117なんで童顔にしたんですか?
<Side:ヴィンリード>
結局アカネの身内であると認めてしまった俺は、罪悪感のあまり床にうずくまったままのベルテンをわざわざベッドにまで運んでやってしまった。
「…私を殺さないんですか?君の大切な身内に手を出した男ですよ」
「お前には役割があるだろ」
シルバーウルフ盗賊団の首領は、とある目的のために動いている。
詳しくは知らないが、ぼんやり聞いた限りではそう仁義にもとる目的ではない。
その目的の為に手を汚す部隊が必要だと言うのも…好ましくは無いが、理解できた。
だから生かす。
これほどの能力を持つ暗殺者の代わりなど、そうはいないのだから。
「でも、次に俺の大切なものに手を出せば殺す」
「回復した後に私が彼女を追いかけるとは思わないんですか?」
「正面切ってその女に負けた上に、その身内に世話まで焼かれてそれができるほど、"黒を白に変える掃除屋"はなりふり構わない男じゃないだろ」
それはベルテンの通り名だ。
思わず口にしてしまってから、しまったと思う。
しかし既に耳にしてしまっている男は、驚いたように目を見張った。
「君は…うちに居たことが?」
黒を白に変える掃除屋。
盗賊団にとって不都合のある黒を白に…すべてなかったことにする為の部隊。
その頂点に立つこの男の通り名を知っているのは、盗賊団員だけだ。
…迂闊だった。
奴の問いには答えず、その場を去る。
「…借りはいずれ返しましょう」
そんな声を聞き流して。
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どうやらアカネ達は村の北へと出て行ったようだ。
会話を追うと"シリウスの副長"と"ナルア"という単語が聞こえた。
シリウスというのは首領直属部隊の名前だ。
ベルテンの襲撃を受けて危機感が高まった為か、その副長を頼ることにしたらしい。
ロイエル領にまで副長がいるのか…合流されると厄介だ。
できれば急いで追いかけたいところだが…
「お前がそろそろ限界だな」
そう言って馬のたてがみを撫でると、短い嘶きと共に『まだまだ』と言った意志が伝わってくる。
しかし魔物の状態を把握できる魔王の能力からは、かなり疲労がたまった状態が読み取れた。
ほぼ休みなく走らせてるからな…
俺の魔力を食う魔物であり、通常の馬より体力があるとはいえ、その分速度を上げて走らせているわけで。
こいつの能力は買っているし、この数日で愛着も沸いている。
無理はさせたくなかった。
「少し速度は落としていい。ただもう少しだけ頑張ってくれ。今夜はゆっくり休ませてやるから」
ベルテンから逃げている形のアカネ達は、それなりの速度で馬を走らせているだろう。
とはいえ向こうもずっと同じ馬を使っていそうなので馬の体力的に駆け足を続けるわけにはいかないはずだ。
この馬ならば少し速度を落としても引き離されはしないだろう。
どちらにしろここからロイエルに入ると領都のナルアまではかなり距離がある。
馬車のない馬の脚でも二日はかかるはずだ。
休憩を挟みつつ馬を走らせること半日。
日が傾きだしたころに、その声は聞こえた。
『あれ、ロイエル領の関所ってあれじゃないの?』
それは紛れもなくアカネの声だった。
しかも過去のものではなく、現在のもの。
加えて、ファリオンの声もした。
『馬鹿、俺らが普通に関所通れるわけないだろ…』
過去の声はアカネのものしか拾えないが、現在の声は他の人間のものも拾える。
五キロ圏内まで追いついてきた証拠だ。
…つか、ファリオンいたのか?
