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魔王の隣で勇者を想う  作者: 遠山京
第六章 令嬢と盗賊

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145エピローグ4

カデュケート王宮にある、小さな部屋。

国王以外は許可なくば近づくことすら許されないそこに、国王は愛娘であるシャルロッテを招き入れていた。

それ以外の人間は完全に人払いをして、二人きり。

この状況を作り出したのは他でもない。

娘が大層気に入っている友人たちの話をする為だった。


魔王である青年と、魔王にとって特別な存在である少女。

この二人と愛娘が出会ったのは、国王にとって不測の事態ではあったが、幸いにも三人の関係は良好。

愛娘は何もしらないまま二人と関係を深めていった。

今回の件についても知らせていないままだったが、それは正解だったと思っている。

無垢な娘に小狡い計画を知らせたところで胸を痛ませることになるだけだ。

その純粋さゆえに、何も知らぬまま魔王の後ろ盾となるような命令状を発行してしまっていたが、彼の身を案じている国王にとっては咎めることでもない。

むしろ『うちの娘は天才なのでは』とすら思っている。


しかし、いつまでも何も教えないわけにはいかない。

なにせ愛娘が気に入っていたヴィンリード・スターチスはファリオン・ヴォルシュとなって戻って来るのだ。

愛娘が混乱しないよう、前もって真実を伝えておくべきだと国王は判断した。


中途半端に話を濁せば戸惑わせてしまう。

魔王のことも、シルバーウルフのことも、この娘にならばこっそり伝えておこう。

対外的には何も知らぬという体を通せば害もあるまい。

そんなことを考えていた国王は正に親馬鹿であり、娘の頭脳を甘く見ていた。



「さっぱり意味が分かりませんわ」



すでに三回目となるその言葉を寄こされてもなお、国王は表情を崩さない。



「うむ。清らかな心を持つロッテには受け入れがたい話であろうな」



彼の一人娘、シャルロッテはあまり頭が良くなかった。

難しい話を聞かされると途中から言葉が頭をすり抜けてしまう。

その心根は確かに清らかかもしれないが、理解できない理由はそこにない。

本人も、親馬鹿な王も気付いていないが。



「とにかく、アカネとリード様はもうすぐ戻ってきますのね?」


「うむうむ。二人とも戻って来るぞ。しかしお前が気に入っているリードは今やファリオンだがな」


「ファリオン様も戻ってきますのね?」


「うむ、その通りだ。だが中身はリードであるぞ」



シャルロッテの頭には雨あられとばかりに疑問符が降り注いでいる。



「リードがファリオン、ファリオンがリードだったのだよ」


「そうでしたの」



四回目となる言葉を国王が口にすると、シャルロッテはようやく頷いた。



「では、アカネは誰でしたの?」


「アカネ嬢はアカネ嬢だ」


「何でですの!?」



何でと言われても。

普通ならばそう返してしまうところだが、国王にとっては目に入れても痛くない愛娘。

苛立ちも戸惑いもそこには無い。



「ともかく、ロッテが親しんでいた二人はおそらく婚約することになる。祝福しておやりなさい」


「まぁ!アカネとリード様が婚約しますのね!」



やっぱり分かっていなかったらしいシャルロッテがそんなことを言ったが、国王は訂正しなかった。

喜んでいるうちの娘天使すぎ、としか思っていなかったので。



「お父様!パレードを致しましょう!とびっきり素敵な馬車を出してくださいませ!二人を乗せて王都中を回り、国民たちにも祝ってもらいますわ!」


