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魔王の隣で勇者を想う  作者: 遠山京
第二部 第一章 令嬢と精霊

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003 おめでとう

投稿遅くなりましてすみません。

しばらくこんな感じで不定期更新が続きそうです。

学園の講堂裏。

研究発表を終えて出てきたファリオンを、私は笑顔で出迎えた。



「ファリオン、卒業確定おめでとう」


「……」



祝福する私に反して、ファリオンはむすっとしている。

おお、これはなかなかのご機嫌斜めぶり。



「何でアカネはでねーんだよ」


「いや、発表時間は限られてるんだしさ。私はレポート提出のみでって話になったんだよ。仕方ないじゃん」



学園の先生や外部の有識者、有力貴族、王家からも誰か一人ゲストを招いて実施するこの成果発表会は、私の想像以上に格式高いものだった。

私のレポートがそこで発表するに値しないと判断されたのも致し方ないことだ。

正直参加メンバーを聞いて胃が痛くなっていたので、辞退を打診された時にはこっそりガッツポーズをしてしまったほどである。



「これじゃアカネは卒業できねーだろ!」


「いや、発表会出てたとしても無理だよ……」



結局一部の授業は単位を取れなさそうだ。

成果発表会で素晴らしい発表ができたとしても、最低限の単位が必要という卒業要件を満たしていない。

成績優秀且つ、魔物被害抑制に貢献できる発表をして、その場で合格宣言されたファリオンとは格が違うんだ……

ちなみに、ドロテーアの研究発表も特に参席していた女性貴族から高く評価され、合格を言い渡されていた。

間違いなく男子の首席はファリオンで女子の首席はドロテーアだ。



「あー、くそ……結局アカネ置いてく羽目になるのか」


「なんか、ごめんね」



優秀じゃなくて申し訳ない。



「ま、いいけどな。心配の種は一個減ったし」


「心配の種?」



どれの話だろうと思いながら首を傾げるも、ファリオンはそれ以上何も教えてくれなかった。

しかし、その一か月後に私はその言葉の意味を知ることになる。




=====




「リード、誕生日おめでとう!」



王都にあるベルブルク家の屋敷。

その一室を借りて、リードの誕生日を祝う晩餐会の場を設けていた。

ファリオンも参加したら、と言ったんだけど、普通、成人のお祝いは家族だけでするものらしく辞退された。

会場を貸してくれたアドルフ様だけが例外として参加している。


こうして本当のリードの誕生日を祝うのは初めてだ。

今日でリードは十七歳になり、成人する。

日本みたいに成人式とかがあるわけじゃないけど、この国でも成人というのはやっぱり特別だ。



「……どーも……」



私やお母様達、アドルフ様からも同じように祝福の言葉を贈られながら、リードは言葉少なに眉間にしわを寄せていた。

一見すると怒っているような表情だけど、これはたぶん照れているだけだろう。

両親と死別してから、こうして家族団らんみたいなことをする機会が無かったのだから仕方ない。

ハイルさんは父親代わりをしていたようだけど、ぶっきらぼうな男親が一人いるだけじゃこの空気にはならないしね。

ヴェルもなんだかむず痒そうだ。



「これでリードも大人の仲間入りだな」



お父様が朗らかに笑い、お母様も頷く。



「そうねぇ。リードはもともとしっかりしているから心配していないけれど、これからは大人として頑張らないとねぇ」


「母上、リードの籍の話は固まっているのですか?」


「そうそう、それがまだ確定していないのよぉ。この場で改めてその話をしないといけないわよねぇ」



シェドお兄様の指摘を受けて、お母様は一枚の紙を取り出した。



「リードが正式に我が家の家族になったのは昨年の秋だったでしょう?今後のことを考えるには時間が必要だと思っていたけれど、さすがに成人したからにはそろそろ判断してもらわないといけないわぁ」


「その紙は?」


「アカネちゃんは見た事ないわよねぇ。平民の養子を正式に貴族として迎え入れる為には、きちんと届出をしないといけないんだけど、その書類よぉ」


「今はまだリードとヴェルは、厳密には貴族じゃないってこと?」


「そうなるわねぇ」


「まぁ、厳密にはアカネ嬢も貴族じゃないがな」



そう付け加えたのはアドルフ様だ。



「え、そうなんですか?」


「公式の場における"貴族"という言葉は国が管理している貴族籍に名前が載っている人物を指す。貴族籍に名前が載るのは成人のみだ。とはいっても実子は出生届を出してあれば自動的に処理されて貴族籍に入るし、貴族間で養子をやり取りした場合にも、縁組の届を出してあればこちらも成人したタイミングで貴族籍に載る」



