007それぞれの恋の行方1
卒業パーティーの会場は入学式の時に使ったのと同じ大ホールだ。
中に入ると、入学式の時とは比べ物にならないほどきらびやかな装飾が施されていた。
「おお、すごい。思ったより本格的」
「平民の卒業生では、最初で最後の舞踏会になる奴もいるからな」
私の感嘆の声にファリオンはそう返す。
「あ、そっか。平民の卒業生もいるんだ」
平民の生徒といえば、お金持ちか奨学生かのどちらかだ。
でも、お金持ちの子は自分でドレスとか用意できるだろうけど……
「奨学生は衣装どうしてるんだろう?」
「奨学生は申請すれば学園から補助が出るらしいな。ま、この学園で懇意になった貴族や、就職先に仕立ててもらう生徒もいるらしいけど」
「ああ、なるほど」
奨学生はそもそも優秀なわけだから、卒業後の進路が決まっている人がほとんど。
親しくなった貴族に召し上げられたり、富豪の息子と恋に落ちて嫁入りが決まっている女子生徒もいるそうだ。
「あ、もしかしてダンスが必修科目なのってこのためかな?」
「ダンスの単位がとれなきゃこのパーティーで恥かくからな」
元の世界でいうところの体育の代わりかと思ってたけど、最後に卒業パーティーで心置きなく思い出を作るためでもあったのか。
ホールの中ほどまで進むと、スターチス家の面々がそろっていた。
「お母様!」
「まぁ、アカネちゃん!とっても素敵よぉ」
私の姿を認めたとたん、お母さまは手を打って笑みを見せた。
お父様もニコニコして私を見ている。
「本当だ、とても可愛いよ。アカネ」
「ほ、本当ですか?抵抗ありません?」
「好き嫌いは分かれるかもしれないわねぇ。でもタイツで個性を出すってとても新しいと思うわぁ」
今までにないデザインなんだ、好き嫌いは分かれて当たり前か。
私の紹介でドロテーア達と簡単に挨拶を交わした後、お母さまは改めて私の姿を見て溜息をついた。
「でも、今度私が新しいドレスを仕立てるときは同じデザインをと思っていたけれど、私にこれは無理そうねぇ」
お母様が残念そうにため息をつく。
お母様はスタイルもいいし若く見えるけれど、実際はアラフォーなわけでさすがに無理だと感じるらしい。
「こ、今度またお揃いのドレスを作りましょう!」
「ええ、そうねぇ。またアカネちゃんにデザインをお願いするわぁ」
「え」
私は一瞬凍り付いたものの、大好きなお母さまのお願いを無下にするなどできるはずもなく。
「が、ガンバリマス」
そう呟いて、隣のファリオンに小声で『あーあ』と零された。
しかし何だかんだいって笑顔で褒めてくれる両親に対して、渋い顔をしているのは私の兄弟だ。
「……アカネ、そんなに足のラインを出して大丈夫なのか?」
「言うと思ってましたよ、シェドお兄様」
「脱がせてほしいってアピールか?」
「そんなわけありませんよね、リード様」
「アネキのこの姿に需要があるのが理解できねぇ……」
「小声でも聞こえてるわよ、ヴェル」
まぁ、この三人が手放しで褒めてくれるわけはないと思っていたのでダメージはない。
ただ、やっぱり堅物のシェドには受けが悪い。
同じようなデザインのドレスを着ているドロテーアにちらりと視線を向けたけれど、シェドの言葉に特に堪えた様子はなかった。
流石メンタルつよい。
「ほら、ドロテーアもお揃いのデザインなんですよ!」
「ほんと、細部はドロテーアちゃんに合わせた作りになっていて、こちらもとっても可愛いわぁ」
「その色がいいね。アカネとは対照的だがどちらも可愛らしい」
「お、恐れ入ります」
うちの両親の誉め言葉にドロテーアは恐縮してしまっている。
いつもは朴念仁なお父さんも、さすが長く社交界に身を置いているだけあって女性への誉め言葉は堂に入っていた。
