006 卒業パーティー、その前に
「どう考えても人選ミスだと思うの」
「まだ言ってるんですか、アカネ様」
鏡に映る私の目は完全に死んでいる。
もう何度目か分からない愚痴を聞いて、準備を手伝ってくれていたエレーナは大きなため息をついた。
「ドロテーアの魔法少女は可愛いけど私の魔法少女は痛いよぅ」
十六歳と十四歳の壁って結構厚い。
「魔法?魔術ならアカネ様の方がお得意じゃないんです?」
「そうじゃない、そうじゃないのよ」
魔術少女ならいけるのかなぁ。
魔法と魔術の違いってなんなのかなぁ。
「そもそも私が着てるなら大丈夫ってならないと思うんだ。二人して浮くだけだと思うんだ」
「そこはさんざんミス・グレイにも言われたんでしょう?アカネ様はあれ以来すっかりファッションに関して革新的なものを求められてるから、むしろ心待ちにしてる人が多いって。アドルフ様との一件以降、まったく舞踏会に姿を見せないから、かえって期待が高まっちゃってるみたいですよ。これくらいインパクトあった方がいいですって」
確かにその慰めは散々聞いた。
けれど実際には慰めになっていない。
変にハードルが上がっていることを知って、私の心臓がどれだけ縮み上がっていると思うのか。
みじんこメンタルの持ち主にファッションリーダーなんて無理だ。
相談の結果できあがったドレスは、後ろから見ればそう一般的なドレスと変わらない。
紺青の生地をベースにした膝丈スカートの上に、グラデーションのように色を変えた布を重ねてサイドからバックにかけて垂らしているからだ。
いきなり攻めすぎると反発が大きいかもしれないということで、少しだけ逃げに走った結果である。
センターからしか足のラインが分からないようなデザインになったとはいえ……本当に受け入れられるか自信が無い。
「いやーでもほんとこれエッロいですねぇ」
「ちょ、こら!めくらないの!」
レースを重ねたドレスをちょっとめくり、ガーターベルトを確認したエレーナが唸る。
「これならリード様も強硬手段に出てくださるかもしれないです」
「出てくださらなくていいのよ」
「何を言ってるんですか!リード様はあと一年もしたら家を出て行ってしまうかもしれないのに!その前に獣になっていただかないと!」
なっていただいたところでトラブルにしかならないと思うんだけど。
「緻密な罠に嵌めてかっさらうつもりだったのに、アカネ様の色香に惑わされて思わず箍が外れるリード様……あ、いい」
「いいわけあるか」
いつの間に来ていたのか、ドアを開いて顔を覗かせていたのはファリオンだ。
「あっ、ファリオン様!レディの準備中にノックも無く入って来るなんてダメですよ!」
「これがリードなら?」
「すぐ退室して二人きりの場をお作りするに決まってるじゃないですか!」
つかつかと歩み寄ってきたファリオンは黙ってエレーナの額をはたいた。
「いったぁい……」
「いや、ていうかね。エレーナも悪いけど、ファリオン、ここ女子寮だよ?」
卒業パーティー当日。
王都に自分の家がある生徒以外は、寮の自室で準備をする。
スターチス家も必要に迫られて王都内に屋敷を持とうと計画中だけど、間に合わなかった。
そんなわけで私も例にもれず自分の部屋にエレーナを呼び、準備を手伝ってもらっている。
「ロッテいないんだからいいだろ」
「いや、女子寮なんだよ、っていうツッコミへの回答にはなってないんだけど」
確かにロッテはいない。
彼女も今日のパーティーには出席するけれど、王宮に戻って準備をしている。
日常の身づくろいならいざ知らず、流石にパーティー仕様の準備を私やロッテ本人、そこらのメイドや侍女にさせるわけにもいかないので。
そしてロッテがいないとはいってもこの女子寮には同じようにパーティーに向けての準備をしている女子生徒がたくさんいるんだけど、まぁ誰にも見咎められずに侵入する術など彼にはいくらでもある。
寮のセキュリティが心配になるけれど、おかしいのはファリオンだ。