しばらくアカネから呼ばれる声が無かったから、ヴァンという人間と入れ替わりに離れたのかと思ってたんだが…
何にせよ追いつくなら今だ。
目の前には二つの分かれ道。ロイエル領の境にある街、トロットへと真っ直ぐに続く道と、迂回する道がある。
正規の入領ができないファリオンは迂回ルートを取ったようだ。
どこからかこっそり入る道があるんだろう。
そのルートは把握できていない。
姿を見失う前に追いつくべきだ。
視認できれば魔術を使ってでも取り返す。
そう意気込んだ次の瞬間、ロイエルへ続く道の方から聞こえてきた声を鳥ウサギが拾い、俺に届けてきた。
無関係な声は自主判断で切り捨ててくれる鳥ウサギがわざわざ繋ぐとは何事かと思いながら耳を傾けると…
『くっ、旦那様、奥様、お下がりください!アロイス、お二人を連れて逃げろ!』
『カルバン殿もお下がりください!』
『いや、僕もここに残ろう』
『何言ってるの!貴方も逃げないとダメよ!』
『この状況は僕の責任だ!それに僕はA級冒険者なんですよ』
『フェミーナ、みなの邪魔になる!下がるんだ!』
聞き覚えのある声と、聞き覚えのある名前。
嫌な予感がしてそちらへ意識を向けると、近くに魔物の群れの気配があった。
声、話の内容からしてこれは…
「ああ、くそっ…何で伯爵達がここにいるんだよ!」
まさか夫人の心当たりってロイエルかよ!
すぐそこにアカネが居る。
とはいえ命の危険が迫っている人間がいるとなれば、流石に無視もできない。
身内ならなおさらだ。
どちらにしろ伯爵たちが連れている護衛で太刀打ちできないような魔物がアカネ達の方へ向かってもまずい。
せめて鳥ウサギだけでもアカネの方へ向かわせた。
鳥ウサギ自身の探索範囲は五キロだが、俺との情報共有はどれだけ離れていても有効だ。
鳥ウサギがアカネを見つけさえすれば、これ以上見失うことは無い。
離れていく小さな影とは別の方角へ馬を向けた。
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「いやぁ、助かったよ。リード」
そう言って微笑んだのはスターチス伯爵だ。
周囲に転がった蜂型の魔物の死体を処理する騎士達を眺めながら、俺は溜息をつく。
「まさか伯爵達がここにいらっしゃるとは思いませんでした。どうしてこんな状況になっているんです?」
そう問いかける俺に答えてくれたのはフェミーナ夫人。
「街道沿いにキラービーの巣を見つけてねぇ。ほら、キラービーは旅人を襲うでしょう?駆除しようと思ったのよぉ」
確かにキラービーは好戦的で危険な魔物の一種だ。
とはいえ旅の途中の伯爵夫妻が自らの護衛に駆除させるのはおかしい。
「何故この管轄の騎士団に通報しないんですか…」
「いつもはそうしているのよぉ?でも今日は護衛の人数も多いし、カルバンもいるから…」
「なるほど、A級冒険者を信じて挑んだと。それで、なぜこうなっているんです?」
地面に力なく座り込んでいる魔術師を見下ろすと、その視線に気付いたか顔を上げたカルバンが渋い顔をした。
「…僕の判断ミスだ。こんな雑木林の近くで、しかも空気が乾いている時に炎魔術なんか打つべきじゃない。普段なら分かるのに、思わずそれを使ってしまった」
「で、キラービーの巣だけじゃなくて林にまで延焼したと」
焦げた臭いが漂う黒くなった木々を見上げて溜息をついた。
現場を見て使う魔術は冷静に選択しろと、カルバンはアカネに指導していたと思うが…
当の本人ができていないのでは話にならない。
「それで、その消火に魔力を使い果たしたんですか?」
「…水魔術の出力を誤ったんだ」
動揺してまたミスを重ねたのか。
仮にもA級だというのに珍しい。
訝しむ俺を見て、フェミーナ夫人がかばうように声をあげた。
「カルバンだけのせいではないのよぉ?消火中に林の奥からもっとたくさんのキラービーが出てきて、私達驚いてしまって…下がるように言われたのに動けなかったから、カルバンや護衛達の邪魔になってしまったわぁ」
「そもそも新手のキラービーが出てきたのは、炎で奥にある巣まで炙られたせいなのでは?」
