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魔王の隣で勇者を想う  作者: 遠山京
第六章 令嬢と盗賊

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120今日はミミズ日和

<Side:アカネ>



「…きっつ」



目の前にはぐったりしているヴァン。

疲労をにじませつつも剣についた汚れを拭きとり、首筋を伝う汗を乱暴に払った。

隣ではヴェルナー君も疲労困憊の様子で膝をついていた。


その周りには大きな穴が二つ開いている。

サンドワームという中級の魔物によるものだ。

さきほど片方の穴からおいでになった大きなミミズは、ヴァンとヴェルナーくんの奮闘によってもう片方の穴を開けて引っ込んで行った。


サンドワームは戦闘力だけでいうなら中級なんだけど、大きいから二人だけでは追い払うだけでも体力を使う。

あと、見た目に関しては私にとって一番苦手な魔物と言っても過言ではない。

正直、姿をこれ以上見たくはない。

だというのに…



「なぁ、アカネ」


「…うん」



ヴァンが遠い目をしながら問う。



「アカネって、魔物呼び寄せる能力とかあんのか?」


「んん…」



それに関してはあるっちゃある。

カルバン先生あらためクラウス様に歩く魔力泉と言われた私だ。

だけど今は首輪で魔力を封じられてるから私のせいじゃない。

…いや、私のせいか。


トロットの街を出てかれこれ二日。

魔物に襲われた回数は十五回にも及ぶ。

今いるあたりはサンドワームの生息地で、今日一日で十回サンドワームがお目見えしていた。

おそらく同じ個体。

襲われているというよりつきまとわれているという方が正しい状況だ。


通常、人通りがそれなりにある街道は領主によって定期的な魔物の討伐が行われている。

もちろん魔物に出くわす確率はゼロではないけれど、トロットからここまでの距離を思ったら五回でも運が悪いと言える。

十五回なんて異常だ。

実際、トロットに来るまでは一度も魔物に出くわさなかったんだから。



「まずいな、予定より進めてないぞ。ベルテンさんが追ってきてたら見つかっちまう」


「アニキ、絶対その女のせいだって。置いてかね?」


「それじゃ意味ないだろ」



私に魔物を操る能力なんかない。

なのになぜ私が疑われているのかと言えば…



「でも確かにこれは異常だよな。アカネ、とにかくここ離れるぞ」



そう言いながらヴァンがまた私の耳元に口を近づける。

しかし私が避ける間もなく、ヴェルナー君の悲鳴に似た叫びが響いた。



「アニキ、後ろ!」



開いたままだった穴から、再びサンドワームが現れた。

ヴァンは大きく舌打ちをし、急いで私を馬の上に乗せる。



「これ以上相手にしてられるか!逃げるぞヴェルナー!」



馬が駆けだすのを待つように絶妙に速度を調整しながら、牙を持つミミズという恐怖の風貌を持つモンスターが追ってきた。



「サンドワームって普通、地中深くから出てこねぇはずだろ!何でさっきからこんなバカスカ出てくんだよ!」



ヴェルナー君が私を睨む。

私に言われましても…

ヴァンは少し考えた後、こう言った。



「…アカネ、しばらく飛ばすから俺にしっかり抱きついてろよ」



次の瞬間、サンドワームが追いかけるのをやめる。

その露骨な動きを見て、ヴェルナー君は怒りを通り越して恐怖の視線を向けてきた。



