009美少女護衛と溜息
「はぁぁ……」
「アカネ、この一時間でもう十回も溜息ついてる」
「……はぁ」
「十一回目」
卒業パーティーからかれこれ一か月。
七月も半ばを迎えたセルイラは、眩しい日差しに照らされて夏の彩に賑わっていた。
しかし、今日も今日とて自室で無為な時間を過ごす私の表情は暗い。
目に鮮やかな夏の木々と、窓辺で鮮烈な色を振りまく花がひどく不釣り合いだった。
そして、そんな私を見て怪訝な顔をしている少女。
いや、少女というのはおかしい。
夏の夕焼けを思わせる鮮やかな橙色の髪に朝焼けのような金色の瞳。
鮮烈な色彩を併せ持ったその顔立ちは幼く可憐だけれど、その実年齢はこの屋敷にいる誰よりも上なのだから。
「……マリーだってたまに溜息ついてるくせに」
そう、私の後ろに控えるように立っているのは伝説の人、マリエル・アルガントその人だ。
事の発端は昨年の秋にさかのぼる。
駆け落ち騒動を経て王都に戻り、そろそろ学園に復帰しようと思っていた頃、アドルフ様に呼び出された。
=====
「学園に俺の私兵を送り込もうと思う。女性騎士であれば寮内まで護衛ができる。アカネ嬢は構わないか?」
忙しいらしい彼は、早々にそう言って話を切り出した。
私のことを狙っているエルヴィン・フランドルは未だ捕まっていない。
私の護衛はエルヴィンを捕らえられなかった自分の責任だとアドルフ様は考えているらしく、わざわざ自分の騎士団から人を出してくれるという。
「十分です。ありがとうございます」
送り込まれる私兵の数はせいぜい一桁だろう。
あまり多いと目立ちすぎて他の生徒から怪しまれる。
とはいえ王都には他にも多くの監視の目があり、おそらく私に手を出してこないだろうというのが国王とベルブルク家の共通見解らしかった。
ファリオンも近くにいるしね。
「問題は、セルイラに帰省している間だな……」
「やっぱり、ずっと王都にいた方がいいですか?」
「いや、領地を持つ貴族の子女は夏の休暇に帰省するのが一般的だ。王都に屋敷をまだ持っていないスターチス家の娘が王都に残るのは目立ちすぎる」
エルヴィンに私が狙われているのは、一応世間的には秘密だ。
狙われる理由である私の魔力が異常に高いという事実も、一部に知られているとはいえ本来隠していることではあるので。
魔力のこともエルヴィンのことも、知られれば私の価値に良くも悪くも影響を及ぼす。
王宮に仕えるべきだと首輪をつけたがる人は居るだろうし、もしくはファリオンの婚約者にふさわしくないなんて声まであがるかもしれない。
ファリオンはその意見に耳をかさないだろうけど、そうすると彼の立場を悪くしかねない。
「セルイラにもうちの騎士団がいますけど」
「エルヴィンに太刀打ちできると思うか?」
「……」
突然姿をくらましたことといい、他人を実験体としか思っていなさそうな行動といい、はっきりいって不気味な相手だ。
一般の枠に収まる騎士や兵士が千人程度集まっただけの騎士団でどうにかなるのか、判断がつかない。
「どのみち、格式ばった礼儀正しい騎士が常時張り付いていては、アカネ嬢が気疲れするだろう」
「よくお分かりで」
それを当然だと考えて気にせず普段通り過ごす、なんてことができるほど箱入りに慣れていない。
「ファリオンのように突出した実力を持つ個人が傍で守るのがベストだが、奴は今後の為にも王都で地盤を固める必要がある。そこで、マリエル・アルガントに護衛依頼を出そうかと思う」
「マリーに?」
予想外の名前が飛び出した。
マリエル・アルガントに護衛依頼だなんて、彼女のことを知る冒険者が聞いたら何の冗談だと思うことだろう。
「ファリオンに匹敵するレベルの実力を持つ個人となると、英雄ベオトラ殿か迷宮の魔女くらいだ。しかしまさか今代の勇者をアカネ嬢個人の護衛にするわけにはいかない」
