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魔王の隣で勇者を想う  作者: 遠山京
第六章 令嬢と盗賊

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119失言は甘苦く

<Side:アカネ>



声が聞こえてふと目が覚めた。

いつの間にか室内が暗闇に沈んでいることに気付き、慌てて体を起こす。

しまった、この宿はお風呂があるって話だから借りようと思ってたのに!

ヒナ吉に話しかけているうちに疲れて眠っていたらしい。

ランプをつけて時計をかざせば二時を示していた。

間違いなく深夜だ。

ああ…朝になってからでもお風呂借りられるかなぁ…



『アカネ様』



がっくり肩を落とす私に、さきほど聞こえたのと同じ声がする。

自分でも驚くほど勢いよく振り返り、声の元…ヒナ吉を抱き上げた。



「りっ…リード!?」



ヴァンに攫われてから、まだ丸三日も経っていない。

だというのにヒナ吉から聞こえてくる声が、ひどく懐かしく感じた。



『はい。アカネ様、お怪我はありませんか?』


「う、うんっ、大丈夫!」


『…お気持ちは分かりますが、深夜ですので声を落としてください。安い宿屋のようですから、声が響きますよ。鳥ウサギの口、閉めてないでしょう?』



そう窘められて、思わず口を閉ざす。

正論だ。

正論なんだけど…私と連絡が取れたと言うのに思ったより淡白な言葉を寄こされてひっそり落ち込んでしまう。


鳥ウサギって多分ヒナ吉のことだよね。

サイレント機能も搭載されたままだったのか。

すぐにウサ吉にお願いして口を半分閉じてもらった。

それでもリードの声は聞こえるから、どうやらこの口から発声しているわけではないようだ。

原理を考えるのは今更である。



「リード、今どこにいるの?」


『トロットです。すぐ近くにいますよ』



すぐ近くだと言う割に、急いでこちらへやってくる様子も無い。



「…リード、何か怒ってる?」



ひょっとして私に愛想をつかして、もう迎えに来る気が失せているんだろうか。

リードに愛想をつかされる。

…それは…考える限り、一番恐ろしいことだった。

首にナイフをつきつけられるより、私の指先を冷たくする。

未だかつてないほど弱々しい声が出て、リードが慌てたように声を重ねてきた。



『あ、いえ…すみません、俺もちょっと今…混乱してて…考え事をしながら話していたもので。大丈夫、必ず助けます。ただ少し状況が変わったので、今すぐ迎えに行けないんです』


「そ、そっか…」



弁明するリードは確かに戸惑っているようだが、私を助けると言った声は力強かった。

ほっと胸をなでおろしていると、それを見計らったかのようにリードの声がワントーン落ちた。



『まぁ、俺のことをさんざん馬鹿にしてくれたお礼はしたいと思っていますが、声だけでは足りません。直接会えてから顔を見てじっくりゆっくりと致しましょう』



再び体が凍り付く。



「…リード、もしかして、声、聞こえてた?」


『…そう確認しないといけないような内容を、俺が寄こした魔物相手によく話しましたね』


「だ、だって私が呼びかけてもリード返事しなかったじゃないっ」


『俺も取り込み中だったんです。まぁ、いいです。そこの追及はあとの楽しみにしておきましょう』



それって私にとっては何も楽しくない気が。



『その取り込み中の内容についてです。俺は今スターチス夫妻と行動を共にしています』


「お父様、お母様と?」



そうだ。

私が誘拐されたとなったら、家族にも連絡は行く。



「二人とも、心配してるよね」


『そうですね。とはいえ、俺が無事を報告しているので取り乱してはいません。それに別件のこともあって命の危険までは心配していないはずです』



良かった…

別件というのはよく分からないけど、お母様達が泣いていないのであればとりあえずはそれでいい。



「アドルフ様は…?こんなことになって、責任問われたりしてない?」


『ああ…大丈夫です。今回の件はアカネ様とファリオンの二人がシルバーウルフに攫われたということにしてあります』



そう言われて驚いた。

ファリオンが伯爵令嬢を攫ったとなるとアドルフ様の立場がどうなるか心配だったけど、まさかのファリオンも被害者とな。



「リードがそうしてくれたの?」


『目撃者が俺だけだったので出来たことですが。ファリオンの目的が分からなかったのでひとまずそういう事にしました。できるだけ波風立たないようにしないと、アカネ様が気を遣いそうだったので』


「さすが…」



できる男は違う。



『それで、ファリオンの目的ですが、アカネ様を首領の元へ連れていくことで間違いありませんか?』


「うん、なんか首領が呼んでるんだって」



既に目的まで掴んでるとか有能すぎない?