「なぁ、お前ってサンドワームの姫か何か?」



嫌な誤解が生まれようとしている。



「…それは無いにしても…アカネ、やっぱり魔物使役できたりするか?」


「できないしサンドワームの姫でもない」



ヴァンの言葉に首を振ると、『だよなぁ…』と疲れたような声が返って来る。

私にあるのは魔王様の加護だけだ。

ヴァンに聞こえないように小声で『やりすぎ』と呟いたけれど、懐に隠したヒナ吉はきちんと届けてくれただろうか。


魔王の監視付きでナルアを目指し始めてから、ヴァンが必要以上に私に触れようとすると魔物が襲い掛かって来るようになった。

流石にここまであからさまだと私のせいだと疑われても無理もない。

リード…何考えてるの。



「このままじゃ今夜は野宿だな…アカネには辛いと思って避けたかったが」


「仕方ねぇよ、その女のせいだろ」


「ヴェルナー」



ヴァンが窘めてくれるけれど、実際私の関係者のせいなので胸が痛い。



「まあ、首領の客じゃ仕方ねぇか…首領だもんなぁ」



首領の客だから我慢すると言うより、首領の客ならこんなもの、というような口ぶり。

…ヴェルナー君もいろいろ苦労しているようだ。




==========




「あのさ、やりすぎだって」


『はて、何のことでしょうか』



野営地で簡単な食事をとった後、早々に体を休めることになった。

私はヴァンとヴェルナーくんに背を向けるようにして毛布にくるまりながら、ヒナ吉による消音を施しつつリードに抗議中だ。



「あからさますぎるから。サンドワーム十連発はさすがにたまたまで済ませられないから」


『運が悪いですよね。助けてあげられなくてすみません』



魔物達の王がいけしゃあしゃあと何か言っている。



「私サンドワームの関係者を疑われてるんだけど」


『あんな大きさの魔物を使役できる人間なんていないんですから、本気で疑われてはいませんよ』


「いや、現れては撤退を繰り返してるサンドワームだよ?しかも野営に入る時に、寝るときは勘弁してくれって言われたよ?」


『大丈夫、一応森の中に入ったでしょう?そこはサンドワームが現れにくい場所です。ちゃんと警戒してくれてます』



何が“ちゃんと”でどう“大丈夫”なのか分からない…



「ていうか毎回サンドワームも攻撃されてかわいそうだしやめてよ」



見た目は苦手だけど、リードに無理やり突撃されていることを思うと気の毒だ。

死んではいないけど、怪我くらいはしてるだろう。



『俺に言われても困りますが、あのサンドワームは外殻を強化されてるし何かの遊びだと思っていたみたいなので大丈夫じゃないですかね。おかげでそちらの二人は苦戦してたみたいですけど。まぁアカネ様が隙を見せなければ心配性のサンドワームが出てこなくて済むのでは?』



サンドワームは私のことなんか何も心配してないと思う…



『とはいえ、そろそろ人通りが増える街道に合流しますので、サンドワームはもう現れないと思います』



サンドワーム“は”ね…

警戒を怠るなということですね。

罪もない魔物が魔王に利用されないために私が貞淑な令嬢であればいいと。

魔物のために男性への警戒心を上げなきゃいけないってどういう状況なの、これ…

頭が痛くなってきてこめかみを押さえた。



『ただ、良いこともありますよ。なぜかサンドワームが連続して襲ってきたおかげで馬車とそう進みが変わりません。ナルアについてからアカネ様に時間を稼いでもらわずに済むかもしれません』


