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魔王の隣で勇者を想う  作者: 遠山京
第六章 令嬢と盗賊

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138やっと言えた

なんとか書き上げられたので投稿します。

<Side:アカネ>



ジャン・ラシュレー。

パラディア王国の伯爵だと言う彼が語る話を聞いて、私は納得していた。

ラシュレー伯爵のお気に入りだという奴隷が誰なのか。

名前が出てくることは無かったけど、それでも分かる。

おそらく、この一件が決め手となって、魔王の魂を受け入れるに至ったんだろう。

そして私と出会ったんだ。


ラシュレー伯爵はといえば、その怪我を境に没落していき、今や領地を持たない弱小貴族になってしまったらしい。



「友人たちは必死に支えてくれたが、もはや名ばかりの伯爵さ」


「そんでもお気に入りの奴隷の願いを叶えてやりたかったらしくてな。デイジーという娼婦の行方を捜しているうちに俺と知り合ったってわけだ」


「まさか落ちぶれた今になって、隣国の国家機密に首を突っ込む羽目になるとは思わなかった。もはや失うものなどないからいいのだけれどね」



そう言って笑うラシュレー伯爵に憂いは見えない。



「あの子が元気でいるかだけがずっと気がかりだった」


「元気ですよ、とっても」



ちょっと魔王になったけど。



「そうか。それならば何も言う事は無いよ」


「連れ戻したいとは思わないんですか?」


「僕は彼の心を深く傷つけてしまった。彼を守ったのは僕の我儘だ。彼の命は守れたけれど、そのプライドについた傷を僕には癒せない」


「それは……あれ、そういえば村長が嘘をついてると分かったんですか?」



少年はそもそも村にも戻ってこなかったと村長は報告したらしいが、ラシュレー伯爵は村長が少年を売ったと知っていた。



「一部の村人が教えてくれたんだよ。良心が咎めたんだろう。それでも村長は彼が自ら売られたのだと言い張った。僕の元から離れたがったのだと。どう見ても嘘をついているようにしか見えなかったけど、少しだけ…本当かもしれないとも思ったんだ。僕はそれだけのことをしたからね」



穏やかな声には、それでも後悔がにじんで聞こえた。



「奴隷は主人の所有物であり、もっとも強い繋がり。今でもその考えに変わりはないけれど、本当にその繋がりを確かなものにしたいのであれば、互いが理解しあう努力を怠ってはいけなかった。そうしなければこんな時、相手の気持ちを信じることもできなくなる。彼はずっと僕にそう訴えてくれていたのにね」



彼は自分のことを信頼してくれているのか。

追いかけてほしいと願っているのか。

次に会えば拒絶されるのでは。

そう思って探すこともできなかったそうだ。

どちらにしろその時、ラシュレー伯爵は家が潰れかねないほどの危機に立たされていたのだから、自分の奴隷を探している場合では無かったと思うけど。


相手の気持ちを信じられなくなる、か。

私は、理解しあう努力というものをしてきただろうか。

できていないから、こんなことになってるんだろうな。



「僕はね。そのあと、奴隷の一人一人と話をしたんだ。彼ら彼女らが望む形になるよう、解放したり主人を変えたり…僕の立場が不安定になったこともあって、結果的にほとんどいなくなってしまったよ。残ってくれたのはカミラだけさ」


