129協力者が非協力的
<Side:アドルフ>
当初の予定はこうだった。
ヴァンはリードかアカネ嬢のどちらかを伴ってダンスホールへ向かう。
アカネ嬢を連れ出せた場合は、ダンスホールへ行かずに所定の場所へ連れて行き、そのまま攫う。
リードだった場合は途中で不調を訴えて医務室へ向かうと見せかけ、アカネ嬢を攫いに行く。
だというのに、どうやらヴァンが抜け出す前にリードが抜け出したらしい。
「何でだよ……」
すでに相当な根回しを終えているというのに、作戦失敗なんてなったら目も当てられないぞ。
しかし走り書きされた報告書の最後には、ヴァンがリードの後を追ったとある。
ヴァンはまだ諦めていない様子だ。
しかし、そうすると……
「ダンス講師は一人取り残されたのか…」
悪いことをしたな。
人の良さそうな男だった。
彼は今回の計画に巻き込まれただけの無関係の人間だ。
生徒が二人とも居なくなって戸惑っていることだろう。
後でダニエルにフォローさせるか。
現実逃避気味にそんなことを考えていると、また腕輪が光っていることに気づいた。
青い光…成功!?
しかし直後に黄色が光る。
これは、目的は達成できたが難ありを意味する。
アカネ嬢はさらえたが、計画にさし障る何かは起きているということだ。
監視役と落ち合うべく足早に学園の門へ向かうと、慌ただしく動く守衛達の姿が見えた。
ヴァンは守衛達の目が届かない場所から脱出する手はずになっていた。
まさか見つかったのか。
門のあたりでオロオロしていた新兵らしき青年に声をかける。
「おい、何があった?」
「こ、これはアドルフ・ベルブルク様!」
俺の姿を知っているらしい新兵は慌てたように姿勢を正した。
「学園に設置された魔物結界に二つの反応が見つかったようです!外部からの反応か内部からの反応かは不明!危険ですのでここから離れてください!」
「魔物だと…!?」
新兵が俺を追い出すように立ちふさがり、仕方なく待たせていた馬車に乗って学園を離れた。
別邸に戻って伝令を待ち、ようやく届いた報告に俺はまた頭を抱える羽目になった。
「ヴァンがさらうところをリードに見られた。そこまではまだいい。その次はなんだって?」
「は…魔物結界に反応したのはアカネ様が身につけていた髪飾りと人形でした。それをヴィンリード様が回収。その後魔物の反応はどこからも検知されていないようです」
「髪飾りと人形にも反応がないのか?」
「衛兵が検めていましたが、魔物の反応はなかった模様です」
ヴァンがさらったところを見られたのは痛手だが、まだいい。
リードだってバカじゃない。
ファリオン・ヴォルシュが人攫いだなどと吹聴することはないだろうから、その情報が渡る先は俺達だけに限定されるだろう。
犯人がシルバーウルフであると当たりをつけられてしまうが、まさかそれだけですぐアカネ嬢を見つけ出せるわけでもあるまい。
問題は、魔物が学園内に侵入していたことだ。
「アカネ嬢の髪飾りというのは、よく身につけていたものだな?」
「はい」
「学園の敷地内に入るときに検知されなかったのか」
「その報告はありません」
リードの手元に戻ってから魔物の反応がなくなったことを考えても……
「魔物検知を無効にできる、もしくは…魔物ではないなにかを魔物にしたり、戻したりできるということか」
「監視に当たっていた者の見立てでは、後者では、と」
「……そうか、わかった。ヴィンリードに監視は気付かれていないか?」
「隠密に特に秀でた者を配置しておりますので、今のところ気取られた様子はありません」
「わかった、下がれ。親父殿と陛下、スターチス夫妻へ報告を頼む」
「はっ」
伝令の男が去り、閉まるドアを見届けてから大きなため息をついた。
魔物を作り出せる。
魔物結界をすり抜けて魔物を連れ込める。
これは国防上見過ごせない事案だ。
「リード、いい加減にしてくれ…」
これ以上過激派を勢いづかせてどうする。
そんなこと考えてもいないんだろうな。
大人びているようでいて、まだまだ青い。
この後どうなるのかもはや俺にも分からない。
数十分後、学園長からの呼び出しを受けて俺はぐったりしながら再び学園へ向かった。
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「…伯爵、なぜです?」
「いやぁ、彼の耳にも入ってしまってね」
「夫人?」
「申し訳ございませんわぁ」
学園の門でちょうどスターチス夫妻と鉢合わせた俺は、さらに混乱する羽目になった。
二人が何故だか見覚えのない少年をつれて来たからだ。
「どうも、カルバンです。A級冒険者やってます」
そう言ってにこりといかにも対人用らしい笑顔を浮かべて見せたカルバンという冒険者。
A級冒険者ということは、幼く見えても成人はしているのだろう。
童顔にモノクルが妙になじんでいた。
「アカネ嬢が攫われたと聞き、居ても立ってもいられなくなりまして。彼女は僕の教え子ですので」
「ああ、魔術を指導していると言う…」
「そうです。いやぁ、あの有名なアドルフ公子に知ってもらえているなんて光栄です」
「……いや……」
A級ともなれば貴族との接し方をわきまえた冒険者ばかりのはずだが、嫌にぐいぐいくるな。
今回のアカネ嬢の件が極秘の計画であることは夫妻も重々承知しているはず。
なぜ無関係の人間を連れて来た?
