表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王の隣で勇者を想う  作者: 遠山京
第六章 令嬢と盗賊

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

129/224

127自分で自分の首を絞めに行く魔王

<Side:アドルフ>


それは建国祭の三日後、いつものようにベルブルク家本邸にある自らの執務室で書類とにらみ合っていたときのことだった。

親父殿からシルバーウルフとの橋渡し任務と共に受け継いだ腕輪。

そこにあしらわれた石が白く光っているのに気付いた。

これはハイルと連絡をとるための魔術具だ。

きちんと二人は魔術具も活用していたらしい。


この腕輪の石は、近くに互いが居ればその方向へ色が集まるように青く染まる。

もしハイル本人ではなく、代理人であれば染まる色は黒に。

許可無きものが魔術具を身につけていれば赤く染まるので、密談に集まる際も符丁は不要である。

親世代の変なロマンに付き合わされずに済んで俺は心底ほっとしている。


また、腕輪の石が発光するのは何かの合図だ。

赤く光れば失敗、青く光れば成功、黄色く光れば危険、白く光れば緊急招集を意味するようになっていた。


今は白く光っている。

つまり緊急招集だ。

これを使うようになって四ヶ月ほど経つが、これは初めての事。

慌てて都合をつけていつもの小屋へ向かった。

そこに居たのはハイルと親父殿、そして見知らぬ青年の三人。



「おう、悪ぃな」


「一体何が?」



そう尋ねる俺に、ハイルと目配せをしてから親父殿が口を開いた。



「そうだな、まずは王女殿下の件について話しておくことがある」


「無事に保護できたのでは?」



建国祭の日、俺は王城で式典や夜会に参加していた為、シャルロッテ王女の行動を見張ったりはしていない。

実行はシルバーウルフと陛下の私兵達に任せてあった。

しかし夜会の途中に腕輪が青く光ったことから、無事作戦は成功したのだと安堵していたのだが。



「保護は出来た。しかし作戦とは大きく異なったそうだ。詳しくは彼から報告してもらおう」



そう言う親父殿に促されたのは金色の髪に銀色の瞳を持つ青年だ。



「彼は?」


「こいつは俺の息子みてぇなもんよ」



そう答えたのはハイルだ。

盗賊団入りした少年を息子のように可愛がっているということか。



「彼もシリウスですか」


「おう。ヴァンって呼んでやってくれ。シリウスメンバーつってもそのうちまっとうな道に戻してやれたらと思ってたから、あんま詳しいことは教えてなかったけどな」


「今は教えてあるんですか」



盗賊だと言われなければ思いもしないほど小綺麗な顔立ちをしている。

しかし一見勝気な瞳は、どこか不安げに暗んでいるように見えた。

まっとうな道に戻してやれたら、と言うくらいだ。

出自が特殊なのかもしれない。

……いや、待てよ。

この顔どこかで見たような。


しかしハイルの声が俺の思考を遮った。



「ま、順番に話してやんよ。ヴァン、報告だ」


「はい。当日のシャルロッテ王女は広場にて護衛たちを振り切り、東の裏通りへ入りました。ベルロッサの酒場にて手持ちの装飾品類を対価に食事をとり、店を出たところを俺を含むシリウスのメンバーにて確保」


「ふむ?」



ここまでは作戦通りだが。



「しかし、そこで男女の二人組によって妨害が発生しました」


「男女の二人組?」


「二人は魔術を駆使してこちらからシャルロッテ王女を奪い、広場で待機していた護衛達の元へ送り届けました。護衛達の前へ姿を現すことも無く、王女に口止めも行っていたようです」


