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魔王の隣で勇者を想う  作者: 遠山京
第六章 令嬢と盗賊

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131本音の話を

<Side:ヴィンリード>



「で、今に至ると」


「そうだ」


「…一番悪かったのは俺ではなくて陛下では?」


「お前……俺が正式な立場で接している時なら不敬罪として相応の対応しないといけないところだぞ」


「友人との軽口くらい大目に見てください」



そう言ってやると、アドルフは口元をもごもごさせた後、咳ばらいをした。



「とにかく、お前はもう少し慎重に動くと思っていた」


「愛する者の為になりふり構わなかったので」


「開き直るんじゃない。少なくとも国がここまで動いていることに気付かなかったのはお前の落ち度だ。少しは察していると思っていたが」



まぁ、確かに少し舐めていた。

そこまで確信を持たれていると思わなかったのは事実だ。



「監視がついているのは分かっていましたが」


「可愛い監視だっただろう?」


「ご冗談を。最初のころは目が怖かったですよ」


「そうか……ダニエルもまだ幼いからな」


「言葉もおかしいし」


「それは田舎者っぽさを出すためにあえてさせていたんだが」


「わざとらしすぎます……」


「…ふむ?貴重な意見に感謝しよう」



この辺の感覚がずれてるのは、アドルフも貴族ってことか。


ダニエル。

癖っ毛で人懐っこい笑みを見せる素朴な少年。


学園の寮で俺と同室になった彼がどこかの手の人間だと気付いたのは、初日のことだった。

もともと俺の世話役として生徒を割り当てることに違和感を感じていたが、俺へ向ける品定めするような目を見て納得がいった。

ネズミの魔物に逆監視させた結果、定期的に誰かに俺のことを報告しているようだったから、俺の監視役として寄こされた子供だと確信できたわけだ。



「これから良い間諜に育つんじゃないですか?」


「そう願おう。ああ、そういえばお前ダニエルに宿題を出していたな。ドロテーアに気を配りつつ、学園内の情報統制に今奮闘しているぞ」


「そのことも報告がいっているんですね」


「ダニエルは俺に隠し事をしない」



王家からの監視かと思っていたが、アドルフの子飼いだったのか。



「宿題を出したのはまずかったですか?」


「いいや、これまでにやらせたことの無い任務だし、良い経験になるだろう。リードにとって良い形になるよう情報操作を続けろと指示している」


「ありがとうございます」


「ダニエルがお前たちに近づいたのは仕事だが、リードのこともアカネ嬢のことも気に入っていたようだ。悪いようにはしないだろう」



確かに、アカネに懐いている姿が全て義務によるものとは思えなかった。

ダニエルの事はアカネに言わなくてもいいだろう。

アカネにとってはただの友人であればいい。


それにしても、学園入学からアカネ捜索まで随分手の込んだことをされていたようだ。

全部アドルフ達の手のひらで転がされていたのだと思うと、苦いものが口に広がる。



「アカネが知ったらショックを受けそうですね」


「これだけ大掛かりな検証をしなければならなくなったのは主にお前の責任だぞ」


「俺に迂闊なところがあったのは認めますが、その検証とやらのためにアカネはどっかの殺人狂に殺されかけたわけですか?」


「ベルテンの件は完全に計算外だ」



俺の指摘は痛いところだったのだろう。

アドルフの表情が歪んだ。



「アカネを危険から守るために王都から出すなら、もう少しシルバーウルフ内の統率を取って欲しいですね」


「首領をはじめとしたトップ集団のシリウスは確かに王と通じているし、不要な殺しはしない。とはいえシリウス以外の連中はそんなこともしらないただのならず者たちだ。限界があるんだよ」