「私は主が主だから」


「こう言ってシルバーウルフの仕事にも付き合ってくれるんだ」



カミラさんがラシュレー伯爵をこうも慕う理由は知らない。

それは二人がわかっていればいい話だろう。

少なくとも微笑みあう二人の間には確かな絆が感じられた。

羨ましいな、なんて思ってしまう。

小さく溜息をついた私に、ハイルさんが視線を向けた。



「さて、お嬢ちゃん。本題だ。俺が何を望んでいるか、わかるかい?」


「ええ、たぶん」


「なら話は早え。俺の頼みを聞いてくれ」




==========




ラシュレー伯爵を応接間に残したまま、私達は別室でこの後の動きについて打ち合わせをした。



「そんなら、問題ないか?」


「はい」


「話が分かる嬢ちゃんで助かった。おう、そういやそれ外してなかったな。悪かった」



そう言いながら、ハイルさんはポケットから鍵を取り出して、私の首輪を外してくれる。

ああ、すごい解放感。

結構重さあったんだよねぇ。

ほぐすように首を回す。



「うし、それじゃちっと外出るか」


「はい」



結界の外でオロオロしているヒナ吉が見える。

心配かけちゃったんだろうなぁ。

悪い事をした。

心なしかくたびれたように見えるのは、ハイルさんが撒いたと言う睡眠薬でずっと寝ていたせいだろうか。

丸一日も離れてたから、魔力供給できてなくてお腹が空いているとかもあるのかな?

そもそも首輪してたせいであんまり魔力が漏れてなかったかもしれないけど。

結界の外に出ると、手の上に力なく降りてきた。



「ごめんね、ヒナ吉。大丈夫?」



そう尋ねると、ヒナ吉は困ったように頷いた。

自分は大丈夫だけど心配したって様子だ。

謝罪もかねて頭を撫でながら少し魔力を流してやると、嬉しそうに羽をパタパタ動かす。

ああ、可愛い。



「それで、リードはもうすぐここに着きそう?」


『やっと聞こえた!馬鹿アカネ!不用心についてってんじゃねーよ!』



すぐさまリードの声が響いてきた。

おお、お怒りだ。

分かってたけど。



『もうすぐ着くから待ってろ!もう森が見えてるとこだ!おい首領、これ以上変なことしやがったらマジで潰すからな!』


「おうおう、怖ぇな。まさかこんな早く着くとは。どうするお嬢ちゃん。時間がねぇ」


「婚約の件ですね?わかりました、お受けします」



リードをよそに話をしていると、ヒナ吉があたふたしだした。

まるで声の主の動揺を体現するように。



『まて、婚約ってなんだ!?』



そしてハイルさんは、いい笑顔で言い放つ。



「ファリオンとアカネ嬢を婚約させんだよ」


『はぁ!?』




==========

<Side:     >




とんでもない発言が聞こえて、俺は思わず馬を止めた。



「待て、どういうことだよ!」



しかし、俺の叫びに返事はない。



『それじゃ、婚約宣誓書をさっそく書いてもらうか』


『はい、でもどこで?』


『実はな、この近くに教会があんだよ。この屋敷が放棄されたのと同時にそっちも無人になっちまったみてぇだが、掃除はさせてる』


『わぁ、森の中の教会なんてロマンチックですねー』



アカネの弾んだ声が聞こえてくる。

何考えてんだあいつ!


婚約宣誓書は宣誓魔術具の一種だ。

誓った内容を破ればペナルティーがある。

敵国同士が和平の証に互いの王子王女を結婚させる時なんかに使うような代物だ。

それくらい強制力が必要な時に使用するもので、ペナルティーは命にかかわることがほとんど。



「なんでそんなもん持ってんだよ!アカネ、絶対サインするなよ!」



しかし二人は相変わらず早く準備をしないとなんて話をするばかりで俺を無視している。

まさか声が届いていないのかと疑うが、ヒナ吉からは『ちゃんと聞こえているはずだ』と伝わって来る。


くそ、アカネのやつ脅されて…いや、そんな声じゃないな。

だとしたら操られでもしてるのか!?


森の中に入ると同時に、馬から飛び降りてアジトを目指す。

ヒナ吉から相変わらず聞こえてくる声にはヴァンも混じり、三人で教会に入る様子が伝わってきた。


まずい、まずい。

アカネが誰を好きでこの世界に来たかは知ってる。

でもこの世界のファリオンは別人だって言ってたじゃねーかよ!

だから俺は……!