「うむうむ、良い考えだ。ロッテは誠に心優しい子であるな」



この場にフェリクス王子がいたなら止めてくれただろうが、不運なことに彼は同席していないのだった。




===========

<Side:アカネ>




「へぶぷっ」



堪えようとして失敗し、変なくしゃみが出た。



「なんだ今の」



ロイエル領のベルブルク家を出たのはほんの一時間前。

公爵様達に別れを告げ、王都へ向かっているところだ。

両親と兄はスターチス家の馬車で。

国王陛下とご相談しないといけないというアドルフ様はベルブルク家の馬車。

私とファリオン、リードとヴェルの四人はアドルフ様が用意してくれた馬車に乗っていた。


正式に私の義弟となったヴェルナー君、改めヴェル。

女の子らしいくしゃみでなかったのは確かだけど、そんな目で見なくても……



「くしゃみよ。ごめんね」


「今のが?……マジで何でアカネがモテるのかわかんねぇ」



やかましいわ。



「ヴェルナー。アカネはお前の姉になるんだ。貴族として生きていくつもりなら、呼び方は気をつけろ」


「う……」



リードの指摘に、ヴェルはたじろいだ。



「アカネ様、お姉様、姉上のどれかで呼べ」


「……」



言葉よりも雄弁な顔をしてくれた。

まぁ、ヴェルの柄では無いよね。



「アネキでもいいか?」


「あふれ出る舎弟感……」



そして私のスケバン感。



「二人の時はお姉ちゃんとかでもいいよ?」



元の世界では一人っ子、こっちの世界では末っ子。

"お姉ちゃん"と呼ばれることに憧れがある。

思わず頬を緩めてそう言ってみるけれど、ヴェルは舌を出した。



「ぜってぇ無理」


「……リード、ヴェルが反抗期なんだけど」


「十三歳の反抗期は普通だろ」



そういう問題じゃない……



「でも本当にその話し方は何とかしねーとまずいぞ。ヴェルナーも特例でこのまま学園に入学するんだろ?」



そう言ったのはファリオンだ。



「アニキもそんな変わんねぇじゃん」



ヴェルはリードのことを兄ちゃん、ファリオンのことをアニキと呼ぶ。

ずっとファリオンの姿をアニキと呼んでいたので、今更呼び方を変えるのが気持ち悪いそうだ。

ちなみに、当のファリオンもリードの記憶が残っているせいでヴェルのことは弟みたいに感じているらしく、まんざらでもなさそう。

私が一人蚊帳の外感……



「俺はするべき場所ではちゃんとできる」


「ホントかよ」



余所行きの顔を見たことが無いヴェルは疑わしそうにしている。

ファリオンの被る猫は美人だぞー。

見たらびっくりするだろうなぁ。



「兄ちゃんもちゃんとできんのか?」


「ヴェルナーよりはな」


「ダンスとか飯食う時のマナー?とかも?」


「……ヴェルナーよりは、な」



安心して、ヴェル。

リードは結構怪しいよ。

私からの生ぬるい視線に気づいたか、リードは咳ばらいをした。



「あと、ファリオンの事アニキって呼ぶのもやめとけよ」


「……貴族めんどくせぇ」


「今更何言ってんだ」



そう突っ込むリードも、疲れたような顔をしている。

今更ながら、また作法の勉強をしないといけない事実にうんざりしているんだろう。



「二人ともエレーナを頼るといいかもよ」


「エレーナ?」


「あの変なメイド?」



初対面で暴走しまくったエレーナは、ヴェルに変なメイド認定されているようだ。

間違ってはいない。



「エレーナも最初作法とか苦手でね。すごく苦戦してたけど、いつの間にか上手になってたんだ。覚えるコツとか知ってるかもよ」


「へぇ」



まぁ、今でもちょっと怪しい時はあるけど、誤魔化せる程度になっているのは確か。