『ベルテンからの襲撃を受けたため、ナルアにいる仲間を頼り、その後パラディア国境付近に居る首領に会いに行く。この流れも間違いありませんね?』


「…なんでそこまで知ってるの」


『ああ、ちなみにベルテンはもう追いかけてきたりしませんのでご安心を。とはいえファリオンに言わないでくださいね。俺と接触したことはご内密に』



色々と把握されていることがかえって恐ろしい。

ほんと、この男味方で良かった…

それにしても、内密に…って…



「そういえば、今すぐ迎えに行けないって言ってたよね。何かあったの?」



いつものリードなら、私を見つけたならすぐに助け出してくれそうなのに。



『…実は、スターチス夫妻は別の手がかりを当たると言って俺と別行動をとっていて、もともとこの地を目指していたんです。二人はそもそも十三年前に攫われたフェミーナ夫人の妹を探していたそうで。その方がナルアでシルバーウルフによって囚われていると分かった為、その救出と同時にアカネ様の情報を得るつもりだったようなんですよ』



初耳の情報に目を丸くした。

お母様の妹?

お母様の下って確か男女の双子が居るだけだったと思うんだけど…

そもそもお母様は兄弟姉妹がたくさんいる。

顔すら知らない人も多いから、その二人についてもほとんど話を聞いたことが無かった。

それもそうか、十三年前と言ったら、私が物心つく頃にはすでに攫われていたわけだ。



『なお、その時双子の兄も同時に攫われていたそうなんですが、そちらは既に見つかっています』


「あ、そうなの?良かった」


『はい。ちなみにそれってカルバン先生のことですよ』


「は?」



さらりと告げられた事実に頭が真っ白になった。



『それでですね、今後の予定なんですが』


「ま、ま、待って待って流さないで。お願い、初めから説明して」



パニック状態で話を進められても頭に入る気がしない。

そう懇願する私に、リードは『あまり時間が無いんですけど…』と渋りつつも簡単に説明してくれた。

カルバン先生の正体、お母様と怪しい雰囲気を匂わせていた理由、スターチス家が借金まみれのわけ…

ずっと感じていた違和感の謎が解けた。



「デイジーって、リードがお世話になった娼婦さんだったよね?」



本の中のヴィンリードも弟と一緒にデイジーに保護されていた時期があった。

盗賊に攫われるのを助けることができず、悔やんでいたんだ。

リードも一人になった後、デイジーに拾われたと言っていた。



『ええ、まぁ…』



リードが言葉を濁す。

あまり触れてほしくなさそうだ。



「それで、デイジー…クラウディア様?を助けたいから、トロットでは騒ぎを起こしたくないってこと?」


『そうです。アカネ様を助けることになればどうしてもファリオンやヴェルナーと衝突するでしょう。アカネ様の心理を考えても二人を傷つけるのは避けたいところですが、逃がせばナルアにいるシルバーウルフにも連絡が行くかもしれませんので』


