128抜け出そうと思ってたら先に抜け出された件
計画の流れを一通り飲み込んで、フェミーナ夫人はため息をついた。
「ここまで大掛かりなことになる前に、わたくしがアカネちゃんから詳しく話を聞き出せていれば……」
「フェミーナ夫人、差し出口を申し上げますが、アカネ嬢はヴィンリードを守るためであれば夫人相手であっても話さなかったと思いますよ」
「そうですわね……アカネちゃんから信頼を得られなかったわたくしの責任ですわ…」
アカネ嬢の意志の硬さが原因であり、夫人に原因は無いと伝えたつもりだったのだが……
まぁ、今は何を言っても気休めにもなるまい。
この作戦の実行はすでに王命が下された決定事項。
覆ることはないのだから。
「それで、私たちは何をすればいいのかな?」
「伯爵たちは当日、ヴィンリードがすぐに行動を起こせるよう王都に居ていただきたい。親権者であるお二人の許可を得なければヴィンリードは学園を出られません。関係者を集めた状態でヴィンリードの行動を見ます」
「許可だとか気にせず飛び出して行く可能性はないのでしょうか?」
「あります。そこでしかるべき手順を踏む理性があるかどうかも検証のポイントです。正直、本人の気持ちを思えばそうしても仕方ないとは思いますが、過激派の心証は悪くなりますね」
「そうですわよね……もし手順を踏むにしても、あの子は…色んな口実を並べ立ててすぐにでも出発したがるでしょうね」
「おそらくまた通常持ちえないような知識を披露してくれるでしょう。その場合はこちらにとって有利となります。ヴィンリードの有用性をアピールできますから」
どの分野の情報に秀でているのかが分かれば、ヴィンリードと王家が協力体制を結ぶことになった場合のメリットを提示しやすくなる。
過激派を黙らせるための材料にするつもりだ。
「そしてアカネ嬢を追いかけるヴィンリードを、俺の手の者に監視させます。アカネ嬢を助ける為とあれば彼は最大限の能力を発揮すると思いますが、そこに他者を傷つけるような行動が含まれなければ最善です」
「わたくし達がどんなにあの子を良い子だと言っても証拠はありませんものね…」
「ええ、この検証が何よりの証拠になるでしょう。最終的にはアカネ嬢に追い付く直前にヴィンリードを俺がとらえます。それでも俺に危害を加えなければ最大の証拠になる」
「……わたくしたちはヴィンリードを信じていますけれど、危険が無いとは言えないのでは」
「アカネ嬢やヴィンリードに騙し討ちする形でリスクを強いるのです。俺もこれくらいしなくては。できれば…この間にヴィンリードから全て打ち明けてくれればいいのですが」
「難しいでしょうね。魔王だなんて名乗り出れば討伐される、そう考えるのが普通ですわ」
俺もそうだろうとは思う。
「そして二人が王都の外に出ている間に、エルヴィン・フランドルをベルブルク家から正式に告発します」
「それだけの材料がそろったんだね」
「ええ」
「アンナちゃんは大丈夫かしら……」
アンナ・フランドル。
エルヴィンの妹であり、俺の元婚約者。
婚約して間もなくエルヴィンの件が発覚し、婚約破棄せざるを得なかった。
エルヴィンとの明確な繋がりを持ってしまえば、ベルブルク家がいかにエルヴィンを糾弾する材料を得ようと、身内争いとしか見られない。
最悪なのはベルブルク家もカルト教団に与していると他の貴族に認識されることだ。
エルヴィンが捕えられるのと同時にベルブルク家の首も絞まることになる。
ベルブルク家という王家に並ぶ血筋を煩わしく思っている者達は少なくない。
好機とばかりに失脚を狙って総攻撃が始まるだろう。
ベルナルアの一族が王家と大昔に交わした盟約。
この土地を共に守る存在であり続けること。
この国の秩序を乱さない為にも、ベルブルク公爵は今後も王に並ぶ存在であり続けなければならない。
結果的にアンナ嬢の醜聞が広まることになるのは、こちらの望むところではなかった。
しかしそれでもあの婚約は破棄せねばならなかったのだ。
せっかくアカネ嬢のおかげで収まった噂が、エルヴィン捕縛を機に再燃するおそれはあるが……
「アンナ嬢は、強い女性ですよ」
無垢で無知だと思っていた少女は、自らの兄の所業を察していたようだった。