「手足を広げる為にこの組織の形を取っているのは理解できますが、そんなところにアカネを預けるならもっと護衛をつけてください」


「普通に移動するだけだから問題ないと思ってたんだ。ベルテンも気に入った相手以外には紳士だし、奴が根城にしている拠点を利用するのはルート上好都合だった」



なおも言い訳がましいアドルフをじろりと睨み付けると、降参したように手を挙げた。



「ああ、分かった!悪かった!結果的には俺の判断ミスだ。認める。これ以降のアカネ嬢の移動ルートは、セシルが手配した連中が都度護衛を引き継ぐから安心してくれ」


「エルヴィンはどうなっているんですか?公爵がもう捕縛を?」


「まだ詳細は連絡がきていないが、今フェリクス殿下が親父殿と共に動いてくださっている」


「フェリクス殿下?」



思わぬ名前が出てきて驚いた。

フェリクス殿下といえば、王城に滞在していた時に俺を舞踏会に誘ってきた第二王子だ。

そういえばアカネにフェリクス殿下の印象を聞いたら下まつ毛の話しかしてこなかったな…

おかげで俺もその印象ばかり残っている。

あの人がそんな動きまでしていたのか。



「あの御方は留学という名目で他国から情報を集めてくださっていてな。ハイルの協力者でもあった。ようやく尻尾をつかめそうだということで帰国されたんだ」


「フェリクス殿下まで動いておられたんですか」


「解放教が再興すれば大きな国害になる。ああ、そういえばリードはフェリクス殿下にずいぶん気に入られていたんだったな。過激派の大臣連中がお前を殺すべきだと訴える中、危険性を確かめるよう訴える俺の意見を推してくれたのはフェリクス殿下だ。次にお会いした時には御礼を申し上げておけ。解放教の件は、お前たちが王都に戻るまでにベルブルク家と王家でカタを付けておく」


「……」



うまく言いくるめられたような感覚に、思わず口元が歪む。

しかし俺が反論する前に、話は終わりだと言わんばかりにアドルフは膝を打った。



「さて、ヴィンリード。そろそろお前の出番だ」


「出番?」


「一晩休んで身支度を整えたらアカネ嬢を迎えに行け。明日にでも出発すればちょうどあちらの用事が終わる頃には着けるだろう」


「そういえば…シルバーウルフの首領がアカネに会いたがっていたと言うのは事実なのですか」



そんなシェディオンの問いかけにアドルフ様は頷く。



「アカネ嬢を守り、リードを確かめたかったのは王家とベルブルク家の思惑だが、そこにシルバーウルフ側の要求も絡んだ結果、全てを満たすのがアカネ嬢の誘拐作戦だったわけだ」


「アカネに負担をかける作戦は賛成出来かねます」


「もっと言ってください、シェディオン様。仮にも元恋人にする仕打ちとは思えませんよ」


「俺だって良心が痛まなかったわけじゃないぞ。今回の誘拐騒動をうまく進めるのに相当骨を折ったし、決して楽な作戦じゃなかった」


「結局ほとんどダニエルや部下が動いていたんでしょう?」



大げさな、と思わず本音を口にすると、アドルフの気配が変わった。

先ほどまでも長々と恨み節のような回想話を聞かされたが、今度は怒りをはらんでいる。

まずい、また長くなりそうだ。



「ああ、ああ、確かに実行部隊は部下たちだ。だがな、学園内を始めとした各所に監視役をもぐりこませたり、街中でボヤ騒ぎを起こさせて人払いしたり、相当根回しが必要なことばかりだった。直接交渉に俺が出向くこともあったんだぞ。その上で各方面から上がって来る報告をまとめて判断を下し指示を出すのが楽なことだと思うのか。肉体労働が偉いのか。頭脳労働を軽んじるのか貴様は」


「い、いや…」



息継ぎすらほとんどせずに語るアドルフの姿はあまりに不気味だった。

よほどストレスが溜まっていたらしい。



「確かにスターチス夫妻の動きには困らされたし陛下にも申し上げたいことはある。あるが!そもそもの俺の計画を一番乱し、一番俺の頭を悩ませてくれたのはヴィンリード、お前だ!」


「は?」


「お前がアカネ嬢を追いかけようとするのも、その過程で尻尾を出してくれるのも期待していたが、丸め込むための手際が周到すぎるしアカネ嬢と合流するのも早すぎる。どこかでヴィンリードを捕まえてこうして話を聞く機会は作るつもりだったが、もっと先の予定だった。計画を練り直すのに俺がどれだけ苦労したと思ってるんだ。アカネ嬢とヴィンリードにシルバーウルフとの繋がりを明かすつもりも無かったんだからな!」


「明かしてくれと頼んだつもりはありませんでしたが」


「俺が行かなければセシルへの疑いをお前たちは捨てないだろうが!」


「それはあそこに俺達をつれていったヴァンの不手際であって俺の知ったことじゃありませんよ。なんか今日はいつになく愚痴っぽいですね」


「黙れ。愚痴じゃなくて忠告だ」


「どこがですか」


「分かりやすく言ってやろうか?お前はうまく立ち回っているつもりのようだが、その狡猾さはあまりに幼く直情的だ。もしお前に容疑がかかっていなかったとしても、学園でお前が提出したレポートがあれば一気に魔王だとばれるんだからな。おそらく学園長まで気付いたぞ!あそこまでの知識を披露して怪しまれないと思っていたとしたらお前は馬鹿だ。うまく騙されてくれるのは人のいいスターチス伯爵とそこのブラコンくらいだ!」


