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魔王の隣で勇者を想う  作者: 遠山京
第六章 令嬢と盗賊

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142エピローグ

最後のおまけはちょっとR-15気味です。

なんかイチャイチャしてます。

苦手な方はご注意ください。

その日の晩、私たち二人はハイルさんに招かれて晩餐に参加した。


そこにはヴィンリードとヴェルナー君、ラシュレー伯爵も揃っている。

当然、誰もが椅子に着く前に色々話したいことはあるわけで、なかなか晩餐は始まらなかった。


一足先にヴィンリードと顔合わせしたヴェルナー君はというと、兄の姿を一目見た瞬間に泣き出したそうだ。

事情はハイルさんがすべて伝えてくれたらしい。

『絶対そうだと思ってた』と呟いていたらしいから、ヴェルナー君はやっぱり気付いてたんだろう。

彼の目から赤みが引かないうちに晩餐会場へ合流したのは私達。

頭を下げたファリオンの姿を見た時には複雑そうな顔をしていたけれど、『二度とすんなよ、馬鹿アニキ』の一言で許してくれたのだから優しい子だ。


そしてその後すぐにやって来たラシュレー伯爵はというと……



「プーペ…いや、ファリオン!」



ずっと呼べなかったという"ファリオン"という名前。

それを呼んだきり咽び泣きしだした伯爵に、ファリオンは若干引き気味だったけど…

五分もそれが続くと痺れを切らしたように足が出た。



「うるせー!いい加減にしろ、ジャン!」


「ああ、この蹴り、懐かしい!」



蹴られた途端に泣き止み、嬉しそうに声を弾ませる伯爵を見て私もちょっと引いたのは内緒だ。

意外にもカミラさんは文句を言わない。

ファリオンはカミラさんとも面識があったようで、笑顔で声をかけられていた。

ラシュレー伯爵たちがシルバーウルフに入ったのは今年の春。

ヴァンを見たとき再会を喜んだそうだけど、もちろん当のヴァンに記憶は無い。

さらに容姿にも違和感を持っているという話を聞いて、別人であると仮定し、本当のファリオンを探し続けていたらしい。



「ハイルさん、ファリオンの事は二人に話してあるんですか?」


「おう、晩餐誘いついでにな。さすがに魔王のことは言えねぇけどよ。魔術具で入れ替わってたことだけは伝えてある」



私の問いに、ハイルさんはそう小声で返してくれた。

際どい伝え方な気がするけれど、三人ともあまりその部分に触れず、ラシュレー伯爵の元に居た頃の思い出話をしている。

自分の後悔や、あの後した苦労なんて口にしない。

今必要なのはそんなものじゃないというような空気が、微笑ましくて羨ましい。


さすがにあの輪には入っていけないな……


少し下がった場所で三人を見守っていると、いつの間にかヴィンリードがすぐ近くに寄って来ていた。



「どうしたの?」


「あれ、書いたのか?」



婚約申請書のことだろう。



「……書いたよ」


「ふぅん」



何を言われるのかとドキドキしたけれど、ヴィンリードはそれっきり何も言わなかった。

非難も祝辞も感想も、何も。


彼が私に好意を持ってくれていたのは、私の勘違いじゃないだろう。

ハイルさんもそう言っていたし。

でも、彼は偉大な父親の血を継ぐ商人気質だ。

優しいけれど、得にならないことはしない。

私との関係にだって、しっかり見切りをつけるはず。

少し寂しいけれど、彼とはもうほとんど会うこともできなくなるだろうな。



「ヴィンリード」


「なんだよ」


「ここまで守って来てくれて有難う」



容姿こそ違えど、学園で一緒に勉強をした友人で、学園の外に出てから私を守るため剣を振るってきてくれたのは紛れもなくこの人だ。

私の言葉にプイっと顔を背けるヴィンリード。

意地っ張りだなぁ。

ヴィンリードの隣に立つヴェルナー君にも、改めてお礼を言う。



「ヴェルナー君もありがとね」


「別に。俺は首領や兄ちゃんのフォローしてただけで、アカネを守ってたつもりはねぇよ」



この兄弟はそろいもそろって素直じゃない。

思わず苦笑が漏れる。



「おぉし、いつまでも立ち話してたってしゃぁねぇだろう。いい加減座って飯にすんぞ!」



そんなハイルさんの声が響き、みんな思い思いの席に着く。

和やかな晩餐会は、夜遅くまで続いた。




==========




