表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王の隣で勇者を想う  作者: 遠山京
第二章 令嬢と奴隷

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/224

015初めての悪夢

義理の兄になんだかとんでもない暴露をされまくった翌日。

しかしながら私は色恋にうつつを抜かしている場合ではない。


セルイラ祭でついに社交界デビューをする私。

舞踏会にドラゴン並みに威圧感のある令嬢が出てきたりしたら大問題だ。

下手したら招待客である要人の護衛に討伐されてしまうかもしれない。


そう、魔力コントロールの習得は急務なのだ。


「カルバン先生、どうでしょう?」


今日も今日とて魔術訓練に励んでいる。

毎日午前はみっちり魔術訓練を行っているが、昨日まではさほど効果を実感していなかった。

しかし、今日の私は一味違う。

自分の中の魔力の流れを意識して、内側で渦を維持させるようイメージした。


すると、カルバン先生は驚いたように頷く。


「すごいな、かなり上手くなったよ。

 中級モンスターのコカトリスくらいにはなってきた」


「こかとりす…」


コカトリスといえば超大型犬くらいの大きさで鶏と蛇が合体したようなモンスターだ。

人を積極的に襲うことは無いが、水場を荒らすのですごく嫌われている。

…すごく、嫌われているのだ。


「…モンスターで例えるのやめてもらえません?落ち込みます…」


舞踏会にコカトリスが現れたらまずいので、まだまだ頑張らないといけないことはよく伝わるけれど。

しかしカルバン先生は『何が悪いのか』と小首をかしげる。


「ドラゴンがコカトリスだよ?

 たぶんこれなら小鳥は逃げるけど殺人熊(グリズリー)は逃げないよ」


小鳥は逃げないでほしいし、グリズリーには逃げていただきたいわけで。

しかしカルバン先生はずいぶん成長したと褒めてくれているようだ。


「昨日から劇的な変化だよ、何かあったの?」

「んん…」


昨日、シェドの怒りに触れた時、初めて自分からもれ出ている魔力の流れを実感した。

おかげでカルバン先生が私に何を伝えようとしているのか理解しやすくはなったんだけど…

今日も後ろで本人(シェド)が授業参観してるし流石に言えないな…

ていうかシェドさん、仕事しろ。


「自分でも理由はわかりませんが、うまくいっているなら良かったです。

 でもまだ普通の人レベルではないんですよね?」


「うーん…前にSランクの剣士を怒らせちゃった時こんな感じだった気がするなぁ」


「舞踏会に怒ってるSランク剣士が現れるのもまずいですねぇ…」


怯えて誰も踊れない。

ていうか先生何したの?


「でも町を歩く時はこれくらいでもいいんじゃないかな。

 下手なゴロツキは近寄らなくなると思うよ。

 血の気の多い高ランク冒険者に目をつけられるかもしれないけど」


「もっと厄介じゃないですか」


何も良くない。

歩く魔力泉の代わりに歩く戦線になるだけだ。

思わずため息をついた。


「セルイラ祭までもう十日くらいしかないのに大丈夫かなぁ…」


「そうだねぇ…まぁ、ギリギリまで頑張るとして、いざとなったらこれかな?」


そういってカルバン先生は、持ってきた鞄から大ぶりのチョーカーを取り出した。

妙にゴツいが、センスは悪くない。

金の装飾に赤い宝石があしらわれた華やかなものだ。


「これは?」


「魔力の放出を抑える魔道具だよ。

 一度つけてみようか」


先生に促されて首につけてみると、子供の体にはちょっと重い。

けれどシェドが驚いたように声をあげる。


「魔力の放出が無くなった…」


「本当ですか!?」


シェドがすぐ気付くくらい劇的に変化しているということか。

こんなすごいものを私のために持ってきてくれたなんて。

なんだかんだ言ってやっぱり先生は優しい。

キラキラした目で先生を見つめる私。

兄が睨んでいることなど気付かない。


「正確にはまだ少しは放出してるんだけど、これなら許容範囲だよ。

 魔術の才があればこれくらいの放出量の子はたまにいる」


カルバン先生も満足げに微笑む。


「ここまで抑えれば危険は少ないはずだし、

 これからは簡単な魔術を練習していこうか。

 その方がコントロールの感覚もつかめていくかもしれない」


「やった!魔術教えてもらえるんですね!