実子はまず間違いなく成人と同時に貴族になるので貴族扱いされるが、厳密にはまだ貴族じゃないと。

……ややこしいな。

選挙権みたいなものだろうか。



「例外は、リードとヴェルのように平民から養子入りした子供の場合ねぇ。リード達が今後も貴族として生きるつもりなら、改めてこの届を出さないといけないのよぉ」



それまではあくまでただの養子。

学園や舞踏会でスターチス伯爵の子供として扱われるのは確かだけれど、どうしても格が落ちる。

実子と異なり、平民に戻る可能性がそれなりに高いからだ。

貴族籍に載って初めて貴族としての権利を正式に認められ、爵位を引き継ぐ権利も得るのだ。


うちの場合、伯爵はお兄様が継ぐことになるだろうけど、もう一つ男爵が残っている。

望むならリードは男爵になれるだろう。



「逆に言えばね、その届を出す前ならまだ選べるのよぉ。リード、少し前から話をしていたけれど、改めて皆さんの前で気持ちを聞かせてちょうだい。貴方が今後どう生きていきたいのか」



お母様の言葉に、リードは迷わず口を開いた。



「俺は平民に戻ります」



驚いた。

だってマナーとかもせっかく身に付いてきたのに。

とはいえ意外ともいえない。

なんとかこなせるようになったとはいえ、リードにとって負担になっているのはよく分かっていたからだ。

でも私は何も聞いていない。

お母様の口ぶりからして、リードはお母様達と将来の話をしていたようだ。

私に報告する義務なんてないんだけど、事前に相談も無かったのはちょっとショックだ。



「せっかくスターチス家に来たのに、もう出ていくの?」



成人するタイミング的に仕方ないんだけど、ちょっと納得いかないところもある。

恨みがましく唇を尖らせながらそう口にすると、リードは苦笑気味に私の頭を撫でた。



「シルバーウルフとしてもこの家と繋がりを持ちやすくなる養子って立場は有用だった。でも、ヴェルナーが思った以上にうまくやれてるから。そっちはヴェルナーに任せて、俺は別の方面から首領やスターチス家を支えようかと思ったんだよ」


「別の方面って?」


「できるなら、商売の道に進もうと思ってる」



まさかの商人。

いや、お父さんの後を継ぎたいっていうなら納得の回答ではある。

とはいえ、メアステラ家の商会はすでに別の商会に吸収されたって話だ。

ゼロから商売を始めるのがいかに大変か、私でも何となくわかるのに。



「商会は無事に立ち上げられそうなのねぇ?スラーヴェンの商会長とはお話できたの?」


「はい、ちょうど今日の昼間にお会いできました。父の商会を引き取ってくれたのも、いずれ俺達が見つかった時に基盤を用意してくれる為だったそうで。快く新商会立ち上げの保証人になってくれました。軌道に乗れば一部の商圏も譲ってくださるそうです」



お母様の問いに、リードは淀みなく応える。

リード達の両親が亡くなって、メアステラ商会は別のところに吸収されたって聞いた。

その吸収先がスラーヴェン商会だったそうだ。



「そう、良かったわぁ。スラーヴェンはメアステラと仲が良かったものねぇ。さしあたっての商材も決まったのかしらぁ?」


「ええ……アドルフ様、この場で話をしてもいいですか?」


「ああ、もう引継ぎの準備は整っている」



何故だかリードとアドルフ様が頷きあっているのを見て、嫌な予感がした。



「新メアステラ商会におけるひとまずの主力商品は染色織物……ファリオンとアドルフ様が進めている染工業の優先販売先にしてもらえることになっています」



うわあ、やっぱり!

アドルフ様と別れた直後にも感じた、この疎外感!

私が知らないところで男同士のネットワークを築いてなんか話進めてるやつ!

ファリオンが言ってたのはこれだ!

リードが家を出ていくことになるから心配の種が減るって意味だ!