「失礼。夫人、お話が」
カルバンを躱して、夫人の元へ歩み寄ると、いつもの人を食ったような笑みを浮かべられた。
「あら、どうされましたの?早く学園長の元へお伺いしませんと。急ぎだというお話でしてよ」
「夫人、何を考えておいでなのですか」
声を落とすと、夫人の口元が弓なりに歪む。
「アカネちゃんとリードに対して、彼が何かをすることはありませんわ。そのご様子ですと、彼が何者かご存じありませんのね」
「何を…?」
「さぁ、参りましょう。アドルフ様。彼の行動にはわたくしが責任を持ちます」
後から聞いた話では…
クラウディア様がベルブルク家とシルバーウルフによって捕らえられている。
そんな情報をちょうどこの日に得たスターチス夫妻は、俺に揺さぶりをかけたかったらしい。
カルバンとクラウス様が同一人物であることを知っているかどうか。
……はっきり言わせてもらうならば、これだけ外見を変えていて、念のため王都にも近づかなかったと言うカルバンがクラウス様だと気付ける要素などない。
この時の俺にはただひたすら意味が分からず、半ば自棄のような感覚で学園長の元へ向かうしかなかった。
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「シルバーウルフがアカネ嬢とファリオンを?」
俺が目を丸くしたのは演技でもなんでもない。
スターチス夫妻、シェディオン、学園長、そしてなぜかカルバン…が集結したところでリードは事の次第を語ったが、予想外にもヴァンも誘拐された側として説明しだしたのだ。
こちらとしては都合がいいが、一体なぜ?
「ファリオン様…次期侯爵まで被害にあっているのですから、一刻の猶予もありません。すぐに行動を起こすべきです」
そのリードの言葉を受けて納得する。
なるほど、ことを大きくするためにファリオン・ヴォルシュの名前を利用したか。
悪くはない。
乗ってやるとしよう。
「ファリオンはヴォルシュ家唯一の生き残りです。混乱を避けるため、騒ぎは大きくしないでおきましょう。もちろん国王陛下にはベルブルク家から内密にご報告します」
ひとまずリードの話に乗るよう、スターチス夫妻に目配せをする。
スターチス伯爵は混乱したような表情をしているが、夫人はすぐに頷いてくれた。
「そうですわね……まさか学園内で誘拐が起きるなんて……」
「その点については学園側の責任者として謝罪を致します」
学園長がそう言って頭を下げる。
彼には、国王陛下から警備に関する指示が行っている。
しかしその理由は何も知らない。
理由など聞かされずとも命令に従わねばならない立場だ。
あえて穴を作るような警備配置を指示された上に今回の事件が起きたのだから、何かしら察してはいるだろう。
貴族の子供が多く入学するこの学園において、大人の思惑が絡んだ事件など珍しくもない。
こういった対処は慣れたもののはずだ。
そうでなければ学園長など務まらんからな。
「すぐ騎士団に捜索を要請しましょう!」
「シェド、落ち着きなさいな。アドルフ様が騒ぎを大きくしてはいけないとおっしゃったばかりでしょう」
何も知らされていないシェドは、案の定焦燥と怒りをあらわにしていた。
未だかつてないほど凶悪な顔つきになっている。
子供が見れば十人中十人が泣くだろうな……
シェドが暴走する前に話を進めた方がいい。
「ヴィンリード、こうしてお前が主体に俺達を集めたくらいだ。何か策を考えているんだろう?」
そう挑戦的に話を振ってやると、負けん気の強い眼光が返ってきた。
さて、どう出るか…
しかし、そこでちょうどシャルロッテ王女が乱入してきた。
話の腰は折れるが、早い段階で合流してもらった方が話が早い。
そう悪くはないタイミングだろう。
不作法を窘める学園長と開き直る王女殿下のやり取りを聞きながら、俺はひっそり安堵していた。
少しは計画通りに進んでいることもあると思えたからだ。
「それで、シルバーウルフ盗賊団にアカネとファリオン様が攫われたと聞きましたが、本当ですの?」
「…随分耳が早いですね」
「とっくに生徒の間では噂になっておりましてよ」
ダニエルから教えられたので、すでに噂になっていると認識しているようだ。
実際は俺の配下に情報統制を敷かせているので一般生徒は誰も今回の事件を知らない。
そしてリードは王女殿下たちに改めて状況を説明し直した。
魔物結界に関して触れる様子がないので、揺さぶりをかける為に口を開く。
「全く、姑息なことですが…魔物除けの結界が反応していたことからしても、おそらく奴らの中に闇魔術の使い手が居たものと思われます。闇魔術を使えばある程度魔物を従えることもできますし、気配を消すことも可能。対象を眠らせることもできます」
その言葉を聞いても、リードの様子に変化はない。
自分が疑われているとは微塵も思っていないのか、ポーカーフェイスが上手いのか。
コイツの場合どちらもありそうで読み難い。
話がシルバーウルフにおよんだところで、王女がとんでもない事を口にした。
「なるほど、お父様がシルバーウルフの討伐に気乗りでないのはそういった理由でしたのね」
王女殿下!!