「ブラコン…」



シスコンだけでなく、とうとうブラコンまで付け足されたシェドは、不本意そうだったが何も反論してこなかった。



「利用されるのは嫌だろうさ、平穏を守りたいのも分かる!だがそのつもりがあるのならもっと上手く隠せ!」



そう叫んだアドルフは、いつの間にか愚痴っぽい気配を消していた。

それはまるで…本当に俺のことを心配している友人のように。



「…カッセードの時には『手の内を晒せ』と」


「馬鹿、非常時なのだから戦力として数えさせろという意図だ!常人離れした能力を披露しろとも、常識はずれの知識をひけらかせとも言っていない」



俺のささやかな反論はすぐ切って捨てられた。

まぁ、それもそうか。

俺だってひけらかすつもりはなかった。

隠せているつもりで隠せていなかったのだから、そこは反省点だ。



「あとだな…魔物を操れる能力と魔物を自由に作れる能力は既に陛下の耳にも入ってしまっているが、付与できる能力はその生物の習性や道具の性能を強化するレベル、もしくは既存の魔物に準じるということにしておけ」


「……あまり自由に能力付与できると知られるのは確かにまずいですね」


「そういうことだ。特にアカネ嬢を見つけるのに使ったという過去の声や遠くの声を聞ける魔物はまずい。間諜の容疑がかかる。もし懐にひき入れることで矛を収めてもらえたとしても、その能力は戦や他国交渉において有用すぎる。現国王陛下は穏健派だが、次期国王次第では争いの道具にされかねない。もう少しうまい立ち回りを学べ、ヴィンリード」



その表情からは心配の色しか読み取れず、流石の俺もこれ以上子供っぽい反論はできなかった。



「…ご忠告ありがとうございます。そして、今回の件でもずっと俺を守って来てくれたことに…友として感謝を」


「ああ、いい。感謝は全部無事に終わってから聞こう」



アドルフはむすっとした顔で手をパタパタと振り、廊下に控えていた使用人たちに俺の世話を命じた。



「明日の朝とっとと出発しろ。馬は用意してやる。見送りはしないから勝手に行け」



そう乱暴に言い放ち、アドルフは部屋から俺を追い出した。

…照れているのか?

いや、なんか怒っていたようにも……

何でだ?


疑問を持ちつつ、俺は使用人に先導されて客室へ向かった。




==========

<Side:シェディオン>




使用人に連れられて部屋を出るリードの後姿を見て、いつの間にか力が入っていた拳を解く。

リードはこの後、暖かい食事や風呂を与えてもらえるはずだ。

俺もやっと一息付けた。


まさか魔王だとは信じがたいが…

信じがたいのはリードの言動全てだ。

今日見たリードは、珍しく子供のようだった。

言い包められて不満げに唇を尖らせたり、気まずそうに感謝を口にしたり…

こうして感情を表に出し、よく怒りよく笑うのが本来の姿なのだとしたら、今までよほど無理をしていたと見えるが……一体なぜ?


リードが出て行ったドアを見つめつつそんなことを考えていたが、隣から舌打ちが聞こえてきて視線を戻した。



「アドルフ様…」


「なんだ」


「何をお怒りに?」



リードの感謝の言葉を聞いてから、アドルフ様は目に見えて機嫌が悪くなった。

照れ隠しかとも思ったが、どうもそうではなさそうだ。

俺の問いかけに、アドルフ様はいらだちを隠さないまま乱暴に頬杖をついた。



「友だと言いながら、あいつめ肝心なことを話さなかった」


「肝心なこと?」


「シェド、お前はさっきまでの話を聞いていて何か疑問に思わなかったか?」


「疑問?」



会話を思い返して、『そういえば』と声をあげる。



「アドルフ様が話していたことで疑問が」


「俺の方か」


「アドルフ様は誠実で、妹のこともよく気遣ってくださっている方だと思っているのですが」


「御託はいいから結論を言え」


「アカネをシルバーウルフ首領に会わせるということについて、アドルフ様は最初渋りましたよね?しかし受け入れた。それが引っかかりました」



俺の言葉を聞きながら、アドルフ様は意外そうに眉を上げた。

言外に促され、そのまま問いを吐き出す。



「エルヴィンがアカネを狙っている。安全な場所へ逃がしたい。ここまでは分かります。しかしシルバーウルフの元へ行かせる理由にはなりません。王都が危険だというのならセルイラやロイエルに逃がすのでも良かったはずです」


