118スターチス家の秘密
<Side:アカネ>
「あーーー…」
与えられた個室のベッドに体を放り出すと、無意識に間延びした声が漏れた。
トロットの街にある冒険者向けの宿屋。
一階には酒場、二階に宿泊施設がある、ファンタジーの宿屋イメージそのままの建物だ。
仮にも伯爵令嬢だった私。
こういうところに泊るのは初めてだった。
まさかまっとうなお泊りができるとは…
下手にシルバーウルフの施設を使うとベルテンに見つかるから、ということらしい。
街への入り方がまたもや変な地下通路を使っての不法侵入だったから、普通の施設を利用できるのかドキドキしてたけど大丈夫だった。
ランクの高い宿屋でもない限り、宿泊者の身元なんか気にしないし確かめようも無いとか。
戸籍管理もされてないような国なんだからそれもそうだ。
部屋についた小さな窓からは夕焼けに染まる街並みが見えている。
休むには早い時間だけど、全身バキバキだし眠気もすごい。
昨夜はヤンデレベルテンさんのせいでほとんど眠れなかったしなぁ。
だけど疲労の原因はそれだけじゃない。
「…ヴァンがおかしい…」
私の渾身のボケをまともに受け止められた挙句なんか抱きしめられて以降、やたらスキンシップが多いし、妙に優しい。
意地悪というか悪戯してくる時もあるけれど、なんというか…
「好きな子をからかってるみたいな…」
口に出して後悔した。
気付かない方が幸せだったのではないだろうか。
この世界に来てから何故だかモテ期が到来しているけれど、まさかここに来てまで…!?
この後もこんな絡み方が続くとあっては心臓が持たない。
ヴァンに好かれているかもしれないことが嬉しいか嬉しくないかと聞かれれば…正直、微妙だ。
好意を向けられると言う事実については嬉しい。
本の中のファリオンイメージそのままの容姿であるヴァンを見てドキッとしたこともある。
初めて会った時など半泣きになった。
だけど違う。
容姿はそうでも、中身は彼じゃない。
ファリオン・ヴォルシュとして王都に戻ってきた彼と過ごした数週間、そしてこうして攫われてじっくり言葉を交わしてから、確信に至った。
私がずっと探してたのはヴァンじゃない。
元の世界に居た時からずっと焦がれていた…大好きな人は…
「ファリオン…」
泣きそうな声が漏れたと同時に、かすかなノックの音が聞こえた。
音の出元はドアではなく窓で、驚いて振り返るとそこには…
「やだ、すごいファンシー」
翼の生えたウサギがいた。
魔法少女になることを強要してきそうな愛らしさだ。
そのウサギの口元がギザギザしていることに気付いて、何者なのか思い当たる。
「ウサ吉!」
急いで窓を開けて招き入れると、パタパタ飛びながら手のひらサイズのウサギが私の胸に飛び込んでくる。
会いたかったを全身で表してくれる姿の破壊力は抜群だ。
この世界でどの男性に迫られた時よりもキュンキュンしたかもしれない。
以前はほとんど動けなかったみたいだから、こうして感情表現を見せるのも初めてだし。
「あ、もしかしてヒナちゃんと合体してる?」
何で翼が生えているのかを考えて、そう思い至った。
頷き、身振り手振りで色々説明しようとしてくれている愛らしい生き物に和むけれど、さっぱり伝わってこない。
まぁおそらく私を探すためにリードがこうしてくれたんだろう。
その結果めちゃくちゃファンシーな生き物ができあがったようだけど、彼にその自覚はあるのだろうか。
「会えてうれしいよ、えっと…ヒナ吉!」
そう伝えた瞬間、元気に動いていたヒナ吉の耳がしおしおと下がっていったんだけど、何故なんだろうか。
まさか名前が気に入らない?
