、私は赤い顔を隠す間もなくマリーの前に出ていく羽目になったのだ。

何が起きていたのか察してしまったらしいマリーは眉根を寄せて何か言いたげだったけれど、私の顔を見て溜息をつき首を振った。



「ファリオン公子、アカネのこと泣かせてない?」


「なかせるってどっちの意味で」


「わー!わー!」



マリーの淡々とした問いかけに、同じく淡々と返すファリオン。

そんな会話を本人の前でしないでほしい。

いや、私がいないところでされるのも困るけど。



「それより、なんでエルマンに送ってもらわなかったんだ?」



そんなファリオンの問いかけに、マリーは少し頬を染めた。



「……知らない。追い出された」


「ああ……そっちも我慢の限界だったんだな。これ以上近くに置いといたら時間までに帰せる自信がなかったと」


「知らない!」


「静かにしろよ、早朝だぞ」



久々にじっくり顔を合わせたマリーとエルマンの間に何があったのか、下世話ながらめちゃくちゃ興味はある。

あるけどマリーは絶対教えてくれないんだろうなぁ。


何はともあれ、魔術具を使わないのならそろそろ出発しないと間に合わない。

今からでもエルマンの元に戻って別々に帰ることは可能だけど、マリーは嫌がるだろうし。

それならと私も付き合うことにして、二人そろって風魔術で飛び立った。

道中、あの獣人女性はファリオンが昔お世話になった人だということをマリーに教えておく。



「だとしても、アカネがいるのにあんな街に出入りするのは軽率だと思う」



そう言って少し不満げだったけれど、私の表情が晴れ晴れとしていたからか、それ以上は突っ込まれなかった。



「それで、ファリオン公子は何者?」



……そうだった、その件を忘れていた。

慌てて頭をフル回転。

ファリオンが実は魔王であると告げてしまえばすぐに納得は得られるだろう。

だけど彼女は迷宮のせいで厄介な体質を持った人間だ。

迷宮の主ともいわれている魔王が身近にいると知って、悪感情を持たないとも限らない。

流石に私の婚約者なんだから突然攻撃的になりはしないだろうけど、そもそもこのことは極秘。

マリーだからといって簡単に口外はできない。

アドルフ様には『緊急時は教えていい』と言われているけれど、今が緊急時とも思えないし……


つまり、マリーより魔力が低くても、あの時私に気付けた理由があればいいわけで。

あ、そうだ。



「実はこのぬいぐるみ、ファリオンからもらったんだけど、私の居場所が分かる魔術具にもなってるんだよね」



恋人の居場所を常に監視する束縛の強い男だと思われかねない言い訳ではあるけれど、実際私の居所はヒナ吉がいればわかるだろうし、ファリオンは束縛が強い。

間違っていないんだからいいだろう。

しかしながら。



「アカネ、それでいいの……?」



さらりと告げてしまったせいで、私までストーカー行為を許容しているちょっとヤバい奴みたいな目で見られた。

……これも間違ってはいないので否定できなかった。

ブーゲンビリアの花言葉に「あなたしか見えない」というものがあるそうです。

ファリオンたら意外とロマンチスト。

でも種明かしするのは恥ずかしかったみたいです。


===


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