 私は魔術禁止だと思ってました」


「確かに君の魔力量は暴力的だけど、むやみに禁止してしまうとかえって良くない。

 それこそ身に危険が迫った時、無意識に暴走させるよりは

 正しく防衛できた方が周囲も安全なんだ」


なるほど、それは確かに。

それにこのチョーカーをつけていれば、きっと初めて魔術を使った時ほどの暴走はおこさないだろう。


チョーカーをいじりながら、カルバン先生をうかがう。


「あの、先生…

 いざとなったらセルイラ祭の間はこれをお借りしていいってことですか?」


さきほどの口ぶりだとそういう事だろう。

さすがにこれ無しの状態で、セルイラ祭に制御習得が間に合うか不安だし有難い。

今だって集中すればコカトリスだけど、気を抜いたらドラゴンに戻ってしまうのだ。


カルバン先生は、もちろんいいよ、と微笑んだ。

このゴツめのデザインがドレスに似合うかは微妙だけど、ドラゴン令嬢よりマシだろう。


「ただ、それ本当はペットドラゴン用だから、バレないように気を付けてね」


「結局ドラゴン令嬢かい!」


「どしたの急に」


思わず叫ぶ私。

平常運転のカルバン先生。


「ドラゴン令嬢って言われたくないからつけようと思ったのに!これドラゴン用!?」


「ペット用の小型ドラゴンが暴走しないように魔力抑制するものだよ」


カルバン先生ってやっぱり私のことモンスター扱いしてね!?


「…自分で制御できるように頑張ります」


そんなものを娘につけさせているなんて知れたら、お父様たちの品位が疑われる…

社交界デビュー初日から令嬢にあるまじき異名がつくのも避けたい…


「そっかぁ、君によく似合ってるけどなぁ」


先生の無邪気な笑みに悪意は無い。

…無い、よね?




