143エピローグ2
更新が止まっていてすみませんでした。
今後も更新はしばらくランダムになりそうです。
また、第二部を書くにあたり、もう少し第一部で書いておきたいことができました。
この話以降は、エピローグが続いているという形でご覧ください。
おまけはおまけのままで置いておきますが、内容的にはエピローグで良かったかも……
<Side:アカネ>
「え、ロイエル領に戻るんですか?」
ハイルさんの屋敷にアドルフ様がやって来て間もなく。
そんな話が上がった。
「エルヴィン・フランドルの件は?」
私の問いに、アドルフ様は渋い顔をする。
「すまない。奴は姿をくらました」
それはハイルさんから聞いてたから知ってる。
「今もですか?」
「ああ。奴が研究に使っていた屋敷を包囲していたんだが、一向に姿を現さず、陛下の許可を得て突入してみてもどこにも居なかった。隠し部屋や隠し通路らしきものを探させているがそれも見つからない。奴の魔力はそう高くないから、姿をくらます魔術を使ったとしても宮廷魔術師にはきかないはずなんだが……」
包囲していた屋敷から突然姿を消した。
その言葉を聞いてもしやと思い、ファリオンに視線をやると、彼も頷いた。
「アドルフ様。枷や壁などを無視して別の場所に移動する魔術があります」
「なんだと!?」
そういえばアドルフ様は、ファリオンの過去の話を詳しく知らないんだった。
ファリオンが使える光魔術。
その中には空間転移やストレージ機能も存在する。
ファリオンが編み出した魔術で、一般的には知られていないらしいけど、独自に編み出した人間が他に居ても不思議はない。
そのことを説明すると、アドルフ様は舌打ちした。
「奴からの攻撃に備えて念のため魔術を弾く障壁は張らせていたが、その魔術まで弾けるかはわからんな……障壁を越えた先で発動する魔術ならば意味がない」
「エルヴィン・フランドルに光魔術の適性は?」
「……奴は確か光と闇が使えたはずだ。しかしさっきも言った通り魔力は少ないぞ」
「転移に必要な魔力量は移動距離によります」
「屋敷の中から包囲を抜けようとするならば……短く見積もっても三百メートルはある。離れた場所にも人を配置していたからな」
「さすがにそれだけの距離となると、かなりの魔力量が必要になると思います。俺はできますが」
「……お前、それ絶対他では言うなよ」
アドルフ様は頭が痛そうに額を押さえた。
「情報提供、感謝する。一度その線からも考えよう。そうなればいよいよ奴の行方は分からなくなるがな」
「その状況で王都に戻って大丈夫ですか?」
「どこにいるか分からない以上、どこが安全とは言えなくなった。強いて言うならこんな辺境よりは王都のように堅牢な警備ができる場所の方がいい。アカネ嬢にはベルブルク家からも護衛をつける。学園内でも安心してほしい」
「……護衛なら俺がいますが」
護衛がついてくるのが嫌なのか、ファリオンがちょっと眉を寄せた。
「常に側にはいられないだろう。女性の護衛ならば常に側で守ることができる」
「女性なら、まだいいか……」
「……お前、今からそんなに束縛を強くして、アカネ嬢に愛想をつかされないか?」
ファリオンが一瞬言葉をつまらせた。
「……束縛はしてない」
「ああ、ああ、そうか」
アドルフ様は呆れたようにため息をつき、手を振った。
「ともかく。王都に戻るにせよ、まずはスターチス家としても情報を共有しておきたいだろう。伯爵夫妻はうちの屋敷に引き留めてあるから、お前たちも一度そこに合流しろ」
「あ、お母様達まだロイエルに居るんですか」
「ああ。急いで出ていこうとしていたから慌てて引き留めた」
「え、お母様達、何か急いでたんですか?」
「クラウディア様の件で、俺の邪魔をしてしまったと気にされているんだ」
「ああ……」
確かに、話を聞く限りではお母様達が暴走したようなものだもんね……
