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魔王の隣で勇者を想う  作者: 遠山京
第六章 令嬢と盗賊

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136奴隷騎士の末路

<Side:リード>



バルコニーすらない部屋だ。

窓から入るにはろくに足場のない壁を伝って来ないといけない。

よくよく見てみれば隣の部屋から頼りないロープを命綱としてつなぎ、こちらの窓へ渡ってきたようだった。

伯爵自ら。

部下の補助も無く。

その姿を見たのだろう、窓の下から使用人たちの悲鳴が聞こえた。


なんでせめて他の奴にやらせないんだ!

いや、というかドア破る方がまだ安全だろ!

なんで窓だよ!


落ちそうになりながら窓枠にしがみついている姿を見て、慌てて部屋の中へ引っ張り込んだ。



「あっぶねーだろ何してんだ!」


「それだ!」


「は?」



ガクガク足を震わせながら、ジャンは俺を見た。



「危ないだろう。目の前で命を張られたら生きた心地がしないだろう。騎士たちはそういう仕事だ。そう分かっているから初めから心を通わせたりはしない。だが君は違う。僕を庇って死ぬ存在だなんて思ったことはないんだ!」



言われていることを理解するのに数秒かかり、理解した内容を咀嚼するのにまた数秒かかり、俺はたっぷり時間をかけてため息をついた。



「お前、繊細すぎだろ」


「どうした、急に褒めるな」


「褒めてねー。ていうか、普通に騎士達も大事にしてやれよ」


「大事にしているさ。僕は極力危ない場所に行かない」


「いや、うん……そうだけどそうじゃねーよ。まぁいいけど」



脱力し、ジャンに視線を合わせた。



「俺のことが大事なんだな?」


「当然だ」


「じゃあ何で奴隷だなんて言うんだ」


「奴隷は嫌かい?」


「嬉しくはねーよ」


「そうか……」



シュンとする様子を見て首を傾げた。



「ジャンは奴隷を何だと思ってんだよ」


「人間を所有する唯一の方法だ」


「いや、だから…そうだけどそうじゃねーよ……」



微妙に会話がかみ合わない。

いつものことだけどな。



「信頼できる奴隷を解放して、友人や使用人として側に置こうと思ったりはしないのか?」


「何を馬鹿な!奴隷から解放したりしたら……僕の側から離れてしまうじゃないか!」



思わぬ剣幕で怒鳴られて言葉を失った。



「奴隷は僕のものだ。家のものじゃないぞ。僕個人のものだ。たとえ僕がこの家から離れても、世界の果てへ旅しても、連れていける。それを許されるのが奴隷だ!この世で一番強い人間同士の結びつきこそが奴隷だ!」



何言ってんだコイツ。

そう思うのに、どこか納得もしてしまう。

おおよそ一般的に、最も絆が強いと言われるのは家族だろう。

だけどジャンの両親はジャンが生まれたのをきっかけに不仲になり、ジャン自身も愛情を注がれなかった。

家族というものに絆など感じられたことは無いはずだ。


友人とは疎遠になることもある。

使用人は雇用関係が切れれば辞めていく。

唯一そばを離れずにいてくれるのが奴隷だというのは、理解できる話だった。

美術品のように扱うはずだ。

奴隷を所有物であると信じていたかったのだから。



「それで奴隷にこだわってたのか……名前を呼ばないのも?」


「……それは…君も本当は分かっているだろう?君は頭の良い子だから。初めて会った時は僕に名乗った後、しまったって顔をしていたじゃないか。それ以降、執事たちにも君は名前を教えていない。僕は君を手放したくないが、君も戻りたくない。違うかい?」


「……」


「君のご両親が亡くなった話はこの国にまで届いている。君のことはね、カデュケート国王に頼まれて、パラディア国王も探しているようだよ。コゼット姫が輿入れなさってから、カデュケートとこの国は仲がいいからね。その名前を認めてしまえば、君は僕の所有物ではなくなる。陛下の元へお連れして引き渡さないといけなくなるんだよ」