他の人ならこうはいかない……はず。
「パートナーの出迎えってことで特別に許可してもらったんだよ。主席の特権だ」
「うわぁ、権力の濫用だ」
「貴族なんだから今更だろ」
身も蓋もないことをおっしゃる。
「まぁ、それはいいとして……何か言いたいことがありそうだけど?」
エレーナの隣に立ったまま、ファリオンはじろじろとこちらを見てくる。
ドレスのデザインが物珍しいのは分かるけど、大変居心地が悪い。
「……足、それでいくのか?」
「……やっぱり気になる?」
私の足は刺繍をほどこされたタイツに覆われている。
覆われてはいるが、シルク生地は膝上からレース編みに切り返され、少し肌の色が見えるようになっているのだ。
立っていればスカートに隠れるけれど、踊っているときにはちらつく肌色が目立つことだろう。
「ちょっと露出多くねーか?」
「なんかファリオン様ってシェド様みたいですよねぇ」
シスコン義兄という意味では一時完全に同類だったからなぁ……
やれやれと言った感じに首を振るエレーナはファリオンに向き直った。
「いいですか!殿方が言うべきことは一つです!可愛いか、可愛くないか!」
ビシィッと指をつきつけるエレーナを鬱陶しそうに睨み、指を手のひらで押し戻しながらファリオンは溜息をつく。
「アカネは可愛いに決まってんだろ」
「お願いやめて」
言葉遣いこそぶっきらぼうでも、ファリオンは基本あまあまだ。
私の奴隷なんて言い張っていた時は少し斜に構えていたはずが、ファリオンに戻ってからというもの抑圧していたのが解放されたかのように私を甘やかしている。
褒め言葉だって、なんのてらいもなく口にしては私から平常心を奪いにかかるのだ。
どんな顔をしていいか分からない。
「ま、余計な虫がつけいる隙なんて与えるつもりねーからいいけどな」
「あら、リード様の実力、ファリオン様ならよく知ってるはずですのに。こぉんな可愛いアカネ様を前に大人しくしているほどうちのオオカミは大人しくないですよ」
「……エレーナ、お前本当に何も知らねーんだよな?知らねーでそんな発言してんだよな?」
「何がです?」
エレーナは何も知らない。
リードの正体もファリオンの正体も。
そのはずなのに、実はシルバーウルフのことも入れ替わりのことも察しているのではと思うような発言を時々する。
そもそも自分が仕えている家のお嬢様の婚約者であり次期侯爵様とこうも簡単に打ち解けるメイドなんておかしい。
まぁ、全ては『だってエレーナだし』で片付くんだけどね。
知っていても意外ではないし、知らずにたまたまニアピン発言していても驚かない。
だってエレーナだし。
「えっと、とりあえずこのドレス、変じゃない?」
「まぁ見慣れないデザインではあるけど、いいと思うぞ」
ファリオンの色に合わせて金糸と銀糸で編まれた胸元のレースを見ながら、彼は満足げにそう言った。
かくいうファリオンの耳元には、いつだったか見た気がする濃茶のピアスが光り、襟には黒い糸で刺繍が入っている。
互いがパートナーであることをあからさまなほど主張する状況にむず痒さもあるんだけど……
「それじゃ、そろそろいくか」
「え、パーティーは十五時からでしょ?」
時計はまだ十二時過ぎを示している。
いくら何でも早すぎでは。
「……卒業式自体は十三時からだ。生徒代表の俺は式辞読まないといけなくて、生徒代表はパートナーも連れてくのが慣習だって、前に説明しただろ」
「あ、そうだった」
ジト目で言われて思わず背筋が凍る。
どうりでエレーナが妙に早く準備を終わらせると思った。
結構時間ギリギリだったのか。
すっかり忘れていた。
いや、言い訳するとドロテーアのことやドレスのことで色々いっぱいいっぱいでしてですね。
「私は前にファリオン様から言われたことちゃんと覚えてたんですよー!できる女は違うんですからー!」
最高のドヤ顔で胸を張るエレーナが鬱陶しい。
いや、助かったよ、助かったんだけどね?