「ベルブルク家の騎士を一小隊借りるより目立ちそうですね……」
「そういうことだ。その点、マリエル・アルガントは普段から行動が読めない人物だ。秘密裏にアカネ嬢の護衛をすることは可能だろう。あと、アカネ嬢が魔力を暴走させた場合に手綱をとれる人物もファリオン以外では彼女くらいだろうと思う」
「……本当に私のことをよくお分かりで」
私の言葉にアドルフ様は、当然と言わんばかりに大きく頷いた。
「さんざん手を焼かされた相手だからな」
「何のことだかさっぱり」
「本当に自覚がないのであればスターチス夫人に再度教育していただくが」
「すみませんでした」
「とにかく、依頼が承認されるかはわからないが、カッセードの件でも手を貸してくれたくらいだ。エルヴィン・フランドルの話を伝えれば、おそらく飲んでくれるだろう。迷宮の魔女にあそこまで気に入られるとは大したものだ」
「あ、あはは……」
アドルフ様からすれば、なんでマリーがここまで私に親近感を抱いたのかさっぱり分からないのだろう。
私が定期的に悪夢に悩まされていることはファリオンとリードくらいしか知らないわけで、まさか同じ体質の持ち主だから親近感を抱かれているとは想像できまい。
マリーが護衛か……
たぶん、受けてくれるんじゃないかなと思う。
カッセードの魔力泉の件で手を貸してくれて以降、マリーとはギルドを経由して手紙を交わしていた。
とはいえ彼女はあちこち飛び回っている人だから、手紙の返事が返ってくるのは半年後なんてこともあったけど。
ギルドの人いわく、これでもかなり連絡がついている方なのだそうだ。
以前は平気で何年も姿をくらましていたらしく、おそらく私の為にこまめにギルドに顔を出してくれているのだろうということ。
私は身分を隠し、代理人を通じて偽名でギルドに手紙を託していたので、ギルド員にはずいぶん訝しがられたようだ。
「この依頼はギルドを経由しないつもりだ」
「ギルドに依頼すると依頼者も依頼内容も筒抜けですもんね」
私が狙われていることがバレるし、マリーが特定の貴族に肩入れしていると知られるのもまずい。
「その通りだ。だからいつものように、アカネ嬢からマリエル・アルガントに手紙を出して依頼してもらいたい。さすがに個人の手紙の中身まではギルドも検めないはずだからな。彼女がギルドに寄るのは不定期だそうだが、今から呼び出しをかけておけば夏の休暇までには相談の機会を得られるだろう。もし応答がなければ……次善策がないわけではないから安心していい」
安心していいと言いながら気が進まないと言いたげな顔をしていたアドルフ様の次善策を、幸いにも私は知らずに済んだ。
アドルフ様に指示され、いつものように代理人経由で手紙を預けた私。
手紙には私が命を狙われていること、護衛を頼みたいこと、依頼の窓口はアドルフ様になることを書いておいた。
命を狙われていると明示してしまったせいなのか、冬になる前にアドルフ様の元へマリーが押し掛けてきたそうだ。
慌てて打ち合わせの場を設けて詳しい話をすることになった。
打ち合わせの場では、ある程度の情報をマリーに公開した。
魔王のこととかシルバーウルフと王家の関係とかはさすがに伝えていないけれど、リードとファリオンの入れ替わりや、エルヴィン・フランドルに狙われていることなどは知らせてある。
さすがにこのあたりを知らせていないと、護衛の仕事にも支障が出そうだしね。
私のことを気に入ってくれているマリーは、私の命が危険と知り息まいて護衛を請け負ってくれた。
とはいえマリーが護衛をしてくれていることは極秘。
もちろんうちの屋敷に勤めている人たちは知っているけれど、緘口令が敷かれている。
まぁ、マリーのことを知っている人なら、どうせこの話を聞いてもすぐには信じないだろうけど。
私が舞踏会のような社交の場に出る場合は、ファリオンが必ず同伴する。