しばらくここに留まれと言うハイルさんの言葉に従い、屋敷に滞在を続けて二日後。

夕食後にハイルさんに呼ばれて応接間に来てみたらアドルフ様が居た。

色々落ち着いたし、全てを計画していたアドルフ様が様子を見に来ることは予想していた。

……予想していても、心の準備ができているかは別なんだろうけど。

私の横で気まずそうな表情をしているファリオンを見て、アドルフ様の口角が上がる。



「さて、ファリオン。申し開きはあるか?」


「……すみませんでした」


「よくもまぁ、本当の姿すら伏せたまんま友人だとか抜かしたな、貴様」


「いや、アカネに明かした後はちゃんと話そうと……」


「言い訳は聞かん」



アドルフ様は腕を組み、鼻息荒く言い放った。



「いいか、今の俺はお前の後見人だ。俺が保護者だ。お前のその迂闊な言動、しっかり矯正してやるから覚悟しておけ」



ファリオンが成人するのは来年の夏。

それまでは、アドルフ様に従うしかない。

ファリオンは思いっきり渋い顔をしつつも頷いた。



「はい」



しょげているファリオンを満足げに眺めてから、アドルフ様は膝を打った。



「ま、それはさておき。ファリオンの後見人として、友人として伝えよう」



そしてファリオンの友人で、私の元カレ兼友人は、優しい笑みを浮かべる。



「婚約おめでとう、二人とも」



改まって向けられた祝辞がむず痒くて、私達は顔を見合わせた後小声でお礼を言うにとどまった。



「王都に戻ったら改めてスターチス伯爵達にもご挨拶せねばならん。あぁ、もちろん俺から前もって話はしてあるが、アカネ嬢からも報告するんだぞ」


「う……」



まさかこの年で婚約の報告をすることになるとは……

いや、貴族としては普通だし、中身の年齢でいけばもう二十歳くらいなんだけど。

一体なんて言って切り出せばいいのかと早くも頭を悩ませる私に『頑張れよ』なんて暢気な応援をするファリオン。



「言っておくけど、ファリオンは婚約の挨拶に来るんだからね?」


「当然だろ」



だから何だと言いたげな返答をされた。

元の世界では両親への挨拶って一大イベントなんだけど……

この世界の貴族はこんなものなのか、それともファリオンにとってはすでに知っている相手だからなのか……いや、大物なだけかな。

そういう挨拶でまごつく姿は想像できないし。

言葉を失った私をよそに、ファリオンは一つ咳ばらいをする。



「アドルフ様、一つご報告があります」


「なんだ?」


「ヴィンリード・スターチスの遺体を発見しました」



その一言に、体が揺れる。

ハイルさんに頼まれていたことだ。

今から行われるのは貴族としての建前のお芝居。

ファリオンが魔術で作り出した幻影の遺体を、アドルフ様が本物と確認する。

アドルフ・ベルブルク公子が国に報告すれば、公にはそれが真実となる。

ただの建前。

そしてただの幻影だ。

そう分かってはいても、身構えてしまう。


ギュッと拳を握ってアドルフ様の反応を伺うと、こういった小芝居に慣れているはずの彼は沈痛な面持ちを作って見せることなく笑った。



「変なことを言ってもらっては困るな、ファリオン」



そう言って立ち上がり、ドアを開ける。

そこに立っていたのはヴィンリードとヴェルナー君だ。



「ヴィンリード・スターチスはここに居るし、弟のヴェルナーも見つかった。お前が見つけたそうじゃないか、お手柄だな」



二人の後ろには、不満げにしているハイルさんも居る。

ポカンとしている私達に、アドルフ様はなおも続けた。



「アカネ嬢、ヴェルナー・メアステラはヴィンリードの弟だ。ぜひ彼もスターチス家で保護してもらいたい。伯爵には俺からもお願いするつもりだが、アカネ嬢には前もって伝えておこう。姉弟になるだろうからな」


「ちょ、ちょ、待ってくださいタイム!どういうことですか!?」



私が取ったT字のジェスチャーを不思議そうに見ながら、アドルフ様は椅子に座り直した。



「ふむ、どういうことだと思う?」



視線を向けられたファリオンは、しれっとアドルフ様の横に座ったヴィンリード、何か言いたげなヴェルナー君、不機嫌そうなハイルさんをざっと見渡して溜息をついた。



「ヴィンリードがスターチス家に戻ると言い出したんでしょう。ヴェルナーはそれに付き合う形。首領は反対していたものの、スターチス家が今後橋渡し役を担うにあたって、ヴィンリード達の方がスターチス家に入り込むのは好都合と説得されて渋々受け入れた」