ここはやはり本命からも誉め言葉があるべきだろうと、チラチラとシェドに視線をやるも、キョトンとした顔をされた。
……目を大きく開いて凄んでいるように見えるけれど、これは彼なりのキョトンである。
キョトンというよりギョロンという感じだけどキョトンなのだ。
しかし、私が睨むとようやく合点がいったようで口を開いた。
「ドロテーア嬢、よく似合っている」
「ありがとうございます」
シェドの言葉を皮切りに、リードとヴェルも当たり障りのない感じの褒め言葉を口にした。
レディの衣装を褒めるのは紳士の嗜みだ。
しかしシェドの言葉はなんとも味気ない。
そのせいかドロテーアも困ったように苦笑するだけだ。
「シェドお兄様、せっかくだし後でドロテーアと踊ってあげてくれない?」
焦って思わず直接的な助け舟を出す。
ドロテーアは驚いたように目を丸くしていたけれど、そのあと微笑んだ。
美少女の笑顔やばい。
「お願いできますか?」
「ああ……俺でよければ」
シェドは不思議そうにしつつも頷いた。
おそらくシェドの方は、本当にただ『妹の友達とせっかくだから踊ってみる』程度にしか受け取っていないだろう。
後はドロテーア次第だ。
そして私は、そんな私たちの輪から少し外れるようにひっそり佇んでいた少女に目を向けた。
「アンナ」
私の声に、にっこり微笑んでくれる金髪の美少女。
私の初めてのお友達であり、エルヴィン・フランドルの妹である彼女がなぜここにいるのかというと……
「アンナちゃんたらいつの間にそんな隅っこにいっちゃってたのぉ?もっとこちらへいらっしゃいなぁ」
「い、いえわたくしは……」
「遠慮しなくていいのよぉ。貴女はもううちの娘みたいなものなんだからぁ」
笑顔でそう言うお母さまに、アンナは気後れしたように弱々しい笑みを浮かべる。
相変わらず、華やかな容姿に反して彼女は少し気が弱い。
まぁ、無理もないだろう。
アドルフ様との婚約破棄の件で悪い噂が立ち、その噂がようやく止んできた頃に持ち上がったのがエルヴィン・フランドル侯爵の事件だ。
結局エルヴィンはいまだに捕まっていない。
すっかり雲隠れしてしまい、誰も足跡を追えなかったのだ。
しかし要職についていたエルヴィンが姿を消したとあればやはり混乱が起きるし、疑惑の目や叱責がアンナに向くのは時間の問題。
というわけで、アドルフ様とお母様は手を打つことにした。
まず、保護の名目でアンナとその母親、さらにフランドル家の使用人の一部をスターチス家に引き取った。
当主不在のため、王命による特例としての措置だ。
そして何事かと周囲が騒ぎ出すより先に、アドルフ様がエルヴィンを告発。
カルト教団"解放教"の教祖として国内に混乱を招いた罪、具体的には破滅論を提唱して内乱につながるような扇動を行ったり、儀式や実験の為に民衆を誘拐し殺害したことなども含まれる。
私はその時初めて知ったけれど、割と最近まで犠牲者は出ていたようだ。
いずれも特異な能力を持つ冒険者や研究者が多かったらしい。
一部の部下の自供と、国外の拠点に残された資料などからエルヴィンが教祖であるという証拠が揃い、アドルフ様の協力者である下まつげ王子……もといフェリクス王子も証言したことで、これは事実として認定された。
間もなく開催される宮廷会議によって、おそらくフランドル家は取り潰しとなる。
ここ数年の悪評のせいでフランドル家はすっかり孤立していて、擁護する声は少ない。
待ったがかかることはまず無いだろう。
そしてエルヴィンの数少ない血縁であるアンナと母親はすでにスターチス家の庇護下。