「そうするとクラウディア様をさらにどこかに隠されちゃうかもってことね」



そうなると確かに今私を助けるわけにはいかないだろう。



「分かった。私は今のところ酷い目にもあってないし、大丈夫だよ」


『……無理はしていませんか?』


「ぜーんぜん。あ、強いて言うなら乗馬が大変なくらいかな。でもね、馬って意外と可愛いんだ。頭いいしね。帰ったら乗馬の練習してみようかな」


『……』



明るい声でそう言ってみせるも、返って来るのは沈黙。

…何故。



「リード?」


『…アカネ様、もし迎えに来ないでほしいのであれば正直に言ってください』



思わぬ言葉に目を丸くした。



「え、なに。どういうこと?」


『…いえ、今…ファリオンと二人で旅ができていて、アカネ様は嬉しいのではと…』



その言葉だけを聞くと、なるほど。

ファリオンのことが好きだと知っているリードからしてみたらそう思うのも無理もない。

…無理も無いと思うのに、どうして私は今ムカッとしたんだろうか。



「…突然拉致されて嬉しいわけないでしょ。それにね、確かに私は本の中のファリオンが好きだったけど、私を拉致ったファリオンは別人だから」



リードは分かってるはずなのに…

そんな不満が相まって、思いのほか素気ない声になってしまった。



『それが今のファリオンを好きじゃないという根拠にはなりませんよ』



そう返してくるリードの声もどこか冷たい。

どんな顔で言っているのか分からない分、苛立ちと不安が煽られる。



「なんなの、私に今のファリオンを好きになれって言いたいの?」


『そんなこと言ってません』


「似たようなこと言ってるじゃないの」


『そうじゃねぇって!』



怒鳴るような声が聞こえてきて、思わず身を竦ませた。

声を荒げることは本意ではなかったのか、向こう側で我に返ったように息を呑む声が聞こえる。



『…すみません。いや、そういうことを言いたかったんじゃなくて…アカネ様が酷い目にあってないって言うから』


「酷い目にあってほしかったの?」



ますます意味が分からない。



『いや、だから………耳に息を吹きかけられるだとか腰を抱かれるだとかが酷い目に当てはまらないということは、やはりそういうことなのか、と』



言われた言葉が一瞬理解できなくて、しばらく呼吸を忘れた。



「…はっ…はぁ!?」



思わず声がひっくり返る。

なんで、何でそんなこと知って…



「こ、声っていつから聞いてたの!?」



ヒナ吉が来たのはヴァンと別れて部屋に入ってからだ。

なのに。



『…その鳥ウサギは半径五キロ圏内の声であれば拾えますし、アカネ様の声に限っては過去のものも聞けます』



なんてプライバシーをガン無視した能力!

非常時だとはいえあんまりだ。

慌てて脳内をフル回転し、記憶を総ざらいする。

まずいこと言ってないだろうか!?



『いつの間にかファリオンのことをヴァンという愛称で呼び始めましたし、ああ、ダーリン、なんて呼んでいたこともありましたね。当初ヴァンというのは世話役の女性を用意されたのかと思って、その人物とどうやら同じ部屋で一夜を共にしたらしいこともそう不自然に感じていませんでしたし、その後も何だか親し気にじゃれあっているなぁとしか思っていなかったんですが…ファリオン相手と考えると、随分親密になったんだなというのが正直な感想です』



言葉が物理的な棘を持っているかのように刺さる。



「ちがっ…ヴァンっていうのはファリオンがそう呼んでって言ったから!ダーリンっていうのもなんかずっと振られてたネタに乗っかっただけだし!」


『向こうはそう思ってないかもしれませんけどね』


「向こうもふざけてただけだよ!実際初日の夜も何もされてないもん!」


『初日の夜は、でしょう?今日一日さんざん悪戯されてたみたいですが、本当に彼がアカネ様のことを何とも思ってないと断言できます?』



その言葉には反論の声を出せなかった。

…まさに、私も頭を悩ませていたことだからだ。

沈黙を返事ととったらしく、大きなため息が聞こえてくる。



『…よかった、少しは自覚があったんですね。これでも問題ないとか言うようなら、スターチス夫妻の長年の苦労をぶち壊すか、ファリオンとヴェルナーを拘束するかの二択を迫ってでも教育的指導に向かうところでした』