「やはりお前、頭は回るな。うっかりさえ何とかすればいい侯爵になるだろう」



カップを傾けつつ、アドルフ様はそんなことを言う。

驚いているのは私だけのようだ。



「え、戻る?ヴィンリード、作法とかダンスとか苦手だったよね?」


「苦手というか嫌いだな。でもまぁ、これもシリウスとしての仕事だ。やってやれないことはない」



そう言って腕を組むヴィンリードの横で、ヴェルナー君が『俺もそんなことやるのか…』と遠い目をしている。



「ヴェルナー君嫌そうだけど、いいの?無理してない?」


「いや、まぁ別に。アドルフ様に聞いたら、どうしても無理そうなら貴族籍から抜いて平民にしてもらえるものらしいし。どっかの誰かは元が貴族で上手くやれてたからそのまま貴族の次男扱いになっただけだって」



ヴェルナー君は唇を尖らせながらそう語った。

まぁ確かに、ずっと平民でやってきた人間がいきなり貴族としてなじめるはずもなく、こうして保護された子供は大抵どこか生活の場所を世話されて、貴族の家を離れるのがほとんどだ。



「俺もやるだけやるさ。アカネを狼から守ってやらなきゃならないからな」



そんなことを言いだすヴィンリードを、ファリオンが睨む。



「へぇ?今王都では俺とアカネの邪魔をするヴィンリードお兄様は大人気らしいからな。どんな白い眼を向けられるか分かってるのか?」


「上等だ。そこまで行きついてるなら形振り構う必要もないだろ。今まであんたがやってきたシスコン暴走、そっくり真似てやるよ」



二人の間に、火花が散る幻覚が見えた。



「いきなり作法もダンスもまともにできなくなったヴィンリード・スターチスの評判が楽しみだな」


「安心しろ。記憶喪失ってことにする。あんたがやってた間のヴィンリードの記憶を俺は持ってないからな。どっちにしたって周囲と齟齬が生まれる。さて、記憶を失ってもなおアカネを大切にする気持ちだけは忘れなかった義兄を、世間はそんなに白い目で見るもんかね?」



待て待て、何でそうなった。

二人の間に割って入る。



「そ、そこまでして何で戻って来るのかな!?」



馬鹿な質問だ。

自分でもそう思った。

案の定、周囲から呆れたような視線を向けられる。



「アカネが好きだからだろ」



ヴィンリードは臆面もなくそう返した。

予想以上にストレートにぶつけられた言葉に、二の句が継げなくなる。



「婚約者は俺だ」


「婚約なんて破棄される可能性もあるんだろ?アカネが成人するまでの一年半。家族として側に居やすい俺とお前とで、果たして差が全く無いと思うか?」



わぁ、ヴィンリード、すっごく魔王っぽいよ。

物語のイメージそのままだよ、今。

私はすっかり現実逃避した頭で、そんなことを考えていた。




==========




「くそ、調子に乗りやがって」



話が一通り済んで部屋に戻ると、当たり前のような顔でファリオンがついてくる。

もちろん彼は別の部屋をあてがわれているんだけど、今日は昼間に私が頭痛を訴えたのでこのまま側に居てくれるつもりなんだろう。

メイドさんにお世話を断ると、特に止めも追及もせずに下がってくれた。

実家と違ってこの辺は楽だなぁ。


しかし、現在のファリオンはご機嫌斜めだ。

王都に戻れば元の学園生活。

ファリオンは成人と同時にヴォルシュ家を継ぐことになるため、来年の春には卒業する必要がある。

学園側から便宜が図られるし、ファリオン本人の能力もあれば簡単だろう。

しかし、もし私が卒業できなければ学園には私とヴィンリードが残される形になるわけで。



「アカネ、絶対卒業しような」


「自信ないなー……」



現時点でも長期の休みを取っているわけで、単位はギリギリな気がする。

ファリオンの圧力を受け流しつつ苦笑した。



「でもね、私はちょっとホッとしたよ」



その言葉を聞いて、ファリオンがますます嫌そうな顔をする。



「……あいつに未練あるのか?」


「ヴァンには無いけど、ヴィンリード・スターチスにはあるなぁ」



うまく説明しにくい感覚に困って笑みを浮かべると、むすっとした声が返ってきた。



「あれは俺で、俺は今ここに居るだろ」


「わかってるよ。リードはファリオンで、今目の前にいる。リードが本当はファリオンってことだって、私はずっと前から気付いてた」


「だったら…」


「でもね、もし私の予想が外れてて、リードはリードでファリオンじゃなかったんだとしても、私はリードを好きなままだった。ハイルさんたちはヴィンリード・スターチスを架空の人物だって言ったけど、私にとっては好きな人だったんだよ」



