012兄の告白2
ちょっと落ち着こう。
兄に好きだと言われた。
言われたけど、これは兄としての好意の可能性もあるよね?
よくマンガとかでうっかり勘違いした後『あ、そっちの意味ね。わかってたけどさ…』みたいな展開あるよね?
…でも。
私の手をとったまま、思いつめたような表情でこちらを見つめるシェド。
妹へ家族愛を伝える時に、こんな顔はしないんじゃないだろうか。
彼は私が気付いていると思ったからこそ伝えたようだ。
ならば『実は知りませんでした』な態度をとるとますます追い詰めてしまいそう。
「えぇと…当時私は8歳だったわけですが…」
一番気になるのはそこだ。
六つ下。
そう大きな年の差ではないが、流石に14歳の少年が8歳の幼女…いやかろうじて少女?…に恋?
私の呟きに慌てた様子でシェドは口を開いた。
「あぁいや、その当時からそんな感情を抱いていたわけではない…と思う」
少し自信なさそうだな。
しかしその口ぶりから確信する。
彼の言っている『好き』はそういう意味だ。
さっき抱きしめられた時に『兄とのフラグなんて立ってない』とか考えたけど、どうやらしっかり立っていたらしい。
良かった、『好きです』とか言わなくて。
後戻りできない事態になるところだった。
「では、再会してからですか?」
告白してきた相手にこうも根掘り葉掘り聞くのはどうかと思うが、気になるのだから仕方ない。
「確かに私は子供らしくない子供だったかもしれませんが、
可愛げがないだけだったと思うのですが…」
シェドは回想途中に『嫁に行き遅れるんじゃないか』とか口を滑らしていたが、その通りだと思ったので特に突っ込まなかった。
私も貴族のご子息に気に入られる気がまるでしない。
「そうだな…俺も何が一番のきっかけだったのかは分からない」
戸惑ったような返答だった。
「再会した時、アカネは12歳になったばかりだったな。
想像以上に成長していたアカネを見て驚きはしたが…
もともと大人びていたこともあって、
話してみれば少しも変わっていないことにむしろ安堵したくらいだ」
8歳から12歳まで話しぶりが変わらない子供って…やだな。
なんというか、気持ち悪くないかそれ。
遠い目をしている私に気付いたシェドは慌てたようにフォローする。
「悪いことじゃない。むしろ外見が中身に追いついてきたような…
立派な淑女になったなと、思っていた」
優しく微笑まれてそんなことを言われると、なんだか照れてしまう。
確かに作法はそれなりに身についている。
教師は一流だし、何より元王女が目の前にいるんだ。
がさつに育つ方が難しい。
そんな環境に身をおいていたこの体は、元の世界の私と違って令嬢としての振る舞いがきちんとできていた。
まぁただ、中身が淑女かと言うと…肯定しかねる。
「そうだな、特に…
以前のように散歩をしたりしている時、髪を耳にかける仕草とか…っ…」
何やら思い出しつつぼんやりと呟いた兄は、途中で何を口走っているのか気付いたようで、慌てて口を閉じた。
「…お兄様、顔が赤いですよ」
「見逃してくれっ…」
思わずニヤニヤしてしまう。
そうかそうか、お兄様は仕草萌えか。
自分のことだと思うと気恥ずかしいけど、それ以上にそんな些細なことでこの堅物の兄がドキドキしてたのかと思うとそっちの方がたまらんな。
でもそうだなぁ、なんというか…
「確かシェドお兄様は男兄弟ばかりでしたね…」
単に女っ気無さ過ぎて身近な若い女子が私だけだったって話なんじゃ…
初めて異性を意識しただけっていうか。
でなきゃ18歳男性が12歳女子にそうそう恋をするだろうか。