エレーナとティナは、お父様たちの用事が終わったら一緒にセルイラに帰る予定になってるけど、頼めばエレーナは残ってくれるかもしれない。

後で相談してみよう。

そんなことを考えながらのんびり帰路についていた私は、くしゃみの原因に思いをはせることなどもちろんなかった。




=====




「あれ、どうしたんだろ?」



王都が見えてきた頃、急に馬車が速度を落としてそのまま止まった。



「ちょっと見てくる」



ファリオンが警戒をあらわに馬車を降りて行った。



「何かあったのかな」


「大丈夫だろ」



そう言いながら、リードがファリオンの席を奪うように私の隣へ移動してきた。



「……リード?」


「なんだよ」


「なんで頭を撫でるの?」


「怯えてる妹を宥めてる」


「そこまで怯えてないんだけど……」



兄に撫でられる妹と考えると跳ねのけるほどではないし、でもこれって確実に……



「てめぇ、何してんだ」



地獄の底から鬼がはい出てくるような声がした。

やっぱりお怒りだ……

そう思った瞬間、甲高い音が響く。

気が付けばファリオンとリードが短剣を突き合わせていた。



「ちょ、ちょちょちょ!」



慌てて止めようとするも、ファリオンに腕一本で抑え込まれてしまう。

合間に頭を撫でる余裕すら見せられる始末だ。

魔王つよい。

抵抗を諦めると、こちらに視線を寄こさないまま頭をしこたま撫でられた。

多分、リードに撫でられたところを消毒とか考えてるんだろう。



「油断も隙もねーな」


「兄妹の触れ合いを邪魔する心の狭い婚約者ってどう思うよ、アカネ」


「私に振らないで……」



王都に向かう人は多い。

人目につくからとりあえずやめてほしい。

しかしそれは二人も分かっているのか、すぐに剣を納めた。



「で、何があった?」



何も無かったかのようにリードがそう問いかけると、ファリオンもいつも通りのトーンで返事をする。



「ロッテが来てる」


「え、ロッテ?」



私も一度馬車を降りてみることにした。

前方を走っていたアドルフ様とお母様達の馬車が止まっているのが見える。

そしてその更に前には、煌びやかな馬車が一台と、お供のような馬車が一台止まっていた。



「な、なんで?」


「さあ。とりあえず行ってみるか」



何事なのかと四人でそちらに歩み寄ると、そこに居たのはなんとロッテ。

ロッテのお供らしい騎士達と、お母様達が難しい顔で何かを話している。

……本当に何があったんだろうか。

王女がこんなところに居るなんてただ事ではない。

思わず私まで警戒をにじませていると、こちらの姿に気付いたロッテが顔をほころばせた。



「アカネ!リード様!」



あ、そういえばロッテになんて説明しよう……

私とリードの仲を応援していた彼女に、この状況は受け入れられるのだろうか。

嬉しそうに駆け寄って来るロッテを見ながら複雑な心境になるも、それは杞憂に終わった。



「おかえりなさいませ!」



そう言ってロッテが嬉しそうに見つめているのは、私と……ファリオンだった。



「た、ただいま?」



これまでと変わらぬ態度を取られて、流石のファリオンも戸惑っている。

もしかして全て事情を知っている?

でもロッテ、今リード様って呼んだよね?

まじまじとロッテを見つめると、ロッテもまじまじとファリオンを眺めていた。



「あら、リード様。そういえばお声とお姿が違いますわ」



その言葉に耳を疑った。

声と姿が違ってもリードだと分かった上に、そういえばレベルの事柄なのか、と。



「え、えっと……ロッテ、彼が誰かわかるの?」


「リード様でしょう?」



ロッテは目をぱちくりさせながらそう言った。

んんん?