「そう、だな……」



分かってはいた。

国王が俺を探していると言う話は、デイジーからも聞いたことがあった。

でも俺はデイジーを置いていくつもりはなくて、忘れた振りをしていたんだ。

今だって、戻るつもりはない。

戻ったところで面倒事が待っているだけだ。

デイジーを探すこともできなくなる。

娼婦のことなど忘れろと言われて終わりだろう。



「分かってくれたかい?」


「名前のことは分かった。でも奴隷とか騎士とかに関しては、俺の意思を無視してるよな」


「……」


「所有物だとしても人間だ。物理的に側にいれば、信頼関係は築けてなくてもいいのかよ」


「……」



ジト目で睨んで三十秒後。

ジャンは観念したように両手を上げた。



「分かった。君を僕の専属奴隷騎士に任命しよう」


「結局、奴隷じゃねーか」



かくしてジャンの頑固なこだわりにより、奴隷でありながら騎士というおかしなポジションが誕生した。

帯剣して側にはいるものの、ジャンは必ず他の護衛をつけるので俺はただ同じ馬車に乗って同じ場所へ行くだけの人間だ。

しかし、奴隷の立場のままというのはメリットもあった。


貴族の夜会では、奴隷は人間ではなく物扱いされることもある。

護衛の立ち入りを禁じられる場であっても、奴隷は許されることもあったのだ。

さすがに剣は持ち込めないが、ジャンを一人で行かせるよりは俺一人ついているだけでも安心できると、執事や騎士隊長は喜んでいた。

護衛に役立つなら奴隷という立場も悪くないなんて、俺も思い始めていた。


ジャンは自分で語っていた通り、あまり危ないことはしない。

俺が護衛らしい動きをするのなんて、時折酔っぱらった暴漢やジャンに不満を持つ領民が襲ってくるのをいなす程度だ。

だがそれでも、デイジーが居なくなってから見失っていた自分の存在意義を取り戻せた気がしていた。



「ジャン、頼みがあるんだ。デイジーを探してほしい」



俺の立場が落ち着いた頃、ジャンに相談を持ち掛けた。

自暴自棄から立ち直り、ようやくデイジーを探すという当初の目的に立ち返れたのだ。



「デイジー?」


「俺の恩人だ」



ジャンにデイジーとの出会いから娼館に居た頃までの話をすると、大きく頷いてくれた。



「なるほど、カデュケートの盗賊団か。シルバーウルフの名は僕も聞いている。ベルプーペの頼みだ。僕も探してみよう」


「頼む!」



できれば自分の足で探したいが、今の俺はジャンの奴隷だ。

カデュケートに戻れば国王に見つかって招聘され、そのまま身柄を相応の場所に引き渡されかねない。

ジャンはそれを許さないだろう。

だが、ジャンはこれでも伯爵だ。

顔も広いし、隣国のこととはいえある程度情報を集められるはず。


この時の俺はすっかり調子に乗っていた。

ジャンを守れている実感があったし、デイジーのことも他力本願ながら探し始められた。

奴隷騎士という妙な役職ではあるがその待遇はいいし、いろいろあった俺の人生もここから再スタートできるはず。

そんなことを考えていたんだ。


目を覚ますことになったのは、ジャンに引き取られて一年以上たった冬の日。

領地内のはずれにある村への視察についていった時のことだ。



「でっけーなぁ」



俺が声を漏らしたのは、遠くに山のような物体が見えた時。

ゆっくり動いているらしいそれは魔物だ。

陸を歩く巨大な亀。

その名をアピエシュという。

カデュケートでは見たことの無い魔物に、俺は興奮していた。



「プーペ。決してあれに近づいてはいけないよ。彼らは壮大に構えて見えるがそう寛容ではない。縄張りを犯した者はすべて彼らの糧として迎えられることになる」


「え、あれ人間食うの」


「食の対象範囲に関しては寛容だと聞くね」


「げ」



まぁ、あれだけの巨体を維持するのに選り好みなんかしてらんねーか。



「伯爵さまのおっしゃる通りでして。奴らは悪食ですので同じ魔物も食らいます。その為アピエシュから逃れた魔物が村までやってくるようになったのです」



そう告げたのは初老の男。

視察先の村長であり、ずっとジャンに揉み手をしているような人物だった。

彼の村から馬で一時間ほど走ったところにあるこの平原に、アピエシュが住み着いてしまった。

アピエシュに住処を奪われた魔物たちが村の近くへ流れ込み、被害をもたらしているそうだ。


今日の視察は、そんな訴えを受けて状況を詳しく確認する為のもの。

魔物が出るような危険な場所にジャンが自ら足を運ぶのは避けるべきなのだが、はっきり言ってジャンはあまり領民からの評判が良くない。

友人は多いんだが、いい領主ではないようだ。

奴隷買ってる時点で印象悪いしなぁ…


そんなわけで好感度アップの為、たまには現場に赴かねばということになったらしい。

アピエシュは人間を襲うこともあるが、馬がいれば逃げ切ることは難しくない。

村へ逃げてくるという魔物も一角ウサギや黒犬(ヘルハウンド)といった、村人には脅威だが護衛の騎士たちにかかればすぐに斬り捨てられるものばかり。

まだ安全な方であるという判断になったようだ。



「ふむ……そもそもあまり縄張りを変えないアピエシュが何故このような場所に来たのだろうね」


「元はそこの渓谷沿いに南へ下った平原に生息していたはずなのですが、近くの山で火事があったそうで」


「なるほど、山火事で追われてきたか」



どうしたものか、と唸るジャンを横目に周囲に気を配る。

ふと、遠くに見えていたアピエシュの動きが変わったのに気付いた。



「……何かを追いかけてないか?」