「善意の冒険者…か?」



何も知らない人間から見れば、王女が誘拐されるシーンだっただろう。

今回の任務に当てられる人間はそれなりに腕が立つメンバーだと聞いていたし、実行班以外にも各所に監視役を置いていたはずだ。

実行班を圧倒し、監視役が手を出せないと判断するだけの魔術が扱えるとなればそれなりの実力者。

俺の推測を待っていたとばかりに笑い飛ばしたのはハイルだ。



「その二人はなぁ、お前さんもよく知ってる相手だ」



咄嗟に知り合いの宮廷魔術師や冒険者を頭で探るも、同時に嫌な予感が沸く。



「ヴァンから聞いた特長、そして二人が互いに呼び合っていた名前を聞く限り、まず間違いねぇ」


「……まさかとは思いますが」


「お前は女の方と交際してたって話じゃねぇか」



……何をやっているんだ、アカネ嬢……

思わず額を押さえる俺に、親父殿がさらなる追い打ちをかける。



「スターチス夫人に確認をとったところ、どうやら彼女がヴィンリードと共に屋敷を抜け出すのは初めてのことではないらしい」


「ええ、ええ、そうでしょうね」



驚かんぞ。

あの二人が規格外なことも、アカネ嬢が無茶をすることもコッセル村の一件でさんざん思い知ったからな!

しかし同時に焦燥が沸く。

これはまずくないか?



「陛下は全てご存知ですよね?」


「当然、こちらから報告している」


「アカネ嬢のことはなんと」


「ほう、ヴィンリードよりアカネ嬢を気遣うとはまだ未練があるのかアドルフ」


「ご冗談を。今では二人とも良い友人です……ヴィンリードは限りなく魔王の疑いが強く、その真意は測りがたいところもあります。しかしアカネ嬢は違う。彼女はたくらみ事に向いていない。ただ魔力が高いだけの普通の少女です」


「多分に私情が入っていそうだが、そうだな。アカネ嬢に関しては魔力を除けば何も特筆すべきところはなかろう。その魔力が高い理由は不明だが、出生からの経歴は明らかであるし制御に意欲的だと聞いている。今回の件もあくまでヴィンリードに付き従ったまでと陛下はお考えだ」


「いえ、それは怪しい所ですが」



王女殿下の誘拐についてどこで情報を得たのかは不明だが、それを知って助けなければと意気込んだのはアカネ嬢の可能性が高い。



「なんにせよ、アカネ嬢の危険性は低い。私も陛下もその認識で一致している」


「ヴィンリードは違うのですね」



親父殿は頷き、ため息をついた。



「今回の王女殿下の件で彼への疑惑は高まった。どう見ても王女殿下がそこに居ると知っていて迎えに来たようにしか思えないからな。加えて救出の行動を起こす直前まで見事に姿をくらましていたそうだ」