今度はリードを示しながら問う。



「こっちは?」


「リード様によく似た誰かですわ」



何コレ、すごい。



「姿が違うのに、わかるの?」


「分かりますわ」


「なんで?」


「何でと言われましても……目を見れば分かりますわよね?」



こともなげにそう言うロッテに、なんだか負けたような気分になる。

私とリードのセットを愛していたロッテ。

彼女の愛は本物らしい。

こうも確信を持ってファリオンとリードを見分けるなんて。

多分だけど、私が誰かと入れ替わっても一発で見分けてくれる気がする。



「姿が違うことにもっと疑問は持たないの?」


「姿?驚きましたけれど……ああ、そういえば。長期の休み明けに生徒の一部が装いをガラッと変えてくることは学園内でたまにあることだと、ドロテーアが言っていましたわ」



完全別人になっても、ロッテには夏休みデビューと同レベルらしい。

本物のプリンセスってすごい。

ファリオンは苦笑していた。



「ロッテ、俺の本当の名前はファリオン・ヴォルシュなんだ」


「本当の名前がファリオン様ですの?もう一人のファリオン様と同じ名前ですわ?」



ロッテは不思議そうに首を傾げた。

ここまで言っても分からないのは逆にすごいな。



「ロッテの知ってるファリオンは、こいつだ」


「リード様の姿をしている人ですわ」


「そう、今はこいつがヴィンリードだ」



ロッテはちんぷんかんぷんと言わんばかりに首をひねった。

まぁ、影移しのことを知らなければ意味が分からないものかもしれない。

リードが一歩前に出て、微笑みかける。



「王女殿下、ファリオンとヴィンリードは姿と名前を交換したんだよ」


「ああ、そういうことですの!」



それで分かるんかい。

どちらかといえば交換していたのを戻したんだけど、余計ロッテを混乱させるからこんな言い回しにしたんだろう。

リードは慇懃に見えて、ロッテにまともな説明をするのを早々に諦めたらしい。



「えっと、それならリード様……じゃなくて、ファリオン様?とアカネが婚約したってことでよろしいのよね?」


「えっ何で知ってるの?」



まさかロッテがすでに婚約のことを知っているとは。



「お父様に聞きましたわ!」


「へ、陛下から?」



陛下は事の次第をほぼ全てご存知だ。

アドルフ様も魔王の能力の詳細を除き、逐一報告していたそうだし。



「ロッテはどこまで聞いてるの?」


「どこまでとは?」


「婚約の話以外に何か言われなかった?」



ロッテはうーんと首を傾げた後、扇で手を打った。



「そういえば……リード様がウルフになると過激だから、アカネが危険でファリオン様と婚約……とか言ってた気がしますわ!」


「待って待って待って」



キーワードを押さえて適当に並べた結果、変なことになっている。

名前を出されたリードが口元を引きつらせた。



「俺がアカネを手籠めにしようとしてるから慌ててファリオンが唾つけたみたいになってるな」


「俺、別にそんな理由でプロポーズしたわけじゃねーぞ……」



ファリオンも遠い目をしている。

ロッテは難しい話が苦手だ。

原作でもこんな調子で話を曲解した結果暴走し、エルマンに面倒をかけていた。

今何が問題かというと、そのエルマンが側にいないことだ。

ストッパー不在。

かくなる上は私がエルマンポジションを補うべきか。

そう覚悟を決めようとした時。



「ロッテ、いい加減にせんと」



そんな声がロッテの後ろから聞こえてきた。



「ダニエル!」


「アカネ様、リード様、ファリオン様、おかえりなさい」



にっこり微笑むダニエルに、ほっこりする。

ロッテだけでなく、ダニエルまでお迎えに来てくれたようだ。



「あのな、言うたやろ?魔王とかシルバーウルフとか口にしたらあかんって」


「何でですの?」


「何でかも言うたはずなんやけどなぁ」


「ダニエルのお話はお父様と同じで難しいのですわ」



いつの間にかダニエルがロッテ相手にタメ口だ。

仲良くなったらしい。

そしてエルマンの代わりをしてくれているようだ。

大変助かる。

それはいいんだけど。



「ねぇ、もしかしてダニエルも全部知ってるのかな?」



声を潜めてファリオンにそう言うと、彼は『あぁ……』と声をあげて肩を竦めた。



「アカネは傷つくかもしれないと思って言わなかったんだけどな」


「ん?」


「ダニエルはアドルフが寄こした俺の監視だ」


「えっ!」



スパイ!?