無理もないとは思うけど、アドルフ様からしたら迷惑な話だっただろう。
「ご迷惑をおかけしました」
「いいや。夫人たちの気持ちは分かるし、どこぞの魔王の暴走に比べたら可愛いものだ」
「アドルフ様は魔王の知り合いが多いようで」
「言ってろ」
軽口を叩きあうファリオンとアドルフ様を見ていると、思わず頬が緩む。
最初のころからは想像できないほど仲良くなったなぁ。
「それで、いつ出発します?」
「そうだな……問題なければ明日の朝にでも出ようかと思う。二人もあまり長く学園を離れたくは無いだろう?」
「ああ、そうですね……」
単位が心配だ。
エルヴィンのことは不安だけど、一日も早く戻りたいのが本音。
着の身着のままやって来たので私の荷物らしい荷物は無い。
今からの旅路用に服なんかは融通してくれるだろうけど、荷造りはそんなにかからないはずだ。
後はお世話になった使用人のみんなに挨拶するくらいだろうか。
「私は明日の出発で問題ありません。ファリオンは?」
「俺はそれこそ特にやること無いからな……」
「ヴィンリード達からも問題ないとの返事をもらっている。では明日の朝に出立だ」
そう話がまとまって、解散した。
そしてその日の夜。
「……ファリオン?」
「んー……」
「あの、どうしたの?」
メイドさんたちへの挨拶をすませ、早めに寝ようとベッドに入った私。
それを見計らったかのように寝室の窓が開き、当然のようにそこから滑り込んできた影は、それが普通と言わんばかりに私に圧し掛かってきた。
……押し倒しではなく、押しつぶしだ。
照れればいいのかもがけばいいのか分からず、私は凍り付いている。
「なぁアカネ、俺って重いか?」
「……重いわ」
物理的に。
「だよなぁ……」
「え、まともに受け取ってる?今のそういう振りじゃないの?」
もしかして昼間アドルフ様に言われたことを本気で気にしているんだろうか。
束縛しすぎて嫌われないかと。
……私に嫌われたくないのか。
そう思い至ると顔が熱くなってきた。
ファリオンって本当に私のこと好きなんだ。
物凄く今更な自覚に、頭が煮えそう。
首元にうずめていた顔を上げたファリオンは、私の顔を見て変な顔をした。
「……何でお前この流れで赤くなれるんだ」
「前から思ってたけど、こんな暗いのに何で私の顔色なんて分かるの」
「アカネ様、僕を誰だとお思いに?」
「毎回それが通用すると思わないでよ」
まぁ、魔王に『なんで』と聞くのは愚問なのかもしれないけど。
「ねぇ、ファリオンはさ。もし私が『他の女の子と仲良くしたら嫌』って言ったら重いって感じる?」
私がそう問いかけると、ファリオンはたっぷり三十秒は黙って何かを考えた後、口を開いた。
「アカネが大変なことになった」
「返事になってないんだけど」
私に何が起きたんだろうか。
聞かない方が良い気がするから聞かないけど。
「とにかく……私だって…や、ヤキモチやいたりはするし」
「なんで照れてんだよ」
「照れてないし」
「俺がリードだった時もやいてたのか?」
「……やいてたよ」
「たとえば?」
「言いたくない」
「へえ?」
ファリオンの手が私の足の方へ伸ばされた。
「え?」
ネグリジェの裾を掴んで、ファリオンは微笑む。
「一秒ごとに三センチたくしあげる」
「えええええ!待って待って!」
何かこれ前もあった!
でも一秒あたりの単位が増えてる気がする!
もともと膝のすぐ下までめくれあがっていたのに、そこをスタートにして三センチずつ上げられたらあっという間だ。
大慌てで脱出しようとするも、ファリオンに圧し掛かられたままでうまく動けない。
「いーち、にーい」
「前もそうだったけど!これ理不尽だと思う!」
「さーん、しーい、ごーお」
「あーーもおーー!分かった!言う!言うから!」
「ろーく、しーち、はーち」
そうだった、ちゃんと言うまで止まらないんだった!