「あら、そうなのぉ。それじゃ足場は固まってきているのねぇ」


「ええ。商売の役にも立つので学園も卒業までは通いたいと思っていますが」


「サポートはするから、全部自分で頑張ろうとしなくてもいいのよぉ。少なくとも卒業するまではうちの子でいてくれたら嬉しいわぁ」


「ありがとうございます」



お母様の言葉にリードははにかみながらお礼を言う。

その後、話はリードの立ち上げる商会に関して詳しく聞く流れになり、私は会話に入る隙を失った。




=====




「いつまで拗ねてんだよ」



そう言いながらリードが歩み寄って来た。

この日はみんなお酒も入っているのでこのままベルブルク家の屋敷に泊らせてもらうことになっている。

あてがわれた部屋のバルコニーで夜風に当たっていると、何故だか堂々とリードがやってきたのだ。



「……なんでいるの」


「そこのドアから入ってきたからだろ」


「鍵かけたはずなんだけど」


「アカネのメイドは鍵持ってるだろ」


「……エレーナぁぁ!」



自分の趣味の為にあっさり私を売るようなメイドは、いい加減ディアナに教育し直してもらった方がいいかもしれない。



「そんで?俺が居なくなるから拗ねてたのか?」



そう言うリードは、なんだか嬉しそうに笑みを浮かべている。



「別に拗ねてないし」


「唇尖らせて言っても説得力ないな」



そう指摘されて、ますます唇がとがってしまう。



「だって、私の知らないところでさぁ。男の子たちだけで話進めててずるいよねーと思って」


「なんだ、そっちかよ」



私の隣でバルコニーに背を預け、リードは溜息をつく。



「俺が居なくなるのは寂しいって、泣いてるかと思ったのに」


「泣いてたら慰めてくれた?」


「そうだな」



からかい混じりに尋ねる私を見て、リードは目を細めた。



「俺に涙を拭う隙を与えるなら、その隙にマジで掻っ攫ってやろうと思ってたよ」


「……」



思いのほか真剣な顔で言われて息を呑む。

凍り付いた私から視線を逸らし、『当てが外れたな』なんて言うリード。

私もぎこちなく視線を反らした。



「な、泣かないよ。お父さんの跡を継ぎたいって言うリードのことは応援したいし」



ごくりと唾をのみ、さらに言い募る。



「私のこと諦めて他の道目指すなら、そっちの方がいいと思うし」



あ、なんか言い方間違った。

そう思うもこれ以上なんて言っていいか分からず口を閉ざしてしまう。

応援しているのは本当で、いなくなったら寂しいって言うのも図星だ。

だけど私がリードに抱いている感情は恋愛とは違う。

彼が本当に今も私を好きかは分からないけど、私が応えられない以上、私に縛られない将来の道を見つけてもらうしかない。

そう伝えたかっただけなのに。


バルコニーの下に広がる庭園へ視線を固定したまま、数秒間の沈黙を耐える。

重たい空気を割ったのはリードの溜息だ。



「誰が諦めるって言ったよ」


「え?」



思いがけない返答にポカンとしてしまった。

そんな私の唇を指で閉じさせて、リードは笑う。



「俺が商人になったら、貴族社会でやっていけなくなったアカネを迎え入れてやれるだろ」


「な、何それ」


「アカネは貴族に向いてない」



キッパリ言い切られて、咄嗟に反論できなかった。

……私も常々そう思ってるからだ。

いや、現代社会の普通の女子高生として生きてきて、あっさり貴族に順応できる人ってあんま居ないと思うんだよね。

私がかろうじてやれているのは、アカネ・スターチスとして育ってきた記憶があるおかげだ。



「俺と同じだろ」


「いや、リードと同じとまでは」



未だに初級のダンスすら苦手としているリードよりはマシなつもりなんですが。



「向いてない理由が違うだけだ。俺は作法やダンスが苦手、アカネは腹の探り合いや建前が苦手」


「……」



そう考えると作法が苦手よりもある意味致命的だよね……

空々しい会話を聞いているだけで胃が痛むもん。

ダンスと違って練習でどうにかなるものとも思えない。



「だから、俺は思いっきり俺の欲望の為にこの道を選んでる。アカネが貴族社会に疲れたところで掻っ攫ってやる。大商人になれば、生活にも苦労させずに済むだろ」



月をバックにかっこよく言い放つリード。

……そんな彼の頬を、私は思い切りつねってやった。



「いっだ!?」


「嘘つき」


「は!?」


「いっつもいっつも、私のこと隠れ蓑にしようとするのやめてくんない?」


「何が……」


「この家に来たのも、商売の道を選ぶのも、自分以外の誰かの為のくせに」



頬から手を放して腕を組み、目の前の男を睨みつけた。



「知ってるんだからね。スターチス家に来たの、私とファリオンを守るためでしょ」


「……ヴェルか」



おっと、情報元まで一発で看破されるとは。

まぁ、知ってる人は少ないみたいだし、口を滑らせそうなのはヴェルくらいだから仕方ない。