思わずそう叫びかけたが、ぐっとこらえた。
その事実を察している人間は居る。
しかし王女が明言してはいけない。
王家とシルバーウルフのつながりは最高機密の一つだ。
俺が大げさに反論すればかえって怪しくなる。
微妙な空気が流れかけたのを遮ってくれたのは、学園長だった。
「首領が何故アカネ・スターチスやファリオン・ヴォルシュを攫ったかは不明。しかし、少なくとも命の危険は無いと考えて良いというわけですな」
「学園長のおっしゃる通りですが、悠長にできるわけでもありません」
「無論だ。我が校の子供たちの身の安全を守るのが私の一番の務め。それを果たせなかったことを悔やんでも仕方がない。二人の救出のためには力を惜しまないと誓おう」
スムーズに話を変えた上、こちらの意図を汲んでリードに水を向けてくれる。
「さて、王女殿下がおいでになる前の話に戻ろうか。ヴィンリード・スターチス。策はあるのかね」
さすが、踏んでいる場数が違う。
この計画において協力者でないはずの学園長が一番協力的に思えるとはどういうことなのか。
話を振られたリードは何故自分に聞くのかと不思議そうな顔をしつつも、口を開いた。
「そうですね。まず、この件において騎士団のご助力はいただけると考えてよろしいのでしょうか」
「ああ。今の俺はアカネの身内としてだけではなく、王国騎士団第六部隊長の代理として来ている」
リードの視線を受けて、シェドは意気込んでそう返した。
このまま送りだせば騎士団長の元へまで押しかけて戦争規模の隊を動かしそうだ。
しかしリードもその気配を感じたのかすかさず口をはさむ。
「あまり大きな騒ぎになっては周囲を不必要に刺激します。小隊規模で構いませんので王都内のパトロールおよび捜索をしていただけますか?」
「その程度の規模では王都内を見回りつくすのに時間がかかるが…」
「はい。率直に申し上げまして、アカネ達はすでに王都の外へ連れ出されている可能性が高いと考えます」
「…騎士団の働きはあくまで牽制と建前か」
まぁ、妥当なところだろう。
貴族の子女が攫われたというのに騎士団が何もしなかったとあっては、事が公になった時に外聞が悪い。
騎士団の名誉に配慮しての采配だ。
そして国王配下の騎士が動いている…捜索は国王陛下の意志であると言えるだけの材料を作りたいらしい。
なかなか堅実だ。
……何故自分の能力を振るう時にもその冷静さを見せてくれなかったのか。
説教が口をつきそうになるのを堪えながら、リードの話を黙って聞く。
「二人の救出に国が動いていると言う事実があれば十分です。そうですね…可能であればスターチス家から国王陛下へ直接嘆願していただき、お言葉を賜れると最高です」
「捜索そのものよりも後始末の時に王家の力を借りたいのね。いいわ、私から陛下へ上申します」
そもそも王命で起きている事件なので、この申し出が無下にされることはあり得ない。
そう知っているフェミーナ夫人は迷わず頷いた。
しかし、次の言葉に俺は凍り付いた。
「できればパラディア王家へも協力を要請してください」
「あら、どうしてかしら?」
「…シルバーウルフは東へ進む可能性が高いと考えます」
「理由を聞きたいわ」
「勘です」
勘でそこまで分かってたまるか。
いつもありがとうございます。
アドルフの愚痴はあと一話で終わります。
今夜中に投稿予定ですので、明日からは話が進みます。