「あ、アンナっ!」
「アンナ?」
カウントは何とか八で止まった。
危なかった……
「アンナ嬢をエスコートした時のあれ、やっぱ妬いてたのか」
「う……気付いてたの?」
「そりゃあんだけ見られれば。穴が空くかと思った」
うわぁ、それだとアンナにも気付かれてたかもしれない。
思わず顔を覆う。
ファリオンの小さな笑い声が聞こえた。
「あの時もそうやって心の中で笑ってたんだ」
恥ずかしさのあまり憎まれ口をたたくけれど、ファリオンは呆れたように目を細める。
「馬鹿、俺があの時何したと思ってんだ」
「あの時?」
ファリオンの手が私の太ももから腰を辿り、胸元の際どい場所を撫でて、体が跳ねた。
「ちょっ」
「本当は金色や銀色にしたかったけど」
「へ?」
「そうするとほぼ白いドレスになっちまうからなぁ……」
言われて思い出した。
そういえば、私のドレスのコサージュやグローブに色が変わる細工をしてたな、と。
アドルフ様の瞳の色ではなく、当時ヴィンリードだった、彼の瞳の色に。
「……正直あれはアドルフ様に失礼だった気が」
「だよな。ついカッとなって」
「あれカッとなってやったの?」
割と冷静にアドルフ様への嫌がらせをしたか、私への遠回しなアピールかのどちらかかと思ってた。
私の首元に顔をうずめて、ファリオンは呻く。
「他の男から白いドレス贈られたなんて知ったら当たり前だろ」
そのまま抱きすくめるように、腕を回された。
「俺はあのときからアカネを独占したくて仕方なかったんだからな」
……ファリオンって私のこと殺す気なのかな。
心臓破裂で死ぬのって苦しそうで嫌だな。
そんなことを考えながら必死に意識をそらそうとしたけれど、無駄な努力だったらしい。
「心臓の音すげーな」
ファリオンは嬉しそうに笑った。
=====
翌日、私達は屋敷を出た。
さすがにハイルさんが堂々と同行できるわけもなく、一度ここでお別れ。
リードとヴェルナー君はずいぶん長いお別れの挨拶をされていた。
別に一生の別れじゃないんだからとファリオンは冷めていたけれど、ヴィンリードいわくのハイルさん信者であるヴェルナー君はちょっと目を潤ませていた。
まぁ、リードと違ってヴェルナー君はどういう生活になるのか全然想像できてないだろうし、余計不安なのかもしれない。
ラシュレー伯爵も熱烈なお別れをしていた。
ファリオンもこれまた淡白にあしらっていたけれど、私達の結婚式には招待すると約束していたのがちょっと微笑ましい。
あと、結婚式という言葉に私が一人動揺してたのが悔しい。
しばらくは各自馬を駆って移動し、(もちろん私はファリオンに同乗させてもらった)大きな街に出てからはアドルフ様が手配してあった馬車に乗り換える。
小型の馬車二つだったため、全員は一緒に乗れない。
私と同じ馬車に乗ったのはファリオンとアドルフ様だった。
「アドルフ様、両親にはどこまで話してもいいんでしょうか?」
ロイエルに着く前に打ち合わせをしておこうと口を開く。
なにせあまりに色々なことがあったし、リードとヴェルナー君まで屋敷に戻って来ることになった。
一体私は両親に何を話せばいいのだろう。
「そうだな……俺から二人に話した内容はほぼ伯爵夫妻にもお伝えしてあると思ってもらっていい。ただ、ファリオンが作り出せる魔物、その能力を自由に付与できるという点については秘匿すべきだろう」
「王様にも言わないようにするんですもんね」
「あまりに危険過ぎるからな……」
「ファリオンとヴィンリードのことは?」
「……俺から伝えてはいないが、二人が入れ替わっていたことを、夫人は既に分かっておられるだろう」
さすがお母様。
「国王陛下や大臣連中……魔王のことを知っている人間にも、入れ替わりについては説明する予定だ。すでにヴォルシュ家跡取りという立場が保証された今のファリオンならば、過激派の攻勢は少し弱まるはず」
「やっぱり肩書って大事なんですね」
「身分の保証は枷にもなれば盾にもなる。ファリオンが義務を果たす限りは、一定の権利がファリオンを守るはずだ」
アドルフ様の言葉に、ファリオンは頭を下げた後、口を開いた。
「でも、伯爵夫妻には本来、ヴィンリードの死亡報告をする予定だったんでしょう?」
「まぁ、ハイルとの計画ではそうなっていたが……正直俺としては乗り気ではなかったし、こうなる気はしていた」
そう言ってアドルフ様は肩を竦める。
「もしヴィンリードが貴族社会から消えることになった場合、スターチス家は魔王の問題から切り離される予定だった。ファリオンの後見人は俺だし、後はベルブルク家と国の方で問題を引き取ろうと。詳細は告げずとも、ヴィンリードの死亡報告と、ファリオン本人の姿を見ればフェミーナ夫人なら状況を察してくださるだろうからな」
「本当のヴィンリードが屋敷に戻るとなればそうはいきませんね。記憶喪失と言っても実質は別人ですから」