「ああ、そう…」



一応作戦のためでもあったらしい。



『ちゃんと夜番は交代でしてくれてるみたいですが、俺も気をつけておくのでアカネ様は安心して寝てください』


「…どうもね」



サンドワームの件があるだけに素直にお礼を言いづらい。

でも本当に眠くなってきたから言葉に甘えて眠らせてもらおうかな。

多めに回してもらえた毛布を被り、冷たい空気に身を縮めながら目を閉じた。




==========

<Side:ヴァン>




「結局さ、何なんだろうな」



寝床についているヴェルナーがそう口を開いた。

曖昧な言葉だが、何を指しているのかはわかる。

アカネのことだろう。



「ヴェルナー、いいから寝ろ。ここにはサンドワームも来れないはずだ」



先に夜番をすることになった俺は、焚き火に小枝をくべながら、口元に指を当ててヴェルナーをたしなめる。

アカネはこちらに背を向ける形で横になっているので表情は伺えないが、声は聞こえているかもしれない。

肩を竦めたヴェルナーが 毛布に潜り込んだのを確認しつつ、アカネの方に視線をやる。


…何が起きていたのかまでは分からないにしても、あれはどう考えても俺がアカネにちょっかい出すのを邪魔してたよな。

アカネが俺を嫌がってなんだとしたら口で言えばいい話だろうし、魔物をけしかけられるほどまで嫌われてはいないはずだ。


あーあ、昨日からあの顔見れてないなー…


真っ赤な顔をして怒る姿を思い出し、思わず口元が緩む。

関心こそあれ、そこまで興味なかったはずが…

こうもハマると思わなかったな。

アカネの気持ちがどいつにあるのかは分かっている。

が、今現在アカネの側に居るのは俺で、アカネが頼っているのも俺だ。

いくらでもつけこむ隙はある。


とはいえまさか魔物に妨害されるとは思わなかった。

俺たちを妨害したがる奴がいるとしたら……いやでもまさかな。

それなら真っ先にアカネを連れ帰るだろ。


そんなことをぼんやりと考えていた矢先、断末魔の叫びという他ない女の声が聞こえた。

一瞬聴覚が壊れたかと思うほどのその声は、それ以外の音を搔き消し、聞いている者の思考までも奪う。

かつて団の中で拷問を目にすることもあったが、それでもこれほどまでの苦悶の声は聞いたことが無い。

それがアカネから発されているのだと気付いた瞬間、慌ててそちらに駆け寄った。



「アカネ!?」



呼びかける声すら埋もれてしまうほどの絶叫。

身を捩り、苦しげに眉を顰め、きつく閉じられた瞳から涙をこぼしながら叫ぶというあまりに異様な姿が、伸ばしかけた俺の手を止めさせる。

怖気付いた俺を嘲笑うかのように、どこからか現れた影が俺とアカネの間に滑り込み、その細い体を搔き抱いた。



「っ…お前…!」



俺の驚愕の声は聞こえなかったのか、あえて気付かないふりをしているのか。

見覚えのある銀髪の男は、俺など眼中にも無いというように視線一つ寄越さない。

アカネを優しく胸に抱き込みながら、その耳元に口を寄せて何か囁き続けていた。

その慣れた様子に、これが異常事態でない事を知る。

既に幾度も繰り返されている光景なのだと。


間もなく、夜の森を切り裂くように迸っていた叫び声がなりやみ、苦しげにあがいていた腕が脱力した。



「…リード…」



顔を埋めたまま。

それなのに迷いなくその名前を呼んだアカネを見て、かけようとしていた言葉が喉の奥に引っ込んだ。

さきほどまで逃げ惑うように宙を彷徨っていた細い腕が、縋るように男の背に回される。

真っ白になる程力が込められた手と、それを当然のように受け入れてなおもアカネに何か囁いている男。

それに小さく頷くアカネは、全幅の信頼を寄せているのがよく分かった。


…なんだ、それ。



「…なんだこれ」



後ろから聞こえたその声に振り向くと、起き上がったヴェルナーの肩から毛布がずり落ちるところだった。

訳がわからないといったその表情には同意するところだ。

ヴェルナーは混乱中。

アカネとヴィンリードは相変わらず抱き合って何か囁きかわし続けている。

…俺一人蚊帳の外の気分だ。

頭をガシガシと掻きながら、舌打ちを噛み殺して口を開く。



「おい、そこの銀髪」



想像以上にドスのきいた声が出て、自分でも驚く。

ああ、俺かなりムカついてたんだな、と脳裏で感心してしまうほどに。

俺の声に、チラリと視線を寄越した奴は、小さく溜息をつきながらアカネに顔を上げさせ、また何か言い聞かせるように囁いてからその体を離した。


…アカネの顔が真っ赤になっている。

何か言いたげに口元を歪める表情も、幾度か見たことがあるはずなのに…

何で知らない顔に見えるんだ。

とうとう舌打ちが漏れた。



「どうもこんばんは。人攫いのファリオン・ヴォルシュ様」



にっこりと微笑みながらそんな挨拶をしてくるが、全く目が笑っていない。



「やっぱり貴様がいやがったか。しつこく魔物けしかけてきやがって」


「何の話かわかりません」


「何もなくサンドワームが丸一日追い回してくるわけないだろ」


「サンドワームみたいな大型の魔物を僕が操っていたと?どうやってですか」


「方法なんざ知るかよ。アカネが怪我したらどうするつもりだったんだ」


「知らないと言っているでしょう。それにしても盗人猛々しいにも程がありますよ、ファリオン様。アカネを攫い、首輪までつけてこんなところまで連れてきたのはどなただと?」