「……いいところを突く。指摘してくるとしたらリードかと思っていたんだが。あいつは何も言わなかったな」


「何だかんだで頭が回っていないのでは?」



色んな事がありすぎて混乱しているだろうし、無理な旅のあと地下牢に入れられたとあって疲労がたまっているようだった。



「そうかもしれんな…」


「それで、やはり他にも理由があるんですね?アカネをシルバーウルフに託したのは」


「……シェド、お前あいつが魔王だと言うことで、これまで不思議に思っていたことが全て解消されたか?」



そもそも魔王だと言うことが衝撃的過ぎてまだ頭が追い付いていない。

不思議というと…



「魔力に関しては、魔王だと言うことで納得がいきますが…」


「魔力だけじゃないだろう。奴は商人の息子とは思えない教養を身に着けていた。ダンスの講義を始める前から難易度の高い曲も踊れたそうじゃないか」


「それは、行方不明の間にどこかで……」


「あのレベルまで踊れるほどの教育を施すなんてそうそう無いぞ。まぁどちらにせよブランクを感じさせなかったのであれば、奴隷でありながら踊る機会があったのだろうが。ああ、そういえばセシルの報告では、リードはクラウディア様がデイジーを名乗っていた頃に会っていたらしい。詳しく確認したところ、行き倒れたところを助けてもらったとだけ話したそうだ」


「まさかクラウディア様が直々にご指導を?」


「素直に考えればそうだが、クラウディア様がセシルの元に来てからそれなりに経つ。それ以降もリードはダンスを踊ったりしていたんだろうな。だが問題はそこじゃない」



アドルフ様は溜息をついて口元に手を当てた。



「クラウディア様は『ヴィンリードという少年は知らない』とおっしゃった」


「……それは、覚えていらっしゃらないのではなく?」


「少年を拾って世話するなんてそうそうあるものじゃない。簡単に忘れたりしないだろう」



ではどういうことなのか。

一向に核心に触れてくれない。

そもそも。



「それとアカネの件に何か関係が?」



アドルフ様は目を閉じて、大きく溜息をついた。



「さっきは話さなかったが。エルヴィンがアカネ嬢を狙っているという話をハイルから聞いた後、俺はシェドと同じ指摘をした」




==========

<Side:アドルフ>




「王都から出すのは構わないが、ハイルの元へ連れて行く必要はないだろう。ベルブルク家が彼女を保護する方が、負担は少ない。ハイルへの借りを返すのは吝かではないが、無関係のアカネ嬢を巻き込む頼みは聞けない」



俺の言葉を聞いて、ハイルは頭を掻きながら『ってなるよなぁ』と呟いた。



「仕方ねぇな……いいか、ヴァン」



ハイルの言葉にヴァンは頷き、自らのことを話し出した。

記憶を失って間もなく覚えた違和感と、ファリオンではなくヴァンという名で呼ばれている理由、そして王女奪還の時にリードに会ってからより違和感が強くなったこと。

そして最後に、ハイルが()()を取り出した。



「昨年の春、ヴァンから違和感について相談されてからよ。俺もあっちこっち調べまわってたんだ。で、迷宮探索を担当してる部下が深層でこいつを見つけたのさ」


「これは……パラディア王国のものか」


「どうやって入手したかは知らねぇし、何でこれを使ったかも知らねぇよ。だがヴァンの記憶が無いのは、間違いなく魔王のせいだ。こいつが見つかったのはマッピング中の新領域。その場所はかつての魔王が根城にしていたところと同様の特徴があったらしい」