「だ、ダニエルが?」


「ああ」


「あんなに可愛いダニエルが?」


「そうやってアカネが傷つくかもと……」


「いや、あんなに可愛いのにスパイとかめっちゃイイと思う」


「……あっそ」



ファリオンは無駄骨折ったような顔をしている。

少年スパイとか心動かされるもの、なんで傷つくのだろうか。

そうこうしている間も、ダニエルとロッテの問答は続いていた。



「だから、王女のロッテが口にすると問題が大きくなるんやって」


「何の問題ですの」



ダニエルはこめかみを押さえて唸った後、意を決したように顔をあげた。

ロッテに手招きをして、近づいてきたロッテの耳元に唇を寄せる。

一気にロッテの顔が赤くなった。



「そ、そうでしたの!?」


「そう、せやから口にしたらあかん」


「わ、わかりました。気を付けますわ」



おお、あのロッテを素直に引き下がらせるとは。

なんて言ったのかと小声で尋ねてみる。



「……エッチな言葉やから言うたらあかんてことにしときました」


「んん……」



さっきのロッテの言い回しはそうなんだけど……

口にしないなら理由なんてどうでもいいという判断かもしれない。



「とにかく、二人の婚約は大変めでたいことですわ!というわけでこちらの馬車に乗ってくださいませ!」



顔を真っ赤にしたままのロッテは、取り繕うようにそう言った。

彼女が指し示しているのは、例の豪華な馬車だ。

その辺において置いたらむしりとられそうな宝石がちりばめられた、街道を走れば盗賊待ったなしって感じの。



「えっと、ロッテの馬車に乗れってこと?」



話を聞きたいのかもしれない。

しかしロッテは首を振る。



「これはロッテの馬車ではありませんわ。式典用の馬車でしてよ?」


「なんでその式典用の馬車がここに?」


「二人のパレードの為ですわ!」



なんだって?