だから、幻影でも遺体なんて見たくなかったし、お葬式にだって出たくない。

そんな私の訴えに、ファリオンは溜息をついた。

ベッドに腰掛け、膝を手でたたいてくる。



「…なに?」


「ここ座れ」



座れと言われて気軽に座れる場所じゃない。

しかし室内だというのに逆巻く風が吹き、私をその膝の上へと運んだ。

慌ててしがみつき、ファリオンに魔力を流し込む。



「ちょ、こんなことに魔術使わないでよ!」


「こうしたら嫌でも俺に触れたくなるだろ」


「なっ…」



変な言い回しはやめてほしい。

しかしそう噛みつこうとした私の口は、逆にファリオンに噛みつかれて音を失った。

食むような動きを見せた後に離れた唇。

あれから毎晩おやすみのキスをされているのに、未だに慣れない。

火を噴いたように熱い顔を伏せると、押し殺した笑い声が聞こえてくる。



「アカネはホント俺のこと好きだな」


「そんなことしみじみと言わないで……」


「俺もアカネが好きだよ」


「そんなことさらっと言わないでぇ……」



顔を手で覆って悶える私に、耐えかねたようにファリオンは大きな声で笑う。

やっぱりこういうところもリードと一緒。

私の反応を見て楽しげに…幸せそうに、笑う。

不貞腐れた私を宥めるように、頭を撫でる大きな手。

この夢のような時間は、一体いつまで続いてくれるんだろう。


何か忘れているような気がしながらも、次第に押し寄せてくる眠気に抗えないまま、私は目を閉じる。

奴隷ではなくなった、魔王な婚約者の腕の中で。




==========

<おまけ(R-15)>




呼び声が聞こえて、暗闇から意識を引きはがす。

手足にまとわりつくような恐怖感に体を震わせると、私を抱きしめている腕の力が強くなった。

前までと少し違う腕の感触。

だけど前と同じ力の込め方。

触れているシャツに涙がしみこむ感覚も一緒だ。


頼もしい背中にぎゅっと手を回せば、応えるように頭を撫でてくれる。

甘やかすように優しくされて、恐怖が落ち着いた後もしばらく顔を上げられなかったけれど、このまま朝を迎えるわけにもいかない。

おずおずと体を離した。



「有難う、リード……」


「あ?」



思わず口からこぼれた言葉に『あ』と思った時には、向こうからドスの利いた『あ』が飛んできた。



「婚約者と密着した状態で他の男の名前呼ぶとはいい度胸だな」


「ま、待って間違えたのは悪かったけど仕方なくない!?今までずっとリードだったんだし、私の中ではまだリードの意識強いもん!」



一年半もの間側に居てずっと呼び続けた名前だ。

そして今目の前にいるファリオンと同一人物なのだから許してほしい。

しかし銀色の目はジトっとしたままだ。



「そんなこと言ってたらいつまで経っても直らないだろ」


「う……ファリオンが入れ替わってたせいなのに」



悪いのはそっちでしょ、と責めてみるも、私の婚約者にこたえた様子は無い。



「それはそれ、これはこれ。ヴィンリードの名前はあいつに返した。リードの愛称だってもうあいつのもんだろ」


「そ、そうだけど」


「はい、それじゃお仕置きな」


「え。んっ…」



押し付けるように唇を奪われ、呼吸と共に反論の行き場を失った。



「ん?んんっ!?」



これまでは触れる程度のキスしかしてこなかった。

それだけでも十分心臓に大ダメージが加わっていたのに、初めて深く口づけられて、頭は真っ白。

心臓どころか脳までショートしそうだ。

指先一つ動かせないほど凍り付いた私に気付いたか、ファリオンはようやく唇を離す。

私の顔を覗き込んで、小さく笑った。



「……真っ赤」


「あ、あ、当たり前で……」


「感想は?」


「か、かんそうっ!?」



キスの後に感想って言うものだっけ!?

いくら恋愛経験に乏しい私でもそれは無粋だと分かるのに、それでも混乱した頭は言葉を考えてしまう。



「は……」


「は?」


「恥ずかしいから、ちょっとにしてほしい……」



煮えたぎりそうな顔を伏せて蚊の鳴くような声を絞り出すと、真上にあるファリオンの喉が大きく鳴った。



「……ちょっとならしてほしいんだな?」


「ニュアンス変わってない!?」



"に"と"なら"では随分違うと思うんですけど!