あとで怒られたらごめんね、ヴェル。

そしてヴェルに怒られるのは私だろうけど。



「で、次は経済界からみんなを支えるって、建前みたいなあの言葉が本音のくせに。悪ぶる為の言い訳に人を使わないでほしいわね」


「悪ぶる……」



私の言い草にリードは絶句してしまったらしい。

だけど間違ったことは言っていないはず。

お年頃だからなのか知らないが、尖ってみせたくなる少年心にも困ったものだ。

成人したのだからいい加減卒業してもらわないと。

頭をガシガシ掻きながら、リードは肩を落とした。



「普通、そこは知ってても黙っとくもんだろ」


「黙ってたら好き勝手されるから口をはさむのよ」


「可愛くないな」


「知ってるでしょ」


「ああ、知ってるよ。アカネはこっちが油断してる時ばっか可愛い」



さらりとそんな言葉を挟まれて、今度はこっちが絶句した。



「ときめいたか?」


「ときめいてない」


「別にときめいてもいいと思うぞ。俺の美貌はアカネの婚約者も認めるところだからな」


「……ああ、そうね。ファリオン、リードの顔やたら褒めてたわ」



ファリオンがリードだった時、俺の美貌が俺の美貌が言ってたわ。

今になって思えば、自分の顔じゃなかったから他人事みたいに容姿を高評価してたんだな。

ファリオンの顔だって負けないくらいカッコイイと思うんだけど。



「……アカネ、どうした?」


「あ、ごめんファリオンのこと考えてた」


「……お前、この状況で他の男のこと考えるか?」



他の男と居る時に婚約者のこと考えるのはいいんじゃないのか。

逆ならまずかろうけども。



「俺のことなんだと思ってんだよ」



憤然とした言葉を受けて、ふむ、と息を漏らす。



「なんだと、か。そうだね、改めて考えると……兄弟なのか友達なのか、よくわかんないや。ヴェルは間違いなく弟なのになぁ」


「へぇ?」



リードは意外そうに片眉をあげ、気付けば間近に迫って来ていた。



「俺の事、男として意識してるかもってことか?」



真っ赤な瞳が私の顔を覗き込む。

去年の今頃は、この瞳にさんざん心をかき乱されていたっけなぁ。

そう思うくらいには、私は今この緋色になんの感慨も抱いていない。

ぐいっと胸板を押し返して溜息をつく。



「話聞いてた?兄弟か友達の二択で迷ってるって言ってるのに」


「……ぶれないよなー…」



そこぶれるようじゃ、根っからのファリオンファンとは言えない。

だてに正体を見破っていないのだ。



「こんな女選ぶ男はどうかしてる」


「あん?」



令嬢にあるまじき声が出てしまった。



「……どうかしてる男が多い世の中で良かったな」



それは世も末というのでは。

しかしそれを言ったらリードの失礼な言葉を認めることになる。

口をへの字にまげる私を残し、リードは踵を返した。



「ま、何にせよ、まだしばらくはスターチス家の世話になることもあるし、学園にも通うんだ。すぐお別れってわけじゃない」



去り際にポンポンと頭を撫でられて、本当は少し寂しがっていることが見抜かれていると気付く。

……悔しい。



「あ、そうだ。一個勘違いしてるみてーだから言っとくけど」


「な、なに?」



足を止めるリードに体を強張らせながら問い返すと、忍び笑いが聞こえた。



「嘘なんかじゃない。アカネが困ったらいつでも迎え入れてやる。遠慮なく頼れるようなでかい商会にしてみせるから、期待しとけよ」



その声は少し優しくて、その言葉には確かに偽りを感じない。

いつの間にか力がこもっていた肩をゆっくり脱力させ、去っていく背中に声をかけた。



「もしリードが商売に失敗しても、私とファリオンで助けてあげるから、安心して頑張ってよ」


「言ってろ、俺が失敗なんかするかよ」



軽口を叩いて去っていく背中を見ながら、ため息をつく。

もう聞こえないであろう独り言をぽつり。



「……これでもね、空気読んであげた方だよ」



リードがこの家を去れば、スターチス家の男児は二人になる。

シェドお兄様とヴェル。

順当にいけばシェドお兄様が伯爵となり、もう一つの男爵位をヴェルに譲ることになるだろう。

末端の爵位とはいえ、まったくの爵無しよりは箔がつく。

それでも高貴すぎる身分の女性を迎えるには足りないだろうけども、全くないよりは……

きっとヴェルの後押しになる。

……結局、人の為にばっかり選択している彼が、ちゃんと自分も幸せになる道を選べていればいいんだけど。

いつもご覧いただきありがとうございます。

結局リードすぐいなくなるのかよ、との声が聞こえてきそうですが、彼の状況を考えるとこの選択しかとってくれなさそうでした。

とはいえ物語からフェードアウトするわけではございませんので!

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