そして今後自らに降りかかる火の粉を予見した上で俺に言ったのだ。
『私のことはもうお気になさらないでください』と。
そして『アドルフ様はベルブルク家の大義をお貫きになって』とも。
彼女のその言葉に報いる為、俺はエルヴィンを必ず捕え、アンナ嬢の身の潔白を証明する必要がある。
「ご安心ください。必ずやアンナ嬢のことはベルブルク家が…俺が守ります」
力強く請け合ってみせれば、ようやく二人は安堵したような表情になる。
「そうか、よくわかった。全てアドルフ君にお任せするよ。私達に協力できることは言ってくれ」
「ありがとうございます」
スターチス夫妻の協力を取り付けた俺は、急いで次の仕事に取り掛かった。
魔術具の制作だ。
アカネ嬢の魔力を押さえ、かつハイルの元へ向かう理由を作るため、高度な魔力制御を行える魔術具が必要だった。
我が家で所有していた高ランクドラゴンも抑え込めるという聖遺物を、国王陛下の許可を得て鋳直したそれは、少女の首にはめるにはあまりにも無粋。
しかしこうでもしなければ、おそらく彼女の力を抑えることは不可能だ。
価格だけで言えばそこらの宝飾品など目ではないほどの高級品ではあるのだが。
完成したのは学園の入学式から一ヶ月過ぎた10月の頭。
ファリオン・ヴォルシュのお披露目と入学もその時期にずれ込んだ。
ファリオン・ヴォルシュ発見のストーリーはアカネ嬢を巻き込む形で強引に作り上げたが……
「アドルフ…様。これ、本当にアカネ乗っかってくれるか?知らないって言われたら終わりじゃないか?」
「アカネ嬢はああ見えて流されやすいところがある。加えてファリオン・ヴォルシュに何か思うところがありそうだったんだろう?お前が不利になるような証言はしないだろう」
ヴァンがアカネ嬢と初めて出会った時、彼女はその名前を呼んで泣き出したそうだ。
アカネ嬢がどこでファリオンを知ったのかは、スターチス夫妻に聞いても分からなかったが…
まぁ、そこはヴァンとアカネ嬢の問題だ。
二人で話してもらえばいい。
重要なのはアカネ嬢とファリオンが二人になってもおかしくないよう、アカネ嬢をファリオンの世話役に指名することだ。
ファリオンの発見者がアカネ嬢だというシナリオさえ用意できれば、周囲はそれなりに納得してくれるはず。
スターチス夫妻にもその旨を伝え、アカネ嬢が流されてくれるような空気を作るよう依頼した。
「アカネちゃんなら多分察してくれますわぁ。優しい子ですものぉ」
とフェミーナ夫人は語り、伯爵も笑顔で頷いていた。
流されやすいのを優しいと評するとはこの二人は相当な親馬鹿だ。
以前リードから、『俺を除いてスターチス家はみんなアカネ狂い』と聞いていたが本当だったな…
まぁ、俺に言わせればリードも十分その一員なんだが。
とにかく。
結果的に、ファリオン・ヴォルシュの受け入れは上手くいった。
俺が後見人に立つ形でファリオンの身分は保証され、発見に至る経緯も目論見通りアカネ嬢が話に乗ってくれたことで事実と認定された。
後はヴァンが隙を窺ってアカネ嬢を攫うだけ。
アカネ嬢の生活パターンを探り、攫えるタイミングを俺と相談する手はずになっていた。
が。
「アドルフ様、あいつアカネにべったりすぎだ…」
学園に入って一週間もした頃、疲れたような顔でヴァンはそう語った。
俺はこめかみを押さえつつも、予想していたので溜息は出なかった。
ダニエルからの報告でも、リードはアカネ嬢と全て同じ授業を受講し、片時も離れないと言う話だった。
離れるのは彼女が化粧室へ行くときや寮へ向かう時。
どちらも人目がかなりある場所だ。
誘拐の計画をシャルロッテ王女に伝えれば隙を作ってもらえるかもしれないが、あの方はアカネ嬢とはまた違う形で企み事に向かない。
不審な行動をとってリードに勘付かれる恐れがある以上、協力を要請することはできなかった。
「……よし、来月、宮廷舞踏会がある。お前あてに陛下から招待状を出していただこう」
「うげ、舞踏会?」
「出る必要は無い。お前にダンス特訓の口実を作る。その際、アカネ嬢に付き合ってもらえ。リードはお前と行動を共にしたがらないんだろう?」