「スターチス家には入れ替わりについても全て説明した上で協力を仰ぐことになるな。ヴォルシュ家の復興の為にもスターチス家の力は必要だ。アカネ嬢と結婚すれば、また義理の親子になるわけだし、そもそも完全に無関係とはいかない」
あ、そっか。
またうちの両親とファリオンが家族になるんだ。
私と結婚するってなったらそうだよね。
婚約したんだもんね……さっきの結婚式の話といい、未だに全く現実感ないわ。
「というわけで、魔王の能力を除き、ほとんどのことを話してもらって構わない。スターチス家は今後シルバーウルフとも関わってもらう予定だしな」
「もはやほとんど秘密は無い状態ですね」
「名実ともに、国の中枢に関わる有力貴族だな。スターチス家が裏切らない限りは王家も裏切らない。王家が健在である限りはスターチス家は安泰と言っていいだろう」
「おおっ!」
何かよく分かんないけど、安泰なのはすごい。
とうとう上流貴族の仲間入りを果たしたと言っていいだろう。
固いのが苦手な私にとってはそんなに嬉しくないけど、このままいけば侯爵夫人になるらしいので今更だ。
……もちろん実感は無い。
深く考えたら胃が痛くなりそうなので考えないようにしている。
全てを忘れて手を叩く私を見て、アドルフ様は苦笑した。
「まぁ、フェミーナ夫人やシェドは荷が重いと嘆くだろうがな」
その言葉を聞いて、思わず体が凍り付く。
「しぇ、シェド……」
思わず呟いたのはその名前だ。
そう……そうだった。
シェドがいるんだ。
諦めない宣言されてたけど、私ファリオンと婚約しちゃったんだよね……
ど、どんな顔して説明したらいいんだろう。
もともと両親にもどんな顔で報告すればなんて思ってたけど、さらに上をいく相手がいたことに今更気付いた。
顔を青くする私に気付いたアドルフ様は、目を丸くした。
「なんだ、シェドはまだアカネ嬢を諦めていないのか。叙勲式の後には決着がつくだろうと思っていたんだが」
「自分を磨き直すって言ってました……」
「……あいつも頑固だからな。だがアカネ嬢はすでに返事をしているんだろう?」
「はい」
確かに初めて告白された時は、曖昧な返事になってしまった。
でも、あの雪の日に……私はハッキリと返事をした。
『応えられない』と。
その上で彼は、『もう少し足掻くことにする』と言ったんだ。
とはいえ実際は私は学園に入り、彼は騎士団。
物理的に離れていたし特に手紙のやり取りもしていなかったので、あれからろくに会っていない。
足掻かれた記憶はないし、向こうもまだ足掻いたつもりはないだろう。
別に待っている義理もないはずなんだけど、なんか無性に申し訳ない気持ちになる。
気まずい空気にならないかと頭を抱える私の顔を、ファリオンが覗き込んできた。
「アカネ。まさか……そっちに未練があるのか?」
「無いってば……」
未練とかじゃないんだ。
あるとしたら情だ。
「アドルフ様には?」
「無いから!」
「おい、本人の前でする会話かそれは」
アドルフ様は腕を組みながら溜息をついた。
「アカネ嬢。頭を悩ませてやるのはいい。だがその優しさや愛情の使い方を間違えないでやれ」
「え?」
「気を遣われながら振られる男のみじめさが分かるか?」
……それもそうだ。
ファリオンは背もたれに体を預け、前髪を引っ張りながら顔をしかめた。
「俺なら死にたくなるな」
「俺もだ。アカネ嬢が奴を兄としか見れないというのなら、せめて兄としては振舞わせてやってくれ」
「……そうですね。"お兄様"に"妹"として婚約の報告をします」
「それでいい。フォローなんてのは本人がするものじゃない」
そう言うアドルフ様は、きっとシェドを気にかけてくれるだろう。
私は少しだけ安心して、ロイエル領へ向かうことができた。
いつもご覧いただきありがとうございます。
感想やメッセージでも面白いくらい名前があがらないシェドですが、彼は一応最初にアカネへアピールを始めた男性です。
お気づきかもしれませんが、私はかなりシェドというキャラクターが気に入っておりまして、ちょっと当て馬係をさせるだけのつもりが第1章がまるっと彼のお話になり、正ヒーローが出てこねぇ…なんてことにもなってました。
なんならシェドルートでもいいのでは思ったことすらあるのですが、ここまで読んでくださった方はお分かりでしょうが、ファリオンはそこそこ壮大な過去を経てアカネと出会うわけで、「それはさておきシェドが好き」となるとあまりにファリオンの立つ瀬がありません。
本来の予定通りアカネはファリオンと結ばれました。
いつか気晴らしにIFルートでシェドが報われるパターンのお話を書くかもしれませんが……
ほら、乙女ゲームだって一人のヒロインが色んな男性と結ばれますし?
ともあれ、次回はシェドルートじゃなかった場合のシェドのお話です。