私、外見はそんな大人っぽく見えるタイプでもないし…
いやまぁ、貴族社会ではこういう年齢の組み合わせでの婚約とか珍しくないんだけどね。
しかしこれを言っていいものだろうかと悩んでいると、言わんとすることに気付いた様子の兄は不本意そうに眉を寄せた。
「おい…確かに俺は幼い頃から同年代の令嬢たちからも避けられてはいたが、
カッセード領主をするにあたって全く女性と接することが無かったわけじゃないぞ」
「あぁ、それもそうですね…」
各地を飛び回るフットワークの軽い領主様だったんだ。
町の女性に聞き込みをすることもあっただろうし、町長や村長の家で娘を紹介される事だってあっただろう。
でもなぁ、それなら単に懐いている私が可愛いってだけじゃないのかなぁ。
何をもってそれを男女の好意だと思ったんだろう。
もっと掘り下げてみたいけれど、あんまり突っ込むとさすがに恥ずかしい目にあいそうだ。
そして掘り下げたところで私はなんて返事をすれば…
うんうん唸っている私をどう受け止めたのやら、兄は申し訳なさそうに頭を下げた。
「…すまない」
「ん?どうして謝るんです?」
「気持ち悪いだろう…」
「いえ、全く」
シェドがシスコン気味なのは知っていた。
それが恋慕からくると言われても、正直今までと何が変わるのか良くわからない。
特に危害を加えられたわけでもないし、長年の信頼はこんなことで捻じ曲がったりしないのだ。
と言う趣旨をハッキリと伝えてみたが、シェドは首を振り、小さな声で打ち明けた。
「害は十分ある。
…俺が潰したアカネの縁談はすでに10件をこえている」
なんかすごい暴露しだした。
え、縁談?
そんなの初耳だけど?
それってどういう縁談?
養子ってこと?
言葉を失う私に、シェドはさらに言い募った。
「アカネが13歳になってから、方々から子息の紹介が相次いでいる。
それらをすべて、アカネの耳に入る前に俺が破談にした」
つまり、やっぱり婚姻の方の縁談か。
12,3歳で婚約し、成人とともに正式に夫婦となる…
これは貴族間ではよくある話だ。
驚くまい。
「スターチス家はいまやパラディアと太いパイプを持ち、
セルイラのような大きな土地も治める大家だ。
つながりを持ちたがる家は少なくない。
ましてやアカネは可愛いからな…」
「いやいや…」
最後に軽く爆弾を投下してくださった。
日頃から私に甘いとは言え、こんな直接的な褒め言葉をいただいたのは初めてだ。
どんな顔をしていいかわからない。
しかし実際のところ、どの縁談も家柄目当てだろう。
社交界に出ても居なければどこぞの子息と顔を合わせたことも無いわけで、私の容姿を知っている家などないはずだし、何より評判になるような美少女ではない。
シェドは間違いなく、それなりに分厚いフィルターをかけて私を見ているのだろう。
「初めてアカネの縁談の話を知ったとき…自分でも驚くほど取り乱した。
可愛い妹の嫁ぎ先だ。
それなりの相手でなければ認められないと、そう考えてはいたが…」
また思いつめた顔をしだした兄を、『いつまでも床とお友達してないでいい加減座ってください』と隣に座らせる。
まぁ落ち着けよ。
それはシスコンとして正しい(?)姿だ。
「大丈夫です。正式な婚約が決まるまでに
20件以上の見合いを繰り返すこともよくあると聞きますし…」
ファリオンとのいちゃいちゃを目指す身としてはお兄様有難うだし。
…さすがにこれは本人には言えないな…
しかしソファに身を沈めたシェドは首を振った。
「五件目にきた縁談は、公爵家の長男の正妻にという話だった」
「…まさか」
「あぁ、ベルブルク家だ」
うわぁ…