いや、まさかね。
とにかく、あのまま置いてきてしまったヒナちゃんとウサ吉のことは気がかりだったから、こうして無事が分かって嬉しい。
「リードは近くにいるの?」
そう尋ねると、気を取り直したようにまたヒナ吉がボディランゲージを始めたんだけど…いや、私に読解力がなくて大変申し訳ない。
もともとのヒナちゃんの能力ならリードと言葉が通じたはずなのに、全く声が聞こえてこない。
ウサ吉はサイレント系だったけど、今は合体して新しい魔物になってるみたいだし…
私を探すのに特化した能力で、声は届かないのかもしれないなぁ。
どちらにしろヒナ吉さえ居ればリードに私の居所は伝わるだろう。
今はリードに声が届かないというならちょうどいい。
少しだけ愚痴に付き合ってもらおう。
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<Side:ヴィンリード>
『それでね、ヴァンってばそれ以降私の耳ばっかりいじめてくるんだよ』
「ぐっ…!?」
突如頭の中で響いた声に、噴き出しかけた息を飲み込んで盛大に咽せた。
気遣ってくれる伯爵に大丈夫だというジェスチャーを送りながら笑みをひきつらせる。
『ダメって言うほどしたくなるのかなと思って我慢してるとよりエスカレートするしさぁ、どうしたらいいんだろ』
おい馬鹿、もういいからやめろ。
ただでさえデイジーの件で動揺してんのに、これ以上ぶっこんでくんな。
アカネを追わせた後、フェミーナ夫人たちへの対処に集中する為に接続を切ってた鳥ウサギが、唐突にアカネの声を届けてきた。
よりによってその第一声がこれか。
ヴァンが世話役の女だと考えていた頃ならまだ聞き流せたが、ファリオンのことだと知ってしまったからには聞き捨てならない。
いじめるって、くすぐられたとかそういうことだよな?
それ以上のことされてねーよな?
いやそこまでなら良いってもんでもねーけど、いやうん、とりあえずアイツ一発殴っていいかな。
『手でガードしたら今度はあんなことするしさぁ』
アカネ、何されたのかは具体的に言え。
殴る回数が変わるから。
場合によっては部位も変わるから。
今すぐ声をつないで、そう問い詰めたいところだが、そんな余裕も無い。
なぜなら…
「ヴィンリード、聞いてるかい?」
「は、はい。聞いてますよ」
目の前の王弟様がデイジーとどこで出会ったのかをしつこく尋ねてきて、その対応に苦慮しているからだ。
「教えてほしい。僕と別れてからクラウディアがどうしていたのか少しでも知りたいんだ」
「い、いえその…」
「…まさか、言えないような仕打ちをクラウディアにしたわけじゃないだろうね?」
「いえ、なんというか…」
彼女の経歴をどこまで突き止めてるかもわからないのに、娼婦してたなんて言うわけにもいかねーだろ…
「疾しいことが無いなら何故そうも言い澱むのかな?」
シルバーウルフに攫われるのを助けられなかった負い目がつい態度に出たのか、クラウスの目が剣呑な色を帯び、問いかけは詰問の様相を呈してくる。
くそ、アカネの声が気になってうまく躱せねぇ…!
『そういえばリードもよく同じようなからかい方してきたけど、あれって小さい子が気になる相手のこといじめるのと同じだよね』
やめろ、何聞かせんだ。
『いじめ方が変わっただけで根っこは成長してないっていうか、その反応見て自分の事どう思ってるか図ろうとしてるっていうか?冗談だよって言える逃げ道作るのは姑息だと思うわ』
「うるせーよ!」
聞くに耐えかねて思わず怒鳴ると、鳥ウサギの接続が切れた。
それと同時に馬車の中にも沈黙が落ちる。
あ、やべ。
「…悪かった、君にもいろいろあったと知っていたのに…」
俺にしつこくデイジーの話を聞こうとしていたクラウスが気まずそうに謝罪してきた。
「ごめんなさいね、リード。クラウスは本当にクラウディアと仲が良かったから…もうすぐ会えるとあって気が高ぶっているみたいなの。さっき魔物との戦闘でらしくなかったのもそのせいなのよ。だからといって貴方への気遣いを忘れていいわけではないけれど、本意だと思わないでやってちょうだい」
「リード、外を見てみなさい。綺麗な夕日だよ」
まさか俺が脳内の声に耐えかねて怒鳴ったなどと知る由も無い面々が慌てたようにフォローしだした。
伯爵の相変わらず不自然な話術が俺の心にしみる。
アカネのことは一旦後だ。
