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魔王の隣で勇者を想う  作者: 遠山京
第六章 令嬢と盗賊

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144エピローグ3

「そう、事情は分かったわ」



ベルブルク家の屋敷にあるサロン。

この場に居るのは、リードとヴェルナー君を加えたスターチス家の面々と、ファリオンのみ。

『ひとまずは身内で話を』と、ベルブルク家は遠慮してくれたのだ。

私とファリオンが大まかに状況を説明すると、お母様は頷いた。

お父様は頭がこんがらがったような顔をしているし、シェドは難し気な表情のまま。


……難し気なだけだ。

世界の全てを呪うような目つきだけど考え事をしている時のいつもの顔なので、リードはこっそり取った臨戦態勢を解いてほしいしヴェルナー君にはそんな怯えなくていいと伝えたい。

でもそのまま伝えるとシェドがへこむしな……

どうしたものかと悩んでいる間に、お母様が二人に微笑みかけた。

途端に二人の緊張が緩む。

お母様のプリンセス(りょく)、流石です。



「大変だったわねぇ。二人は仮とはいえ、うちの子になっていいのかしらぁ?」


「面倒をおかけしますが、お願いします」


「お、お願いします」



比較的敬語に慣れていて、なおかつ物怖じしないリードに対し、ヴェルナー君はぎこちない。

ベルブルク家の屋敷に入るときには、『貴族に会うの初めてで緊張する』とか言ってたもんな……

……彼はアドルフ様を何だと思ってるんだろうか。

私とファリオンは例外としても、アドルフ様はゴリゴリの貴族なんだけど。



「ひとまずはいろいろお勉強してもらうことになるけれど、無理はしなくていいわよぉ。誰しも得手不得手ってあるものだし、貴方達にはまだ選択肢があるんだものぉ」



生まれが貴族ではない二人には、まだ選択肢がある。

ただし、成人のタイミングで選ぶことになるから、リードはそんなに猶予無いんだけどね。

本当にいいのかなぁ。

お父様はようやく事態を呑み込めたのか、二人を見て手を打った。



「つまり……本当のヴィンリードとヴェルナーがうちの子になる。もともとのヴィンリードは実はファリオン君で、アカネのお婿さんになるってことだね?」


「あってるわよぉ、アルディン」


「そうか!子供たちが一気に増えたなぁ。楽しそうじゃないか!」



お父様は暢気な感想をもらした。

さすがのヴェルナー君も苦笑している。

ごめんね、うちのお父様こんな感じなんだ。

慣れたら癖になってくるからね。



「リードとヴェルって呼んでもいいかしらぁ?」



お母様のそんな言葉に、二人はむず痒そうにしつつも頷く。

首領という父親代わりはずっと側にいたけれど、母親という存在は久しぶりだろうから無理もない。

そしてお母様は、ファリオンに顔を向けた。



「ファリオン」



呼びかけられて、ファリオンは頭を下げる。



「いえ、ファリオン様って呼ばないといけないのよねぇ。頭を上げてちょうだい」


「俺にかしこまる必要はありません」


「そーぉ?ならこれからも母親のつもりでいいかしらぁ?」


「……騙していた俺に、まだそう言って下さるんですね」


「あら、私は騙されたなんて思っていないわよぉ。でも傷つけた人がいると思うのなら、その反省の気持ちはきちんと持ち続けなさいなぁ」


「はい」


「アカネちゃんをよろしくね」


「婚約のご挨拶には改めて伺います」



ファリオンは最後の言葉だけ、お母様とお父様、そしてシェドにも視線を向けながら言った。

シェドはずっと、言葉を発さなかった。



=====



それから何だかんだとシェドと二人になるタイミングは無く、改めて話をすることもできないまま数日が経った。

その間にティナ達が迎えに来てくれたこともあり、もうじきベルブルク家からお暇することになる。

王都に戻れば、私は学園、シェドは騎士団。