無利子でお金を貸してくれたり、ロゼリオを派遣してくれたり…
ベルブルク公爵にはどれだけ恩があるかわからない。
それを断るだなんて恩を仇で返すとはこのことだ。
しかも長男の正妻という事は次期公爵夫人。
とんでもない良縁だ。
王太子妃の次にいいポジションと言える。
公爵なんて時には継承権の低い次男以降の王子様より権威がある。
羨ましがる令嬢がどれだけいることか。
本来ならこちらから頭を下げてお願いする立場だ。
まぁ、私はそんなとんでもない玉の輿は勘弁してほしいけど。
それでも断っていい縁談でないことは私だって分かるのに…
しかし気まずい破談話はまだあるようで、私のツッコミを待たずに兄は続ける。
「八件目は…マーレイ家の次男…俺の兄だ」
次男…確か年はシェドの四つ上という話だっただろうか。
そうなると私とは10歳くらい離れてるな…
まぁ、これもまだ貴族ならば許容範囲の年齢差だ。
どちらにしろ私が17歳になってから正式結婚となるわけだし。
…それにしても、元家族からの縁談も蹴ってしまったのか。
ここまでくると、破談の数々を知った人々は『どこになら嫁に行くんだよ』と思ったに違いない。
伯爵家が公爵家の縁談をお断りしている時点でありえない話だ。
ベルブルク公爵は優しい人だから許してくれたんだろうけど…
「…あれ、そういえばお兄様三ヶ月くらい前にトロットに行かれてましたよね?」
トロットはベルブルク家の治める土地の一つだ。
まさか…
「…縁談を断る代わりにトロットで起きている冒険者ギルドとの揉め事を折衝してきた。
カッセードの件でそれなりにギルドへは顔がきくようになったから…」
「お兄様…」
そんな火消し役を買って出てまで私を嫁にやりたくなかったのか。
呆れてため息をつくけれど、そんな私を見ることなく、シェドは呟いた。
「…まだある」
まだあるのか。
「でもこの他でまずいのって、もう王族レベルしかないんじゃ…」
「……」
まって、なんで黙り込むの、まさか…
「お兄様…?まさか騎士団入りするのって…」
さすがに声が震える。
王族から声がかかった事実にも驚くが、それを私の耳に入る前にもみ消したという話の方が信じられない。
ていうか断れるの、それって。
「いや、まぁ、王宮主催の夜会でご挨拶した折に、陛下にそれとなく聞かれただけだ。
うちの第四王子はアカネ嬢と同じ年だがどうか、と」
それが国王の発言なのであれば、『言ってみただけ』って事無いだろう、いくらなんでも。
兄は額に手を当てて唸るように呟く。
「…分かっている。さすがにその時には自分でも思ったんだ。
これじゃ誰が相手だろうとアカネを嫁になんてやれやしない。
父にも言われた。アカネをどうしたいんだ、と」
まったくだ。
家のことを考えるなら公爵様や王子様との縁談は土下座してでももぎ取らないといけない話だ。
それらを断るなんてどんなお高い伯爵令嬢だよ…
そして私の話を逸らそうとした結果、カッセードで培った魔物討伐の経験を生かして王国騎士団で活躍してほしいという話に向かってしまった、と。
「しかし、そうするとまたお前の側にいられなくなる。
そう悩んでいた頃に、お前が…」
そう言いかけて、シェドは私を流し見た。
や、やめてほしいなそういう『大人の男』感ある視線。
いや、本人にはそういうつもりなさそうだけど。
私に好意がある男性だと思うと、それだけでなんだか意識してしまう。
シェドは目つきは悪いけど、けっして悪い顔ではない。
慣れればこの目つきも可愛いもんだ。
少なくともそう思える程度にはシェドが好きだ。
でも私にはファリオンという運命の相手が…!