保護した理由はエルヴィンから守るためであり、二人は被害者なのだとスターチス家とベルブルク家が言い張っている状況である。
しかし二人が被害者であることを素直に受け止めてくれる人ばかりではない。
スターチスとベルブルク、ヴォルシュの三家が手を組んでいる形の今、この大きな権力図に乗ろうとする者もいれば反発するものもいる。
なんとか泥をつけたいと思っている家は少なくない。
そういった政略的な意味合いをのぞいても、もともと一時期評判が落ちていたアンナはそもそも心証が悪く、今現在も冷たい視線を受けてしまっていた。
「やっぱりアンナは連れてこないほうが良かったんじゃないのか?こんなの針の筵だろ」
遠巻きにアンナを見ながら何か囁きかわしている集団を横目でにらみ、リードがそう言った。
今日、アンナのエスコートをしているのはリードだ。
隣に立つ人間として、彼女に向けられる視線の種類は肌で感じ取っていることだろう。
けれど首を振ったのはアンナ自身だ。
「いえ。あまり閉じこもってばかりではかえって悪い噂を助長しますもの。スターチス夫人のご配慮にわたくしは感謝していますわ」
「ならいいけどよ……」
そう、そんな理由で、アンナはこの場に出席していた。
お母様の提案により急遽お父様の分の招待券を他の生徒から融通してもらい、アンナも参加させることになったのだ。
貴族が主催する舞踏会よりは、平民もいるぶん格式は低く空気も柔らかい。
そして通常親しい人物のみが参加する卒業パーティーにファリオンがアンナを招けば、その後ろ盾がはっきりしやすいということで。
さらに、今回アンナのエスコート役はリードが担っている。
間もなく開発が終わり売りに出される"蝶染め"という新たな染め物を占有するメアステラ商会。
その商会長という立場のリードと、顔を繋ぎたい人物は多い。
そんな彼がエスコートするアンナを、真っ向から悪しざまに言う人間はいないだろう。
まぁ、ここまでしても一部の視線は痛いままなわけだけど。
「無理するなよ」
「ありがとうございます」
事の次第を知っているリードは、アンナに同情的だ。
もともと彼は情が強い方だし、アドルフ様からもアンナの状況をいろいろ聞いていたらしいし。
気遣うリードに、アンナはうっすら頬を染めている。
そういえばアンナってリードに憧れてたんだよね。
実際には今の中身は別人だし、アンナにとっては記憶喪失になって自分のことも覚えていないらしい相手。
言動は全く違うはずなんだけど、一度意識してしまった異性だ。
優しくされればドキドキしてしまうのが乙女心だろう。
「どうする?最初のワルツ踊るか?」
「はい、リード様がよければ……」
「よし、なら……いくか」
リードの表情は真剣で、戦場に赴く兵士のようだ。
その横顔にアンナはポーっとしているけれど、それ、ただ単に苦手なダンスに対して身構えてるだけだからね。
ぜひともアンナは主導権を握り踊ってあげてほしい。
間もなく最初のワルツが始まり、そのあと学園長からの挨拶があって正式にパーティー開始となる。
フロアにパートナーと共に散りだす周囲の様子を見て、シェドお兄様がドロテーアに声をかけた。
「ドロテーア嬢、一曲目は兄君と踊るんだろう?」
シェドはちらりとブルーノさんの方を見る。
いつの間にか合流していたドロテーアの両親を交えて、大人組が挨拶を交わしあっていた。
「はい。よろしければ二曲目をお願いできますか?」
「ああ」
よしよし、ドロテーアの方も順調だ。
とりあえず踊るところまではこぎつけられる。
思わず後ろ手に拳を握っていると、それをほどくようにファリオンが手を取った。
「アカネ。今日の主役ドロテーアだと思ってねーか?」
小声でそんなことを言われた。
「え?」
違うの?