「アカネと俺を二人にするくらいなら自分が行くって言いだしそうだけどな、センパイは」
「……」
ああ、言いそうだな。
「それならそれでいい。少なくともアカネ嬢は一人になる。リードをダンスホールまで連れ出した後、適当な理由をつけてその場を抜けろ」
「一か八かって感じだなぁ」
「目撃者が出ないよう根回しが必要だからな、いつ来るか分からない隙を待っているわけにはいかない。指定の時間にことを起こしてもらわなければ困る」
「ま、頑張りますよ」
そして決行は一週間後、三人がそろって授業の入っていない時間帯に決まった。
当初の計画通りスターチス夫妻を王都に呼び出し、決行を伝えておく。
「ついに今日、か…」
「心配ねぇ」
当日の朝、ベルブルク家別邸に来た二人は浮かない表情だった。
やはりいざ実行となると不安なのだろう。
「アカネ嬢は安全に連れ出します。ご安心ください」
「ええ、よろしくお願いいたしますわぁ」
「それで、僕たちはどう動いたらいいのかな?」
「学園内の一室に対策本部を作らせますので、呼び出しがあればそちらへ集合を。そしてヴィンリードが行動を起こしやすいよう、促していただきたい。何の根拠もなく一人で捜索に出るのは許可できない、というように」
「もしリードが何も根拠を出さなかったらどうする?」
「それは無いとは思いますが、最後の一押しが必要な場合はシャルロッテ王女殿下にお願いするつもりです」
「王女殿下にはもう?」
「いえ、アカネ嬢が攫われ、学園内に対策本部が設置されたという情報を、ダニエルからお耳に入れさせます。そうすればあの方は自ずと来てくださるようでしょうし、何もせずともヴィンリードの味方をなさるはず」
「うちの子達はそんなに王女殿下に気に入られているのか」
スターチス伯爵は驚いているようだ。
俺は伯爵が無意識にリードも含めた形で"うちの子"と表現したことが、妙に嬉しかった。
「シェドも呼びますわよね?あの子、自分が探しに行くって言いださないといいけれど…」
今回の件、シェドには何も説明していない。
計画を全て知っているのは国王陛下、大臣、親父殿、ハイル、ヴァン、シリウスの幹部。
一部知っているのがスターチス夫妻と俺の配下だ。
リードに情報が洩れるリスクを極力減らすため、これ以上協力者を増やすことは避けたい。
そんな中でシェドがアカネ嬢誘拐を知れば、相当な動揺を見せるだろう。
懸念が無いわけではないが…
「シェディオン男爵が暴走しそうになれば、諫めてくださると助かります」
「まぁ、シェドも今は王国騎士団の一員だ。身勝手な行動が許されないことくらい分かっているだろう」
「だといいけれど」
そして簡単な打ち合わせを終えてから、俺は昼前に学園に赴いた。
ヴァン達を担当しているダンス講師を捕まえて舞踏会の件を伝え、すぐにでも特訓を実施するように依頼する。
学園内にあるサロンで休憩する振りをしながら、その時を待った。
昼過ぎ、三人とも授業が無い時間になる。
そろそろダンス講師は三人を探し出し、特訓の話をしていることだろう。
そわそわしそうになるのを堪えて待っていると、腕輪が光る。
その色は…赤。
失敗!?
ヴァンには、無事にアカネ嬢を攫えれば青、何かトラブルが起きて実行が難しくなればすぐ赤を灯すよう伝えてあった。
二人を引き離すのに失敗したのか。
動揺を押し殺してサロンを出る。
ダンスホールの方に足を向けると、すぐに息を切らしたダニエルとかち合った。
ダニエルにはダンスホール付近で待機し、様子をうかがうよう指示してあったのだが…
「こちらを」
差し出された紙を俺が受け取るや、ダニエルは人目に付く前にその場を離れた。
書かれていたのは簡単な報告。
ざっと目を通し、俺は思わず声を漏らす。
「なんでヴァンじゃなくてリードがダンスホールから抜け出してるんだっ…」
頭を抱えた。
みなさまクリスマスの夜いかがお過ごしでしょうか?
忘れられない夜になっている方も、びっくりするほどいつも通りの方も、むしろなんか今日ついてないという方も、少しでもこの作品が暇潰しや気分転換になれば幸いです。
そんな日なのに相変わらずアドルフの愚痴回ですみません…
明日には終わります。
愚痴の長い男で申し訳ない。