とりあえず元気そうで何よりだ…後で覚えてろ。
「えぇと…デイジー…クラウディア様ですか。彼女にはお世話になりました。あまり望ましいとは言えない生活をしていましたが、その中でも気高く優しい方でしたよ」
とりあえずそう話しておく。
やっとデイジーのことで頭を悩ませられる。
確かに彼女は黒髪に翠の瞳だった。
王族の象徴でもあるその色彩を持つのは貴族階級が多く、もしかしたら没落貴族の末裔なのではと思ったことはあったが…まさか王族だったとは。
どうりで高い教養を身に着けているはずだ。
俺の言葉を聞いて、クラウスの態度が軟化する。
「…そうか。ひょっとして君もシルバーウルフ盗賊団に…」
攫われたのか、と続けようとしたらしいクラウスの言葉が止まる。
アカネに指導をしている時から歯に衣着せぬ物言いが多かった男だが、さすがに気を遣っているようだ。
「彼女にお世話になったのは彼女がシルバーウルフに攫われる前です。彼女は僕の目の前で…攫われたので」
「…"夕暮れの花束"」
クラウスが口にした単語に目を見開く。
それは…デイジーが居た娼館の名前だ。
俺の反応を見て、クラウスは目を伏せた。
「やはりそうか…いや、その筋からシルバーウルフが関わっていると知ることができたんだ。認めたくは無かったけど…事実なんだね」
ここまで彼女の足取りを追うことができたんだから、知っていて当然か…
再び重い沈黙が落ちた馬車内の空気に耐えかねて、フェミーナ夫人へ話を振る。
「前々からおかしいと思ってはいたんですよ。いくら高ランクの冒険者とはいえ、妙にカルバン先生のことを信頼されているようでしたから。氷漬けグリフォンをごまかす件では、よほどの信頼関係が無いとあんな話を作れないだろうと。弟君だったからなんですね」
話をそらした俺に微笑んで、夫人は頷いた。
「ええ。初めは知らなかったのよぉ。ただ、カルバン先生が私と近づきたいようなことを匂わせるから調べてみたら、なんだか怪しいからもしかしてって思って。グリフォンの件をきっかけに思い切って鎌をかけてみたら、やっぱりクラウスだったんだものぉ。驚いたわぁ。ずっと探していた弟といつの間にか再会していたなんて」
「…もしかしてと思っていたわりに、僕に監視をつきまとわせてたよね」
「あらぁ、だって確証は無かったものぉ。そもそも出会い方が不自然すぎたのよぉ。アカネちゃんの魔力暴走を止めてくれたのは助かったけれど、冒険者が領主邸の近くをうろついているなんて怪しいに決まっているでしょう?」
「姉上が僕たちを探しているっていう噂を聞いたから何とか接触したかったんだよ…そこまで怪しんでるのにどうして魔術講師の申し出を受けるのかな」
「あらぁ、怪しい人物が宣誓魔術具をつけさせてくれるっていうなら、野放しにするよりよほど安全でしょう?」
いつものおっとりした声で、なかなか計算高いことを言う。
ちょっと引いているクラウスという少し意外なものを見た。
この男もフェミーナ夫人には勝てないのか…
「それで、クラウディア様はナルアにいるということですね?」
「ええ。首領直属部隊の副長がナルアに潜入していることが分かってねぇ。その人物の元にいるようなのよぉ」
「わざわざトロットから近づいているのには訳が?」
俺の問いに、フェミーナ夫人は少し困ったように笑った。
「ええ。その件で、リードにもお願いしないといけないの。この件は表沙汰にせず、極力穏便に事を進めたいのよ」
思わず首を傾けてしまった。
王族の誘拐となれば大事だ。
もともとはシルバーウルフのせいではなく、そもそも王族であると知らずにさらった可能性もあるが…
あぁ、いや…
「そういえばお二人が行方不明になったこと自体、公にされていないのでしたね…国の為の犠牲ですか」
双子の王子、王女が行方不明になったとなれば国中大騒ぎになるはずだし、歴史の授業でも触れられる大事件のはず。
それなのに一般的に知られていないのは緘口令が敷かれているからだ。
…カルト教団の残党にしてやられたなどと声高に言えるはずもないか。
ましてや年頃の王女はどんな辱めを受けているかも分からない。
実際、クラウディア王女は娼婦になったわけだしな…
王族の権威の為に、王位継承権の低い末弟達の事件は闇に葬られたのだろう。
顔をしかめる俺に、フェミーナ夫人は困ったような顔をした。