『よし、ヴァン。サインしろ』


『ああ』



馬鹿、やめろ。



『アカネ、本当にいいんだよな?』


『うん、もちろんだよ』


『じゃあ、アカネもサインを』



ヒナ吉の気配をたどった先に、小さな教会が見えてきた。

掃除されていると言う言葉通りその建物は思ったより綺麗で、おそらく窓から差し込む日が美しく中を照らしていることだろう。

アカネが喜びそうな、ロマンチックな雰囲気で。

そんなもん、認められるか。



「待てアカネ!!」



教会のドアを押し開くと、祭壇の前でちょうどヴァンから羽ペンを渡されているアカネの姿が見えた。

よし、まだサインはしてない!

三人がこちらに視線をとられている隙に、急いで走り寄ってその前に置かれた紙を破り捨てる。



「全部伝えた上で振られるならまだしも、こんな中途半端な状態で諦めてたまるか!」



本当はずっと明かすつもりはなかった。

でも何度も明かしたくなった。

悪夢の時にも縋ってくれなくなったアカネをもどかしく感じたあの夜。

口さがない陰口に震えるアカネを、俺が守ると誓ったあの時。

そして最後の一押しをくれたのは、アカネの失言だ。

もしヴァンにキスをされたら許せないと言った。

他のやつなら許せないそれを、俺なら許せたのかなんて考えた瞬間、全てを知ってほしいと思った。

知った上で、俺を選んでほしいと。



「お前の理想とは違うだろうし、今は容姿だって違うけど!」



できれば直接会って伝えたかったから今日まで言わずにいた言葉を、勢いのまま叩きつける。



「ファリオンは……俺だ!」



教会に入ってきた時からずっと俺から視線を反らさなかったアカネは。

その濃茶の瞳を目いっぱい潤ませて、俺を見つめたまま叫んだ。



「知ってるよ!馬鹿ファリオン!」



……なに?

その潤んだ瞳には金髪の青年が映っている。

見覚えのある…いや、最近までずっと見ていた。

魔王の魂を受け入れるまでは、俺のものだった体。


先ほどまでヴァンと呼ばれていた青年が居た場所には、銀髪の青年が立っている。

この一年半、慣れ親しんだ容姿が目の前に。


慌てて破った紙に視線を戻すと、そこに記されていた文字は婚約宣誓書では無かった。

"影移しの魔術書"。

見覚えのある文字に愕然とする。

そこには、かつて俺が書いたサインが綴られていた。

ファリオン・ヴォルシュ、と。




==========

<Side:コゼット>




「コゼット。お茶が冷めるよ」



そわそわと立ち上がっては座り、座っては立ち上がりを繰り返す私を見て、スチュアートが苦笑した。



「ええ、そうね……」


「あまり落ち着きが無いとお腹の子にも障る。あまり眠れても居ないんだろう?」



私を隣に座らせて、スチュアートの指が私の目元を撫でた。



「だってアカネちゃんが誘拐されただなんて……」


「ああ、心配なのは分かっている。だが昨日も言った通り、この件は政治的な動きの匂いがする。カデュケート国王はアカネの伯父で、アカネを気にかけているはずだから悪い事にはならないさ」