再び顔を合わせるのは一体いつになる事か。


……それを狙っているのかもしれない。


気まずいまま離れるのは嫌だけど、時間が解決してくれるかもしれない。

それで次に会った時自然と話ができるなら、私もそれを待った方がいいのでは。


そんなことを思いながら、ベルブルク家で過ごす最後の夜。

夕食が終わり、サロンでお母様と過ごしていると、外が騒がしいのに気付いた。



「あらぁ、何かしらね」



お母様とそろって窓の外を見下ろすと、薄暗い屋敷の裏にファリオンとアドルフ様、シェド、リードの四人がそろっている。

何だこの面子、なんて思ったのと同じタイミングで、シェドが手元の剣を抜いた。

何事かとぎょっとしていると、その剣の切っ先はファリオンの方を向いて……



「ファリオン・ヴォルシュ!貴殿に決闘を申し込む!」



二階のこの部屋まで聞こえる大声で、シェドがそんなことを言い放ったのだ。

そして。



「受けて立ちましょう」



ファリオンはあっさりそんな言葉を返した。

あんぐりと口を開けてしまう私の横で、お母様は『あらあら』なんて微笑ましそうに笑っている。



「若いわねぇ」


「えっ、えっ、笑いごとですか!?止めなくていいんですか!?」


「やだぁ、アカネちゃんたら。男同士の決闘に女が口を出すのは野暮よぉ」



野暮とかいう問題かな!?

だってシェドのあれ真剣だよね!?



「こういう時は黙って勝負の行方を見守るのが女の仕事よぉ」



そんなことを返すお母様は、おそらくこんな光景をこれまでに何度も見てきたんだろう。

お母様の為に争う男性もたくさん居たんだろうしなぁ。

でも私は初めて見るんだ。

のんきに見物する余裕はない。



「ファリオン、こいつを返す」



そう言って近くに居たリードが放ったのは短剣だ。

ここから見ても分かるほど光を弾く美しいそれは、ヴォルシュ家の短剣だろう。



「……そうか、お前が持ってたんだったな」


「そいつはヴォルシュ家の跡取りが持ってるべきものだろ」


「そうだな……礼を言う」


「言うな、気持ち悪い」



そんなファリオンとリードのやり取りは原作ファンとしても大変来るものがあって良いんだけど、今はそれどころじゃないわけで。



「始めていいか?」


「まさかこの短剣でやれと?」



早くもスタートしようとするシェドに、ファリオンは驚きの声をあげた。



「不都合か?」


「……さすがにこれでは。アドルフ様、剣をお借りできますか」


「断る」



ファリオンの申し出を、アドルフ様はにべなく切り捨てた。

えええ、アドルフ様がそんな意地悪言うって何事!?

シェドが持っているのは騎士が使う長剣。

どう考えてもリーチが違う。

流石のファリオンも困ったように溜め息をついていた。



「まともな打ち合いになりませんよ?」


「必要ない、これは試合ではないからな」


「アドルフ様の言うとおりだ。これは決闘。手加減は無用だ」



いやいや、それだと尚更ダメでしょ!?

やはり止めに入ろうかと考えていると、背後から声をかけられた。



「お嬢様」



荷造りをするために部屋に行っていたはずのティナがそこに居た。

いつものように表情は乏しいけれど、その瞳はどこか真剣だ。



「どうぞ、見守って差し上げてください」


「ティナ……」


「お分かりでしょう?お二人の剣はお嬢様に捧げられたものですわ」



私の為の決闘だということか。



「こちらを」



そしてティナが差し出したのは、見覚えのある……

ぐっと唇を引き結び、それを掴んで部屋を飛び出した。

淑女失格の足取りで階段を駆け下り、裏庭にとびだす。

四人の姿が見えると同時に、アドルフ様の『はじめ』の声が響いた。

そして。



「え……」



ことが終わったのは本当に一瞬だった。

私の目では全く追えない。

対峙していたはずのファリオンは、いつの間にかシェドの背後に。

そしてシェドの首には、ぴたりと短剣がつきつけられていた。


……まともな打ち合いにならないって……そっち!?