==========



その日の晩、頭痛を覚えて早めにベッドへ入った私。


気付けば何もない真っ白な空間に居た。

あぁ、夢か、と思い当る。

今までユーリさんと話した時にもこんな真っ白な空間だったのだろうか。

声しか聞こえていなかったしあまりハッキリ覚えていないけれど、他にこうして『夢だ』とわかるような夢を見たことが無い。


「ユーリさーん?」


そうのんきに呼びかけた次の瞬間、砂嵐のような轟音と共にあたりが真っ黒に染まった。


「わっ!?な…に?」


私を取り囲むような黒い渦。

得体のしれない恐怖に身がすくむ。

けれどそんな私を追い詰めるように、黒い渦は体積を増し、私に近づいて…

物理を無視して頭の中に、強引に押し入ってくる気配がした。


「うっ…あああああああああああ!」


吐き出すように絶叫が喉から迸る。

そんな叫びすらかき消すのはごうごうという砂嵐の音。

いくら耳をふさいでも聞こえてくる。

当然だ…私の頭の中で響いているのだから。


知覚という知覚を乱暴に這い回る黒。

視覚も聴覚も触覚も、全てを飲み込むこれは一体なんだ。

引きずり出される喜怒哀楽すべての感情に、訳もなく涙があふれ出す。


そして頭の中が全て真っ黒に染まって…


「アカネ!」


そんな声が黒を割るように響き、気づけば滲んだような光が目に映っていた。


「…あれ?」


震える手で目をこすると、手がびっしょり濡れる。

ようやく、光の正体はうっすら朝日が差し込む自室の風景なのだと気づく。

そして私のもう片方の手を力強く握りしめ、必死の形相でこちらを覗き込んでいるのはシェドだ。

その後ろに控えたティナが口元を覆って凍り付いている。


「…わたし、起き、てる?」


掠れた声が、現実感のない自分の喉から漏れていた。

間抜けな質問だ。

けれどそう聞きたくなるほど、さきほどまでの感覚が生々しく全身に残っている。


その言葉を聞いたシェドは安堵したように大きくため息をつくと、私を抱きしめた。


「よかった…アカネ…」


大きな体温に包まれて、自分の体が冷え切っていたことを知る。

震えが収まらないまま、すがるようにその大きな胸にしがみついた。

シェドに抱きしめられている、とか…そんなことを考えるだけの余裕は無かった。

ただなんでもいいから、あれが夢だったと実感できる感触がほしい。

痛いくらいの抱擁が、今はちょうどいい。


一体、起こされるまでの私はどんな酷い状態だったのか。

抱き合う私たちを見てもティナに喜色は一切無く、シェドもただ『もう大丈夫だ』と耳元で繰り返しささやきながら私の髪を撫でていた。

扉付近には他の使用人たちの姿もある。

みんな遠巻きにしながらもその表情に浮かぶのは戸惑いと安堵。


そして間もなく両親もそこに飛び込んできた。


「どうした、アカネ!?」

「アカネちゃん!」


慌ててこちらに駆け寄ってきた両親を見て、シェドがそっと体を離す。

無意識に離れまいと伸ばした腕を、代わりに母が手に取った。

よく見るとシェドはトレーニング用の服装。

両親は寝巻姿だ。

ティナもいつものお仕着せが中途半端なまま、リボンを結び切れていない。


時計は普段の起床より二時間ほど早い時刻を示していた。


おそらくシェドは早朝トレーニング中で、両親はまだ寝ていたのだろう。

そしてティナはそろそろ仕事を始めようと着替えていた途中だったと見える。


「ティナ…私、どうなってた?」


私の問いかけに、はっとしたようにティナが口を開いた。


「わ、分かりませんが…朝の準備をしていたところ、お嬢様の叫び声が聞こえて…」


現実に叫んでいたのか。

夢の中の感覚でも、喉が裂けそうなほどの叫びをあげていた気がする。

もし同じ声量だったのなら…屋敷中が驚いたに違いない。


「慌てて部屋に駆けつけたところ、同時に窓からシェド様が入ってこられて…」


お兄様どこから駆けつけてんの。

思わずジト目になる私と両親に、シェドは咳払いをした。


「ちょうど外で走り込みをしていたんだ」


いやそれは分かるんだけど。


「誰かに襲われでもしたのかと思ったら…玄関に回っている場合じゃないだろう?