冷静な口ぶり、淡々とした口調の裏に、押し殺したような怒りが見え隠れする。



「ま、待ってくれ」



そして俺をかばうように前に出たのはヴェルナーだ。

その声と表情に戸惑いを隠せていないまま、奴の前に立つ。

その姿を見て、気勢が削がれたように奴の表情が曇った。



「ヴェルナー…」


「…俺のこと、覚えてるんだな。兄ちゃん…その女を攫ったのは事実だよ。でもアニキ…この人にも事情があったんだ。首領がどうしてもその女と話をしたいって」



気まずそうに視線をそらしていた男は、小さく首を振ってヴェルナーを見据えた。



「それで、彼女が今苦労しなければいけない理由になると思っているのか?」



正論をぶつけられてヴェルナーが怯む。

ああ、くそ…ヴェルナーにとっては久々の兄貴との会話になるんだぞ。

もう少しマシな対応してやってくれよ…


…俺のせいか。


俺がアカネを攫い、ヴェルナーを巻き込んでいるからこそ、こんな対面をさせてしまった。

そう思い至っていくらか頭が冷えた。

ヴェルナーの肩を掴み、後ろに下がらせる。



「文句なら俺が受け付ける。先に確認させてくれ。アカネは大丈夫なのか?」



さっきのアカネの様子はどう考えても普通じゃない。

今はいつも通りに見えるが、何が起きていたのかさっぱりだ。



「うん、大丈夫。驚かせてごめんね、ヴァン」



困ったように笑うアカネは、強がっているそぶりもない。

あんな状態になるのを当然のように受け入れているのだとしたら、それを許容させているのだとしたら、コイツは最低だ。

目の前の男を睨み付けると、初めてその眉が少し下がった。



「原因は今究明中です。ある程度の間隔を置いて周期的に起こる症状で、ただでさえアカネは苦労しているので、こんな馬鹿なことはさっさと終わらせたいんですが」



すぐさま矛先を戻されて、俺が言葉に窮する。

アカネを連れ戻させるわけには行かない。

…が、あんなことが今後も起こると言われて、状態を把握しているらしいこの男から引き離すのも躊躇われる。

計画変更だ。

どちらにしろ追い付かれているのならどうしようもない。



「一つ提案がある」


「何でしょうか?」


「アカネの首に嵌ってる魔術具は首領が持っている鍵でないと外せない。首領の元へはついてきてもらいたい」


「盗賊団の頭の元へ可愛い妹が連れて行かれるのを見過ごせと?面白い冗談ですね」



首を傾げて尋ね返す男の様はわざとらしく、泳がされているかのような感覚に陥る。

とはいえ、任務を遂行した上で相手から譲歩を引き出すにはこれしかない。



「…あんたも付いてきてくれていい」


「随分なおっしゃりようで」


「…付いてきてくれ。悪いようにはしない」



歯噛みしつつ懇願する。

わざとらしく悩むそぶりを見せる男の背後から、おそるおそるといった様子でアカネが声を上げた。



「り、リード…行ってあげよう?可哀想だし…」



…はっきり言って、銀髪男のどんな嫌味よりもダメージがでかかった。

何が悲しくて惚れた女に憐れまれないといけないのか。

絶句する俺を満足げに見て、男が微笑んだ。



「アカネがそう言うなら仕方ない。ファリオン様、同行して差し上げましょう」


「っ…その呼び方やめろ」



思わず唸るような声が漏れた。

それを聞いた男は片眉を上げ、数秒黙った後気まずげに視線をそらす。



「…なんとお呼びすれば?」


「ヴァンでいい。様も敬語もやめろ。薄気味悪い」


「わかった」



こうして、不本意ながら最も嫌いな男が旅に同行することになった。

いつもご覧いただき有り難うございます。

ヴァンの当て馬感がアドルフを超えた気がします。

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