「とにかく、準備できてるなら行くぞ」
「はーい」
「いってらっしゃいませ!リード様とそのまま駆け落ちするなら私にはわかる形で教えてくださいね!」
「させるか、馬鹿」
エレーナの軽口をしっかり封じ込めて、ファリオンは私の手を取って歩き出す。
なお、卒業生と来賓、合わせて百名以上の視線が集中する壇上に、パートナーである私も一緒に上がらないといけないことを知ったのは直前だった。
私が参加拒否することを予想してあえて黙っていたそうだ。
去年の婚約発表パレードで鍛えられた無心モードが活躍したけれど、あまり嬉しくなかった。
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「パーティー前から嫌な汗かいた……」
「震えることもなくうまく振舞ってたじゃねーか。笑顔が凍り付いてたけど」
「笑顔を絶やさなかっただけ自分で自分を褒めたい……辛い」
「よしよし」
ファリオンの手が私の頭をなでる。
髪の毛ごしに伝わるぬくもりに、思わずほぅ、と息をついていると、背後から声がかかった。
「ファリオン様、アカネ様」
「ドロテーア!」
振り返った先にいたのは、お兄さんらしき人にエスコートされているドロテーアだ。
そばかすを化粧ですっかり隠し、私をも上回るくせ毛は綺麗に編み込まれている。
普段眼鏡の奥に隠れていた青い瞳はパッチリしていて、初めて会ったときより少し大人びた美少女がそこにいた。
私の青と対照的に濃淡のあるオレンジをベースとしたドレスを身にまとったドロテーア。
私よりふくらみを持たせたスカート部分がふんわりしていて花の妖精のようだ。
危惧していた魔法少女感は、彼女の落ち着いた雰囲気に打ち消されていた。
卒業式の時にも壇上から見えていたけれど、こうして間近で見ると威力が段違いだ。
私が男なら間違いなくダンスを申し込んでいる。
「すっごい可愛いよ!」
「あ、ありがとうございます。アカネ様も相変わらずお綺麗です」
お世辞を返してくれつつも、ドロテーアは落ち着かなさそうに足をそわそわさせている。
そりゃ慣れてないと気になるよね。
私からすればミニスカってほどじゃないんだけど。
「え、ドロテーアって……メンフィス家の!?」
「あんなに綺麗だったのか!」
私の声を聞いて周囲がざわついている。
物珍しいドレスに加えて見覚えのない美少女。
入学式中もちらちら視線が送られていたし、ドロテーアはばっちり目立っていた。
おそらくそれに耐えかねて私たちに声をかけてきたんだろうけど。
とりあえず私は待ち望んでいたセリフを聞けて大変満足です。
同じく耳に届いているであろうドロテーアはむず痒そうだ。
隣に立つお兄さんは、すっぴんのドロテーアに似た素朴で優し気な顔立ちの人だった。
「お二人とも、お邪魔をして申し訳ありません。兄を紹介させてください」
そう言って、ドロテーアが隣のお兄さんを見上げた。
お邪魔?
……もしかしてイチャイチャしてると思われた?
「ドロテーアの兄、ブルーノ・メンフィスと申します。妹がいつもお世話に」
「ファリオン・ヴォルシュです。こちらは婚約者のアカネ・スターチス。ドロテーア嬢にはいつも僕たちの方がお世話になっていますよ」
ファリオンがよそ行き用の笑顔と声で穏やかにそう返した。
学園の生徒たちは散々彼の素を見ているはずなんだけど、女子はキャーなんて声を上げている。
ドロテーアは苦笑しているだけだ。
私はいちゃついていると思われた衝撃に耐えながら引きつった笑みで礼をした。
「アカネ嬢には妹のドレスのデザインまでお願いしてしまいまして」
「い、いえ。素人のデザインですが」
「大変斬新です。正直衣装だけを見たときは面食らいましたが、ドロテーアによく似合っていました。アカネ嬢のドレスも大変お似合いです」
「ありがとうございます」
言葉を選んでくれてるけど、ちょっとアレだと思ったのは事実なんだろうな……
「後日改めてお礼をさせてください」
「いえそんな、私は本当に素人なので!ドレスがこうして魅力的に仕上がっているのはミス・グレイの力です」
「しかし……」
やめて、食い下がらないで。
お礼なんか受け取っちゃったら他にも依頼が来そうで怖い!