歴代の魔王は、いずれも迷宮で発見されている。

そしてその場所は迷宮内では他に例を見ないほど広い空間で、妙に明るく小綺麗な空間だと言う。

歴代魔王の根城のいずれとも違うその場所が見つかり、そこにこれがあったのであれば……



「奴が魔王だというのは決定的になったな……」



しかしその事実が、俺に決断を促した。

奴には全てを清算させる必要があると。




==========

<Side:シェディオン>




「…して、何を見せられたんですか?」


「パラディア王国の国家機密に関わる話だが聞きたいか?」


「………」



何でこうも国家機密があちらこちらに転がっているんだ。



「……やめておきましょう」


「ずいぶん悩んだな」


「仮にも弟に関することです。把握したい思いはありますが…アドルフ様が黙っていようとしたのは、それでも問題ないと判断されたからでしょう?」



俺の指摘に、アドルフ様は笑った。



「言っただろう。奴には清算をさせる。全て終わった時には、お前も納得するだろうさ」


「なら構いません。お時間をいただき有難うございました」



一礼して部屋を出た俺は、アドルフ様の最後のつぶやきに気付かなかった。



「まぁ、アカネ嬢が納得するかは分からないがな」




==========

<Side:フェミーナ>




「ごめんなさい、アルディン」


「何を謝ることがあるんだ。クラウディア様とお会いできてよかったじゃないか」



ロイエル領、ベルブルク公爵家の本邸。

アドルフ様からは好きなだけ滞在してくれていいと言われているけれど、リードが屋敷を離れれば私達も出るつもりだ。

散々迷惑をかけた状況で、長居することなどできはしない。


クラウディアを救出するべく意気込んでいた私達。

ベルブルク家の使者から接触があったのは、領都のナルアに入って間もなくだった。

こちらの動きを阻止しようとしているのではとも思ったが、表向きは公爵家からの使者。

無下にするわけにもいかず、指示に従って屋敷まで招かれた。

『いざとなれば冒険者カルバンとして魔術を駆使して逃げ出す』というクラウスの言葉に頷きつつ。


しかし、本邸で待っていたアドルフ様から聞かされたのは全ての前提を覆す話だった。

『アドルフ・ベルブルクが語るナルアの宝石の話に偽りなし』と記された国璽つきの文書まで差し出されて眩暈を覚えたものだ。

お兄様…あの時もっと分かりやすく言ってくださればよかったのに。


ベルブルク家を疑った上に、大切な計画が進んでいる中でとんでもない手間をとらせてしまった。

『リードがちょうどこちらに近づいていたので都合が良かった』とアドルフ様は言ってくれたが、その顔には疲労が見て取れた。


けれど私の気が重いのはベルブルク家への申し訳なさだけではない。

チラリと横目でアルディンを見るも、いつものように穏やかな笑みを浮かべている。



「クラウス様とクラウディア様、お互いを見た途端に涙を流されていたねぇ。やはり双子というのは他の兄弟とはまた違う感覚なのかな」



その呑気な感想には、何の気負いも感じられない。

…これは私を気遣ってと言うより…やっぱり分かってないのよね。

私達が王家の秘密を知ってしまったと言うことがどういうことなのか。

この鈍さこそ彼の美点。

私はそこに惹かれたのだけれど、たまに『危機感を共有してほしい』と思うこともある。


ベルブルク家と王家、そして大臣級しか知らない秘密を共有されたと言う事実。

秘密の共有には義務がともなうものだ。

今後はスターチス家もシルバーウルフと無関係ではいられないだろう。


エルヴィン・フランドルの件は間もなく片付けると言う話だが、それが済んでもシルバーウルフは無くならない。

国の暗部を担い続けることになるだろう。

アドルフ様が気にするなと言ってくれた裏には、今後は橋渡し役を共に担う仲間ができたと安堵しているところもあるはず。


もともと、シルバーウルフを追う関係上、スターチス家は少し繋がりを持ってしまっている。

シルバーウルフから抜けてきた人間を使用人として雇う代わりに情報をもらい、屋敷にはすっかり武闘派のメイドが増えてしまった。

アカネちゃんの護衛にもなるから、そこは良かったんだけれどね。


とはいえ、流石に現役メンバーと深くつながったことはない。

橋渡し役となればシリウスという上層部と、かなり際どい情報のやりとりをすることになるだろう。

アルヴィンには難しいでしょうから…私やシェドがすることになるのでしょうね……



「うちの可愛い息子がそのまま家に居ついてくれたらよかったのだけど」


「リードの話かい?今アドルフ君達と話をしているっていうことだったね。やっと牢から出してもらえたようで良かった」



『地下牢は寒いらしいから、体調を崩していないかが心配だねぇ』と話す夫は優しく平和でとても鈍い。

クラウディアからの話を聞いても、きっと何も気づかなかったのだろう。

クラウディアがデイジーと名乗っていた時に世話をしていたという少年は、どう考えてもあの子なのに。



「そう心配そうな顔をしなくても大丈夫。きっとアドルフ君が良くしてくれるよ」



アドルフ様が良くしてくれた結果、おそらくあの子はもううちに戻ってこないのよ。

なんて、言ったところで仕方ないわね。



「あの子…どこまでアドルフ様に話したかしら」



肝心なことを話さずにアドルフ様を怒らせてはいないかしら。

うまくいけば明日の朝、リードはこの屋敷を発つ。

私達は流石に会わせる顔が無いから、全てが終わるまで会わないつもりだけど。

今度会えた時は、もっと本音の話をできたらいいわね。

そんなことを考えながら、アルディンの肩に頭を預けた。

いつもご覧いただきありがとうございます

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