「俺は気配には敏感な方ですが、それでも全く分かりませんでした。いつから見られていたのかも不明です」



そう補足したのはヴァンという青年だ。

闇魔術には姿を隠すものもある。

術者より魔力が高ければ見破れるらしいが、あの二人となると…

見破れるのはマリエル・アルガントくらいじゃないか。


誰にも姿を見られず行動できるというのは、敵に回るおそれがある人間としてはあまりに恐ろしい。

危険な能力だと判断されるだろう。



「陛下は関係者に緘口令を敷いていらっしゃるし、王女殿下も二人に関して口を開いていない。しかし過激派に話が伝わるのも時間の問題だろう。猶予はないぞ、アドルフ」



何で自分で自分の首絞めに行くんだ、あの馬鹿。

頭を抱える俺に、ハイルの豪快な笑い声が響いた。



「おう、アドルフ。そこで俺の出番だ」


「ハイルが何を……?」


「まぁ聞け。お前はヴィンリードに危険性が無いことを証明したい。そして俺もな、ちっと頼みたいことがある。いつだったかの貸しを返してもらいてぇ」


「頼みたいこと…?」



そうしてハイルは、『手始めに』と言いながら、ヴァンがファリオン・ヴォルシュであると宣った。

目を剥く俺に証拠の短剣までつきつけて。


その短剣には紛れもなくヴォルシュ家の家紋が彫られていて、俺はさっきその青年を見た時に感じた既視感の正体に思い至った。

昔見かけたヴォルシュ伯爵の面影を色濃く受け継いでいるせいだ。

彼を知っている人ならば、この短剣と合わせればこの青年がファリオン・ヴォルシュであると疑うことは無いだろう。

ヴォルシュ家は早くから息子を社交界に出していたと聞くし、ファリオン自身を見たことがある人間もいるはず。

その証言があればまず間違いない。



「手始めと言いながらとんでもない話をしてくれる……」


「ある日こいつがこれをもって相談に来た日は俺も驚いたっけなぁ」


「それはいつ…?」


「去年の春くらいだなぁ」


「そこからずっと隠していたのか!」


「ヴァンが貴族に戻ることを望まなかったんだからしゃーねぇだろ」



その青年は数年前からシルバーウルフに所属していたが、去年の春ごろから記憶を失ったそうだ。

同じタイミングで短剣をハイルに見せたのは、記憶を失う前は意図的に隠していたと言うことなのか。



「今は戻る気があると?」


「おう、こいつをファリオン・ヴォルシュに戻してやりてぇ」


「それが貸しの代わりか?」


「おいおい、馬鹿言うんじゃねぇよ。ヴォルシュ家の跡取りが見つかったんだ。俺が望もうと望むまいと、お前さんらのやるこた変わらんだろ?」



情報を意図的に隠したり明かしたりしておいて随分な言い草だとは思うが、確かにこれは貴族である俺達の領分だ。

ハイルの頼みなど関係なく、陛下の判断を仰ぐところだろう。



「では頼みとはなんだ?」


「まぁまぁ、まずは俺の計画を聞けや」



そう言ってハイルが語ったのが今回の誘拐計画だ。

ファリオンを学園へ潜入させ、隙を窺ってアカネ嬢を攫う。

そうなればヴィンリードはなりふり構わず彼女を助けようとするだろう。

余裕を失ったその時の行動で、ヴィンリードの攻撃性や持っている能力を測ることができるのではという話だ。



「……かなりの強硬策だな。ヴィンリードが暴走すれば王都に被害が出る」


「そうならんと信じてるんだろ?」


「俺の感情で王都を危険に晒すわけにはいかない」


「危険を飲まずして測れる相手じゃないぞ」


「……」


「アドルフ、王都の守りに関しては陛下にご相談すべきだ。ハイルの言い分には一理ある」


「そうですね。陛下が飲んで下さるのであれば良いでしょう。しかし、アカネ嬢を巻き込むのが気になります」


「そこが頼みってわけよ。アカネって嬢ちゃんを俺のところまで連れてきてもらいてぇんだ」


「アカネ嬢を?何故だ」


「何、悪いようにはしねぇ」


「正当な理由を聞かせてほしい」


「エルヴィンが嬢ちゃんに目をつけている」



その言葉に目を見開いた。



「何故、奴がアカネ嬢に…」


「ヴィンリードが魔王であるとの噂が奴の耳に入ったらしい」


「エルヴィンにだけは聞かせたくなかったが…」


「あんだけ派手に動いちゃなぁ。上が黙ってても下から噂が回って来るさ」



あいつは本当に俺の苦労を無駄にしてくれるな。



「それでアカネ嬢を使ってヴィンリードに接触しようと?」


「あの嬢ちゃん本人の魔力にも関心を持っているらしい。次の実験台のターゲットにされかねん状態だ」


「奴をそろそろ取り押さえたいところだが」


「来月にも最後の証拠が届く予定だ。嬢ちゃんを王都外へ避難させ、その間にエルヴィンを捕えたい」



アカネ嬢を王都から出す。

それは彼女本人にとってもメリットのある話らしい。

ヴィンリードをとりまく環境も、エルヴィンの企みも、悩む猶予を俺に与えてくれそうにない。

ならば。



「その作戦に乗ろう」


「そうこなくっちゃな」



アカネ嬢とヴィンリード、二人に手を出すことになる以上、スターチス夫妻の協力は不可欠だ。

しかしシルバーウルフと国王の繋がりを知られるわけにはいかない。

これは国王と大臣連中、ベルブルク家、そしてシリウスのメンバーしか知らない国家機密だ。

その事実を隠したうえで、作戦に協力してもらう必要がある。




==========




「まぁ、ヴォルシュ家のファリオン様が見つかったんですか?」


「なんと、あの子が無事だったのか!」



学園の入学式があった日、俺はスターチス家を訪ねた。

ファリオン発見の報に、スターチス夫妻はそろって嬉しそうな声を上げる。



「ええ。コッセル村で彼を発見しました。領主であるシェディオン男爵や、スターチス伯爵に報告が遅くなって申し訳ない。不確定なうちに情報が広がるのは避けたかったもので」