私が本気で抵抗しているのを見て取り、ファリオンが間に入ってくれた。
「そうですね……ではブルーノ様、メンフィス家は確かパラディア王国より東まで反物の販路を拡大していたと思うのですが……」
「はい。最近はさらに商材を増やしています」
「素晴らしい。ではその商圏に加えていただきたい商会がありまして……」
私へのお礼の代わりに、ファリオンはリードに便宜を図ってもらうようにするつもりらしい。
……なんだかんだ、本当に仲いいな。
明確な報酬でないのであれば周囲にもうやむやにできそうだとホッとする。
メンフィス家は男爵の家だ。
ファリオンが次期侯爵だと知っているせいか、ブルーノさんは私たちに対してとても腰が低い。
人柄の良さは伝わってくるけれど、そんなに低姿勢だと舐められるのではとこちらが心配になってしまう。
こちらがふっかけるような人間だったら、ブルーノさんの申し出はかなり危険なものだった。
「……兄、少し頼りないでしょう?」
「え、えっと」
小声で私に耳打ちしてきたドロテーアに、思わず反応に困る。
「正直に言っていただいて構いません。父の後を継いでメンフィス家を背負っていただかないといけないのに、弱小貴族だからってどうにも押しが弱くて」
小声ながらいら立ちを孕ませるドロテーア。
確かに要領がよく、押すところは押すタイプの彼女に比べると少し頼りない。
「だから私の結婚には両親も期待しているんです。私は損得抜きで…その、あの方が好きですが、家にとっても影響が大きいのは間違いないので」
恥じらいながらそう語るドロテーアの表情には、珍しく緊張の色が見て取れた。
恋する乙女なんてただでさえいっぱいいっぱいなのに、家からのプレッシャーまで感じている。
まだ十四歳なんだからもっと自由に……なんて思うけど、この世界の貴族にとってはよくある話だ。
そう考えると私って本当に幸せだな。
いつの間にか外堀が埋まってたけど。
「……頑張って、ドロテーア。大丈夫。今のドロテーア、最高に可愛いよ」
「ありがとうございます。でもやっぱり、このドレスは目立ちますね。早くアカネ様と合流したくて仕方ありませんでした。さきほどの卒業式でも、アカネ様が登壇するまではやっぱり視線が痛くて」
「ああ……」
確かに、私と一緒に歩けば似たようなデザインなので視線は分散するし、私の姿を見ればドロテーア一人が奇抜な恰好をしているわけじゃないと知れ渡る。
早くも『アカネ様の新作!』なんて声が聞こえてきた。
新作も何も、私別にデザインの仕事してるわけではないんだけどな……
本当に今回で定着してしまいそうで怖い。
しかし、周囲が盛り上がっているのはドレスの話ばかりではないようで。
「せっかくお二人が仲睦まじくしていらしたのに、ドロテーア様って本当に無粋だわ」
そんな声が聞こえてきて、目じりをひきつらせたのは私だ。
ドロテーアは表情一つ変えずに微笑んでいる。
何てことないという顔で。
「……ドロテーア、もしかして今までもよく言われてた?」
「何のことですか?」
けろりとした声でそう問い返されると、私は何も言えない。
一体どんな顔をしていたのか、ドロテーアは私の顔をチラリとみてから噴き出した。
「アカネ様。これくらいでへこたれていては、私の恋なんて叶いません」
「ドロテーア……」
確かに、競争率の高い相手と結ばれればどうしたって妬みを集める。
私だって、ファリオンとリードの二人と仲良くしているという時点であれこれ言われたものだ。
今、批判的な声をほとんど聞かないのは、変な同盟が広まったおかげ……いや、せい?
どちらがマシかといえば、今の方がマシなんだけど。
ドロテーアが同じ状態になるとは思い辛いので、彼女は妬み嫉みに真っ向から立ち向かわないといけない。
「大丈夫です。そもそも私の趣味趣向の時点で、あれこれ言われるのは慣れているので」
「……なるほど」
制服萌えを大声で語ってしまった私に臆することなく声をかけてきたドロテーアだ。
この程度の陰口でつぶれるような器じゃなかったわ。
「二人とも、楽しそうなところ悪いけどそろそろ行くよ」
ひとしきり話し終えた私たちの様子を見計らって、ファリオンがそう声をかけてくる。
どうやら男性二人の話も終わったらしい。
ドロテーアと私は意気込んで頷きあい、それぞれのエスコート役の手をとって歩き出した。
いつもご覧いただきありがとうございます。
ドレスのイメージはどうぞ皆様の頭の中でいい感じのものを想像してください。
私の中のイメージでは男性向けファンタジーのヒロインが着てそうなものを露出部分控えめにしたものです。え、わかりづらい?