よって女性だけが集まるようなお茶会とかはすべて不参加。
とはいっても、今はファリオン自身も男同士の付き合いに忙しいので二人で何かに参加する予定はない。
社交が苦手な私にとってそれ自体は大歓迎なんだけど、私個人は付き合いが悪いということで評判が落ちることになる。
まぁ、仕方ないよね。
まさか侍女のふりをして付いてこいなんてマリーに言うわけにもいかないし。
彼女の人間不信は未だに健在で、視線が苦手なのも変わっていないのにそこまでの無理を言っては気の毒だ。
あと、暴走したときに彼女の魔力圧にあてられたら周囲がかわいそうだ……
普通のご令嬢や歴戦の騎士たちはなんともないかもしれないけど、中途半端に鍛えている人はバタバタ倒れるみたいだからね……
何で私がそんなことを知っているかというと、すでにこの屋敷に来てからマリーが何度かやらかしたからだ。
アルノーとエドガー、エレーナ、全く武芸の心得のない使用人たちは平気だったけど、一部の騎士や衛兵、シルバーウルフ上がりの使用人達が倒れて上官やエレーナに『鍛え方が足りない!』ってしごかれてた。
なんでも中途半端に実力のある人間ほど意識を飛ばしやすいらしい。
これはマリーが編み出した技の一種で、魔力を放出して相手に威圧感を与えるんだとか。
マリーのことを囃し立てたり絡んでくる人間はこの魔力に当てられやすい実力の者が多いので便利だとのこと。
便利なんだけど、動揺するとうっかり放つ癖がついてしまっているとかでちょっと困ったものだ。
『練習すればアカネにもできる』と言われたけれど、そんな癖がつくと困るので遠慮しておいた。
ちなみにこの一件で、私は屋敷の中に元シルバーウルフの使用人が大勢いることを知った。
まさかエレーナがB級冒険者レベルの手練れで、しかも年齢もかなり上だったとは。
驚く私に対してテヘペロしてたけど、もう二十七歳なんだよね……?
それはさておき、そんなこんなでマリーの被害者は少なくない。
この屋敷に来て一か月も経つので周りもそろそろ慣れてきたのか、たまに兵士の方から『テストお願いします!』なんて試金石扱いされてるみたいだけど。
マリーは嫌そうにしながら魔力を放出してあげて、そのたびに目の前で倒れる彼らを鬱陶しそうに見ている。
ある意味なじんだと言えるだろう。
=====
まぁそういうわけで、私がセルイラの屋敷に居る間、マリーはたいてい護衛兼話し相手として、傍に居てくれている。
いてくれてはいるが、溜息ばかりの私が鬱陶しいらしい。
マリーだって溜息ついてるのに。
「私が溜息?」
「あ、無意識なんだ。マリーも寂しいんでしょ?」
「私はファリオン公子をよく知らないし、寂しがるほど親しくもない」
「いやいや、ファリオンじゃなくて、エルマンの方だよ」
その一言を告げた瞬間、近くで衛兵やメイドたちが騒く声が聞こえだした。
また倒れた人が出たようだ。
……ごめん、私がうかつだった。
過去にマリーがこの屋敷で魔力をうっかりぶっ放したのも、すべてエルマン絡みの時。
同じ波長かつ同レベルの魔力を持つ私にとっては、マリーの魔力暴走も相変わらず心地いいだけなんだけど、周囲には災害みたいなものだ。
「マリー、マリー、落ち着いて」
「え、エルマンなんか居ても居なくても変わらない」
「分かった、わかったから」
頬をうっすら染めながら言っても全く説得力が無いけれど、そういうことにしておかないとこの天国…じゃなかった、みんなにとっての地獄が長引く。
「でも、たまには手紙返してあげなよ」
「……」
エルマンは現在、王都にいる。
彼はもちろんマリーのそばから離れたがらなかったんだけど、彼には彼で任務が与えられたのだ。
それはリードの補佐。
新しい商会を発足させ、なおかつスターチス家やシルバーウルフのサポートまでしようとしているリードはどう考えても手が足らない。