しかも消火に魔力を使い果たして討伐にはほぼ役立たずに成り下がっている。
それでも役目を果たそうと現場に残ろうとした気概は買うが、A級冒険者らしい戦いとは言えない。
俺の追及に対してカルバンは力なく肯定し、フォローのしどころを失ったらしい夫人は口を閉ざした。
できればそんな話は放っておいてアカネを追いかけたいところだが、既にアカネ達はロイエル領に入ってしまっている。
ウサギだけでもとアカネ達を追いかけさせたので声は聞こえるし場所も分かる分、一応は進展したと言っていい。
ひとまずこちらの状況を落ち着かせるべきだろう。
「そ、それよりリード、パラディアの方へ向かったんじゃなかったのかい?」
気まずい沈黙を破ったのは伯爵だった。
「当初パラディアの方に向かっていましたが、トラブルがあって…アカネとファリオン様を攫った奴らが進路を変えたんですよ」
「トラブル?」
「シルバーウルフ内の派閥争いに巻き込まれて襲撃を受けたようです」
実際は違うが、アカネ本人の命が狙われたなんて話をわざわざする必要も無いだろう。
派閥争いに巻き込まれたと言うだけでも、伯爵夫妻は十分青い顔をした。
「アカネとファリオン君は無事なのかい!?」
「ご安心を。僕の情報では二人に被害はありません。しかし追っ手がかかる恐れがあるためか、奴らはロイエルにいる幹部を頼るつもりのようです」
「なるほど、それでリードもここに来たのね…」
後始末が済んだらしいタイミングで、俺も馬車に乗せられる。
俺の黒馬は騎士の一人に引いてもらう。
鳥ウサギから届けられる声を聞く限り、アカネ達は無事トロットの中に入り、今夜の宿を見つけたようだ。
それはいいんだが、聞き捨てならない情報があった。
どうやらヴァンというのはファリオンの愛称らしい。
…そうなると色々引っかかるところがあるんだが…
これだけ近づけたわけだしすぐ救出に向かいたいところだ。
しかし、伯爵達の目的を聞いてからで無いと動きづらい。
下手をすると互いの邪魔をしてしまう。
「フェミーナ夫人、心当たりと言っていたのは、ひょっとしてロイエルに居る幹部のことですか?」
「ええ、そうよ」
やはりそうか。
そうでなければわざわざこんなところまで来ないだろうからな…
王都からナルアへ向かうにはこちらから入ると遠回りだ。
このルートを使った理由や、そもそもどういう心当たりがあったのかを聞いておくべだろう。
国家機密とやらに首を突っ込むのは避けたかったが、仕方ない。
「別件とおっしゃってましたが…アカネとも関係してくるかもしれません。問題の無い範囲で情報をいただけませんか?」
「……そうね、ここまで来たらリードにも協力してもらった方がいいわ」
フェミーナ夫人はそう前置きをして話をする姿勢に入った。
「私はね、行方不明になった妹を探しているのよ」
「妹?伯爵には妹君がいらっしゃったんですか?」
「アルディンの妹じゃないわ。私の妹よ。私の下には双子の弟妹がいるの。男の子が兄でクラウス。女の子がクラウディアというの」
それを言葉通りに受け取るならば、王妹ということになる。
王妹が行方不明になっていたなど大事件だが、聞いたことが無い。
「十三年前のことよ…迷宮で有名なバルイト地方があるでしょう?そこでとある魔術具のお披露目会が行われることになって、王家も招待を受けたの。それに代表として出席したのが当時十五歳だったそのクラウスとクラウディア。あまり堅苦しいものではないし、公務の慣らしとしては最適だと判断されたのね」
迷宮近くには弱い魔物が多くいる。
攻撃系統の魔術具を試用するには最適だとかで、度々お披露目会が行われているらしいことは、俺も知っていた。
「そのお披露目会に、高ランクの魔物が乱入してくるトラブルがあったのよ。妹達の護衛についていた騎士や、現場の警備要員が対応したようだけれど、小型のドラゴンを含めた群れの襲撃で、現場は相当な混乱だったそうよ」
「…それで、お二人が被害に?」
「当時の近衛騎士隊長によれば、仮設のテントに二人を匿い、弟妹が最も信頼していた騎士を護衛に残したらしいのだけど…現場の混乱に乗じるように人間からも襲撃を受けたのですって」