「ダニエル?」



ロッテが相手だと話が見えない。

そう思ってエルマンポジションのダニエルに視線を向けるも、彼はスッと視線をそらした。



「……ダニエル?」



今度は低い声が出てしまった。

だって物凄く嫌な予感がする。

ダニエルはストッパーじゃなかったのか。



「僕はなんも悪くないです」


「それは分かってる。状況を教えて?」



ダニエルに当たるのはよくないと言い聞かせてみるも、まだ声が低かったのかダニエルはちょっと後ずさった。



「……お二人の婚約を祝って王都内を一周するパレードを」


「やめてぇぇぇ!」


「アカネ、どうしましたの?」


「どうしましたもこうしましたも!ロッテ、私ね、大勢の人に見られるのって苦手なんだって!」


「どうしてですの?」


「どうしてですのって……」


「あ、もちろんアカネとファリオン様は着替えていただきますわよ。旅装では嫌ですわよね。きちんとパレードに相応しいような衣装を仕立てさせましたわ」


「そうじゃない……そんな心配してない……」



伝わらない……小さい頃から衆目に晒されて生きてきた現役王女にはこの小市民感性が伝わらない……



「すみません、アカネ様。ロッテだけやったら僕でも止めれたんですけど」


「え、違うの?」


「国王陛下が……」


「陛下!?」


「ええ、もちろんお父様の許可はとってますわ」



ああ、うん。

そうだよね、国王のおひざ元である王都でパレードするんだから。



「こくおうへいか、こうにん……」



まだ婚約申請書も出してないのに。

隣のファリオンを見ると、面倒くさそうな顔をしていた。



「ファリオンも、嫌だよね?」


「めんどくせーけど、もうやるしかねーだろ。そんなパレードするなら既に街の中はお祭り騒ぎだろうし」


「へっ?」



ファリオンの言葉に、リードまで頷いた。



「パレードするなら事前に告知されてるだろうし、娯楽に飢えてる市民はそりゃ盛り上がってるだろうな」


「今更中止はできねぇと思うぞ」



ヴェルまでそんなことを言ってくる。

従者との話が終わったのか、お母様やエレーナ達もこちらへ合流してきた。



「アカネ様、アカネ様!すごいですよ!なんか今、王都中でリドアカ派とファリアカ派に二分されて大盛り上がりらしいです!」



エレーナが興奮してそんなことを言う。



「王都中って……せ、せいぜい学園内でしょ?」



私はそう聞いてるぞ。

狼狽えつつもそう返した。

しかし、あからさまにまた視線をそらすダニエルがいる。

こっそり近づき、小声で名前を呼んでみた。



「ダニエル?」


「……噂を撒くんは僕の仕事でした」


「なんて?」


「ファリオン様とアカネ様が恋仲で、でもリード様に反対されとるってことにして……二人の仲を応援する流れを作って……ここまでなら僕の手に収まっとったんですけど、リード様も戻って来はるって知って、リード様の味方も作ろうと」


「……作ろうと?」


「記憶を無くしてなお、アカネ様への想いだけ忘れず愛を注ぎ続けるリード様の話を流したら、なんか女子生徒が爆発的に騒ぎ出して……そのまま市井にまで……」



うわぁぁ、そりゃ女子が好きそうだよぉ!

だってこの世界、恋愛小説もそんなに数無いからさぁ!

そんなドラマチックな話あったら大喜びするわ!


頭を抱える私を見て、何を聞いたか察したらしいティナが咳ばらいをする。



「市民にとって貴族の色恋沙汰など最大の娯楽。ましてや駆け落ちやら義兄妹間の恋愛やら、お嬢様はセンセーショナルな話題に事欠きませんから」


「ファリオン様とリード様の美貌も伝わっているので、そんな二人に取り合われてるアカネ様も絶世の美少女って広まってるみたいですよ」



ニヤニヤしないでエレーナ。

それ一番地獄の展開。



「あらぁ、アカネちゃんは美少女だもの間違ってないわぁ」



間違いなく親馬鹿です、お母様。



「いやぁ、みんなに祝福されて良かったなぁ、アカネ」



そういう問題じゃないです、お父様。



「混乱に乗じて何かあってはならんからな、俺が警護につくとしよう」



張り切らないで、お兄様。



「ヴォルシュ侯爵の妻になるのであれば、人目は避けられん。いい荒療治になるぞ、アカネ嬢」



アドルフ様がニヤリと笑いながら、逃げ道を塞いでくる。

恋人だった時にはすごく優しかったのに!



「私って狙われてるんですよね!?そんな目立つことしちゃダメですよね!?」



アドルフ様の腕を引き、小声で訴えると、アドルフ様は呆れたように溜息をついた。



「アカネ嬢……王都中の人間が注目し、王国騎士団が厳しく警備を行う中にわざわざ奴が飛び込んできてくれるならば苦労していない」



……それは、たしかに。

パッとアドルフ様から体を離して頭を抱える。

いよいよもって断る理由が無くなった。

ガタガタ震える私の手を、大きな手がそっと包み込む。



「アカネ」


「ファリオン」



なんとかして!と精いっぱいの上目遣いで訴えると、優しく頭を撫でられた。



「安心しろ。俺が隣にいる限り、みじめな思いはさせねーからな」



以前にも聞いた言葉だけど、たぶんそれ私が望んでる展開じゃない。

顔をひきつらせる私の嫌な予感は、すぐさま肯定された。



「みんなに絶賛されるパレードにしてやる」


「ヒェッ……」



世界一大好きな笑顔に死刑宣告をされ、私はその日一日の記憶を飛ばすことになった。

いつもご覧いただきありがとうございます。

これにて今度こそ第一部完としたいと思います。

いったん完結をつけ、第二部に向けて準備に入ります。

しばらくお時間をいただきますが、どうかお待ちください。

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