「分かっているわ…」


「コゼットは城を飛び出してカデュケートへ行くと言うんじゃないかと思っていたよ」


「言いたかったわ」


「我慢したんだね、偉いよ」



当たり前のことなのに、スチュアートは甘い声で私を褒める。

あの一件以来、スチュアートはこれまで以上に私を甘やかすようになった。

髪を撫でる手の感触は、未だにむず痒い。



「だって、さすがにそろそろ我がままを控えないと、影移しをされてしまうかもしれないでしょう?」


「やれやれ、そんなに怯えさせてしまったのか」



スチュアートは苦笑する。

パラディア王国の王族は、必ず自分の影を用意する。

命の危険が予想される時には、王家に伝わる秘術で影と己の容姿を入れ替えるのだ。

悪い王族はそのまま影にのっとられてしまうなんて噂話まであった。

それが本当のことだと聞かされたのは、二人で夜を共にするようになってからのことだ。


パラディア王国に昔あった魔術具。

影移しの魔術書。

それは一枚の紙でできた魔術具で、主となる人間がサインし、入れ替わる対象者の血を落とすと主と対象者が完全に入れ替わると言うものだ。


それが実際に使われたのは百年ほど前。

この国にはエリクという我儘な王太子がいたらしい。

公務はろくに行わず、使用人たちに理不尽な命令をしては、いう事を聞かなかった者に折檻をするというとんでもない男だった。

彼にももちろん影となる近侍がいた。

その名はクロード。


クロードは聡明で振る舞いも心根も気高い男。

クロードが影として振舞っている時とそうでない時ではどう見ても別人だった。


エリクの振る舞いは次期国王に相応しくない。

クロードが王太子ならば良かったのに。

国王を含めた周囲の人々はそう考え、当時仕えていた宮廷魔術師に相談した。

その宮廷魔術師は歴代最高とも言われる優秀な魔術具製作者でもあり、一枚の紙で魔術具を作り出した。


それが影移しの魔術書。


周囲の説得によりクロードはその魔術書にサインをした。

そして騎士がエリクを取り押さえ、その紙に血を一滴落とさせたのだ。

その瞬間、クロードの容姿はエリクに変わり、エリクの容姿はクロードに変わる。

ここまでなら影の秘術と変わらない。


影移しの魔術書は、エリクの記憶をクロードに移す効果があった。

クロードはこれまでのエリクの記憶ともともとの己の記憶、両方を持った状態で入れ替わることができたのだ。

それゆえ周囲と話したこと、約束や知識も引き継がれ、スムーズにその後の公務に入れる。


反対にエリクは全ての記憶を失い、己は"近侍のクロードである"という事実だけが刻みつけられるように残ることになった。

言葉や日常生活に必要な知識は残るが、王太子であったと言う記憶はなくなる。

クロードの記憶も引き継がれないので近侍としての仕事はまともにできなかったが、横柄な振る舞いをすることはなくなったらしい。


かくして新しい王太子エリクは引き継いだ記憶を生かして立派な次期国王として振舞い、記憶を失った近侍クロードは手探りで仕事をこなした。

その魔術書を破り捨てれば再び互いが元に戻るようになっていたそうだが、賢君として死の間際まで職務を全うしたエリク王の話を聞くに、おそらく最後まで二人は入れ替わったままだったのだろう。



「あれが使われたのは大昔だよ。今やあの魔術具を作れる魔術師はいない。その制作方法を当時の宮廷魔術師は残さなかったからね」


「けれど二枚目を残していないとは限らないわ。切り札を残しておくのが王族だもの」


「……まぁ、無いとはいいきれないね。残念ながら、私も知らない王家の秘密はたくさんあるから」



スチュアートは第三王子。

王家の秘密を全て知らされるのは、一部の宰相と王太子だけだ。



「でもコゼットに使われることはないし、もし使われたとしても私はすぐに気付くよ。そしてその魔術書を何としても破き、本当のコゼットを救い出すと誓おう」


「本当に気付いてくれる?」


「もちろんだ。クロードにもね、恋人がいたらしい。彼女は記憶を失った後のクロードと破局したが、ある日エリクの目を見た瞬間に気付いたそうだ。この人が自分の恋人だと」


「目を見て?」



それが事実ならロマンチックな話だ。



「ああ。そして感激したエリクは彼女を側室として迎えたらしい」


「……正妃じゃないのね」


「それはもともとの婚約者がいただろうから仕方がないね」



ロマンチックさは薄れたが、現実はそんなものだろう。



「だから私も目を見れば、誰が本当のコゼットか分かるよ」


「もし戻れなかったとしてもスチュアートの正妃は私よね?」


「……コゼットは本当に可愛いな」


「あ、待って、だめよ。お医者様に止められてるんだから」


「分かってる分かってる」


「その分かってるは分かっていない時なのよ!」



まさか私がスチュアートとそんな話をしていたまさにその時、アカネちゃんが影移しの魔術書を目にしていただなんて、私は思いもしなかった。

いつもご覧いただきありがとうございます。

ずっと書きたかったシーンまで来れてほっとしています。

これを踏まえて読み返していただけると、そういうことかと思ってもらえるところがあるかもしれません。

次回更新は1月7日予定です。

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