短剣と長剣では打ち合いしづらいから、すぐに決着をつけることになるという意味だったようだ。

魔王様、流石です……



「手加減、しませんでしたよ」


「それでいい。俺の負けだ」



シェドが剣を納めると、ファリオンも短剣をしまう。



「妹をよろしく頼む」


「はい」



あっさり終わった決闘に拍子抜けしていると、シェドの視線がこちらへ向いた。



「アカネ」



ゆっくり歩み寄ってきた彼は、私が手にしている物に気付いて目を見張り、すぐに微笑んだ。


それは、私が長らく借りていたものだった。

あの春の日の夜に私を寒さから守ってくれたジャケットは大きくて、今なお私の体をすっぽり覆ってくれるだろう。

だけど私はそれを羽織ることなく、こうして手に持ってきた。


ティナは、こうなる気がしていたのかもしれない。

だからわざわざロイエル領にまで、これを持ってきたんだろう。



「もう、兄の守りは必要ないな?」



そう言って、シェドが私の手からジャケットを受け取る。



「シェド様……」


「アカネ」



いつの間にか落ちていた視線を上げると、私と同じ濃茶の瞳が、優しく見下ろしていた。



「呼び方が、違うだろう?」



シェド、と。

呼びそうになるのをぐっと堪えた。

違うんだ。

この人は……



「お兄様」



私の、兄だ。


満足げに微笑む兄の顔を、私は上手く見れなくなっていた。

きっとこの人は、なんて呼んだって笑ってくれる。

優しく、仕方ないなって、何でも受け止めて。

この世界に来て、訳の分からない状態に戸惑っていた頃を思い出す。

何があっても味方でいてくれると信じられる彼の存在が、どれだけ私の支えになっていたか。



「アカネ、婚約おめでとう」



その言葉が最後の一押しとなったように、私の視界がとうとう崩れた。

ファリオンの言うとおり、私は思ったより涙もろいのかもしれない。

兄はそんな私に手を伸ばしかけて、思い直したように手を引っ込める。

代わりに、背後を振り返った。



「ファリオン」


「はい」



少し離れたところで私達を見守っていたファリオンはすぐ私の側へ駆け寄ってきて、私の頬に手を添えた。



「ファリオン?」


「これからアカネの涙は俺が拭えってさ」



意図に気付いて顔を上げるも、既にお兄様は背を向けていた。

屋敷へ戻る後姿を見て、ファリオンは溜息をつく。



「勝ったのは俺なのに、いいとこ持ってかれた気分だな」


「かっこいいでしょ」


「……」


「自慢のお兄様だから」



ファリオンはむすっとしながら言った。



「知ってる」



私の涙を拭いきると、ファリオンはジャケットを脱いで私の肩にかけた。

あの日、彼がそうしてくれたように。

肩の重みが教えてくれる。

私が選んだのが、誰なのか。


ファリオンはぐっと伸びをすると、アドルフ様とヴィンリードの方へ戻っていった。



「ヴィンリード。打ち合い付き合え」


「は?」


「シェディオン男爵に持ってかれたからな。いいとこ見せてアカネを俺の方向かせないといけねーだろ」


「馬鹿か。何で俺が。つか何で俺が負ける前提なんだよ、腹立つ」


「面白い、ファリオン。俺も付き合ってやろう。今度は接待なんぞするなよ」



アドルフ様が物置から模造剣を三本持ってきて、なし崩しにヴィンリードも巻き込まれる。

ぎゃーぎゃー言いながら乱戦を始める様は、どう見ても子供同士のじゃれあいだ。

仲良しだなぁなんて苦笑しながら眺めていると、いつの間にかすぐそばにティナが立っていた。



「ティナ」



彼女は珍しく、柔らかな笑みを浮かべている。



「アカネ様、私、分かったような気がいたしますわ」


「へぇ、どんなことが?」



動機はさておき、ティナは兄を応援していた。

そんな彼女にとって、さっきの兄の姿はどう映ったのだろう。

ティナは頬を染めて口を開いた。



「同盟員達がよくいうエモいとか尊いって、こういうことですのね」


「…………」


「あ、ご安心くださいませ。シェドアカ同盟は不滅ですわ。シェドアカは、わたくし達の胸の中に輝き続けますので」


「仕事戻れば?」



自分でも驚くほど冷ややかな声が出た。

いつもご覧いただきありがとうございます。

お兄ちゃんはお兄ちゃんに戻ることにしたようです。

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