そんな思いが顔に出ていたんだろう。
ファリオンは不機嫌そうに眉根を寄せた。
「俺、首席で卒業したんだぞ」
「う、うん。すごいと思ってるよ。おめでとう!」
「で、俺ら婚約して初めての舞踏会なんだけどな!」
そう言われて初めて気づいた。
そういえばそうだ。
気持ちが通じ合って初めての舞踏会。
というか、本当の姿のファリオンと一緒に踊るの自体初めてだ。
……これってめちゃくちゃ記念すべき日なのでは。
「……で、今更赤くなるのかよ……」
「ふぁ、ファリオンとダンス……」
「いや、そこはマジで今更だからな」
「だ、だってその姿で踊ったことなかったし!」
ダンスの授業では受講当初からリードとペアを組んでいたので、ファリオンと婚約したからと言って今更ペア変更はできなかった。
というかリードが許してくれなかった……
おかげでリードに何度も足を踏まれて私は一回ガチで泣き、リードがマジ凹みしながら謝罪する構図が見られた。
それをきっかけにリードは嫌々ながらファリオンに教えを乞うて本格的に練習に打ち込み、なんとかアンナを任せられる程度にはなったんだけどね。
足を踏んじゃう人にアンナは任せられない。
とにかく、そんなこんなでファリオンと踊る機会は無かったわけで。
「分かったんなら、もうちょっと俺の方見れば?」
ニヤリと笑って私に手を差し出す美青年は、あくどい笑みなのに今日も麗しい。
震える手を伸ばす私を見て、彼はその表情を素の笑みに変えた。
「初めてダンスに誘われたみたいな反応だな」
笑いながら私の手を引いているけれど、正直それで間違っていない。
心底好きな人に誘われるダンスは乙女にとって特別なんだ。
……言われるまで忘れてたけど。
緩やかな音楽が流れだし、ファリオンの手が私の腰に触れる。
舞踏会に慣れていない一部の参加者の緊張感がうつったように、私もガチガチだった。
「なんつー顔してんだよ」
「だ、だって……」
顔が近い。
かっこいい。
辛い。
「……セルイラ祭りの舞踏会思い出すな」
思わず逸らしてしまっていた目線を戻すと、銀色の瞳が遠くを見るように揺れていた。
その瞳の色を認識しただけで、私の体には熱がともる。
「あの時もアカネはガチガチで、頼むから踊らせないでくれって顔してた」
「今はそんなこと思ってないよ」
注目を浴びている状態だし、今の心理状態じゃ足をもつれさせそうだ。
だけどそれを押してでもこの手を取っていたい。
そして、たとえ私が足をもつれさせたって、この腕はいつでも私を支えてくれると知っている。
「知ってるよ」
ファリオンがそう言って微笑むのと同時に音楽が始まり、私の足は滑るように彼と共に一歩を踏みだした。
=====
「……アカネ」
「……」
「おーい、聞いてるか?」
「………」
「ダメだな、これ」
「……ファリオン様、姉上に何をなさったんですか?」
「ヴェル。いや、ただ最初のワルツを踊っただけだよ」
「それだけでこんな恋に落ちて夢うつつの乙女みたいな状態に?」
「……ヴェル、小声で正直に言ってみろ」
「何で今更ダンスくらいでこんなみっともねぇ顔してんだ?」
「うるさいわね!」
「あ、戻った」
あんまりな言い草が耳に入って我に返った。
「おかえり、アカネ」
「あ、あれ。ダンスは?」
「ダンスはおろか学園長の挨拶もとっくに終わってる。もうじき二曲目が始まるけどどうする?」
「え、あれぇ?」
いつの間にダンスが終わったのか。
脳裏に残っているのはファリオンの満足げな笑みと、その背後でキラキラしているシャンデリアや装飾の明かりだけだ。
まるで夢をみていたように記憶が朧気だった。
「姉上、ダンスお上手でしたね」
ヴェルが珍しく感嘆した様子で私を褒める。
え、そう?