「もちろん、お父様たちは心配していたのよ。けれど解放教は魔王信仰なんて後ろ暗い教義の割に、妙に勢いのあった教団でね。せっかく解体出来たのに再び名前が売れてしまうと、それ自体が布教につながる恐れすらあった。秘密裏に探そうとしてはいたけれど、王族が動くのってどうしても目立つのよ。私のように降嫁した人間だからこそ捜索に力を入れられたのよね」
その言葉に、ふと長く感じていた疑問が繋がる。
「…まさか、スターチス家が常に金策の為各地を飛び回っているのは…」
フェミーナ夫人は珍しく苦い笑みを浮かべた。
「…アルディンや領民たちには苦労をかけているわ。もちろん裏できちんと生活のフォローはしていたつもりだけれど、完璧とは言えないでしょうねぇ。私、領地経営が得意なわけではないから…」
「…妹たちの捜索を秘密裏に行う為に、領民を犠牲にしていたのですか」
「返す言葉も無いわ」
思わず声がきつくなる俺から庇うように、伯爵が身を乗り出した。
「待ってくれ、リード。確かにうちはあちこちに金を流して別のところから借金をし、多くの人間に顔をつなぐ口実を作っていた。だけど流した金はほとんど信頼できる人へ渡るように工作していて、その人物たちが領民を守っていたんだよ」
領民のことは守っていたと言い張る。
しかしその割にスターチス家の治める領地は問題だらけだ。
「…カッセードの魔物被害は?」
「王都の冒険者ギルド本部長にかけあって、カッセードへ冒険者が多くわたるように手配をしていたんだ。冒険者に必要な商業施設が不足していないのも、商人を回してもらっていたからだよ」
「辺境伯が致し方なく手を貸してくれていたと聞きましたが?」
自らの領地、しかも国境を任されているのに他領の手を借りるなど、領主としては最大の恥のはずだ。
それを臨時でもなく、日々派遣兵を受け入れているなど他に聞かない話である。
「スターチス伯爵は自分の領地も守れない…そんな道化を演じる為に干渉をお願いしてくれたのよ、アルディンは」
申し訳なさそうに目を伏せるフェミーナ夫人。
彼女のこんな表情は初めて見た。
その後も話を聞いてみれば、魔物の被害が激しかったり、気候上農業に向かず、産業も無いような地で暮らす領民が次々土地を離れていたのも意図的だったという。
それらの問題を解決する目途が立たない以上、領民の命を優先し、転居資金や移住先を用意した上で別の地の領主に引き抜きをお願いしていたそうだ。
事業が滞っていると思われていたセルイラも、目立たないながら外部を頼りつついくつかの計画を進めていると言う。
「…スターチス伯爵、貴方を見くびっていました。色々と考えていらっしゃったんですね」
頼りにならない領主の治める地ということで不安に思っている領民の心を思うとやはりやるせないが、少なくとも本当に馬鹿な領主よりよほど領民のことを考えている。
しかし、伯爵は言いにくそうに頭を掻いた。
「いやぁ…私に経営センスが無いのは本当だよ。考えているのはほとんどフェミーナやディアナなんだ…」
…そんなこったろうと思ったよ。
フェミーナ夫人は頭が切れるし、王室侍女をしていたディアナまで居て、どうしてこうも首が回らないのかと思っていたんだ。
ちゃんと二人は仕事をしていたらしい。
「だけど私達も至らないわ。魔力泉をなんとかするなんて、アカネちゃんみたいな発想はできなかったもの。アカネちゃんなら農業ができない土地だって何とかできるのかもしれないわね…」
いや…それは流石に買いかぶりすぎじゃないだろうか。
「まぁ、とにかく公にできないのは分かりました。確かにナルアから直接入れば人通りが多い分目を引きますし、シルバーウルフ側にも勘付かれそうですね。しかし、ベルブルク公爵家の力を借りてもっと簡単に事を済ませることはできなかったんですか?」
ベルブルク家の領地にシルバーウルフが居ると言うのに、不自然なほど協力者として名前が出てこない。
その俺の指摘を待っていたかのように、フェミーナ夫人は頷いた。
「ベルブルク家の力を借りるわけにはいかないのよ」
次の言葉に、俺は耳を疑った。
「シルバーウルフと共謀してクラウディアを監禁しているのは、ベルブルク家だと分かったから」
いつもご覧いただき有り難うございます。
ちょっとネタバレ書きます。ハラハラ苦手な方だけご覧ください。↓
当作品に裏切り裏切られ鬱展開はありません。
作者が苦手なので。
最初っから悪役とかしか無いです。