そんな中で、フットワークが軽くて信用のおける人材というのは大変貴重だ。
そこで白羽の矢が立ったのがシルバーウルフで親しくしていたというエルマンだった。
彼は一応シルバーウルフから足を洗っているので現在後ろ暗いことはない(ことになっている)し、冒険者としての肩書が役立つシーンもある。
マリーと同じだけの情報を渡してあるので、ファリオンとリードが実は入れ替わっていたということも知っている。
見た目が変わってしまっているせいでリードが元友人だと最初は信じられなかったようだけど、話しているうちに確信が持てたそうだ。
エルマンと話している時のリードは珍しく無邪気な笑みを浮かべていた。
アドルフ様いわく、エルマンの仕事ぶりを見て大丈夫そうならシリウスの一員として迎え入れ、すべての情報を公開する可能性もあるらしいけど……
嫌がるだろうなぁ。
マリーはそういうのに首突っ込みたくないだろうし、だとしたらエルマンもマリーを優先しそうだ。
原作のファリオンとすっかり入れ替わったかのように……いや、それ以上だろうか。
エルマンはマリーを溺愛している。
からかい交じりではあるけれど、見ているこっちが照れてしまうくらい可愛がっているのだ。
こうして離れていても週一で手紙が届くし、おそらくその内容もそういうものなんだろう。
マリーが顔を真っ赤にして、魔力を暴走させながら紙をぐちゃぐちゃに丸めている様を見ていれば予想がつく。
でもね、丸めても破いたりはしないし捨ててもいないし大事にとってあるのを知ってる。
あと、届くたびにすぐ開封してるのも。
このカップル可愛すぎか。
だけど返事が全くないのはちょっとエルマンが気の毒だと思うんだよね。
「……へ、変なことばかり書いてくるから、なんて返していいかわからない」
「そっかぁ」
思わずニヤニヤしてしまう。
この姿のマリーの写真でも撮れるなら、それを送ってあげれば何よりの返事になるのだろう。
カメラが無いことが悔やまれる。
「アカネは、ファリオン公子から返事は?」
「……来てるよ。短文だけど」
忙しくしているのはリードだけじゃない。
学園を卒業したファリオンは正式にヴォルシュ家を継ぐため精力的に活動していた。
来月の八月に誕生日を迎えればめでたく彼は成人となり、同時に侯爵と伯爵の地位を授かる。
その誕生会とお披露目会の準備だけでも大忙しなのに、次期ヴォルシュ侯爵とつながりを持ちたい人たちから面会の申し出やパーティーの招待状が大量に届いているらしい。
さらにファリオン自身が会いたい目当ての人との会食時間も確保しているわけで。
まぁそりゃ、そんな状況じゃ私に手紙を送る暇などあるはずもない。
それでも返事を書いてくれるだけ律儀だと思う。
……思うんだけど、どうしても短い文章ではそっけない印象を受けてしまうのも事実。
なんたって卒業式以降、まともに会えていないのだ。
私がセルイラに帰省する当日にも見送りにいけないことを詫びる手紙が届いたくらいだった。
ファリオンが参加するのは男性ばかりが集まる夜会に絞り、パートナーを伴うような舞踏会とかは控えているので、私にお声がかかることもない。
来月行われる誕生日会とお披露目会の時にはさすがに婚約者として私も参加するけど、当日までほとんど会えないんだろう。
「……会いたいなぁ」
「……」
しかしそんな私の切ない呟きにも、相変わらずマリーは訝しげな表情をやめない。
「ねぇ、アカネ」
「んー?」
「昨夜も公子、来てたのではないの?」
「……」
そう、まともに会えていないだけで、全く会っていないわけではない。
何せ私にはあの体質がある。
七日から十日おきに発生する悪夢。
昨夜もそれが起きた。
冒険者ギルドでは魔女の魔力に耐えられたら一人前だとか言われているそうです。
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