全然記憶にないけど弟に褒められて悪い気はしない。
「アカネは努力家だからな。まぁ、たまに俺にみとれてステップ忘れそうになってたけど」
「そうなんですか?俺の目にはわかりませんでした」
「レディに恥をかかせないようフォローするのも男の務めだからな」
バレていない私のミスをわざわざ言わなくても……と思うけれど、ヴェルの指導のためなら仕方ない。
ファリオンはそのままリーダーとしてのコツを話し、ヴェルも聞き入っている。
「なるほど……ファリオン様、二曲目は姉上をお借りしてもよろしいですか?俺も場数を踏みたいので」
「俺は構わないけど」
「いいよ。ヴェルもいつか誰かをエスコートすることになるんだろうし、私でいいならいくらでも練習に付き合うよ」
正直、二曲目をもう一度ファリオンと踊っても、また脳がショートして記憶を失いそうだ。
「いくらでもは困る。三曲目と四曲目は俺と踊って、周囲に俺たちの仲をしっかり知らしめておきたいんだよ。俺が卒業した後に手を出す男がいないように」
こんなところでも独占欲をむき出しにするファリオンを見て、ヴェルは呆れたように半眼を向けた。
「ほとんど卒業生しかいないのに誰を相手に牽制してるんだよ……」
「一部の在校生と、今後社交界に羽ばたいていく連中にも、だな」
「……愛されててよかったな姉上。俺には杞憂としか思えねぇけど」
「ヴェル、口調が取り繕えなくなってるわよ」
相変わらずヴェルは私に辛らつだ。
兄貴分たるファリオンや、敬愛する兄であるリードが私をちやほやすることに納得がいかないらしい。
悔しいことに同感です。
「それじゃ……ファリオン様、すみませんがお借りします」
「ああ」
「姉上、お手を」
リードによく似た、綺麗な顔立ちの少年がそう言って手を差し出す。
ようやく男性らしさを見せ始めたばかりの手は、まだ少し柔らかい。
リードの姿をしていたファリオンとの出会いを思い出して、なんだか懐かしくなる。
タキシードに身を包み、恭しい態度をとる様はどこからどう見ても高貴な貴族の少年だ。
私の手を取りホールドする様も、ダンスが始まってからも、リードされる側として違和感が全くない。
「ヴェル、本当によく頑張ったよねぇ」
「何がでしょうか」
「言葉遣いも振る舞いも、非の打ちどころがないもん」
「母上に見ていただくとまだご指摘をうけます。姉上も精進なさった方が良いかと」
「……」
素直に褒められてくれないところはやっぱりいつも通りのヴェルである。
でも、本当にこの子の努力は凄い。
リードもある程度できるようになったけど、それはエレーナのアドバイスのおかげだ。
エレーナ曰く、いかにそれっぽく見せるかが大事なのであり、難しい所はうまく手を抜くことがコツなのだそうだ。
それを聞いたティナには叱られていたけれど、マナーなんて相手を不快にさせなければいいのだから個人的にはそう間違った考えではないと思う。
そりゃ、完璧にできればそれに越したことないけど、それで苦手意識を持ちすぎて身につかないのでは意味が無い。
ヴェルも最初こそその教えにしたがってうまい手抜きをしていたようだけど、次第にその所作を洗練させていった。
いやぁ、恋の力ってすごいなぁ。
「夏の休暇の時、彼女に会えるんだって?」
「……なんで知ってんだよ」
渋い顔をして小声で悪態をつかれた。
私には知られたくなかったようだ。
やだなぁ、別にからかうつもりないのに。
「私の婚約者の後見人が誰だか忘れた?」
「ちっ」
「こぉら、周りに聞こえるよ」
新学期が始まるまで、長い夏の休暇がある。
社交シーズンでもあるので各地で舞踏会なんかも開催されるけれど、ロイエル領で行われるベルブルク家主催の舞踏会にヴェルは参加するらしい。
そして彼の気持ちを知っているベルブルク家の計らいで、滞在中にクラウディア様と会える機会を設けてもらえるそうだ。
「……ま、実際に会えるかは分かりませんが」