感情を強引に押し殺しているような淡々とした声が怖い。



「な、なんでそうなったのか私も混乱してるんだよ。だけどヴァンは少なくとも私が本気で嫌がることはしないと思うし」


『つまり、そのヴァン君に触られるのは嫌じゃないってことですね』



なんでこんな浮気を責められるような構図になっているのか。



「ていうか、何でリード怒ってるの」


『そりゃ主人が節操なしじゃ困るので』



人を尻軽のように言わないでほしい。

さすがにデリカシーのない言葉にイラッとした。



「じゃあ私がヴァンの事好きって言ったら文句無いわけ!?」


『…っ…』



大きく息を呑む声が聞こえた後、再び沈黙が落ちる。

今度はリードが黙り込む番だった。

言ってから後悔する。

さっき否定したばっかりなのに、わたし何言ってるんだ…

ていうか何でこの非常時にこんな話してるんだ。

話を変えようと口を開いた瞬間、呟きにも近い小さな声が聞こえてきた。



『…アカネ様が、それを望むなら。彼を選ぶと言うのなら、奴隷である俺に異存があるはずもありません』



傷ついたような声で言われた言葉に、傷ついたのは私の方だ。

…結局どこまでも、リードは私の奴隷でしかありたくないのか。



『でも、俺はアカネ様の奴隷をやめるつもりはありませんよ』



付け足された言葉は息を吹き返したような力強さを伴って。

私の俯きかけた顔を引き戻す。

いつだったかも言われた言葉。

リードは私の物だから、どこに行っても離れない。

突き放したいのか引き留めたいのか、その言葉にどれだけ私が翻弄されていると思ってるんだ。

溜息をつき、口を開いた。



「…言っとくけど、別にヴァンとどうこうなるつもりはないし、友達とのじゃれあいレベルだと思って見逃せてるだけだから。さすがにこれ以上…キスとか無理やりされたら許さないと思うし」


『………そう…ですか…』



誤解だけは解いておくかと思ってそう告げたのに、たっぷり間を取ってから微妙な返事が返ってきた。

何で?と思ってから気付く。

…私、それされて許した相手が居たな、と。



「…リード」


『…はい』


「この子って映像を共有する能力もついてる?」


『…つけ忘れました。今凄く後悔してます』



良かった。

本当に良かった!

こっちは見えないのにリードの方にだけ顔見られてたら最悪だ!



「話を本題に戻しましょうか」


『でも顔真っ赤にしてるんだろうってことは見なくても分かりますよ』


「本題に!戻るわよ!」


『もう少し突っ込みたいところですけど、本当に時間が無いのでこれくらいにしておきましょうか。本題、でしたね。ひとまずアカネ様はクラウディア様が居ると思われるシルバーウルフの拠点まで大人しく付いて行ってください。俺は気付かれないように追いかけます。すぐ近くにいますから。何かあれば必ず助けるので安心してください』



機嫌が直ったらしいリードが優しい声でそう言ってくるけれど、それくらいで私の機嫌は直らない。

嬉しくなんかない。

けれど相槌すら打たない私を気にした様子も無く、リードはつらつらと続ける。



『スターチス夫妻とクラウス様は馬車で移動をしているので、おそらくアカネ様達には追い付けません。俺達なら二日くらいでナルアに着けますが、馬車だと四日くらいかかると思います。流石に俺一人では手が回らないおそれがあるので、クラウス様達と合流してから救出に向かうつもりです』


「…うん」


『ですので、アカネ様はできれば滞在時間を延ばして時間を稼いでほしいんです。もちろん非常時にはクラウス様達を待たずにアカネ様とクラウディア様を俺が救出するつもりですが』


「…わかった」


『さきほども言った通り、鳥ウサギは声しか届けられないので、俺に共有すべき情報があったら口に出してもらえると助かります』


「…はい」


『…機嫌直してください』



リードが困ったような声を出す。



「何が」


『ああそうか、機嫌が悪いんじゃなくて恥ずかしがってるだけでしたね』



こっ、こいつ…!



『ではそういうことで。俺もちょっと準備がありますのでそろそろ行きます。そうだ、アカネ様』



反論をする間を与えず、リードは最後にこう言った。



『嫌なことは嫌だと、ヴァン君にちゃんと言うように』


「は…」


『では、おやすみなさい』



お前は私の保護者かなんかかと突っ込みたくなるような言葉で通話を切られた。

いや、正確には私の言葉は相変わらず筒抜けのままなんだろう。

フェアじゃない、フェアじゃないと思う、これ!


悪態をつくにつけず枕に怒りをぶつける私の周りを、ヒナ吉がオロオロ飛び回る。

悔しい。

何が悔しいって、これだけ振り回されているのに久しぶりに聞いた『おやすみ』の一言だけでキュンとしてる自分が悔しい。



「リードの馬鹿っ!」



聞こえていることを覚悟で、その一言だけ言い放った。

その声が自分の耳の奥に残って、私の涙腺を揺さぶる。

…リードの、馬鹿。

結局、()()()()()()()()()()()

いつもご覧いただき有り難うございます。

焦れったくて申し訳ない。

この章にて一区切りつく予定です。

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