「それは当然のことだよ。いやぁ、しかしどうしてコッセル村に?」


「それは不明です。彼は記憶を失っているようでして」


「まぁ……あんなことがあったのでは無理もありませんわ」



アーベライン侯爵の襲撃が原因だと判断したのか、フェミーナ夫人は痛ましげな表情をする。



「それで、彼はヴォルシュ家跡取りになりますのね?かなり風当たりが強くなりそうですが……」


「俺が後見人となります」


「……なるほど、それが一番いいかもしれませんわねぇ」


「しかし、今日お訪ねしたのはファリオン・ヴォルシュの話が本題ではありません」



俺の言葉に深刻な空気を感じ取ったか、二人は和らいでいた表情を強張らせた。



「ヴィンリードの件です」



そう一言告げただけで、スターチス伯爵は頭を抱えてしまう。



「やはり、疑いは晴れていないんだね」


「残念ながら疑惑はすでに確信へ変わっています」


「アドルフ様……確かにわたくしはあの少年を保護して間もなく異変を感じとり、陛下へご報告いたしました。ですが一年以上彼と共に暮らしてよく分かりましたの。その能力を除けば、あの子は普通の子です」


「フェミーナ夫人のお考えは陛下も十分ご理解されていますし、俺も同意見です。ですが魔王であると言う事実が残る以上、穏健派の旗色は悪くなる一方です」


「そう…そう、ですわね……」



すっかり顔色が悪くなった二人に、慌てて声をかけた。



「ご安心ください。今回お訪ねしたのは、ヴィンリードを救うための策にご協力いただきたいからなのです」


「おお、本当かい!」


「ええ。そしてアカネ嬢の身を守ることにも繋がります」


「アカネちゃんの…?どういうことです?」


「エルヴィン・フランドルがアカネ嬢に目を付けたとの情報が入りました」



フェミーナ夫人が口元を押さえ、ますます顔を青くする。



「……グリフォンの一件で、一番恐れていたのはあの男の耳に入る事でしたのよ…」



エルヴィン・フランドルが解放教教祖であるという噂は、多くの貴族が耳にしているところだ。

フェミーナ夫人であれば、噂を域を超えた多くの情報を掴んでいる事だろう。



「今、奴の退路を塞いでいます。そろそろ決着をつけるつもりですが、アカネ嬢はできるだけ奴と引き離したい。アカネ嬢を守り、ヴィンリードを救う為に一つの作戦を考えています」



そして俺は、ヴァンがアカネ嬢を攫って王都外に連れ出し、その際のヴィンリードの動向を見張ることで危険性を測ると告げた。



「それではファリオン君が誘拐犯の汚名を被ることになってしまうじゃないか」


「目撃者が出ないよう場を整えますし、アカネ嬢にも後でフォローを入れます。ファリオンが同時期に姿を消すことになりますが、急病によりベルブルク家で療養していることにするつもりです。ヴィンリードにはファリオンの行方を怪しまれる前に王都の外へ出てもらいたいところですね」


「リードは賢い子だからね、どこまで隠せるか難しいなぁ」



スターチス伯爵が苦笑しているが、正直笑い事ではない。

俺も相当綱渡りな作戦だと思っている。



「アカネちゃんには何も知らせませんの?」


「彼女の避難ルートには、国家機密に関わるものを使用することになっています。申し訳ありませんが、詳細を彼女に伝えることはできません」


「アカネちゃん…怖がって泣いてしまわないかしら」


「そうならないよう、ファリオンに誘拐犯役をさせるんです。どうやらアカネ嬢はファリオンと会った事があるようなのですが、お心当たりは?」



ヴァンから聞いた話では、彼女はヴァンと会った時に涙を流して再会を喜んだそうだ。

しかし俺の問いに、二人はそろって首を傾げた。



「ヴォルシュ伯爵と私達は何度もお会いしているし、ファリオン君にも会ったことがあるけどアカネを連れて行ったことは無かったはずだが」


「そうねぇ。ヴォルシュ家は早くから社交界に出す方針だとかでファリオン君は舞踏会で何度か見たけれど、アカネちゃんは昨年デビューしたばかりだし……」


「ふむ…?そうですか」



こればかりはアカネ嬢に聞かなければわからないな。

まぁ、彼女がファリオンに悪感情を持っていないことは確からしいから、作戦に問題は無いだろう。

メリークリスマス!

いつもご覧いただきありがとうございます。

今日もまた夜にもう一度投稿したいと思っています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