「体調とかもあるだろうしね」
「可能性は高いらしいですよ。皮肉にも、俺が子供だから大丈夫なんだそうです」
クラウディア様は娼館で働いていた時の影響で、男性を相手にすると拒否反応が出るらしい。
一番人気の娼婦だったとはいっても、望んでその職に就いていたわけではないのだから無理もない。
働いている間は気力で抑え込んでいたのが、救出されてからトラウマとして出てしまったそうだ。
クラウディア様発見の茶番劇に女性騎士が多く訪れていたのはそういう意味での配慮もあったんだろう。
彼女が心を許して話せる男性は、ハイルさんとクラウス様の二人くらいなのだとか。
アドルフ様ですら二人きりで話をするのは難しいそうだから、ヴェルの恋は前途多難。
少年っぽさが残っているうちに彼女の心の壁を取り去るしかない。
「時間との勝負だね」
「といっても焦って彼女を傷つけては意味がありませんから」
「いいね、そういう配慮できる余裕って大事だと思う」
焦ってもよくない。
そもそもヴェルの方だって一目惚れで恋に落ちているわけで、クラウディア様の人となりを詳しく知っているわけじゃない。
周囲の評価からしていい人だとは思うけど……いい人なのと性格が合うのは別だろうし。
「がんばって。お姉ちゃんは応援してるよ」
「うるせぇ、ほっとけ」
「まぁ、可愛くない」
とか言いつつ、小声の悪態も最近は可愛く思えてきている。
唇を尖らせて視線をそむけるヴェルは子供っぽくて、人前で貴公子然としている姿とは全く違う。
心を許している家族なのだと思えて、私の頬は思わず緩んでしまうのだ。
曲が終わってヴェルと離れると、隙ありとばかりに女の子たちが押し寄せてくる。
外面しか知らない女の子たちに、弟は今日も大人気だ。
「ヴェルナー様、次のダンスのお相手はお決まりかしら?」
「まぁ、女性の側からそんなことを言うなんてはしたなくてよ」
「あら、そういう考えって前時代的だと思いますわ」
「ヴェルナー様、先日の剣術の授業では最終試験でA判定を取られたとか。素晴らしいですわ。ぜひお話を聞かせてくださいませんか?」
「申し訳ありません。皆さんとお話したいのはやまやまなのですが、私はこの後ご挨拶しなければいけない方が多くいらっしゃいますので」
黄色い声で囀る女の子たちと、困った笑みを張り付けながらそれをとりなすヴェル。
おそらく今の私は、よくヴェルが私とリード、ファリオンのやり取りを見ているときのようなしらっとした表情を浮かべていることだろう。
からかいの一つもしてやりたいところだが、これでヴェルがこの場を立ち去れば、彼女たちの標的が私に代わる。
ぜひとも間を取り持ってほしいと懇願されるのは初めてじゃないんだ。
少しずつ距離を取り、ファリオンの姿を探し……
「……探すまでも無かったわ」
会場の中で女の子の団子が三つ出来ている。
一つはヴェル。
そして仕事の都合で二曲目くらいから来るといっていたアドルフ様が到着したらしく、ヴェルの数倍くらいの女性に取り巻かれながら、相も変わらず如才なく対応している。
そしてそんなアドルフ様に負けないくらい女性に取り巻かれているのが、紛れもなく私の婚約者だった。
ちなみにリードとシェドお兄様にも女性たちが近づきたそうにしているけれど、リードは一曲目を踊った後、踊らずに済む口実ができたとばかりにアンナに付きっ切り。
シェドお兄様はドロテーアと話をしていて、他の女性達が近づきづらそうにしていた。
うん、ドロテーアは緊張せずに話が出来ているようだ。
イイ感じ。
こっちは心配ないとして……問題はこっちだな。
女性たちの真ん中であからさまに面倒くさそうな表情をしているファリオンを見て、私はため息をついた。
いつもご覧いただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、ブクマや評価などで応援いただけますと励みになります。