「なんと?」



俺のつぶやきに反応したのは村長だった。

動きを速めたアピエシュの前方には複数の黒い影がある。

何かの群れだろうか。

二十頭はいそうだ。



「あれは……同じ平原に生息しているはずのシグレオオカミ!奴らまでここに来ていたのか!」


「あれもアピエシュの餌になるんですか?」



ぼんやりそう尋ねる俺に反して、村長は顔を青ざめさせている。



「いいえ、アピエシュと同じ平原に生息し続けられたのには理由があります!早く逃げましょう!」


「え……」



我先にと逃げ出した村長を、慌てて俺達も追いかける。



「シグレオオカミとはあまり聞かない名だが」


「その平原にのみ生息する魔物です!奴らは頭がいい。アピエシュに狙われたと気付くと近くの他の生き物の方へ走り、ターゲットを移させるのです!」


「なんだって!?」



走りながら背後を振り返ると、確かに狼がこちらに進路を変えて追いかけてきている姿がある。

遠かったはずの影がずいぶん近くなっていた。

しかし、ある程度追いかけてきたところでアピエシュは足を止める。



「あれ、追いかけるのやめたぞ?」


「足を止めてはいけません!」



思わず立ち止まってしまった俺に、村長の鋭い叱責が飛ぶ。

しかし時すでに遅く、俺の足は突如発生したぬかるみに絡めとられた。



「プーペ!」



少し先を走っていた村長や騎士、ジャンに異常はない。

俺の周囲にだけぬかるみが広がっていた。

次第にそのぬかるみは深さを増して、俺の足首がすっぽり沈み込むまでになる。

さっきまで乾いた地面だったのに何で…!



「アピエシュの縄張りを出ても、シグレオオカミは追ってきます!奴らはターゲットを移すだけでなく、あわよくばこちらを食うつもりなのです!水魔術で対象の足元を沼に変えて捕えます!」



その情報は早く欲しかった。

慌てて抜け出そうとするも、もがくほどに沼は俺を呑み込んでいく。



「プーペ!捕まれ!」



いつの間にか騎士を振り切ったジャンが、すぐ側まで来てこちらへ手を差し出していた。



「何やってんだよ、お前は逃げろよ!」



守られるべき人間が護衛を助けに来るとか何考えてるんだ。

後ろで騎士たちが慌ててジャンを引き離そうとしているが、その細い体のどこにそんな力があったのかと驚くほどの気迫でそれを振りほどき、ジャンはこちらへ手を伸ばし続けた。



「ジャン…!」



既にオオカミはすぐ近くまで迫っている。


この時、俺が何としてでもジャンを下がらせていたら。

騎士がもっと早くジャンを下がらせてくれていたら。

……俺が、ためらわずに空間魔術を使っていたら。


何度このシーンを思い返しては後悔したか分からない。

だけど今ここで魔術を使って暴走すればジャンたちを巻き込む。

どうなってもいいと考えていた頃とは違う。

大切な者が出来たが故の躊躇いが俺の行動を鈍らせ、結果的に最悪の事態を招いた。



「ぐあああ!」



俺を正気に戻したのはジャンの悲鳴だ。

気付けば俺は引き上げられていて、代わりに沼に落ちたジャンがオオカミに食いつかれていた。

俺は沼に足を取られないように立ち回りながらがむしゃらに剣を振るい、ジャンに食らいつくオオカミたちを討ち取っていく。


その隙に他の騎士たちがジャンを沼から引きあげた。

逃げる彼らを追わせまいと、俺はその場にとどまった。

二十頭以上いたオオカミが全て倒れた時にはもう、ジャンたちはそこに居ない。

俺を気遣ってか共に残って戦ってくれていたらしい騎士が一人、すぐ近くで事切れていた。


騎士は誰かを守る存在だ。

魔物が蔓延るこの世界ではほとんどの場所が戦場と言っても過言ではなく、いつこうなるとも分からない。

この騎士は、俺を守るために残された。

そして俺は助かったのだ。


じゃあ、俺は…?

俺が、守るべきだったジャンは……



「無事、だよな?」



震える俺の声に、騎士は返事をしてくれない。



「……それを確かめる為にも、帰らないとな」



既に体はクタクタだった。

時間としてはおそらく一時間程度しか経っていないと思われるが、死を意識し続けるには長い時間だ。

こうも長時間戦っていたことなどない。

娼館の護衛業は月に何度かゴロツキ相手に立ち回るくらいだったし、命のやり取りを意識するほどでもなかった。


とびかける意識をなんとか繋ぎ止める。

ここはいつ魔物と遭遇してもおかしくない場所。

無防備に眠ればすぐに命を刈り取られる世界だ。

騎士の遺体を引きずりながら歩き、別の魔物と遭遇しては震える剣で応戦し、群れを見てはなんとか隠れてやり過ごしながら村へ向かうことだけ考える。

馬なら一時間で済む距離なのに、迷ったこともあって半日かかり、村が見えてきたのは既に辺りが真っ暗になってからのこと。

そしてついに村の中へ一歩足を踏み入れた瞬間、俺は気を失った。


ジャンは生きていた。

しかし足と目に怪我を負って、完治はしなかった。

高名な治癒術師を持ってしても、失ったものを完全に戻すのは難しい。

脚は外見こそ綺麗に治ったが、杖をつかねば歩けなくなった。

顔は傷跡が残り、目は視力を失った。

どちらにしろ仮面で隠すのだから問題ないとジャンは笑っていたそうだ。


どれも人づてに聞いた話。

なぜなら、俺はその後ジャンに会っていない。

気を失っている間に売られたのだ。

あけましておめでとうございます!

今年もよろしくお願います

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