「きょ、今日はもう閉店です!」


「却下」


「き、却下…!?」



そしてファリオンは、かつて何度も魔王を感じさせた不敵な笑みを浮かべる。



「忘れたのか?言っただろ、全部終わったら俺の事馬鹿にした礼をじっくりゆっくりするって」


「へ……」



あ……あれか!

ヒナ吉にしか聞こえていないと思って迂闊な発言をした過去の私を殴り飛ばしたい。



「ああ、あと。どこまでなら"酷いこと"に入らないのかも確かめないとな」



過去の私が二人ほど吹っ飛ばされることになりそうだ。

馬鹿な想像をしている間にも、ファリオンは私の手を掴む。



「冗談だって逃げ道作るようなやり口は嫌なんだろ?もう誤魔化さないから、ちゃんと受け止めろよ」



そう言ってペロリと唇をなめる様は妖艶で、思わず視線を奪われる。

その隙に再び唇を塞がれた。

反射的に頭を後ろに倒して避けるけれど、当然それを追いかけるようにキスが降ってきて、いつの間にか私はベッドに倒れこんでいた。


一体どれだけの時間そうしていたんだろう。

さすがに何十分なんてことはないはずなんだけど、私には一時間以上そうしていたようにも思えた。

羞恥に悶える時間は拷問のようで、そのくせ愛されていることが分かってしまうから強い拒絶ができなくて。

ファリオンがようやく体を起こした時、名残惜しく感じてしまったのは秘密だ。


前髪を引っ張って私から視線を反らすファリオンも頬が赤くなっている。

流石に彼も恥ずかしかったのか。



「……アカネ、お前って乙女趣味だよな?」


「は?」



いきなり何の話だ。



「乙女が乙女趣味で何か悪いの……」



何か以前にも似たようなやり取りをした気がする。



「だよなぁ」



何でそれで肩を落とす。



「どっちにしろ両家を合わせた上での正式な婚約もまだだし、結婚前に万が一があったらまずいか……アカネが成人するまで長いな……」


「……」



流石に何を言わんとしているか何となく分かった。



「アカネの誕生日早まらねーかな」


「リードさんリードさん、何言ってるのかな?」



思わずそんなツッコミを入れて。

銀色の瞳が見開かれた瞬間、また『あ』という言葉が頭に浮かんだ。



「……お前、このタイミングで…お前……」


「待って、違う違う違う、聞き間違い」


「言い間違いだろ……お前さ、人が我慢しようとしてるタイミングで……そんなにお仕置きしてほしいのかよ、わざとかよ」


「断じて違う!」



本当にわざとではない。



「しかも二回言ったよな?」


「気のせいです」


「お仕置き二倍ってことでいいよな?」


「良くないです!」



ぐっと圧し掛かってくるファリオンの体は、どれだけ押してもびくともしない。



「ま、待って待って。結婚前に万が一があったらまずいってファリオンも言ったよね!?」


「そうだな……アカネの服は一枚も脱がさないし手も触れない」


「あ、ほんと?」


「ホントホント」



そして魔王はペロリとまた舌なめずりをした。



「さんざん他の男にいたぶられた弱いトコ、消毒しときたかったしな」



サッと耳を押さえようとした手はあっさりベッドに縫い留められ、室内には私の悲鳴がこだました。

五分後、ベッドの上にはぐったりした私の姿があったわけで。



「悲鳴上げすぎて喉おかしい……」


「悲鳴?あれは悲鳴じゃなくて、あえ…」


「悲鳴!だから!」


「……はいはい、可愛い悲鳴だったな」



半笑いで私の頭をポンポンする男の姿を見ながら、ほんの少しだけ、婚約は早まったかもしれないと思う私だった。

ここまでご覧いただき、ありがとうございました。

これにて第一部完ということで、いったん完結とさせていただきます。

まだまだ書いていないところはありますし、第二部の最後まで話は考えてあるのでいつかは書き終えたいと思っています。

が、しばらくはお休みをいただいて他の話を書こうかと思います。


これまでお願いしたことはなかったのですが、この機会に…

もし面白い、続きを読みたいと思っていただけましたら、評価やブックマーク、感想をいただけますと嬉しいです。

それが励みとなって続きを早く書き出す可能性もあります。


これまでありがとうございました。

そしてこれからもよろしくお願いいたします。

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