「まさかそれがシルバーウルフだと?」
「いいえ。その数年前にバルイト地方では魔王信仰のカルト教団があったのよ。詐欺から儀式と称した人的被害まであったから国で解体したのだけれど、罪状が確定していない信徒を全て捕縛はできなかったから、相当数が残っていたのね。襲撃者はその教団特有の黒いドラゴンをあしらった装束を着ていたらしいわ」
「王族への復讐ですか?」
「そうねぇ…魔物の襲撃は神罰であり、信徒自ら王家へ報いを与えることが神への贖罪となるとかなんとか宣って襲い掛かってきたのですって」
そう語るフェミーナ夫人は嫌悪感よりも疲労感が強いようだ。
宗教を否定する気はないが、他人に害をなされるのは困るといった感じだろうか。
魔王を祀ったその教団のことは聞いたことがある。
デイジーから聞いた話だったはずだ。
解放教とかいって、人類の滅亡こそ神の為であり、人類を滅ぼす魔王に帰依することこそ唯一の救いとか何とか考えるものらしい。
俺にすり寄ってこられても救ってなんかやれねーんだけどな。
「武力に長けた教団ではなかったのだけれど、数が多かったようで…護衛に残した騎士いわく、隙をつかれてクラウス達と分断されてしまったそうよ」
「……そのまま、行方不明に?」
「ええ」
武力に長けていない教団。
魔物が居たとはいえ、近衛騎士達も居たのにそう簡単に分断されるものだろうか。
「その…お二人の側に残っていたという近衛騎士は勤めて長かったのですか?」
「…リードは本当に頭の良い子ねぇ。二人が信頼していた近衛騎士というのはね、元は冒険者だったのよ。二人が幼い頃に乗っていた馬車が襲われてね。それをたまたま居合わせた冒険者が撃退してくれて、二人は感謝して近衛に登用したの。お父様は反対していたんだけれどねぇ…」
困ったものだと言うようにため息をつくフェミーナ夫人は、ちらりとカルバンの方を見やった。
…嫌な予感がする。
そういえば夫人は妹を探していると言ったな。
……弟は?
「ところで、この話はカルバン先生が…いえ、僕が聞いても良いものなのでしょうか?」
あえて遠回しに尋ねてみると、カルバンは溜息をついた。
「いいよ、気を遣わなくて。君は以前に言ったね。僕は擬態をしている、王都に近づかない怪しい人間だと」
そう言いながら、カルバンの指がモノクルの奥にある瞳に触れる。
薄いガラス片のようなそれが瞳から外された瞬間、目の前の男の容姿が変わった。
二十代後半という実年齢に反して幼すぎた顔立ちは消え去り、年齢相応の大人びた容姿が現れる。
ブラウンの髪は濡れ烏のような黒髪に、青い瞳は艶やかな緑の瞳に変貌した。
「…僕の本当の名前はクラウス。クラウディアは僕の妹だ。攫われた先で奴らは仲間割れを起こしてね。その隙に二人で逃げ出したんだけど、今度は野盗に目をつけられてしまった。彼女と引き離されてから…僕は冒険者に身をやつしてずっと妹の行方を捜していたんだ」
「城に戻ってきてくれていたら私の心配は一つ減ったのだけれど…」
「それは何度も謝ったでしょう、姉上。王子に戻ればかえって行動が制限されてしまう。僕は自分の足でクラウディアを探したかったんだ」
カルバンがクラウス。
それは先ほどから予想していたことだから驚かない。
しかし俺は声を出せなかった。
その緑の瞳に、部屋の片隅を与えてくれたあの女性の面影が重なって。
「…デイジー」
ようやく絞り出せた声はその名前を紡ぎ、カルバン…クラウスは、片眉を上げた。
「…それは今、妹が偽名として使用しているらしい名だ。君は妹と会ったことがあるのか?」
かつての決意が思わぬ形で現在に繋がり、眩暈を覚えた。
いつもご覧いただき有り難うございます。
タイトルへのアンサーは、
極力元の顔から遠ざけ、年齢がぱっと見分からなくする為
なのですが、わりとどうでもいい情報なのでこんな形で明かしておきます。
どうでもいい情報なんか本文にしこたま入っているのになんでこの情報が選考漏れしたのかといえば何となくです。