いや、まだ向こうは私の顔すら知らないし、なんなら私もあっちの顔なんて知らないけど。
実は『ホワイト・クロニクル』はラノベとかと違って挿絵の無い小説だった。
故にファリオンの容姿は小説の記述をもとに脳内補完している状態なわけで。
そこが実は怖いところなんだよね、イメージと違ったらどうしよう。
なんて思考を完全に逸らしていると…
「俺のことを…シェディオンと呼んだだろう」
その一言で一気に思考を引き戻された。
嫌な汗が噴き出す。
やばい、ついに私自身の行動に追いついてしまった。
さっきまでは私の記憶にはあるけれど自覚の無い話で、どこか他人事のように聞けていた。
でも、それは…あきらかに私がやらかしたことだ。
「その後、今度はお兄様、と…
その時に分かった。俺の迷いに気付かれていると。
シェディオンという男か、兄か…
どの立場で側にいるつもりなのかと…そういうことだろう?」
い え 、 別 に 。
そんな言葉が頭の中を通り過ぎたが、口にするのはぐっとこらえる。
『違うなら何だったんだ』と問い返されれば答えに窮すので何も言えない。
その後、『呼び名を戻したのか』と聞いたシェドは、答えを保留にさせてくれるのかという意図だったのだろうか。
それに対して私は『どうお呼びすれば?』と聞き返した。
…ものすごく意味深なやり取りになっている。
すごいな、自覚なく駆け引きめいたことしてたわ私。
でもそれなら…
「…私に呼び名の選択を任せたシェド様はずるいと思いますが」
あえて呼び名を元に戻して指摘してやる。
つまりあれは、自分で自分の気持ちを即答できなかったから私に委ねたんだ。
…ヘタレめ。
そんな感情がもれていたのだろう。
兄は苦笑した。
「…だから、"お兄様"を選んだのか?」
…いや、それも、そういうわけではないんだけど…
「兄と線引きをされたことはやはり応えたが…
少なくとも他人とする程までは愛想をつかされていないと分かってほっとした」
なるほど、だから微妙な顔してたのか。
あれ、ちょっと待って。
そんな真実を知ってしまうと、それ以降の私の行動って…
「だが、何故かお前は今までになく甘えてくるし…」
ですよねー!?
思い出したのか、兄は赤くなった顔を隠すように手で覆い、悩ましげにため息をついた。
「試されているのはわかったが、どう対応するのが正解なのかわからなかった…」
正解なんか私も知らんわ。
試していたのは"兄がどこまでなら許してくれるか"であって、"男としてどうするか"を知りたかったわけじゃない。
私ってばシェド目線だと、とんだ小悪魔。
「さらにその後…」
さらに口を開くシェド。
分かってる…何を言われるのか。
これまでの流れでいくと、私言っちゃいけないこと言ったね。
「…俺と結婚したいと言われた時…」
そしてシェドは虚空を見ながら真顔で言う。
「正直、その手があったかと思った」
「……」
シェドのこじらせ具合がガチだ、どうしよう。
「驚くくらいしっくりきたんだ。アカネと添い遂げるという事が…
アカネが繰り返し甘えてくるたびに湧いていた感情はたぶん妹に対するものではない。
これほど他の誰かとの縁談を頑なにもみ消したのは、やはりそういうことか、と…
靄がかかったようだったアカネに対する自分の想いがはっきり分かった気がした。
それで…アカネはその気持ちを受け止めると言ってくれたのかと思って、気が変わる前に話をまとめてしまおうと思った」
あぁ、異常に素早くお父様のところ行こうとしたもんね。
私の気が変わらないうちにっていうことだったの。
「まぁ、すぐに冗談だと言われてしまったが」
む、胸が痛い…
決して男心をもてあそぶつもりは無かった。
無かったんだけど結果的にそうなってしまった。
しかも、そのせいで彼は私への執着が兄妹のものではなく男女のものだと気付いてしまったのだという。
あの時の私は思った以上に罪深かったようだ。
今でもシェドの悲しげな表情が忘れられない…
そしてたぶん真実を知った今、一生忘れられないものに変わった。
土下座したい。
まるで物語のクライマックスのようなこの展開。
信じられるか、この世界に来て一週間なんだぜ。
しかも恋愛初心者にはハードルの高い禁断愛ときている。
ねぇユーリさん…なんでこんなフラグ立てちゃったの?
過去を作り上げたと思われる女性を思い浮かべて遠い目をした。