 だが部屋に他の誰かの姿はなかった。

 アカネは目を閉じたまま泣き叫び、苦しそうに身をよじっていて…

 あれは…ただうなされているだけというにはあまりに…」


シェドは言葉を詰まらせた。

よほど酷かったようだ。

涙で濡れていたらしい頬のひきつる感覚も、それを物語っている。


「シェディオン様が声をかけて揺さぶっても

 なかなかお気づきにならなかったんですよ…」


ティナが説明を引き継いだ。


「アカネちゃん…悪い夢を見たの?」


お母様が心配そうに問いかけた。

いつもの間延びした話し方が鳴りをひそめている。


悪い夢…確かに悪い夢だ。

けれど…


「すみません、確かにそうだと思うんですが…

 あまり覚えていなくて…」


嘘だ。

ハッキリ覚えている。

けれどなんて説明していいか分からないし、詳しく描写したところで母を不安にさせるだけだろう。


「そういえば前にも夢見が悪かったと言っていたね」


父が眉を下げて呟く。

…それはたぶん、ここに来た初日に現状把握の時間稼ぎとして嘘をついたやつだな。


「いえ、あの時は…こういう感じではなかったと思います」

「確かにあの日、叫び声は聞こえてこなかったが…」


まるで重病患者を囲んでいるかのような暗い部屋の空気に耐え切れなくなって、私は笑みを浮かべた。

大丈夫。

もう手は震えていないし、指先まで血が通いだしている。


「すみません。ちょっと変な夢を見てパニックになっていたようです。

 もう大丈夫ですから。

 皆さん、お騒がせしてごめんなさい」


扉付近に集まっていた使用人たちに頭を下げる。

みんな口々に『いえそんな…』『ご無事のようでよかった』『許可無く立ち入って申し訳ございません』などと言いながら部屋を後にしていく。

あとはその場に残ったメンバーに任せて大丈夫と判断してくれたようだ。

みんなの反応が優しくて、何だか嬉しい。

大切にされていることが分かる。


「お父様とお母様も、すみません。起こしてしまって。」


「そんなことはいいんだよ」


「本当に大丈夫なの…?一度お医者様に見ていただいた方が…」


「いえそんな、悪い夢を見たくらいで…」


心配そうな両親に苦笑する。

しかし無理もないだろう。

屋敷中に響くような絶叫をあげていたのだから。


けれどおそらく医者が来たところで意味は無い。

これは病気だとか心労だとか、そんな内側からくるものではない。

なんとか両親をなだめすかして帰し、シェドにも頭を下げた。


「すみません、お兄様。驚かれたでしょう」


「アカネ…」


シェドは目を細めて呟いた。


「魔力のせいか」


「…わかりません」


鋭いところをつく。

実のところ、この悪夢には少し心当たりがあった。

マリーだ。


ホワイト・クロニクル内で、マリーはたびたび『真っ黒な夢』を見ていた。

詳しい描写は無かったが、彼女は『真っ黒な渦の中にいる夢』と語っていたし、『泣き叫んで目を覚ます』ことが多かったようだ。

結晶内にいる時から、マリーは発作のようにこの悪夢を見ては苦しんでいた。

魔物に襲われた恐怖や結晶内で過ごした孤独な時間から、マリーはいくつかパニック障害のような症状を持っている。

悪夢もその一つだと思っていたんだけど…


本当に、そうだろうか?


もしこの悪夢がマリーと同じものなら、私まで見るのはおかしい。

確かに私はマリーと同じ能力を有しているという。

けれどさすがにトラウマまで共有しているわけではないし、ならば悪夢を見る理由がない。


だとしたら…この悪夢は、強い魔力の副作用とは考えられないだろうか。

マリーも気づいていないのかもしれない。

パニック障害とそうでないものの区別などつかないだろう。


この悪夢がなんなのか。

小説でも、悪夢にうなされるマリーをファリオンが抱きしめて宥めるシーンはあった。

さきほどの私とシェドのように。

でも、これが解決したのかは…微妙だ。


物語の終盤、迷宮に立ち入ったマリーは深い心の傷から闇に飲まれ、心を閉ざしてしまうシーンがある。

そこからファリオンが彼女を救い出す。

まるで彼女がすべてのしがらみから解き放たれたかのような演出だったけれど…

その後魔王との戦いに突入し、物語はエンディングを迎えてしまう。

果たしてそれでマリーが二度と悪夢を見なくなったのかは分からないのだ。


けれどこんなこと…私が知っているはずないことなのだから、誰にも相談できない。

似たようなシチュエーションの漫画とかを読んだ時、『さっさと言えば解決してたじゃん!』なんてもどかしく思ったことがあるけれど…

いざ自分がそうなると、これは確かに言えないな。

周囲の人を変に巻き込みたくないし、信じてもらえなかった時の事を思うと口が重くなる。



「お兄様、もう大丈夫ですから…」



そう告げると、シェドは眉間に深いしわを刻みつつも『分かった』と頷いて踵を返す。

去り際、未だオロオロしているティナに、『身支度を整えた後、リラックス作用のあるハーブティーを淹れてやってくれ』と頼んでいってくれた。

それを聞くや否やもつれんばかりの足取りで部屋を飛び出していったティナは、この調子だと身支度が整っていないままハーブティーを届けてくれてしまいそうだ。


一人になった部屋で、大きくため息を零す。


参ったな…

もしこれがマリーと同じ悪夢なら、今回きりでは終わらない。

頻度は分からないけれど、これからも繰り返すだろう。

マリーが命の恩人である村長の元を離れた理由はこれも大きかったはず。


今日でここにきて十日目。

少なくとも今日まではこの悪夢を見たことが無かった。

マリーは一度悪夢を見ると、次に見るまで少し間が空いていたようだ。

小説内でも悪夢を見た直後だけ宿屋に泊まっていた。

それ以外は、周囲に迷惑をかけないよう人気の無い場所で野宿をしている。


ならば私も数日は悪夢を見ずに済むだろう。

その間に…なんとか、周りに迷惑をかけなくなる方法を探さないといけない。

さすがに二度目があればお母様たちも黙っていまい。


新たに増えた悩みの種に、私は頭を抱えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